2017年12月21日

Cosmos of forest


Cosmos of forest


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Japanese ancient pillars

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あるソフトの一部の機能から抽象画ができやすい,だから定型化して抽象画ができる
それは機械的作用であり何がそこから生まれるかわからない
つまり人間がイメージして作るのとは違っている
だから人間がイメージしないものが生まれる,AI化というのはとそういうことがほかにあるらしい,人間がイメージできないものが生まれる

それはなぜなのか?例えば小説すらAI化で作られている
そこで意外なものが生まれる,それは人間より膨大なデーターから作られるからである。そのデーターの膨大さから組み合わせから作るから人間では作れないものを生み出すのである。
人間が本でもなんでもそうだけど頭に記憶しているのは極わずかであるからだ
そこに人間の限界があるがAI化するとそれがないから人間では作れないものが生まれてくるのである。

抽象画というのは形にとらわれないから創造する範囲が無限に広がる,でも具象画から離れられない,森をテーマにして抽象画を作ってきたが抽象画でも森にしようとしていることでもわかる,森として見たいのである。
現実にある森をイメージしているしそれから人間は離れてありえないのである。



It is easy to create abstract images from some functions of certain software, so it can be stylized and an abstract picture can be created
It is a mechanical action and I do not know what will come from it
In other words, it is different from human beings making images
So, something that human beings do not imagine is born, there are other things like AI, there is something that human beings can not imagine

Why is that? For example even a novel is made by AI conversion
So an unexpected thing is born, because it is made from huge data than a human being. Because it makes from combinations from the enormous size of the data it creates what can not be made by humans.
Everything human beings do in books, but because they are remarkably few in their heads
There is human limit there, but when it is converted to AI it is not there, so something that human beings can not make is born.


Abstract paintings are boundless in shape, so the scope of creation extends infinitely, but you can not get away from the concrete painting, you can see the abstract painting made with the forest as the theme, but also by the abstract painting trying to be a forest, I would like to see it as a forest.
I imagine a forest in reality and human beings can not be apart from that.

タグ:abstract forest

弟に刺殺された厚生労働省幹部・北島智子 (富岡八幡神社との深い関係-縁戚関係にあった)


弟に刺殺された厚生労働省幹部・北島智子

(富岡八幡神社との深い関係-縁戚関係にあった)

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週刊現代%202017年12月30日号

こういうのは何か怖い,縁戚関係になるとやはり因縁がカルマがかりり強いものとして影響する,まず富岡八幡神社の土地をもっていたということが土地の因縁としてカルマとしてあったことである。
そして弟に姉が殺されたことも共通している

弟が姉を殺した

弟が姉を殺した

そういうことが自分の縁戚でもあった

親が事故で死んだ

その子も事故で死んだ

これも何なのだろうとなる,こういうことには何かカルマがあり影響しているのか?

カルマは何かわからないけど怖いものがある,カルマは似たようなことをくりかえすことである。それがインドから生まれたというのはそれだけ人間をインドで長い歴史のなかで見ていて統計としては見ていなくても結果として現れるからそうした思想が生まれたのである。

ただカルマにはいろいろある。

親が子供を育てられない

その子供を子供まともに育てられない

それがカルマとなっている人もいる,カルマとはいろいろあるからわかりにくい
ただ同じようなことをくりかえすことである。

殺された北島さんは優秀な人であり富岡八幡神社の宮司の人とは違っている
そういう人でも縁戚関係とかでつまづき事件が起きる
だから縁戚関係とかカルマには怖いものがあるのだ

カルマとは別に縁戚関係だけにあるのではない,例えばある人が給料が未払いだった,そこは暴力団関係で支払われなかった,その額も大きかったのである。
その分を自分が払うようになった,なぜか他人のカルマが自分に回ってきて解消したともなる

まだ逆に他人のカルマが回ってきて背負わされることがある,犯罪などがそうである。
なぜ犯罪にあうのか?そこになんの因果関係があるのか?
全くないようでもあるのかもしれないのがカルマである。
自分が大金を盗まれたこともカルマだったとなる,なぜそんな人が自分の家に来たのか?
それはただの偶然だったのか?何か因果関係があってそうなったのかとなる

なぜまた事業に失敗した人が借金を自分に要求してきたのか?それは他人のカルマを自分に回ってきて背負わそうとしたのである。
犯罪とは他人のカルマを受けることであり背負わされることなのである。カルマはめぐりまわっているのだ

そしてこの事件が2017年に起きているということは一年前だったことも驚きである。
富岡八幡神社の土地をもっていたということ自体カルマになっていたともなる
宗教団体とかに入っていて指導者だった祖父母がいたというのも何かカルマとなっているそうしたカルト宗教団体ではカルマが積まれているのである。
そういうカルマが積り積もって事件となって現れる,苦しみとなって現れるのである。

ただどんないい家庭でも家系でも負の部分をもっている,そのカルマが苦しみや事件となって現象化する
北島さんの場合は優秀な人だったから惜しまれた,そういう人でもカルマから逃れられない怖さがあった

いづれにしろ日本人の宗教はみんな現世利益しかない,御利益追及である。
それは日本人には宗教心がなくただ金を求めているだけの怖いものとなったというときそうである。宗教によるブレーキがきかないからひたすら金だけをご利益を追及する
それにやましいものを感じないのである。
神社でも何かみんな求めているのはご利益しかないのである。
千円賽銭投げたら二千円くれ一万くれとかなる富クジと同じである。
日本人にとって神様とはそんなものなのかとなる
カルト宗教団体もみんなそうした神社と変わりないのである。

金しか求めていない人間が本当は怖い,自分はそういう怖さを経験した
自分の病気も家族の介護でもただ金をとればいいしかない
もうこいつが死ねば金が入るとまで心ではなっていたのである。
保険金殺人のような状態になっていたのである。
借金した人は犯罪予備軍である。その借金でも贅沢するための見栄のための借金が現代では多いのである。もう病気で困ったからとかではないのである。

そういうふうに日本人がモラルもない金だけを求める社会と化したとき本当にこの世は地獄である。金のためならなんでもする,もう相手を人とも思わないのである。
金をとるものとしてあり金がとれないなら関係もなにもなくなる
それは富岡八幡神社のように兄弟間でもそうなる
それほど社会が荒廃してしまっているのだ
だから震災とか津浪とか原発事故とかが起きてきた,それが関係ないようで関係ある。
原発事故だって人間の限りない欲から生まれているからだ
そしてもう人が住めなくなるような悲惨な状態になったのである。

ともかくカルマはどこかで清算が強いられる,自然に消滅することはないのである。
本人が苦しみ苦しみようやくそのカルマから解放される,dischargeされる
最悪なのは事故とか事件になりそれでカルマが消滅するともなる
そのための犠牲が強いられる,死なねばならぬとなればそうである。
親とか先祖とか縁戚関係でもそういうのは避けようにも避けられない
そしてそのカルマによって殺されるという犠牲を払わされることにもなる
posted by 老鶯 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年12月22日

小さな町の医院の跡(詩) (これも郷土史の一片だった)


小さな町の医院の跡(詩)

(これも郷土史の一片だった)

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こんなもので医者が往診していた

その医院には
何かあたたかみを感じる
こじんまりとした
昔の小さな町の医院
90すぎた母が通っていた
ここのお医者さんはやさしいと
母が通っていた
冬の日がさして
庭には石が並んでいる
山茶花もまだ咲いている
まるで肩を寄せ合う
老人のように見えた
人が住んだ所に何かが残っている
小さな町の医院
そこには何かあたたかみを感じる
それはなぜなのか?
ここに住んで地域の人とともに生きる
そういう気遣いが開業医にはある
それが病院とは違うあたたかみをかもしだす
それで今でも何かその跡に残っている
しかしこの医院も壊されるとき
そうした過去は消える
でもここにある内は偲ぶことになる
毎日ここを自分は通っているからだ

たびたび夜間に患者さんから電話があって、当時は自家用車を持たない家が多かったから、往診することが多かったのだ。
交代で当直ができる勤務医のほうが楽だと思っていた。
今どきの開業医のほとんどは、自宅と医院が別である。

父の時代でも、「ふとんが温まる暇がないくらい往診が多かった」といっていたから、祖父の時代はもっとすごかったのではないだろうか。しかし、往診が多くて儲かったという生易しい問題ではない。道路事情が現在と全く異なり、往診そのものが大変だったのである。

