2018年02月19日

経済のための社会か社会のための経済か? (仲間となりうるものは誰なのか?)


経済のための社会か社会のための経済か?

(仲間となりうるものは誰なのか?)

人手不足で低賃金の理由(宮台真司)

ここで社会(仲間)のための経済のための社会の議論


この問いかけは興味深い,でも仲間とは何かなのか仲間からcompanyに発展した,仲間から会社に成ったことは理解できる
会社は今でもそこでともに働くのだから強い仲間意識をもっている
だからこそ会社人間となり企業戦士となり高度成長時代があった
仲間意識というとき江戸時代なら会社がないのだから身分社会だから身分によって仲間意識をもっていた,侍は侍で農民は農民で職人は職人で住み分けられて仲間意識をもっていた

そもそも仲間というとき一番親密なものは家族である。ただ家族からではなく仲間とか友達は家族意外のもとの仲間関係である。家族はそもそも仲間という意識から成り立っていないからである。
他人との関係で仲間意識が形成される,その仲間意識がどうして培われたのか?
それは友は共でありもともと共にする,共同して働くとかから起きている言葉である。
共同して働くことが友となり仲間となることを意識させたのである。
だから働くというとき端を楽にするということで働くとなった,それは家族が仲間が労働していて苦労していることを見て自分も手伝ってやろうという意識が生まれた
だから仲間意識は協同して働くことから起きてくる

村とか今でも協同して除草をしている,今より前は必ず協同しないと農民は成り立たないだから街内から離れて農家のあるところに住んでいる人は農家がありつきあいがめんどうだから嫌だといっているのもわかる
その人は農民ではなくトラック運転手だったり電気工だったり会社員になっていたからである。農民と協同する立場にないからそうなった
その人にとって共同しているのは会社だったのである。
ただ今は退職しているからその会社とは関係ないけどその農家のいる所に住んでいるから付き合いが嫌だと言っているのである。

ただこの仲間というのを深く考えると何なのか?
仲間内では協同しても仲間意外の人とは協同しないということがある
一つの村では協同しても他の村とは協同とはならない,利害で対立することがある
水争いとか木材資源の争いとかあった,そこで武士が加勢して戦争にもなった
ある仲間ができればその仲間内では協力するが外に対しては仲間でないから対立して戦争になる
そういうのも人間の歴史だった,部族同士では猿族とか犬族とかトーテムで形成されて仲間意識が作られた,でもその他の部族のトーテムとは争うことになる
仲間意識は必ずそうして仲間同士では協力するがその外に対しては協力しない敵対する
それで日本の村では閉鎖的でありよそ者を受け入れないのである。

この仲間意識の形成は仲間内では仲間と認めて協同するのである。
例えば今の会社だってそうである。同じ会社なら協同する関係で仲間である。
まず会社のために働くことは仲間のために働くことになる
地銀などでもまず自分たちの会社のために働くことが至上命令になる
どうしても利益をあげねばならない,だから手数料のとれる投資信託をすすめるのである顧客の利益も計ることは計るが会社の利益が会社の仲間の利益のために収益をあげることノルマが課せられている
顧客は損しても仲間(company)は損してはならないのである。
それはどこの会社でも同じだが会社意外の人をただ金儲けの対象としているとき自分たちがもうければいいとなるとき顧客から見離されることがある
顧客ともなんらか協同関係がないと協力してくれない,金はあずけないとなるからだ

そういう問題はいろんな場面で起きている,病院でも患者を仲間とみるのか?
ただ金をとれる人としてみるとそこでいらない薬を与えたりまた極端にるなといらない手術をして保険の点数を稼ぎもうける,病院にも医者にもそういうことはあり問題になる
患者をただ金をとるたげのものと見ればそうなる,仲間とみればそうはならない
その差は大きいとなる,例えば患者が友人だったりすればそういうことはしないからである。

要するにその人を仲間とみるか見ないかでその待遇も相当に違ったものとなる
ベトナム人が出稼ぎにくる,ただ安く使えるからと働かせる
でもベトナム人でも日本に来ればそれ相応の生活をしたいとなるのが人情である
それで盗むことや犯罪が多くなるのである。

ベトナム人は仲間ではない,働く道具である

そういうふうに見ている,これは経営者と雇う人と雇われる人の間でも起きている
雇う人が雇われる人をどう見ているのか?
ただ安くこき使い収入をあげれば会社の人達にとってもうけとなると見ているのか?
それは非正規と正社員の間でもあった,非正規は会社員で正社員でないから仲間ではないとかなる
仲間と認めるものと認めないもので待遇は相当に変わってしまうのである。

日本人は仲間だが外国人は仲間ではないから安く使ってもいい,日本人のような扱いにしなくてもいいというのも仲間と認めないからである。
ただ外国人でもスキルがある人は待遇が良くなるし日本人より良くなる
それは日本人にとって会社にとって利益になるからである。
ではたいして利益にならないベトナム人は最低辺でこきつかいばいいともなる
それは外国人でなくても日本人内部でも起きていることである。
だから誰を仲間とするかという問題も複雑なのである。

ただ現在のグローバル経済,資本主義は経済のために社会がある,社会が仲間意識だとすると経済が優先される,仲間のために経済が金が回っていない
そもそも誰か知らない人のために地球の裏側の人のために働いていれば物でも売り買いしていれどはそうなるのである。
例え外国から物が入っていいとしてもそれで仲間意識はもたないのである。
仲間意識は狭い範囲でしかもてない,福島県でも仲間意識をもっているのかというと広すぎるからもちにくい,それが全国になるとさらにもちにくいのである。
第一仲間意識をもったのは日本だったら村という狭い地域だったからである。

それで地元を良くするために地元で買い物しろ地元の商店で買いというとき地元は仲間なのだから仲間のために買いとなる
それからユニットバスを仙台の業者に頼んだら百万でできた,ガス屋では二百万かかると言っていた,ただ家に来ている人は建築関係者を知っていてそこに頼むべきだとしきりに言っていた,その人には庭作りなどをしてもらったからである。
それは地元の人は仲間のなのだから仲間のために仕事させろ金を使いということなのである。地元が豊かにならなければそこに住んでいる人も豊かにならない
そして病気になったり何かあったら地元の人に助けてもらうのだからそうしろ,仲間なのだからそうすべきだとなる
でもその人に頼めば三〇〇百万はかかった,その人の知っている大工はあとからあとから金を請求してきたからである。
仲間だからといって経済のためだけではせない,社会=地元とするとき地元のためだけに仲間のためにだけにすると経済の原理と反することになる
損害も受けるから金が三倍もかけて地元の人に頼むのかともなる
こういう問題も広域化したグローバル化した社会の問題である。
地銀に証券会社の人が出向して株や投資信託をすすめるのもそうである。
それは地銀の枠をこえたグローバル経済の中に組み込まれるからそうなる

地元を優先しろ,仲間を優先しろ

これが常に言われるがそうするとこういうい問題も起きてくるのである。

ただ仲間意識というのは会社だけではない宗教によっても作られる
カルト教団でもそこに所属して仲間意識をもつことはもつ,だから宗教の対立も同じ宗教だと仲間意識をもつがそうでないと深刻なの対立になるのである。
人間の対立はそもそもそうして仲間意識をもつ故に他の仲間意識をもつ人達と争いになる国があれば日本国意外の人とは仲間意識をもちにくいしそれは世界共通である。
グローバル経済は資本主義はただ経済の原理しかない,仲間など関係ないという世界である。これも一見いいようで失敗したのは人間はそうした経済だけの無機質的な物だけのやりとりのつながりに価値と意味を見いだせないからである。
イギリスはイギリスに生きてきたもののものであり外国人のものではないとかなる
外国人は仲間として認められないから移民はもういらないとなるのが世界で起きてきたのである。

つまり経済の原理だけで人手がたりないから人間を部品のようにもってくることはできない,まず仲間として認めないと人間は機械ではないのだから不満になるのである。
人間は必ずしも働く動機が経済利益の原理だけで働いているのではない
仲間のために働いているということがある,仲間と認めるから働くということがある
だからグローバル経済はそうした人間的なものを無視しているから失敗になるしそういう世界に人間は耐えられないのである。
だから経済のための社会はゆきづまり人間のための経済へと変換する
世界的市場でやりとりするのは無理だとなる

