2017年11月26日

人間はみんななんらかで異常である (異常を異常と意識できない)


人間はみんななんらかで異常である

(でも異常を異常と意識できない)

人間が異常だというとき何が異常なのか?異常と正常はどうして区別するのか?
異常の人は異常と思っていない,自分は正常だと思っている
そして人はなんらかでみんな異常性をもっている,自分ももっている
内向的な人は極端になると引き籠もりになり人と接しなくなる
自分はそうなっていた,そして社会性がなくなる

では自分の異常性はどうして生まれたのか?
それは自分の環境にあった,そういう異常性の中でも暮らしていけたことである。
親がいて三食用意されているし職につかなくても文句も言われないのである。
うるさく就職しろと言われて引き籠もりがニートが親を殺す事件がある
自分も一時はあったが30年間くらいあとは職につけなど言われたことがない
自由に旅行しても文句も言われないのである。
そういうことは普通にはなかなかないが自分の場合はあったのである。
それは異常なことだった,だから社会性がなくなっていた

これが自分の異常性だけど異常なことは環境の中で作られる,なぜならそういう状態にあることを許されなければそういう異常なことでありつづけることができないからである。もし貧乏な時代だったら引きこもっていたら飢え死にする,生活保護もなにもないからである。だからこれだけ現代が無職がいることは今までありえなかったことである。
「無業化社会」なのである。いたるところに仕事をしないでぶらぶらしている若い人がいる時代なのである。田舎でもそういう人はいくらでもいる
何か自分はそういう人と良く田舎で会うからである。自分とにているからそういう人と会うともなる

ただ異常というとき普通に暮らしている人も異常な人はいくらでもいる
そもそも異常だというとき人間はその持っているもの気質でも先鋭化すると異常になるのである。陽気な外交的な人は躁鬱病とかになり陰気な人は鬱病になる。
陽気な強気の人は異常に自信家でありそれが病気だったことを自分の家族の一人が認知症になったとき知ってショックだったのである。
認知症になっても「自分は優秀だ」と言い続けて臨終になったのである。
これは本当に異常なことだった,そこまで自分が優秀だとこだわっていたのである。
それが実は正気のときはそれで通っていた,本当に優秀だったからである。
でも認知症になったときはもうそうではないからである。
でも優秀だとして自分もそう思い死んでいったのである。
ちょうどニーチェが自分が超人だと言って狂気となり死んだと同じであったのだ

だから別にそうしてこれまで社会生活をかえって優秀なものとして見られていたものが実はそれが極端化すれば異常であ狂気になる,俺は超人だというときそれは異常と狂気に向かっていた,自分の家族の一人もそうして狂気となり死んだとなる

ところがこの異常性と狂気は誰でももっているのだ,自分が接した人はみんななんらか異常だった,自分もふくめてそうだったのである。
家族の一人は庭はいらないとか木はいらないと花はいらないとか狂気のように言っていたのである。それは異常なことである。そうなったのはやはり環境だった,貧乏であり働きづめでありそういう異常性がつちかわれていた,家では働かせられることしかなく何か花嫁修行などもしない,そういう余裕もなかったからである。
だから人間は環境で異常性が誰でも培われるのである。

ある女性も狂気となっていたことに驚く,ものすごく育ての親に反発して狂気と化していた,あれほど乱暴な女性に変身していたことに驚くのである。
子供のときしか接していないからそうなったとしてもその変貌ぶりには驚愕した
育ての親もひどい娘だわと言ってすぐに死んだから良かった,全く介護などできる人ではないからだ,だからすぐにあっけなく死んで良かったなとつくづく思う
今は今度は実の親を施設に入れているが何の愛情もないのである。
五年間とか子供のとき接していてもあとは関係なくなっていたから介護などできない
金が欲しいだけで施設に入れているだけである。実の親は金をもっていても認知症になっているからわからないのである。この親も悲惨だなとつくづく思う
そんな人に世話になること自体泥棒に世話になることと同じだからである。

それは人のことは言えない,自分もそういう目にあっているからだ
その女性がどうしてそんな異常な狂気の女性になったのか?それはその女性とは長い間接していなからわからない,別にその女性が愛されないことはないし経済的には恵まれて苦しんだこともないのである。
だからなぜそんな乱暴な女性になったのか不可解だとなる
女性的優しさが全くなくなっていたのである。
自分に対してはそれはわかるにしても育ての親は長い間一緒にいたのに非情にしたことがわからないのである。

