2018年01月06日

無人駅から無人駅にのると切符も買えず金も払えない


無人駅から無人駅にのると切符も買えず金も払えない

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今日来た人は駒ヶ峰が乗っていた,そこも無人駅なのである。そして鹿島駅におりた
その女性は乗車賃を払えず困っていた,それで原町駅にインターホンで連絡した
240円だから切符入れに金を入れてくれとなった

そのことは前もあった、その時は千円とかになっていた,その人も無人駅から乗っていたのである。無人駅が増えるとこのことが一番の問題になる
金が払えようがないのである。車内で車掌に払わないと払うことができない
でも車内だとめんどうで払わないことがある

それより感心するのはそうして別に金を払わなくてもいいの払おうとしていることである自分はそういうことがなかった,かえって得したとかなる
その辺が日本人ならではのものなのか?
外国人でもそういうことがないかもしれない
ただ外国ではヨーロッパなどではなぜ改札しないのか?
それは信用しているからだという,いちいち切符を確かめたりしないのである。
日本ではいちいち切符を検札しているのである。
だからホームに自由に出入りできる,無人駅で便利なのはホームに自由に出入りできることである。

いづれにしろ無人駅の最大の問題はここにあった,無人駅が増えればこのことが一番問題になる,まだ鹿島駅が無人駅になっていることが知らない人もいる
もし無人駅と知っていればこういう人は車内で車掌に金を払うだろう。
ただ無人駅を調べて無人駅から乗り無人駅からおりたら無料で乗れるともなる
無人駅が増えればそうなるのである。

鹿島駅では今日は近くの人がプラタンの花に水をやっていた,その人になぜ掃除をしなくなったのかと聞いたらみんなめんどうだからしないという,金をもらってもたいした金ではないからしないという
プラタンの花に水をやるだけでも手間なこと確かである。
でも掃除がそんなに手間なのかとなるとわからない,ゴミなどほとんど落ちていないからである。

とにかく鹿島の無人駅について書いてきたが他でもこういう問題は起きる
無人駅にはやはり問題が起きる
特に盲人などが乗る時は見ていないと危険ということもある
鹿島駅には一人だけ通う盲人がいる,でもなんとか乗っている
一回原町駅の駅員を呼びつけていたのである。

何か自動化してもそこを管理する人が必要にはなる,なかなか何でも無人化するのはむずかしいことがある,自動化してもコンビニなどでも問題が起きる
だから無人化はむしろ実際は利用する人の問題でもある
まず無人駅から乗って金を払うような人は一回覚えれば車内で払うからだ
無人駅になっても利用する乗客が助けるとやっていける
それで人件費がJRでは節約できるとなる
そして駅の掃除くらい地元の人達が無料ですればいいと思う
そうしないと鉄道そのものが維持できなくなるからだ
まだここはそうして廃止路線にまではなっていないが経営としてはやはり楽ではないからだ

タグ:無人駅

2018年01月07日

新年の松川浦短歌


新年の松川浦短歌

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八沢浦の新しい橋

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雪の蔵王
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松川浦
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クリック拡大(宇多川河口) 白鳥がいた

向こうに百間橋が見える,結構長いから昔この橋をかけることは容易ではなかった

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新しき庭に石七つ冬の暮

街道の祠一つや冬の暮

冬の暮百間橋を渡るかな


雄々しく蔵王を望みみちのくの野の広がりて年の明けにき

我が来たり鴨の千羽の群れさわぎ松川浦の年の明けにき

松川浦鴎あまた群れ宇多川を一羽飛びゆく年の明けにき

立谷川凍りけるかな町場橋夕ぐれあわれ我が去りにけり


蔵王が八沢浦から磯部からも大きく見える,松川浦になると小さくしか見えない
意外と蔵王が大きく見えることに気づいていない
蔵王は福島県と宮城県と山形県の三県に見える,だからこれだけ広範囲に見えるからこそ
陸奥(みちのく)をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ 斎藤茂吉

この歌はみちのくといっても福島県と宮城県と山形県までである,だから二わけするとなる,岩手県になると岩手山であり青森県になると岩木山が象徴的山になるし秋田県になると鳥海山である。

松川浦ではレストランに入った,そこは全国からの魚をもともと仕入れていたのである。松川浦だけではない,津浪や原発事故の前から全国から仕入れて出していた
それで沖縄で松川浦から来た人とあった,沖縄からも仕入れていたのである。
石垣水産とか張り紙があり宣伝していた,あそこはだから魚料理が美味いとなる

次に来たのが相馬市をまわり日立木の立谷川でありそこは凍っていた
そこに町場橋があり薬師堂がある
この町場橋はなぜ町場となったのか?この辺の町場だったとなる
人が集まる場所だったのかもしれない,ただ相馬市街までは城のあるところまではそれなりに遠く感じたかもしれない,歩いてゆくと近くても遠く感じるからである。

祠が一つあり街道も冬は淋しかったろう
結局薬師堂があるとするとそれは医者代わりだったのである。
医者に行けいないから薬師堂で祈るほかなかったのである。
だからどこでも薬師堂があり地蔵があり病気になってもいるの他なかったのである。

昨日は風がめずらしくなかったから自転車で行けた,自転車は風に弱い,毎日のように風が吹いていたから相馬市に行ったのは半年ぶりとかなっていた
これが自転車の問題だった,相馬市までは自転車だと遠いのである。






タグ:蔵王 松川浦

広域社会や企業社会の弊害 (原発事故で離散して町は復興できない)


広域社会や企業社会の弊害

(原発事故で離散して町は復興できない)

