2018年02月24日

abstract rivers


abstract rivers

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morning river
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Sound of the river

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eroded  land by the sea

川を見ればリアルな川でも様々な表情がある,ただそれを表現しようとするときどうするのか?
言葉で伝えることもあるし絵で伝えることもあるしまた音楽でも川を表現できる
多様な方法で表現するのが芸術である
普通には見えないものを芸術に表現して見る
ただこの抽象画は変形して作られたものであるが一つのソフトからできやすいものである
それは機械的操作で作られるからそうなる

If you look at the river there are various expressions in a real river, but what do you do when you try to express it?
Sometimes I tell words, I tell them with pictures, I can express rivers with music
Expressing in various ways is art
Express what you can not see normally in art
However, although this abstract picture was made by deforming it is easy to make from one software
It is because it is made by mechanical operation
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株や投資信託で9割は損している (得しているのは大金持ちだけであるー 資本主義はもう信じられないシステムになっている)


株や投資信託で9割は損している

(得しているのは大金持ちだけであるー
資本主義はもう信じられないシステムになっている)

金融の世界では、オープンに価格が形成される「市場のリスク」よりも、意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪いというのが、筆者の偽らざる感想だ。

東証REIT指数は、昨年10.4%下落しました。ただし、1年間で約4%の分配金(税引前)が出ています。分配金まで勘案すると、昨年の投資利回りは約6.4%のマイナスだったことになります。

 日本は今、不動産ブームの渦中にあります。都心不動産は値上がりが続いています。それでも、J-REITが嫌われて下がってきたのは、不動産市況に過熱感があり、先行きブームが終わる懸念があるからです。

 REITとは?投資効果をわかりやすく解説

意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪い

これが銀行員だったとは・・・???

銀行は苦しくて投資信託とかができるようになり銀行にとって有利な商品をもってくる,手数料の高くとれるものをもってくる
そういう意図が確実にあってすすめたのである。

ただこの投資の世界はあまりにも複雑であり不可解であり理解できないものだと思った
ヘッジファンドとかもありこれは金持ちが利用している
これはプライベートファンドであり金持ちが委託してまかせる,それは成功報酬なのである。成功して利益を上げれば10パーセントとかもうかる仕組みである。
だからこれは一億円くらい元金がないと参加できない
もともと金持ちの貴族の資産保護のために作られていたのである。

そもそも市場が公平なのかということが疑問としてあった
つまり株はギャンブル性が高く結局胴元だけがもうかるという説もある
本当に株式市場は公平なのか?それが疑問なのである。
そこに陰謀論も生まれる理由がある
ある人の説では金持ちだけが金を安全に得るのが株の世界だという
だから金持ちはいつまでも金持ちであり貧乏人はいつまでも貧乏人になる
景気の波がありその景気の波は株の上がり下がりは実は金持ちと言われる層が操作しているためなのだという
だがらそうした金持層は株が下がっても上がっても損しない,株が下がる景気が悪くなるとほとんどの人は生活が苦しくなるから金を借りる,すると借りた金を返すために働かざるを得ない,また株が上がると景気が良くなると金持ちには金が入る
でも株をもっていない大多数の人はその恩恵を受けられないとなる
つまり金持ちは景気に左右されず金持ちであり続けるとなる
その方法として投資でももうける方法を知っている

金持ちというとき少なくても一億円でも金持ちでは今はない,2億円以上であり10億円とかにもなる,なぜならヘッジファンドだと一億くらいまかせるからである。
そういう人は株が上がろうが下がろうが損はしないとなる
他の一般的な人は株ではもうけられない,損する仕組みになっている

9割は株でも投資信託でももうかっていないのである。

この統計的事実を株や投資信託をする人は胆に命じるべきである

銀行とか証券会社の人は

意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪

これらの人は金を集めてあとは手数料だけをとるサラリーマンだというのもわかる

でも別に株が一般人でももうからないということはない,公平さはあった
それはリーマンショックの前にもっていた株だった
一時は半分になったが元の値段に回復した,それをもちつづけいてればもうかっていたから一般人でももうかることがあるから公平性が全くないかとはいえない
その株も銀行員がきて投資信託に回した

日本株が上がっていたのに早めに売ってもうけることができなかった

カナダの国債の投資→石油が急激に下がり失敗

USリートも金利があがりとんとんとかになる

為替に影響がないJリートは指数が下がりその将来性も実際は危ぶまれている

ただJリートは今年の後半からは上がるという説もある
一般的予想ではそうなっている
でも実際は空き室率が増えているし将来性がないのがJリートとだとこのサイトには書いてあった

石油が下がった,円高になった,アメリカの金利が上がった,もともとJリートは将来性がないものだった
こうして銀行にすすめられたものはみんな失敗して損したのである。

自分はそもそも株のことなど投資信託のことなどわからないから銀行が信用できると思ってまかせたのである。
第一いちいち株を見て売り買いなどできないからである。
いづれにしろここでも大きな損失を出した
奇妙だけど二回ばかりFXをしたがこれは成功したのである。
ただその差益はたいしたことがないからもうかったとはいえない,FXは株とか投資信託などと違いめんどうなことがない,簡単であり理解できるからかえって初心者にはいいとあった

いづれにしろ自分は株とか何にも知らないで銀行にまかせたのである。

それは知らないお前が悪いのであり自己責任だとなってしまう。
ところが人間はそんなにいろんなことに通じることはできないのである。
そうなら株など投資信託などしなければ良かったのだとなる
それがお前の責任だとなってしまう。

何にも知らないものがまかせてしたのだからお前の自己責任だ

結果的にはそうなる,ともかく何か金融関係は公平な所があってもブラックである。
それはその仕組みがわかりにくいのと複雑で理解できないからである。
そういう場で株式の取引をしている,そこに何も知らない人が入るのは危険だとなる
でもそこに水先案内人として銀行がありその銀行員が来たからまかせてしまった

意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪い

その銀行員でも証券会社員でもこういう人だったのかともなる

中世では金融が盛んになり金の貸し借りも増えた,そこで不正も行われた
親鸞が対象としていたのはそういう混乱の中で悪が跋扈して悪人が増えて
その悪人正機説が生まれた
つまりその時代に今のような金だけを求めて血走っているような時代だったとなる
そういう中で自分が悪人ではないかと不安になる人が増えたのかもしれない
それでその人たちは悪人正機の教えに救われたとなるのか?

