2017年10月01日

政権交代なき民主主義は死ぬ (世界も主義理念の対立で二分した)


政権交代なき民主主義は死ぬ

(世界も主義理念の対立で二分した)


都議会に理念とかあまり関係ない。国政は理念が対立要素。

そもそも民主主義がどこではじまったのか?ギリシャのポリスからである。
ポリスといっても一万とか二万の都市なのである。
だから直接民主主義であり代議制ではない,何かをみんなの投票で決めていたのである。だから現代の民主主義とは相当に違ったものである。
民主主義は歴史が短い,だいたい古代から中世とか長い間君主制なのである。
その君主制の時代が二千年とかある,民主制の時代はここ100年くらいしかないのである
世界の政治的形態は君主制である。中国でもそうである。

理念というとき主義である。なぜ主義が争いの焦点になるのか?
世界を見ればわかる,なぜ中国が共産主義でありイスラムがシスラム主義であり欧米が民主主義になっているかである。
冷戦というのが共産主義と民主主義と資本主義の対立から生まれた
主義,理念の相違が世界を二分したことでもわかる

宗教でもカトリックに対抗してプロテスタンが生まれプロテタントイズムが資本主義が生まれたというときやはりそこには主義の対立がある,そもそもフロテスタンとはプロテストであり反抗するから生まれた言葉だからである。
これでキリスト教世界が二分されたことでもわかる
その影響が大きいというとき欧米もカトリック系とプロテスタン系に二分されたからである。
そして南米はスペインとかホルトガルとかカトリック系が支配したら発展しないとかあるアメリカは南北があるとき北が工業化に成功したのはプロテスタン系であり資本主義がそこから発展したという分析がある。
だから主義というのが理念が社会に大きな影響を及ぼしているのである。

そして大事なことは世界を見るとき民主主義,資本主義の世界と共産主義とイスラム主義世界に分かれるていることである。
その特徴は

欧米型の民主主義,資本主義→政教分離

イスラム主義→政教一致
共産主義→政教一致

こういう傾向がある,共産主義がマルキシズムを基にしているときそれはイデオロギーと政治が一体化しているから宗教ともなり政教一致になる
政教分離から分けるということもありうるのである。

政教分離というけどヨーロッパではカトリックがローマ帝国で政治化して支配体制組み込まれた,その反発としてプロテスタンとが生まれやがて資本主義が生まれ民主主義が生まれた,
政教分離というとき政教一致の歴史の方がまた長いのである。
仏教でも政教一致で国を治めた時があった,アシャカ王とかがインドで仏教を基に国を治めた。だから仏教には政治的な思想もある
日蓮宗の王仏冥合(おうぶつみょうごう)とは王は政治だから仏教と一体化して治めることである。
創価はそういう主義で戦っている,そういう主義なのである。ブッデイズムとかなる
だから現代の政教分離を基にする民主主義とは合わないのである。
ただ選挙で合法的に政権奪取ができるのだから選挙で勝つことが仏法の勝利となるのである。

ただ世界をみると政教一致というのは危険な思想になる,政治の世界にもちこむと危険になる,天皇が神とされた大東亜戦争も日本が神国だという宗教になり大きな災禍をもたらした。共産主義でも一千万くらいが政教一致でイデオロギーを絶対化して死んだ

共産主義の一番の問題は何なのか?

政権交代ができないことである。イスラム国でもそうなりやすい,一党独裁になりやすいそもそも選挙がないとしたらそうなる,政権交代の仕組みがないのである。
もちろん君主制には君主制の良さがあり民主主義が必ずしもいいとはならない,民主主義の弱点は今だとポピリズム,劇場型とか大衆主義になる
ともかく頭数だけを集めることが優先されるからである。
大衆にむずかしいことを言ってもわからないからである。
そこに希望の党の小池都知事の問題がある。

ただ政権交代がない限り民主主義はありえないのである。政権交代がなかったら民主主義が死んでいる:それは君主制であり一党独裁であり共産主義と同じである。
それで阿部首相のお友達内閣とか自分勝手に権力者が権力をの濫用する
そして検察も警察も動かすことができて原発を反対するとなると公安とか警察がとりしまりできないように現実にしているのである。
検察と警察は時の権力者につくからである。

要するに政権交代がなければもう君主制なのである。政策の変換も何もできない。
そして権力をもつものがコネとか自分のいいようにできる
そのことが社会自体を腐敗させる,そして民主主義は死ぬのである。

いづれにしろ今回の選挙の争点はなにか?

それは原発問題があり政権交代の党を二大政党制を保守系でも作ることである。
そうしなければ民主主義は死ぬし君主制となり独裁と進むことになる
選挙でも政権交代があって民主主義になる,もしそれもないとしたらどうせ自民が勝つようになっているとしたら選挙しても無駄だとなる
民主党でこりたというのもある,でもやはり二大政党制を目指ささなければ民主主義そのものが死ぬ,そうすると選挙などしても無駄だとなる,選挙の意義がなくなるのである。そしたら日本はもうそうなっているとしたら民主主義をやめて君主制にした方がいいとなる,つまり日本には民主主義は向いていなかったともなる
お上があってそれに従っているのが向いていたとなる
現実に戦後70年で政権交代があったのは二回くらいしかないのだから実質は政権交代なき民主主義になっていたのである。
日本は何か内部からは変革できない社会体質なのかもしれない,不満があってもじっと耐えている,それはいい面と悪い面ともなる
やはえ江戸時代の300年の君主制が政治にかかわらないことが体質的にそうさせているのかともなる,そのことでは江戸時代はマイナス的に作用したともなる
戦後の民主主義にしてもアメリカからおしつけられた民主主義でありただ私的権利のみを主張するものとなった。

日本は何か同調圧力が強すぎる世界である。対立することを嫌うのである。それは村社会が長い間に歴史的に生きる場所でありそこに日本人の性格が作られたからだともなる
だから弁証法などわからないだろう。対立するものからアウフヘーベンしてゆく,止揚してゆく,小池首相が言っていたがそもそも対立を嫌うのだからそういう思想になじまないのである。
だから日本は上からの支持に従う君主制が向いているとなると政治体制まで変えねばならない,みんな選挙に無力感を感じているからである。
それは選挙では何も変わらないとかあきらめの気持ちになっているからである。
posted by 老鶯 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

鹿島駅前は駐車場ではなかった (送迎のものしか止められない)


鹿島駅前は駐車場ではなかった


(送迎のものしか止められない)

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指定席の駐車場

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指定席の駐車場

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農協の駐車場



これはわからなかった,ちゃんと看板が出ていたのである。
これを見ている人は少ないだろう
道の駅ではないのだから駐車してはいけないとなっていた
ただ無人駅なのだからそさを注意する人もいないだろう
ちょっとの間なら止めてもいいとなる

でもここが駐車場になっていないことは意外だった
ただ送迎の人は止めている,ここには駐車しても長くは止めていない
道の駅ではテント張ったり車で車中泊する人が必ずいる
道の駅は駐車場だが駅前はそうではなかった

こうなると車で利用しにくいともなる,鹿島には道の駅がないからだ
車にとって駐車場は欠かせないからである。
それができないから街の通りは衰退して郊外のイオンとかになった

駅には待ち合わせ来る人もいるし車で来る人もいる
それが駐車できないとなると駅の活性化はむずかしいともなる
新地駅とか山下駅は駐車場を新しく作ったろう。
駅中心の街作りをしたのである。
それは津浪で根こそぎ駅がなくなったことでそうなった

駅前開発がまず駐車場の整備だということがわかる
指定席の駐車場はあっても外から来た人はとめられないからである。
そうなると車にとっては使いにくいとなる

つくづく駅などいつも行っているがわからないことがあるものだと思った
駅は意外と様々な使い道がありそれがわからないということがあった
それがボランティアのまねごとで駅員をしてみたらわかったのである。

タグ:駅前駐車場

老後(定年後)に変わる人生の価値観 (最後は金で買えないものの価値が大きくなる-思い出などの価値が)


老後(定年後)に変わる人生の価値観

(最後は金で買えないものの価値が大きくなる-思い出などの価値が)


今の時代みんな会社員である。会社で人間関係も会社が生活になっている
価値観も会社で作られる,でも一旦会社をやめるとどうなるのか?
会社で培ったものが人間関係でもなんでもなくなってしまう。
これは本当にショックなことだが意外と自覚できない
人間は将来のことを自覚できない,来年のことを言えば鬼が笑うとかなっているからだ
だから結局人間はなってみないとなんでもわからないのだ

自分なんかも介護十年で苦しんだけどそれは予測されたことだった
自分の生活は何か普通とは違う,異様なものだったと思う
こんな生き方をした人は今はニートとか普通だがいるが団塊の世代ではいない
自分の場合は特殊な家庭環境でなってしまったのである。

まず定年後どうなるのか真剣に考える人もいない,それより老後がどうなるか考える人もいない,若い人は60くらいで死ねばいいとか楽観的に考えている
80までは普通に生きる時代に今の若者は高齢者を見ているのにそう言っている
自分は60くらいで死ぬと思っているのである。それがいかに今の時代ならおかしいかわかるはずである。でも若者は老人になったらどうなるなど考えれられないのである。
体力や知力やなんでもそのままつづくと思っているのだ。
病気にならない人は自分は病気にならないと思っているし常に人が死んでいるのになぜか自分だけは死なないような気がしているのが人間なのである。
だからこそ人間は生きていられのだと思う,もしその将来を未来をリアリティをもって見せつけられたら生きていられないとなるからだ

ただ高齢化社会というのは価値観を変えなければなくなる,会社をやめてもその後が長いすると会社を退職して何もすることがないとかなると問題なのである。
地域で活動するといっても簡単にできないからやめろというのもわかる
そんなことが今の時代に用意されていないのである。
ボランティアでもこれもなかなか簡単にできない,日本ではボランティアを受け入れるようになっていないのだ。法整備もしていない。
だからお前はそこで何をしているのだとかかえってあやしまれて自分のように駅でボランティアしてもその価値が認められないのである。

ボランティアはみんな受け入れられるものだと見ているが実情は全く違うと思う
要するにそういう席は社会に用意されていない,だからその席を確保するとなると容易ではなくなる
駅のボランティアをしても誰も認めない,JRではしょっちゅうあっても一言もありがとうなど言わない,こいつ何しているんだくらいしかないのである。
それは回りの人だってそういうことがあり誰かがあやしい警察に連絡して職務質問された要するに自分のしていることは誰も認めなかったとなる
その誰も認めないことをつづけることはむずかしくなる
なぜならそうじゃないか?だからこそ警察にあやしいと通報されたからだ
つまり回りから見て価値が認められないことは遂にお前はそんなところで何をしているのだいるなとまでなるのである。
だからへたにボランティアはできないということもあるのだ
社会でボランティアというのが受けいる体制がないとできないことがあるのだ。