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江戸時代からすると良く時代劇で良く家によって両親によって決められた結婚が嫌で恋愛した人と一緒になろうとする,でも駆け落ちするにしても江戸時代だととてつもなく困難なことである。
結婚自体が家と家の結婚であった,格式がありそれに見合った結婚をしていた
だから明治時代まで両方の姓を記した墓がある
つまり自由恋愛とかの結婚はむずかしいものだった

そして江戸時代は移動が自由ではない,藩を出ることは国境があり関所がありそこを出ることだから簡単には出れない,旅でもむずかしいのだから藩を出て別な藩で暮らすことはさらにむずかしくなる
それで相馬藩では越中の方から飢饉の時移住してきたがそれが藩から脱出することは命がけだったのである。そのことが語り草となり物語となった

そういう時代と今はあまりにも違いすぎる,人の移動は容易だして移住も容易である。
交通が発達して人の移住は自由なのである。どこに住んでもいいのである。
商業とかが発達すれば一カ所に農民のように自給自足で住みつづける生活をしなくてもいいとなる
江戸時代は農民は8割であり土地に根ざして生活しているから移動とか移住は滅多にない世界に生活していたのである。
そこにはよそ者は入りにくいしまたその狭い生活圏から出ることもできないものだった

なぜ原発事故で簡単に人々は離散して町に故郷に帰らず復興できないのか?
それは広域社会とかが関係していた,グローバル社会とかも関係していた
多国籍業とか大企業なども関係していた,農民が8割の社会とはあまりにも違う社会である。第一次産業の割合は一割にも満たないのである。

広域化社会は交通の発達で加速される,鉄道で全国が結ばれ日本国民という意識をもったというのもそうである。
最近では常磐高速道路ができてさらに移動が容易になり外部から仕事でも入ってくる
ユニットバスを仙台の業者が百万で請け負い作ってもらった,普通はイワタニのガス屋でも200百万かかるという,でも百万で立派なのができたのである。
そういうふうに広域社会で人はいま否応なく生活しているのである。

するとどうなるのか?別に故郷に住みつづけなくてもいい,どこに住んでもいいとなれば
容易に人は移動して移住もする,江戸時代のように一カ所に定住することもなくなる
故郷にこだわることもなくなるのである
だから一旦町に住んでいた人達が放射能汚染で避難したときもう住みたくないとなり外に移住したのである。なぜなら移住することが簡単だからである。
補償金はその移住のために使われて故郷の復興のためには使われていないのである。

この辺でも自分も経験しているが小高の人が大勢避難して仮設に住んだとき何が起きたのか?仮設の人達が小高の人達がかえって威張っていたというのもなぜなのか?
それは別に鹿島の人たちに世話になるわけではないからだ
何か食べるものにしても金があればスーパーで買いばいいとなっている
もしそれだけの人達が移住して食べるものもないとしたらそれで米でもめぐんで助けねば生きられないようだったらそんなことはなかった
別にそんなこともないから私たちは鹿島で金を使って助けてやっているのよねと言っていたのである。
これこそまさに広域化した社会なのである。金を払っているものが消費者が王様だとなる鹿島では土地を貸していたがその他何か小高の人達のためにしたということもないからである。全部仮設で設備も用意されたからである。

つまり他の土地に行っても別にかねさえあれば同等に住めるのである。
むしろ金があれば金を使えば消費者は王様となり待遇されるとなる
でもそうなると故郷も実はただ一時的にいる場所でありそんなに執着する場ではなくなるどこに住んでもいい,こんな放射能汚染されたところに住めないし住まなくてもいいとなる,補償金ももらったことだか他に移住すればいいやといわき市でたちまち膨大な新築の家が建ったという,それで地元の人が不満になったというのもわかる
それは金がものを言う社会だからどうにもならない,その家を建てるのは大手の建築会社であり地元の人が働いたわけでもなかった
昔はみんな地元の大工が家を建てていたのであるが今や一週間くらいで組み立てるだけなのである。つまり金さえあればどこでも家も簡単に建てられるのである。
またすでにできあがったものを建て売りの家も売られているから金を払えば即入れる
自分の家などはできるまで半年くらいかかったのである。

ともかくこういう広域社会は確かに悪いともいえないし江戸時代のように一カ所に縛られる生活でもないから自由でいいとなる
でも反面また人の絆とか土地の絆とか希薄化してこういう困難のときその絆も簡単に切れてしまう、盛んに津浪や原発事故で絆を言われたが実は絆広域社会でむしろそこに住んでいる地元で失われていたのである。
かえって外からの人達が入ってきて仕事もしたしボランティアもきて外との絆が結ばれたというのもまさに広域社会を象徴した出来事だったのである。
それは悪いことではない,広域的に人間が協力しあうこということだからである。

ボランティアはひっきりなしにきて仮設の人を応援した,だから仮設に住んでいる原発避難者は外部のそういう人達を歓迎して気分よくしていたのである。
でもその時自分は過酷な状況で介護や病気で苦しんでいたがさらに周りから苦しみを受けるだけだし誰も同情などしないのである。普通はそういうものであり特殊な事情でボランティアが全国から来たのである。
それが悪いというのではなく仮設に住んでいる人達はどういう気持ちになったのか?