いづれにしろ今の社会は複雑である。でも株式でも資本主義でも根底がゆらいでいる
信用がなくなり公平性が維持できない,株式が公平だというときそれはあることはある
でも素人の人は9割が損する世界だったのである。
それでは公平とは言えない,素人はカモにされるだけの世界だったとなる

アメリカの景気も実際はその実体ではないく株によって仮想的好景気になっているというアメリカ人は株をもっている人が多い,年金生活者でもそうである。
だから株が上がれば消費もあがる,でも株だけの操作では限界がくる
アベノミックスもそうである。金融の操作であり実体の経済とは違っているのだ
だからアメリカは金利があがり景気後退にはいり暴落も近いと分析する人もいる
ただ暴落でももうけるし株の世界で生きている人はかえって歓迎しているのである。
そこで損するのは自分のようなみんなまかせてしまっている人なのである。

ともか資本主義とか株でもモラルはない,投機であり投資ではない,投資は会社育てて社会のためにするものである
地銀だったら地元の会社を育ててそれが地元のためになりその資金を活かすことが基本にあった,それがなくなったとき銀行でも投資先がなくなったときもう資本主義は終わりだという人もいる
現代のグローバル経済とか資本主義はモラルが欠如している
投機的資本主義であり例えば中国人の金持ちのマネーが日本の不動産とかビルとかマンションとかに流れている,それから北海道の土地も買われている
それは日本の国土が中国人のものになってゆくことであり防衛上も良くないから何らかの国でとめるべきだというのもわかる

意図を持って近づいてくる「人間のリスク」の方が遙かに恐くてたちが悪い

これは国の関係でも個々人でも同じである。
それで右翼系は韓国と在日とか中国人を警戒しているのである。
もし日本をのっとろうとする意図があって入ってきたら危険だからである。
現実に資料とかがもちだされたり意図的にマスコミでもそういう人達が入り操作されているとしきりに言う人がいるからだ

神は人間の心を見ている

こういうとき人間はその意図を見るべきなのである。動機を見るべきなのである。
犯罪でも何が動機なのかで罪の軽重がある
何を意図して活動しているのか?それが人間にとって重要なのである。

確かに株式でも公正なものがあることはある,でもそれは一部の金持ちにとって公正なのであり一般の人には公正ではないのである。
そういう人達は金持ちの駒にされる,株式に参入したらその金は吸い上げられるのであるそして証券会社とか銀行とかに流れる
それで9割の人間は損していることでもわかる

ただなぜそんなに損しているのに結構投資信託とかでも株でもする人がいるのかは不思議である。むしろビットコインなどはわずかの金でも十倍になったというから公正なのかとも思う,まず株式では億以上の金がありさらに余裕がないとできない,億というとき一億を軽くあづけられる人なのである。

とにかくアメリカが衰退して崩壊してゆくということもしきりに言われる
それはなぜなのか?こんなモラルもなにもない仕組みで一握りの人間に富が独占されているからである。
そういう社会では労働意欲もまず消費もできなくなる,そしたら企業も物を作っても売れないのである。そういう矛盾が回り回ってその富を独占する人達にもゆく
遂にはそういう人達への憎悪となり革命も起きる,国は分裂してアメリカは衰退して崩壊する,それは中国に言える,共産党の幹部が兆の富を独占しているのは同じだからであるつまり資本主義とかグローバル経済とか共産主義でも革命前夜なのかもしれない
またリーマンショックなみの暴落が来る
何か致命的なものとなり崩壊してゆく,そこにはモラルなどないからである。

人間には何かそんなことをしていると罰があるのかもしれない
資本主義はグローバル経済は必要なものとして普及した,でもそれが限界に来たのであるその後に何が来るのか?
みんな株とか資本主義には嫌気がさしている,一握りの人間が大金持ちになり操作される世界を複雑なりに見抜くようになっている
資本主義自体信じられなくなっているのだ
その資本主義の先兵が銀行であり証券会社とか金融にたずさわるものなのである。
ここが一番ブラックになっていればもう社会は暗黒になる
だから資本主義は共産主義でも格差社会は何らかで崩壊するし崩壊すべきだとなる
もうそういうシステムや社会を信じるなともなる
それが地銀とかが信じられなくなったということに一番現れていたのである。


この文章は自分の考えたものではないです
他のプログとか本とかを編集して書いたようなものです
自分の文はそういうものが多くなっている
雑誌とかには経済でもかたよっている,ただプログとかなると個々人の体験が赤裸々に語られいるから雑誌とは違っている
例えば日経とかでもあまり株について弱気なことは書かない
投資信託でももうかるような記事を書いている,本当に株とか投資信託で老後の資産を形成できるのか?
実際に9割が損している世界なのである。
おそらく証券会社とか銀行から宣伝費をもっらいっているのではないか?
そうでなければそんなに損するものにみんなするわけがないからだ
ただ株とか投資信託は複雑だから自分は初心者でありわからない
自分がもうけていたらこんなことは書かないから自分の言っていることがすべて正しいとはならない
でも何か銀行なども加担してのせられている
銀行でも儲け先がなくなりそうなっている,インターネットの情報は今回も役に立ったが遅かったとなる
これは簡単にインターネットでも理解できないものだったからだ














posted by 老鶯 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年02月25日

時代の変革期には痛みがあり犠牲がある (明治維新に太平洋戦争でもそうだった)


時代の変革期には痛みがあり犠牲がある

(明治維新に太平洋戦争でもそうだった)


時代を歴史をみると戦国時代でもそこで生きていた人は必死である。
今は娯楽として戦争を見ているのだ,そこでは生きる死ぬかのなかで生きていた
例えば戦争があっても名もない人達が無数に死んでいる
戦国時代だと信長とか秀吉とか家康とかが常に話題になるがその他の雑兵はその他大勢になる,その時農民でも商人でも職人も生きていたのである。
そこで悲惨な状態で生きていても話題にならないのである。
でも戦国時代は華やかな時代にも見えるのである。
それはただそうしたその当時生きて苦しんでいたことは時代が変わればなくなるからである。

人間の一生でも苦しんだことがあっても過ぎ去ると笑い話にすらなるのとにている
ただ自ら痛みを負った人はそうした苦しんだことはなかなか忘れられないのである。
人間は何か痛みを負うとそれが忘れられないものとなる
痛みを負うことによって他者のこともわかることがある
だから障害者を子供にもった人が苦しみを言うが障害者をもって実際に苦しんでみないと痛みを負わないとわからないのである。

ただこうして人間の歴史をみると戦国時代でも別にそこに生きて苦しむわけではないから娯楽として今では見る,戦国絵巻だとかなる,かえって戦国時代は安土桃山時代で華やか時代だったとみる
でも庶民などはそうした華やかさとは何のかかわりもなかったのである。
要するに一時代が終わるとそれは過去になり何か娯楽化して回想する
そこで塗炭の苦しみを受けた人のことなどを見ないのである。
別に自分が苦しむわけでもないし痛みを負うこともないから娯楽にもなる

時代の変革期には必ず痛みがあり犠牲がある
明治維新でもこれも同じようにその時の英雄がドラマとなる,西郷ドンとかなる
でも無名の内に死んだ志士も多いし会津のように犠牲にされた人達も多い
時代の変革期には必ず痛みと犠牲がある,武士が職を失ったことは余りにも大きな変化だから武士でありたいと西南戦争が起きたことも理解できる
時代が変わると産業も変わるから失業する,新しい職に就くのは容易ではないからだ
それで大井川の渡しを職にしていた人達が鉄道で職を失った
その人たちは茶を作りはじめて名物になったとかある
川越人足の仕事が幕府でできなかったのは川越して金を得ているものが1000人とか多いためにその人たちの既得権をとりあげることができなかった
その人たちが職を失うことはそれだけ大問題になるからである。
橋もかけられたし船で渡せばいいとなるしそれも技術的にもできるとしたらそうなる
そういうことは江戸時代には何か多いのである。
である。でも既得権となって守られていたとなる

