2018年01月01日

JRはサービス業ではない (国鉄からの習慣ー武田邦彦氏の論)


JRはサービス業ではない

(国鉄からの習慣ー武田邦彦氏の論)

コンビニにぶちぎれ

車掌は検札するだけで座席をきれいにしない,乗客が座席をきれいしろとしている,
車内の清掃は下請けと乗客にさせる魂胆

下請けにさせないから乗客が座席をきれいにしろとなる

車掌→下請け→乗客

国鉄時代からJRに変わっても客は乗せてやっているという感覚

だから乗客が掃除しろとなる,それは国鉄時代からの習慣なのである。

このことを指摘していたけど面白いと思った
それはなぜか?自分が無人駅でボランティアのようなことをはじめて知ったのである。
駅に関心ある人も駅のことで何かしてもJRの人はありがとうとか言わない
自分も言われたことがない,そんなことするのは当然だよとなっているのだ
それは国鉄時代からの慣習なのである。

俺たちは乗客を乗せてやっている,だから掃除くらい自分でしろ

そういう感覚なのである。無人駅でもそこの掃除は乗客が地域の人が乗客になるのだから掃除しろとまでなっているのだ,それが当然だともなっている
つまりサービス業だという感覚はないのである。

国鉄はまさに今の公務員とにている,公務員だとサービス業とは違うが市民にサービスするのだからサービス業の側面があるが実際は威張っているだけだとなる
国鉄もまさに公務員だから線路を補修するとか点検するとか車両を作ると安全を守るとかには意識が高いがサービス業をしているという感覚がないのである。
だから接客でも上からの目線であり民間のサービス業とは違っていたのである。

ただここでは前から地区の人に商工会を通じて掃除を頼んでいて下請けしていて金も出していたのである。最近それが断られたとかで掃除してくれる人を探していると問題になり自分も書いたのである。
それは水戸管理局で決めることでありかかわることはできなかった
でも自分は無人駅のゴミを拾ったり掃除もしている
ただ原町駅の駅員が掃除には来ているしそれほど汚れないからいいとはなる

ただなぜJRでも駅をこれだけかかわってしているのに一言もありがとうとは言わないのである。それは国鉄時代からJRでも乗客は乗せてやっているのだという感覚だからである。そしたら乗客は座席でも駅の掃除でもするのは当然だとなる
それに例を言う必要はないとなる,サービス業というと日本のおもてなしが有名だけど
外国などは売るのにそっけない,売っている方が偉いとかまでなる
日本はそれに比べると消費者王様だとなりそれも外国から見れば異常に見えるかもしれない,そんなにコンビニでも丁寧に礼を言われたりするのは過剰なサービスになる
自分でもコンビニなんかそっけなくていいのである。

でも買う人は日本人はうるさいのである。そういうクレームを言う女性が身近にいるからわかる,底辺層にかえって多いかもしれない,底辺でこき使われた人だからこそそういうふうにクレームをつけてその時優位に立つとなる
自分などサービス業などしたことがない,頭を下げて物を売ったりしたこともほとんどない,だから本当は自分は人のことでとやかく言えないともなる
鉄道の人にも旅したから世話になったから恩返しであり礼など言われなくてもするとはなる

ただ一般的にはそうはならない,JRにはサービス業の側面もあるがその感覚はない
自分たちは職人であり電車を動かすプロだという職人気質はある
でも客と接する場もあるからそこはサービス業なのである。
駅の面白いのは何かそこで社会と実際にかかわる社会が見えるということで面白かったのである。別に自分は怪しいと通報されたり警官が来て職務質問とかされなければ何も文句は言わないし要求もしない
ただ何か社会の一般常識とJRがはずれているところがあったのかと思ったのである。
だって道を聞いただけでいちいちありがとうと言う人がいたし自分はありがとうと言われる立場にあったことは確かである。
それでも自分はそれよりJRの職員にありがとうと言う立場にあった
鉄道で旅できたのもそこで働く人たちがいたからである。
ただ社会でまともに働き地位が高いとかなると不満があるのはJRにはサービス業の側面があることを意識されていないからである。

タグ:JR 国鉄

穏やかな元旦


穏やかな元旦


初空の広く深きや息を吸う

初空を鳥一羽飛ぶ雲もなく

コンビニの雑煮を食べて一人かな

元旦や猫にあいさつ一人かな

初日さす穏やかなれや鴨よりぬ

元旦やつきたての餅を食いにけり


今日は寒くもなく雲もなく晴れわたり穏やかである。雑煮はセブンで注文して食べた,コンビニの雑煮を食べる人は家族で暮らしていないような人である。
わびしいことは確かだが前は食べることもできなかった
お汁粉は簡単だから食べるのである

あいさつするの猫だった,この猫は自分で飼ったというものでもない,いつのまにかいついたとなる,でも一カ月くらいいなくなったことがあった
もう帰ってこないかと思ったら尻尾が焼かれて帰ってきた
誰か悪戯して尻尾を焼いた,それは結構悲惨なものだった
野良猫は外飼いになると危険だというのは本当である。
他にもいろいろ危険があるからだ

ただ自分は猫を飼うのもめんどうなのである。部屋の中で便とか今でもされているから嫌になるのだ,汚れが落ちなくなる時もあるからだ
自分にはそもそも猫を飼うということもできない性分だとなる
ただ誰もいないよりいた方がいいとなる
声かけるの猫だとなる,もう一人も来ているが相手が人間になるとまたいろいろ不満が出てくるのであてる。

今日は原町の道の駅の方に行った,レストランはほとんど開いていた
道の駅も開いていてつきたての餅を売っていたので買った
前は家で餅をついてそれを切っていたことを思い出した
そういうことも何もなくなった,そのつきたてのもちを霊前にささげた

何か今年はもしかしたら今日の天気のように穏やかなのか?
風は吹いているが寒くもなく穏やかである。今年を占うとなると元旦の天候は大事かもしれない。
スーパームーンに今日なるとしてもかえって縁起がいいともとれる
第一地震の予想は当てにならないからである。

今年も書き続けますのでよろしくお願いします

良いお年でありますように・・・・
タグ:元旦

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