2018年02月21日

無駄に金が使われすぎる (弁護士とか銀行とか医療関係とかゼネコンとかで無駄に使われた)


無駄に金が使われすぎる

(弁護士とか銀行とか医療関係とかゼネコンとかで無駄に使われた)


今になると経済を知るには株をやるといい,それも百万とか実験的にする,それは損してもいいとしてやる,すると相当経済の勉強になっていたなとこれも後悔する,今頃それをしても遅かったのである。
これも失敗だったと思う,実感としての経済学がわかることが大事なのである。
株をしていると確実に損したり得したりするとそこから実感として学ぶからである。
それがまさに資本主義社会なのである
株をしないと実感的に資本主義とかグローバル経済というのがわからないのである。
カナダの国債で円高になり相当に損したということで円高のことがわかる
トヨタなどでも一円で百億円とかの損益でるとなるとこの為替の上がり下がりは怖いなと実感した
最近USリートを売ったのはアメリカの金利が上がったからである。金利が上がる住宅関係は借りにくくなるから指数が下がってきたのである

人間は経済的な面から見ると損したことは良く覚えている,あれは損だったということを実感として脳裏に刻まれるのである。
でも成功した体験は何か忘れやすいのである。
おそらく心理学的にはギャンブルで最初もうかるということが危険なのである。
そこに有頂天になるとか俺はついているとか過信が生まれたりするから危険なのである。ただ人間の心理として最初にもうかるとまたギャンブルでは賭ける
だから最初にもうかることはかえって危険だとなる
ただ心理学的には人間は最初もうかると必ずまたもうかると思い賭けるのである。
そして今度は損したとしても何か最初にもうかったからあきらめるともなるのが不思議である。人間の心理としてそれがある、だから心理学的に人間をだますこともできると思った,ギャンブルでは最初は勝たせないともうその後は賭けないからである。
今回の自分の投資信託は全敗だったからもうやらないと決心したのである。

損したというとき自分は直接かかわっていないが弁護士に何もしてもらわないのに相談料で百万とられたのは今ふりかえるとただ金をとられたというだけになった
なぜなら実際の交渉は保険会社の人がしたからである。弁護士は一切なにもしていない
ただ弁護士に頼んだということを相手には言ったが実際は何もしないのに相談料だけ最初に百万とったのである。これも理不尽だなと今ふりかえる
それから前の渡辺病院でMRIで認知症になった姉の写真をとったが3万とられた
でもその機械でまず認知症のことはわからない,写らないのである。
郡山とかに二台ある機械だと多少わかるようだがそれでも認知症がわかる機械はないのである。

3万払ったとしても実際は一割だから30万も払ったことになる
これもその時は考えなかったが今になるとそのことに気づいた
30万は大きな金である,なぜこうしてこういうふうに金がかかることは実は自分の家族だけの問題ではない,税金となり保険となるから国民の負担となっている
医療関係にはそうした無駄な治療とか検査とか多すぎるのである
でも病院とかではそれで稼がないといい機械を買えないとかありそうするのである
3万で安いと思っても実際は医療の場合は馬鹿高くなっている
他でも医療費がふくれあがりもう保険でも介護でももたないというときそこには相当な無駄があるためである。減らすことができるが無駄がありすぎる
何か税金は無駄が多い,その額も大きいのである。

この辺で除染で何兆円も欠けたけどそんなに必要だったのか?
むしろその金を南相馬市だったら小高とかと鹿島区ではもめたからその金によって争いをなくすようにできたのである。
また公共の建築土木関係には大きな金の無駄が指摘されてきた
その無駄が国民にはねかえり税負担になる
人間は自分の金は大事にするけど他人の金は大事にしない,それで官僚は税金を無駄にするというのもわかる,自分の金だったらそういうことはしない,やはり十円でも百円でも損失には敏感だからである。
本当に大きな金になると無駄も大きくなるのである。

