2018年02月10日

銀行の窮地(銀行がなくなる)


銀行の窮地(銀行がなくなる)

銀行がなくなるというのもイメージできなかった,ただ利子がつかない時が実際は長かった,だから貯金しても何の役にも立たないとなっていた
銀行は地方の銀行でも有力な就職先だった,銀行員になれば信頼できるとか信用第一でそれだけで固い職業であり地域では一目置かれていた,月給も地方では良かった
銀行は公務員のように見ていたのである。

その銀行がなくなる?それも驚きだった
銀行は一軒一軒回ってあるきそれで地域と信頼させていた
郵便局などでもそうである。いろいろ金のことで相談したりしていた
だから信用があった,それがなぜ証券会社のようになったのか?
それは銀行が追い詰められてきたということである。
マイナス金利になり国債でももうけられない,そこでなんとか利益をあげねばならない
そこで背に腹は代えられないとなり投資信託とか株をすすめるようになったのである

そもそも銀行は金の出し入れとかで利用していない,いろいろな事務も自動化機械化する銀行の役割が大幅に減少したのである。
でも一万くらいの人口の町に支店を構えるとそれだけの金がかかる
結構かかると思う,事務員も雇っている,それを維持するだけで相当な出費である
もうそうした支店は維持できなくなっている

そしてなぜ銀行が今金融庁とかいろいろ責められるのか?
金貸しが金貸さないのでどうするとか財務大臣から言われたりする
そして金融庁から不透明な投資信託の手数料を明確にしろとか言われる
現実に投資信託の手数料などがどれだけとられているのかもわからない
示さないのである。
ある意味でだまし的なものがある,銀行がそんなことするのと自分も失敗だった
事前に情報を摂取していなのが失敗だった

銀行とは何なのか?
簡単に考えれば金貸しだというときそれを個人にあてはめる
例えば金をもっていると外からいろいろとうるさい
あいつは金をもっているけど何に使っているんだ,遊んで使っているとかなると外から見る目は厳しい,金を無駄にしているとかなる
特に田舎でそういうことがうるさいのである。
だから田舎では平等でないと成り立たないのである。
特別の大金持ちなど住めないのである。

銀行も大金持ちと比べるとにている,金があるんだから金を有効に使いとなる

銀行の金は銀行だけの金ではない,みんなから集めた金だ,たから有効に使い
社会のために使い,景気を良くするために使い

そうなるがまず銀行はリスクをとらない,金は貸さない,貸し渋りが問題になった
高度成長時代のように会社が成長しない,利益をあげないから慎重になり金を貸さない
これまでは国債で利子がついてもうけていた,だから余計に貸さない
銀行は安全志向なのである。
投資信託でも確実に手数料がとれる,それで株をもっていたが1500円くらいのとき売って投資信託をすすめられた,その株をもっていれば相当な利益をあげられた
これはその時の事情にもよるが何か一方的に投資信託をすすめられる
それは投資信託が確実に手数料をとれるからである。
手数料は証券会社と銀行と税金とでとられる,3パーセントもとられる,アメリカでは0・05パーセントくらいである。
その手数料だけでとてももうからない仕組みになっている
とにかく銀行はリスクをとらないでもうけたいのである。

投資信託でも株でもすすめるのなら損したら銀行もリスクをとるべき

でももうけたらその半分をもらうとかなれば納得するかもしれない
全く何のリスクもとらずに銀行は手数料だけはいただくという甘いものなのである。
だからもう銀行は今までとは違い一軒一軒回っても信用できないとなる
証券会社化した銀行はもう銀行ではないのである。

そしてなぜ銀行が今責められるのか?

銀行の金は会社の金とは違う,みんなから集めたものであり社会に役立ててもらいたいということであづけている,公益のために使ってほしいということなのである。
それをただ集めて使わないということで責められている
そこで株とか投資信託をする場ではないのである。
それなら証券会社になるべきなのである。現実にはなっているのだ
その変化に気づかなかったのが悪かったともなる

結局時代が変わるとき職業でも不用なものが生まれる,もう社会にとって必要ない
銀行は何の役に立っているのだ,貸し金庫くらいしか役にたたない
金貸しなのに金は貸さない,リスクはとらない,その金を有効に使わない
だからもう金をあづけても無駄だとなる
銀行はいらないと社会でみんなが思うようになる
するともう金をあづけたりしなくなるかもしれない,信用もなくなる
そして金があるのに何に役にもたっていないとなり銀行はいらないとなる