なんで鹿島の人達はボランティアのように協力しないのだ
なんと冷たい人達なのか
かわいそうなのに同情もしないのか
そして補償金のことばかり言う
そんなこと苦しいのだから当然ではないか

こういう気持ちになっていたのである。でも実際かわいそうかというと毎日ギャンブルであり東京とか遠くに風俗とかで遊びに行った人達もいた,そういう人達がなぜかわいそうなのかと自分も怒りになったのである。
その時自分の状態は介護と自らの病気で苦しんでいたがただ借金している人からは責められるとか苦しいのに責められるだけだったからである。
そして犯罪にもあいさんざんな目にあったのである。そのことで自分は怒りにもなっていたのである。
そんな個人的な事情などこういう大被害になると無視されるのはやむをえないともなるが自分として不満だった

そこで問題はなぜ簡単に人々は故郷を町を捨てたのか?
広域社会だからこそそうなったともなるのではないか?
江戸時代は一カ所の土地に縛られた生活だけで人と人のつながりは強かった
広域化社会になればその人と人の絆も希薄化する
故郷意識も希薄化する,人と人の絆が言われたけどそれは外部との絆のことだった
内部の絆は消失して補償金とかでもめて分断されたのである。
普通だったら内部の絆が強く一致団結した,それがただ補償金でもめたというのは金が第一の広域社会に生きているからそうなったのである。

ただその広域社会のマイナスの点として老人には辛いものとなった,老人にとって今までそこで長く生きてきたし親しい友達もいたとか家族すら離散して絆が断ち切られたのである。そのことはここだけではない,東京のど真ん中でも起きていた
新しい道路ができて古い通りが分断されて団地に老人が住むようになって親しい昔からの友達もいないと嘆いている人がいたからである。
老人はなじみの場所に住むことが精神を安定させる,変化に弱いからだ
だからこそ老人はみんな故郷に帰りたい,家に帰りたいとなるのである。
そして現実に故郷に家に帰っているのは老人なのである。
だからここのところの被害が大きかったなとふりかえれば思う
その精神的被害が大きかったのである。ここはあまり注目していないのである。

自分が家の子とについて語ってきた,家族がみんな死んで家に一人になった
それでも家には家族がいる気分になるとか延々と書いてきたとき家は単なる寝起きする箱ではない,そこに家族が生きた思い出がつまっているからそうなる
そこになお家族がいるような気になるから家に帰りたいというときそういうことがある
それは老人になると特にその思いが強いのである。
だからここでも若い世代と老人世代の心の持ちようの分断が起きたのである
若い人は老人のように一カ所に住むことにこだわらないことがあるからだ
そこで祖父母とか親とかの世代の分断が起きたのである。

家族でもコミニュティでもそれは空間だけではない土地だけではない時間軸でも結ばれたものである。家族にも歴史があり土地にも歴史があるからだ
そういう時間軸で結ばれたものが絆が断たれたことも被害だったのである。
ただもう町自体が崩壊するようになるとそれを復興させることがいかに困難になるか思い知らされた,ただなぜこんな簡単に歴史があり故郷が見捨てられたのかということは
やはり広域社会とか現代の社会がもたらしたものだと思う
それはいい面と悪い面をもたらしたのである。

寒風に耐えて十本変わらぬ木

十本の木が寒風に耐えて立っているがそれが変わらないのである。
そのようにもともと農民社会だったら変わらなかったのである。その絆も土地と結びついて強いものだったのである。
それが広域社会グローバル社会,大企業や多国籍企業の進出,商業の発達,金が万能の社会とか・・・・いろいろな現代社会の要素が複合的に影響して復興をむずかしくしたのである。

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2018年01月08日

放射能汚染のために復興できないのか? (農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


放射能汚染のために復興できないのか?

(農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


江戸時代までは村という強固な社会で縛られていた,移動も移住もほとんどできない社会に住んでいた,今は金さえあれば都会に住もうがどこに住んでもいいのである。
そして不思議なのは放射能汚染にしても実際は田舎でも昔のように8割もの人間が農業して暮らしていたのとは違う,そのことをよくよく考えてみるとそうなれば別に田舎でも
農業で暮らしていない,みんなほとんど会社員とかであるというとき放射能汚染の影響は実は少ないものだったのかともなる

ただ飯館村とかになると牛を飼っていたからその影響は大きかった,牛の村として生計をたてていたから牧草などが汚染されると牛を飼いなくなったからである。
でも他の町では浪江町とか小高とかではそうではなかった,そこではむしろ原発で働く人の方が多かったしそれで経済的に成りたっていたともなる
つまり田舎だとは田畑があり農業で暮らしているというふうに見るが今はそうではない
そこが錯覚しているのである。自分の周りをみても街内だと農業で暮らしている人などいないのである。みんな会社員であり農業などしていないのである。
あとは何で生活しているのか働いているのかわからないような社会なのである。

原発事故では放射能汚染で水や土や空気や森とかが汚染された,それは生活の基本となるものでありそこが汚染されたら生活自体が成り立たないのである。
それはまた農業と深く結びついていたからそれで故郷に住めなくなったのだと自分すら思い込んでいたのである。
でも浪江でも小高でも原町でも鹿島でも他でも農業の生産高の割合は一割にも満たないのである。でも田舎を見れば土地としては田畑の割合が多いから田畑で暮らす人が多いかのと地元の人すら錯覚しているのである。

それで放射能汚染されたらとても暮らせないなと地元の人でもまた外からの人でもそう見るのである。でもみんながほとんど会社員であり工場とか会社で生計をたてているというとき別に地元の田畑でとれたものを食べなければ生きていけないという時代ではない
いくらでも外部から食料は入ってくるのである。
ただ水は飲めないのでペットボトルの水を買って飲んだりしているとその分金はかかる
でもみんな農業できなくなったから帰らない復興できないというのは違っている
工場とか会社に勤めていれば放射能汚染とは関係ないことだったのである。
もちろん工業製品も汚染されたから影響はあった
でもみんな農業できなくなったから帰れないと錯覚しているのである。
それは自分もそうだったし外部でもそう見ていることが多かったかもしれない。
田舎は昔の田舎とは違っている,同じように金が支配しているのは同じなのである。

