2018年02月18日

人間の歴史は挫折の歴史だった (個人的にも挫折があり未来がある)


 人間の歴史は挫折の歴史だった

 (個人的にも挫折があり未来がある)


大鳥の飛翔の挫折

大鳥は
果てなき大空へ
その真澄みの空に
飛びたとうとする
大いなる志
大いなる野望
大いなる希望
大地に海に果てなし
大鳥よ
その翼を張れ
大鳥の志の良しも
そはストレートに飛び立ちぬ
あとをふりかえず飛び立てり
しかし大鳥のその半ば墜ちぬ
その志の良しも悲し
大鳥は墜ちぬ
されど大鳥は翔けぬ
かなたへと遠く高く
例え墜ちしも
大鳥はかなたに向かい
希望の地に向かい
幻となり翔りゆく
大いなる挫折
そは挫折にあらじ
次なる未来に向かう
次なる未来を作るもの
大いなる希望の飛翔なりしも
挫折を恐れざれ
高き大いなる志をもて
その実る必ず来たらむ


人間の歴史をふりかえるとき必ず挫折がある,すんなりと何でもうまくいかないのであるそれはあらゆる分野でそうなっている,政治でも経済でも科学でも技術分野でもあらゆる分野でそうである。
科学技術関係でも神話にあるようにイカロスが墜落がある

蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで蝋が溶けて翼がなくなり、墜落して死を迎えた。

これも技術的なものの人間の奢りとして語られる,科学技術でもそれが発明され開発される過程で必ず挫折がある,そういう実験がつづけられて科学技術は発展してきた
常に挫折があり越えられない壁があり人間はそれに挑戦し続けてきたのである。
この神話が科学技術の奢りに対しての警告だったというのもわかる
最近では小保方が万能細胞を発明したとか話題になったがこれも実際にはなく研究の挫折だった,そういうことは他にもいろいろある,どこかで挫折してゆく
それは人間が万能ではないからでてある。
神は全能であり不可能なことはない,人間の力は神に及ばないからそうなる

政治的にも常に挫折がある,信長でも最期は本能寺の乱で野望は挫折したし秀吉でも朝鮮半島の征服は挫折した,政治でも挫折の歴史なのである。
二本の戦争でも敗戦してその野望は挫折したのである。
何かを目指しても必ず挫折する,そういうことは歴史にいくらでもある
そもそもいろいろ文明があってもその文明も最後は挫折する
例え長く栄えてもつづいてもいつかは挫折して衰退して終わる
エジプト文明でもローマ帝国でもマヤ文明でも挫折してその繁栄は終わる
挫折は宿命としてある,挫折は人間の成すことに避けられないのである。

津浪の被害でも原発事故でも大いなる挫折だった,原発神話が作られたがそれも事故で一挙に崩壊した,挫折したのである。
反れば文明の挫折にも匹敵していたのである
人間の成すことは挫折がつきものなのである。個人的にそうである。
例えば事業を起す人で成功している人は二〇人に一人なのである。
これからみればいかに事業に失敗した人がどれだけ多いかわかる
それは自分も実際にそういう人に接しているからわかった
事業を起こして成功している人はまれなのである。

では挫折したから何をしても無駄なのかとなる,個人的にも人間の成すこと挫折が多いから一層何もしない方がいいともなるからだ
ここで取り上げるのは北海道開墾に挑んで挫折した一人の詩人の猪狩満直である。
四〇歳くらいで北海道の開墾に挑んで死んだのである。
だから常に戦いだ,戦いだとして呪って死んだのである。

火のような呪いがある

そういって無念に死んだのである。そういう無念に死んだ人もまた人間の歴史では多い
なぜなら人間はそもそも挫折が宿命づけられているからである。
人間とは挫折するものだという宿命である。みんななんでもすんなりと成功などしないのである。キリスト自体が成功はしていない,十字架で終わって挫折して死んだとなる
偉人がいたとしてもみんな成功して終わるとは限らない,必ず挫折がある
ただ挫折があるとしてもではその人生とか科学の研究でも政治上のことでも無駄だったのかとなるとそうはならない
人間はやはり困難に挑戦して新たな未来を開いてゆく,それが人間の歴史だったからである。大航海時代でもやはり海を渡ることは最大の難関でありそれが成功したがそれで沈没したり挫折したものは多いのである。
みんなが挑んでも成功するわけではないのである。