当時は往診が多い,往診が多いというとき車もない時代だから苦労になる,姉は看護婦であり保健婦として役場に勤めた,その時一軒一軒自転車で回っていたのだ
下駄をはいていたような時代に自転車で回って歩いていた,姉は気丈夫であり体が強いからできたのである。
昔の自転車は今の自転車とは違いいいものではなかった,でも自転車で一軒一軒回っていたのである。医者も往診が多かったというときそうである。
昔の医者と今の医者も相当に違ったものなのである。
医院といっても今のように機械などはない,聴診器中心にみる,何か手作りの医者の感じになる,だからかえって人間的になりえたという逆説がある。

江戸時代になればなぜ医は仁術になったのか?そもそも医者にかかっても直せないと患者も思っていたから直らなくても恨んだりしないのである。
それよりやさしいとか思いやりあることが医者にも望まれていたのである。
塾の先生にしても人柄がいい人が選ばれたというのもそうである。
そこでは人を見る基準が全く違っていたのである。

今はみんな技量を見るし腕に重点を置くし先生でも高い知識をもつ人が選ばれる,人柄など関係ないのである,ただ医者でも口が悪くても医者として技量の高い医者はいる
近くの医者はずいぶん自分の家では世話になったが口が悪いので母は嫌って行かなかったやさしさがなかったのである。人柄としては良くなかったのである。
でもその医者のことは誰かが話して話題になっていたのである。
それが死んでからその医者のことを誰も語らないというのが不思議なのである。
死んでからすでに十数年とかたっているのか時間がたつのが早い
そしてたちまち忘れられるのがこの世の常である。

開業医と勤務医の相違は開業医は家族をもち地域に住んで生活をともにすることである。だから近くの医者とは何か病気意外でつきあいがありもらいものしたりあげたりと頻繁にあった,その辺が勤務医とか大きな病院とは違っている
それで原町の産婦人科の医院長がそういう医者であり癌になっても最後まで地元の人に尽くすべき奮闘したのである。
それは勤務医でないからである。勤務医の人は原発事故があり南相馬市立病院をやめた人を知っているからだ,あれだけの混乱とかで嫌になりやめた
勤務医の人はそうなりやすいのである。開業医の人は土着しているからやめることができないのである。その相違も大きいと思った

何か死んでから人はいろいろふりかえるものだと思った,ささないことでも何かそれが一つの生きた証となりふりかえる,そのふりかえり語ることが老人が生きる意味だともなる老人は何らかでみんな語り部になる,ただその語り部でもうまい人とそうでない人はいるでもみんなどんな人でも人生を生きてきたのだから何かしら語ることがある
それが郷土史にもなっているのである。

自分もそうだが自分の家のことには一番関心がある,だから郷土史とは自分のじいちゃんとかばあちゃんから聞いた話からはじまると書いたのである
むずかしい歴史もあるが基本的にはそうなるのである。だから誰でもともかく一番郷土史は身近なものとしてある
何かしらみんな違った人生を生きているからそれが郷土史になるのである。

人間の不思議は必ず自分であれ家族であれ他人であれ一生をふりかえる
そこに意味を見いだしてゆく,それが基本的には歴史になる
それが日本史とか大きな歴史ではなく家族でもそうだし個々人でも平凡な人でもある
自分にとって身近なのは姉と母なのである。それが死んでからいろいろふりかえることになる
なかなか生きているとき本当にふりかえるのがむずかしい
それは家族でなくても生きている人を冷静に客観的には見れないのである。
死んだとき何か冷静に客観的に見れるのである。
家族でも他者でもこの人はこういう人だったのかと再発見が常にあるのだ

そして不思議なのはそうしてふりかえり死んだ人でも語る時,その死んだ人が生きているように思えるのである。自分はプログで語っているが誰かに語ればそうなるのである。
でも何も語らないとするときその人は死んだ人のことを語りたくないのである。
それは親でも毒親としてひどい目にあった人は親のことを語りたくないしふれたくもないとなる,だから死んでも人間はそうしてあとあとまで影響があるからおろそかに生きられないともなる

いつも自分はなんか他者にとって嫌になるかもしれないが母と姉のことが浮かんでくるのである。それだけ六十年間一緒に住んでいたことで一体化していたということの裏付けにもなる,一緒にいた歳月の長さが関係していたのである。
だから長年連れ添った人が熟年離婚になるのはもったいないと思う
その長い歳月を一緒に暮らしたことが苦い思い出なるとことは何なのだろうと理解しかねるのである。
そして一緒に墓に入りたくないというのも何なのだろうと思う
そんなら確かに早く離婚した方がいいともなる,一方で昔をふりかえり思い出を分かち合う老夫婦などは幸福だとなる

いづれにしろ何か人が歴史というとと大仰になるが思い出を刻んでいるのである。
そして最後はその思い出に生きるのである。だからいい思い出をもった人は老後は幸福だともなる,そのいい思い出とは何なのか?
それは個々人にとって違うから他者にはわかりにくいのである。
例えは苦難を乗り越えたという経験は後で悪い思い出となるとは限らない
あのときなんとか苦しいけど耐えた,今は楽だとかなりそれで幸福感に充たされる
でもそういう苦難のない人は老人になってもそういう幸福感にはひたれないのである。
だから最後に何が幸福をもたらすかも人間はわからないのである。

インターネットのプログではそうして今度は昔を語る人が増えてくる,そういう場としては向いている,それを本にして売り出そうとすると簡単にはできないからである。
これも商業主義には向かないものがあるからだ,ただこれからインターネットでも老人化してくるから思い出話に花が咲く時代がくる,
ただどれだけそこで思いで深く語られのか?浅薄な生だったら語るべきものもないとなり淋しいものとなる
大正生まれとか戦前生まれは激動を生きたから語るものがあり重いものをもっていた
現代は何か物質的には恵まれて浅薄なになっているから語るべきものがさほどないとなるかもしれない,語って面白い人とはそうして激動を生きた人だからである。


タグ:医院
posted by 老鶯 at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

銀行の役割と価値の喪失 (投資信託も株も銀行を通してもすべて自己責任で終わるのか?)


銀行の役割と価値の喪失

(投資信託も株も銀行を通してもすべて自己責任で終わるのか?)

●銀行は今ただの貸し金庫なのか?

銀行が今なぜ問題になっているのか?AI化で一番影響を受けるのか銀行だという,事務的なものでAI化しやすいからだろう。
そして銀行は今までは何か社会で金を持ち貸す,会社に後ろ楯となりその会社の財政の支えとなる,会社を育てるとかしして社会に役立っていた役割があった
だから銀行に金を預けていれば高い利子がついていたのである。
銀行は会社を育てそのリターンもあった,それは高度成長時代だからできた
社会が資金を必要としていたしその資金をつぎこんでも会社は成長していたのである。
だから会社がもうけて利益を得ていたのである。
会社を育てるとか何か資金をつぎこんで社会に役立てるもの成長させるものを作ることがなくなったとき銀行は何する場なのか?

不思議なのは銀行はただ金をあづかる貸し金庫なのかともなる,金をあづけても利子はつかない,そしたらただ金をあづけている貸し金庫だとなる
もしそうならそんなこと銀行員がいなくてもできる,ただ金を安全に保管するという仕事は別に銀行員でなくてもできる
金の出し入れも別に自動化しているしAI化でさらに銀行木役割は消失する
だから一時サラ金の後ろ楯が銀行になっていたとか言われる
つまり貸し出す先がなくなりサラ金会社に実質銀行が金をまわしてもうけていたとなる
それはただの金貸しであり金を貸して新しいものを会社でも育成するということがない

ただ銀行も社会の必要性があり生まれた,役割があり生まれた,その役割が見いだされなくなったら銀行は何している所なのだ,金をあづけても利子につかない,貸し金庫なのかそんならタンス預金でも何か金を安全に保持する方法があるとなる

そして今銀行が弱小の地方銀行が証券会社化している,株とか投資信託とかを売る証券会社の仲介業となったとき銀行は一体何の役割なのか?
自分も投資信託をしても実際はもうからない,手数料とか常にリスクがあり一時的にもうけても損する時の額が大きいからもうけることがむずかしいのである。
手数料が高すぎるというのも問題である。だからこそ貯金しても利子がつかないから投資信託をすすめる,その手数料が一定して銀行に入るから銀行にとっては利益の面からみればおいしいとなりすすめるのである。
それで金融庁からそういう投資信託の手数料をとるのは銀行業としてふさわしくないと通達があった
だから今銀行とは何なのか問われているのである。

●銀行は今どのうような価値を社会に提供しているのか?