弁護士であれ医療であれ株とか大きな金が動く,そこでその金をとりこむことができる
それは不正というのではないが合法的に金がとられとなる
でもそれはだましにもなっている,弁護士の相談料に100万を払う必要はなかった
自分が払うとなるとそんなにかかるのとなるからだ
今はみんな自分で払うから自分の金だから痛みになる
ただ医療費はいくら3万でもしかたがないのかとなりやすいのである。
薬でも高いのもしかたがないとなるのは病気に人間は弱いからである。
弁護士でももめごとで困っているから頼むのである。
そこに常に弱みがありその弱みに合法的につけこまれるのである。

銀行でも証券会社でも大きな金が動く,するとそこに暴利のようなものにもなる
ビットコインなどもそうである。そこでは普通の社会では得られない金を得た人がいた
そういう株の世界には不自然なものがあり理不尽なものもある
ただ金を得ればいいとうだけのことしかない,日常の生活ではそういうことはない
野菜でも果物で何か作って売ってもそれ相応の分しか金はもらえないからだ
だから仙台の優創建とかのユニットバスを作った人は百万で安かったしできたものはいいものだった,ガス屋では200百万かかるというのを百万で作ったのである。
地元の大工だと3百万かかっていた,知り合いの人に頼むとそうなった
なぜなら見積もりもなにもないからそうなるのである。

結局人間は何か地道な仕事がモラル的にはいいとなる,ただそうなると収入が少なくなるから嫌だとなる,肉体労働となるとまたきついから嫌だとなる
でも弁護士でも銀行でも医療関係でもブラック化しやすいなと思った
金融関係は一般的にそうなりやい,地道に働くのとは違っているからだ
人間がどういう職につくのかは大事である。
なぜならもしそこで人生の時間を費やすとしたらそこに費やした時間が人生になってしまうからだ,そこがモラル的には悪いとなるそれが後で影響が出てくる
何か顔を見ると人間がわかるというがそういう仕事をしていると人間は心も歪んでくる
それがあとで結果として出てくるから怖いのである。

自分が思うには江戸時代がみんないい顔していたということを外人が言うとき貧乏でも今のような多様な職業の中でモラル的に歪んだものではなく天に恥じないような仕事をしていた,農業だと今の弁護士だと金融関係などの仕事とは根本的に違うからである。
そういう影響で素朴な人が多く人をだましたりしない,何か弁護士でも正義のためにするのではない,口八丁でだますということがしやすいのである。
法律する人をだますものとして悪用しやすいものだからである。
何か現代の職業はそういう職業にかえって憧れるし楽で金が入るとかなるけどそういう職業はモラル的に問題あるなと思った

投資信託の話などでたらめだとなる,自分たちの銀行でも証券会社の利益が優先されているから顧客のことより手数料の多い投資信託をすすめる
そこで判断が誤るということもある,なぜなら株をリーマンショクの前にもっていたのにそして上がってきたのにその時売って投資信託につぎこんだからである。
それはその時の判断がありいちがいに批判はできない
でもその言っていることがただ自分たちの銀行の利益が優先で顧客のことは二の次三の次だなと経験して思った
そして損すれば株とは上がったり下がったりいろいろな政治とかその時々の様々な影響がありますといえばいいのである,そう嘘でもいいわけがしやすいのである。
素人にはわからないからである。

結局安全なのは貯金だとなる,これも問題あるにしろもう年になれば株は無理である。
手堅くいく他ない,底辺層が貯金がないから安心がないというのもわかる
株で投資信託などで増やそうとするのではなく手堅く財産を守るとなる