そのことで気鋭の学者がAI化するために既得権者がいてできない
その既得権者を退場させないとAI化はできないと訴えていた
日本でIT技術が遅れた,20年間で進歩がなかったのは既得権者がいてだめになったという何か新しいもので社会化できない,反対がありすすめられなかったと言っていた
江戸時代はそういうふうに保守的であり外圧もないから技術革新もできなかった
必ずしも時代が変わったからマイナスにならない,プラスに転じることもある
それでもそこに痛みがあり犠牲になる人がかならずいる
歴史となりふりかえるとそういう痛みや犠牲より時代が変わり新しいものが生まれることで全体的には良いものとして見ているのである。
戦国時代でも安土桃山時代とか明治時代でも新時代として華やかなものとして見ている
ただ太平洋戦争は焼け野原になったから華やかなものとしては見ない
でもなぜ破壊しつくされた国土,焼け野原から復興したのか?

これもふりかえると不思議である。戦国時代よりも明治維新の時より徹底的に日本は壊滅的状態になったのである。
そこから復興して高度成長時代になった,これも全体的に見てふりかえればそこで痛みがあり犠牲があった,300百万人が戦死した犠牲がありその後に復興があったがそこでも痛みと犠牲があった,引揚者が働く場がなく土地の悪い場所に開墾に入ったからである。
戦後十年は日本人はみんな一様に貧乏だったのである。
焼け野原になったときそこでは食べるものもなかったから苦しかった
そういう時代を経て今日の繁栄があった

そして今は変革期になっている,津浪とか原発事故も大きな変革をうながすものだった
街ごと消失したのだからそうなる,その後に前とは全く違う街を作ることになったからである。天変地異でもそういうことが起こる
何かそうした大きな変革期になり痛みがあり犠牲にされる人たちもある
では一体明治維新から70年後で太平洋戦争があり敗戦があり79年過ぎて何が起こるのか?
それは大きな変革である。銀行がなくなるとかいうのもそうである。
そこで痛みがあり犠牲がある
でもそこで大きな変革をしないと時代に世界に遅れるのである。
そこで破壊が起きないと次の時代は来ないのである。
規制のものや旧弊なものの破壊である,その破壊があって新しい時代が来ているからである。
現代とはそういう変革期にあることを自覚すべきである。

グローバル資本主義も金融資本主義であり格差社会を世界的に生んだ,だからこれも機能しなくなるからもしれない,銀行がなくなるとかいうのもそうである
ではその後に何が来るのか?
それは未だわからないにして大きな変革期にさしかかっている
イギリスのEU離脱でもそうだしトランプ大統領が出てきたのもそうである。
ナショナリズム,国内経済にもどるというとき日本もそうなる
グローバル経済はもう限界なのである。むしろブロック経済になりそこで複雑ではなく血の通った人間的経済にもどる
中世にもどるというときもそうかもしれない,道州制というのもそうである。
なぜなら東京一極集中は明治維新からの政策でそうなっていたからである。
何か大きな変革が世界で社会で要求されているのである。
ただその変革期には大きな痛みがあり犠牲がともなうのである。
でもその痛みがあり犠牲がないと新しい時代は開けないのである。
それは歴史をふりかえればわかるのである。
posted by 老鶯 at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

自己責任とは何なのか? (原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのか?

(原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのだろうとなる,民主主義社会は自己責任社会である。職業でも選べるし住む場所も選べるし自由である。
ただ自己責任というのを今は必ず問われる社会である。
その自己責任が問われる前提というものもある
民主主義社会だと情報が開示されているとか十分に事前に納得してもらうとかある
原発事故でも自己責任が問われた,事故を起こしたけど原発を積極的に誘致したのだから誘致した村でも町でも県でも責任があり自業自得だとなる
そのために十分な金を支払われていたのだからそんなに補償金を要求するな
それは税金だから国民に要求するなという批判があった

でも自己責任というとき自己責任をもちうるものが情報が開示されていて責任がもちえたまず政府とか官僚とか東電やマスコミでも「安全神話」を作ったのだから何か原発に対して危険を感じても質問すらできない状態だったのである。
「お前ら原子力のことなどわかるのか,専門家に政府にまかせておけばいいんだからひっこんでいろ」
「お前らには十分な金をやる,飴をやるから黙っていろ」
とかなっていたのである。そして地元では原発が危ないというだけで地元にいずらくなっていた,なぜなら三分の一も原発にかかわって生活しているとなるとそうなる
事故が起きて今度はお前たちの自己責任だというときその自己責任になる条件が欠けていたのである。
つまり民主主義社会が自己責任だというときそのためには情報開示が必要であり何かそれを充たすものが必要なのである。
「安全神話」になればもう何も言わせない状態を政府と一体になり作り出されていたのである。
だからどこまで自己責任なのかそれが良くわからないのである。

民主主義社会ではあらゆる所に自己責任が問われているのである。
交通事故でも必ず自己責任が問われる,ルールに違反していた信号を無視してわたっていたとか落ち度があったら責任が厳しく問われるのである。
何か知らなかったとかでは通らなくなる
何でも知らなかったでは通らないのであり知らないということが自己責任にされるのである。
でも人間はあらゆることに通じることはできない,一部しか知らないのである。
でも自己責任にされるのが民主主義社会なのである。
何かそうなると万能性すら要求されているのである。そんなに知識がある人などいないのである。

今回の株や投資信託の問題でもそうだった、損したのは別に銀行のせいでも証券会社のせいでもない,知らなかったお前が悪いのだとなる,お前の自己責任だとなってしまう
ただ自己責任というのは何かわからない,完全に自己責任というのはないようにも思う
株でも一番ふりかえり失敗したのは株があがってきているのに売って投資信託に金をつぎこんだことである。
それは銀行員がそうしたのである。その時強引にそうした
ただ自分は銀行員でもその人がプロであり知っているからそうしているものとしてまかせたのである。
でも損したら全面的に自己責任になる,証券会社も銀行員も悪くはない,知らないお前が悪い,まかせたお前が悪いとなる,でも何かこれも納得いかないのである。

ただ今反省すると株とかでも実際は自分の判断ですべきものであった,それをまかせたことが失敗だった,なぜなら自分の判断でしていたなら損してもあきらめがつく
それをプロだと思いまかせたから失敗したのである。
まかせたということは銀行員にも責任が生じていたのである。
でも銀行ではその責任は一切とらない,顧客が損しても銀行や証券会社は絶対に損しない仕組みになっている,つまり銀行や証券会社は手数料は確実に入り損はしないのである。自己責任を言う前に確実に人間は失敗の責任をとらされるのである。
原発事故でもそうである。そこに住んでいた人達は故郷に住めなくなる責任を負わされたからである。