人間はなんらか価値あるものに金を払う,食料でも家を建てるにしても価値あるから金を払う,そういう価値について厳しいのである。料理でもレストランでもまずはっきりと料理がよければ払う,それは金の額によって決まるのである。
まず千円の料理だったらその分の料理であり文句と言えない,値段をごまかせない,高ければやはりいい材料を使っているとなる,自転車だと高ければ必ずいい部品を使っている値段ではっきり差がついているからごまかせないのである。
値段のいいものはいい自転車なのである。
一般的に品物とか家でもたいがい値段どおりのものしか買えない,値段と金が一致していてごまかせないのである。

ところが銀行は何の価値を提供しているのか?今までは利子を提供していたから問題なかった,利子をつかないとしたら銀行は何を提供するのか?
ただ金を安全に保管する貸し金庫なのか?それが銀行の役割なのかとなる
すると銀行は必要なのしかとなってメガバンクでも大量にリストラされたのである。
つまり銀行の事務員とか店舗をかまえるとコストがかかる
そのコストを払うためにはどうするのか?それよりコストを減らすために窓口をなくすとか事務所を減らすとか事務員を減らすとかするようになる
それは銀行を利用する方にとってもそうしてもらった方がいいとなる
なぜならそもそも人間は価値あるものに金を払っている
銀行は何の価値を提供しているのか?それが明確でなくなるとき銀行に金をあづけても利子もつかないし何の役割があるのだとなる

要するにこの世の中価値を提供できないものは廃れる,銀行は何の価値を提供しているのか?証券や株や投資信託で証券会社の仲介業なのか?それが銀行の役割なのか?
そして利子はつかないからとすすめられ高い手数料をとられる
「今利子がつかないですから,株でも投資信託をしてください」
いつでもこういうけどそもそも利子がつかないということで銀行の役割が消失しているのではないか?銀行は貸し金庫業となる

自分でもそうだが利子がかつかないということで株とか投資信託をすすめられてする,そして投資信託でも株でも理解しにくい,その理解しにくいことで専門家の銀行にまかせるでも手数料だけ高くとられてリスクがありたとえそれで金が減ったとしても銀行は株とかはそういうものでありリスクがあるといえばそれで何の責任もとらず手数料だけはいただきあとは知らないとなる
それが固い職業の銀行だったのかとなる

逆に客から利子をとっているのは銀行だった

投資信託でも手数料は確実にもらいます

リスクは銀行ではとりません

それは銀行が客から利子をとっていると同じなのである。

ただ別に銀行が証券会社化してもその道のプロであり投資信託でももうけてくれるなら誰も文句は言わないのである。
でも証券会社のプロとは違うから金融庁から苦言がでる
銀行の金は株や投資信託にまわすものではなく地方銀行だったら地方の産業を育てるために支援するとか投資するとかあった
その資金を集めて投資してリターンを金をあづけた人に与えるとなっていた
でももうそれができないからただ金を安全に保管する場となり証券会社の仲介業にすぎないとなれば銀行の役割は消失したのだから銀行はいらないとまでなる

●結局すべて自己責任で終わるのか?

人間はともかくなんでも何らかの価値を与えないものは社会で必要ないとなる
金は価値あるものに払っているのである。
人間はなんらかの価値を追及している,その価値が認められなくなったらそれは社会にとって必要ないものだからである。
銀行は社会にどういう価値を与えるのか,ただ金を集める貸し金庫なのかとなる
ただ何であれ例えば消費者金融とかブラックであれ金を預けている人は増えれば文句を言わないのである。いちいちそうした金がどうしても入っているかなど考えない
消費者金融のようなあこぎな商売でももうけた金が預金者に利子となって入ってくればいいとなるからだ

そこまで考えると預金者にも同罪だともなる,それはモラルに反するから銀行ではそんなことをするなとなる,預金者でもそんなしてもうけた金は得たくないとなるのか?
金は貸した方にも責任があるように金を預ける方にも責任があるとなる
それは銀行だけの責任ではない,預金者も銀行に責任があるとまでなる
要するにそうなら銀行に預けるなとなるし別に銀行を通さないで投資信託でも株でもすればいいとなる,それは銀行の責任ではないともなる

そうなると株でも投資信託でも理解しにくいからしないともなる,なぜなら一日株式のことを見ていたら何もできなくなる,みんな他に仕事をもっているからである。
だからこそプロがいるならまかせているのである。
つまり他の人は時間を別なものに使いたいからプロにまかせているのである。
ただ結局自己責任として個々人も問われるとしたら株とか投資信託はしない
自己責任となると株とか投資信託でもそこに相当な時間をさかないとできないからであるそしたら結局銀行を貸し金庫として利用して文句言うなとなるかもしれない
そしたらリスクもないから利子もつかないが目減りしてもまた自己責任だとなる

銀行が投資信託でも株でもすすめると銀行との信頼関係が喪失するということもある
銀行は固い職業とこれまで見られてきたからである。
証券会社とは違ったものとして見られていたからである。
だから銀行もそうだが銀行を見る眼をも預金する方で変わってくるしまた預金する方も問われていることになる

一体銀行はただの貸し金庫なのか?

銀行は証券会社になったのか?

結局銀行はリスクをとらない,手数料だけとって株でも投資信託でも損しても銀行とは関係ないとなる,それは楽な仕事だとなる,一切リスクをとらないからだ
金を貸すとその金が返せなくなり銀行が損することがあるがここではないのである。
手数料をとるだけのおいしい商売だとなる

損したら

「株でも投資信託でもリスクがるある,誰もわからないんですよ,株のことは,専門家でもわからないんですよ」

こういって終わりである。

そもそもそんな人が専門家なのか?医者だってそんなこといわないだろう。

手術にはリスクがあります,死ぬことがあります」

これはありうる,でも医者とか病院では専門家であり株とか投資信託とかとは違う,それなりの技術があり専門知識があり患者を消費者に対応しているのである。
それはどこでもたいがいそうである。
何か銀行員はそうした社会の職業からすると今は社会に対して客に対してどういう価値を与えているのかあいまいであり詐欺的にもなっている
だからこそ金融庁からおしかりがありまた預金者からも銀行は何なのだと問われる
一方で預金者でも問われているのである。
別に投資信託をすすめられても断ることもできるし証券会社に頼むこともできるし自己責任ですよとなる
ただ人間の知識や経験は限られているからあらゆることに自己責任はとれないのである。

posted by 老鶯 at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2017年12月23日

自己責任は弱者に対して言われる (権力もっているものこそ責任は問われるべき)


自己責任は弱者に対して言われる

(権力もっているものこそ責任は問われるべき)

民主主義社会というとき自由と個々の権利とかを追及する社会である。ただ権利をもつと責任をもたされる社会でもある,権利というのは明治に翻訳されたが元は権理だったのである。理があり権利が生まれるということである。
リーゾナブルなものとして権利が生まれた,でも翻訳すると日本では利だけが強調される権利はライトだから正しいということでもそうである。
戦後民主主義は利だけを個々が極端に追及してそれにともなう責任とか義務はないがしろにされたのである。
権利が与えられれば義務も責任もともなうのである。

自己責任はそこからもともと発しているのである,例えば政治でも江戸時代なら庶民は「見ざる,聞かざる,言わざる」だから権利もないが責任もない,それで政治には必ず不満があるから一揆が起きた,それは命懸けだったのである。
すべてお上の命令のままに生きていた時代である。そこには権利も責任もなかったとなるその権利を実現するには命懸けの一揆であり暴力革命しかなかった
世界史は暴力革命の歴史である。不満分子が暴力でしか政治を正すことができなかったからである。選挙などないからである。

だから庶民に一票が与えられたとき庶民に権利が与えられたから責任と義務が生じた
それで政治家のことをいろいろ文句言ってもそれはお前たち選んだ政治家だから政治家が悪いわけではないとなるのである。
その政治家を選んだ庶民が市民が悪いのだとなる
つま権利が与えられると責任が生じるのである。

そして責任は権力をもつものがとらねばならない,なぜなら権力をもつことは大きな責任をもつことなのである。権力がもたなかったら何もできないからである。
権力というときいろいろあるが金は資本主義社会では最大の権力である
金を持つだけで資本主義社会では大きな権力でありあらゆるものを得ることができる仕組みになっている

