2017年10月30日

風で常磐線運休二本 (駅ではお土産を買いたい人が多い)


風で常磐線運休二本

(駅ではお土産を買いたい人が多い)

今日は風で常磐線が運休していた,仙台行きに乗る人はちょうど乗ることができた
次の仙台行きが運休になった
インターホンで連絡してみればいいと言って原町駅に問い合わせたら仙台行きは出る
その後は運休になった

その人はお土産買いたいといってテレビ画面の宣伝の映像を見ていた,そしたらネットで買うからいいと言っていた,パソコンの話をしていたから詳しいらし
原町駅でもチーズのみそ漬けは人気である。
あそこの売店にはお土産を売ってるからいい,ここでも売ればいいのにと言っていた
前もお土産を買いたいという人がいた,わざわざ六号線の香の蔵まで行った人もいる

何か駅ではお土産を買いたいということがある,だからお土産の需要はある
ここにお土産が売っている,菅野漬け物店はこの辺では有名である。
近くで世話になった人がここでずっと働いていたのである。
あの女性が働いていたなと時々駅から思ったりするのもここは狭い町だからそうなる

みそ漬け処 香の蔵

駅はまた自転車置き場を広げる,八重桜の木を切ったところを自転車置き場とする
その他また工事する場がある,この前はスイカの自動改札の機械を点検する人があった
無人駅でも人が来て保線とか電気系統の点検とか駅の建物とかその前の広場とかを見ている

鹿島駅前はJRの土地である。だから駐車場にはなっていない,一時的にとめるのはいいのだが駐車場ではないのだ,それで車をとめるところがないかと前の自転車屋の人に聞く人があった,キクチスーパーにとめるのがいいと教えたという
駐車場がないことが駅では困るのである。
地元の人は指定した駐車場を借りている,そこは停車できないからである。

いづれにしろこれから風が吹くと必ず遅れる,それが問題になるのだ
今日は木枯らしであり時雨たりした,風は冷たく冬になったのである。
もう冬なのか,秋がなくて冬が来たともなる,何か変則的になり変わってしまった
秋はもっと長く感じていたからである。
だから秋の季語には秋深いとか秋に関しては季語が多いのである。

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連