そうなると老後というのは長いしそこで何か生きがいを見いだすことはかなりむずかしい作業になると思う,会社をやめて地域活動をするとか地域を見直すとかもできない時代である。つまり問題は会社で培った技能とか何か活かしにくい社会なのである。
だから会社をやめたとたんに無用化して家でも邪魔者扱いになる
誰もそうした老人など若者でも回りでも尊敬したりしない時代だからである。
かえって無駄飯くらいで早く死んでくれとかいつも若者が言っているからだ

人生の価値観など会社をやめたから何かまた新しいことをはじめるとかなると容易ではない,人間60年生きたらそれで培ったものが後半に生きるならいい,継続するならいいのである。
だから何か経済的問題,老後の金だけの問題がとりざたされる,でも精神的なものが意外と定年後は問われるのである。それは金で解決しないのである。
原発避難民などは故郷を失った,そこで故郷を家を失ったことの精神的被害が実際は大きい,それは金で買えないものだったのである。
それは何十億の金をもらったとしても変えられないものだったのである。
それは故郷で暮らし歳月の記憶であり家での家族の暮らしの思い出とかになる
そういうものが老人になると大事になる,だからみんな老人は家に帰りたい,故郷に帰りたいとなっているのだ。
みんな金の時代だから老後も金だと思っているが精神的なものがかえって大きな課題となる

老後で老人になってい大事なものが何か?それはむしろ精神的価値であり金でそれは買えないのである。例えば思い出を老人になって買えるか?金で買えるか,失われた青春を金をで買えるか?それも何十億金を出しても買えないのである。
例えば芸術などでも学問でもそれは長い間培ってきたから老人になって実るとういことがある。俳句のようなものでも老後にはじめる人がいるがそれでうまくなるかというとむずかしいだろう,何でも老後からはじめたらうまくいかない,継続していたものがうまくいくのである。

そして老後が金がすべてでないというとき一体はあなたは何をしたいのか?
あなたが社会に示せるのは何なのか?
俺は金をたんまりかせいだから金で人を使うことができるしこの世の中年とっても金だよとなる,でも人間は生きる時間が死ぬことが迫ってくるのは長生きの時代でも感じる
明日死ぬかもしれないというのが現実になっているのだ。

それで「心の青雲」のプログを書いてきた都築詠一は69才で死んだのには驚いた。
それは同世代だったからである。ずっとプログも読みつづけていたからである。
人工透析を17年間もしていたというから驚くのである。
その人は透析で金をかけているしなんとか社会に役立つことをしたいとしてプログを懸命に書いていたのである。そういうことが自分にはわからなかった
死んでみてわかったのである。
でもそうしてプログに書いたことで何らか社会に役立ったということがある
自分もそのプログを読んで参考になったからである。

フログなど書くのに金はかからない,金の問題ではない,そこで最後に死ぬ前に自分の思っていたことを書いたのである。学識もあったからそれを参考にした人はいる
ただそのログを自ら消したのか死んだとき消えたのは残念だった,一部残っているのでそれを参考にして自分はレスポンスを書いた

あなたは最後に何をすべきなのか?

だらだらだらと生きながらいて死んでゆくだけなのか?
それは金の問題ではない,画家だったら最後に傑作をものにしようとするだろう。
何か他でもライフワークがありそれを完成しようとするだろう。
何か追及したものがあり残そうとする
だから金だけではない,金がなくてもいいというのではなく老後は人生の総決算としてその人の価値を示す時なのである。
精神的な要素が大きくなるのである。
それに備えている人は少ない,金だけの心配をしているからである。
明日死ぬというとき金の心配する人がいるだろうか?
それが人生の誤算なのである。
人生はどんな人でも老人は後悔している,これすれば良かったとなんとか後悔する
その大きな原因が老人になると老後になると定年退職後は精神的なものの価値が大事になってくるからだ
その人の生きた思い出とか記憶が宝になる,だからこそ原発避難民の老人は思い出がある故郷に家に帰りたいとなるのである。

ともかく老人の問題は老人だけの問題ではない,若者の問題でもある。
なぜなら若者も老人に確実になるからだ,だからこそ老人になった人はどう考えているか知るべきなのである。
老人の言うことなど聞いていられないとはならない,あなたも老人になるからだ
老人になってどう生きるかなど考えることはできない,すでに結果が出たのであ青春時代などかえってこない,二度と帰ってこないのである。時間を元にもどすことだけはできないのである。
そこに老人になってから深刻さがあるのだ。
人間はどう生きるかなど老人になって考えることも何することもできない
老人は人生の結果であり若い内ならできてもできないからだ
ただとりかえしつかない後悔だけが残ったいるだけだとなるのである

結局若者でも今生きていることが老人になって結果として現れる,ふしだらな生活を罪なる生活していれば確実に老人になって後悔する,老人になればそういうことが結果として現れる,そしてもうとりかえす時間もなくなる
宗教でも求道は若い内からしなければ信仰は得られない,老人になってからの宗教は慰めにすぎない
若い内にはじめたものが継続してす老人になって実るのである。
posted by 老鶯 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2017年10月02日

夏の夜(summer night)


夏の夜(summer night)

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タグ:summer night

南相馬市の横手の踏み切り近くで電車が20分ほど停止 (線路内に入る人がいた!-そこには危険の警告板が立ててあった)


南相馬市の横手の踏み切り近くで電車が20分ほど停止

(線路内に入る人がいた!-そこには危険の警告板が立ててあった)
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横手の茂手のローソンのある所の踏み切りで電車が20分ほど停止した
それで車が踏み切りに渋滞になった
それで踏み切りはちょっと上に行けばいいのでそこから行くように言った

それから誰かが携帯で駅に連絡した
まもなく来るという連絡があり車は待った
ただ20分くらい電車が止まるのは長いしめずらしいと思った

それで鹿島駅のインターホンで原町駅に聞いてみたら
誰かが線路内に立ち入り止まった

それで気がついたあそこに細い道があり線路をわたるようになっている
そういう踏み切りのない所に道があり線路をわたるようなものがある
それであそこに止まったのだと思う


 踏切遮断機が設置されていない踏切道に
おいて死亡事故が発生していること。

付近住民が生活道として利用している線
路を横断する里道等においても、同様に、
死亡事故が発生していること。

○ 踏切遮断機が設置されている踏切道(第
1種)に比べ、設置されていない踏切道
(第3種・第4種)は事故の発生率が高い
こと。



あそこは踏み切り道といえるのか?畦道から通じているような横断道である。
あそこを知っている人はこの辺でもいないだろう。
自分は自転車で行ってことがあり知っていたのだ
この辺だとそうした細い道まで入っているからだ

あそこは4種にもなっていない,なぜなら警報警標がないからだ
そしてJRではここは渡っては行けないと警告の看板まで設置していた
そこは渡っては行けない場所だったのである。
線路はどこでも渡れるわけではないのだ

だからなぜあそこで電車が止まったのか,原町の駅の人に聞いたそうだと思った
ここまで地元だと知ることができる
地元だとそこまでわかることがあるのだ

踏み切り道は他でも危険になっている,事故が一番多いというのもわかる
子供のとき線路に耳をおしつけて電車が来るのを待っていた
あのときは蒸気機関車の時代だったのだ,あれも危険だった

踏切道の危険は一応横断できるようになっていても急に電車は来るから危険なのである。それでやはり事故が一番多いというのも気づかないことがある
ただ踏切道は結構あることは確かである。そこで横断できるとしても危険である。
電車は早いから危険なのである。

これはJRには何の手落ちもない,渡った人が百パーセン悪かったのである。
そうなると損害賠償すら要求される,認知症の人すら事故を起こしてJRから要求されたからだ

いづれにしニュースは本当は無数にある,これだってニュースである。
ただ報道されるのはほんの極一部なのである。
例えば心に青雲のフログ主催者の都築詠一氏が死んだのも相当なニュースかもしれない,でも知られていない,芸能人のニュースなどどうでもいいということもある
ニュースは今やインターネット時代になるとさらに無数に増えるからテレビからの情報ばかりに接しているのはかたよるので危険でさえある
何に注目するかを選ばないと情報化社会では社会が見えなくなるのである。

まず線路を横断することは禁止であり危険でありこれを破れば責任をとらされる
みんなに迷惑をかけるからだ,車の渋滞ができたし仕事で遅くなり困るという人もいた
電車が20分も止まるのは外から見たことはない,人身事故はあり遅れることがあるが外から電車が止まるのは見たことがない,電車でも事故は起きる
とにかく危険の警告板までJRでは出していたのだから今回は百パーセントわたった人に責任が課せられる

2017年10月03日

ラスベガス銃乱射事件の犯人の動機の謎 (老人特有の心理が関係していたのか?)


ラスベガス銃乱射事件の犯人の動機の謎

(老人特有の心理が関係していたのか?)