自分は何の権力ももっていなかった,ただ遺産相続して金を自由にできたとき権力をもったのである。そこでもめたというのも権力に対して金だけを一人じめにするなとなるからである。お前だけの遺産ではないとか兄弟間とかでもなって骨肉の争いとなる
逆に金を自由にできないものは権力がない,だからかえって責任がないともなる
その金を自由にできる使うことができる人は大きな責任をになっていることになる
だから金に対して周りでもうるさいのは金をどうその人が使うかと見ているからである。
自己責任というとき権力がないものに自己責任をおしつけるのは問題である。
金を多くもてばそれを何に使うかで責任が問われる,放蕩して遊ぶだけに使ったりしたらいくら自分の金だからといって周りでは許さないということもある
金を見る眼はみんな厳しいからである。
なぜなら働いても働いても金にならない人が膨大にいる,するとその人たちは金のある人に対して不満になるからだ,金はその人だけでは稼げないものだからである。


だから資本主義社会では金がもつ度合いに比例して権力をもつことによって責任がある
10億円もてば10億円の責任が生まれ一億もてば一億の責任が生まれる
その金のないものは責任はないのである。江戸時代では十両盗んだら首が切られたと同じである。
自己責任論となると何か貧乏な人は貧乏になったのは自己責任だと弱者に対して必ず言われる,それも一理あるのだが強者に対しては自己責任論は言われないのである。

原発事故でも国の官僚とか政治家,科学者とか東電の幹部とか大きな責任があったけど
何の罰も与えられていない,その人たちこそ罰せられるべきだけどされない
そして地元の人達も原発で金が入ったのだから自己責任だとしきりに言われるのも変なのである。もちろん地元では金,金,金・・・だったということもあり責任はあった
でも本当の責任は権力をもっていたものにある,原発を作ったものに責任がある

自己責任は弱者について言われることが多いのである。もちろん例えば麻生大臣が老人で健康でないものは自己責任があるというのもそうである。
自分も不摂生するからそれには明かに自己責任がある,それで国の金を国民の金で援助するのは理不尽だという,つまり自己責任というとき自己責任だけで完結しないから他者の迷惑になるから自己責任を言うのである。
健康とかもただ自分自身のためだけではない,家族のためでもあり社会のためにも健康には気をつけろとなる

そして弱者とは何かというときこれも例えになるがそれは卑近な日常の生活にもある
買い物すると失敗が多い,家電量販店でレジを買ったときもそうである。
いろいろなレンジが並んでいたがどれを選んでいいかわからない,でも店の人は良く説明しないのである。そして選ぶのは自己責任になり3万の買ったけどそれは一万のと何ら変わりなかった,どれがいいかは選ぶのは自己責任ですよとなる,それを買って失敗したとしても誰も責任はとらないのである。
でも通販だとレビューがありその品物の評価がでているから情報が与えられているから選ぶとき失敗しない面はある,店だと店の方で売りたいものを売るとなるからである。
銀行だと銀行のもうけになる投資信託を売るとなるからである。
そこに売る者と買う者のは対等ではないのである。

情報でも対等だったら自己責任論は生まれない,マスコミが今まで責任があったのは六局しか報道できなかったからである。それで第3の権力と言われたのである。
それがインターネットが生まれたとき情報の平等が生まれた,個々人でも発信できるからである。情報も自由に与えたり発信できなければ自己責任といってももち得ようがないのである。知らないのだからもち得ようがないのである。

原発事故でも知らされないからこそ責任は上の支配者層にあったとなる,また専門知識となると放射能のことなど説明されてもわからないからまた専門家によって支配される

「あなたは核のことがわかるんですか」
そう問われるとわからないから専門家の言う通りにされる
「あなたは法律のことがわかるんですか」
これも同じで専門家の言う通りにされる
「あなたは医学のことがわかるのですか」
こういわれて無力化される
「あなたは株や投資信託のことがわかるのですか」
これもまた同じである。

でも逆に

「あなた方専門家は核のことをすべて知っているのですか」
これに自信をもって言える人は実際はなかったのである。
「株や投資信託のすべてわかるのですか?」

銀行員でも専門家でもわからないですよといっているのだから実際はこれもリスクがあり専門家がすべてわかっているわけではないのである。
もし全能の神のようにすべてわかっていればそんなことを問わないのである。

だから何でも自己責任は確実にある,でも全部が全部自己責任にはなりえないのである。すでに権力を持つものと権力をもたないものでは自己責任は相当に差がある
権力ももつものこそその責任を厳しく問われるはずだが弱者に対して自己責任が問われる正されるのは本末転倒だとなる
ただ健康とか個々の生活で人生で自己責任はあるし問われる
でも自己責任論はそうして権力もつもつものには問われず弱者に対して問われるのであるそれは権力者にとっては好都合になるからだ,金があるものは金のない貧乏人は自己責任だと言っていればいいし責められずにすむからである。

ともかく人間は全能の神ではないのだからすべての責任をもちえようがない,
必ずミスもある,だからミスを前提にしてしか責任はもてない,だから原発の「安全神話」は神のように事故は起きないと言っていたから問題だった
そして誰も責任はとらずただ地元の人は被害を受けて責任をとらされたのである。
そこにも自己責任はあったとしても一番の責任は原発を運営した人達だったのである。

相馬市の道の駅で初野で窯持つ人が焼き物と野草を売っていた


相馬市の道の駅で初野で窯持つ人が焼き物と野草を売っていた

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初野窯ではなく自遊窯となっていた

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木を植えて花も咲くとかイワヒバも根付いている
これは相当に手がこんでいた,手入れもして時間かかって育てた
だから7000円では安いと思った
これを東京などにもっていったら相当高く売れるだろう。
なかなかこれまでのものは作るのが手間だからである。


相馬市の道の駅で相馬市の初野で窯をもっている人が作品を並べて売っていた
変わった器であり芸術品として売っていた,ただそれほど高いものではない

「ここでは高く売れないんだよな,東京では高く売れたな,東京では金持ちがいて
平気で高く買う,ここではみんなそんなに高いものは買わない」
「芸術品は値段があって値段がないようなもんだからな」
「仙台の卸町などでも売ったが高く売れたな,ここではだめだ」
「こういうものは芸術品となるとやはり大きな市場にもっていかないと売れないな」
「私は眼が悪くして車にものれなくなっているんだ,それで行けなくなっているんだ」
「車は年になると危ないよ」
「ここでまた正月に売る,それから高速道路などのセディティでも売る」
「あそは遠くから来るからいいんだよ」
「近くの人だと何回も買ってもらえるところがいいんだよ」

その人は芸術品として展覧会にも出品したが認められなかったという
何か師匠とか弟子がいて序列があり入りこめなかったとか言っていた
芸術にもそういうことがある
俳句とか短歌でも結社があって師匠がいるというのも窮屈なのである。
正直そういうところから大物は生まれないだろう。
師匠がいるのがいいのだが師匠がいるとかえってそれにつくと小さくされるのである。
師匠のことをほめることが要求されて付属品のようにされるからだ
俳句の師匠なんか特にそうである。そういうところで師匠面していてもとても俳句くらいでは芸術家とは今はなりえない,グローバル化しているし俳句ではとても表現しきれない時代だからである。

隣では野草とか置いてあった,全部の鉢に苔をはやしている,苔にもいろいろあるんだと言っていた,ある人がイワヒバが茶色に丸まっていたので死んだのかと聞いた
冬にはそうなるんだ,死んでいるわけではないと言った
自分も茨城県の太子町にイワヒバを買ってもらったことがある,一つ一万とか高い
でもブームだったが下火になったという
福寿草が咲いて岩があって苔がはえている鉢を1500円で買った人がいた
それは安いと見た,ただこの辺の価格だとどうしてもそうなってしまう。
この辺では高いとまず買わないからだ

最初から目立ったのが自分が買ったものである。枯木に苔をはやしてイワヒバを植えたり花を植えたりしたものである。木には花が咲くというからこれは生きているのである。
死んだ木ではない,木を栄養分として生きている,ただ肥料をやる方法がある
カプセルの薬のようなものを入れるらしい,ここからだけで栄養がとれかと思ったからだイワヒバはほとんど栄養をとらなくても水をとらなくても生きているからその生命力には驚くのである。

