2018年02月11日

電車は風で遅れ鹿島駅前通りで交通事故発生!


電車は風で遅れ鹿島駅前通りで交通事故発生!

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原町から鹿島まで電車の赤い矢印が動かない
原町駅の人にインターホンで聞いてみたら徐行運転していたのである。
止まっていたわげではない,徐行運転して遅れていた



電車は風で遅れ運休になる,原町から仙台行きの電車が原町を出てもなかなか来ない
原町駅にインターホンで聞いたら徐行運転しているという
風になると風がやまないかぎり運転が再開できないから困る
あと仙台行きだと新地駅でとまり待つことにもなるから遅れるのである。

駅前通りで4時ころ交通事故があった
歩道に車がのりあげた
救急車が来たからなんなのかと思った
けが人が出たとのかと思ったがたいした事故ではなかったらしい
でも車は一部破壊された

交通事故は相馬地方で毎日のように起きている
この前は夜中の3時ころ女性が二人死んだ
20才前だった
その原因は雪が積もってアイスバーンになっていて
歩道を行かなかったからである。

車道の端を歩いていてもそこもアイズバーンになり雪が積もって避けていた
すると車道に入りそこを歩いていたのでトラックがきてはねられた
自分は自転車でそういう道路を歩いているからわかる
アイスバーンになると自転車はすべる,でも車道を行くと危険だとなる
だから歩きながらそういう道を来るほかないのである。

雪のせいで死んだとなる,そうでなくてもどこかで毎日こうした交通事故は起きているのだ
そのことを自転車屋の人と話した
いつもの人と近くの人が来ていた
あそこは人が集まる場でもある
駅を見ているのでそのことも話し合う

いづれにしろどこで事故にあうはわからない
あれが家の中につっこんでいたら大変だった
つまり家にいても危険だとなるのが交通事故である
家の中に入ることをさけてハンドルを切り塀にぶくかったのかもしれない
あんなところで事故が起きる,どこで起きるかわからないのが交通事故である

働くことは端(はた)を楽にすることだった (今の労働は端迷惑なのが多い)


働くことは端(はた)を楽にすることだった

(今の労働は端迷惑なのが多い)

労働はたいだいすべて何であれいいものだと考えている
極端な例になるとこの辺で競輪の券売り場ができた,そこに労働が生まれる,
掃除の仕事ができるからいいんだとか底辺の人は言っていた,
確かにタクシーを駅から利用する人を見ているからタクシーの収入になったり中に食堂があったり食べたりしているとか活気が生まれる
それはギャンブルでも活気が生まれるからいいんだということも国のレベルでもなっていて大きな賭博場を作り外国の金持ちに金を落してもらおうとなる

でもそういうものを作るにしてもそこで誰かが働かねばならない,サービスしなければならない,そのために人は使われる,ただ掃除の仕事ができていいから金になるものができたからいいとなるのか?
だからそういう矛盾を自分は一身上で感じた
この辺では仮設に入った人が何もすることなく大勢がパチンコ屋におしかけ通うことになった,その時パチンコ屋の掃除をしていた人かいたのである。
それは金になるから借金していた事情があってしていた
その時自分は自分の病気とか介護で苦しんでいたがその人が働いたのはパチンコ屋だったのである。それも何かこの辺の矛盾だった
原発事故でみんなかわいそうだなと外から見て援助にきていたが実際はそうして何もしないで遊んでいたのがほとんどだったのである。
だからポランティアがそういう人達のために働いていて馬鹿らしいと地元の人達と喧嘩になったのである。

この辺では働くというとき事情が違っている,もう人手不足で困っているから病院では資格のない人も看護師の補助をしたり働いている,その時まさに働くことは端(はた)を楽にするために働いている,そうならざるをえないのである。
家族だってみんな苦労して働いているときそこでのんびりしていられない,何かしら働かざるをえないのである。それが働くことだったのである
だからこの辺では何かしら働かないことは責められるような状態にある
ニートとか余計にそうなる,だからそういう人はいずらくなる
みいんな困っているのに働かないとしたら市町村自体維持できなくなるからだ
でもそういう人は実際にいるのも現実である。