人間はそもそもなぜ挫折するのかというと人間がみな死ぬということは挫折なのである。だから挫折が宿命づけられている,何をしようと人間は最後は死ぬのだから挫折なのである。そしてなかなか仕事でも完成できずに死ぬ
特に寿命が短い時は芸術家でも十分な成果は上げられずに死ぬ,啄木も病気で挫折したりと挫折が多いのである。
人間は百歳まで生きても最後は死ぬから挫折なのである。何かやり残したことがそれでもあるのが人間である。人間に限界があり挫折するのである。

だから挫折しても挫折がすべて無駄ととはならない
それより何を目指して何を残したのかが問題になる
それは挫折したからといってそれですべて無意味だとはならないからだ
かえって成功して失敗したともなるからだ
原発などは最初成功していて原発と共に未来ある街となっていた
その成功がかえって事故で挫折して無に帰したのである。

猪狩満直は北海道の開拓に挑んで失敗した,病気で挫折してもその目指したこと残したものがあり後世に伝えるものがあった
挫折したからといってそれで終わっていなかった
一方でこの辺では原発で成功したがあとで挫折して悲惨な結果になったのである。

こう考えると人間は何を目指すかが大事である,志が大事だとなる,動機も大事だとなる仕事でもその人の目指しているのは何なのか?それが問われる
ただ成功すればいいもうければいいというときそれが成功したとしても成功と言えるのかとなる,でも挫折しても失敗しても目指すものが間違っていなければそのことは時間がたって見直されることがある
確かにみんな成功を目指しているし成功しないものは認められない
でもその成功したことが悪いものとして成功することもある
カルト宗教団体などは大成功したがその成功したことが社会にとって悪であり害を及ぼすものにもなる,だから社会にとって成功が失敗だったということもある
事業をするにも何を目指しているのか志は何なのかということが問題になる
その人は事業に失敗したのは志もなにもない,ただ自分が頭がいい,有能だからそれを示したいためにまたはもうけるたげに事業を起こしたのである。
それが挫折したがもともと志も何もないのである。
だから失敗しても挫折してもそれだけのことだとなってしまうのである。
もしそこに何か高い志があればそうはなっていないのである。
例え挫折しても失敗してもそうである。

「心に青雲」のプログの著者都築詠一氏のように志を高くもてということは言える
この人の志は何であったのか?ともかく志をもっていてプログで語り死んだのである。
ここでもやはり挫折したのである。もっと語れることがあったが中途で病気で挫折したのである。
こういうことは人間である限りありふれていることなのだ
なぜなら人間の命は有限であり寿命があるのだからその内に何でもできないからである。だから大芸術家でもみんな未完に終わるのである。
何かもっと成し得たが成し得ないということで終わっているのだ
それが人間の宿命なのである。完全に成功しえるのは全能の神しかえないのである。
人間は挫折して失敗することに定められているのだ
だから問題は挫折することでも失敗することでもないのである。

猪狩満直は北海道に開墾に挑み挫折して失敗して死んだけど後世に伝えるものがあった
それを次の世代の人はくみとる必要がある
農業しか仕事がない時代であった,でもなぜ今農業が無視されているのか?
原発があった周辺でもそうである。それは全国でそうなったのが時代である。
だからこそ原発が建てられたのである。
そこで確かに成功したのである。収入も多くなったが結果的には故郷に住めなくなったのである。
農業などで暮らしていけるか,農業など誰もやりたくないと金にならないとしていたのである。だから農業をそれほど軽視することが拒否することがそもそも間違っていたのかともなる,みんな現代の贅沢を享受したいとなりそうなった
でもそこに落とし穴があった,原発の危険性はその甘い誘惑に無視されたのである。

