2017年10月23日

抽象画ができる過程 (The process of creating an abstract pictures) 抽象画ができる過程 (The process of creating an abstract pictures)


抽象画ができる過程
(The process of creating an abstract pictures)

それは決まったソフトの使用で作られる
(It is made with the use of fixed software)


MMMFORESTTT123.JPG
Forest of the morning light

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moonshdowww111222.jpg
Moonlight Forest


Autumn forest

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autummmmforest.jpg

autummmmforest222.jpg

waterfalllllllllll1.JPG

waterfallll123.jpg
Phantom waterfall

streamffff123.jpg


抽象画できるのはソフトの一部の使用で決まる
例えば

森を作る過程

A(オリジナル作品)→B(ソフト)→C

川作る過程

D→F(ソフト)→J

山を作る過程

H→H(ソフト)→I

この過程の操作は決まっている,ソフトでもある一つのソフトが有効になる
あとは使いないものが多いのである。

だから抽象画を作ることは創作とも違う,化学変化とにているのだ
だからこそ大量に生産できる,何かイメージが湧いてきて創作しているのではないからだそれでこんなことが芸術なのかという疑問がある

ただ材料はインターネット上で写真でも何でも豊富だから変化するものも無限だとなっている


The process of creating an abstract pictures

It is made with the use of fixed software


It is determined by the use of a part of software that can abstract
For example

The process of making forest

A (original work) → B (a part of software) → C

River making process

D → F (a part of software) → J

Process of making mountains

H → H (a part of software) → I

The operation of this process is fixed, one soft software is effective
Many things are not used afterwards.

So making an abstract picture is different from creation, and it is based on chemical change
That's why we can produce in large quantities, because some sort of image has not gotten up and created, so there is a doubt whether this is art or not

However, since materials are abundant in photographs on the Internet, things that change are becoming infinite

急な解散で混乱して野党が負ける (急(せ)いては事をし損じる)


急な解散で混乱して野党が負ける

(急(せ)いては事をし損じる)


今回の選挙ではいろいろな見方がある。やはり希望の党が今回は中心になり小池百合子がクローズアップされた,台風の眼となった
それで小池百合子のことがいろいろと一番言われたのである。
その人格とか人となりも言われた,それが何か違っていた

小池百合子が東京都議選で大勝したことで奢りになったとか慢心したとか言うのは本当だろう。それが私が政治家として有能であり選ばれたと勘違いしたのである。
東京都議選では東京都議会の腐敗を一掃するということで選ばれたのであり小池百合子が優秀だからでもなかった,それを自分が政治家として優秀だから勘違いしたのである。
そして何か自分への人気投票のように錯覚したのかもしれない,私の人気は抜群なのね,これなら衆議院選挙でもやっていけると勘違いしたのである。
そこで自分には何の力もバックも組織もないのに東京都議選と同じ結果がでると思ったのである。

それで「排除」の論理も生まれた,私には力がある,私の力だけでもできると慢心した,政策を中心にして排除したのは理解できる,ただ私が中心なのよ,私の力で勝てると慢心したのである。
それから何か必ず諺というのが活きてくる「急(せ)いては事をし損じる」であった
あまりにも急な解散は急襲だったのである。それで野党陣営はまとめられなかった
それも小池百合子は最初は自分の人気で勝てると思ったのである。
小池百合子中心にすすみまるで小池百合子の人気投票のように自分自身が思ったのかもしれない,テレビのアナウンサー出身ということで芸能人だからそういう感覚があったのかもしれない,小池百合子にはそうした指導力はなかったのである。

選挙というとき何か一人物のことがまるで信長と秀吉とか家康とかのように影響することはないと思っていた
今回は小池百合子の動向で決まったということもある,それほど一人物が注目されたのである。だから小池百合子は都議選で大勝して慢心していた
私への人気投票のように選挙結果を見ていたのである。
人間は何でも奢るとかおかしくなってくる,それは国全体とか会社でも個々人でもそうである。

民主主義は一人の人間を偉大な物として祭りあげたりしない,一人一人の投票の結果として選ばれるのだから主権が国民にあって選ばれた人にはない制度なのである。
だから中国のように習金平のように自分の功績を延々と言って自分が王様のようになる共産主義とは違うのである。共産主義下でもまず政治は自分の力で何でもできるものではない,そういう奢りが必ず権力者にはもたらされるのである。

いづれにしろ「急(せ)いては事をし損じる」というとき最初から大勝して首相をねらうということではなく小さくても希望の党の基盤を作ってから首相になることをねらうべきだったというのもわかる
人間はまた何でも人はあせるのである,文学者でも何でも早く賞をもらって有名になりたいとか常にある,人間は待てないのである。

ただ小池百合子の場合年でありもう待てないとういことが急いだことにもなる
そして人生の中でチャンスは一回逃したらあとは来ない
それで小池百合子は東京との知事をやめて阿倍の対抗馬として希望の党の先頭に立ち国民に首相の選択させるべきだったというのもかる
おそらくもう首相になるチャンスは来ないと思って決断するべきだったともなる
人間はワンチャンスで未来が決まる,そのワンチャンスを逃すと二度とチャンスは来ないのである。もう小池百合子にはそれだけの時間が残されていなかったのである。

人間はここが勝負時だというとき賭けなければあとはチャンスがない,小池百合子にはそのチャンスがめぐり与えられたが逃したともなる
だから何か今回は小池百合子の人間的ドラマだったのかともなる
そしてそのドラマも終わったのかともなる
posted by 老鶯 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層