だからよくよく考えてみると放射能汚染で暮らせなくなったというときみんな農業しているからしかたがないと錯覚する
それより田舎では農業は金にならないからしたくないとかそれで跡継ぎがいないとかなっていたのである。それは農業中心の社会ではなくなくなっていたからである。
漁業にしても同じである。漁業者は原発の補償金で成り立っていて裕福な暮らしをしていたのである,これも原発事故になってわかったことである。

会社員だとかなると浪江の人は会社は二本松に移動して再開したからそっちに移住した
それまでは鹿島からとか原町とかから通っていたのである。
その土地とは関係なく会社であればその会社とともに移動して移住することになる
でも農業だったらその土地に根ざして生活しているのだからそれができない
だからこそ放射能汚染されたから生活できなくなり帰らなくなり復興できないと見ているそれはしかたがないと見ている

すると帰らない復興できないのは別に農業ができないからではない,会社や工場がそこにあれば帰れるともなる,ただそういう場がなくなったなら帰れないとなる
放射能汚染は会社や工場ならそんなに影響はないのだから会社や工場があれば帰ってそこで働けるとなる,その辺がなぜ帰らないかのかと疑問になることである。

放射能汚染されているから帰れない

こういえばすべてが通る,理由になり何も言えなくなる
でも実際は農業している人は本当に少ないとするとその理由が成り立つのかとなる
もちろん避難して帰らない人達には言い分がある
ただ帰らない理由が果たしてすべて放射能汚染だけのためなのか?
それがよくよく考えてみるとそうでもていのかと思う
ただこの辺のことはなぜ帰らないのか,その本当の理由はわかりにくい
みんな帰らない人は街が廃墟化したときとても住めないとして帰らないと言う
それもわかる,もうここには住めないとその荒廃ぶりを見て決めた
それは放射能汚染だから住めないということではない?

だから復興というとき会社とか工場があれば勤める場があればみんな帰って復興できるともなる、つまり放射能汚染だけが理由ではなくて復興できない人々は帰ってこないとなるただなぜ復興できないかとなるとその理由はいろいろあるから自分にはわからないとなるただすべてが放射の汚染のためなのかとふりかえるとそうでもないなと気づいたから指摘したのである。

タグ:復興
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ニートは憲法違反なのか? (誰でも労働したいがそのしたい労働ができない)


ニートは憲法違反なのか?

(誰でも労働したいがそのしたい労働ができない)


●労働の義務が生まれた時代の事情

27条
1.すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。 

戦争に負けて、焦土と化した日本を復興させるために、みんなで努力していこうという気持ちを込めて、この規程が入れられたそうである

このサイトで理路整然と勤労は国家の義務ではない,それが作られたのはその時代の事情があったのである。
戦争に負けて焦土と化していた日本を復興させるために時代の要請によって作られたのである。
時代が変われば法律も変わるのである。モラルは時代が変わらず絶対的なことである。
嘘をつくなというときそれはいつの時代でもそうしろとなるのがモラルであり世界的にも普遍的なものとしてモラルがある、法律は誰が定めたのか?
国民がそう決めたわけではない,上の支配者が勝手に決めたことなのである。

ただ勤労が義務だというときその時代とか地域でも違ってくる,国でも違ってくる
この辺は原発事故で若い人が避難して働き手がなくて困っている
それは戦争に負けた時とも似通っているのだ
それで小高辺りでは若い人が介護職員が確保できずに立派な施設があっても仕事ができないのである。他でも農業をはじめたが人手が集まらないから困っているとかある
だからこの辺ではニートとか働かない人は責められる立場にある
他の地域と違って働いてもらわないと困るからである。
それは今や人手不足で日本全体の問題ともなっている,日本の国力が低下してもう日本は人口も減り日本の国土も維持できないとかいう。
だから事情が時代が違ってくれば労働観も変わるのである。

地域でもあるところではスーパーすら維持できなくなり買い物すらできなくなり地域の老人でもそこで働くようになった,そうしなければもう村を維持できないからである。
そういうとき働かないということはもうそこに買い物もできない住めなくもなるから責められて当然だしそういう人は住んでいては困るらか出て行けともなる
原発事故で若い人が流出したこの辺もそれと似たところがあるからニートなどありえないということもある,でも現実にここでもそういう人が結構いる
自分はそういう人と良くあうのである。
だからこの辺では余計に片身の狭い許されないものとなっている
原発避難者が仮設で毎日パチンコしていたときも働いてくれという人が地元でいたことも当然であった
なぜなら地元の人は働いて避難者は毎日パチンコでは何で自分たちだけが働くのだとなったからである。

ただ戦後の焼け野原とかと時代が変わったから豊かになったからフリーターとかニート問題が生まれたのである。
ここで自分の言うのはこの地域の特殊性のことではなく,ニートとか全国的に増えたことの問題である。
ニートが増えたのはそれだけ社会に家族にも余裕があるからなのだ
貧乏だったらそんな遊んで何もしない人を家族も世話はできないからだ
だからニートとかフリーターは時代が生んだものなのである。
時代特有の問題なのである。なぜなら団塊の世代だとそんな人は極々まれでありみんな会社に就職していたからである。
そして猛烈な企業戦士になって働いたのである。
自分からするとなぜみんなそんなに会社のために働いたのかという疑問がある
今の豊かな時代とは違い,ハングリーな時代だったからともなる
自分の場合は特殊な家庭環境とかでなったものでありまれであった
まれなときは極端に少ない時は話題にもならないのである。
今は増えすぎたから話題になり社会でどうしたらいいのかとなったのである。