一円でも円高になれば百億もトヨタとかで損する世界は異常なのである。
そんな世界に人間はもう対応できない,それより内需型で安定している方がいいとなる
国内の仲間中心の経済がいいとなる,それは世界中で起きているのである。
アメリカだったら一体この国は誰のものなのか?
肝心のこの国を作った子孫なのに貧困化している,移民に職も奪われている
移民は仲間ではない,一時的に金を稼ぐだけの人達にすぎない,国が危機になっても協同しない奴らだとなる

現実に日本人でも韓国でも中国人でも日本で働く人は実は中国韓国の工作員であり何か緊急自体になったとき戦争などが起きれば日本で中国のために働くように法律まである
つまり中国人は中国人は仲間だけど日本人は仲間ではないとなる
だからスキルをもった優秀な人達でもそういう人こそ実は内部資料とか日本の中枢部に入るから危険だとなる
つまりその人たちは日本人ではないから日本のために尽くすわけではない,何かあったら戦争のようになったら危険分子となる
だからいくらスキルがあってもそういう人を安易に受け入れていいのかという警戒するのもわかる

だからここで問題になっているのは仲間とは何なのか?
日本だったら戦争のとき生死をともにしたから仲間である。
生死をともるするともなると強固な仲間意識をもつ
でも敵対するものは仲間ではないから殺しても平気だとなる
つまり仲間意識を強固にもつことはその外のものに対しては排他的になり殺してもいいともなる
それは別に国内でも起きている,カルト教団でもある団体組織に所属すれはその中では仲間意識を強固にもつが外に対して容易に敵対関係になる
そしてその組織や団体を批判するとその団体組織ぐるみでその人に対して攻撃する
それは宗教を誹謗するからだとかなるがそれだけではない,その団体組織内で強固な従属仲間意識をもつからそうなるのである。

いづれにしろグローバル経済は人間的なものから逸脱した経済の原理のみから成り立つからそれに人間は耐えられない,世界的にそんな経済で一体化することはない
むしろ一握りのものの利益のために働かせられているというだけになり崩壊する
そこに仲間などいないのである。金の道具としての人間がいるだけだからである。
金の奴隷として使える人間であり仲間のためになど関係ないからである。
それは金をくれと自分の家に来た人がそうである。
自分の家のために自分など仲間でもなんでもない,金をとれるものとしてしか見ていない近くに住んでいてもそうだった,そこでは完全に人間関係は断絶しているのである。
相手は金をとるものでありそれしか意味がないのである。
たとえ金持ちでも何か人間として交流がありうるからである。仲間意識だってつくりえるそれも一切ない,金あるものから金を奪えばいいとういだけの関係になる
だから金あるものから盗めばいい殺しても盗めばいいとしかならない
現代のグローバル経済は田舎でもその中に組み入れられているからそうなる
金のために経済のための社会であり他人であり仲間のための社会では経済ではないのである。そうなると仲間はいないのだから弱肉強食の社会となる
それは地獄にいるとなる,特に家族がいないものはそうなる







posted by 老鶯 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える (国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)



南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える

(国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)


知人の母と息子が住んでいた家は息子が40くらいでありいわきの方に正社員として建築関係で仕事していたが仕事がないとなりその息子は決断した
東京に仕事探しに行きアパートを七万で借りて帰ってこないという
東京だと仕事がないということがない,建築関係でもそうである。
そして七万の家賃でも今は建築関係は人手不足だからやっていけると踏んだのだろう。

この状況からみてこの辺は意外と復興関係の仕事も減り仕事がない状態になっているのかその人は前はここで除染の仕事をしていた,それも終わった
まだ外部から来ている人がいるが大分少なくなっているだろう
統計的にも一段落して復興関係の仕事はもう減ってゆくだけである。

仙台のユニットバスの会社がまた家のリホームをしないかときた
その会社は百万でユニットバスを作った,ガス屋に聞くとこれは二〇〇百万かかると言っていた,確かにそれだけの仕事であり安いと思った
地元で知っている人に頼んだら三百万はかかっていた
その人の知っている大工でも仕事してもらったが何かいいかげんだった
だからあてにならないと思い頼んだのである。
この辺は何か家でもほとんど大手の住宅会社が建てている

仙台でも震災関係の仕事がなくなったからこちらの方に進出してきたとなる
つまり仕事がないということが仙台周辺でも起きているのだろう。
大きな仕事もなくなっている

そうなるとこの辺では若い世代の流出が震災直後から問題になっていた
原発避難区域ではそうなって若い世代が帰ってこないとなった
だからその知っている人の息子もそうなったのである。
その人は別に原発事故のために地元にいられなくなったとかではない
ここで仕事がないということで東京に出て帰らないという
それはここで仕事がないし生活できないと決断したのである。

まだ40くらいだからそれができた,50代とか60代になると東京とかに出て働くのもむずかしいとも思う
自分はもともと田舎志向だから東京などにごみごみした所にゆきたくないとなる
介護十年でもう東京には10年以上行っていない,そして仙台にも去年は一回しか行っていないのである。
旅ばかりしていたがここ十年は近間を回っているだけなのである。

この辺で人手不足というとき介護とか看護師とか飲食関係とかが深刻であり建築関係の仕事はなくなっている
ただそうして若い世代が流出してゆくことはここには老人ばかり増えて働き手が減少するすでに他の県より市よりこの辺は高齢化率が10パーセントくらい高くなっている
それがさらに増えてくる,南相馬市だと小高は老人の街となりそれを補佐するのは容易でなくなる,だから立派な老人ホームがあっても介護士がいなくて運営できなくている
親が住んでいても子供たちはその親を見捨てて流出したから帰ってこないのである。
親は帰ってくるというけど一旦流出したら別な土地で暮らし始めたら仕事をはじめたら簡単には帰れなくなったのである。
それで妻まで子供の方に移り住んで老人が一人小高とか復興住宅とかでも浪江の老人が残される結果になったのである。
つまり浪江の人が南相馬市にも住んでいるから実質の老人はさらに多くなっているのだ

あと三年後に国からの援助もなくなるとか補償金もすでにもらえないとかなり苦しくなる本当にこの辺は危機的状態になるかもしれない,ただそういう危機感はない
人間はそうなってみないと何でもリアルに感じないのである。
そして個々人でも介護でも病気でも自分がそうならないかぎり他人事なのである。
でも市全体が疲弊したら必ず個々人にもその影響がでてくる
だから後三年後というのはこの辺では具体的にその影響が現れてきて苦しみ感じる人々が増えてくる、生活保護だって増えれば財政負担が増えるし老人は病気になりやすいし介護になりやすいからそれが負担になる

posted by 老鶯 at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年02月20日

高度成長グローバル資本主義の終わり (宗教,哲学,芸術などの内面化意味を求める社会に)


高度成長グローバル資本主義の終わり

(宗教,哲学,芸術などの内面化意味を求める社会に)


小さな庭

沈黙の深く
一人一人の
意味あるものと
顕れるべしかな
一人一人の声を聞き
雑多なる声は
騒音語となり消えぬ
小さな庭の
一つ一つの石は
確かに組まれて
意味を深める
人は意味なき世界に
生きることあたわず
小さなる世界に
その意味を求め安しも
経済のための社会にあらず
社会のための経済
その小さな世界に具現化す
グローバル経済には意味は求めがたし
ただ経済のため金のために翻弄されるだけ

今の時代は何なのか?それは実際は今の人にはわからないのである,歴史は一時代が終わったとき冷静に見れるし評価も定まってゆく,人間も生きている内は評価しにくいのである。
今の時代は何か?それがしきりに言われるようになったのが中世にもどるということである。
ただ中世とは何かというとこれまた見方がありいろいろである
日本の中世はかえって動乱の時代だったからヨーロッパの中世とは違う
ヨーロッパの中世はグローバル社会とはまるで違った閉鎖された江戸時代のような世界である。だから暗黒社会だとも言われる

ではなぜ中世なのか?それは資本主義がグローバルに展開した時代が終わったとういことである。グローバル資本主義がありえたのは投資先が常にあって成り立っていたのであるそれがなくなったとき銀行に金をあづけても利子がつかない,むしろ金をあづけると事務費とかはられることになる
そのことが何か資本主義の終焉を象徴していたのである。

