2017年12月05日

墓の変転する顛末 (墓も無常をまねがれえない)


墓の変転する顛末

(墓も無常をまねがれえない)

墓は分離してあると良くない,原町でも遠いとなる,なぜ自分の家の方に兄の墓を建てるのか?それは事情があってそうなったのだ,兄は自分の家の戸籍には入っていない
意外と戸籍に入る入らないかはあとあと大事になる
財産の問題にもなる,戸籍に入れなかったということはそれだけ入れたくなかったのである。ただ五年間は一緒に子供のとき同じ家で生活していたのである。
だから覚えているのである。

ところが母の実家で暮らすようになってからは行き来していたが一緒に暮らしていない
その家で一緒に暮らした女性がいたがその女性は兄を覚えていないというから不思議なのである。ただその女性は人格的に異常化して普通の人でなくなったからそうなったのか?

ただ実家の墓はその家継ぐ長男にあたる人が墓を守ってくれと三百万はらって頼んだのである。もともと実家で育った人だから実家の墓を継ぐべき女性だったともなる
ただその女性は実家の姓とは違ったものとなって墓も別にあるのである。
そして住んでいる場所が原町でとなく遠いから困るのである。
何か墓でも遠くなると管理しずらくなるからだ
要するに墓が実家の墓,そこから別れた姓が別になった墓,そして自分の墓がある
何か生前も不和分裂の家だったのだが死んでからもそうなっているのだ

墓が分離していることはやはりその家も分離しているのである。
その女性は狂気のように自分の家に来て別れもう会うことはない
結果的に自分は兄の墓を自分の墓の隣に墓標として建てる

なぜそうしたかというと近ければいつでも供養しているとなるからだ
毎日のように墓の前を自分は通っているからだ,そしたら墓もいつも一体であり死者とも一体だと気持ち的になるのである。

墓でも遠いところから墓参りにきている人がいる,良く仙台ナンバーはみかける,この辺では仙台に移り住む人が多いかである。
広域社会になると全国に散らばりすむようになり家族もばらばらになる
すると墓を守るのは誰かとなり継ぐ人もいなくなり捨てられるようになるのが多くなる

だから墓は立派なものを建てるべきではない,墓標のようなものでいい,そしたら十万もかからないのである。あとでかたずけるのも楽である。
それは家とにているのだ,大きな家は空家になったらかたづけるのが金もかかるしやっかいなものとして負担になるのである。

そして墓は共同的な墓の方がいいとなる,なぜなら十人が一カ所に埋まっていれば誰かが墓参りしてくれるからである。一家族だと絶えてしまうのが多くなるからだ
そして個々人の墓標を建てあとは取り払えばいいのである。
墓だっていつまでも残せないからである。
実家とか長男とかが家族の中心にあったときは家は維持できたが今はできないのである。

いづれにしろ兄の墓の顛末も奇妙なものだった,交通事故で死んだとき運送会社で墓を作ってやると言って自分の家ともめたのである。
その時自分は車をもっていないから事情がわからなかった,ここでも車をもたない人は今の社会がわからないのである。
保険金をもらいたくてそんなことを言ったのである。そして骨を渡さないとかもめたのである。その時妻とは離婚していた
なんでも乞食のような恰好をしてきたのを雇ってやったととかしきりに恩きせがましくいい,墓は作ってやるから代理人にしろということだったらしい
自分は事情がわからないので帰ってきたのである。

ただ兄はその運送会社に入って喜んでいたことは確かである。
仲間ができてその仲間と死ぬ前に仕事で自分の家に寄ったのである。
その時は喜んでいたからその運送会社の社長とか仲間が別に悪い人達でなかった
それは保険金が関係ないときである
人間は保険金とか大きな金になると目がくらみ欲がでて悪魔に変身するのだ
そういうことは世の常である,だから人間の欲は本当に怖いのである。

ただ正直なぜめんどうな問題に事件にまきこまれたのか?
それは自分たちの家のせいではない,夫婦が不倫したり離婚したり経済的に困窮したのは自分たちの責任ではないのである。