●節約する
●消費を極力減らす
●財産は守る,なるべく減らさない

このように保守的になる,それは老人はみんなそうでありそうすることがしやすいのである。老人は消費するにもできない,いい長距離用の電動マウンテンバ自転車が出たから買いたい,でも体力もないし遠く行く旅行は無理だとか思い買っても無駄だとなる
すると老人自体が消費できないのである。消費することもエネルギーが必要なのである。現代は消費することが生産すると同じようにエネルギーが必要なのである。
だから自分の生活の仕方,方針を転換した
それで75歳から5万もらえる保険がいいとか思った
ただ75歳前に死ぬとゼロになる,でも安心だともなる,自分の場合国民年金だとたりないからである。でも5万は結構大きい金だからそれでなんとかのりきれるとかなる
つまり保守的になってしまうのである。
退職してから株とか投資に向かいないのである。
これも相当な訓練と経験がないとできないからである。




タグ:無駄な金
posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない (その人達は金融のプロではない)


銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない

(その人達は金融のプロではない)



投資信託だけは買ってはいけない3つの理由 − 金融のプロはどうやって儲けているのか

ここで言っていることは経験してわかった、金融のプロがどうしてもうけているのか?
その金融のプロとはどういう人なのか?

プライベートファンドの多くは、信託報酬の他に「成功報酬」として「運用で勝った場合に、勝ち分の〜%を貰います」という報酬形態を採用しています。

彼らの給料の内多くはこの成功報酬から払われることになりますので、手数料の面で一見投資信託よりも高く映ります。
しかし、むしろ実質的な運用の質は遥かに高いものが期待出来ると言えます。

これはわかる,銀行とか大手証券会社で手数料をとるのはまるで違っている
失敗しようが全然損益にはならない,手数料は確実に入ってくるのである。
でも証券会社でも銀行でも個々人に投資させれば投資するものが損する
証券会社とか銀行は何の不利益にもならないのである。

だからある程度大きな金ならプライベートファンドを見つけて金をまかせた方がいい
大手証券でも銀行でも手数料が多くとれることしか考えていないからである。

相手をもうけさせようとしているのではない

証券会社が銀行がもうけるためにまずすすめるのである。

それでリーショックの時株もっていた半分になった,でもその後倍になった
でもその時投資信託をすすめたと銀行員はその株を投資信託に回した
なぜか?

銀行にとって手数料がとれる投資信託がもうかるからである

つまり顧客のことより自分たち銀行のもうけを優先しているからである。
それで今になると株が上がったたのだから売れば相当な利益になっていたのである。
ただその時の判断はあるが自分はその銀行員がプロだと思いまかせたのである。

大手証券会社とか銀行員は金融のプロではない

ここがはっきりと認識すべきである。
だからここのサイトはその要点をついているからわかりやすいのである。
もちろん投資信託でも株でも金融商品にはいろいろな見方がある
だからいちがいに自分の経験が参考にはならない

でもカナダの国債が石油が下がりusリートでも一時売ってもうかったがまた買ったとして手数料がとられる,3パーセントは大きな額になる,投資信託の金が大きければその額は大きいのである。

まず証券会社の人でも銀行でも投資信託はしていない

それは証券会社と銀行はもうけるのであり顧客をもうけさせるもののためではないからだただ手数料をとればいいという商売である。

だからこそ株が上がっていたのにその株を売って投資信託にしたのである。
そして今度はJリートにしたがこれも指数が下がり今は損して売れない
つまりみんな実際は自分の場合は投資信託でも外国の国債でも失敗したのである。
そして次々に新しい投資信託を買わせるのはその時大きく手数料が入るからである。

投資信託はもうからない仕組みになっている,もうかるのは手数料をとるリスクもなにもない,大手証券と銀行である,だから詐欺ともにているのだ
投資信託を売りつければ自分たちは絶対に損はしない手数料だけはいただくという商売だからである。

損して得をしろというけど投資信託は得して絶対損しない商売である。

そういう商売自体が一時的にもうけてもその後は成り立たなくなる
まず銀行員が投資信託をすすめても信用できない,いいことを言ってもこれだけ失敗すれば信じることはできない,株とかそういうものだとしてもプロとしてまかせたからである
でも証券会社や銀行は金融のプロではない