この盆栽というか相当にこっている,手間もかかっているし時間もかかっている
これを作った人はやはりこの道で趣味ではなく商売にしているから技術をもっているのである。何か高く売りたいのだけどここでは売れないとどっちもなげていたのである。
こういうものはインターネットでセリに出すと高く売れるかもしれない,ただ送るとかそれを運営するのがむずかしくなる
インターネットでは実際は花でも盆栽でも売っているのである。
結局地元だけでは芸術というのはなかなか認められないだろう。

ここで面白かったのは野草と焼き物とかが一緒にコロボしたことである。
これは関係ないようで関係ある,園芸とか花屋は深い関係にあり畑をしている人とも関係ある,花は自然のものであり野菜栽培ともにているからである。
土が関係しているからそうなる,焼き物も素材となる土が関係している
だからこの取り合わせは全然別個のものではなくつながりがあるものである。
それが並べたことで興味深いものとなったのである。
他にも何か別なものでも店を出せば市となり人が集まることはありうる
人を集めるにはこういうのは面白いかもしれない
一つだけではやはり人は集まらないのである。
仙台辺りだと品物でも人も集まるから売れるしにぎわうとなるのである。


自分のパソコンで作っている抽象画でもアメリカの人の一定数が見ている,なんらかそこでは注目されている,でもそれがどれほどの芸術性があるのか,その辺は見る人の眼が必要になる
初野窯の人の作ったものはいろいろめずらしい手のこんだものを作っているけどそれがどれほど芸術性があるのかとなるとわからない,変わったものなので苦労したんだよとは言っていたからそういうことはあるのだろう。
ただ「初野窯」とか聞いたこともなかったのである。
初野という場所は知っているがそこに窯があることは知らなかった
今は個人的に何か窯をもってい焼き物をしている人が結構多いのである。
ただ相馬焼のように知られていないのである。

田代焼の相馬藩の窯と指定された人は死んだ,跡継ぐ息子も死んだという,孫がいるがどうなのかと言っていた
相馬焼の大堀焼きの窯元がなくなったことは大きな損失だった,相馬の伝統としてあったからである。窯元があるとそこが集落化していると商売しやすいことは確かである。
一軒だけだと人を集めにくいと言っていたのはわかる
窯元の町になっているところなどは観光客を呼べるからである。

今日は天気がいいので道の駅まで行った,相馬市の街までは行けなかった

初めて見た相馬市の小野の里(初野)

ここに初野があり小野があった,城から離れて丸森に近い方だった
街中には窯は作りにくいから枯野の風景があっているとなる

2017年12月24日

情報化社会は説明が大事になる (でも説明責任は果たされず情報は無料だと思っている)


情報化社会は説明が大事になる

(でも説明責任は果たされず情報は無料だと思っている)


作業員とか使う丸形の大きなストーブ買って石油入れるのに二回失敗した,石油があふれて大量にこぼした,手で押すものだったが石油がとまらなく出てきたのである。
上から押すものでありそれがこんな危険なことになるとは思わなかった

缶で入れるのと手で押したりして入れるので安全性に問題があった
ただそんなこと売る方では何の説明もない,第一今は商品が多すぎて売っているほうでも知らないのである。
買ってる方が買って使った方が知っている
それでアマゾンのレビューが役立つのである。

ともかく説明責任というのがある,なぜなら今回のように石油入れるのにも缶とは違うのだから危険があったからである。ただそんなこと売る方では考慮しない
売れればいいとしかないのである。
それも買う方の自己責任なのである。
レンジでもそうだった,3万していろいろな機能があるようでもそれは使いないものだった,説明責任を果たしていなかったのである。

ただ通販でも失敗はあるが量販店でも普通の店でも買い物には失敗がつきものである。
ソニーの小型のビデオカメラはyoutube で説明していたが不良品だったのである。
それで4万は損した,ソニーで不良品を出すとは思っていなかったからだ

何でも説明責任がある,どこでもそうである。医者でも手術するとか治療するのでも説明責任がある,そしてわかったことは現代のような複雑な社会では何でも知りえることはない,わからないことが多すぎるのである。
だから専門家の時代となり消費者は無力化されている

原発だってほとんど地元の人に説明されていない,最初から「安全神話」を作り出されて地元の人達はそれに従っただけである。そもそも放射能のことを説明されてもわからないからだ,危険性もなんにも説明されていなのに契約されたとなる
地元では金になればいいとなり許可したのである。

要するに複雑な現代社会は説明することが逆に多すぎるということがある
銀行でも投資信託などで老人にリスクの高い商品をうりつけたと訴えられた
その商品について良く説明されていないとしてその高齢者の息子に訴えられた
そうした証券とかは説明されてもわからないから簡単にだまされる

投資信託なども理解するのにむずかしいのである。ただそれでも説明することが大事になる,現代とはいかに説明能力を磨くかということもある
つまりむずかしいものでもわかりやすく説明するという能力が大事になる
法律だってむずかしく言われると専門用語を使われるとわからなくなる
でもわかりやすく説明する方法はある,すると素人でもある程度はわかることはあるのだ
だからそもそもそも80才の高齢者に知識がない人に投資信託とか外国の債権とか保険をすすめること自体間違っていた
でも今厳しいノルマが銀行員に課せられていてそうなったと内部告発された
銀行にしてももうける方法がなくなり追い詰められていた,そのしわ寄せが若い銀行員に押しつけられたのである。
そして説明責任を果たしていないと訴えられる,それは訴訟になると訴えた方が勝つというのもそうなのか?それが法律違反になるのか?
そうなると売る方も慎重さを要求される

つくづく今の社会は説明ということが大事な社会である。その説明とは情報社会だから余計にそうなっている,情報を自由に流通していて判断ができる
説明されていて判断ができる,説明ということ自体,情報社会だということなのである。情報があってその情報を説明する,わかりやすく説明する,それが主な仕事ともなるのが情報社会である。
銀行などは証券とか株とかは情報なのである。絶えず様々な情報によって左右される世界である。インサイダー取引とかありまさに特別な情報を得たりすると大儲けすることができるのが株の世界だからである。

いかに説明能力を説明責任を果たすか?それはどこでも求められている
今回買った盆栽のような手のこんだものも水やりはどうだ,日にあてるのはどうだとかどうしてこれが作れたのかとか,いろいろ説明すべきことがあったが聞いたのは一部だったそしてやはり焼き物を売っていた人もいろいろ聞かれるという,それに答えるとまた買ってくれるとかいう,つまり情報社会とはそうして何でも説明能力が必要とされているのである。
説明すること自体に価値が生まれ社会である。
みんな商品を買えば売ればいいと思っているが商品についての説明が大事になる
そこに実は価値が生まれている社会なのである。

パソコンなどまず買っても使いこなせないからその使い方を教える方にかえって時間と金がかかる,それでそれを商売にする,パソコンでも今や使い方は金を払っているしそれもうなづける,使い方に金を払うというのは何か抵抗があるが情報社会とはそうした説明してくれることに金を払う時代だという認識が必要である。
まずソフトなども使い方がめんどうで簡単に使いこなせないのである。
ただ使いこなせると芸術家でなくてもそのスキルで自分がしている抽象画などができるのが情報社会なのである。自分は全く絵の能力かないのに絵を描いているという不思議があったからだ

だから商売としては別に本当は小さな小売店でも今は電器店でも高齢化社会になると使用するのが複雑になる,でも量販店では説明してくれない,すると親切に説明してくれる,使い方を教えてくれる街の電器店でも商売できるとかにもなる,そういうことでなんとか維持している店もある
ただ情報化社会がどういうものかわからないから品物は買ってもそれに対しての説明とか使い方を教えないしそれに消費者も金を払うという意識がないのである。
ただこれだけ複雑な社会になるとどうしてももう個々人では対応できないのである。
それで自己責任にされるのは無理なのである。
ただ情報に金を払うという意識が未だにないことが問題なのである。
みんな情報がただと思っている,インターネットだとまたそういう意識がある
最先端のインターネットでも情報に対して無料だということになった
情報化社会とは情報に価値が生まれそれが利益となる社会なのである。
それが過渡期であり理解されていないのである。
タグ:説明責任

2017年12月25日

2017年自分の一年をふりかえる(十大ニュース)



2017年自分の一年をふりかえる(十大ニュース)


●駅で案内のボランティアをはじめる
●駅であやしいと通報され警官に職務質問される
●駅で掃除のことなどJRの会社と相談
●ロードに乗り転ぶ
●「心の青雲」のプログの著者,都築詠一氏死亡
●母の三周忌で家族の死を偲ぶ
●姪子が東京より来て兄の墓を自分の家の墓の脇に新しく作る
●家の修理を頼む
●歯医者に二回行く
●ケンチン汁と鰈の煮物の料理を覚える