日本は戦後焼け野原から何もない世界から急速に高度成長したのである。
中国とにている,中国の二十年前は再貧困国のようになっていた
それが二十年すぎたら新幹線のようなものも走るしとか日本の高度成長と同じだったのである。世界も十年単位とか20ねん単位急速に変わるものだと思った
だからその変わりように追いつけなくなるのである。
人生もまた70年単位にして急速に変化してその変化に対応できなくなる
現代は変化のスピードが早いのである。

日本が敗戦になったのはこの変化についていけないとういことがあった
戦艦大和のような船の時代は終わり飛行機の時代になったときそれは無用化されて海の藻屑と消えたのである。
20世紀は科学技術の時代である。科学技術が社会を席巻した時代である。
それと高度成長とグローバル資本主義の時代だった
そしてもう日本ではインフラ整備も終わりかえって道路でも橋でもトンネルでも老朽化して修復する時代である。また無用な道路なども作りすぎた時代にもなった
高度成長が終わり長く経済が停滞するしグローバル資本主義でも投資先がなく金融資本主義になった
金融資本主義とは本来の資本主義とは違う,ただ金を右から左とながしてし利ざやを稼ぐのであり投資しているのではないのである。
投資する先がなくなっていたのである。
地銀なども地元の企業に投資して育てるという役割があったがそれないから証券会社の支店化して投資信託とかで利ざやをかせぐだけの商売である
銀行の役割はもうなくなり消えるという時代になっていた

こういう時代は何なのか?
物理的空間的拡大の時代であったのも現代である。それは交通面で飛行機とか車社会とかなり人間は外へ外へ向かうようになった
広域社会化でありグローバル化社会である。人も物も自由に行き来することが可能になったからである。
ただそのグローバル化も移民問題などで世界的にゆきづまった
それがアメリカでもそうでありグローバル化は失敗してもうこれ以上できないとなった
資本主義も投資先がなく銀行に利子がつかないようにもうゆきづまり終わるとされているビットコインバブルなどもそれを象徴している
資本主義は必ずバブル化して破綻しやすいからである。

そして次なる時代は何なのか?ITとかAI,通信時代になった,この特徴は物の流通ではない,物理的リアル空間の拡大ではない,その中心が頭脳に左右するものであり心の世界に向かう,内面世界に向かうものである。
だから今までも物理的物の豊かさを目指すものではないのである。
その技術は精神に影響してくるものである。
そもそもインターネットを介して物の流通があってもそれよりそこで人間が情報をやりとりしていることが主だとするとそれは情報も精神の世界なのである。
膨大な情報のやりとり交通の世界になったのである。

インターネットでもその発信方法が変わる,最近youtubeを見ているとこれは学習能力がある,テレビとは違うメデアである。それも誰でも簡単にテレビのように放送できることが強みである。それでユーチュバーが生まれたのもわかる
ただそのユーチュバーが稼いでいるのはテレビと同じ手法である。
何か刺激的な映像を出して視聴率をとるのである。
でもその他にも多様であり学べるものがある
インターネットのメデアは一方的でなく対話的な面がある
だから引用して議論しやすいのである。本とも違ったメデアなのである。
どちらかというと広く浅い知識を得るメデアである。
現代は多様な複雑なの社会だから広く浅い知識も必要なのである。
それには要点をついたyoutubeが向いているなと最近思った

ただ現代はこうしてインターネットとか世界的につながるとしてもそのアイディンティティを得る場はどこなのか,それはやはりリアルに自然とか社会と結びついている場なのである。
小さな庭というときそれが拡大したのが故郷かなる,リアルな自然があり村があり町があり市がある所である
そこで意味を探求して進化させるのが人間的なのである。
だから像で考えよというときその像が都会にはない,自然がないから像として考えられないのである。毎日高層ビルを見上げていかなる像が浮かぶのかとなる
ヨーロッパでは都市が歴史的に作られそこが一つの世界となり世界観を作る
地方都市が充実しているからミクロコスモスとなり文化が興隆した
フィレンツでも4万くらいの人口だった,小都市にすぎなかったのである。
ヨーロッパではそうした小都市が歴史的に作れらて文化が育まれたのである。
日本にはそうした小都市は歴史的に少ない,城下町は都市とは違うからである。
だからこれから地方の小都市の充実がかえって望まれている
東京一極集中は文化的に不毛なのである。

自分は田舎で石とか樹とか森とか山とかのアイディンティティ化することをしてきた
そこに意味を求めてきた,それを短歌や詩にしたりした,それは意味を求めていたのである。自然の意味を求めていたのである。
それは科学技術とかとは違う芸術とか哲学とか宗教の分野にもなる
今の時代は経済一辺倒の世界が収束して宗教,哲学,芸術とか内面的な精神的価値を求める時代になる
グローバル経済社会ではとても意味など求められないのである。
それは非人間的な世界であり株の世界でも世界の賭博場のようにしている
ただ人間はそこで経済に金にふりまわされているだけなのである。
そしてそこでもうけるのは極一部の人しかなく後は世界的格差社会になったのである。

人間的な世界を求めるとき小さな庭のように狭い世界でないと一つの区切られた世界でないとできない,例えば会津は万葉時代から一つの国として意識されていたからそこで意味を深めるアイディンティティ化しやすいのである。
今の県は廃藩置県後にできたのもであり風土とか地理を歴史を考慮していないから一体感がないのである。
例えは北海道は広いのだけど原始性が残っていて一つの国と見れる
それで榎本たけようが蝦夷共和国を目指したのが理解できるのである。
北海道は自然でも原始性が残りそこに日本では別個の一つの世界を作り出すことができると明治維新の時も思われていたのである。
北海道はだから今でも蝦夷共和国を目指し得るのである。

結局戦後焼け野原から高度成長時代へと発展したが日本は高齢化したように老人になると過去をふりかえるようになる,そういう時代になった
過去をふりかえるということは老人ならどんな人でもしている,そしてその意味を求めるようになる,俺の人生はこうだったとあれも失敗だったとか悔いるのである。
そういう反省の時代でありそこから若い人も学ぶものがある
若い人だけで議論していると何か深いものの見方ができないのである。

いづれにしろ今の時代はもうグローバル経済とか金だけに経済だけに翻弄される時代は終わったという認識をもつべきである。
だから株とか投資とかで期待してそうした狂騒の世界に巻き込まれるべきではない
それは自分も最後にしたがもうやめた,結局投資信託でも手数料をとられだけであり銀行の最後のあがきとしてすすめているだけなのである。
銀行がなくなるということがまさにグローバル経済の終焉の時代を告げていたのである。ただすぐにはグローバル経済とか資本主義はなくならない,ただ傾向としてはもうそういう経済だけの世界は終焉に向かっているのである。
そういう時代認識をしないと何かまた過去の幻影にふりまわされるのである。
時代というのは社会でも常に変化しているけどその変化に対応できないのである。

とにかく小さな世界だと意味を求めやすい,禅宗だとその小さな庭に一つの宇宙をも世界を見たのと同じである。大きな世界になると社会でも自然でも意味づけることがむずかしくなるからだ,そこに自然を庭化する日本的なものがあるといえばそうである。
ただ世界的にも意味を求める時代は宗教は哲学,芸術などの時代になるのである。
インターネットとかはそういう精神世界の追及に向いているものがある
いろいろな人からの情報とか知識を得やすいからである。また対話的にもなっているからである。ただ草創期だと日常のささいなことの対話になるがだんだん成熟すると深いものの見方をする人などもインターネットに現れてきている
そして死んだ人が「心の青雲」のプログの著者の都築詠一氏だったのである。
なぜならその人はインターネットでプログを書いただけで本には出ていないからである。そういう人も出てきたのだと驚いたのである。
インターネットで発表することは発信する方にすると楽なのである
publishとはpublicであり公表するということであり公(おおやけ)にすることである。
今なら本は簡単に安く作れる,でも公表するとなると簡単にはできない
その公表するということでインターネットでは気軽なのである。
そして人間は書きながら文章で思考することがあるなと思った
文章を書くことで思考を深めている,思考を具体化しているのである。
だから自分はこうして毎日書いているのはそういうことをインターネットではしやすいからなのである。だから現代はインターネットでも文章の時代だともなる
自分はしゃべることは苦手だから文章を書く方がいいとなりプログなどは向いているのである。
文章の方が深いものを探求できる,しゃべるだけではできない,ただ広く浅くなる知識や情報だとしゃべるyoutubeの放送が向いているなと思った