でも何か金があってもそれを有効に使うとうことが簡単にできないのである。
自分でも一千万あるとする,それを自由に使って何か役に立つことをしなさい
もうけることをしなさいとなるとむずかしいのである。
何か役に立つことは寄付したり何かできるがそこからもうけを出すことは至難になる
せいぜい鉄道の時刻表や交通案内などを駅お無料で置いた
それはたいした金でないからできた
では何か事業するとか社会の役に立つことそしてもうけを出すことはそういう経験もないしできないのである。
そうなると個人でもお前には金をもつ資格がないとなり銀行のように批判されることになる

銀行はこのように金を持つ資格がなくなっているのである。
公益性もないしもう銀行の役目がなくなっている
むしろ投資信託とかすすめると害になる存在になる
社会に害悪をもたらすものとなる
それで金融庁からも社会からも責められる
でも銀行にすれば生き残るためには手段を選ばなくなる
株だろうが投資信託だろうがもうけねばならないとなるからすすめる
人間は窮地になると追い詰められるとモラルもなにもなくなる
それは個人でもそうだが団体でも組織でもそうなる
ただ組織がそうなると社会的影響が大きすぎるのである。

それはカルト教団ともにている,常に会員獲得にノルマが課せられて勢力拡大を強いられる,一票のノルマを常に課せられている,それが信仰なのだからやっかいなのである。
そういう組織は社会に大きな圧力となり害悪になる
会社でも害悪になるものがある,その害悪は個人のレベルではないから怖いのである。
例えば製薬会社でも薬を売るノルマが課せられる,なんとか薬を売れ,薬を売るにはいろいろ恐怖を植えつけろ,宣伝しろとかなる
医者に頼みもっと薬を買わせさせろ,医者ももうけたいから薬をもっと出させろ,いらなくても薬を出させろとかなる
現実にそうなっているのが医療なのである。薬は必要でも無駄に出しすぎるのである。
こうなると働くことも社会の害悪になる

社会にはそういう怖さが常にある,何かそうして強制される
それは正義のためとかにもなるし国のためだとかもなる
だから老子の思想が2000年前にすでに生まれていたのである。
無用の用とか成さずしてなるとか無為自然の思想である。
人間は働くことがすべていいものとして作用しないのである。それは大きな害悪となる
政治否定になったのもそのためである。政治はそうした巨悪となり害悪となるからだ
本当は原発などいらなくても核兵器の準備のために必要だとかアメリカの圧力があるとかで作らせられているのだ
その害悪は巨大になるからこの辺では故郷に住めなくなったのである。

銀行も社会にとってそうした害悪ともなる,でもそれも高度成長が終わり時代が変わったからそうなる,侍の社会から侍がなくなる社会になったときのように銀行という会社組織自体がなくなる,するとやめる人が大量に出るし現実にリストラされている
もう銀行には未来はないとやめる人が出ている
結局やめて新しい道を見いだすことが正解なのかとなる
社会に害悪をふりまくとなると銀行そのものの存在価値がなくなっているからだ

ただそうなると地域にとってはいい就職先がなくなるとか地域がさらに疲弊してくるかもしれない,地銀とあるように地域に密着して存在価値をもっていたからである。
ただ何か地域に密着して新たな存在価値を見つけ出せばまた違ったものになる
それはただ時代が変わると相当にむずかしくなる
ただもう一万の町に支店をかまえる余裕はなくなる,それは無駄が多すぎるようになったからである。銀行で金の出し入れをする人は本当に少ないからである。
そういうのはみんな自動化してゆくからである。

ともかくこういうふうに次々に変わる社会というのはついていけない,時代が大きく変わるときはこうなるのか?
今まであったものが無用となりなくなる,地銀もその一つとなる
津浪であれ原発事故であれそれは大きな時代の変わり目にそうなった
だから銀行でもそういう変わり目にいらないとまでなったのである。
その変化する時代をなかなかわからない,自分は金を現実に結構損したから実感としてわかった
自分が時代の変わり目に痛みを負ったからわかったとなる
なんらか時代の変わり目にはそうして痛みを負わされる犠牲にされる人が出てくるのである。
戦争で3百万人も死んだのもそうである。犠牲にされるものが出てくるのだ

ただ時代というのはいつのまにか変わっている,それが早いから追いつけないのである。
それで老人は不利だったのである。銀行は信用できるものだという先入観があった
そういうことが裏目に出たのである。
youtubeなどを見ていればこうはならなかった,銀行のことは詳しくその内情を指摘しているからだ
youtubeはかなり役立つ,信頼性もある,だから今までの文字だけのものとは違っている
わかりやすく要点はつかめるからいいのである。本を読むとか文字だけの情報だと広く知識は得られないのである。
深い知識は本とか文字の情報がいいが浅く広くなるとyoutubeのようなものが役立つ
そういう情報世界でも変わっていたのだがyoutubeは最近見始めたから遅かったとなる

タグ:銀行
posted by 老鶯 at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題