とにかく兄の墓がこんな事情で静岡で死んでそして母が骨をもってきて原町の実家の墓にうめた,そして今度は自分の家の墓の隣に墓を建てて供養することにしたのである。
実家の墓はたまに墓参りするにしても将来的には自分はかかわらないかもしれない
兄の墓ともなっていたので墓参りしていた,後は墓をまかせられた女性に託すほかなくなる,その責任は自分にはないからである。
だから墓を守れと頼まれるのも実際は難儀なことだったのである。


ともかく墓の物語は死んだ人の人生の物語だともなっていたのである。
ただ兄の墓を兄を知っているひとはいなくなった,ここで子供のとき遊んだ仲間がいてもそれも年取って忘れる
人間はみんな忘れられる,墓だって遂には誰の墓なのかもわからなくなる
そして捨てられる,その人のことを知る人もいなくなる
それが人間の無常なのである。墓地とは無常の場所なのである。
近くの神社の墓地でもそうである。
子供のときその墓の上で遊んでいた,そこは人が埋まった場所だったのである。

そんなふうにもうその墓に埋まっている人は誰も知らない,江戸時代の墓も多いからだ
ただ自分は墓に関心をもって調べているから江戸時代の年号が刻まれていると貴重だなと思うくらいなのである。
結局墓も無常をまねがれないのである。いつまでも残すことは何でもできない
だから立派な墓など作るべきではない,簡単な墓標で共同的な墓がいいとなるのだ
それなら壊すのも簡単だしまたその墓地は他の人が使うこともできるからである。

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小池の墓地に倒れた墓だがこれも誰も参るものがなくなりこうなった,もしこの墓をお参りする者がいたら倒れたままでなく
立てておく,ということは誰もお参りするものがなくてこうなったのである。
だから無常なのである。

お墓の処分は宗教的な感情対象物として「現時点ではまだ適切な処分規定は定まっていません。」産業廃棄物として指定できる自治体(市区町村)もあれば、地域の関係団体などからは「廃棄物として適当ではない」という意見もでている県もあるようです。

産業廃棄物の品目の規定や解釈は、各地方自治体に任せられておりますので、自治体によって相違することが多いためのようです。


墓は何なのか?それがわからないからこうなる,墓と碑は違っている,墓は供養するものである。碑は記念するものである。だからデザイン墓は墓なのか記念碑なのかとなる

なにかモニュメントのようにしている現代の墓は墓なのかという疑問もある

記念碑にするときは何かに功績があった人であり生前に自分の記念碑を作るというのも変なのである


なぜなら一旦記念碑でも墓でも捨てることがむずかしくなるからである。

ただ記念碑なら捨てやすいかもしれないが墓だと捨てにくいとなる


墓には骨がなくても霊魂が入っていて供養する対象としてあるものだからである。




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人間の最後のメッセージ (人間が死んで残すものは何なのか?)


人間の最後のメッセージ

(人間が死んで残すものは何なのか?)


人間はみんな死ぬ,そしてどんな平凡な人でも何かを残して死ぬ,そしてその一生を残された人がふりかえるようになる,自分の家族はみんな死んだ
最後にやはりそれぞれメーセージを残したのである。

母の場合は認知症になり金のことがわからないのに金額まで指定して最後の力をふりしぼるようにして大声で自分に言った
それには驚いたので孫を家に泊めてその金を支払った

その金は金だけのことではなかったのだ,孫に母の気持ちを伝えるものだったのである。孫はいろいろ不孝だったけど母は孫を思っていたということである。
他に誰も孫を思うものはなくなっていたからだ

でもその孫は金が使ったとかでたらめな生活をしている,だから金をやってもその金は活きていないのである。
そして母が金だけでない,孫に伝えるものがあったのだ
孫の行く末を思っていたということである。誰も思う人がいなくなったが母は思っていたそのことを孫は受け止めていないのである。

