2017年11月10日

なぜ心の青雲の都築詠一氏は昭和天皇を批判したのか? (明治維新にその根があり光厳天皇を賛美することになった)


なぜ心の青雲の都築詠一氏は昭和天皇を批判したのか?

(明治維新にその根があり光厳天皇を賛美することになった)

「心に青雲」の著者の都築詠一氏は右である。でも昭和天皇を常にこきおろしていた。
それはなぜなのか?昭和天皇には何か蓄財だとか民を思う心がなっかた
ただ一身上の保身のみがあり戦争についても責任があるのに責任逃れした
それで光厳天皇を賛美していた,ただ光厳天皇という人は知らなかった
南北朝の争いで自ら反省して最後は乞食までして隠棲して死んだ
だから昭和天皇もそうあるべきだとして常に批判していたのである。
天皇は自分の保身しかなく蓄財にのみ関心があり民のことは思っていなかった
何かそれが極端だからこれも右にしてはどういうことなのか?
それは左の人が言うならわかるが右の人がそれほどまでに言うことが理解できなかった

その根はどこにあったのか?
それは明治維新にあったのだ,明治維新が過度に賛美されたことは天皇賛美と天皇礼拝に通じる,天皇が現人神(あらひとしみ)になることに通じていたのである。
それで最近明治維新が見直されるというとき天皇も見直されるのである。
それは中国の文化革命のようなことも起きていた
神道派が力を得て廃仏毀釈になった,これは中国の文化革命とにている,イデオロギー闘争であり思想闘争である,これもまた宗教の争いのように見えて権力闘争にもなっている江戸時代は寺が優遇され神社はないがしろにされたとかその不満が宗教の争いとして噴出したとなる

天皇とは何かというとき常に政権争いの神輿としてもちあげられることがあった
天皇は本当は中立であらねばならない地位にあった,それで姓がなかったのである。
姓があるというこは平家なら平家に属することになる,源氏なら源氏に属することになるからだ。
宗教は権力争いにからんでいた,そもそも宗教は本願寺であれ比叡山であれそこが僧兵もいて城と同じだったのである。
だから信長は宗教なら中立を保て浅井氏とか一方につくなと警告していた
でもそれを破ったから比叡山は焼き討ちされ信長の容赦のない殺りくになったのである。それで寺院というのは権力に敵対するものだからそうなった

寺院には信長の前は職人でも仕えているしそこは一つの国を形成していたのである。
治外法権のような領土をもっていたのである。それはカトリックでもあったし宗教が権力を持ち集団化するとそうなる,今でもカルト教団はそういうことがある
宗教の名のもとに団結して権力をもち世俗社会を支配するのである
だから信長がそれを許せなかったのである。

天皇というのも明治維新で近代化にはそぐわない存在だったけど尊皇攘夷派によって薩摩長州によってもちあげられすぎたのである。
それは神がかりになりその後太平洋戦争に結びついたのである。
つまり明治維新から太平洋戦争は一連のものとしてあった
明治維新に太平洋戦争の種はまかれていたのである。
それで明治維新の明治の元勲とが呼ばれた人が批判されるようにもなった

そして「心の青雲」の著者の都築詠一氏は幕臣だった,だから薩摩長州の勢力に不満だったのである。天皇でも薩摩長州にもちあげられたから不満だった
幕臣は薩摩長州に恨みをもっていたのである。武士の出だった内村鑑三も幕臣だったから終始薩摩長州が権力をにぎったことで腐敗したことを常に批判していたのである。
何かこういうところに歴史の継続がある
権力争いで必ず恨みが残るのである。

天皇というのは何なのか?それがなぜ明治維新の時持ち上げられたのか?
それは水戸学派の天狗党など過激な思想となりイデオロギー闘争となり廃仏毀釈となり天皇絶対制を作り出した,それは近代化すること民主主義とは相反したものであったが無理やりそうさせられたのである。
都築詠一氏が昭和天皇をあれほど批判したのは明治維新も評価しないことに通じていた
そして光厳天皇に光を当てた,だから光厳天皇論は都築詠一の思想の骨格にある。
歴代の天皇で自らの過ちを認めた天皇はいないだろう,なぜなら昭和天皇でも現人神とされたのだから神が過ちを犯すことがないしまた敗れることもないからである。
だから昭和天皇は謝罪はしていない,ただ神ではない人間天皇を宣言しただけなのである

この考えは会津とかに共通したものだし東北でも薩摩長州に踏みにじられたから不満が今でも残っている,いづれにしろ光厳天皇が一人間に立ち返りその過ちを認めて隠棲して死んだということそれは日本ではまれなことだったのである。
ありえないことでもあったから都築詠一氏は共感したのである。

日本ではこれから天皇自体が問われ天皇制は維持できなくなるかもしれない,天皇に対する崇拝とかはなくなっているだろう。天皇をyoutubeで悪人だとこきおろしているから驚く,明治だったら戦争中だったら不敬罪になり警察に逮捕されて刑務所にぶちこまれる
警察権力が天皇を警護するものとしてもあるだ,菊の紋が警察の紋であることでもわかる警察権力と天皇は密接に結びついているのである。
天皇は常に権力と関係して存在したのである,だから南北朝の争いでは天皇が二人になり日本が二つに分裂してしまったのである。
天皇がお墨付きを与えて薩摩長州が官軍になった,それで靖国神社は薩摩長州の神社となったが西南戦争で長州の神社にもなった,そして山口県から首相が出るし今も出ているのはそういう支配構造が明治維新にできたからだとも言う人がいる