人間というものは何するにもどうしてそうするのか?その動機が問題になる
神が人の心を見ているというときもそうである。
その行為があってもどういう心でその行為に及んだのかを見ている
一見善いことをしているようでも行為として現れていてもその心が実は名前を売りたいとか偽善の場合が人間には多すぎるからだ。
だから行為からだけでは人間は判断できないのである。
慈善でもそれも利用して金持ちになっているのもいる
第一寄付金がどういうふうに利用されているのかわからないからだ
それでアグネスでも天皇すら批判されている
赤十字は天皇家がかかわっているがその金をどうしていのか見えないからである。
それはタブーになっているから余計にわからないのである。

今回のラスベガスの事件でも犯罪でもその犯人はどうしてそんなだいそれたことをしたのか?
その動機は何なのだろうと疑問に思う

●ギャンブルで大負けしてやけくそになった

●64才で年なので一発大きいことをして死ぬことを選んだ

●その他

人間は犯罪心理学というも気があってもいいだろう。
まずなんでもそうだが動機が一ついうことはない,動機は三つも四つもあって犯罪にいたる,犯罪の経験があればそうなる
だからこの人の動機も一つではない,ギャンブルに負けたとしてもそれがすべての動機とはならない,何か他にある。

老人の心理も関係している,老人の心理は若者には理解しにくい

どうせ人生も終わりだ,最後に一発大きいことをして死んでやる

そんなことを考えるのも老人なのである。
どうせ死ぬというとき自殺を前提にしてあれだけのことをやったからである。
若者とは違いもう人生終わりだとなるといろいろ家族と社会のことでも考えなくなくなる社会がどうのこうの社会のためになれとかもなくなる
そんなこと死ぬ前にどれだけ意味がるのだとさえなる
社会のためにとか社会といってもそういうものが何か現代はわからないからである。

この犯人は社会から第一疎外されている人ではない,裕福な人だったのである。
そしたらそうした社会の恨みから犯行になったとはならない
では何なのだろうとなると不可解だとなる

誰かの恨みではない,では何のためそうしたのか?
ギャンブルに負けてやけくそになったことが大きな一因であることは間違いない
それで財産全部すったとかなればありうるがその人は金持ちなのである。
すると金だけが動機なのかとなるとこれもわからない

ただ若者と違って老人特有の心理が影響していたかもしれない

一発大きなことをして人生を終わりにしよう

何かそういうことが老人では動機になりうる,老人が起こした老人の心理から特有の犯罪だったかもしれない,だからそれは日本でも起こりうるし起こっていることせある
老人は社会規範からはずれてくる,会社から退職したりするとそういう縛るものがなくなる,この犯人は家族もいないみたいだから余計にそうなったのかもしれない
そもそも親が有名な銀行強盗だったというのも驚きである。
その子供だったとしたら相当に社会では苦しい立場になっていたが別に会計士とか金持ちでありそうもなっていないのである。

ともかくアメリカの銃社会というのは日本ではわかりにくい,西部劇の延長としてそれもある。国の成り立ちとかかわっているから簡単に銃は無くせない
それが外国からすると日本などからすると理解できないのである。
それぞれの国に事情があるというのは本当である。
インドではカースト制が残っていてそれで上の階級の人が下の階級の人が伝統を破ったと殺しているからインドにはインドの事情があり中国にもあるが中国は情報統制されているから悲惨な事件が報道されないのだろう。

いづれにしろ人間の心はあまりにも複雑で犯罪の動機もいろいろあるから決めつけることはできない,アメリカはとにかく犯罪でもスケールが大きいと感じる
ラスベガスというとギャンブルで有名だが何か芸術家が集まる場所でもあるらしい
それでラスベガスから常時アクセスあるのは自分が抽象画を定期的にアップしているからである。
そんな人達もいるしそこがギャンブル場になっているから芸術家がいるにはふさわしくないと思っても第一アメリカは広いのである。
ラスベガスでもいろんな人達がいる,ギャンブルだけではないのだろう。
それにしても最初二万人いたという観客は何が起きたのかわからなかった
銃声が連続的になってもわからない,だからとっさに何をしていいのかわからない
普通銃で打たれるときは伏せろというがかえって伏せたら今回は標的になったのである。
なぜなら30階もの高所から打ったのだから伏せていれば上から撃たれるのだからかえって危険だったのである。その場から逃げることだったのである。
だから何か事件があったとき一つのパターン化した考え方は通用しなくなる
それは自然災害でもそうである。その時々でどういう状態なのか違っている場合が起きるそれで誤り死にいたるから怖いのである。
人間は緊急な事態に弱いのである。とっさに判断できなくなる
だからテロに対処するといってもどういうふうにテロが起きるから予想つかないから備えようがないともなるのだ。
どこかに必ず穴がありそこで大惨事になってしまうのである。
posted by 老鶯 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

震災6年後にもどった故郷の景色 (ふるさとの秋(詩)


震災6年後にもどった故郷の景色

(ふるさとの秋(詩)

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ふるさとの小径を行きて
我が足元に野菊の花咲く
野に黄金の実り
今一しきり蝉の鳴きにつ
夕べ鷺の群れ大空を
悠々と大気を吸いて
翔りつつ巣に帰りぬ
川の面に写る秋の雲
流るるもなくとどまり
鴨数羽むつみ離れじ
我一人旧き家に帰りぬ
ここに住む日も長しも
我がはらからのみな死にぬ
悲しかな世の無常身にしむ
ただ思い出のここにあるかな
歳月の過ぎるは早しも
同じ歳逝く人の帰らじ
夜こめて虫の音聞きつ
訪う人もなく月ののぞき
広き間に一人眠りにつきぬ
み空に星影清くきらめきて
地は遠く離りて安らぎぬ
穏やかにその放つ光よ
まことに神のそこにあれかし
死者は今は霊となり
天にそ輝き憂いなからむ


復興というとき田舎の場合,自然が関係していた,都会だったら自然は関係していない,最初に田んぼが増えたとき蛙が盛んに鳴いた,それは去年だった
その時もその鳴き声に復興を感じた

今年は鷺が増えたことである,大空を群れなして飛ぶ鷺の姿に感動した
前は一羽くらい飛んでいたが今は群れなして飛んでゆく
それがなんとも気持ちいいのである。
そういう姿を6年は見ていなかったからだ

そして川岸の竹藪に50羽くらいが帰って眠る,それもこの辺の自然が復興したことなのである。つまり田んぼが増えたそれだけの餌が蛙でも増えたからである。
田舎はそもそもだから田んぼとか畑がない田舎が考えられなかった

そういう景色は見慣れたものであり単なる景色というより原風景である
だから一旦荒野化したときこれは何のだろうと見た
今でも津浪の跡とか田んぼでも荒野化している所はある
でも50羽も鷺がいるということはここに餌があり自然が回復したとなる

田んぼとか畑とかはそれは人間が自然に手を加えたものでもやはり自然の延長としてあるだからそこに蛙がすみ水生動物がすみそれを餌とするものが棲むようになる
ただ鹿島だと新築の家が何百軒と建ち増えたから何か都会化したなと思う
でもやはり田んぼが広がり畑があるのは田舎なのである。

小高とか浪江とか他の原発避難区域とか津浪の後に回復しない土地は蛙でも鷺でも帰ってこない,ただ一時湿原化して沼とかがあちらこちらにできた
それで日本にはともかく沼という地名が多いのはそうした原初の状態があったからだ
そこにトンボとか一時水生動物が住みついたのである。
トンボは水辺で繁殖するからである。
何か赤とんぼある場所で増えた,それは湿原化して沼地が生まれたらだろう。

ともかく田舎の風景は長い間に千年とかで作られた風景なのである。
それが原野化して湿原化した,それも逆に原初の状態にもどったのだから
自然の回復だったのである。だからそこには美も生まれたのである。
これを言うとまたここで被害にあい死んだ人がいるんだとしかる人がいる

それでも自然は都会とは違って美を作り出すのだと思った
湿原は原初の状態であり釧路湿原のようになる
防波堤かできたがもしそれがなければ自然の回復だったのである。

一方で稲の実りがあるのも元の景色の回復である。それは景色だけではない,
生活の基盤としてある米をとれるさとの回復である。
この辺の米は原料米とかで家畜の飼料になっているのは残念だろう。
でも一応田んぼとか畑が回復することは自然の回復でもあった

この詩はまさに田んぼとか畑とかが回復して鷺が帰り元の故郷の秋になったからできたとなる

2017年10月04日

相馬地方の蝦夷の謎 (渡来人地名は蝦夷と混血したためか?)


相馬地方の蝦夷の謎

(渡来人地名は蝦夷と混血したためか?)

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原住民族(縄文人)の日本列島へ征服部族(氏族・渡来民族)が次々に流れ込み、勝手に縄張りをして小国家(倭の国々)を作り、やがて武力征服や誓約(うけい)その他の経緯を経て混血を繰り返して「弥生人」が生まれた。


まずは日本海側の北九州、出雲、若狭、能登、新潟に侵入してくるのです。朝鮮半島から船に乗ると自然に漂着するのです。また瀬戸内海にも侵入しています。かれらは弥生式土器を作り、縄文式土器とは大きく異なるものでした

朝鮮半島に侵入して支配者になった鮮卑族は先祖と同じく地上に墓を作るのです。いわゆる古墳です。地上に墓を作るのは鮮卑が遊牧民である名残なのです。遊牧して戻ったときに親の墓が分らなくなったら困るからです。その朝鮮半島の支配者の一族が日本に侵入して古墳時代をつくるのです。その一族の中に天皇の先祖も含まれているのです。

ツガルエミシ、ニギエミシ、アラエミシ、そして毛人とは何者だったのか。

この内、ニギエミシは、ヤマト朝廷に毎年、人材を派遣していたという記録が残っている。親ヤマト朝廷派と言って良い。朝廷派では無いにしても、ツガルエミシも最終的に青森がヤマト朝廷軍に攻められる事なく終わっていることに、何やら怪しげな匂いがして来るhttps://ameblo.jp/emishi-no-mori/entry-11305770006.html


蝦夷とかエミシとかは何者かというとき浜通りからみるとエミシという縄文人が原住民であった,これは間違いない,狩猟とか採集とか漁労の生活だった

地名から何でも結びつけるのは危険だが何か浜通りには渡来人の跡の地名がある
末続などもそうであり陶に通じて須恵器(すえき)などの技術をもたらしたのが渡来人である。渡来人は鉄の生産とかでも技術者だったのである。

それがなぜ地名化したのか?地名化することは一時的に通りすぎるならしない
そこに住み着いたから地名化した,渡来人の一族が住み着いたから末続が地名化したのである。

一説では大和時代、高麗の調使であった伊利之(いしり)の後裔・八坂氏が朝鮮の牛頭(ごず)山に祀る牛頭天王を移したことに始まるともいわれています。また帰化した八坂造(やさかのみやつこ)一族の氏神だった感神院が起源ともいわれているそうです

八坂神社が浜通りでも全国的にもなぜ多いのか?相馬市にもあり鹿島にもあり原町の渋佐にもあり石神にもあり浜通りをたどれば点々とあるし全国的にも多い
これは渡来人がもたらした神ともされるがスサノオを祭っている

そしてツノガノアラシトというのは韓国から日本海を渡り入ってきた神でありそれは東北沿岸にもその跡を残している
浪江には700年にその跡を記している,それだけ神としてはこの辺では古いのである。

津神社は相馬市の松川浦だとつのみや神社でありツ神社ではない,ツノミヤというときツノはツノガノアラシトなのである。
このツノガノアラシトがツガルのもとでもあった

ツガルエミシ、ニギエミシ、アラエミシ

ツガルエミシのツガルとはツノガノアラシトがなまったものなのである。
ツガルエミシとはツガルとツノガノアラシトとが混血したものなのである。

小高の角部内はツノベウチと言っていた,前に書いたナイではない,これを分析すると
ツノはツノガノアラシトであり部はアイヌ語でペであり川の意味でありウチはヤマトの言葉である。
ただアイヌ語説は疑問があり縄文語だともされる,アイヌ語の起源が縄文語にもなる