こんなところかもしれない,駅のボランティアは去年の12月から常磐線が開通して無人駅になったのではじめた,一番わからなかったのはここで乗ったという証明書が出てくる所だった,はじめての人はわかりにくかった
それからはじめての人には原町行きが高架橋をわたって向こう側なことがわからない人が多かった,それでJRの原町駅にそのことを言ったら看板を設置した
それは一つの成果だった,他にもいろいろあった
自分は鉄道旅行が長いから鉄道好きである,でも不思議なのは鉄道員のまねごとをしてみたら鉄道の仕事は生きがいになるのだと実感した
一人盲人が通っていてその人を案内して車掌に合図したとき奇妙なJRの職員との連帯感を感を感じた
そもそも仕事は簡単にできないのである。仕事してもその経験は限られている
だから仕事のことはわからないのである。

駅でわかったことはともかくしょっちゅう点検にきていることである。
鉄道の仕事でいかに点検が多いかということである
それは安全にかかわることだから電気系統もあり点検が大事になる
ここは水戸の管轄にあり水戸からもしょっちゅう来ていたのである。
なんでも東日本のJRで点検だけで4000億円とかかかるというから点検は欠かせないのである。それで新幹線の台車がひびわれて大事故になるとか報道された
あれだけの破損したものを見逃していたのだから怖いとなる

無人駅で掃除を金をだしてJRが頼んでいるということはわからなくなった
確かに頼んではいるが決めるのはJRの水戸管理局でありわからない
商工会だとか市だとか商工会とか関係して複雑だった
NPOも関係していたとかなにかわからなかった
今日はまた風が朝から強いから運休になる,これからこの辺は風が吹くから遅れる
新地から山下とか高架になり風を受けやすくなったから遅れるから困るのである

あやしいとして通報され警官が来て職務質問されたのもショックだった
その時イベントが大勢の人が来ていたからである。
自分は結構駅ではボランティアを長くしていたらかである。
ただ回りの人は全く認めていない,あの人何しているの,怪しい人だとしたか見られていなかったのである。
ボランティアは身分の保証がないというのは確かである。
ただ高齢化社会はつくづく生きがいを求めてボランティアをしたい人がいるのである。
でもなかなかしにくいのがボランティアだったのである。

20数万で買ったヤマハのロードのJPYはロードとしても軽いから使えるのでいいが早いので危険があった、それで転んだとき危険だった,転ぶ場所が芝生のような草地だったので助かった,もし坂道の下りだったからそのまま坂を下った大怪我をしていた,
自転車も危険なのである。一度は近くでなんでもない場所で転んで前の歯を三本折った
その時頭を打っていたら死んでいたのである。そのことを忘れていたが思い出して冷や汗をかいた
今年は歯医者に二回通った,まだ歯が残っているので入れ歯にはならない
自分の母は60代で入れ歯になった,でも百才まで生きていたのは不思議である。

自分は最初鉄道の旅であり全国ほとんど乗った,次にものたりなくなり40代ころから自転車旅行になった,その間に登山などもしたが体力がなくつづかなかった
自転車旅行は体力がなくてもやれた,それは自分のペースで走り疲れたら休めば良かったからである。一日休んでまた走りとかしていたからできた
今度出たパナソニックの電動アシストマウンテンバイク「XM1」はいいものらしい
なぜならヤマハのJPYについてはこんなロードは必要ないとか悪評があったがパナソニックの電動バイクにはないからだ
悪評が全くないのである。自分でもヤマハの前の電動自転車は走りは遅いが悪路に強くマウテンバイクだった,馬力があり山の悪路を上れたのには驚いた,馬力が凄いのである。JPYはバッテリーはアクセサリーのようなものであり全く急な坂道では上れなかったからだ,そしてマウテンバイクがいいのは安定しているからいいのである。
転んだ時あったが足がつくのとで坂道で転んでも安全だった,でもその時も実際は危険だったのである。
パナソニックのは33万とかなるから高い,でもそれだけの価値がある自転車なことは評価がいいからわかる

今年一番驚いたことは「心の青雲」のプログの著者の都築詠一氏が突然死亡したことだった,これは信じられなかった,体の調子が悪くてプログに書き込めないと書いてあったがそのあとすぐ死んだのである。
なぜ驚いたのか,それは透析はしていたとか書いてあったがそんな病気のように見えなかった,わからなかった,書いていることは元気そのものだったのである。
だからとても死ぬとは思えなかったのである。
でも透析を十年以上とか17年なのかしていたことには驚きである
そんなに透析していて生きれるものだというのも驚きである。
都築詠一氏に関心をもったのは同世代であり言っていることが実に歯切れがいいのである
ユダヤ人陰謀説とか陰謀論とかネットに蔓延しているけどそこはついていけなかった    それがもまた異常ともなる,逆にカルト宗教的になる
カルトというのも異常な誤った信仰でも狂信的になるからでてある。
イルミナティがどうだこうだというのも逆にそうして陰謀論もカルト的になる
陰謀論は陰謀が陰謀を生みなにがなんだかわからなくなるのである。
もう一つ都築氏の死亡で問題になったのがログが消えたことである
一部保存されていたが全部が読めなくなっていた,そしてインターネットではそうして死んだらその後のログとかがどうなるのか?
死んだ時点で閉鎖しないと荒らされるということがあるのでそめうしろといわれる
でも突然死んだりしたらどうなるのか?
ただ「心の青雲」のプログは死んだ時点で閉鎖された
いろいろ検討するものがあったが一時はしていたが残されたものが少なかった
ただ10年近くだったか毎日のように欠かさず自分は読んでいた
だからその人なり思想に親しんだともなる

「文は人なり」というがそういうものを文章から感じた
残念だったのはあれだけのものを書けるのに突然中途で中断して終わってしまったことである。
でも死に方としては良かったとかなる,なぜなら介護とかそうした福祉のことを批判していたからである。
それを貫いて死んだというとき言行一致の人だったから感心したとなる
死を考えるとき仕事しながら死ぬのが一番いい感じである。
農民なら農作業してて死ぬとか医者でも一週間前まで90才でも患者を見ていた人が入院したら死んだとか前の自転車屋も一週間前に仕事して体が具合悪いと言って入院したら死んでいたのである。そういう死だと誰にもほとんどめいわくをかけないからいいのである。だから都築氏はそれを実行して死んだとなるから言行一致の人だったとなる

人間は死んでからでもなにもかも消えるいうことではない,死ぬと墓の問題とか遺産の問題とか具体的なものとしてもかたづけるものがある。
これらは意外とはやっかいな現実的な問題なのである。
それで兄の墓は実家の墓に骨も入れていたが土になってわからなくなった
それで墓標のようなものを自分の家の墓の脇に建てた,8万で石の道標なようなものでも墓として立派だとも思った
墓はこういうものでいいと思った,なぜなら跡継ぎがいないとか墓を継承することができなくなっているからだ,すると墓は簡単にかたづけられないとかあり困るのである。
道標のような墓だと簡単にかたづけられるから残された人が困ることがないからである。ともかく人間は死んですぐなんでも終わらない,死者を偲ぶことはつづくのである。
それは郷土史でもあった,老人は回想することが仕事となりみんな語り部となるからだ

料理はほとんどしていない、それでケンチン汁が袋に入っていてすぐにできるものがうまかった,その味は家で食べていたものと同じだった,自分はけんちん汁が好きだったからである。なぜそれを言うのかというと介護して10年の間とか今まで食べられていたのもが食べられなくなった,その一つにケンチン汁があった,だからそれを自分で作ったとき
味が同じだったので元にもどったと感じたのである。
それから鰈の煮物でもツユがうまく同じ味でありその味を思い出したのである。
それはお袋の味だったともなる,自分はそういう味も味わえなくなっていたからである。
結局自分の30年間は何事もなくあまりにも恵まれた結果として家族が死んで悲惨なことになったのである。