ただ人間は誰でも楽をしたいのである。求めて苦しむ人はいないのである。
猪狩満直でも三野混沌でもそうである。それは時代で強いられたのである。
一方で山尾三省は求めて苦難に生きて六二歳で死に妻はもっと早く死んだのである。
そういうことは何か不自然に見えるのはやはり人間は強いられてしか苦しまないからである。みんな楽な道を選ぶのである。
なぜこの辺で避難区域になったところに若い人でも脱出したのかというと楽な方を求めて去ったのである。それは時代であり誰も強いられなければ苦しむのは嫌だからである。
楽な道があればそっちの方を人間は選ぶからである。
ただ楽なことだけを求めて未来が開けるのかというとそれはわからない
長い目で見ればわからない,そうして苦しんだ人は未来を開き後世の人から見直されてその価値を高めるかもしれない,一方で楽な道を選んだ人は後世の人からどう見られるのかそれは時代が変わると価値が変わるしその人生は評価されないとなる
三野混沌などはあれだけ苦しんで来てきたのにさらに最後に困難な道を行けと遺言している
たいだいこれ異常御免だとなる,猪狩満直の場合は若くて死んだから呪詛になっていたのである。

それで人間はいろいろ仕事していても未来に通じているのか?
後世の人に評価されるのか?
そういう視点から仕事しているのかとなると目前の利益だけを求めている人が多いのである。それは今の時点で成果となり利益となり評価されるが未来に通じているのか?
それはわからないのである。かえって成功して失敗していることがあるのだ
それは成功しているが故に失敗しているともなる
だから未来を見据えて仕事することが肝要にもなるが若い人にはそれが見えないのであるただがむしゃらに成果を上げる利益を上げることに費やされるのである。



北海道短歌十首(2)(見直される猪狩満直などの詩人)


北海道短歌十首(2)(見直される猪狩満直などの詩人)


北海道原始のままに飾らずにますぐに太く立ちにし樹かな

高きより滝の落ち来る新緑の巌に映えて層雲峡かも

自由なる旅人一人北海道の郭公の声かなたにひびけり

北海道大地の広くその空に郭公の声ひびきわたれり

底までも澄みにけるかな山上湖原始のままにけがれなきかな

北海道流れの清く蕗の薹芽吹きけるかなその数多しも

アイヌの顔彫りの深しも哀しかなその民滅び和人となりぬ

きれぎれのアイヌの言葉残りしも継ぐ人なくて絶えにるかな

ここにしもアイヌの民の物語深くも尋ぬ人は少なし

ラベンダーの中に揚羽舞い来たりひそみ長くまた飛びたちぬ

ラベンダーの紫つつむ富良野かな鉄路の長くまた旅たちぬ

大いなる挫折にありや大鳥の半ばとびたち墜ちにけるかも



北海道は十回くらい行っている,これだけ旅するには勤めていてはできない
自転車でも何回も行っているからだ,だから北海道はほとんど回っている
一番長い旅は苫小牧から宗谷岬をめぐり稚内に行った時だった
その時六月で稚内に桜が咲いていたのである。

その時はまた郭公がどこまでもひびいていた,その声がひびきわたる大地の広さがいいのである。
北海道の良さはまだ全体的に原始性を残していることなのである。
原始的な清純な自然に触れることなのである。
それは本州とかなるとそこには確かに自然があっても全体としてはどこもないのである。北海道は全体として原始性が残されている,それが魅力なのである。

アイヌも住んでいたからそこに物語も残されているから深く尋ねれば興味深いものとなるただアイヌ語はもう死んだ言葉だし不明となっている
それでも彫り深い顔だちの人がいてその人はアイヌの末裔なのかと見る
その顔はもしかしたら西洋的というか何かそっち系統の顔なのかもしれない
縄文人とつながっているのかどうかは不明である。
言葉の痕跡として動詞が主語によって変化するとかあり英語などに通じるものがある
アイヌ民族の謎は未だに解明されていないのである。
アイヌが存在したということ,それも歴史だったということを日本史の中に記されるべきなことは確かである。