今回は異常な女性になったのはこれも環境とかが影響していた,不幸な生い立ちがありそれは同情すべきなのだがすでに40越えて高校卒業する18にもなる娘もいるらだ
この女性がどうして異常性がつちかわれたのか?
それは東京で暮らして子供が幼児の時から離婚して生活保護だったということに由来しているのだと思う,その人は社会と接しなくても生活はできていたからである。
その女性はまたとても仕事ができる人ではない,今回話し合うにもそれもできない
何か文句言うばかりでありまともに会話できないのである。
こういう人が何か仕事ができるとは思えなかった,だからいろいろやってもやめている
長つづきしないのてある。
娘もむっつりとして愛嬌もない,そして娘と母はぴったりくっついて離れないのである。それも異常な人格を形成することになる
母子家庭とか一人っ子とは平均的に異常人格が形成されやすいことはいなめない

異常だというとき事業をしていた人も異常性があった,理系でありそっちの方には詳しいでも事業となると会社勤めとは違う,多様な能力が要求される,商売でもあるからそうした能力も必要とされる,ただ機械だけをいじっているのとは違うからである。
その人は事業をして何か異常化した,失敗して借金したからかもしれないが性格がやはり異常化したのではないか?
その人はこれまで資格もあり優秀な人として認められていた,何も異常性などない社会人だったのである。法律に詳しい理系の技術にも詳しい人だったのである。

でもその人だけではないその家族自体にも異常性を感じたのである。
この家族はおかしいという家族は普通にある,それは比べてみてそれを知るのである。
自分自身の家族もそうだから人の家族のことは言えない,でも一見普通の家族としてまた社会人として認められていても異常性がある人はいるのである。
別にその人は事業に失敗していなければその異常性に気づかない
サイコパスとか異常人格かいてもその人は事業に成功したりしている人もいるからだ
事業に成功しても異常人格と思われる人がいるのである。

ただ人間はどんな人でも異常性がある,個人的にもそうだが集団的にも異常性はつちかわれる,戦争中とか何か集団狂騒状態に陥っている,戦争中は何か催眠術にかかったように戦争に国民が一丸となって向かっていたのである。
それは今の北朝鮮のような状態だったのである。異常性は別に個々人でなくても集団でもつちかわれる,カルト教団ではなぜあれだけの人が集まり社会を圧迫しているのか?
これもその異常性に気づかないからだ

異常であっても異常に気づかない

そもそも異常なことに気づくにはそういう異常な集団だと客観的に見ることができなければわからない
異常な人はその異常性に気づかないのである。カルト教団の人はむしろ外部の人こそ異常と見ているかもしれないのだ。それだけの数の人が同調しあうことは異常なのである。
だからナチスが生まれファシズムが生まれる,つまりそこで異常集団が形成されてもむしろその異常な集団に入らない者はかえって異常なものとして見られるのだ
異常が正常で正常が異常になることは歴史でもあったのである。

人間は自らの異常性に気づかない,それは個々人でもそうだし集団でもそうである。
集団の異常がやっかいなのは数によって権力をもつからである。
いくら異常だと言っても権力をもっているとその権力によって異常が認められることになる,逆らえないことになるのだ,それがファシズムの恐怖でありそういうことは歴史上で共産革命とかナチスとかその他大量虐殺として起きているから怖いのである。
まさにこれこそ集団が異常化して狂気化して地獄になったのである。
タグ:異常と正常
posted by 老鶯 at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、心理学など

母の遺言は約束は果たした (その責任は重かった、だから軽々しく約束はすべきではない)


母の遺言は約束は果たした

(その責任は重かった、だから軽々しく約束はすべきではない)

約束を守る義務が発生するのは、何かを主張した時に、それが真であることを立証したり保証する義務が発生するのとよく似たことである。たとえば、何かを主張して、後で実際にそうでないことが分かった時には、彼は何らかの仕方で責任をとる必要があるだろう。これは、約束をして、それを履行しないとき、何らかの仕方で責任をとる必要があるのと同様である。