株でも金持ちならヘッジファンドとかに投資して損しない方法がある
またプライベートファンドとかに頼む,そういう人達が本当のプロだったのである。
その人たちはもうかったらそのもうかった分から報酬をもらうのである。
もうからなかったらやめさせられたり一文の金にもならないのである。
だから真剣にもうかるように努力するのである。
投資信託などとはまるで違ったものとなっていたのである。
その人たちは責任をとらされるから真剣になっているのである。
投資信託はそんなことはないい,ただ金を集めて適当にやっているだけである
別に損はしないからである。責任をとることもない,責任をとらされるのは顧客だけである。
ただそうはいってもやはり銀行などはもともと信用があって成り立っていたからその信用を失うこともありもう地道な前のような活動ができない,信用されなくなるからである。「なんでこんなもうからない投資信託を売りつけたんだ,もう信用しない」
こうなるからやはり何らか責任が問われるのではないか?
原発事故では責任を問われたから国では莫大な補償金を支払ったのである。
それだけの理由があったためである。

自己責任というとき例えば何か人を仕事でも紹介するときでも紹介した人が責任を言われる,お前の紹介した人は何なのだ,仕事ができないとか言われる
その人は何か仕事についてルーズであり紹介した大工も何か支払いについてルーズだったのである。責任というとき親戚とかなると意外と連帯責任のようにされる
事業に失敗したらそのことと関係ないと思っていたが自分が苦しいとき借金を迫ってきた関係ないと思っても事業失敗の責任が回ってくるのである。
他人がしたことで関係ないと思っても責任が回ってくる場合もある
親戚関係になるとそういうことが逃れられないようになるから怖いのである

ともかく自己責任といっても全部が自己責任にはなりえない,そうなことを言っていたら人間は万能人間になるほか生きていけない,万能人間なら責任をとれるからである。
それは神にもなってしまう。
社会自体が連帯責任で成り立っている,保険などはそうである。
あらゆる責任をとれないから保険でみんなで責任をとりあっている
交通事故が起きたからと何千万円の金など払えないからである。
みんなで責任を負うことで自己責任を軽くしているのである。

だから自己責任を言いすぎるのが現代だと思う
自己責任は確実にある,病気でも不摂生で病気になったのだからお前の責任だといわれてもしょうがないことはある
病気でも自己責任が問われる,何か知らないで失敗すればお前は勉強しないから自己責任だとなる,株でもそうである。
でもすべて自己責任など負いようがないのである。
人間はあらゆることについてしりえようがないからだ
放射能のことを株のことを簡単にわかるかといえばわかりえようがないからだ
法律のことがわかるか?それも複雑だからわかりえよがない
そうして複雑な社会でわからないことが多すぎる,それで自己責任を問われるとなると
こういう世界に生きていけるのは万能の超人,神のようになってしまう

原発事故だと国民にも責任があった,原発を造ることを許したのは国民だからである。
選挙で自民党を勝たせて原発を造らせたともなる
戦争でも同じでありあらゆる人か責任になる,戦争を望んだのは国民にも責任があるとされる
だから自己責任でなんでもかたづけるのは疑問なのである。
株や投資信託でも銀行がすすめれば全部ではないにしろ責任が生まれる
わざわざ銀行まで行って投資信託をしますなどと言う人はまれだからである。
銀行員が一軒一軒回って話してすすめるから買うとなる
だからそこまですすめる方にも責任が生じる
銀行員にもすべての責任があるわけではない,ノルマを課してすすめさせる銀行とか会社が責任があるのも確かだからである。
全部を個人に自己責任としておしつけるのは疑問になる
ただ自己責任もいろいろあり海外で危険な目にあい死んだ人は自己責任だとされる
そこに国民の同情はない,勝手に警告している危険な場所に入り死んだから自己責任だとしてかたづけられていた,そこは政府でもそもそも戦場なのだからそんなところで死んでも自己責任であり人質になっても助けない,金は払わないとなったのである。
自己責任もケースバイケースだからちがってくるからいちがいに数式のように判定できないのである。
タグ:自己責任
posted by 老鶯 at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年02月26日

人間はタイミングで勝負が決まる (チャンスは一度であり何度もまた来ない)


人間はタイミングで勝負が決まる

(チャンスは一度であり何度もまた来ない)

誰だったかビジネスでもチャンスは一度で決まるとか言っている人がいた
何度もチャンスなど来ないのである。
大きな仕事をまかせられるチャンスはめぐってくる
でもその仕事で一回でも成功しないとはたしてまた回ってくるだろうか?
一回でも失敗するとその人は失敗する人だ,実際はそれだけの実力がない人だとされてしまい,金持ちでもヘッジファンドでもプライベートファンドでも雇わなくなる
今回は失敗しましたが次は必ず成功させますといっても頼む方にすると断るとなる

ただ株とかでも投資はつくづくこれもタイミングだと思った
その時の情勢とかが影響していた
なぜカナダ国債で失敗したのか?
石油があれだけ下がることが予測できなかったのである。
あの時は石油がずっと上がっていたしカナダで石油が世界で4番目にとれているから国債も評価が高かったのである。
一年くらいは配当とかでうまくいっていたのである。
ただその期間は短いから分配金があってもたまらないのである。

投資信託の月々の分配金は割りが悪い,損しやすい

元金から引かれていたことがわからなかった,分配金が月々配分されていたからこれは生活費として老後の資金として役に立つなとくらいにしか考えていなかった
投資信託はその計算ができないのである。
複雑でできない,収支報告もはっきりしないのである。
手数料がどれだけとられているかもはっきりしないのである。
それで金融庁ではっきりさせろと注意されたのである。
それより変動が激しいから利子のように投資では株ではもうけることはできない
急激に何かの要因で上がったり下がったりする
だから基本的には株は下がったときに買い上がったときに売る
それがわかりやすいがそこをどこで見極めるかもむずかしい
わかりやすいのは暴落したときである。
その時株を買うチャンスだったのである。
そこがタイミングだったのである。

ただすべてがまかせた銀行員が悪いとはならない,その時の情勢が関係しているからだ
要するにタイミングが悪いと何でも失敗しやすいのである。
例えば暴落しているときは逆にチャンスだった,その時株を買ってしこんでいればもうかったのである。
そして株の上がるチャートを見ていれば15000円で買ったものが回復したとき売らねばよかったのである。
それは素人でもそう思う,チャートで株が上がっているのに売るということは普通しないからである。チャートをいつも見ているからである。
その株が貴重だったのはリーマンショックとかをのりこえて長くもっていた株だからである。別に自分は放置していたから今回も放置していたら良かったのである。
下がるわけではないからである。