ただ注意すべきは

縄文人と渡来人と混血したのが蝦夷(エゾ)である

その上にヤマト民族が入ってきた,それは物部氏などであり桜井古墳などの大古墳を作った,物部氏は渡来人の後に来たともなる
その順序がまちがいやすい,渡来人の侵入は物部氏とかヤマト民族より早いのである。
だからこそ渡来人系の跡が地名でも神社でも残されている
万葉集の真野の草原(かやはら)の歌を解明するときまずこの渡来人のことを理解しなとできない,笠女郎が笠氏の一族でありこれも明確に渡来人であり伽耶国と関係していたのである。
それは吉備王国の系統に属するものであり会津の大塚山古墳の三角神獣鏡をもたらしたのである。
稲荷山鉄剣にカサハヨという人物の名が記されている,カサは明らかに韓国の地名であり今もある,伽耶というのも伽耶が草とか萱に変化したものもある
また萱原とか草原がカイとも発音されていた
カイはアイヌだという説があるがそれが原町の萱浜となるのか?
もとはカイ浜と呼ばれていたらかである。

日本の原住民が縄文人でありそれと最初に混血したのが渡来人でありそのあとに物部氏とかヤマト系統が入り混血したのが蝦夷なのである。蝦夷は大和王権に逆らうものとしてあり広範囲な人々がいたのである。

この地に八人の土知朱(つちぐも)が居た。一を黒鷲、二を神衣媛、三を草野灰、四を保保吉灰、五を阿邪尓那媛、六を栲猪、七を神石萱(かむいしかや)、八を狭磯名という。それぞれに一族があり、八ヶ所の岩屋に住んでいた。この八ヶ所は皆、要害の地であった。だから皇命に従わなかった。国造(くにのみやつこ、律令施行以前の時代、朝廷から一国の長官に任ぜられた現地の豪族)の磐城彦(イワキヒコ)が敗走した後は、人々を奪い去る事が止まなかった。景行天皇は日本武尊に命じて土知朱を征伐させた。土知朱は力を合わせて防戦した。また津軽の蝦夷と共謀し、多くの鹿や猪を狩る強弓を石の城柵に連ねて張り、

黒鷲とかなると狩猟民のトーテムとなり灰とつくのは焼き畑をしていたのか?
神石萱(かむいしかや)とは何者なのか?
カヤは伽耶国に由来して伽耶一族が住んだのかもしれない,縄文人と混血してそういう名がついたのかもしれない。加差披余(かさはよ)もそうである,渡来人の笠一族と混血してハヨという縄文人なのか名前がついたのである。

多くの鹿や猪を狩る強弓を石の城柵に連ねて・・・とは縄文人が狩猟民だったからであるここに津軽の蝦夷と共謀してとあるのか?
それはツガルは遠いにしても東北地方が一つの国として意識されていたのか?
蝦夷とは東北民を形成していたのか?その根底には渡来人がいて縄文人と一体化して結ばれていたともなる,なぜならツノガノアラシトがツガルのなまったものであり東北に深く鉄の生産などで関係していたらかである。

アイヌが東北でどういうふうに関係していたかは謎であり解明されていない
ただ縄文人と渡来人が混血したことは間違いないのである。
蝦夷がなぜ大和王権にとって強敵になったかというとそうした縄文人だけではない,渡来人とか技術をもった人達やあとは物部氏などが関係したから手ごわいものとなったのである。
posted by 老鶯 at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2017年10月05日

安らかに死ぬためには・・・・ (若いときにすでに死の準備をするべき)


安らかに死ぬためには・・・・

(若いときにすでに死の準備をするべき)


人間の死に方はいろいろだしそもそも死と生を分けることはできない
生と死は連続している,だからどんな人でも死んだら神となり礼拝の対象になるとかはない,ただ死というのは生から死の変化があまりにも大きいからその死が何なのか理解できなくなるのだ
骨となり灰となり全く存在が消失することが生きているものにとって変化が大きすぎるのである。世の中でもなんでも変わるけどこれほどの変化はないのである。

前に書いたけどなぜ人間は死ぬと美化されやすいのか?
死ぬと現実にあったものがなくなる,すると死者はどうなるのか?
死者は何も語らない,語るのは今生きている人なのである。
それで明治維新の吉田松陰とか坂本竜馬は司馬遼太郎という小説家によって作り出された虚像だともなる
それはなぜそうなるのか?本人は死んで語ることもない,となるとどういうふうに後世の人が見るのかとなるとどいふうに見ても勝手だとなってしまうからである。
つまり死んだとたんにその人の存在のリアリティがなくなるからだ
そして歴史上の人物とは誰もその事実だって直接接してもいないのだから皆目わかちないのだから美化されやすいのである。

家族だとかはいつも身近に接していたから家族でもその欠点とかを知っている
自分もそういうことを嫌というほど知っているから美化しにくい
家族の場合はいい面でも悪い面でもリアリティあるものとして死んでも見ているから美化しにくい,それが全然知らないとなると小説家でもそれが作られたものでも信じるとなる歴史考証など普通簡単にできないからである。

ではなぜ人間は死ぬのか?
それは哲学でも学問でも解決できない,ただそれは納得させる方法ではある
死を解決する方法は宗教しかない,それもキリスト教しかないかもしれない
「永遠の命」を説いたのはキリストしかないからである
死んで蘇ったのもキリストしかない,それを信じない人もいるし信じる人もいる
それは自由だし無神論者もいるしそれも自由である。

ただ人間は結局今の社会は自由ではある,その自由の責任もとらされるのである。
別に無神論者でも立派な人はいるし宗教団体に入っているような人はかえって
自堕落な人も多い,だから無神論者だからといって人格的に悪いとはならない
むしろ宗教団体にいる人は人格的に相当に歪んでいる悪い人が多い

だから宗教からだけで今や人間は判断できない,もし人格が歪んでいて心も悪いとしたら何宗教でもその人が「心が清い」ものとして神の意にかなう人になるとは思えないのである。悪人は宗教で人はかえってさらに極悪な人間になるというのもそうである。
神の名を語り仏の名を語り悪いことをする人などいくらでもいる
そういう人がやっかいなのはこの世で善人と崇められるからである。
カルト宗教団体などがそうである。
それで宗教から人を判断するのも間違いだとなる

ともかく生と死が極端に断絶しているから問題なのである。死というのが例えば肉体がありその肉体のままにすーと消えてゆくような状態になると違っているかもしれない
骨となり灰となるから生と死が極端に断絶するから困惑する
肉体をもったまま消えるとなると死んで霊界に去ったのだとかなるかもしれない。
そして人間は肉体が消えたときすべてが消えてしまったのか?
そう思う人はいない,そうしたら死んだ人を供養したり墓参りしたりもしないだろう,
以前として何かあると思っているから墓参りをしている,死者が何もないものでもないから墓参りししているのである。

なんか不思議なのは死者に供え物するがそれが一旦供えるとそれを食べるとき何かそこに死者の霊がついたという感じになる
だから食べたくないというのもある,その供え物というとき意外と大事なのかもしれない自分の経験では父親が貧乏で死んでサシミを食べたいというとき病気になり食べたくないといって死んだ,そのことが頭に残っている,だからサシミを供える
何か供えものは死んだ人に捧げるものであり生きている人は食べてならないという感覚になる,それは理屈ではなく一種の直感である。
こういうことを感じるもの死者は完全になくなったものではなく何か存在するものとして感じるからそうなる

死について考えるとき老人になってから遅い,老後の暮らしとかいろいろ考えるがありううるが死については遅い,若いとき考えねばならないものである。
だから若いときの求道が大事になる,その時期を逃すともう求道もできない
すると死の準備とはすでにもっとも生命の盛んな若いときするものであり老人になってからの求道はありえない,つまりそれはまた別な問題である。
青春時代の大事さを自覚している人が本当に少ないのである。
老人の問題は老人になったから起きているのではない,若い時からすでに起きているのだ若者も急速に老いてくるからである。
死とはすでにもう子供の時からもはじまっているのである。
死の恐ろしさを子供のとき見た人はショックである,だから求道しやすいとなる
人間は生まれると共に死がはじまっているのである。
生まれることは死ぬことなのである。
そして死のない世界はある,永遠の生命はある,人間はこの世では死ぬが来世では死なないのである。

人間の矛盾は死ぬために生まれてきたともなる,生を受けたのに結局死ぬことは必定であり逃れられない,そういう生は矛盾なのである。そんなら生まれない方良かったとなる
死がすべて無に帰するとなれば生きてもしょうがないのいのである。
そこから信じられないニヒリズム思想が生まれて最後はやけくそになり銃乱射するような老人も生まれてくる
人間は死んで何もなくなるとなればいかなる希望ももてないではないか?
そうしたら生まれない方がいいし生きていてもしょうがないとなるからだ
進化論とか唯物論とか無神論では何の解決もないのである。
そんなことで人間が納得する人などいないのである。

posted by 老鶯 at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

十五夜の月(秋薔薇) (平凡な日常に深さを感じるのが写生俳句)


十五夜の月(秋薔薇)


(平凡な日常に深さを感じるのが写生俳句)

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月の輪は空が湿っているからでる,だから雨になる




静けさや石に日のさし秋薔薇

誰が見るやひそかに散りし秋薔薇

秋薔薇一輪のみや咲くを見る

老人に古き駅舎や秋薔薇

十五夜や里の実りを照らすかな



一枚の広葉散りにし玄関に秋をし思ふ誰かまた死ぬ

雲隠れ月に昨夜は憂いけり今日十五夜の月の明るし

雲隠る月やまたいで光るかな人の心の移り安しも

夜のふけて今日も聞き入る虫の音一匹のみそ我が一人かな

母はなき我が一人住み虫一匹その音を聞きつ夜もふけにけり

我が家に十五夜の月明るしも事なくあれと祈りけるかも


今も十五夜の月が明るい,昨夜は雲に隠れたりしていた,つくづくそしてこの月が雲に隠れたりまた出て光る,それが人間の変わりやすい心を象徴していたのである。
なんかまだ自分はそうして人間関係でもめている
何か金をせびられるている,それが憂いとなる
自分は確かに三十年間は金は決められた額しかもらえなかった