北海道の大地に埋もれし者(詩)(猪狩満直など)


北海道の大地に埋もれし者(詩)(猪狩満直など)

無念の声が
北海道の厳しい
大地に埋もれぬ
その分厚い雪の下に
無念の声が埋もれる
開墾に敗れし者
その無念の声が
冬の過酷な大地に
閉ざされ埋もれぬ
雪はふぶき非情
しかしそこに挑みし者は
無益ならざれ
北海道の大地の実り
その実りを味わう者は
また悲痛なる無念の
大地に埋もれし声を聞くべし
その大地に蕗の薹
力強く芽吹きぬ
北海道の大地の春は輝きぬ
悲痛に埋もれし者も
その命の芽吹き見る
死者の願いはそこにかないぬ
そこに死者は輪を作り立ち上がる
力強いその群像を見る
死者はそこにありて
その大地と共に生きつづける

北海道の魅力はやはり北海道は広くても一つの国として見る,本州だと一部をみていても北海道のように全体を見れない,福島県だって広いから会津は別な国であり一つの県として見れないのである。そこでなかなか福島県の詩とか作りにくいのである。
北海道はあれだけ広いの一つの国のように見ている
榎本たけようの蝦夷共和国というのは何か地理的なものとしてそうなったのである。
江戸幕府が敗れても北海道に新天地を見いだそうとしたのである。

北海道に入れば空気まで違う,苫小牧に船で上陸したとき必ずその空気が違ってるのだ
澄んでいるのであるそこに野の花々が咲いている
そういう原始性が残っているから違っている
本州だとどうしても町とか市とかに出る,どこまでも広がる大地とか草原とかそういうものは本州にはない,だからそこで心まで解放された気分になる

ただそこで生活するとなると過酷である。自分など体力がないから耐えられないとなる
北海道開墾はそこで敗れた者も相当に多い,猪狩満直もその一人であり他に大勢いるのである。
彼らは北海道の実りを享受できなかった,しかしその後の人はその実りを享受する
それがまた人間の歴史だったのである。
何らかの犠牲の上に次の時代も築かれるとなる
戦争の犠牲の後に日本の高度成長があったのもそうである。
何にもない焼け野原から良く高度成長になったのは驚嘆すべきである。
でもそれは中国でも20年くらいで同じように起きていたのである。
だからそれは世界的なものであり日本だけのものではない
何かそういう力が日本に働いて高度成長になったのである。

北海道は明治になりフロンティアになった,そこから日本の新生が始まったのである。
もし北海道がなかったら日本は失業した武士などの受け入れる場がなかった
アイヌはいたにしろ手つかずの未開の地が開けていたのである。
ただ北海道で犠牲になった人達も多い,それだけ厳しい大地だったのである。

おらは反抗する
あくまで敵對する
まつ白な雪の中で
零下の寒氣の中で
このまま目をつむれるもんか
おら おららは

猪狩満直「移住民」

これはこの詩人だけではない,北海道の開墾に敗れたものは大勢いる
それらの人達の代表としてこういう人がいて詩に残したのである。




















2018年02月21日

掃除は商工会の女性がしていた


掃除は商工会の女性がしていた

speaker11.JPG

商工会で掃除とかJRに頼まれたのを断ったというが今日はホームのゴミをかたづけたらしい
自分はゴミがはみ出したのでゴミ袋に入れてかたづけた
そのーとに制服を来たような女性が二人あと二人とか来て掃除したらしい
あそこは別に掃除といってもホームのゴミ箱にたまるのをかたづけるくらいである。
でも商工会に頼むとJRでは金を払っている

最近は駅であまりすることがない,ただなぜ自分が時刻表とか無料で配ったりしたのか?
それもカルマだったのである。自分は鉄道旅行が長いから相当にJRに世話になったとなるするとそこにカルマが生まれていたのである。
人間の一生をふりかえると必ずカルマが蓄積される
カルマをもたない人はいないのである。

それで介護とかもカルマなのである、親に世話になったから介護がカルマとしてのしかかる,カルマというのはなかなか気づかないのである。
でもどこかでカルマを返すことを要求されるのである。
それが強制される場合があるときは相当に重いカルマなのである

駅ではなにかある,今度は駅舎内にスーピカーをつけた,ホームにはあったが駅舎内にはなかった
何かこうして駅は仕事がある,ただ今はさほど仕事がなくなったことは言える











銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない (その人達は金融のプロではない)


銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない

(その人達は金融のプロではない)



投資信託だけは買ってはいけない3つの理由 − 金融のプロはどうやって儲けているのか

ここで言っていることは経験してわかった、金融のプロがどうしてもうけているのか?
その金融のプロとはどういう人なのか?

プライベートファンドの多くは、信託報酬の他に「成功報酬」として「運用で勝った場合に、勝ち分の〜%を貰います」という報酬形態を採用しています。

彼らの給料の内多くはこの成功報酬から払われることになりますので、手数料の面で一見投資信託よりも高く映ります。
しかし、むしろ実質的な運用の質は遥かに高いものが期待出来ると言えます。

これはわかる,銀行とか大手証券会社で手数料をとるのはまるで違っている
失敗しようが全然損益にはならない,手数料は確実に入ってくるのである。
でも証券会社でも銀行でも個々人に投資させれば投資するものが損する
証券会社とか銀行は何の不利益にもならないのである。

だからある程度大きな金ならプライベートファンドを見つけて金をまかせた方がいい
大手証券でも銀行でも手数料が多くとれることしか考えていないからである。

相手をもうけさせようとしているのではない

証券会社が銀行がもうけるためにまずすすめるのである。

それでリーショックの時株もっていた半分になった,でもその後倍になった
でもその時投資信託をすすめたと銀行員はその株を投資信託に回した
なぜか?

銀行にとって手数料がとれる投資信託がもうかるからである

つまり顧客のことより自分たち銀行のもうけを優先しているからである。
それで今になると株が上がったたのだから売れば相当な利益になっていたのである。
ただその時の判断はあるが自分はその銀行員がプロだと思いまかせたのである。

大手証券会社とか銀行員は金融のプロではない

ここがはっきりと認識すべきである。
だからここのサイトはその要点をついているからわかりやすいのである。
もちろん投資信託でも株でも金融商品にはいろいろな見方がある
だからいちがいに自分の経験が参考にはならない

でもカナダの国債が石油が下がりusリートでも一時売ってもうかったがまた買ったとして手数料がとられる,3パーセントは大きな額になる,投資信託の金が大きければその額は大きいのである。

まず証券会社の人でも銀行でも投資信託はしていない

それは証券会社と銀行はもうけるのであり顧客をもうけさせるもののためではないからだただ手数料をとればいいという商売である。

だからこそ株が上がっていたのにその株を売って投資信託にしたのである。
そして今度はJリートにしたがこれも指数が下がり今は損して売れない
つまりみんな実際は自分の場合は投資信託でも外国の国債でも失敗したのである。
そして次々に新しい投資信託を買わせるのはその時大きく手数料が入るからである。

投資信託はもうからない仕組みになっている,もうかるのは手数料をとるリスクもなにもない,大手証券と銀行である,だから詐欺ともにているのだ
投資信託を売りつければ自分たちは絶対に損はしない手数料だけはいただくという商売だからである。

損して得をしろというけど投資信託は得して絶対損しない商売である。

そういう商売自体が一時的にもうけてもその後は成り立たなくなる
まず銀行員が投資信託をすすめても信用できない,いいことを言ってもこれだけ失敗すれば信じることはできない,株とかそういうものだとしてもプロとしてまかせたからである
でも証券会社や銀行は金融のプロではない

金融のプロとはプライベートに大金をまかせられる人なのである。それは大手証券会社とか銀行ではないのである。
金融のプロはそこで顧客をもうけさせれば何パーセントと利益を得るが失敗すれば何も得られないからである。
それはただ相当な金持ちしかそういう人には頼めないのである

