2017年12月22日

銀行の役割と価値の喪失 (投資信託も株も銀行を通してもすべて自己責任で終わるのか?)


銀行の役割と価値の喪失

(投資信託も株も銀行を通してもすべて自己責任で終わるのか?)

●銀行は今ただの貸し金庫なのか?

銀行が今なぜ問題になっているのか?AI化で一番影響を受けるのか銀行だという,事務的なものでAI化しやすいからだろう。
そして銀行は今までは何か社会で金を持ち貸す,会社に後ろ楯となりその会社の財政の支えとなる,会社を育てるとかしして社会に役立っていた役割があった
だから銀行に金を預けていれば高い利子がついていたのである。
銀行は会社を育てそのリターンもあった,それは高度成長時代だからできた
社会が資金を必要としていたしその資金をつぎこんでも会社は成長していたのである。
だから会社がもうけて利益を得ていたのである。
会社を育てるとか何か資金をつぎこんで社会に役立てるもの成長させるものを作ることがなくなったとき銀行は何する場なのか?

不思議なのは銀行はただ金をあづかる貸し金庫なのかともなる,金をあづけても利子はつかない,そしたらただ金をあづけている貸し金庫だとなる
もしそうならそんなこと銀行員がいなくてもできる,ただ金を安全に保管するという仕事は別に銀行員でなくてもできる
金の出し入れも別に自動化しているしAI化でさらに銀行木役割は消失する
だから一時サラ金の後ろ楯が銀行になっていたとか言われる
つまり貸し出す先がなくなりサラ金会社に実質銀行が金をまわしてもうけていたとなる
それはただの金貸しであり金を貸して新しいものを会社でも育成するということがない

ただ銀行も社会の必要性があり生まれた,役割があり生まれた,その役割が見いだされなくなったら銀行は何している所なのだ,金をあづけても利子につかない,貸し金庫なのかそんならタンス預金でも何か金を安全に保持する方法があるとなる

そして今銀行が弱小の地方銀行が証券会社化している,株とか投資信託とかを売る証券会社の仲介業となったとき銀行は一体何の役割なのか?
自分も投資信託をしても実際はもうからない,手数料とか常にリスクがあり一時的にもうけても損する時の額が大きいからもうけることがむずかしいのである。
手数料が高すぎるというのも問題である。だからこそ貯金しても利子がつかないから投資信託をすすめる,その手数料が一定して銀行に入るから銀行にとっては利益の面からみればおいしいとなりすすめるのである。
それで金融庁からそういう投資信託の手数料をとるのは銀行業としてふさわしくないと通達があった
だから今銀行とは何なのか問われているのである。

●銀行は今どのうような価値を社会に提供しているのか?

人間はなんらか価値あるものに金を払う,食料でも家を建てるにしても価値あるから金を払う,そういう価値について厳しいのである。料理でもレストランでもまずはっきりと料理がよければ払う,それは金の額によって決まるのである。
まず千円の料理だったらその分の料理であり文句と言えない,値段をごまかせない,高ければやはりいい材料を使っているとなる,自転車だと高ければ必ずいい部品を使っている値段ではっきり差がついているからごまかせないのである。
値段のいいものはいい自転車なのである。
一般的に品物とか家でもたいがい値段どおりのものしか買えない,値段と金が一致していてごまかせないのである。

ところが銀行は何の価値を提供しているのか?今までは利子を提供していたから問題なかった,利子をつかないとしたら銀行は何を提供するのか?
ただ金を安全に保管する貸し金庫なのか?それが銀行の役割なのかとなる
すると銀行は必要なのしかとなってメガバンクでも大量にリストラされたのである。
つまり銀行の事務員とか店舗をかまえるとコストがかかる
そのコストを払うためにはどうするのか?それよりコストを減らすために窓口をなくすとか事務所を減らすとか事務員を減らすとかするようになる
それは銀行を利用する方にとってもそうしてもらった方がいいとなる
なぜならそもそも人間は価値あるものに金を払っている
銀行は何の価値を提供しているのか?それが明確でなくなるとき銀行に金をあづけても利子もつかないし何の役割があるのだとなる