だから金持ちとはいえない,金には余裕がなかった,でも別に金に苦しむということもなかった,ただ余裕はなかったから金持ちとは違っていた
実際は金持ちの気分を味わったことがない,金持ちとは何かともかく余裕があることなのである。別に金をある程度使っても気にしないのが金持ちである。
その金持ちといってももともと金がない生活をしていたら百万あれば大金にもなる
一億円あっても金持ちの気分になれない人もいる,だから金に対する感覚はみんな同じではないのだ
ただ金というのは相手もあり人間関係のなかで金から離れられないのである。
でも人間が金だけの関係となると本当に悲しい,兄弟る金でもめる
また金ある人と金のない人は調和しないのである。平和がないのである。

十五夜の月は誰でも無料で見れるし世界中どこにでも輝いている
みんなその月を見てなごむのである。自然には金は関係ない,金がある人が特別きれいな月を見るということもないだろう。
みんな同じように美しい十五夜の月を見れるのである。
あばら家からもきれいな月はみれるし月は差別なく照らすのである。
金持ちの家だからと特別美しくみえるけでもないのである。
ただ都会だときれいに見れないからかえってそこに自然の格差がある。
あばら家からもきれいな月を見ることができる都会は金をもっている人が多くてもかえって自然はないしきれいな月と星とか見れないのである。

金によって憂いるというのが多いだろう。金から人間は生きている限り解放されないのだ別に金なくても美は鑑賞できる,今日の十五夜は美しい,それは金がなくても見れる
自然の美は別にフラワーアレンジメントなどしなくても花を買わなくても野の花を見るのは無料なのである。

今虫が一匹鳴いている,母も百才で死んだ,そしてなお今も鳴いているのか?
その一匹の虫の音に感じる

俳句などは鑑賞する方が優れていなと鑑賞できない
写生俳句は特にそうである。

静けさや石に日のさし秋薔薇

これはあまりにも平凡なのだけど深さがある
石に秋の日がさしている,そこに秋薔薇が咲いている
それがなんとも合っているのである。
つまり日常の中に深さがある,なんでもないことに深さがある
写生はまさにそのなんでもないことことなのなかに深さを感じることなのである。

2017年10月06日

豊かになるには豊かな国に人に習うほかない (共産主義から富は生まれない,みんな貧乏になる平等だけ)


豊かになるには豊かな国に人に習うほかない

(共産主義から富は生まれない,みんな貧乏になる平等だけ)


なぜ金持ちと貧乏人がいるのか?それは謎である。だからこそfutune(財産)が運の意味もあった,運がある人が財産をもつとなっていた
それは歴史上変わっていない,マルクス流に言えば階級が生まれるというときそうであるどこの国でも貴族が生まれて貴族が国を作り文化を作ってきたのである。
そんな貴族がいらないとなれば国も文化もなかったのである。
そもそも文化は財を成さなければ生まれない,国自体が豊かになれなければ生まれない
薬で財を成したメディテ家が富豪になりその富が波及してルネサンスが生まれた
ルネサンスというとき特別な天才が生まれて成ったのではない
総合的なものとして職人とがいて成った
ただフィレンツという都市が豊かになったから生まれたのである。

ではなぜ金持ちと貧乏人がいるのかとなるとき国レベルで考えればわかりやすくなる
イスラム圏がなぜ貧乏なのか?でも砂漠で何もなくても石油があり豊かだとなる
石油は天からの恵みであり何か砂漠の住民が発明したものでもないし勤労の結果でもないその国に与えられて国の恵みなのである。
国々にはなんらか恵みがないところはない
日本でも回りが海なのだから海産物が豊富であり肉とか食べなくても魚を食べられるとかなっていた,その国にはその国の恵みが神から与えられていて豊かさがあるとなる

ではそうして国々が与えられた恵みのみで豊かになるのかというとそうでもない
現代の富は別なところからうまれた,工業化がもたらした富は資源がもたらした富とは違っていたのである。
産業革命は確かにイギリスで生まれた,石炭がとれたということで蒸気機関車が発明されたということはある,でも蒸気機関車というのを発明したことが富を作り出したのである
そして宗教も関係していたのである。ドイツとかイギリスとか寒い国が工業化した
そこはカトリックではない,フロテスタンの国だったのである。
キリスト教の受容でも南と北では違っていたのである。
地中海沿岸は暑いからイタリアでもスペインでもカトリック系になる
そして南米ではカトリック系になりアメリカの東部はイギリスのフロテスタント系が入り工業地帯になった,一方南部は農業中心になった,そこで争いが南北戦争が起きた
この生産形態の相違が人種の相違より大きな差を生み争いになったのが人類である。

遊牧民と農耕民が争い万里長城が築かれた,大和王権と蝦夷が争ったのは蝦夷が縄文人を主体とするとき稲作民族と狩猟,採集,漁労民族の相違で争いが起きた
大和王権は稲作民族にしたかったからである。
今でもわかりやすいのは職業が違うと相手のことが理解できなくなるのである。
人種とかの相違ではなく職業が違うとコミニケーションがはかりにくくなるのである。
だから江戸時代は良かったというとき同じようナコミニケーションがとりやすい人々が集まり生活していたのである。

職人は職人同士,農民は農民同士とか侍は侍同士が同じ地域に長く住んでいたのである。職人ですら十代以上をつづいたりしていたのである。
そういう社会は変化しないのだから安定しているからみんないい顔していたというとき
現代のようにいろいろ悩む必要がなかったからだともなる。
要するに親の職業を継ぐのが一番多かったから職業選択でも悩む必要がないからである。現代は様々なことで悩みが多すぎる時代なのである。だから鬱病にもなるのである。

人間が豊かになるいうことはどういうことか?それをマクロで考えれば国単位とかで考えれば個々人として考えるのと違った見方になる
本質的には人間は国とか市でもマクロ的に見ないとわからない,国が豊かにならなければ個々人も豊かになりえない,高度成長の時代は別にさほど能力がなくてもみんな豊かになったことでわかるのである。それは能力とあまり関係なかったのである。
能力がなくても三流大学でもみんな就職できたからである。
そして今なぜ貧乏にが増えたのか?それは国自体が貧乏になったからである。
電器製品も売れないとかグローバル社会の中で日本が衰退したからである。
歴史的には必ず栄枯盛衰がある,イスラム圏が貧乏だというけどヨーロッパより先進国のときがあり豊かな時代があった,それでその富を奪うために十字軍が生まれたとも言われる,その延長として大航海時代になりヨーロッパに富がもたらされたともなる

ではなぜ日本が貧乏になってゆくのかとなると衰退するのかとなるとやはりどの国でも永遠に栄えている国はない,栄枯盛衰を繰り返している,その歴史の法則でそうなったともなる,日本はアジアでいち早く工業化したから豊かになった,次に韓国とか中国がまねて工業化して豊かになったともなる,富は移動してゆく,めぐってゆくのである。
それは個人的にもそうである。富はある一カ所の家でも個人でもとどまっていない,まずとどめようとしてもとどめられないのである。
もしとどめようとしたりすると盗まれたりするのである。
金は天下の回りものというときそうなる,金の性質が富は一カ所にとどめられないのである。それが歴史の法則なのである

そしてなぜ共産主義が社会主義が失敗したかというとそれは富を生みださなかったからである。みんな平等というときみんな貧乏になるということでもある
富を生みだすには生み出すシステムとか何か他にある,個々人で見ればなぜ金持ちと貧乏人が生まれているのか?
その差はどこからきているのか?貧乏人からは富を生み出す方法を知ることはできない
だから金持ちになりたかったら金持ちに学ぶことが必要であり貧乏人から金持ちなる方法は学べない,だから金持ちをあいつは金に汚い奴だとか嫌っていると金持ちにはなれないのである。もちろんそういう人もいるのはいる,でもどうしてその人が金持ちになったのか?例えば事業に成功したのかとか成功した人に学ばないと金持ちにはなれないのである

浪江の請戸の農家の人は富農だった,娘を三人も大学に出した,それで回りの人も習いにきていたのである。それは農家として優秀であり表彰もされた,農家でも富農となるものもいれば貧乏農家もいる,その差はどこから生まれたのか?
それは貧乏農家の愚痴だけを聞いても農家として豊かになれない,富農の農家に習ってノウハウを取得して同じように豊かになる,その富農をねたんでも豊かに離れ内ののである

共産主義はとにかく金持ちを否定することからはじまる,あいつは不正に金をもうけた,人民を搾取してもうけた悪い奴だとなりそういう金持ちがいるから俺たちは貧乏なのだという論理である。だから革命を起して資本家を殺してもいい盗んでもいいという論理なのである。そしてそこからは富は生まれなかった,みんな貧乏になる平等しかないのであるこういう考えだと絶対に人は豊かになれない
金持ちの家にいってただうらやましいとかねたむだけな人も金持ちになれない
こいつは贅沢している,だから盗んでやれとなると金持ちになれない
この家は金持ちだからその福にあやかろうと思った方が金持ちになる
それは国単位でも豊かな国に習えば豊かになると同じなのである。
posted by 老鶯 at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2017年10月07日

原発事故でも肝心なことは知らされていなかった (10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


原発事故でも肝心なことは知らされていなかった

(10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


不思議なのは東電では津浪が来ると予想していた,それも10メートル以上の津浪が来ることを予想していた,でもそれを知っている人は東電のみでありそこに住んでいる人は知らない,知らないというより知らせられない

肝心の情報が知らされない

今回の原発事故でその前に肝心な情報は知らせられない,事故が起きたときもスピーディで計測されたが知らせられない,浪江町は知らせられないから津島に逃げることを町長が決断した,そこは一番放射線量が高くなる場所だったのである。
ところが東電の社員がいてその人は放射性物質がどう流れるか知っていたのである。
それで街の方に引き返した方がいいと言ってみんなそれに従ったのである。

つまり街とか海岸地帯は放射線量は高くなかった,原発の煙突が見える請戸港などでも
0・5マイクロシーベルとだったのである。
山の方に避難するより街に留まっていた方が良かったのである。
要するに事前に放射能のことなど何にも知らされていなし地元の人はわからなかった
教えてももらえないしまず「安全神話」が作られていたのだから危険ということばタブーになっていたのである。
それは戦争で負けるという言葉がタブーとなっていたのと同じである。

原発というのはとにかくもともと教えられても理解するものがむずかしすぎる
すると専門家は素人にわからないものとして教えないし重大なことも知らせないのであるマスコミも莫大な宣伝費をもらっているから追及しないし重大なことも知らせない
福島民報は県で半分株をもっている官報なのである。福島民友でも原発のことは何も言わない,推進派になっているだけだったのである。

自分の住んでいるところなど30キロ圏外だから遠いから原発にそれほど関心をもっていなかった,ところが小高に東北電力で原発を建てることが決まっていたのである。
すでに工事がはじまるところだったが今回の事故でとりやめになった

