2018年01月24日

小国の地名が多いのはなぜか? (山形県ー福島県(伊達市)→青森県の旅)


小国の地名が多いのはなぜか?

(山形県ー福島県(伊達市)→青森県の旅)

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小国町雪に埋もれて遠きかな電車に乗るも数人のみ

バスをおり小国とあれや梨の花一時おりて我が歩むかな

青森のトンネルぬけて遠きかな小国通るや雪に埋もれぬ

二里三里の険阻な山を越えなければ入っていかれない川内(こうち)が日本には多かった、それを住む人の側ではあるいは小国と読んでいた

 隠口(こもりくの) 泊瀬小国に 妻しあれば 石は履ふめども なほし来きにけり

 大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。

万葉集時代から小国という地名があった,なぜ小国が多いかというと日本は山国でありそうして隔絶された場が多いからである。
そこで自給自足的生活をしていたことが長いのである。

この万葉集の歌などそうである。隠口は隠国でもある,初瀬というとき川であるから川の上流が泊瀬小国になる,初瀬川が流れて長谷寺がある奥が隠国なのである。
そういう地形の地が日本には多いのである。

小国茶畑(バス停)とかがあってそこにおりたのか?福島市にバスでゆくとき一時おりた
そこは山間の中の平坦な地である。ただここでは小国の領域が広いのはなぜなのか?
どこか一カ所が小国という地域でそれが全体に広がったのか?
ただここは山を越えて平坦な地であり福島市に向かうとまた山でありそうした小盆地は日本に多いから小国は地形に由来している

山形県の小国町は町の何しているが実際は一地域の名でありその小国を姓にした武士がいる,土着した武士である。そこまで米坂線で行った,この電車は閑散として数人しか乗っていなかった,その時雪に埋もれた時だった,別にその時は山を越えることはなかった
小国町に入ると山がありその山を越えた地域に隠された小国があり小国町となった
一小地域が字地名が広い地名になる,第一大和(ヤマト)という地名は奈良の小地域字地名のようなものが日本を現すようになったことでもわかる
地名の基は村でありそれも字地名のようなものが村の名となる

市町村合併するとこうした歴史が消失することがある,この辺でも

双葉郡に属するが、1896年以前は標葉郡に属していた地域である。元々は新山町(しんざんまち)と長塚村(ながつかむら)であったが、これら2つが1951年に合併して標葉町(しねはまち)となり、その標葉町が1956年に改名して双葉町となった。

この新山町は自分の父親の勤めていた酒屋があった所である。
長塚駅もあった,双葉駅はなかった,何か合併するとこうして昔のことがわからなくなる原町は原町村があり一騎だけ野馬追いに一応でているが小さな村だった
そこが雲雀が原があり家はなく原っぱだったのである。それが原町市となり合併して南相馬市になった
相馬市ももともとは中村だったのである。いわき市ももともと平駅があった
いわき市というと広すぎる地域になる
だから請戸の篤農の農家が野菜を平に売って財を築いたというとき平は街になっているところであり今のいわき市のように広大な地域ではなかったからまぎらわしくなったのである。

青森県の小国も遠かった,黒石市からトンネルをぬけると小国であり閉ざされた所である。そこから温川温泉の山荘が奥にありそこには一軒しか家がない,その山荘だけである
ただそこから十和田湖に道が通じていたのである。十和田湖が近かったのである。
そこは隠された秘境だともなる,そこに二日泊まった
黒石の街なかには古い小店通りがありおもむきがあり街中に温泉もあった
青森は独特の情緒ある県である。

隠口(こもりくの) 泊瀬小国に 妻しあれば・・・

これが万葉集時代になるとどういう感覚になるのか?そこはまさに隠(こも)る国である
今の感覚で読むことは全くできない,その妻は本当に奥地に隠されて滅多に会えない所に住んでいたのである。山を越えて分け入り歩いて行くほかないからである。
道も悪いし苦労して行かねばならない道だったのである。

今何かみちのくというか東北的なものがどこに残っているかというと青森県かもしれない奥地の秘境という感覚になる,本州の最果てということでも魅力がある。
福島県は東京に近すぎるからそうなりにくいし平泉でも東京から近すぎるのである。

冬の旅は雪に埋もれているから心に残りやすいということかあるかもしれない,雪が積もっているからそこにも人が住み暮らしがあるということで感慨深いものになる






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