北海道の開墾に入り猪狩満直は挫折した,でもその人を考えるとそれが大いなる挫折だったということである。
その挫折には意味があったなと思う,啄木も挫折したがまた猪狩満直などは違う
啄木は注目されているが猪狩満直などは詩人としては注目されていない
三野混沌などもそうである。
その当時は農業中心の社会でありみんな農業で生活をたてるほかなかった
それは戦後の戦争の引揚者の時代までつづいたのである。
だから戦後の引揚者が入った場所がいたるところにある
この辺でも山には必ずそうした引揚者が入って開墾した場がある
それは全国的に仕事がないからそういう場に入ったのである。
北海道でも農業中心の社会ではそうなったのである。
だからそういう時代だったとなる,時代の犠牲になったともなる
戦争で犠牲になったのと同じである。

ただ挫折したからといって今考えるとそれが無意味だったとはならない
それは大いなる挫折だったのである。北海道の大地に挑み挫折した
それは大いなる挫折でありその残したものが何なのか考察する必要がある
挫折しても大いなる挫折でありそこに未来に残すものがあった

そのことはこの辺で原発事故で前にも書いたがみんな原発にかかわる人が本当にこの辺では多かった,南相馬市でもそうである。この人も原発にかかわったのかと新たにまた知った,それだけ原発の影響はこの辺で大きかったのである。
飯館村の人も原発で働いていた,川内村は近いから三分の一が原発で働いていたのであるそれで実際は村が成り立っていたのである。飯館村はそれほどではなかった
だから一番福島県で低所得だったのである。

そして小高に住んでいた人が子供のとき親から農業だけがするなと殴られたという
それだけ農業は過酷だったから経験でそう子供に言ったのである。
その子供は原発と建築関係で渡り働いたのである。
その原発があったことが事故後は仇となり生活そのものを見直す結果ともなった
でも事故後も補償金でもめたりただ補償金だけが頼りとなり分裂したのである。
水俣でも公害があっても分裂したのは補償金のためだったと書いてある
だから三野混沌とか猪狩満直などの農民詩人が見直したのである。
その人たちの後世に残したメッセージは何だったのかとなる
それは大いなる挫折であり後世にメッセージを残したことに気づいたのである。
それは宮沢賢治でもそうである。農業は過酷でありそこに戦ったのが挫折したのである。その挫折した歴史に教訓があったとなる

ともかく北海道に十回も行ったし北海道にひかれる、だからもう北海道は第二の故郷だともなる,外国旅行しても何か原始の自然に触れることはなかなかできない
やはり歴史とか文化を都市中心に見るからである。
ただネバールには驚いた,犀がいたというのも驚きである,象でジャングルに入り観光する,つまりなぜネバールにジャングルがあるのか驚きだった
あそこには原始的自然がある,人間も高地を裸足で歩いていたのである。
ボールペンをくれというときそこにはそういうものも売っていないのである。
だから原始的な生活があり自然がありヒマラヤの高峰を望む所に生活しているのも驚きである。
そこで現実に生活するとなると過酷だとなる,それは北海道とにているのである。
中国の帰りの船で一緒になった若い人はモンゴルで羊を飼うことを習うために一年間くらい一緒に暮らしたという
冬になると一間回り痩せるという,それは冬の生活がそれだけ厳しいためなのである。
その人は北海道で羊を飼って生活をしている,羊を飼うことを広めたいと言っていた
農業大学出身だった,その人がNHKのテレビでドキュメントして放送していたのである。
その後はどうなったかわからない,でも恋人が一緒に船にいてその後結婚して子供も何人かいて生活が苦しいとテレビで訴えていた

何か自分は東京が大学時代いたけど嫌になった,それから自然志向で北海道に旅したのである。
だから自分は北海道のような所で死にたいとまでなる,東京のような都会で死ぬのも無惨である。北海道のような所に死んだら本望だ気持ちいいとかなる
つまり生きたい場所が死にたい場所なのである。東京などに生きたくないということは死にたくもないということなのである。
ただ自分の場合は遊びだったから猪狩満直のように呪いにはならない,ただ旅した思い出だけだとなる,それで思い出す旅をしているのである。






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