実際投資信託でも手数料が安いとそれなりの対応しかしてくれないというのはわかる
でも自分はそれなりの大きな金を頼んだのである。
金持ちとは違っていても手数料も大きかったのである。
それで失敗したとなるともう何を言っても信用できない,まずその証券会社と銀行員は金融のプロではないのだ
ただ手数料をとるために適当に金集めしているだけだというのもわかる
つまり顧客をもうけさせるのではなくまず彼らが考えているのは手数料をとることである
だから商売でも相手を得させるということは損しても得しろということが諺として残されている,それとは全く違う世界である。
でもその諺も通用する,もし最初にもうかっていればまたもうかるのではないかと別な投資信託をすすめられれば投資することになるからだ
ギャンブルでも最初にもうけた人はまた賭けるのと同じである
これだけ損して全敗のようになれば賭けたりしないのである。
投資でも最初分配金が払われて信用したということもある
全く自分の場合は全部失敗したのだからとてもこれ以上すすめられてもそんなことできなくなったのである。

そもそも銀行自体信用できなくなったともなる
そのことを知っている人がしきりに言っていたから当たっていたとなる
金融は複雑だからだましやすいのである。何かもうかるような気分にさせる
でも現実にこれだけ全部失敗して損させられればもうまかせることはできない
それが小さい金だったらこうはならなかった
それなりの金をまかせたのにその人は金融のプロではなかったのである。
一般的に普通の人が接するのは金融のプロではない
ただ手数料をとるだけの自分たち確実に得するが顧客は損しようがかまわない商売なのである。
ただそういうものが社会にまかり通っていることが納得がいかない
それも銀行という固い職業でそうだとういことは銀行の信用は失墜する
それでもしているのは銀行が追い詰められているからだとなる

ともかく人間は経験である。もし株でも経験していればこうはならなかった
本を読んでもわからないことがこの世にはいくらでもある
経験しない限り株なら損するとかしないとその世界のことはわからないのである。
それがわかるのは学者が経済や経営を教えているけど株でもうけられないことでもわかるそういう世界に通じるにも経験なのである。それがないからたやすくだまされるともなるのである。
ただわからないのは銀行がそこまでするということは切羽詰まっているからでありでも結果的には最大の財産である信用失うということになりかねない
その怖さを認識しないと会社自体が危うくなる,すでになっているからこそそうしたものに手を出さざるをえなくなったとなる



posted by 老鶯 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

無駄に金が使われすぎる (弁護士とか銀行とか医療関係とかゼネコンとかで無駄に使われた)


無駄に金が使われすぎる

(弁護士とか銀行とか医療関係とかゼネコンとかで無駄に使われた)


今になると経済を知るには株をやるといい,それも百万とか実験的にする,それは損してもいいとしてやる,すると相当経済の勉強になっていたなとこれも後悔する,今頃それをしても遅かったのである。
これも失敗だったと思う,実感としての経済学がわかることが大事なのである。
株をしていると確実に損したり得したりするとそこから実感として学ぶからである。
それがまさに資本主義社会なのである
株をしないと実感的に資本主義とかグローバル経済というのがわからないのである。
カナダの国債で円高になり相当に損したということで円高のことがわかる
トヨタなどでも一円で百億円とかの損益でるとなるとこの為替の上がり下がりは怖いなと実感した
最近USリートを売ったのはアメリカの金利が上がったからである。金利が上がる住宅関係は借りにくくなるから指数が下がってきたのである

人間は経済的な面から見ると損したことは良く覚えている,あれは損だったということを実感として脳裏に刻まれるのである。
でも成功した体験は何か忘れやすいのである。
おそらく心理学的にはギャンブルで最初もうかるということが危険なのである。
そこに有頂天になるとか俺はついているとか過信が生まれたりするから危険なのである。ただ人間の心理として最初にもうかるとまたギャンブルでは賭ける
だから最初にもうかることはかえって危険だとなる
ただ心理学的には人間は最初もうかると必ずまたもうかると思い賭けるのである。
そして今度は損したとしても何か最初にもうかったからあきらめるともなるのが不思議である。人間の心理としてそれがある、だから心理学的に人間をだますこともできると思った,ギャンブルでは最初は勝たせないともうその後は賭けないからである。
今回の自分の投資信託は全敗だったからもうやらないと決心したのである。

損したというとき自分は直接かかわっていないが弁護士に何もしてもらわないのに相談料で百万とられたのは今ふりかえるとただ金をとられたというだけになった
なぜなら実際の交渉は保険会社の人がしたからである。弁護士は一切なにもしていない
ただ弁護士に頼んだということを相手には言ったが実際は何もしないのに相談料だけ最初に百万とったのである。これも理不尽だなと今ふりかえる
それから前の渡辺病院でMRIで認知症になった姉の写真をとったが3万とられた
でもその機械でまず認知症のことはわからない,写らないのである。
郡山とかに二台ある機械だと多少わかるようだがそれでも認知症がわかる機械はないのである。

3万払ったとしても実際は一割だから30万も払ったことになる
これもその時は考えなかったが今になるとそのことに気づいた
30万は大きな金である,なぜこうしてこういうふうに金がかかることは実は自分の家族だけの問題ではない,税金となり保険となるから国民の負担となっている
医療関係にはそうした無駄な治療とか検査とか多すぎるのである
でも病院とかではそれで稼がないといい機械を買えないとかありそうするのである
3万で安いと思っても実際は医療の場合は馬鹿高くなっている
他でも医療費がふくれあがりもう保険でも介護でももたないというときそこには相当な無駄があるためである。減らすことができるが無駄がありすぎる
何か税金は無駄が多い,その額も大きいのである。

この辺で除染で何兆円も欠けたけどそんなに必要だったのか?
むしろその金を南相馬市だったら小高とかと鹿島区ではもめたからその金によって争いをなくすようにできたのである。
また公共の建築土木関係には大きな金の無駄が指摘されてきた
その無駄が国民にはねかえり税負担になる
人間は自分の金は大事にするけど他人の金は大事にしない,それで官僚は税金を無駄にするというのもわかる,自分の金だったらそういうことはしない,やはり十円でも百円でも損失には敏感だからである。
本当に大きな金になると無駄も大きくなるのである。

弁護士であれ医療であれ株とか大きな金が動く,そこでその金をとりこむことができる
それは不正というのではないが合法的に金がとられとなる
でもそれはだましにもなっている,弁護士の相談料に100万を払う必要はなかった
自分が払うとなるとそんなにかかるのとなるからだ
今はみんな自分で払うから自分の金だから痛みになる
ただ医療費はいくら3万でもしかたがないのかとなりやすいのである。
薬でも高いのもしかたがないとなるのは病気に人間は弱いからである。
弁護士でももめごとで困っているから頼むのである。
そこに常に弱みがありその弱みに合法的につけこまれるのである。

銀行でも証券会社でも大きな金が動く,するとそこに暴利のようなものにもなる
ビットコインなどもそうである。そこでは普通の社会では得られない金を得た人がいた
そういう株の世界には不自然なものがあり理不尽なものもある
ただ金を得ればいいとうだけのことしかない,日常の生活ではそういうことはない
野菜でも果物で何か作って売ってもそれ相応の分しか金はもらえないからだ
だから仙台の優創建とかのユニットバスを作った人は百万で安かったしできたものはいいものだった,ガス屋では200百万かかるというのを百万で作ったのである。
地元の大工だと3百万かかっていた,知り合いの人に頼むとそうなった
なぜなら見積もりもなにもないからそうなるのである。

結局人間は何か地道な仕事がモラル的にはいいとなる,ただそうなると収入が少なくなるから嫌だとなる,肉体労働となるとまたきついから嫌だとなる
でも弁護士でも銀行でも医療関係でもブラック化しやすいなと思った
金融関係は一般的にそうなりやい,地道に働くのとは違っているからだ
人間がどういう職につくのかは大事である。
なぜならもしそこで人生の時間を費やすとしたらそこに費やした時間が人生になってしまうからだ,そこがモラル的には悪いとなるそれが後で影響が出てくる
何か顔を見ると人間がわかるというがそういう仕事をしていると人間は心も歪んでくる
それがあとで結果として出てくるから怖いのである。

自分が思うには江戸時代がみんないい顔していたということを外人が言うとき貧乏でも今のような多様な職業の中でモラル的に歪んだものではなく天に恥じないような仕事をしていた,農業だと今の弁護士だと金融関係などの仕事とは根本的に違うからである。
そういう影響で素朴な人が多く人をだましたりしない,何か弁護士でも正義のためにするのではない,口八丁でだますということがしやすいのである。
法律する人をだますものとして悪用しやすいものだからである。
何か現代の職業はそういう職業にかえって憧れるし楽で金が入るとかなるけどそういう職業はモラル的に問題あるなと思った