それは今のフリーターとか氷河期とかニートとかそういう人達が結婚もしないで親が死んだときどうなるのか?
金もないとしたら信じられない悲惨な運命になるかもしれない,その具体的な例が自分だった,そのことをいろいろ書いてきた
まず他人はもう金しかない,同情など全くない,相手が病気とか介護しているとか関係ない,金を盗ればいいしかない,それで現実にそうなった
他人は相手が死のおうが何になろうか関係ないのである。
特に現代では金がすべてであるから余計にそうなる,そしたら金もない,親もいない,身寄りがないとなったらどれだけ悲惨になるのか?
それを今のフリーターとか氷河期とかニートはイメージしていないのである。
でも否応なくそういう悲惨の末路が待っているいことは覚悟すべきである。

今年一年は家のかたづけとかあった,修理もあった,まず介護でもそうだが家自体と格闘してきたのが介護はじめてから十年とかそうだった
家は修理とかもあり維持するのが大変なのである。たからある程度の資産がないと維持できなくなる
それでつくづく姉が何度もこの柱は橲原(じさばら)のキコリから同級生だったので頼んで用意してもらったと言ったことを思う
この家を建てるのは相当に苦労だったし家を建てたことが誇りだったのである。
その時はあまり考えなかったが今になるとこの柱が姉のようにさえ思うようになった
家を維持するために自分一人がおしつけられた結果そうなったのである。

ともかく母も死んで三年とかなりまた心境が変わる,心境というのは常に年ごとに変わっているのである。今年はなにか死者を偲ぶとういこともあったが正常に精神的体力的にも回復してきた一年だったともなる
介護というのはそれだけ負担だし回復するには時間がかかる
でも老々介護になるともう力が尽きてしまうとなる
それで旅行する気力もなくなったとかなる,仙台にも今年は一回しか行っていない
なかなかかえって家を留守にすることがむずかしい
家を留守にすると誰もいないから不安になる
それで実際に電気の暖房機を一週間くらい電気をつけたままにしていた
それが気づかなかったのある。700ワットくらいであり相当に電気が使った
これも大失敗だった,一人暮らしにはそういうことがある
なにか家を留守にすると危険がある
ストーブでも消し忘れが良くあるからだ,だから外に出にくいのである。

ともかく今年も終わりである,来年はどうなるのか?
ちょっとまた遠くに旅行するのか?
なんかいろいろと家族の死後のことなども一段落したから正常化してくるのか?
やっぱり健康が一番である,一部悪いが自分が良かったのはやはり自転車に乗っていて運動していたからかもしれない,自転車に乗っている時間が多い人は長生きするとオランダで研究があったからである。
やはり自転車でなくても運動している人は体力が維持できる,それが積もり積もって老人になると60代以降現れるのである。
内蔵でも酒を飲みすぎると時間の中で疲労して磨耗する機械とにているのだ
人間の体も長い間使用していると機械のように磨耗して錆び付いてくるからだ
とにかくあと十年くらい元気に過ごせれば自分は人生を全うしたとなるだろう。
だから健康が老後は一番大事なのである。
posted by 老鶯 at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年12月26日

自分が求めたのは秘境だった (ワーズワ-スと飯館村などのこと(自分の詩)


自分が求めたのは秘境だった

(ワーズワ-スと飯館村などのこと(自分の詩)

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 ワーズワース

 1770年4月7日 - 1850年4月23日

 1830年、やはりスチーブンソンの手によるリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業した

湖水地方までは鉄道は通っていない,湖水地方は何かまだ孤絶した地域だった,都会でも相当に離れていた,そこで相手にするのは農民とか羊飼いとかであり工業にたずさわっている人などもいない,工場などないからである。
だからこそ純な自然が保全されていた,それを飯館村とかと比べると原発事故以後に残ったのは菊地製作所であり他でも仕事しているのは製作所とか工業関係なのである。
なぜなら工業は土とか水でも放射能に汚染されないから仕事ができているのである。

イギリスの鉄道は相当に古い,イギリスで最初に蒸気機関車が発明されたから当然だとなる,それが今は日本の日立で特急の車両を作り運行しているのだから明治維新から150年でそれだけ変わってしまったのである。
イギリスに行って日本製の車両に乗るのも不思議だとなる

ワーズワースがほめたたえた湖水地方の住人
達が生活を営む場は、集約農法や製造業の発展といった産業形態の変化の
中で失われつつあった。

この時産業も家内工業から工場や会社形態と変わりゆく時代だった,江戸時代から明治時代に変わるのとにている,ここで人間的なものは失われた。
それは世界的に産業化工業化するなかで同じ経過をたどってきたのである。
アメリカでもソローが生まれたように鉄道すら拒否されていたのである。
文明の発展が確実に自然を破壊することは人間の歴史をふりかえればわかる
森林の破壊なのである。木材は船でも炭にしたりエネルギー源になるから伐採されて破壊されるのは古代からはじまっていてレバノン杉の森は喪失したのである。
湖水地方でも自然の多様な樹々が失われ一様な杉のようなものが植えられたことを嘆いているのもそうである。日本だって杉林の前は多様な種類の木がまじる森だったのである

相馬地方の自然の特徴は何か、丸森とか阿武隈高原があり森と海が特徴である。高い山はないが森が意外と深いのである。丸森は名前のごとく森の世界だった
そこで迷い入り出れなくなったときは恐怖だった,それだけ森が深いのである。
原町の高倉からとかでも飯館村に行く道は細い道が一本通じているだけで森におおわれている,一番印象的だったのは飯館村の大倉から坂を越えた所だった
そこに小川が流れていて森におおわれていて細い道が森の中に通じていた
そこはほとんど人が通らないのである。一日一人も通らない道だったのである。
ただそこにも戦後入植した人達があり十軒ほど家があったのである。
それに気づいたのは最近だった,二三軒はあるなと思っていたけど実際は十軒くらいあったのである。「共栄橋」とかありそこは戦後に入植した人達の村だったのである。
それまではそこは森におおわれていて人は住んでいなかったのである。
そういう場所は日本には結構ある,戦後引揚者が働く場所がなくそうした辺鄙な場所に入ってきたからである。それは浪江の津島とかにもあり山の奥地にも多いのである。
飯館村でもここだけではない,入植者が入ってきた所が結構ある。
佐須などとというときそこは山津見神社があり焼き畑の地名であり相当に古いが戦後に入植者も入ってきているからまぎらわしいのである。

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ただ自分が一番神秘的に感じていた手つかずの自然の森につつまれた所は道路になり失われた,それは原発事故前のことであり今はどこでも車が通り自然が破壊されるのである。原発事故の影響はあまりにも大きいものだった,村は荒廃してしまい人が住めなくなった飯館村の不思議は高原でありそこが別世界のようになっていた
何か花でも高山の花のように高山植物のように純なものとして見える不思議があった
そういう原始的な雰囲気が残されてそうなっていたのである。
ただワーズワースが求めていたように羊飼いとか純朴な農民がいるのとも違う
牛の村だったがにているところはあってもまたやはり現代の村だったのである。
ただ違っていたのは一軒一軒の家が広い庭をもって森につつまれてあった
それが他とは違って贅沢に見えたのである。

迷える足のほか踏みしことなき
人住まぬ谷間や奥深き山中を
いと古き代より汚れを知らぬ地域を
思いのままにさまよいる自由こそは
定命もてるかよわき人間にとり
いかばかり神聖なものぞ!

冬の日にワ−ズワ−スを読む

こういう場所がそこにはあった,ワーズワースが求めたものは何か?それは自分と共通したものがある,自然と人間の精神のモラルの一致でありアイディンティティ化することである,自然こそ真の聖堂であり教会とかの建物に神は存在しない,神は大自然の中にこそ存在する,森は神殿でありそれを模したものがゴシック建築となった

この辺はそれほど純な自然というものが目立たない,それは高い山がないし温泉などもないから外から見ると平凡なのである。
でも平凡に見えるところでも実際はどこでも知られざる秘境はまだ存在している
原町の高倉から森に分け入り飯館村に行く所や鹿島でも水無川をたどって上流の大古林道などに知られざる岩がある
それから丸森の川を上った所にも秘境があった,他にもまだあるがそれは道のない道を分け入ればある
自分のテーマは石であり岩であった