●労働は権利である

すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ

ここで注目したのが勤労の権利を有し・・・ということである
義務ではない,勤労の権利を記されているのだ。
では勤労の権利とは何なのか?義務は押しつけられたものである。
それは勤労したいというとき国家がその権利を認め勤労させることだともなる
国民は勤労の権利をもっているともなる

俺はぶらぶらなどしていたくない,勤労したいのだ,だから勤労する職を与えてくれともなる,勤労の権利があるのだからその職を与えてくれるのも国ですべきだともなる
おそらくこの勤労の権利は自主的なものであり自分がこういうふうに働きたいというボランティア的なものかもしれない,すると自分がしたい働く場がないなら働かないともなるかもしれない,働かないという権利もあるのかもしれないとなる
権利を有すれば必ず義務があるとも解釈している

人間はともかく働かないということはなぜ犯罪者のようにされるのか?
それはみんな毎日働いているからである。お前が毎日食べるものは働いたものが汗水たらして提供したものでありそれを無料で食べられるのかとかなる
それはお前は他人の労働の成果を盗んでいると同じだともなる
実際に社会ではみんな働いているからである
すると毎日何もしないで家にこもっているニートは何なのだ,そんいなもの社会にいらない,負担になるだけだ,障害者と同じだともなる

ただではなぜニートが生まれのか?本当にその人たちが働きたくないからなのか?
本当は働きたいのだが働けない,いろいろな障害があり働けない,それで家族で養ってくれるから働かないでいいとなりそうなっている
国民が税金を払う生活保護者とも違う,自分が働かなくなったのは流れ作業とかが一番していてそれでこんな仕事になんの生きがいも感じない,これは機械と同じだとなり仕事を嫌悪するようになり仕事はしたくなくなった
もし何かそこに仕事に生きがいがあるものとなっていればこうはならなかった

結果的に仕事はしないで旅をしたり一人で学問とか芸術の追及をしていたとなる,だから遊んでいて何もしないともならない,今ではプログで何かを与えていることは確かである現代では働くことが必ずしもすべていいものではない,働くことは他者を無益なのもでも働くことを強制しているのである。
例えは奇妙だが毎日郵便局員が配達しているのと自転車だと良くあう,するとその人は毎日働いている,それが働かない人にとっては圧迫するものとなる
俺は働いている,お前は何しているんだなる
つまり田舎では今は一定数働かないニートとかがいる,田舎ではそういう目があるから片身の狭い思いをしていずらくなるのである。

自分が働かない理由としてむずかしくなるが文明拒否して全人間たらんとしたということもある,文明とは人間がどんな優秀な人でも部品と化してゆくことである。
医者でもその分野が専門化して細分化されるのである。
江戸時代だったら医者は体全体を見て心ともかかわっていた,だから医は仁術となっていたのである。
現代文明はある職につくことがすでに部品化することであり全人間を失うことである。
なぜ英語の先生だったら英語ばかりを教えているのか?
教える方もつまらないと思った,数学の先生は数学ばかり教えている
これも人間が専門化していることである。そういう先生は数学を教えるロボットのようにも見える,実際に人間はこうして部品化して巨大機構とか組織とか機械作業の部品として働いているのである。

だから全人間になるにはアウトサイダーになるほかなくなる,それは特定の専門化した職業につかないことなのである。
ただそういう人は天才とか社会に適合できないのはそれはニートなどと違ってかえって優れているからそうなった,でもそれは別に天才でなくても一般化したのが現代なのである自分も天才ではなくても特殊な家庭環境から社会からはずれてしまったのである。
でも自分には天才的なアウトサイダーとは違っていた

小人閑居して不善をなす

必ずこうなるのが平凡な人ならなる,社会からはずれてニートになってもそこで不善を成す、何か有益なことができないのである。かえって不善を成すのである。
自分でもそういう経験しているからわかる,つまり社会からはずれて生きることはかえってむずかしいとなる
社会で普通に働いている方がかえって楽だともなる,社会から責められることもない,つまらなくても機械的な仕事をしているにしろ組織のロボットになるにしろ楽だとなる
ニートはむしろ落ちこぼれでありアウトサイダーとなると極々まれな人がなっていた
それは百万人に一人とか極めてまれな人がなっていたのである。
それが普通にいるようになったとき社会的問題になったのである。
アウトサイダーは反社会的でも何らかの価値をもたらし提供したがニートなどは何も提供しないからである。だからただの穀潰しと非難されるのである。
だからとてもアウトサイダーとニートとは同一に論じられない問題なのである。
ただ似通っているから何なのだろうと自分でもそういう人は何なのだろうとなる

いづれにしベーシックインカムなどが真面目に論じられたりすでにスイスで実行している時代だというときそういう働かない人が時代が生んだのである。
ただそれは百万人とか一人のアウトサイダーとはまるで違ったものなのである。
自分には絶えず向上心とか勉強もしてきたがニートは何かそういう向上心とかない,
嫌な仕事を嫌うのはわかるがただずるずると怠けていて社会の負担にしかならないと見られているのである。
ただ働くということがすべていいものではない,それは害悪となり本当に自然環境でも破壊してこの辺は原発事故で住めなくなったからだ
自然環境の破壊は人間は働くことによって起きたのである。

●労働によって自然の美は破壊されてきた歴史

農業も自然破壊だったのである。焼き畑がそうである。森を焼いて消滅させたり稲作だって自然破壊だった,海を埋め立てたのもそうである。
松原は自然景観だと思っていたがそうではなかった,もともと松原はなかった
松は根が強く張らないので津浪に弱かったのである。
つまり松原は自然ではなく人工的自然だったから津浪に弱かったのである。
だから文明とは働くことは自然破壊だったということを歴史が示している
人間の過剰な労働が自然環境を破壊してきたのである。
だから文明の跡は砂漠のようになったというのもそのためなのである。
もし人間はこんなに過剰に労働しなかったら天地創造のままの自然景観がありそこで暮らせていたのである。
だから人間の労働がすべて肯定はできない,労働を強制することは危険である。
でも誰かの労働によって過剰にお前は働かないのに与えるものがないのに得ているのだから他人の労働を盗んでいるとなり非難される