投資信託の話などでたらめだとなる,自分たちの銀行でも証券会社の利益が優先されているから顧客のことより手数料の多い投資信託をすすめる
そこで判断が誤るということもある,なぜなら株をリーマンショクの前にもっていたのにそして上がってきたのにその時売って投資信託につぎこんだからである。
それはその時の判断がありいちがいに批判はできない
でもその言っていることがただ自分たちの銀行の利益が優先で顧客のことは二の次三の次だなと経験して思った
そして損すれば株とは上がったり下がったりいろいろな政治とかその時々の様々な影響がありますといえばいいのである,そう嘘でもいいわけがしやすいのである。
素人にはわからないからである。

結局安全なのは貯金だとなる,これも問題あるにしろもう年になれば株は無理である。
手堅くいく他ない,底辺層が貯金がないから安心がないというのもわかる
株で投資信託などで増やそうとするのではなく手堅く財産を守るとなる

●節約する
●消費を極力減らす
●財産は守る,なるべく減らさない

このように保守的になる,それは老人はみんなそうでありそうすることがしやすいのである。老人は消費するにもできない,いい長距離用の電動マウンテンバ自転車が出たから買いたい,でも体力もないし遠く行く旅行は無理だとか思い買っても無駄だとなる
すると老人自体が消費できないのである。消費することもエネルギーが必要なのである。現代は消費することが生産すると同じようにエネルギーが必要なのである。
だから自分の生活の仕方,方針を転換した
それで75歳から5万もらえる保険がいいとか思った
ただ75歳前に死ぬとゼロになる,でも安心だともなる,自分の場合国民年金だとたりないからである。でも5万は結構大きい金だからそれでなんとかのりきれるとかなる
つまり保守的になってしまうのである。
退職してから株とか投資に向かいないのである。
これも相当な訓練と経験がないとできないからである。




タグ:無駄な金
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2018年02月22日

人間を見る心理学 (ギャンブルでも最初にもうけさせてあとで負けさせるのが定理)


人間を見る心理学

(ギャンブルでも最初にもうけさせてあとで負けさせるのが定理)


今回の自分の投資信託でもうやる気がなくなったのは最初から負けたからである。
それは予測しないことが起きたこともある
カナダの国債が石油が急激に下がって損した
石油は今までずっと高かったのに急激に下がったのである。
まずこのことを予測できないから失敗したとなる
先を見ることができなかったとなる

もう一つの大きな失敗はリーマンショク前から株をもっていたのである。
それが15000円になったとき回復して元にもどった
でもその時株は上がり調子だから上向きのトレンドだからそういうときはチャートを見て専門家は売らないのである。絶えずチャートのグラフを見ているからだ
でもなぜ自分の担当の銀行員は売ったのか?
それを投資信託に回したのは手数料がとれるからだったのである。
その時自分は売らなくてもいいではないかとも思った
上がってきているからそう思った,しかし相手はプロだと思いまかせたのである。
でも前に書いたように大手証券会社でも銀行は特にプロでも何でもないのである。
プロとはプライベートファンドのように利益を上げたらその10パーセントはもらうという商売である。最初から手数料をとるということはすでに損は投資信託を売った時点で損はしない仕組みになっているのである
ただそこで手間隙かかるからその分とるということはわかる
でも損はしないのだからそれもいいわけにはならないだろ。

ともかく人間の心理として最初にもうけるとまたギャンブルでも賭ける
これは人間の善悪の問題ではない,人間の心理が古来変わらないのである。
そういうふうに人間が変わらない心理がありそこから人間を見るということも必要であるそれで中国とかでは絶え間なく戦乱であり人間を策略で陥れる
そういう非情を見てきたから孫子の思想とかがが生まれる
マキャベリもそうである。

人間はだいじに扱うか、叩きのめすか、どちらかにすべきである。小さな傷を受けた者は復讐するかもしれないが、重傷を負えば復讐できない。人を傷つけるときは、必ず復讐のおそれを断っておくべきである。

これを日本にあてはめると日本は原爆を落されて完全に打ちのめされて抵抗できなくなったのである。だからアメリカでは容易に日本を支配できるようになったのである。
日本人はあれほど鬼畜米英になっていたのにすんなり原爆をおとされて従順になったのを不思議がるが原爆の影響が大きかった,この言葉のように完全に打ちのめされたのである
日本が戦争に突入した原因としてギャンブル的に考えれば日本は日清日露戦争で一応勝ったので傲慢になった
それはギャンブルで最初に勝ったことによりそうなったともいえる
もし日露戦争でも負ければ日本は弱いのだという自覚をもつから次の戦争でも躊躇したことはありえる,つまり最初に勝つことは人間の心理としてかなり影響する
次もまた勝つという奢りが生まれるのである。
だから日露戦争に反対した内村鑑三などいたが後は日露戦争を賛美する人が今でも多いし当時は国民がロシアに勝ったと熱狂していたのである。
それも実は危険なことであり奢りとなり次の太平洋戦争に突入した

信長は桶狭間で勝ったけどその後は同じ戦法を使わなかったというときそこに信長の優れたものがあった,同じ戦法では時と場合がありケースバイケースであり勝てないのであるともかく人間は一回勝利するとその成功体験に酔う,次も同じように勝つと奢りになるのである。
だから必ずしも最初から勝つということはその後がありいいとういことはない
要するに日本の戦争でも日露戦争で負けていたらうちのめされていたらアメリカと戦うようなことはしなかったのである。

ともかく自分はとてもまた投資信託などやる気がしなくなった
これだけ負ければやる気がなくなる,ただもし勝っていたらまたやることは間違いないのである。
だから株をすすめる人は最初いいものをもってきて勝たせる必要があると思った
ただそういうことは投資信託ではない,ほとんど手数料をもらう商売であり客にもうけさせるということはないのである。
だからもうそのことを客がわかってくるとやる人がいなくなる
投資信託は7割がもうかっていない,でも3割はもうかっているとなるがその3割は大手証券会社とか銀行にすすめられたものではない,別な証券会社であり手数料をとらないものとかいろいろある,まず大手証券会社と銀行にすすめられるものはもうかる人がいても一割くらだろう。だからほとんどは損しているのである。
つまり投資信託の仕組み自体がそうなっているからもうからないのである。

いづれにしろ自分の場合は人間の心理として最初に負ければ損すれば次にまた賭けるということはしなくなる,それは人間の心理でありどうにもならないとなる
だから人間の心理というのを良く知ることも必要だなと思った
悪知恵にしても最初はもうけさせない限り人はもうその後は賭けないからである。
結局全敗だったからやる気がなくなったとなる,分配型は知らぬ間に元金からひかれていたのも錯覚をもたらしていたし収支決算もしないしすべて投資信託をすすめる人が有利になっている仕組みなのである。
だからこそすすめるのである。

ただネットでもどこでも様々な情報がでる,では投資信託の情報で気をつけねばならいなのは投資信託をすすめる商売をしているものとそれを買う側とに分けるべきである
投資信託をすすめる商売の人は投資信託を言いも気としてすすめるからいいことを書いている,でもそれで失敗した人はそうは書かないのである。
でも失敗した人は一部だとも言うことはできる他の人に言える
でも統計的にも7割しか成功していないし3割が成功しても大手証券とか銀行にすすめられたものは成功していない確率が多いのである
だから統計的にも合理的なものである。一人一人はいろいろあってもやはり統計的に答えが出ているのからだ

ただわからないのはどうして投資信託のようなものが世間に出回りそれがもうかるような錯覚をもたらしているのか?
それになぜ銀行までが加担して広めているのか?
それは一時的にはもうけをだしてもみんなもうからないとか損したとなると信用がなくなる,なぜこんなものをすすめたのだと客が銀行でも不信をいだくようになるとあと何をすすめてもしんようできないとなる
信用を損なうようなことをして将来的に成り立つのかという疑問である。
別に銀行員が悪いということはない,銀行の方針としてノルマを課して投資信託をすすめさせているからだ

こういうことは自分も経験している,カルト教団では会員を獲得することがノルマである一票をとるために毎日奔走する,それはなぜだったのか?
それがその団体が権力を得るためにそうしている,数が増えれは社会的勢力となり影響力をもつのが民主主義だからである。
そういうふうに圧力をかけているのは誰なのか?
それは上に立つものだともなる,若い人は別に従わなくてもいいが銀行に勤める限り従わざるを得ないのである。
だからそもそも銀行自体が問題視される,そういう経営で社会のためになるのか?
社会の中で存在意義があるのかということにもなる
なぜなら会社とは会社の利益だけを追及するものではないからである。
必ず公益的なものがありそれでなければ存続しえないからである。
それで金融庁から投資信託のことで注意されたのである。
つまり銀行自体が実は問われているのである。
ただ銀行側にすると投資信託はもうかるものだからそうしている,でもそれが信用を失うことになり社会的公益性からして銀行はすでにもういらないとされるようになる
そういう危機に直面しているのが銀行だともなる

posted by 老鶯 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

日本に来る中国人の動機 (今は経済的なものだけではない,別な価値を求めている)


 日本に来る中国人の動機

 (今は経済的なものだけではない,別な価値を求めている)


まだ一軒残っている仮設の食堂は嫁さんが中国人である。
その人は中国に研修とかで十日間ほど休んだ
今日中国のことを聞いてみた
自分が疑問に思っていたのは

なぜ中国人が豊かになったのにまだ日本に働きにきているのか?

