2017年11月28日

冬の日(円墳-変わらぬものに価値がある)


冬の日(円墳-変わらぬものに価値がある)

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枯菊や同じ道めぐりまた暮れぬ

冬の日や円墳ここに五つほど

五六個の円墳変わらず冬の暮

老人の住処(すみか)変わらず冬の暮

故郷の古墳変わらず冬の暮

また一つ墓を建てるや冬の雲

文を練る窓にのぞきぬ冬の月

冬薔薇駅に待つ人一人かな


同じよう道を毎日行く,ここ十年がそうだった,家族二人死んで一人になってからも
遠くには行っていない,何かまだ用があるからだ
今日は兄の墓を作ることで相談に行った,十万もしないで作れるので助かった
この墓作ればまた一仕事終わったともなる
何か実家とかなるとそうした仕事がある,だから長男は実家を守るものとして大事にされたことには意味があった,ただもはやそうした昔の家は消失した
結果として墓を守るものも跡継ぎもいなくなったのである。

そしてもうつくづく思うことは何度も書いたが人間は世の中が変わりすぎることである。現代は広域社会だから変わりやすいのである。
そして何か変わらないことはに価値があると思った
横手の円墳でも千五百年なのか変わらないとなれば驚異的だとなる

この辺は津浪とか原発事故でめまぐるしく変わったからである。
海の方に風車が二つできた,これも松原の景色からすると全く変化してしまった
もう昔を偲ぶものはない,右田の松原もないのである。
こんなに人間が変わるものか?

こうなると人間関係でも何でも変わらないものに価値がある
ここに変わらず木があり石があり家があり古墳があり人がいるとなるとそれが価値があり安心をもたらす,もうそれほど変化したのである。

実際もう変わりたくない,変わることに耐えられなくなっている,特に老人はそうなる
変わらずにあるということが何でもないようで価値がある
変わらずに住むことが価値がある
変わらないことで心も安定するのである。
もう新しい人間関係を作るのを老人に苦手である。
前からあるものが親しく変わらないことで精神の安定が得られるのである。
タグ:円墳 冬の暮

死んで人は終わらない (墓の問題は具体的なものとして残される)


死んで人は終わらない

(墓の問題は具体的なものとして残される)

人間は死んでもそれで終わりではない,別にむずかしいこと宗教などのことでもない,人が死ねば今度は死んだ人を葬る墓が具体的に必要になる
その骨とか灰をどこかに勝手に捨てるわけにはいかない,それは法律にも違反する

人間は死んでも終わっていないというとき具体的な問題として墓がある
死んだ後にも墓が人間には残るからである。
そこで現代は墓のことで悩む人が多くなる

そもそも墓とは何なのか?
これがわからないのだ,自分の異父兄弟の兄は事故で死んだ,その墓には骨壺があり骨を入れておいたがなくなっていた,何にもないのである。他の人の骨壺もなくなっていた
土になってしまったのである。
だから娘にその骨壺をもっていけといってもないのだからもっていきようがなくなったのである。

だからそもそも墓とは何なのか?死者とは何なのか?
それがわからないからそうなる
現実に近くの人は金がないので墓に母親の名前を刻んでいないのである。
墓に名前がないと一体それは何なのだとなる
その息子は評判の悪い息子であり親不孝の息子だからそうなった

その親はとてもいい人であり近隣からも慕われていたのである。
そして自分の家族が認知症になったときも受け入れてくれた唯一の人だったので感謝している,だからお礼として自分の隣に墓を造った
それはただ石に名前を刻んだだけのものである。
ただ名前が刻んであるだけなのである。そこに花を挿したりしている

そして今度は異父兄弟の兄の墓を自分の墓に作る,これもただ名前だけを記した簡単なものである。そういう墓が他にもある,卒塔婆だけがたてている墓もある
人間は墓はかえって粗末なものでもいいような気がする
なぜなら跡継ぎがいない時代には墓はかえって邪魔なものとして残るからである。
墓は簡単に捨てられないからである。それでも墓の墓場ができているのも時代である。
もし簡単なものだったら捨てるのも容易になるからいいともなる