小高に原発を建つことを知らなかった

実は意外とこれも小高となればすぐ近くでも東北電力で原発を建てること知らない人が
多かったのである。その時小高は合併前だから南相馬市ではなかった
ただ大工さんが原発建つから景気良くなると言っていたのはそのことだったと今ではふりかえる,その人は津浪で家は半分浸水して今は住んでいない

現代は情報化社会でも肝心なことが知らされないことがある
なぜ東電が科学者のチームで10メートル以上の津浪が来るということを予測していたのにそのことが報道されなかったのか?
それは原発はもともと隠蔽体質があり「安全神話」が作られていて重大なこと危険なことなど知らされなかったのである。

10メートル以上の津浪が来る

もしこれを知っていたならこの辺ではそんな津浪が来るのかと警戒したかもしれない
浜通りでは津浪は三陸の方にきてもここには来ないと確信すようにまでなっていた
まず津浪のことなど話題にもならない,チリ地震津浪は経験していてその時は海に見にゆくくらいだからそんなものとして意識されていなかったのである。

郷土史で津浪の後に津浪の伝説があったとか相馬藩政記に生波(津浪)で700人溺死とか二行ばかり記されていたがそれを知っている人などいなかった
津浪には全く関心がなかったのである。

だから東電で10メートル以上の津浪が来ると予測していたことは科学者はやはり今の時代では頼りになるものだと思った。
ただそれを知っていても備えなかったのである。
そして知らせなかったのである。

津浪のことでは相馬市で街の近くまでボーリング調査してその辺まで津浪が来ていたという報告が自分も時事問題の深層に書いていた。
それは津浪が来る前の7年前だった,でもそれは別に危機感があって書いてわけでもない
そんなことがあったのかという軽い気持ちであり津浪が来るなど予想しない
それは貞観津浪の時代のものだったらしい,慶長津浪のことは良くわかっていなかった

原発は「安全神話」で隠蔽されていたし報道関係も巨額の宣伝費で真実を伝えなかった
だから肝心なことを知らされなかったのである。

もし東電の10メートルの津浪が来るということをみんなが知って危機感を覚えたらそんな高い津浪がこの辺に来るのだと危機感をもちいち早く逃げて助かる人もいたかもしれないあんな高い津浪が来るなどこの辺では誰も予想しなかったし第一津浪はこの辺ではこないと思っていたのである。それは確信にもなっていたのである。

「安全神話」であらゆる危険情報を隠蔽していた

そさを知らせるものはいなかった,知り得ようがなかった
それは国家もかかわっていたから国家的機密ともなり知らされなかったのである。

もし10メートルの津浪が来ると東電が試算したとなると大騒ぎになる
でもその大騒ぎになることでこの辺でもそんな高い津浪が来ると警戒するから津浪に対する備えをするようになっていたかもしれないのだ。
もしそうなっていたら東電に今度は感謝したとなる
もちろん事故に対してはそうではないにしろ津浪のことを警戒して死ぬ人が減っていたかもしれないのである。その情報は命にかかわることだったのである。

ともかく民主主義は情報の公開義務がありそれがなされないと今回のような重大事故になっても事前にとめることもできない
「安全神話」になれば危険情報は一切出てこないからである。
そうなると事故がないのだから避難訓練などする必要もない
もし避難訓練などすれば原発は危険だとなり原発はやめろとなるからだ

ただ都政でも小池知事が情報公開を約束したが守られないないとか隠蔽される
権力があるところは真実を隠蔽する,警察などでもそうである。
そうなると誰も責めることができない,マスコミなどの使命はそうして真実を報道する義務があるのだが宣伝費をもらっているからできないとかその使命を果たしていないのである。それで民主主義も機能していない
そして肝心なことを報道しないでどうでもいいことを報道しているのである。

それぞれの職業にはそうした社会的役割使命が課せられている,でもそれが守られていない,金でゆがめられたりその使命が果たせないのである。
だから民主主義も機能しないから大事故にもなり誰かが責任をとらされる
今回は地元の人が否応なく責任をとらされたのである。
戦争のときは3百万人が死んで国民が責任をとらされたのである。
政治家とか官僚とか東電の幹部などは責任をとらない,戦争のときもそうである。
それで最近死んだ都築詠一氏が昭和天皇は責め続けていたこともわかる
一番の責任は天皇にあったともなるからだ,ただこれもタブーになっているから誰も責めないのである。
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飯館村の蕨平(わらびたいら)の地名の由来は (植物地名は日本には多い・・・)


飯館村の蕨平(わらびたいら)の地名の由来は

(植物地名は日本には多い・・・)

蕨平 (わらびだいら) [宮城県伊具郡丸森町]
蕨平 (わらびだいら) [福島県相馬郡飯舘村]

蕨の野草地で家畜の放牧をつづけていると家畜が食わないために徐々に広がる
野焼きを繰り返しても増えるようである,ワラビが若葉を広げる姿は春の到来実感させるが家畜の放牧では極めて有害な危険な草であり,いかにしてワラビ防除するかは畜産上の大きな課題とされている(四季の博物誌-荒垣秀雄)

ワラビは、「ワラ」が茎をさし、「ビ」が食用になること・・・つまり「茎が食用になる」という意味に由来するという説がある。また、アク出ししたワラビの色が、燃やしたワラに似ていることから「ワラ火」に由来するという説とか、ワラビの若芽を「童菜(ワラベナ)」という方言から「ワラベ」が転訛したという説がある。

この説明はどういうことなのだろうか?飯館村の蕨平は牛を飼う農家もいた,今も40軒があったがもどって一軒で牛を飼っているという,この蕨平は戦後入植した人が名付けたものではない,もともと蕨平という地名があった,蕨が繁茂していたからその名がついた,しかしそこは家畜を放牧するには適した場ではなかった
蕨平に住んでいた人とあったがその人は今でも山菜をとって食べているという
老人だから気にしない,ただ山菜は一番放射性物質が蓄積されているし飯館村となると何か不安に普通はなる,その老人は全く気にしていないのである。

蕨とつく地名はある,鹿島区の橲原(じさばら)の蕨跡はわらびの植物ではなく藁火であり藁を燃やした跡なのかもしれない,それとも蕨が一杯もともととれた場所だったがとれなくなったのか?やはり植物の蕨と関係して名付けられたというのがまともかもしれない

山菜は、アイヌ語では何と言いますか。
:オハウコプとかキナと言います。地名の中では、ハルとも言われます。春志内は、アイヌ語で「食 料の多い沢」という意味ですが、この場合の食料とは、山菜を指しています地名にまでなるくらいですから、山菜がいかに重要だったかわかりますね。

アイヌ語の「クッタル・ウシ」(イタドリが生える所)。イタドリの漢語表記「虎杖」から、「虎杖浜」の地名が成立した。なお、「クッタル・ウシ」に当て字をしたものが、近隣に存在する湖、倶多楽湖の地名由来である。

日本は植物が豊富だし山国だから山菜も豊富である。日本の紋様が植物が多いのはやはり風土である。ヨーロッパでは動物類が多いからだ。
日本人の生活は縄文人の生活は狩猟,採集:漁労である。とすると採集するのは食べられる植物である。その植物に詳しくなる必要がある。
地名は風流とかではつけられない,何か実用性がありつけられる,だから花の名前の地名はまれになる,わらびでも食べられる茎に注目していたのである。

北海道には原初の状態が残っている場がある,一面に虎杖(いたどり)が繁茂していてそこが虎杖という地名になっていた。虎杖も食料になっていた,アイヌも狩猟,漁労,採集民族だから植物を食料とするから縄文人と同じだった

クッタラ湖にも行ったことがあり何かなつかしいとなる,地名を知ると何かその土地に親しみが出るのである。旅をずいぶんしたから地名に興味をまず覚えた,地名は何かその土地を探るものとしてある。

この辺では津浪や原発事故で一時原初の状態にもどった,海沿いは湿原になり沼があちらこちらにできた,日本には沼という地名が多い,それは湿原になっていたからである。
そういう湿原地帯を田んぼにしてきたのである。

芹田,蕗田,蕨田,蓬田・・・・

こういう田んぼの地名があるとき田んぼになる前の原初の状態をさしていたのである。

八木沢の麓の大葦とか薔薇坂という地名があるがこの薔薇坂は何なのだろうとわからなかった,薔薇から薔薇の花をイメージしていたからわからなかった
ところがそこが原発事故で放射能汚染で住めなくなり荒地化したのである。そこでは牛を飼っていたがいなくなった,そこにカモシカが出てきたときは驚いた
そしてそこは野茨にひっかかった,それには刺(トゲ)があるから痛かった
そこがなぜ薔薇坂となったのか?それは茨(いばら)のことだったのである。
つまり原初の状態だと茨が密生している所があった,そこに踏み入れると刺にさされる
それで茨城の地名が生まれた由来がある
地名の由来を知るには原初の状態をイメージすることが大事なのである。

原町の雫(しどけ)というのもシドキであり食料としていた山菜である。ただあそこは海岸だからシドキがあったのかとなるとわからないが高台であり森のようになっていた
だからシドキもとれていたともなる

datechimei1.JPG

伊達市に楮畑という地名がある。楮(こうぞ)は和紙の原料である。それからゼンマイという地名もある,これは蕨の方が古いのだから新しいとなる
焼き切りとかあるのは焼き畑地名である。
焼き畑地名はともかく多いのである。
山菜はあまり好きではないけどアシタバもテンプラはうまかった,テンプラにすれば山菜でもうまいとなる。飯館村は山菜を常食としていた
それが原発事故でできなくなるということは飯館村に住むことのメリットというか文化さえ喪失させられたともなる
飯館村を見たとき一番原発事故の酷さを実感した
なぜならそこは森につつまれた自然のある村だったからである。
それが今や無惨な姿となってしまったのである。
だからあれを見ると原発事故を起こしたものに怒りを感じるのである。
ただ飯館村でもいろいろであり補償金もらって良かったという人もいるだろう。
便利な所に移ってそっちが良かったともなる人もいる
飯館村はやはり不便だからそうなる人も現代ではいる

ともかく蕨平というところには何回も通っている,家が散在して淋しい所である。
ただ飯館村はあれだけ広いのだから牛を放牧したりる土地があるから良かったのである。これからあれだけ広い土地をどういかすのか?
帰らない人が多いとしたらどうなるのか?蕨平でも40軒あって一軒しか帰っていないというからだ,高齢化もありやめる人も多い,それは農業でも漁業でもそうなのである。
みんな老人になりつづけられなくなっていたのが多いのである。
それでこの際補償金をもらってやめるとうい人も多いのである。
ただ飯館村の特徴は山の村では山菜を常食としていた,それが豊かさであった
それができないことは原発事故が飯館村を見るとき一番ひどいなと感じていたのである。