そのことだった,聞いてみたらもう中国は日本とさほど変わりない,日本人より金持ちの人がいるという,その人が行った先はハルビンである。
元の満州であるが寒い地域である
なんでも日本に行くか中国で働くか悩んでいる人がいるという
つまり日本にはそれほど来たいという強い願望はなくなっている
その中国人の嫁さんはそうした経済的格差とは関係なく日本にひかれているのは別な要素だった
つまり街中がきれいだとか日本人がやさしいとかなにか経済が豊かだからではない
それは中国人の観光でも事の観光となり爆買いが下火になって物ではないのに変わってきたということでもわかる

ハルピンには新幹線も通っているというからその変わり方が激しいのである。
自分の行った十数年前は電車に家畜か物のように人間がつめこまれていたのである。
そんな所に乗った死ぬ思いになった,笞で打たれてつめこまれていたから本当に家畜の扱いだったのである。
それが新幹線になったということはその変わり方は早すぎるのである。
物価もすでに十年前でも北京辺りは日本と変わらないように高くなっていたのである。
満州でもロシアの国境にある満州里ではトヨタに乗っていた金持ちもいたのである。
それから十年も過ぎたからその変わり方は激しいものとなる
確かに中国は広いから貧乏な人も多いが都市は日本と変わりなくなっているみたいだ

そうなると日本に経済的価値だけをも求めるのではなく日本の環境がいいとか日本が好きだからとかなる,それは貧乏な人が求める価値観とは違っているのである。
新幹線があり車も乗っている人が多くなればたいして日本と変わりないとなるからだ
ただ自分はそのことを経験していないから実感としてはわからない
ただ物価が十分の一の時代から同等になってしまったのである。
だから中国で格安に旅行する時代は終わったのである。
満州となると飛行機でも近い,3時間くらいだから楽である。

ロシアから満州に電車できた時はどこまでもとうもろかて畑しか見えなかった
その中に汚い川が流れているだけだなと見た,たた外国で自然は良くわからないのである自然の中に入ることは危険になるからだ
その人は言葉が通じなくて困るではないかと言ったらそうでもないと言っていた
日本語を結構覚えたとも言っている,中国語はまるでわからなかった
英語の方がわかって英語で会話したしまた漢字を書いて会話した

国際化というとき田舎でも国際化している,まず中国人を嫁さんにしていれば中国がより身近になる,その人は中国を案内してもらうから中国通になる
近いから行き来も楽である。
でもなぜまたフクソウとかで働いてる中国人の女性がいるのかとなる
別に中国で働いていた方がいいのではないか?
逆に中国で働いている若者がいた,youtubeで紹介されていた
中国の方が日本より働く場としていいともなっている時代なのである。
ただその人が言うように中国でもいいが日本にも行ってみようかというとき
すでに経済的なものが動機ではない,日本と中国でそれほど賃金も変わらないとなったら日本に来てもしょうがないとなるからだ
今多くなったのはベトナム人である,だからベトナム人の犯罪が増えている
この辺でも駅で何人かにあっているからだ,前の中国人がベトナム人に変わったのである。

日本が先端分野のITとかドローン技術では中国はすすんでいる,それで日本がその下請けになるとか記事にもある,そうんな時代になっていたのである。
とにかくその変わり方の速さについていけないのである。
それで判断を誤るのである。



タグ:中国人
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2018年02月23日

海からの視点 (南相馬市の大船とかそが船とか船着の地名)

海からの視点

(南相馬市の大船とかそが船とか船着の地名)
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津浪が来た地点に古代の地名が残っていた
大船は烏崎である

●海からの視点が日本では先にあった

日本の神話は国産み神話は海人族のものである。その国土形成もイザナギとイザナミであるが島々を作るというとき塩の滴りから作るというとき海人族のものである。

この地球を見るとき山から見る視点になると国見というとき

天皇、香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌(おほみうた)

《訓読》
 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば
 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和国は

これは山からみて国を見る,南相馬市にも原町区に国見山がありそれがちょうど小高とか鹿島の範囲が見える,だから南相馬市は地理的に一体感があった
相馬市となると国見山から見える範囲からはずれてくる
この万葉集の歌では海原(うなはら)や鴎が出てくるくることが大きな疑問になっている
それでもともと奈良は太古から大阪湾から奈良まで入り込んでいたという説がある
その当時の地理がありそれで歌われていた
それは今回の津浪でわかったように海は陸に深く入り込んでいたことが証明された
それで日下石(にっけし)は太陽の陽の沈む場所でありその古い地理の痕跡を示していた
なぜそこが陽の沈む場所だったのか?それは陸から見ていたらむしろ陽の昇る場所だからである。
現実に日下石まで津浪が来て太陽がかがやき沈んでいったのを見たときは本当に驚いたのである。それほど深く海は陸の方に入り込んでいたのである。

海から見る視点が欠けるのは海は日常的に歩かない,海に通じているのは漁師などだけど漁師のことは良くわからない,漁師は山を目印として見ている,船に乗れば意外と山だけが見えるし目印になりやすいのである。
その山を目印にして航行できる,例えば新地からは牡鹿半島が見える,金華山も見える
新地駅は新しくなって高いから駅から見える
意外とこれも近いなと思う,すると船で渡ってもまようことがない,目印がはっきりしているからである。こういうふうに海から見る視点は違ったものとなる
それでも海から国見などはできない,山がありそこから平地を見て山を見て海を見るのである,でも日本では盆地が多いから海は見えないことが多いのである。
福島県だと浜通りは海が見えるから会津とは相当に感覚的にも違う世界なのである。
それで海からの視点とか歴史をみることが必要になる

その海の視点として見るとき万葉集の「陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを (笠女郎)」この草原(かやはら)は萱のことではなく地名であり港のことだと自分は解明した、なぜなら塩崎まで海になっていてそこに船着とありそのすぐ近くまで津浪が来たからである。そこは低い所でありそうした奥まで入り込みやすかったのである。
烏崎から船が津浪で六号線まで流されてきたことには本当に驚いたのである。
そこが万葉時代は海であり平安時代あたりまで船が行き来していたとなる
それで市庭(いちば)という地名も残っている,市庭とは古くから日本では市がたつ場所だった,だからなんらか商品の売買があったとなる
そこが真野の草原(かやはら)として地名とは断定できない,石巻にも萱原という地名がありそこが江戸時代からこの歌の場所だとされてきたからである。
その後の考古学の発見で南相馬市の鹿島区の真野が有力になったのである。

海を視点にして見ることが歴史的にも弱いのは海は何も残さない,そこで戦争があっても船は海に沈んでしまう,すると証拠がなくなる,それで最近は海にもぐり沈んだ船を探している,モンゴルの船も沈んだし太平洋戦争でも沈んだからである。
船はそうして証拠を残さないから海の視点から見ることがむずかしいから海はないがしろにされる,陸だったら小さな古墳でも残っていてここで確かに死んだ人が埋まっていると見れるからである。海だと海には何も残らないから歴史として遺物が残らないからただ想像力の世界となりそれが架空の世界ともなり認められないのである。
推理ドラマでは常に証拠を見せろとなるからだ,証拠がないといくら推測で言っても裁判でも負けるからである,だから海からの視点はないがしろにされてきたのである。
それで網野善彦とかが海からの視点で歴史を見直したのである。