ともかく働くといっても人間の労働は無数にあるから多様なのである。
その働くことが社会にとってどういう意義があるのかも価値あるのかもわかりにくくなる田舎でもみんな会社員というときどこで働いて何をしているのかもわからないのが多いのである。
ただ最近引っ越してきた女性がダイユーエイトで働いているのでそこで働いているのだとわかる,その他はわかりにくいのである。それだけ働く場が多様化してしまったからである。

例えば地銀で働いている若者は毎日一軒一軒回っている,だから働いてるなと思う
それは会社でも回りでも認めていることである。
でもその働く内容が問題になる,それが投資信託とか株をすすめるとかなるとそのために一軒一軒回っているとなると問題が生まれる
それはすべてではないにしろ迷惑なことであり害悪をもたらすことにもなる
働くことがすべていいものとして是認できないのである。
ただ会社のプレッシャーが強いからノルマを課せられているからなんとか売ろうとする
そうして働かせられる,働くというこも迷惑になり害にもなるなと思った
人間は自分のことしかから考えないから勝手である,もし自分が投資信託でもうかっていればこんなことは言わないのである。だから自分も勝手だとはなる

小さな畑で野菜作りしている女性がいる,そこでとれるものはわずかでもその労働は金にもならない,かえって金がかかる,肥料とか種とか高いのである。
その分もとれない,では金にならないからその労働が無意味かとなるとそうでもない
荒地にしておくよりそこで野菜をとれて役に立っているのである。
それは必ずしも金では計れないものがある,荒地にしておくと良くないからだ
たいがいすべての労働は金になるかしている,金にならない労働は無価値であり意味のないものとされるのが資本主義社会である。
ただ害悪になる労働もありそれは社会にとって恐怖にもなる


いらないものを売りつけられる,だんだん銀行でも保険などそうであったが脅迫して売りつけるまでなる,暴力団のようになる,それは銀行が追い詰められているからそうなるのである。生き残るためにはやむをえないとしてそうなる
事業失敗して借金したりしている人もそうなる,だから追い詰められた人間は怖いのであ
創価とかでもエホバでも他のカルト教団などが怖いのは集団化して組織化して活動している,信仰の押し売りである。それが一票を獲得するために一軒一軒回る,それも信仰とか何か社会のためだとかなる,それははた迷惑なのである。
でも組織化して集団化しているから社会で認められているから抑制できないのである。
働くが端を楽にするのではなく端迷惑になることで逆なのである。
肝心の困ってるとき誰も働いてくれないということも起きている

そういうことは他の会社でも起きている
その仕事はそんなに社会にとって有意義でなくても会社で金をもうけるためにそうしている,営業の仕事はそういうことが多いのである。
そこには必要なものがあることは確かである。
ただ銀行なら今自分の必要としているものは株とか投資信託ではなかった
何か他で金融商品で老人向きの保険があった,それが自分に必要なものだったが
銀行にとっては投資信託が手数料で金になるからすすめたのである。
それは端迷惑だったとなる

いづれにしろこの辺の事情は違っている,実際人手不足で病院とか介護で困っていても誰も働かない,でも新しくできた広いパークゴルフ場では元気な老人で一杯だとなる
要するに病院と介護だと働くことが苦しくなるからあえて金があれば人間は働かないのないのである。でも市町村が一つの家族のように考えればそうはいかないはずなのだが
それなりに規模が大きいから村のようではないから働かないのである。
村のような狭い世界だと働くということがしやすい,それはその労働を常に見ているからである。端を楽にしたいということが自然に沸き起こるからである。
そういう労働は健全だったとなる。
posted by 老鶯 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題