隠された大岩

深い森の影なす一すじの道
それが隠された村に通じていた
その山陰の森の道を一日誰通らない
大きな岩がどっしりとある
その岩の回りに春になると
キクザキイチゲが残る雪のように咲く
それを見た者はいない
そこはまだ開かれていない
分厚い本のいち一ページである。
自分一人のみがそのページを開いて見た
そして閉じていたのである
清らかな流れがひびき
夕べ聞こえるのは小鳥の鳴く声
神秘の蝶がそこに羽根を休める
そこはなぜか日影になりやすい場である。
木暗い場でありしんとして夕ぐるる場である
その大岩は村の人さえ知らないもの
しかしその大岩は今はない
ただ私ははその大岩のように眠りたい
患いもなく千歳眠りたい
その眠りを覚ましてくれるな
ああ 災いの地となってしまった
でも私の心にその森と大岩がある
そしてもう一すじの森の径は消えた
そこに行くことはもうできない
ただ騒乱の日を過ぎ去ることを願う
そして再びそこに千歳の大岩として
私はありて休らぎたい
そこは再び深い森におおわれる
樹々は風のさやぎ森は鎮まる
耳をすませばただ小鳥の呼び合う声が聞こえ
平和なる山鳩はその森に眠る

失われた森の聖域

そは久しくも隠されてありぬ
卑しき人の眼に触れざる所
千歳の岩は威厳を保ちぬ
その岩を飾るは可憐な花なり
清らかに小川は流れ花はうなだれ咲きぬ
さえづる純真な小鳥の声はここにひびき
そのソロの音色に酔わしめぬ
天然の歌人はここに養われぬ
純白の木の花は天に向かい咲き
神のみぞ天より見るのみ
森は深く影なしおおわれぬ
花を探し求めて追いて疲れし
一羽の揚羽蝶舞いきて羽を休めぬ
家々は森につつまれ隠されありぬ
ここに家ありとも知らじ
石はただ黙して千歳動かじ
卑しき人の眼に触れざる所
人の踏み入らざる所
あらかじめ神の定めし座に岩のあれ
純なる自然の聖なる神域にこそあれ
森は黒々としてつつみかくしぬ

the fixed rock is a deep seated place of my homeland

人間の座はどこにあるのか?それはもともと自然の中にありそこで安らぎとその場を得て安定する、自然に育まれて精神もモラルも一体化して養われる
そういう場がなくなったとき精神もモラルも荒廃したとなる
displacementが疎外でありまさにそのfundamentalな場所を失ったからこそ人間の存在が消失してただ統計的数字のようになってしまったのである。

ワーズワースの詩よりヘルダリーンの詩が思想的には深いと今読んで気づいた
彼の詩はライン川ときってもきれずに結びついている

雪の峰は大地にそそぐ
この上もなく清い水を 生まれながらに
あなたが純一なのは そのためなのだ
根源の近くに住む者は その場を離れない

しかしラインは夢に忘れない おのれの出自を
かりにも彼が 根源を忘れ
若き日の純粋な声を忘れようものなら
住む家も消え,掟も消え
人間たちの生きる日は
異形の幻に帰するに違いない

根源を忘れるというとき原発事故でもそういうことがあったのかもしれない
根源の地を失ったからである。根源に生きることからはずれて生きるようになり原発事故になり根源の地に住めなくなったともなる

いづれにしろ芸術の霊感の源は自然でありそこから離れて芸術も宗教も哲学もありえないのである。都会ではだから経済とか工業とか商業はあっても宗教とか芸術とか哲学とかありえていのである。
富岡八幡神社とかカルト宗教団体の巣窟になっているのである。
ただそこでは膨大な人が集まり金が集まる,賽銭が集まるのである。
それで繁華な所だから人が集まる所だからそうなっている
でも本来の宗教とは全く無縁な場所となっていたのである。
神道だって本来は日本の純な自然の中から生まれたものだからである。

then last wish
My last and favourite aspiration!then
I yearn towards soma philosophic Song
Of Truth that cherishes our daily life
With meditaitions passhinate from deep
Recesses in man,s heart ,inmmortal varse
Thoughtfully fitted to the Orephean lyre

かくして最後の望み
我が愛するいやはての熱望!
われが日々の生をいたわる真理を語る
哲理の歌を憧れるなり
人の心の深き奥よりいずる
幾たびの熱情的瞑想を含み
オルペウスの竪琴に思慮深く合わせたる
不滅の詩句を綴らむ
(ワーズワース)

philosophic Song,Thoughtfully とかはdeep Recessesから起きてくる

隠れ場所,隠遁いんとん所;((recesses)) 人けのない奥まった所,奥地,隠所,奥底,隅;(心の)奥;(学問などの)奥義

これは秘境のことなのである。

要するにワーズワースとかでも追及したのは自然との一体化でありそれは詩だけではない哲理であり宗教までにもなる、自然の事物を人間の精神とアイディンティティ化して一体化して表現することだったのである。
ただ今は田舎でも素朴な人間はいない,金,金,金に追われているだけなのである。
だからこそ飯館村でも原発で働いていたことは意外だったのである。
自分にしてもエアコンの部屋でこの文を書いていることも矛盾しているのである。
囲炉裏とかであたたまり書いていればいいが現代ではそうはありえないのである。
石油も使っているからである

ただワーズワースの時代は日本の江戸時代であり街とはかけ離れた場所にあった
そこは確かに風光明媚でも辺鄙な場所でありそこに住むことは今田舎に住んでいる感覚とは違う,今は田舎ではみんな車をもっているし都会と生活そのものが変わりないからである。田舎の人でもどれだけ金を贅沢を求めているかそれは都会より欲深くなっているともなる,純朴な羊飼いなどありえない世界である。
ただワーズワースの時代のような羊飼いがギリシャの山奥でスパルタの方に行ったとき山岳地帯で見た,そこの山の岩場にそういう羊飼いがいたしモンゴルなどにも今でもいるし中国の草原地帯にもいるしまだそういう人はいる
ただヘシオドスのように人間の暮らしが生活が隠されていたというとき人間を意識しないときそこは自然につつまれて理想郷のように桃源郷のようになっていたのである。
どんなところでも人間が住んでいれば必ず汚れるし嫌なものとなるのである。飯館村でも別に自分は人間とは交わらないから良かったともなる,今や飯館村原発事故後に南相馬市と同じく村が補償金とかで分断されたからである。

往来する旅人の顔というものを一度も知らぬ
あの隠者の家の戸口には・・・・(ワーズワース)

その丘の岩場に羊飼いが休み
去り行くも人影の見ず
雲は淋しく流れてゆく
湖水は山の影を写して
風は岩に鳴り
人の跡をとどめざらむとす
・・・・・・・・

なんかこんなふうに人が踏みいらない,旅人すら来ない場所であり時代だった
別に自分の住んでいる場所はそんな淋しい場所ではない,鉄道も通っている知らない人も頻繁に来ている場所なのである。現代では世界中で旅人の来ない所もないから車も通っているからそういう場所は探すのがむずかしいとなる






posted by 老鶯 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

鹿島駅のイルミネーション


鹿島駅のイルミネーション

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青色が幻想的である

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鹿島駅のイルミネーションはそれなりにきれいだった,青色が幻想的である
海の色のような感じがして海が近いからあっていた

8時頃だったが外人がいた,英語で話しかけたら「日本語でしゃべってください」と言われた,日本語は本当に上手であり日本語で日本人と普通に話できるレベルの人だったのである。どこの人かわからないが前にドイツ人が3人来ていたからドイツ人かもしれない
すぐ近くに風力発電の事務所がありそこに来ていたからだ
あの時のドイツ人は日本語はしゃべれなかった

あの時間でも他に仕事に来ていた人が仙台行きにのった,まだこの辺は外から来る人がそれなりにいるのである。
二日前だったか橲原(じさばら)に18才まで住んでいたという人が東京へ帰る所だった
右田の松原が津浪で流されて残念だったというとその人はトラックにのせられて海水浴に右田まで来ていたという,橲原(じさばら)から東京へ住んだのもまた大きな変化である
今は小高でも浪江でもイルミネーションをしている,ただ駅だと電車が来て余計にファンタジックになる,これはいいものだった

駅は寒いと言ったので駅の中にで待っていろと言った,電車が来てからでもここは無人駅で乗れるからである。
ストーブがあればいいと思ったがそこまではできない,駅員がいないと管理できないしそこまでJRではサービスできない、ただ今日は寒い,新地駅はエアコンになっているからこの辺では特別であり津浪の結果、かえって良くなった駅だったのである。
原町駅でもエアコンをしていないし相馬市の駅にもエレベーターもていからである。

とにかく駅は自分にとって今年はいろいろと関係した場であり面白かった
やはり秘境を求めてきた自分だが人の出入りもないと淋しいとなる
特に家族が死んでから自分は人と話しかけるようになったのはそのためなのである。
家族がいないことの影響は本当に大きいものだったのである。