船というとき船が単体であるわけではない,船を航行する技術とかそれを作る技術とか材料とかそこに波及する技術は多様なのである。
それは車でも飛行機でも同じである。それは政治的にも様々なものに影響する
エジプトではナイル川があり船の運行がしやすかった,するとあれだけ大きい王国でも川で結ばれたということがある,ピラミッドは川に通じていたともなるからだ
船の木材はレバノン杉が必要だというときそこに外国まで広がる貿易が必要になる
船を作り運行することはまた方向とかあり星座に通じる天文学とかが必要になる
羅針盤などがそれで中国で発明された,そして船によって大航海時代が作られたのであるその時オランダの風車の技術が船作りに応用されたのである。
日本では船の材料は山で供給されるから船木山とかあれば船に使用した木材を取り出したやまだとなる

●網野善彦の海民から見直す日本の歴史

網野善彦の農民だけではない海からの視点から日本の歴史を見直したことに評価がある

北条氏は津軽から若狭までの要津にをほぼすべてのその直轄下に置く一方、湊々浦々の
「大船」に過所を発給し,その直属の廻船として海上交通を支配した(日本社会再考-海民と列島文化)

この意味が良くわからないが過所とは許可証のようなものだろう。
そういう文書が残っている,大船という地名が鎌倉とか大船渡とかあるがここにもあった製鉄跡の東北電力がある所が大船という地名なのである。今は使われていない
ここで生産された鉄が運ばれたから大船なのか,鉄が運ばれたというとき船で宮古から浪江の請戸湊に運ばれて葛尾村で精錬されて葛尾大臣が富を築いた
鉄を運ぶとして重いから船が有利になる

海人などの長の立場に立つ人は刀禰(とね)と呼ばれていた(日本社会再考-海民と列島文化)

すると利根川が刀禰である
海人は海だけではない川にも通じて支配したのは交通ができたからだとなる
バイキングでもセーヌ川をさかのぼってパリに攻め入ったからである。
海と川は一体化しやすいのである。オランダが発展したのはライン川の出口の河口にあり海に通じていたからである。物資の集散する場所だったのである。
そういう地の利から小国でも貿易が商業が発達して富を築いたのである。

11世紀後半からの院政期には紀伊半島を中心に東は東国,東北、西は土佐、九州にいたる太平洋の海上交通が安定した航路となり活発な船の往来があったことは確実に証明できる
伊勢志摩の海民的な商人,回旋人はその広域的な海上交通を通じて根強く強い生命力をもつ自治都市(公界」を育てあげたのである

(日本社会再考-海民と列島文化)

移動しつつ各地に定着していった,綿津見系と宗像系という二大海人を想定する

この辺で神社として多いのが綿津見系である,宗像系ではない,それから熊野神社も多い八竜神社も多い,これは海と関係した神社なのである。

『長野県史 通史編 1 原始・古代』(長野県編 長野県史刊行会 1989)
 p414「安曇郡」の項に「安曇の地名は海人の統率者だった安曇氏の定着したところともいわれ、安曇郡の中央にある延喜式内大社の穂高神社(南安曇郡穂高町)は海神である綿津見命(わだつみのみこと)を合祀している。」

こうして海人族が長野県のような山奥まで入ってきて定着しているのである。
熊野神社が多いのと鈴木の姓がこの辺などで多いのは熊野系統なのである。
渡辺党というのもありこれも粋郡系統でありこの辺に多いのである。

そして熊野系統は南朝方についたというとき海人を味方にして海運をにぎり海を支配しようとしていたのである。

この辺の歴史でももともと相馬氏は北朝であったが海に海岸に館を置いていた豪族と相馬氏が進出してきてそれらのものが抵抗して苦戦した
なぜなら小高でも蔵院とか湊があり船があまたあり海運の拠点ともなっていたからである今回の津浪でわかったように小高の城近くまで津浪が来ていたからである。
そこは船の出入りする物資が流通する港だったのである。

それから相馬氏が高平に進出して西殿とか古屋敷とか地名が残るように相馬氏でもみんな一体でなく争うこともある,そこで海側を支配していた泉氏と対立した

泉廃寺跡は泉間が跡として知られ古代からかんがが置かれていた,その延長として中世までその機能が港があり海運をになっていた
13世紀後半から15世紀と17世紀前半の時期に変われるが多くの舶載陶磁器や国産陶磁器が出土した

河川交通と海上交通の結節点に位置して中世を通じて流通にかかわる遺跡だあった可能性が高い
古代行方郡家が置かれた新田川流域,泉地区は中世において地域支配の中核であり在地領主の屋敷地が鎌倉時代に作られた

泉観音堂に安置された一一面観音像菩薩立像から「弘安六年一二月・・」と記されている胎内銘が確認されている(原町市史)

この高平地区で南北朝の時代争いがあったのは相馬氏が北朝であり海側の港を根城にしていた人達,相馬氏でも分裂している場合があり対立した
西殿という地名はそこに館があった,でも海側にも館があり争いがあった
南朝は海人を味方にして勢力をもっていた,日吉神社もまた南朝方でありそれで霊山が炎上して落ち延びたとき鹿島区の真野に逃れたのである。
その逃れた系統に海人系統がまじっていた,それで烏崎にも住んだのである。
烏崎では鎌倉時代にすでに岩松氏が船でついたという伝説がある
これは磐城から来たといわれる,何か南朝と北朝の争いで混乱していたが相馬氏は先は北朝だったのである。
そして熊野神社系統も南朝だったのである。海の支配権は南朝がもっていたのである。
相馬市では磯部館があり佐藤氏が支配していた,海から急襲されたとかの言い伝えがあり海を通じての興亡があったとなる,後に佐藤氏は相馬市の道の駅にある鬼越館に移ったのである。それは津浪が来る前だった,だからこれも不思議だと思う

中世の磯部館の海側から移転は慶長津波が関係していたのか? (伊達氏もかかわり中村城移転は相馬氏の支配を確立するため)

●津浪が語る昔の地形

今回の津浪では古代にさかのぼり地形が明らかになった,海だったところが本当に海になったのである。
それで大内の古い地名のそが船とか塩崎の船着や市庭という地名が現実を反映したものであり地名の化石であることを実感した
地名はそれほど古い歴史の痕跡だったのである。
曽我船とは船がそこをさかのぼっているという意味である。
そういう地名がつくのはいつも船がさかのぼってくるからこそいつもそういう船を見ているからこそそういう地名がついた
たまたま来るのではない,日常的に来ていなければそういう地名はつかないのである。

そして津浪が来た到達点からみると鎌倉時代の中世の板碑がある高平を見るとすぐ近くまで津浪が来ていたし鹿島区だと田中城は古い城だがそこも近くまで津浪が来ていたのである。だからその位置が地理が歴史を語っていたのである。
田中城は湿地帯に囲まれ守られていた,だから昔は海というより湿地帯になっていたのである。高平では屋敷があったのは西殿でも津浪が来ない場所である。
だから津浪の来た場所は湿地帯で人が住みにくい場だった

1611年12月2日(慶長16年10月28日)に慶長三陸地震があり津浪があった

15世紀と17世紀前半の時期に変われるが多くの舶載陶磁器や国産陶磁器が出土した

慶長時代までこうした貿易が行われていたのである。だからその時まで小高でも原町でも鹿島でも磯部でも港を根城とする土着勢力があり相馬氏はその後に入ったから対立した
そこで争いがあり海老の大工が大原の相馬氏と関係した伝説が残っている
それは相馬氏が中村に城を天守を造るとき何か抵抗した
その理由はわからないが津浪も関係していたのかもしれないと考察した
何か異変があり相馬氏の命令に従うことを拒否したのである。
そこで板挟みにあって大工が苦しんだ伝説だったのである。
時代の中で争いの中で必ず苦しむ人がでてくるのである。
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高平の中世の石塔群から見て津浪が来た距離が鹿島区の田中城からの距離とほぼ同じだというのも不思議である。
何かここに因果関係があるのか?

南相馬市原町区高平の五輪の塔の謎 (南北朝に由来して西殿は相馬氏の館があった所)






posted by 老鶯 at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)