労働観にはいろいろ見方がある,でも労働がすべていいものではなく強制される義務とされるのは時と場合によるし賛成できないのである。
自分も働きたい,働く権利がある,でも自分がしたいとする職は与えられない,見いだされないからしないとなる,そんなわがままなことを受け入れる会社も人もいないというのもわかる
そんなことで仕事ができるのかというのもわかる
ただ理想論を言えばそうなるのである。
誰でも実は野菜で作ってみたい,果物でも作ってみたい,ただそれを得るだけではない自ら作ってみたい,そしてその労働の成果を味わってみたいとなる
家を自ら建ててみたい,いろいろしたいことがあってもできない
自分が報道したいとか本を出したいとかあったができなかった
でもインターネットでできたので金にもならないが積極的にしていることでもわかる
労働の権利は得られないのである。そのために労働しないという人も多いのである。


「野の百合はいかにして育つかを思え、労せず、つむがざるなり。されどわれ汝らに告ぐ栄華を極めたるソロモンだに、その装いこの花の一つにも及かざりき。」(マタイ6章)

労せず、つむがざるなり・・・・華を極めたるソロモンだに、その装いこの花の一つにも及かざりき。

労せずとは労働しないのである。花は別に労苦して労働して育つわけではないのである。ソロモンの栄華とは文明のことでもある
こんなに労働しているのに死ぬほど労働しているのになぜ東京とかニュヨークとかそれが労働の成果であり文明の成果なのかとなる
科学技術の粋を集めた成果は東京砂漠というようにそこに潤いも美もないのである。
江戸にはまだ美があったが今の東京にはないのである。
だから文明そのものが徒労だったともなるのである。
それは働きすぎた結果なのである。もし自然のままだったら東京でもそこには自然環境がそのままのこり美があった,それが労働の結果失われたのである。
この辺で津浪で八沢浦が元の浦にもどったということを報告したとき確かに批判された
でも田んぼを作ることは海を埋め立てて田にしたことは自然破壊だったのである。
なぜならこの辺は浦がまれであり貴重だからである。
ただそれは時代の要請でそうなったのでありそれをとやかくいわないしそんなこと言ったら批判されたこともわかる
ただ確実に文明化することは自然が破壊されその美も破壊される消失することなのである。


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2018年01月09日

20代で人生は決まる (人生のチャンスは一回しかない)


20代で人生は決まる

(人生のチャンスは一回しかない)


あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。伝道者の書 12章1節

20代という期間はその1年1年が数千万、数億円くらいの価値があると思います。

正社員就職を目指すなら、まず優先すべきは1年でも若いうちに勝負をつけることです

人が最も良いパフォーマンスを発揮するのは、「最適な環境」で、「最も得意なこと」にコミットしたときである。

●青春時代は必ず過ちを犯す
●人生を決めるチャンスは一回しかない
●60代以降はカルマの清算が強いられる
●光陰矢のごとし 無常迅速

人生のバターンは決まっている,それは推理ドラマのテーマとなる,若い内は必ず過ちを犯す,そのエネルギーがあふれて無謀になり過ちを犯す,そして後で悔いる
若いときは暴走しやすいのである。それだけエネルギーが噴出するからである。

そして20代で30代で人生の勝負はついてしまうというのは本当だと思う
ここでビジネスとかで言われるが人生そのものでも20代で勝負がつく,人生は長いから
そんなことないと思っているがみんな年とればわかる
たちまち時間は過ぎてあとは死だけが現実になる

肝心な求道でも20代にしないならもうできない,神を知ることはできないのだ
これは重大なことである。神を求めるのは年取ってからはできないのである。
そしてチャンスは一回しかない,人生は長いから何度もチャンスが来て立ち直れるとか言われるがそれほど人生は長くはない
一回の賭けで決まる,自分もそうは思っていなかったがふりかえればそうである。

また人間は経験を積むにしてもいろいろなことができない,自分は50代で海外旅行していなければできなくなっていた,なぜならその後は介護とか病気になり十年は費やされて時間は消失したからである。自分のように会社に勤めもせず自由に生きたものでも人生は短い,これくらいのことしかできないのかとつくづく思った。
人生は長いから後でやれると思うとできない,老後は自由に生活してやりたいことをやるとか計画するとできない,病気になったり介護になったりまた新しいことについていけないとかなる

人間の時間は限られている,どんなに自由時間が与えられてもたちまち消失するのが時間だったのである。だから時間に万金の値があることを年をとれば知る
金があっても時間がなければあらゆることは身につかない,学習するにしても時間が必要であり金だけではないからでてある。時間が貴重なのである。
そして若いときでないと体力を使うことはできない,登山でもなかなかできなくなる
つまり冒険するのは若いときしかできない,それだけ若いときの価値は大きかったとなる
だから10代から20代は本当に大事だった,その時間を活かした人は成功したのであり幸福だったとなる,若いとき臨んでも苦労しろというのもそうである。
そういう経験が人間を作る,人間はあまりにも恵まれていたら後で苦労する
だから人間は金とかでは金持ちと貧乏人の差がある
でも時間は平等に与えられている,金持ちが特別長い時間を与えられているわけではないだから時間を活かせば貧乏人でも何かしら身につくし一角の人間になりうる
金持ちでも時間を活かせなければ浪費すれば放蕩などしていればもう人間は作るチャンスは消失するのである。