人間はやはりタイミングなのである。株が必ず暴落する,でもその暴落がかえってチャンスになることを経験でわかった,でも株でも退職した人とか60代以降に学ぶとするとむずかしくなる
若いときから経験していなと株は損する
自分は今回数年で外国の国債も買ったしUSリートも買ったし日本の株も前に買ったしJリートも買った,だから数年で体験を積んだ,それで損して痛みを負ったから身をもって学んだとなる,それでも証券の世界は本当に複雑であり多様だから理解できないものだと思った,おそらく基本的なことを体験したというだけだろう。
それでもグローバル経済というのがどういうものなのか身をもって知ったのである。
株をしないかぎり資本主義でもグローバル経済でも実感としてわからないのである。
それで勉強にはなったがそういう実験している余裕がなくなっていたのである。

結局これからの予測はいいものはない,日本の経済は低迷期が以前としてつづく,アメリカも停滞してゆく,だから株がいつ暴落すると専門家は言っている
中国の経済もゆきづまりでありいつ破綻するかもしれないと予測する専門家も多い
つまり経済はもう伸びない,資本主義はもう限界に来ている
それで銀行がなくなるとか大量のリストラになるとか騒いでいるしすでに実行されていることでもわかる
個々には以前としてもうける人がいてもそれは限られた金持ちとか極一部の人である。
あとはみんな負けになる可能性が大きいのである。
つまりタイミングがそういう時代に入っているということを見るべきである。

人間の勝負はタイミングで一回のチャンスで決まる、信長の桶狭間でありそれはタイミングを活かして勝負して勝ったのである。
その時の天候とか勝つ要因があった,それは運だったともなるがやはりタイミングだったのである。そのタイミングを逃すとまた同じチャンスはめぐってこない
その一回のタイミングを活かしたことにより信長は天下制覇に踏み出したのである。
それは一種の運だったのかもしれない,運も実力の内ともなる

では投資は運なのかというとそうでもない,何か予測するものがありチャートをいつも見ているからだ,ある程度は予測できるものとして専門家は見ているのである。
だから暴落のときはチャンスだというのが自分でも今回実感としてわかった
ただそれはリーマンショックからだから10年とか過ぎてわかったことなのである。
だから長い目で見れば株は上がったり下がったりしている
それで必ず下がれば上がるから長くもっているといいともなる
それも一つの戦略である

人間は時代に左右される,これはどうにもならない,高度成長時代は恵まれていたのである。その恩恵は十五六年前の保険金が倍以上になっていたとか郵便局にあづけた貯金の利子があづけたときの高い利率で支払われていたから今の老人は貯蓄だけで財産を形成できたのである。
それが時代だったのである。今は退職金が二千万だとしてもそれだけの価値しかないから老後資金としてたりないとなっている,これも時代で損しているなと思った
利子が全然つかないからわからない投資の話にのせられやすいのである。
利子がつくならこんなことにはなないからである。
銀行にしても金だけあづけられても迷惑とすらなっている
それで投資信託をすすめて手数料商売になる
そういう時代の変化がタイミングが悪い時代になったのである。

人間はその時代時代を懸命に生きるほかない,こういう時代に株とか投資に賭けることは危険だとなるしそれよりもう資本主義が投資先もなく終わりだというとき何か心の持ちようも時代に対応して変えねばならない
グローバル経済も変わる,何か新しいものを模索する時代になる
株とか投資信託をあおっているのは証券会社とか銀行とかでありそれらは商売だからそうしている
実際は今の時代は日本が貧困化しているし株で一稼ぎするとかの時代ではない
むしろ無駄な消費をおさえるとかヨーロッパの中世とか江戸時代に回帰する
内需志向であり外国貿易でもうけるグローバル経済でもうける時代は世界中で拒否されている
グローバル経済の矛盾が噴出して爆発寸前になっているからだ
だから資本主義の株式会社がなくなるとか学者も言うのである。

時代を見て対応しないと失敗する,これからは貧困化してゆく日本はどういう生活態度がいいのかとなる
今までの豊かになった消費優先の社会でいいのか,すでにそれはゆきづまっている
物価を上げようとしても上げられないのは当然なのである。
これだけ物はあふれていても賃金も上がらないからである。
外国人の観光客でも中国人でも日本に求めているのはもう物ではない
事の消費であり日本がもっている環境とか人の優しさとかそうした文化的なものが価値をもつようになっている
そういう時代が変化するときであるが過去の幻影に人は酔うのである。
金持ちが貧乏になっても以前として金持ちとしてふるまったりすることからぬけだせない贅沢を覚えるとそれからぬけだせない,変えられないのである。
一度王様になったら貧乏人になってもやはり王様だったときのことが忘れられないのである
日本は高度成長とか豊かだった時がありそのことがまた起きるとかそういう時代をなつかしむ,でもその時代は帰ってこないのである。
時代が逆戻りすることはない,江戸時代に帰るといってもその様相はまた違っているのである。

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東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く


東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く

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浜通り東風(こち)に春北風(はるきた)風変わる

山鳩の三羽来たりて梅開く

何励むパークゴルフや冬芒

目覚めれば知らずにふりぬ夜半の雪


時にして春の嵐や時代かな若き命を散らしけるかな


出典新古今集 雑上
「めぐり逢(あ)ひて見しやそれとも分かぬ間(ま)に雲隠れにしよはの月影」

夜半(よは)の月の歌である。ここでは夜半の雪である。
夜半に目覚めたら隣の屋根に雪が薄くふっていたのである。
この辺ではあまり雪は積もらないけど今年は一時積もった
これもいろいろに鑑賞できる,何かこの句が死をイメージする
ひっそりと死んでそのあとに白い雪がおおっているとかなる
この辺では雪はなかなか降らないから雪にたいしてイメージがわかないのである。

今年は寒いから冬が長い,パークゴルフは今日もにぎわっている
とにかく老人が多いからいつもにぎわっている,それは無用な冬芒なのかとなる
何かこの辺では人手不足だけど老人は強いられない限り働かない
今日も駅に杖ついてきた老人が5人くらい見かけたのである。
本当に老人が多すぎるのである

今日は東風(こち)が吹き春北風(きた)も吹いた
今頃浜通りでは海からの東風と山からの春北風が吹く
その東風が原発事故で災いしたのである。
東風が福島市の方まで吹いて放射性物質を運んだからである。
これは本当に不運だった,一月頃だったら良かった
まだ東風が吹かないからである。
そして飯館村があんなふうになったのはショックだった
飯館村は森の国であり森に隠された村だったからだ

近くの梅は開いた,まだわずかである。徐々に増えてはきているがまだまだである。
今年は春が遅い,東風でも冷たいのである。
風というのはその土地特有の風が吹く,だから風土となっている
この風を感じるには車ではできない,風を自然を遮断するからである。
ただ自転車は最近疲れる,節々が痛くなる
だから遠くに行くのが億劫になった
後で筋肉が痛くなのである。
知っている人は腰が痛い痛いと実際はなにもしていない
ただ畑をやる気はある,そこに生きがいを見いだしている
腰が痛くてもやりたいことはやろうとする
自分にとって自転車を乗っているのと同じなのである。


株は自分で判断できるものをやる (投資信託はめんどうだからするな!)