要するにこの世の中価値を提供できないものは廃れる,銀行は何の価値を提供しているのか?証券や株や投資信託で証券会社の仲介業なのか?それが銀行の役割なのか?
そして利子はつかないからとすすめられ高い手数料をとられる
「今利子がつかないですから,株でも投資信託をしてください」
いつでもこういうけどそもそも利子がつかないということで銀行の役割が消失しているのではないか?銀行は貸し金庫業となる

自分でもそうだが利子がかつかないということで株とか投資信託をすすめられてする,そして投資信託でも株でも理解しにくい,その理解しにくいことで専門家の銀行にまかせるでも手数料だけ高くとられてリスクがありたとえそれで金が減ったとしても銀行は株とかはそういうものでありリスクがあるといえばそれで何の責任もとらず手数料だけはいただきあとは知らないとなる
それが固い職業の銀行だったのかとなる

逆に客から利子をとっているのは銀行だった

投資信託でも手数料は確実にもらいます

リスクは銀行ではとりません

それは銀行が客から利子をとっていると同じなのである。

ただ別に銀行が証券会社化してもその道のプロであり投資信託でももうけてくれるなら誰も文句は言わないのである。
でも証券会社のプロとは違うから金融庁から苦言がでる
銀行の金は株や投資信託にまわすものではなく地方銀行だったら地方の産業を育てるために支援するとか投資するとかあった
その資金を集めて投資してリターンを金をあづけた人に与えるとなっていた
でももうそれができないからただ金を安全に保管する場となり証券会社の仲介業にすぎないとなれば銀行の役割は消失したのだから銀行はいらないとまでなる

●結局すべて自己責任で終わるのか?

人間はともかくなんでも何らかの価値を与えないものは社会で必要ないとなる
金は価値あるものに払っているのである。
人間はなんらかの価値を追及している,その価値が認められなくなったらそれは社会にとって必要ないものだからである。
銀行は社会にどういう価値を与えるのか,ただ金を集める貸し金庫なのかとなる
ただ何であれ例えば消費者金融とかブラックであれ金を預けている人は増えれば文句を言わないのである。いちいちそうした金がどうしても入っているかなど考えない
消費者金融のようなあこぎな商売でももうけた金が預金者に利子となって入ってくればいいとなるからだ

そこまで考えると預金者にも同罪だともなる,それはモラルに反するから銀行ではそんなことをするなとなる,預金者でもそんなしてもうけた金は得たくないとなるのか?
金は貸した方にも責任があるように金を預ける方にも責任があるとなる
それは銀行だけの責任ではない,預金者も銀行に責任があるとまでなる
要するにそうなら銀行に預けるなとなるし別に銀行を通さないで投資信託でも株でもすればいいとなる,それは銀行の責任ではないともなる

そうなると株でも投資信託でも理解しにくいからしないともなる,なぜなら一日株式のことを見ていたら何もできなくなる,みんな他に仕事をもっているからである。
だからこそプロがいるならまかせているのである。
つまり他の人は時間を別なものに使いたいからプロにまかせているのである。
ただ結局自己責任として個々人も問われるとしたら株とか投資信託はしない
自己責任となると株とか投資信託でもそこに相当な時間をさかないとできないからであるそしたら結局銀行を貸し金庫として利用して文句言うなとなるかもしれない
そしたらリスクもないから利子もつかないが目減りしてもまた自己責任だとなる

銀行が投資信託でも株でもすすめると銀行との信頼関係が喪失するということもある
銀行は固い職業とこれまで見られてきたからである。
証券会社とは違ったものとして見られていたからである。
だから銀行もそうだが銀行を見る眼をも預金する方で変わってくるしまた預金する方も問われていることになる

一体銀行はただの貸し金庫なのか?

銀行は証券会社になったのか?