いづれにしろ都築詠一氏の遺したものは何なのか?それは死によって永遠に中断してしまった,ただ昭和天皇批判とか明治維新の見直しはなされるようになった
つまり天皇の宗教的権威がそがれてただの象徴となったときそうなった
日本に天皇が必要なのか?そういう議論までになるのはやはりそれだけ天皇というものの権威が落ちた現れなのである。

原発事故と神戸製鋼など大企業の不正の共通性 (日本の技術への奢りなのか)


原発事故と神戸製鋼など大企業の不正の共通性

(日本の技術への奢りなのか)

●技術の奢り

●コスト競争

●納期を守る

●縦割り組織

●安全の無視

何か最近起きている大企業の問題と原発事故も共通していた,それは日本自体の製造業の危機だとも言われる,東芝とかシャープとか神戸製鋼とか日産などは日本を代表する大企業だからである。
なぜこうした大企業が問題を起こしたのか?それは原発と共通性がある。
根本的にはモラルが喪失がある,企業経営にもモラルが必要なのである。そのモラルが喪失するとき問題が起きる

そして技術の奢りも日本にはあった,日本の製品は品質管理は優れているというのが世界で信頼を得ていたのである。それが壊れたのはなぜなのか?
日本が長年築いてきたそうした技術が奢りになっていたのである。
日本は技術が外国より優れているからロシアのチェルノブエリのような事故は起きないと自分も思っていたしみんな思っていた,それで「安全神話」が作られていたのである。
それは東電だけではない他の大企業でもそういうことがあったのである。

ただ内部事情ではコスト競争とか納期を守るとかそういうプレッシャーとか人手不足で品質管理を怠ったのである。納期を守るということでも急ぐから品質管理をおろそかにしてパスしていた,検査資格もない人にやらせていたのである。
縦割り組織というのも横の連携がなくなる,それも原発事故の原因にもなっていた
縦割り行政の弊害があった,セクショナリズムというのもそうである。
吉田所長が覆水器のことがわからなかったのである。専門分野が違うとなりわからなかった,様々な分野に別れているから全体を知る人がいなくなる
大きな組織はみんなそうなる,役所でも部署が違いますとか言われて何も聞くことすらできないことがある,それは責任逃れなのである。

そしてまたグローバル化するとコスト競争にさらされる,それてコストをおさえようとすると品質管理とかはいい加減になる,何かをコストを減らすことが要求される
それで東電の清水社長はコストカッターとしてのしあがったとういことでもわかる
そういうことが事故につながっていたのである。

東電では10メートル以上の津浪がくるということを試算していた,それがわかっていても対策をしなかったのは金がかかるからしなかったのである。コストの問題なのである。
企業でもやはり根本的な所でモラルがなくなるとそれが事故につながり安全は守れないのである。
ただこれは会社や大企業でも常時起きている問題である。
だからどこでもこういう問題は起きるのである。

奢りといえば別に個々人でも起きてくるし会社単位でも起きてくるし国単位でも起きてくる,奢りが個々人でも滅亡に導く,日本の戦争だって奢りからはじまった,アメリカの強大さを知らなかったからである。
そして日本の技術は特別優れているということをすりこまれてきたのもそうである。
技術のこと科学のことがわからないくてもそう思わされていたのである。
でも電器製品と原子力はまた別物だったのである。原子力の技術はアメリカとかフランスが優れていたのである。
そういう思い込みが一般人にもあり事故など起きないと思わされていたのである。

日本の技術は優れているというときそれがナショナリズムとなり日本礼賛となっていた
確かに優れていたものがあってもすべてではなかったのである。
原発に関しては後進国でありそういうことはなかったのである。
技術というのは安全性が生命線にもなる,鉄鋼でもそうである。
長く使っていると必ず磨耗してくるから強度が大事になる,技術の基礎としてある
ずいぶん長く使っても壊れない機械がある,そういうのには感心するのである。

いづれにしろ東芝であれ日産であれ神戸製鋼でありこうした日本を代表する大企業がこういう問題を起す時世界からの信頼も失われ日本の根幹がだめになってゆく兆候なのだろうか?
だから株価が上がっているけどこれは別に日本の産業が上向きになったからではなく金融の操作でなっているのであり日本の産業の価値があがっているわけでとないのである。
それもまた錯覚させられているのである。
賃金だってあがっているのは一部であり人手不足でもそれは少子高齢化が原因であり景気がいいからではないのである。
ともかく何かそういうふうに政府とかに思わされるのである。
それは原発事故で「安全神話」が作られたと同じなのである。
それは結局奢りであり奢りから事故が起きたり国自体の滅亡になってゆくのである。

日本の大手製造業では、長引く低成長のなかで、名誉職を含め、企業の上層部に団塊世代やバブル世代が長く居座り続け、製造ラインへの新増設投資は乏しく、若手社員の補充が乏しい傾向がある。要するに、活気がないのだ。

こういうことも影響しているのか?少子高齢化も社会を活力なくしている,やはり日本自体が老化しているのである。高度成長時代は若者の人口が多かった,今はその逆だからである。若者のエネルギーが社会にを動かさないのである。
そしてどこでも会社でも技術を受け継ぐ人が不足している,農業や漁業は顕著なのだが
企業でもそうだったのである。中小企業でも後継者がいなくなり倒産している,会社が継続できなくなっているのである。だから少子高齢化は本当は社会全体に影響する大きな問題なのである。
posted by 老鶯 at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層