株は自分で判断できるものをやる

(投資信託はめんどうだからするな!)


株と投資信託で経験したことは銀行や証券会社に頼むとしてもまかせきりではだめ

収支もはっきりしない分配型投資信託はしない

月々の分配金がもらえる投資信託は利子のようにもらえるから得に見える
自分も最初はそう思っていた,でも長くはつづかない,必ず変動する,投資信託も株なのである。
景気の変動の波をもろに受ける商品である。
特に海外だと為替の影響が大きく損失が大きくなる
だから分配金をもらうのではもうけられない,むしろ株をもっていた方がいい
投資信託がその仕組みがむずかしすぎる
株ならその時いくらで買った,上がったから売れば得するということは素人でもわかる
そうしてわかりやすいものを買うのである。
だからFXはわかりやすいから素人でも銀行や証券会社に頼んでももうかる
放っておいても上がったり下がったり一年二年の間するから安い時買って高い時に売るということでわかりやすいのである

他でも投資信託ではないものは株でもわかりやすいなら自分の判断ですべきである。
株は長い間で上がったり下がったりするからである。
だから暴落のときは買いなのである。ただそれなら小学生でもわかるのだ
銘柄など選べないからそういう株の商品を銀行でも頼んでもいい
でも銀行は投資信託をすすめるから危険だったのである。
それでリーマンショクで半分になったのが売った値段に回復したとき売って損したとなるそれは銀行にまかせたからである。
それはわかりやすいから自分で判断すべきだったのである。

証券会社、銀行に頼んでもいいが売り買いの判断は自分ですべきである。
それができるのは株とFXである,これは何も考えなくてもできる
株でも十年とか放っておいても上がったり下がったりしているから下がったとき買い上がったとき売るだけなのである。
そういうふうにわかりやすいものは自分で判断できるものはしてもいいのである。

投資信託は仕組みがわかりにくいからわからないからすべきではない

これは証券会社とか銀行がもうけるためのものである。
これをすすめる人が多いがそれがどうしてかわからない
現実に株が上がっているのにチャート見れば普通は売らないのに売った
投資信託に売ったのは自分たちがもうけるために手数料をとるためにそうしたのである
証券会社や銀行は顧客をもうけさせる人達ではない
それは別にプロがいることを書いた

商売を考えるとこれがだましだとかでたらめだとかなるが実際は商売にもモラルがないと成功しないと思った
顧客にとってももうけるものを提供すべきなのである。
もちろん売る方ももうけていいが売る方だけを考慮していたら成功しない
何かこれは商売全般に通じているものである
だから損して得しろというとき損してもいいから客にまず得させろということなのだ
自分がまずもうけるんだ,今もうければいいとなればもう長続きはしない
でもそういう人が多い,そうなりやすいのである。
おそらく東北人などは融通性がないか商売に向いていない
商売は相手をだますことではない,それ相応の値段で売り売る方も買う方も得することなのである。

売り手によし、買い手によし、世間によし』を示す『三方よし』という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたものであるが、そのルーツは初代伊藤忠兵衛が近江商人の先達に対する尊敬の思いを込めて発した『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という言葉にあると考えられる。」

これを株には適用できないが何か通じるものがあった
もちろん自分がビジネスを語ることはできないが損させられたことでこれを思った
三方良しというとき世間よしも入っている,世間とはその地域地域であれ売り買いで豊かになることである。
株には通用しないかもしれないが自分が株でもうかればそれを地域の人に消費したり配分すれば世間よしともなるからだ
ところがもう頭の中がノルマが課せられて売らねばならないというもうけねばならないということが脅迫観念のようになり顧客のことは考えられなくなる
でもそうして自分たちだけ売る方だけがもうけようとするとかえってビジネスでも商売手も失敗する,客は逃げてゆく

株の場合はいくらでもいいわけができるからである,売った方の責任はないとなるからだだからこそ退職して投資のことがわからない人は銀行や証券会社に頼んだとしてもわかりやすいのを選び売るときは自分で判断することである。
それで失敗しても自分で判断したのだから納得がいく
でも頼んだ銀行とか証券会社はプロではなかったのだ
プロを雇うことができるのは一億円とか軽くまかせられる人である。
普通の人はそういう人を頼めない,証券会社や銀行の人はプロではなかった

それよりこうして単純な投資のノウハウもわからないのだからやるべきではないとなる
結果的に投資信託をすすめられて証券会社や銀行の餌食になる
投資信託は本当に売る方にとっては実に都合いいようにできている
それがなぜ野放しになっているのか?
金融庁からも注意されていたのである。
買う方にとってはこれはめんどうなものであり損しやすいものだったのである。
でも何か雑誌でももうかるようなことが書かれているのが多いのである
老後の資産形成には利子がつかないから不可欠だともなっている
そういうことは投資信託ではまずできない
もちろん成功している人はいる、その確率は9割が損しているように損する仕組みであるつまり売る方だけが得する仕組みだからやるべきではないのだ


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2018年02月27日

わからないことで損したりだまされる (それがひいては社会をゆがめ社会の損失になる)


わからないことで損したりだまされる

(それがひいては社会をゆがめ社会の損失になる)


現代社会は複雑である。これを理解することはもう不可能である。どんな才能があり優れた人でもほんの一部しか理解できない
それは理系の科学技術分野でもそうである。
そこから何が起きてくるのか?人間の無力化である。それはイリイチが言っているように専門家に牛耳られ無能化される
そして金でも奪われるし奴隷化されるのである。
それはあらゆるところに起きている社会全般の問題である。

なぜ弁護士に相談に行っただけで百万もとられたのか?
それは相談に行った人が弁護士のことも知らないからである。
相談だけでそんなに金をとることはない,何かそこで弁護とかの仕事をすれば払う
最初から何もしないのに百万とることはありえないのである。
実際に何かしたのは仕事したのは交通事故の保険会社の人であり
弁護士は何もしていない,これは今考えると悪どいとなる

渡辺病院でMRIで認知症の写真をとったけどそんなもの何の役にもたたない
それは写真をとる人が知っていたのである。
そこは払うのが3万だったから払う方にしてそれほどでもない
でも実際は十倍払っている,その負担は国民の負担ともなっていたのである。
そもそも認知症の治療などその原因もわからないのでできないのである
わずかに郡山市とかに二台ある機械ではわかるというがこれも認知症のこと自体わからないのだからそれで何かわかることもない,第一治療方法がないのが認知症なのである。

次に銀行がすすめる投資信託もその仕組みが複雑でわからない,そのわからないことが銀行とか証券会社にとって都合がいいものだった
あなたにはわかりませんとなれば銀行側の言いなりにされる
説明してもあなたにはわからない,現代は複雑だからそうなることが多い

みんなあなたはわからないい,説明してもわからない,だから支持通りにしなさい

原発事故でもそうだった,あなたは原子力とか核のことはわからない
だから私たちの支持通りにしていればいいのです
私たちが専門家が安全だと言えば安全なのです,そこで「安全神話」が作られたのである
そういうことが社会にどう影響するのか?