結局銀行はリスクをとらない,手数料だけとって株でも投資信託でも損しても銀行とは関係ないとなる,それは楽な仕事だとなる,一切リスクをとらないからだ
金を貸すとその金が返せなくなり銀行が損することがあるがここではないのである。
手数料をとるだけのおいしい商売だとなる

損したら

「株でも投資信託でもリスクがるある,誰もわからないんですよ,株のことは,専門家でもわからないんですよ」

こういって終わりである。

そもそもそんな人が専門家なのか?医者だってそんなこといわないだろう。

手術にはリスクがあります,死ぬことがあります」

これはありうる,でも医者とか病院では専門家であり株とか投資信託とかとは違う,それなりの技術があり専門知識があり患者を消費者に対応しているのである。
それはどこでもたいがいそうである。
何か銀行員はそうした社会の職業からすると今は社会に対して客に対してどういう価値を与えているのかあいまいであり詐欺的にもなっている
だからこそ金融庁からおしかりがありまた預金者からも銀行は何なのだと問われる
一方で預金者でも問われているのである。
別に投資信託をすすめられても断ることもできるし証券会社に頼むこともできるし自己責任ですよとなる
ただ人間の知識や経験は限られているからあらゆることに自己責任はとれないのである。

posted by 老鶯 at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

小さな町の医院の跡(詩) (これも郷土史の一片だった)


小さな町の医院の跡(詩)

(これも郷土史の一片だった)

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こんなもので医者が往診していた

その医院には
何かあたたかみを感じる
こじんまりとした
昔の小さな町の医院
90すぎた母が通っていた
ここのお医者さんはやさしいと
母が通っていた
冬の日がさして
庭には石が並んでいる
山茶花もまだ咲いている
まるで肩を寄せ合う
老人のように見えた
人が住んだ所に何かが残っている
小さな町の医院
そこには何かあたたかみを感じる
それはなぜなのか?
ここに住んで地域の人とともに生きる
そういう気遣いが開業医にはある
それが病院とは違うあたたかみをかもしだす
それで今でも何かその跡に残っている
しかしこの医院も壊されるとき
そうした過去は消える
でもここにある内は偲ぶことになる
毎日ここを自分は通っているからだ

たびたび夜間に患者さんから電話があって、当時は自家用車を持たない家が多かったから、往診することが多かったのだ。
交代で当直ができる勤務医のほうが楽だと思っていた。
今どきの開業医のほとんどは、自宅と医院が別である。

父の時代でも、「ふとんが温まる暇がないくらい往診が多かった」といっていたから、祖父の時代はもっとすごかったのではないだろうか。しかし、往診が多くて儲かったという生易しい問題ではない。道路事情が現在と全く異なり、往診そのものが大変だったのである。

当時は往診が多い,往診が多いというとき車もない時代だから苦労になる,姉は看護婦であり保健婦として役場に勤めた,その時一軒一軒自転車で回っていたのだ
下駄をはいていたような時代に自転車で回って歩いていた,姉は気丈夫であり体が強いからできたのである。
昔の自転車は今の自転車とは違いいいものではなかった,でも自転車で一軒一軒回っていたのである。医者も往診が多かったというときそうである。
昔の医者と今の医者も相当に違ったものなのである。
医院といっても今のように機械などはない,聴診器中心にみる,何か手作りの医者の感じになる,だからかえって人間的になりえたという逆説がある。

江戸時代になればなぜ医は仁術になったのか?そもそも医者にかかっても直せないと患者も思っていたから直らなくても恨んだりしないのである。
それよりやさしいとか思いやりあることが医者にも望まれていたのである。
塾の先生にしても人柄がいい人が選ばれたというのもそうである。
そこでは人を見る基準が全く違っていたのである。

今はみんな技量を見るし腕に重点を置くし先生でも高い知識をもつ人が選ばれる,人柄など関係ないのである,ただ医者でも口が悪くても医者として技量の高い医者はいる
近くの医者はずいぶん自分の家では世話になったが口が悪いので母は嫌って行かなかったやさしさがなかったのである。人柄としては良くなかったのである。
でもその医者のことは誰かが話して話題になっていたのである。
それが死んでからその医者のことを誰も語らないというのが不思議なのである。
死んでからすでに十数年とかたっているのか時間がたつのが早い
そしてたちまち忘れられるのがこの世の常である。