「生態学の研究によると,それほど地球の深いところまでを必要としないということであるこの土地部分は表層土壌また地表土と呼ばれ,わずか50センチからTメートルに満たない厚さの土地にすぎないのであるが,今日我々が利用しているのはこの地表の形成にはなんと数千年にわたる植生の積み重ねがあるという」
(エコノミーとエコロジー-玉野井芳郎)

飯館村の田んぼや畑の地表はけずりとられているのが無惨なのである。
つまりここに言うようにその地表を作るのには数千年の歳月を要していたのたである。
それだけ自然というのは長い歳月で作られてきたものである。
それが一瞬の原発事故でだいなしにされた,数千年の歳月で作られたものがだいなしにされたのである。そこに原発事故の罪深さがあった
自然というのもがそういうものでありそれが意識されていなかったのである。

山菜を常食にする山村の生活は縄文時代からつづいていた
それが一瞬の原発事故でだいなしにされた,回復できないようにもされた
つまり原発事故とか科学工業文明の怖さは自然から離れて自然がどういうものか意識されなくなったことである。
だからこそ無造作に破壊されてしまうのである。
数千年で作られてきた表層の土壌である。それが一瞬の事故でだいなしにされる,回復不可能にもされる,その怖さを意識しない,原発と生態系はマッチしていないのである。

南相馬市ではあまり表層の土は削っていない,それほどの汚染ではなかったからだろう。飯館村は削り取られたのが目立つから無惨だったのである。





posted by 老鶯 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2017年10月08日

人工知能化する人間 (膨大な情報処理が強いられる)


人工知能化する人間

(膨大な情報処理が強いられる)


人工知能という時,人間→人工知能(コンピュター化)があり人工知能→人間化がある
その双方向で今は進んでいる,パソコンとかインターネットを使っているのはすでに人工知能化しているのである。
膨大な情報からキーワードで調べているのはコンピュター化している人工知能化しているのだ。
地名などでもそうである。地名をキーワードで調べると全国から様々な情報が取得できるこういうことは今までできなかった,図書館などではとてもできない
そこから知識の世界が飛躍的に拡大したことになる
それは人間が人工知能化コンピュター化していることなのだ

この手法だとわかったことは大量の情報を知り読むことが世界を拡大することになる
今ままでは本をどれだけ読んでいるかが知識の拡大方法だった
でも地方だとまず専門書自体が買えない,小さな本屋しかなく結局ベストセラーなどが百万部も売れた時代があった,それは冠婚葬祭のくだらない本だったのである。
そんなものでも百万部も本屋に置けば売れた,本屋に置くこと自体がすでに売れることだったのである。本の数がそれだけ少ないからである。
今や膨大な本が古本をふくめてボタン一つで買える

それでわかったことは自分は前より本を買っている,一カ月で十数冊以上買っている,
でも深くは読んでいない,さーと読んで要点をつかみ自分が書くものに引用しているのである。なぜそういうことをするようになったかというとある程度金に余裕ができたのと
まず高い本は買わない千円以上の本は買わない,そうすると本の数を買えることになる
古本は安い,古本でもいいのがある。それでまにあうとなる

本は人によっていろいろな見方がありそれを知ることができる,人間は職業が違うと理解できなくなるがいろいろ経験した人が書いているから参考になる
警察にいた人が書けば警察のことはわかる,外部から警察のことはわかりにくいからである。それからその地域に住んでいる人はその地域に詳しくなれるのは当たり前である。
自分はだから郷土史研究でそれを書き発信した
郷土史とか歴史関係は土地と結びつきやすいから参考になった

知識の世界ではもうインターネットとコンピュターで人工知能化しているのである。
つまり膨大な情報を処理して見解を述べる,それはAIの方が優れいてるというときそれは人間一個の調べたりする情報よりその量が膨大なになるから人工知能の方が人間より優秀だとなっている,その手法を人間でもする,情報量を多くしてその要点をつかみ引用して書く,ただ人間の場合はどうしても限界がある
でも人間がやはり人工知能化しているからそういうことをするようになる
そういう環境が生まれたからそうしている

一方で人工知能の人間化というのはむずかしい作業である,人間と同じようなロボットを作るのはむずかしい,人間とコンピュターの相違がある,コンピュターのの得意なものと苦手なものがありただ苦手なものでも画像認識などで高度になり人間に近づいてくる
コンピュターが自ら考えるというか作りだすものとなると人間ににてくる
ただコンピュターを人間化することはむずかしい,でも人間がコンピュター化,人工知能化している

自分がしている抽象画は極めて現代的なのである。それができるのはなぜか?
膨大な画像が写真でも絵でもありそれを変形して生み出しているのである。
それはインターネットが生まれてできたものである。
コンピュターのソフトがあって生まれたのである。
こういう芸術は今までになかった,もちろんそれがどれほどの芸術性があるかはわからない,でもアメリカの人達が一定数見ているからそれなりに評価されているとなる
全く絵の才能もない自分が絵を作り出している不思議がここにあった

人工知能は人間から仕事を奪うとかいろいろ言われるが人間の知能の拡大増幅補強なのである,これによって学習も飛躍的に進歩する,もちろん人工知能といっても万能ではないあくまでも人間を補強するものである。
ただ絶対に人工知能はロボットは人間になることはできない,人工知能からロボットが人間に近づける作業をしても人間にはなれない
ただ補強してくれるのである。例えば医療でも弁護士でも教育でも警察の職務質問でもなんでもケースバイケースであり個々人によって対応が違ってくる
警察でも権力にまかせて何でも職務質問すればいいというものではない,それで甚大な被害が受ける人もでてくる,田舎だと職務質問されるところを見れらるとあいつはあやしいとなり駅にすら出入りできなくなったからである。
それもケースバイケースに対応できないからである。
人工知能ではとてもそうしたケースバイケースには対応できないのである。
ただ強力に補強してくれる道具なのである。
人工知能というとき何でも人間に代わってしてくれるものだと思っている
そして人間がいらなくなるとかいうがそうはならないのである

例えば俳句を作るとき季語があるがその季語のキーワードで調べて創作するということがある,そこに膨大な俳句を引用できる参考にできるからである。
他の知識でもそうである。膨大な量の知識から必要なものを取得することができるからである。
学校で勉強するというのも終わりになるかもしれない,なぜなら人工知能化の世界では
学校という一つの定められた閉鎖的空間での勉強方法では一人の先生に教えられるというのではない方法がとれるからである。
個々人にあったペースとかで好みにあったものでできる環境が調うからである。

ただ学校とかはそれ以外の機能がある,友情を育むとか何か人間的なものをチームで共同で行うとかすることで社会生活を送るための人間関係を学ぶとかある
知識だけが強調されるがそういう人間的なものは学ぶのが次代の学校だともなる
それは学校というのではなくクラブとか武道の道場とかがそういう場を提供するようになるかもしれない。
でもそこでは今までのような知識偏重にはならない,知識は人工知能から学ぶともなる
いづれにしろ人工知能でもあくまでも人間を補強するものであり人工知能がロボットが人間になり人間は必要なくなるということはない
もし人間が必要がなくなるというときその人間の仕事か実際はロボットでもできるように部品化されたものとなっていたからである。
そういう仕事はどんどんロボットがするようになるのである。

お手伝いさんでも皿洗うだけらなら機械化できるようになる,でも他にもいろいろな仕事がある,花を活けたりすることもある,美容師でも生け花を習ったりするのは美容室に花を飾ったりするからである。人間の仕事は一つのことに特化することはできない
何か幅広いものとして仕事がある,会話をするとなるとやはりその仕事だけではない,他の話にもなりそこで経験とか知識とか教養が必要になるのである。

でもビジネスマンとかサラリーマンとかなると文化的なもの文芸などの話はできない,それは職人でもそうである。ただ専門の仕事の話しかできないのである。
ただ現代になるとその仕事が多様だからとても話を合わせることができない
科学の時代でも科学に弱いと現代では相当に不利である。
でも科学の知識はもう不可欠の時代なのである。
この辺では原発事故で否が応でも放射能のことを最低でも知らなければ生きられなくなったからである。
そうして膨大な知識に対応できないということもある,情報でもグローバル化しているからそうである。だから現代を生きるとういことはかむずかしいから鬱病にもなるのである

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タグ:ai 人口知能

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抽象画はオリジナルの絵からの変化なのだから大量にできる
一つの抽象画ができるとそこからまた連作となり変化して作れる
そしてインターネット上にいくらでもオリジナルの絵があるからできる
世界中の写真と絵があるからできる

それは別に創作しているのではない,変化しているだけなのである。
創造しているのではないからかえって気軽に大量に生産できるともなる
創造するとなるとやはり才能がないとできない
抽象画は才能がなくてもできる,私は全く絵の才能などないからである。
具象画なら何一つ描けないのである。
それが抽象画で絵を描けているのが不思議なのである。


Abstract painting is a change from the original picture so it can be mass-produced
When one abstract picture is made, it becomes a series again from there and it can be changed and made
And because there are as many original pictures on internet
I can do it because there are pictures and pictures all over the world

It is not creating it separately, it is just changing.
Because it is not creative, it can be produced easily in large quantities rather easily
You can not do it unless you have talent when you create it
Abstract painting can be done without talent, because I have absolutely no talent for painting.
You can not draw anything if it is a concrete picture.
It is strange that it can draw pictures with abstract paintings.

2017年10月09日

飲食店の料理にはそれぞれ得意なものがある (飲食店から考える労働とは?)



飲食店の料理にはそれぞれ得意なものがある

(飲食店から考える労働とは?)