人間が残すことは何のなのか?それは芸術家なら作品とかなる,でも普通の人でも何かを残してゆく,その人の人生そのものが後世に残すものとなる
母の一生は苦労の一生だったとかなる,ただ戦後は食べ物とか贅沢はしていた
楽な面はあった,戦前はみんな貧乏だったから母だけではない,大正生まれとなるとみんなそうである。だから一般的に大正生まれは辛抱強い人が多いのである。

人間はどんな人でも何かしら伝えるものがある,ただ自分の家のことだと関心をもつが他人の家のこととなるとわかりにくいから関心がもていないのである。
なかなか事情がわかりにくいのである。

母が最後に残した誰かだす草稿の手紙は宝物になった,家宝というとき物に注目するが実際はその家に残されたものは物とか財産だけではないのだ
何か家訓とか残る家はそれなりに精神的財産を残しているのである。
そういう家は栄えるとなる

いづれにしろ人間最後に残す言葉は重いものとなる,キリストの死はあまりにも壮絶だったのである。でもそこで最後の愛をその最大の苦痛の中で示したとなる
それは普通の人にはとてもまねできるものではなかったのである。

それは別として普通の人でも最後に残す言葉は重い,認知症になっても最後は正気にもどるというのも不思議だがやはり人間は最後になれば違うのかともなる
ただ無惨に死んでゆくものもあるからみんなそうとは限らない,ただ人間最後に残す言葉は重いものとなる

そしてそれは後世のものに家族なら遺族に伝え残される,人間はみんな死んでゆく
では何を残すのだろうか?財産にみんな注目しているがそうではない
その人の人生を後世に残す,でたらめな人生を送ったもの親でも家族は供養したりしなくなる,それはただ苦しめられた人でしかなくなるのである。

人間がどう生きるかは別に自分の人生だから自分勝手に生きればいいとはならない,別に平凡な人でもそうである。その子供に孫に影響するのである。
ただその子供にしてもそんなことを言ってもそれを重く受け止めないでいい加減に生きる人はいる,最後のメッセージでもそれを重いものとして受け止めないのである。

人間は歴史をもつというときそれは家族に歴史がありそこから何かを教訓としてくみ取り後世に伝えるということがある,だから歴史というとき何かむずかしいのだが家族にも歴史がありそこから親や祖父母の人生を知ることも歴史を知ることなのである。

自分の家族の歴史でも一人は離婚したて交通事故で若くして死に悲惨だった,確かに不遇だった,でも不遇だからといってそれがその人の人生を決めてしまうのか?
もし不遇な運命でもそれなりに普通でも生きたとなれば家族に残すものがあった
つまり不遇な人だと不遇を普通に生きただけで称賛すべきものとなるからだ

とにかく人間は最後からふりかえり考えると人生でもいろいろなことが理解しやすい,若いときなど無我夢中で生きているからわからないのである。
でも人生をどう生きるべきなのか?それはいろいろあるから個々人で別になるから簡単には言えない

でも何か不遇でもなんでも辛抱強くあれというのも基本的に生きることにはある
不遇でも辛抱強く生きろということが大正生まれとかの人からは学ぶのである。
今の人は文句ばかり言うことが多い,近くの障害児を六十以上まで世話した人はそのことについて他者には口を閉ざしていた
一方で障害者をもって人は延々と人にその不満を言う,だからなぜあの人は不満を言わなかったのか?ただ耐えていたのかとなる,それも普通はできないことである。

こうしてただ教訓を残すというとき楽な人生を送ったら残らないのも逆説である。
苦しいけど生きたというとき後世に残すものがある,子は親の背を見て育つというときもそうである。楽に過ごす親を見ていたら楽に生きるのがいいとなるからだ
苦労はしたくないとなるからだ,ただ苦労でもすべてがいいとはならない,母の場合は苦労ばかりで花でもなんにも興味をもたなかったからである。
だから索漠とした人生でありマイナスの面があった

母の三周忌は命日は十二月十二日である,これも一生90過ぎても忙しく働いていた母にふさわしかったなとなる