社会の健全性とかモラルをゆがめるのである。そして国民自体がその影響を受けて原発事故だったら大損失になる,個々人が損しただけではすまないのである。
そうしてわからないことで利益を得たからいいと思っていても回り回って社会に影響して社会自体が損なわれる,何もそうしてもうけることは悪いことではないと会社では思っている,その会社員だったそうしてもうけなければ会社が成り立たないともなる
そんないいことばりでこの世は生きていけないと主張する

でも公益的観点からするとそれが社会全体を損ねる,ゆがめる,損失を与える結果となるなぜこれが大きな問題なのか?
それは公益性の高いもの権力を有するものだからである。
弁護士だってやはり社会の正義を看板にしている,でも金のために悪徳弁護士にもなる
病院も公益性の高いものである。それは国民保険とかで成り立っているからである。
そこで病院がもうけても国民の負担となってゆく
銀行も証券会社でも公益性が高い,それも自分たちの会社の利益だけを追及すれば社会自体がゆがめられるのである。

ともかくわからないいうことが人間を無力化させられるのである。
それは宗教だって同じである。宗教も詐欺になりやすいのはわからないということでそうなる
宗教にすすめに来るのは自発的に信仰へ向かわせるものではない
最初から悪い意図でくる,ある団体は一票をとるためでありある団体は会員を増やすために勢力拡大するために一軒一軒回って歩く,そして会員にして奴隷にするのである。
宗教は会員にして勢力を持つの好都合なのである。
やめると罰があたるとか脅されるとやめられなくなるからである。
それでカトリックでは免罪符を売りつけたのである。
商売にしたのである。そういうことは特に現代のカルト教団に受け継がれている
だから宗教にも歴史があり歴史はくりかえすとなる

つまり人間は死後のことはわからない,病気のことはわからない、法律のことはわからない、原子力,核のことはわからない・・・・わからない・わからないということで
そこにつけこまれて致命的な損失を受ける,わからないということをいいことに金を奪われたり精神の自由が奪われたり遂には原発事故では故郷に住めなくさえなったのである。わからないこと人間を不安にする,そこでおびえる,そこにつけこむ
週刊誌でも絶えず株が暴落するとか大地震が来るとか不安をあおる,すると読む人も不安になり増えるということもある
情報社会でも不安をあおる,それは結局わからないということに由来しているのだ

投資の世界もわからないことが多すぎる,そこで常に不安になる,銀行員や証券会社の人がプロでわかっているかと思ったらそうでなはい,自分たちの都合のいい投資信託を買わせて手数料をもらう商売である。
ただ前に書いたように投資でもわかることはあった
そのわかることをやれば損してしょうがないとなる
ただかわらないものをしているとただ銀行や証券会社のいいようにされる
だからわからない人,経験しない人はやるなとなる

三方よし(売り手よし 買い手よし 世間よし)/近江商人

無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ

商売にも教訓がありモラルがはぐくまれた,客のためになるものを売れ・・・それが銀行のためになるもの証券会社のためになるものしか投資でもすすめないし売らないのである江戸時代の方が何かモラル的には良かったのである。
だから外国人が来た時日本人はみんないい顔していたというのである。
それはモラルとしては安定していたからである。
今は安心できない,安心できると思った銀行自体が安心できないものになった
それは社会が変わりやすいからそうもなる,江戸時代は多少変化して変わらない社会だから安定していたからモラル的にも安定していたのである。
そして現代は遠くの人とグローバルに交わったり見知らぬ人と交わることが多いのも信用ができないとなる,信用は簡単に築けない,時間もかかるしやはり近くに長く住むと作りやすい,それで農家の人は三代になってはじめて仲間入りさせられるというのもわかる
そういう社会は信頼できるし安心であり安定していたとなるからだ









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石油が下がりベネゼエラ国家が破産状態に (カナダ国債でも下がり損した)


石油が下がりベネゼエラ国家が破産状態に

(カナダ国債でも下がり損した)

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この記事に興味をもったのはカナダ国債で損したためである。急激に石油が下がった,カナダは石油が世界で四番目とかとれていた資源国だった

だが最高値130ドルだった原油価格は30ドル台なので、採掘して輸出しても赤字を出しています。

ここも石油が急激に下がって国家崩壊状態になった,国民は食料がなく10キロやせたとかその影響が大きかった,グローバル経済というのはこういうところに影響していることを実感した

自分も石油のことで損したのでこの痛みがわかる,ただこんな悲惨な状態になるのはやはり国自体が小さいのと他に産業がないためだろう。
日本とかでもグローバル経済の影響を受ける,すでに受けている
家電は売れなくなり日本の経済は20年停滞したままなのである。
かろうじてトヨタとか車が売れているので輸出で稼ぎ石油を買う,それができているからベネゼエラのようにはならない

でもグローバル経済になると日本もこうした窮地に陥るかもしれない
輸入に頼るのが多いからである。だから食料だけは自国でまかなえるようにしておくべきだとなる
つまりここにリスクがあるからだ,そのリスクに備えないと危険になる

何か人間の社会はリスクがありそのリスクにどう対処するか?
それを事前に知っている必要がある
津浪もそうだし原発事故もそうだし投資でも絶えずリスクがありそのリスクによって大損になるのだ

経済の三要素は石油と金利と為替とそれに加えて技術革新(イノベーション)である
石油の値段も金利も常に変動していてその影響が大きいのである。
それでUSリートとは金利が上がり証券会社の人が来て売れといわれ売った
それは正しい判断だった,円高にもなったからである。
石油と金利と為替の影響は本当に大きいのである。
一円円高になるとトヨタ百億とか損するというから大きい
外国に投資する場合は為替の影響が大きいからその幅で利益も出るし損も大きくなる
それで一回円安になりUSリートを売った時もうかった
これだけはもうかったとなるがそれもたいしたことはなかった
一番もうけられたのはリーマンショック前にもっていた株だったのである。
それを投資信託にしたから総合的には損した

ただ石油が下がって損したのは自分だけではなかったとこの記事を見て知った
だからこそベネゼエラはひどいめにあったなと自分も損したので共感したのである。
これがグローバル経済なのである。
石油を売れば莫大な利益をグローバル経済で得る,しかし一旦石油が下がれば小国はその他の産業がない国は破産状態にもなる
つまり小国は石油に頼りすぎてそうなったのである。
商品作物としてのコーヒーばかり作り輸出していた小国もその価格で大きな影響を受ける飢饉状態にもなる,なぜならバランスよく食料を栽培していないからである。
商品作物としてのコーヒーばかり作っていたらコーヒーの値段が下がったりしたら他に地元で食べるものがなくなるのである。

そういうことはすでにあった,江戸時代の東北の飢饉は米が商品作物となり多く作られ江戸に運ばれ売られていた,米はあったのだか江戸の大消費地に高く売れるので地元にまわらなかったのである。