そして60代以降はカルマの清算が強いられる,若いとき成した過ちでも清算を強いられる時間がたってもそういうことは消えないからだ,そこで悔いるのだが遅いとなる
カルマとして苦しみとして現れるのである。
それはどんな人でもカルマを積まない人はいないから60代以降は過酷になる
自分の十年間はそうだったからである。
人生とはこのように同じ道をみんな歩む,それは人間にカルマとして課せられたものだからである。例外はないのである。
ほとんど数式ともなっているのだ,
結局それは人間が今だけではない、長い間そうして綿々とつづいてきたのが人間の生である。そこに教訓が生まれて格言が生まれ宗教哲学が生まれたのである。
庶民の諺でもそうである。そこに普遍的な真理があったことに感嘆するからである。
それは今も通用していることは人間の本性は今も環境が変わっても変わらないからである人間の欲が消えたわけではないから同じことをくりかえすのである。

タグ:青春論

風で運休でこれから困る電車利用


風で運休でこれから困る電車利用

今日は昼間風で遅れたと表示がでていたら時間が伸びて赤字になりやがて運休になった
鉄道の問題はこの風による運休である
なぜなら毎日のように風が吹く季節になったからだ,去年もそうだった
新地から高架橋になったから風を受けるためになる

一人は足をひきづって歩いて来た人がいた、30分遅れるよと向かい側のホームに行って連絡した,スピーカーで連絡するのをJRで忘れていたのだ
それをインターホンで言ったらスピーカーから遅れをアナウンスした

でも足ひきづって歩いていた人はそのまま向かい側の待合室にいた
その人は歩くのがひどいから階段を上り渡るのが苦労なのである。
だからその人はそのままいたのだろう。
でも3時間くらいすぎて行ったらいなくなっていた
いくらなんでもそんなに待っていられないだろう。


それから仙台方面に行く人が駅に来て困った,バスで行くということで原町駅にインターネットから連絡した,原町駅から仙台のバスがまだ出ていた,もう鹿島には止まらない
それで行くことにした

何か案内することは駅にある,無人駅でもある,ここは結構まだ人の出入りがある
東京方面に行く人も多いからだ
この風による電車の遅れはこれから必ずあり毎日のようにある
去年もそうだったし今年も同じである。

あの足をひきづって来た人のようにこういうとき駅員がいないと困ることはあるなと思った,つまり無人駅では困ることは必ずある
こうした緊急事態がつづくこと余計にそうなるのである。

今日は知っている人が原町駅に行って帰ってきた
図書館に行ったという,他の人も一緒だった
何か暇な人が高齢者が図書館に行っているみたいだ
あそこは休めるようになっているし駅前だから便利なのである。
他でも図書館が高齢者が集まる場所になっているというのもわかる
高齢者のたまり場になっている
あとはゲートボール場に高齢者が集まる
ただあそこは車をもっていないと行きづらい
車のない人は電車で図書館で暇つぶしとなっているのかもしれない

自分は本当に図書館に行っていない
家事で忙しいし図書館に行く余裕がないのである。
そして調べ物はインターネットでしている
自分が疑問に思うことがインターネットに出ているのでそこから議論を深められる
図書館ではなかなかそういうことができない
だから図書館というのはただ本を読む場所ではなく高齢者とか学生とかのたまり場になっているのかもしれない,今はあまり本を読む人が少なくなっているからだ
ただそれにしても往復400円かかるからそんなに毎日は行けないだろう。

駅が不便なのは買い物ができないことである。
六号線の道の駅にスーパーがありイオンも離れているからだ
自分は買い物ののために自転車でいつも行っている
駅は利用しない,でもこれから高齢化が進んでくると電車を利用する人が増える
車は危険になるからだ,ただ駅の不便なのは駅からの足がないことである。
だからある都市では駅とか通りとかに老人を住まわせた,そこから食事でも買い物でもできる,車を利用しないコンパクトシティを作ったのである。
それは高松市であった,そんなことも高齢化社会では必要になる
ただあそこまでするとなると容易ではないし簡単にまねできないと見た

2018 abstract forest


2018 abstract forest


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Burning forest in the setting sun
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Multilayered forest that sinks to the earth

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a dead tree



なぜこの抽象画が作れるのか?絵の才能も全くないのに作れるのか?
それはインターネット上にある無限の写真や絵や創作品を変化させているからである。
それだけの量がインターネットにありそれを変化させるからいくらでも作れるとなる
自分の才能とは全く関係ないのである。
創作しているのは世界中の人でありその世界中の人の作ったものを変化させているだけなのである。
だからこれがオリジナルな創作なのかとなってしまうのである。


Why can you make this abstract painting? Can you make a painting without any talent?
That is because it changes infinite photographs, pictures and creations on the Internet.
That amount is on the Internet and it makes it possible to make it as much as you can change it
It has nothing to do with my talent.
It is people all around the world who are creating and changing only what people made around the world have made.
That's why it's an original creation.
タグ:abstract forest

2018年01月10日

記憶されることの大事 (記憶は場所と深く関係していた)


記憶されることの大事

(記憶は場所と深く関係していた)

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毎日特定の場所に一つ記されているのを見ると記憶しやすい,頭に残る



人生をふりかえると意外と大事なものが記憶だったなとなる
なぜなら最後は人間は本当に記憶だけに生きることになるからだ
認知症になったら本当に生きることは記憶していたことになる
それで家族の一人がその記憶したことを千回も聞かされたのである。
そして遂に死んだが今になると死んだ人の千回も語ったことが
それがその人の人生だったとなる
老人はみんな人生をふりかえり語る,それは記憶が人生になっているからである。