金融のプロとはプライベートに大金をまかせられる人なのである。それは大手証券会社とか銀行ではないのである。
金融のプロはそこで顧客をもうけさせれば何パーセントと利益を得るが失敗すれば何も得られないからである。
それはただ相当な金持ちしかそういう人には頼めないのである

実際投資信託でも手数料が安いとそれなりの対応しかしてくれないというのはわかる
でも自分はそれなりの大きな金を頼んだのである。
金持ちとは違っていても手数料も大きかったのである。
それで失敗したとなるともう何を言っても信用できない,まずその証券会社と銀行員は金融のプロではないのだ
ただ手数料をとるために適当に金集めしているだけだというのもわかる
つまり顧客をもうけさせるのではなくまず彼らが考えているのは手数料をとることである
だから商売でも相手を得させるということは損しても得しろということが諺として残されている,それとは全く違う世界である。
でもその諺も通用する,もし最初にもうかっていればまたもうかるのではないかと別な投資信託をすすめられれば投資することになるからだ
ギャンブルでも最初にもうけた人はまた賭けるのと同じである
これだけ損して全敗のようになれば賭けたりしないのである。
投資でも最初分配金が払われて信用したということもある
全く自分の場合は全部失敗したのだからとてもこれ以上すすめられてもそんなことできなくなったのである。

そもそも銀行自体信用できなくなったともなる
そのことを知っている人がしきりに言っていたから当たっていたとなる
金融は複雑だからだましやすいのである。何かもうかるような気分にさせる
でも現実にこれだけ全部失敗して損させられればもうまかせることはできない
それが小さい金だったらこうはならなかった
それなりの金をまかせたのにその人は金融のプロではなかったのである。
一般的に普通の人が接するのは金融のプロではない
ただ手数料をとるだけの自分たち確実に得するが顧客は損しようがかまわない商売なのである。
ただそういうものが社会にまかり通っていることが納得がいかない
それも銀行という固い職業でそうだとういことは銀行の信用は失墜する
それでもしているのは銀行が追い詰められているからだとなる

ともかく人間は経験である。もし株でも経験していればこうはならなかった
本を読んでもわからないことがこの世にはいくらでもある
経験しない限り株なら損するとかしないとその世界のことはわからないのである。
それがわかるのは学者が経済や経営を教えているけど株でもうけられないことでもわかるそういう世界に通じるにも経験なのである。それがないからたやすくだまされるともなるのである。
ただわからないのは銀行がそこまでするということは切羽詰まっているからでありでも結果的には最大の財産である信用失うということになりかねない
その怖さを認識しないと会社自体が危うくなる,すでになっているからこそそうしたものに手を出さざるをえなくなったとなる



posted by 老鶯 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

掃除は商工会の女性がしていた


掃除は商工会の女性がしていた

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商工会で掃除とかJRに頼まれたのを断ったというが今日はホームのゴミをかたづけたらしい
自分はゴミがはみ出したのでゴミ袋に入れてかたづけた
そのーとに制服を来たような女性が二人あと二人とか来て掃除したらしい
あそこは別に掃除といってもホームのゴミ箱にたまるのをかたづけるくらいである。
でも商工会に頼むとJRでは金を払っている

最近は駅であまりすることがない,ただなぜ自分が時刻表とか無料で配ったりしたのか?
それもカルマだったのである。自分は鉄道旅行が長いから相当にJRに世話になったとなるするとそこにカルマが生まれていたのである。
人間の一生をふりかえると必ずカルマが蓄積される
カルマをもたない人はいないのである。

それで介護とかもカルマなのである、親に世話になったから介護がカルマとしてのしかかる,カルマというのはなかなか気づかないのである。
でもどこかでカルマを返すことを要求されるのである。
それが強制される場合があるときは相当に重いカルマなのである

駅ではなにかある,今度は駅舎内にスーピカーをつけた,ホームにはあったが駅舎内にはなかった
何かこうして駅は仕事がある,ただ今はさほど仕事がなくなったことは言える