人間はそんなにこれがけの数がいるのだから死ねばそんなに残り得ない,みんな忘れられてしまうのが普通である。江戸時代には墓が残ったのは侍くらいだけである。
庶民は墓がなかった,それは経済的な問題もあった,墓を造るには金がかかったからである。今でもそれなりに金がかかる,でも立派な墓を造っても今は跡継ぎがいない時代だから無駄だとなるのだ,かえって邪魔なものとして残りつづけるのである。

なぜ兄の墓を自分の墓の隣に空いているから作ろうとしたのか?
それは実家の墓が原町であり墓参りするにもめんどうなのである。
一人その実家で育った女性がいるが福島市に住んでいる,ただ一年二回くらいはその人は墓参りしている
その女性は実家の長男にあたる人から「墓を守ってくれ」と三百万もらい頼まれたのである。
じぶんはそんなこと頼まれなくて良かった,墓など守れないからである。
いづれ自分だって死んでしまうからである。
そんな頼みを請け負ったから大変なことになったと今では思う

自分の家の墓と兄は姓が違う,すると同じ墓には入れないのである。
江戸時代では実家の姓嫁いだ先の家の二つの姓が墓に刻まれているのもある
でも姓は一つにされたので同じ墓に入りにくいのである。
だから名前だけを刻んで供養することにした
その墓には骨もなにもない,ただ名前だけなのである。

そして墓とは何なのか?それは土地と関係して生まれていた
死んだら土になるというときまさに骨もなにもなくなり土になっていたからである。
その土地の土となった,でも今は土となるとしても広域社会になり遠くで生活して死ぬ人が多いから生まれた土地とも縁がなくなるのである。

そもそも人間は去る者は日々に疎しになる,生前から離れて暮らしているとその人のことが疎くなる,それは不思議だが墓でもそうなのである。
原町にあるのとすぐ近くにあるのとは違う,自分の墓は歩いて五分もかからないすぐ近くに墓がある,その墓の前を毎日のように通っているのである。
すると花が枯れたから淋しいなとか挿したりする
それは墓が身近にあるから墓のことを気にするのである。
墓はそうなると常時近くにあれば供養しているともなるのである。

つまり墓すら遠くにあれば疎いものとなるのである。
江戸時代あたりは農業中心だから農業中心の思想が宗教的なものでも生まれた
それが死んだ人は山に葬り田植えになると山から先祖が下りてくるとかの宗教である。
それは農業中心の社会から生まれた思想であり宗教観である。

人は死んだら土に還るとはまさにそうである。これは農業的宗教観である。
遊牧民だったら天に還るとなるからだ,その思想の相違も大きいのである。
土に還るというとき死んだ人はその土地のものとなりありつづけるということにもなる
それは近くであってこそそうした宗教観をもてるのである。
離れていたら例え隣の町でも何かそうした思想は生まれにくいのである。

近くだと死者もいつもここにいるなと感じる,それは生きていても離れていると特に東京とか離れていると疎くなるのである。それと同じように死者すら離れていると疎くなるというのも奇妙だけど感覚的にはそうなるのである。
だから毎日通る近くに墓があることは毎日死んだ人を意識するから生きている人と死者も共にあるともなる

ともかく人間は介護があるしまた死んでからも墓の問題があり供養がある,何か観念的なものでなくても具体的に墓の問題があり後始末があり死んでも簡単には終わらないのである。だから故郷に住めなくなった原発避難区域などでは墓の問題がありこれも結構むずかしい問題である,墓を移した人もいる,もう故郷に住めないとなるとその土地の土にもなれないとなってしまったのである。
それも一つの問題でありあまり話題にならないが大きな被害を与えたともなる
精神的損害だったということは言えるのである。
ただこの精神的損害を言ったらもうきりがないのである。
いくら補償金を与えても満足が得られない問題なのである。
ただそういう被害は外からは軽く見られることは確かである。