「とにかく、嘘はついてはならん。勢いや気合いを語っても仕方がない。
悪い事もしっかりと伝えよう。約束はしっかりと守る事が大切だ。」という

小さな約束事を守るために、もう約束をしない

「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」  
  マタイ 5:33〜37


  
自分が約束したわけではない,母が死ぬ一か月前に大きな声で孫に金払えと言ったことを守った、死ぬ前に認知症にもなっていたのでそんな大きな声で金額まで指定して言ったことに驚いたからである。
なぜなら認知症になり金のことがわからなくなっていたと思っていたからだ
ともかく人間は死ぬときに言う言葉の重みがわかった、最後に自分に託された言葉だったのである。

実は別に孫に金を払う必要はなかった、事情があり払わなくてもいいのである。払うと法律違反にもなるからだそうはいってもその最後の言葉の重みで払った、金というのはやはりそれなりに重いものをもっている
金の貸し借りでも金が世の中では一番重いものとして働いている
だから金についてはきちんとしていないと後でやっかいなことになる
前に書いたが金というのは何でも受け取っていいものではない、金を受け取れば大きな責任が生まれる

例えば不幸で死んだ人の金を遺産でも受け取ると何か災いが生じる、金は金でありもらえるものはもらえばいいとはならない、金には何か怖いものがある、呪われた金もありそれが後に災いになる
一億円でも拾ったらいいかとなるがならない、その金は得たいの知れないものであり災いをもたらすのである。得体の知れない金は何か不正があり災いをもたらす、どうしてあなたはそんな金をもっているのですか?
その理由が正当でないと災いになる

自分の家は遺産でも両親とか家族がいて受け継いだ,その金は家族が正当に働いて家を建て残した財産である。それを説明できる,店をやっていたし家族は協力して財を築いたのである。
だからそこには不正はないのである。その理由は説明できるのである。
でもそうでない金だとするとどうなるのか?それは災いをもたらす
一見何でも金が入ることはいいことに思う,みんなそれを願っている
でも確実に受け取ってならない金がある、それは後で災いをもたらすからだ

このことで思ったことはせ約束を誓うことを契約を果たす責任の重さだった、社会人として生活しないと何か人間は欠けたものになる、だから現代社会では僧院なようなところで生活していたら社会のこともわからないから指導者にもなれないのである。
僧院で暮らせるような時代があり今はそういう時代ではない
実際に良く聖書で契約のことを言う、聖書は神との契約の書である。
神が人間に対して契約を守るということである。人間は契約しても守らないことが度々ある
ただ社会人として仕事をすれば契約の重みを知っている、ただ日本人は契約を軽く考えることがある
でも契約の基本は責任をとらないこととして細かく書いている、保険でもそういうものを良く読んでいないのである。それで当方には責任がありませんと言われるのである。

約束とか契約の怖さは何か?それを実行するためには命までかけなければならなくる、大損失があっても契約は実行されるからである。
だから誓うなというとき人間はそれだけの責任をもてないからである。
それだけの責任を持てるのは神しかないのである。
必ず〈契約を果たす」というとき神だからできるからそう言っているのである。
神が全能であり成しえないことがないから契約を実行して約束を守るのである

人間は小さな約束すら守れない,軽々しく約束するが守れない,だから口は災いの元になるのである。
むしろ約束しないことが誠実だともなる、軽々しく約束しない人は実行する人でもあるからだ
実行するからこそ実行できないことは軽々しく約束しないのである。

いつれにしろ母との約束ではないが遺言を果たしたので重荷がおりた,何か死んだ後でも人間はいろいろある
その人が死んで終わらない、墓参りのこともあるし供養のこともある
人間は死んでも継続するものがありそれが義務にもなっているのである。
それが長男とか長女が受け継がされるのである。
だからもともと実家があり長男が家を守っていたことにはそれなりの理由があったのである。
それで兄弟でも平等に財産を分けるのはいいかどうかわからない,そこに現実問題として墓とか供養とか継承のも問題が馬さゃているからだ,それで墓の跡継ぎがないとかいろいろ現実に不具合なことが生まれているからである。
墓を守るとか供養するとかが死んだ後も残るからである。それは実家の務めになるからだ
自分は現実にそうなったからである。誰も供養しない、その実の子も供養しないから自分が生きている限り供養することが勤めとなっんたからである。
タグ:契約 遺言 約束