江戸時代の飢饉の要因 〜経済が発達した社会の弱点〜

これも地域経済から広域経済になったときこういう問題が起きた,それはグローバル経済では大規模に世界的に起きるのだ,日本は車だけを作っていろとかアメリカでも世界でも冗談でなく言う,そしてアメリカの牛肉を買いオレンジを買い米も作っているから買いとか現実にグローバル経済では要求されるのである。
それは無謀なことでもアメリカにしたら車を買うのだかさら当然だとなるのだ
そこにグローバル経済の危険がある

ともかく遅かったが相当に株とか投資信託とか国債とか買ってみて具体的にグローバル経済を実感した
だから経済を理解するには今は株をすることは不可欠である。少額でもいいから実験してみるといい,こんなふうに世界が動いていたのかと実感するのである。
グローバル経済の危険も理解する,それは小国も巻き込んでいるからそうした小国は破産もさせられるのである。
石油が売れないので食料すら買いない状態になり10キロ国民がやせる,飢饉状態にもなる石油だけに頼っているとそうなる
アメリカでシェール石油がとれるようになったのは技術革新(イノベーション)があったためである。これもグローバル経済では影響する
何か新しい技術が生まれるとそれでグローバル経済は富をもたらす
そもそも産業革命はそうして蒸気機関車とかの発明から始まったからである。
その時のイギリスの人口は1600万くらいだというから驚きである。
イギリスは小国である。でも技術革新によって世界を制覇したともなる

いつれにしろ経済の動きを知るには株をするとわかりやすい,ただこれも9割が損しているというとき少額で試しにやるというのがいい,自分はそれなりのものを投資したから失敗したのである
負けてもいいやというくらいの金でやれば別にもうからなくても勉強にはなったのである人間はなにごと経験であり本を読んでも経験を積まないとなんでも理解できないのである

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2018年02月28日

なぜ老後の資産形成に投資が不可欠とかすすめるのか? (9割は損しているのに・・・)


なぜ老後の資産形成に投資が不可欠とかすすめるのか?

(9割は損しているのに・・・)

雑誌でも老後の資産形成には投資が必要だと良く書いてある
それは理論的にも納得いくように書いてある
だから何か自分もそれを読んだり目にしたりしてそういうものなのかとなり
投資信託を買った

でも9割も損しているのになぜすすめているのか?

90パーセントは投資で損している

まずこういう見出しが書いてあれば普通は投資はしない
そういうことを書いていないし何かめんどうな投資や株のことは書いてある
まず知るべきは

90パーセントは投資で損している

このことはyoutubeでも言っている人がいる,これは自分が適当に言っているのではない統計的真実なのである。
だからどうしてこんなに雑誌でも株や投資のことが宣伝されるのかわからない
それは投資する方ではなく投資させる方の宣伝だとなる
証券会社や銀行の宣伝のために何か投資が老後の資産形成には不可欠だとなる

「利子がつかないですから投資で増やすほかないでしょう」

こういわれると知らない人はそうかなとなる,投資になにか甘い期待をもつのである。
それは人生百年とか言われるようになり老後の資金がたりなくなったからである。
そこでどうしても穴埋めするための資金が必要になる
その不安につけこまれて投資の話が雑誌でも常に宣伝される

ところがまず自覚すべきことは90パーセントの人は投資で損している
この厳格な事実を知るべきなのである。
でも雑誌などでもいろいろな投資のことを書いてある
ここが一番肝心なことだけで書いていないのである。

老後の資産形成に投資は欠かせない

でも90パーセントは損しているとは書いていないのである。

これもなぜそうなっているのか?それが良くわからないのである。

原発の時も原発は安全だとなって危険だということすら口に出せなかった
「安全神話」が作られていたからだ

原発は安全だ

原発は安全だ

原発は安全だ

原発は安全だ

原発は安全だ

・・・・・・

原発は危険


こういうふうになっていればまず原発は安全だということしか目にしない,書店でも原発の危険性を指摘していた本も出されていたがそれは冗談だとかSF的なストーリーに見られていた注目されなかったのである。

人間は何か権力をもつものがそうして洗脳しているのではないか?

老後の資産形成には投資が不可欠だ

そのことがすりこまれる,すると証券会社や銀行にとって都合いいからである。
もちろん株や投資ではリスクは常に言っているから原発とは違う
でもそのリスクの伝え方が十分ではないのである。

投資で90パーセントは損している

このことが最も大事なことなのだからそのことを見出しとして雑誌でも出すべきだが出ていない,youtubeとかには出ているからわかりやすかったのである。

この社会のわからないのは事業をしても成功しているのは20人に一人である。
そうしたら簡単に事業などできないとなる
失敗したらどん底に落されるからである。それでも事業をする人はいる
投資も同じなのである。ものすごく成功率が低いのである
投資の場合は損失が大きくなる


老後の資産形成には投資が不可欠だ

老後の資産形成には投資が不可欠だ

老後の資産形成には投資が不可欠だ

老後の資産形成には投資が不可欠だ

投資で90パーセントは損している



投資で90パーセントは損している

投資で90パーセントは損している

投資で90パーセントは損している

投資で90パーセントは損している

老後の資産形成には投資が不可欠

何かこのように洗脳されているのである。最初に頭の中が老後の資産形成には投資が不可欠だというのが先入観として入る,そして投資で90パーセントは損しているということが見逃される
そして何か甘い期待を抱いていてるのである。自分もそうだった

もし最初に投資は90パーセント損しているという事実を指摘していればこうはならないのである。
それと投資にもいろいろあり投資信託もありその仕組みが複雑だからいろいろあってその中で成功するものがあると錯覚するのである
投資全体では90パーセントは損しているのである。
この情報こそ一番重要なものでありそこから投資する人はすればいいとなるが
余りにも甘い期待でしている,それは投資が複雑だから理解できないからである。
やはり何か現代とは心理学が生まれたように人間の心理を利用するのが多いと思う
それは社会が見えない複雑すぎて情報も膨大であり投資すべきだという人とするべきではないという人に必ず分かれるからである。
この薬は効くという人と危険だという人もあり食べ物でもいろいろな情報が出る
そして遂には情報パニックになっているのが現代だからである。
その判断の根拠をどこに置くかわからなくなるからである。

問題は投資をすすめたい人達が証券会社や銀行である。
その人たちは金をもっているから宣伝するから操作される
それは原発でも国家権力と一体となり原発神話が作られたのと同じである。
それでインターネットのyoutubeの情報などは意外と中立であり的を得ているなと思った
要するにyoutubeの解説がわかりやすいということにあった
雑誌とか文章になるとわかりにくくなる,youtubeの特徴は浅い知識でもわかりやすいのである。
だから人間社会がこれだけ複雑でもわかりやすく説明されればわかることはある
だからyoutubeの情報はそうした投資でも権力をもつものに抵抗できるメデアだと思った
ただ最近見始めたので遅かったとなる
情報はいろいろあってもやはり人間は体験しないものは理解しにくい
そして痛みを負ったとき本当に理解するのである。

posted by 老鶯 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題