開業医と勤務医の相違は開業医は家族をもち地域に住んで生活をともにすることである。だから近くの医者とは何か病気意外でつきあいがありもらいものしたりあげたりと頻繁にあった,その辺が勤務医とか大きな病院とは違っている
それで原町の産婦人科の医院長がそういう医者であり癌になっても最後まで地元の人に尽くすべき奮闘したのである。
それは勤務医でないからである。勤務医の人は原発事故があり南相馬市立病院をやめた人を知っているからだ,あれだけの混乱とかで嫌になりやめた
勤務医の人はそうなりやすいのである。開業医の人は土着しているからやめることができないのである。その相違も大きいと思った

何か死んでから人はいろいろふりかえるものだと思った,ささないことでも何かそれが一つの生きた証となりふりかえる,そのふりかえり語ることが老人が生きる意味だともなる老人は何らかでみんな語り部になる,ただその語り部でもうまい人とそうでない人はいるでもみんなどんな人でも人生を生きてきたのだから何かしら語ることがある
それが郷土史にもなっているのである。

自分もそうだが自分の家のことには一番関心がある,だから郷土史とは自分のじいちゃんとかばあちゃんから聞いた話からはじまると書いたのである
むずかしい歴史もあるが基本的にはそうなるのである。だから誰でもともかく一番郷土史は身近なものとしてある
何かしらみんな違った人生を生きているからそれが郷土史になるのである。

人間の不思議は必ず自分であれ家族であれ他人であれ一生をふりかえる
そこに意味を見いだしてゆく,それが基本的には歴史になる
それが日本史とか大きな歴史ではなく家族でもそうだし個々人でも平凡な人でもある
自分にとって身近なのは姉と母なのである。それが死んでからいろいろふりかえることになる
なかなか生きているとき本当にふりかえるのがむずかしい
それは家族でなくても生きている人を冷静に客観的には見れないのである。
死んだとき何か冷静に客観的に見れるのである。
家族でも他者でもこの人はこういう人だったのかと再発見が常にあるのだ

そして不思議なのはそうしてふりかえり死んだ人でも語る時,その死んだ人が生きているように思えるのである。自分はプログで語っているが誰かに語ればそうなるのである。
でも何も語らないとするときその人は死んだ人のことを語りたくないのである。
それは親でも毒親としてひどい目にあった人は親のことを語りたくないしふれたくもないとなる,だから死んでも人間はそうしてあとあとまで影響があるからおろそかに生きられないともなる

いつも自分はなんか他者にとって嫌になるかもしれないが母と姉のことが浮かんでくるのである。それだけ六十年間一緒に住んでいたことで一体化していたということの裏付けにもなる,一緒にいた歳月の長さが関係していたのである。
だから長年連れ添った人が熟年離婚になるのはもったいないと思う
その長い歳月を一緒に暮らしたことが苦い思い出なるとことは何なのだろうと理解しかねるのである。
そして一緒に墓に入りたくないというのも何なのだろうと思う
そんなら確かに早く離婚した方がいいともなる,一方で昔をふりかえり思い出を分かち合う老夫婦などは幸福だとなる

いづれにしろ何か人が歴史というとと大仰になるが思い出を刻んでいるのである。
そして最後はその思い出に生きるのである。だからいい思い出をもった人は老後は幸福だともなる,そのいい思い出とは何なのか?
それは個々人にとって違うから他者にはわかりにくいのである。
例えは苦難を乗り越えたという経験は後で悪い思い出となるとは限らない
あのときなんとか苦しいけど耐えた,今は楽だとかなりそれで幸福感に充たされる
でもそういう苦難のない人は老人になってもそういう幸福感にはひたれないのである。
だから最後に何が幸福をもたらすかも人間はわからないのである。

インターネットのプログではそうして今度は昔を語る人が増えてくる,そういう場としては向いている,それを本にして売り出そうとすると簡単にはできないからである。
これも商業主義には向かないものがあるからだ,ただこれからインターネットでも老人化してくるから思い出話に花が咲く時代がくる,
ただどれだけそこで思いで深く語られのか?浅薄な生だったら語るべきものもないとなり淋しいものとなる
大正生まれとか戦前生まれは激動を生きたから語るものがあり重いものをもっていた
現代は何か物質的には恵まれて浅薄なになっているから語るべきものがさほどないとなるかもしれない,語って面白い人とはそうして激動を生きた人だからである。


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posted by 老鶯 at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)