現実に記憶されないものは本当に存在したのか?
記憶から消えたものは存在したのかとなる
いろいろな人にあってもやがて忘れる
忘れたときその人は存在しないものとなるからだ
とにかく人間は忘れやすいのだ、昨日何かあったことも忘れる

そして人間は死ぬとたちまち忘れられその人が存在していたのかどうかもわからなくなる死んで百年も過ぎてその人が覚えられている人は相当な人物でないといない
墓が一つ墓地に倒れている,そこに名前が記されている,でもいつかこの墓も捨てられてなくなる,その時この人がいたということは誰もわからなくなる
この世に存在したことすらわからなくなるのである。忘れられるのである。

記憶と関係しているのはその場所とか何か一つのものではない
例えばパソコンに付箋がありそこに買い物するものなど書いておく
するとそこを毎日見ているから頭に記憶される
それは毎日見ることで記憶されるのである
そしてそれだけが実は目立つから記憶されやすい
その場所が関係していたのである。

一つの場所→毎日見る→記憶に残る・・・となる
だから英語の単語でも覚える場合,ここに一つの単語を書いて毎日見ると記憶しやすいことがわかった
買い物でも忘れるからここに書いておくと忘れないのである。
勉強でも記憶することが大事でありでもその記憶するにしてもそれが簡単にできない
膨大に記憶するものがありそれでできない
毎日見るものがパソコンの隅にありふれに一語とか書いてあれば記憶しやすいのである。その記憶するものがどこにどの場所にあるか明確だったからである。
つまり記憶は場所と関係していたのである。
それと毎日見ることで確認してゆくと記憶に残る

都会だとどこに何があるかわからない、それはいろいろなものがありすぎてそうなっているのである。本だってありすぎて同じ本を買ったことが何回かある
千冊あったとしたらそんな本を読んでいることを記憶されていなかったのである。
ありすぎることは記憶できないことに通じている
誰も千人の人と会って覚える人などいないのである。
それは数でしかない,統計的数字となってしまうのである。
民主主義だと一見公平なようでもただ数で決まるから顔が見えないから数ですべて決められるとそこに問題が起きる

ともかく人間は何かを記憶してゆく,記憶されなければ何もなかった存在しなかったことになる,それで都会ではなんでも記憶しにくい,膨大な人が流れてゆき,いちいち一人一人を記憶しにくいし過去でももう都会だとわからないのである。
田舎だと墓でも古い碑でも道端の木でも一つ一つが記憶されやすい
それは場所と関係していた
それがどこにあるかとして記憶している

パソコンの隅に付箋がありそこに書かれたものを毎日見て記憶しているのと似ているのだ
一本の松が五本松の松は枯れたが倒れずにありその時も生きていた感じになる
枯松とかの地名があるのもそこに松が枯れてもあったということで地名化する
そして松が枯れて遂に倒れてしまった,でもそれでもなおそこに松があったということを記憶させる,これがかたずけられたときここに松があったことがわからなくなる
でもその場所で見ていたものは記憶しているのである。
その松の記憶はなかなか消えないのである。
それは家族の死とにていたのである。枯れた松は老人でありやがて死んでゆくが以前として家にはいるような感じになる
相馬市の道の駅の五本松も日本は枯れて切られたけど三本は残っている
ここに五本あったときを記憶しているから五本松だということはリアルなのである。

いづれにしろ去る者日々に疎しという時,親戚で離れていると疎遠になる,むしろ毎日顔合わせる人こそ大事になる,その人は毎日見ているし会っているから大事になる
都会になるとどうしても人間の存在は希薄化する,みんな一時的忘れやすい
でも一つの場所に生きていると故郷などに生きているとそこが記憶の場所になる
故郷とは家族であれ記憶の場所なのである。
つまり記憶するには場所が不可欠なのである。
場所とともに記憶されることが多いのである。場所は具体的であるからだ
パソコンの付箋でもこれがテキストとかなって隠れているとわかりにくくなる
一つの場所に記されているということで毎日見ていることで記憶に残るのである。

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一本の松の枯れて立ちにしも遂に倒れて冬の日暮れぬ
タグ:記憶術

公衆電話を直していた (浪江の人が働いていた)


公衆電話を直していた

(浪江の人が働いていた)


今日はnttの下請け会社が来て公衆電話を直していた
その下請け会社は原町にあった
そこに勤めていたのが浪江の人だったのである。

ちょうどばあちゃんがきてタクシーに乗りたいと電話したいと言った
ところが公衆電話は修理中でありできなかった
そのばあちゃんは携帯ももっていなかった
それでnttの人が携帯で連絡してくれた

今日はその他に車が二台保守点検の人が来ていた
結局三台も車が来ていたのである。
駅とは何かこうしてそうした保守点検の人が絶えず出入りしている場なのである。

公衆電話でも誰かが連絡しないと来てくれない,駅員がいれば連絡するからいいが無人駅だといないから困るのである。
つまり無人駅だけではやっていけないことがあることがわかった
公衆電話は使う人がまれでもやはり使う人もいる
だから廃止するわけにはいかない

浪江の人は原町に仕事を持ち会社に勤めたからいい,家も建てたという,そうして帰らない人が多いのである。その人も年だから何か仕事につくことがむずかしかったという
その人は幸運だったとなる

今日は風吹いたけど遅れていなかった,これから遅れることが問題である
これも人かいないととまどうことがある
インターホンで原町に連絡できてもそれがどこにあるかわからず連絡できないこともある慣れた人はできるが外から来た人はそういう装置があっても簡単に利用できないのである。

タグ:公衆電話