A店は料理人がいるホテルだからランチでも魚とか牡蠣とか海老とか他について700円とかは安い,ただこの店の問題は安い飯を使っていることである。
飯は今はいいものを使っているのが普通である。
ただここはお得だが街からちょっと離れている

仮設の食堂では前はあつみ食堂はいつもけんちん汁を出していた,それにはいろいろ野菜が入っていたしあそこでは野菜料理を出していたので良かった
でもそこもやめた,それで独身の建築現場で働く人は今はぼそほそ一人でコンビニの弁当を食べている

B店はチャーハンがうまいが野菜炒めはC店がうまかった,百円ほど安いのにうまかった
今度はいろいろメニューを変えたが野菜炒めは出していない,500円の牛丼とかカレーは出している,自分は牛丼は嫌いなので食べないからメニューが変わってもいいものではなかった

料理だけは店によって特徴がある,今は他は品物でも同じものが多い,ただ食料品はやはり味が違うことはある
ただ果物だと見分けがつきやすいが野菜は見分けにくい,だから値段で買っている
なるべく野菜をとろうとしているが種類がそろえられないのである。
一人だとかえって高くつくのである。

要するに料理店はA店B店C店とあったらそこの得意なものがありそこを売りにすればいいのだが個々別々になっている,でも仮設のように三軒集まれば別々の店を利用できる
離れているとそうはいかないのである。
仮設商店街はそうして一カ所に集まったからかえって一時期繁盛したのである。

今なぜ飲食店で特に人手不足になっているのか?
そこは仕事もきついし誰も働きたくないのである。
時給千円なったとしても安い,それは奴隷でしかないとしている
人手不足はなぜ起きているのか?
それは少子高齢化の影響でもある

4000万人が働かないで年金暮らしとかしている

こんな社会がありうるのか?それだけ余剰が社会にあるということなのか?

日本の飲食店は安すぎる,他の接客業でも安すぎる
それで外国ではそうした職業にチップを与える習慣がある
それはもともと貴族の社会があり対人的にサービスしてくれる家事をしてくれる人に与えた
家で働く人にはその人が家族の一員のように意識するようにもなるからチップが生まれた何か時給いくらだとかなると貴重な時間とか人生を切り売りしているのである。

現代の労働はあからさまに奴隷を使うようなことをしていない,でもシステム的に奴隷化した労働となっている,時給いくらだというのがそうである。
それは人が安価に雇える時は良かったが今や人手がないのでできなくなったのである。

だから対人的サービス業は飲食店でも倍とか高くなる
従業員に払う金が高くなるからだ
すると外食をしなくなり外食産業がつぶれてゆく

「私はあなたにこうしてサービスしてます,それ相応の金をください
千円でしたが二千円払ってください」
「それもわかります,でも自分はそんな金持ちでないですから家で安くすませます,
スーパーやコンビニの弁当ですませます」

こんなふうになると特別の金持ちを相手にするレストランくらいしか残らない,それは都会のレストランだけになるかもしれない。
結局別にそれでまにあうし餓死するわけでもない,外国ではそもそもレストランは特別な場所であり日本のレストランとは桁違いの高さである,だから外国旅行ではレストランに入れないからスーパーとかマックとかですませるほかなかった,安い食堂がないからである。あってもわかりにくいこともある。
日本では安いレストランがいくらでもあるから外国人旅行者は安く旅行できる

ともかく料理は手間だからほとんど自分はしていない,ただ野菜をなんとかとろうとはしている,家事を一人でするだけで手間なのである。
だから気軽に安く食事する所があれば小さな町になると三軒くらいしかない,何かラーメン店が多いがご飯の料理が少ないのである。
一人暮らしになると都会はいろいろあるから便利である。

人手不足というとき賃金もあるが人間は仕事することは何か人生を充実させるということもある,まずお手伝いさんは皿洗いなどしたくない,二三枚洗って終わりである。
でも話しているのは畑のことである。その人がいかに畑をすることに情熱を傾けいるかわかる
その肥料代とか資金は自分が出している,でももらったのはほんのわずかである。
人に与えるほどとれない,金銭的に換算すれば労力でも金でも十倍はかかっているのだ
農業でも趣味でやるとなるとそれだけ金がかえってかかるのである。
そして毎日草むしりであり簡単に収穫ができないのである。

それだけ割りにあわなくてもその人はともかく農業が好きでありそこに情熱を注いでいるその人がやりたいのは皿洗いとか掃除とかではない,農業なのである。
そしてその人の価値は何かなのか?それを考えたら農業をすることだとなる
農業していること自体に価値がある,それがわかるのはもしその人が畑もしないで遊んでいたら何の価値があるのかとなるからでてある。
金銭的なものも抜きにすればそうなる

だから人間の価値は何かというとき金銭的なものからしかみないが何をやりたいのか情熱を注ぐのかになる,そういうものをもっているのかとなる
芸術などは絵を描くしにししてもそういうことは金を払ってでもやりたいのである。
創作にはそれだけの魅力があるからだ
農業もまたその人は実際に金を払ってしているのである。その金を払ってくれる人がいるからしているとなる
要するに本当にしたい仕事がありそれをしている時その人に価値があり幸福だとなる
飲食業など誰もしたくない,奴隷だというとき人も集まらないともなる
それは金銭的問題だけではない,そこに生きがいが見いだせないからである。

だからやりたくない仕事はロボットがして機械化してAI化されてゆく,ベーシツインカムというのはやはりそういう時代を先取りしたものである。
別にベーシクインカムにしても農業したい人はするのである。
何か自分のしたいことをもっている人は働くのである。
それは人間の一つの理想社会を目指すものとなるがそこにも必ず矛盾が生まれてくる
人間社会はそうした矛盾とか何か負の部分が必ず生まれる
いくら理想社会を目指してもそれは永遠にありえないのが現実なのである。

強調されるのはメリットだけ (あらゆる政策でもデメリットがあるが言われない)


強調されるのはメリットだけ

(あらゆる政策でもデメリットがあるが言われない)


メリットのみという政策はまずありません。必ずデメリットがあります。
メリットの選択とは、それに付随するデメリットの選択でもあるわけです。

政策で投票しようとするとき「原発ゼロ」というとき必ずそのデメリットがある。
石炭で火力発電したら二酸化炭素が出ますよとかある
電気が不足して電気自動車にできますかとか日本が核武装できなくる
核の技術がないことは先進国ではないのですよとかなる

デメリットが選挙では隠される,それは原発の安全神話と同じだった,デメリットになることが全く知らされなかったのである。
それは強大な国とか官僚とか電事連合とかマスコミとかが一体となって「安全神話」が作られた。そこではデメリットなにることは言われなかったのである。

地元でもメリットになることだけを要求してデメリットになることはないと思っていたのである。原発で景気が良くなるとか金のことばかりを言っていたのである。
事故になったらとかは言わない,ただメリットになることだけを言っていた。

人間は必ずメリットになることとデメリットになることがある
株でもそうであり危険がありそのことを一応言う,でも奨める人はデメリットを強調しないのである。
だから損したときデメリットが大きいものだと現実に認識する
人間は悪いことを想像したくないのだ
だからメリットのあるものだけに目を向ける性質がある

人間はやはりメリットとになめんとデメリットになる面を明確に知ることが大事になる
そうでないと原発の安全神話が再現される,戦争するにしてもそこにはメリットがある面とデメリットがあることを言わなければならなかった
戦争は負けることもあるしその可能性も大きかったが日本はメリットばかりに目を向けて巨大な幻想に陥ったいたのである。

野党に期待しすぎるのもそうである。希望の党とは何かと言ったら海のもの山のものかもわからない,ただ阿部首相が嫌な人は自民党が嫌な人は希望の党に投票する
でも民主党でわかったように政治は現実であり大きく変わりいいことだけがもたらされるとは限らないし実際はない
でもメリットの面だけを強調されるのである。

メリットとデメリットを明確に意識していればそれほど期待はずれだともならない,必ずデメリットもありそのデメリットを知ってでも投票する
つまりデメリットがあるということを意識して投票するのである。

原発ゼロにするデメリットは大きいことになる,
するとそのデメリットに耐えられるのか?
豊かな生活ができなくなることもある
それを原発問題では問うてきた,極端になると電気でも最低限しか使えなくなり炭を使うような昔にもどるともなる,そんな生活に耐えられるのかと極端になればそうなる
そのデメリットを人は見ない,ただメリットの部分だけを見ているのである。

選挙では票がほしいからいいことしか言わない,デメリットは隠されるのである。
でもデメリットこそ知るべきでありその自覚もするべきなのである。
そのデメリットを自覚して選ぶなら失望はないとなる
メリットともありデメリットもある,その二つを冷静に考慮して選んだとなるからだ

政治の問題,選挙の問題はメリットのみが強調されることである。
それに釣られて投票してあとでそのデメリットを知り失敗したことがくりかえされている希望の党にはそういう面が強い,メリットになる面をだけを強調する
でもデメリットは強調されないのである。
それはだから有権者が冷静に判断すべきことなのである。

教育無償化が全面的にいいメリットの面だけをみればそうである,でもそのためには消費税を10パーセントにする,そうしなければできないからである。
そのデメリットを明確に認識することが必要なのである。
無償化とはないのである。税金で運用するのだからその税金をどうするのかとなると消費税を上げるとかになってしまうからである。

原発事故では本当にデメリットになる面を全く隠されていて地元に金がおりて景気良くなるといういいことばかりが強調されていた
でもそこには大きなデメリットが隠されていたのである。

ともかく阿部政権,自公政権は嫌だから希望の党に入れる,それはそれでいい,ただそこでメリットとなることばかりはない,デメリットもある。
小池都知事なんか何もできない,ただ首相になりたいだけの人だという人もいる
そういうデメリットをもつ人でもある
でも今は希望の党にかける,そして自公独裁の政治を終わらせたいということで投票するそれはそれで希望の党にそれほど期待しないからいいとなる

いづれにしろ民主党を選んだ失敗はメリットの面ばかりに期待しすぎたのである。
高速道路無料とかその他の政策は何一つ実行できなかった,今も小池知事は何も実行していないのである。
ただ今の閉塞感を破ってくれるというメリットの面だけを見ているのである。
でも現実的政策とはないしただあいまいな希望という言葉だけの党だともなる
それでも阿部政権に自公独裁政権が嫌だとなれば浮動票は希望の党に流れる

人間は必ずメリットとデメリットがついてまわっている,そしてデメリットが明確に意識する人が少ないし意識させられないのである。
それをあまりに強調したら誰も投票しないからである。
そこに選挙の問題があった,投票する方もそうしてデメリットの部分を自覚すべきなのである。その上で判断なら失望することもないのである。
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「青雲の心」の詩-高みへ 都築詠一を思いて・・・


「青雲の心」の詩-高みへ

都築詠一を思いて・・・


高みを目指して
一段一段登る
重き荷をもち
一段一段登る
刻苦勉励
その身を責めて
高みを目指す
青雲の心よ
汝は遂に倒れるとも
その心は高みを目指す
若者よ
志は高く
高みを目指せ
しかし一歩一歩
その石段を登る
明日の一歩にあらず
今日の一歩一歩
それが汝を作る
彼は登っている
死んでも
一歩一歩なおも
険しい山頂を目指して
一歩一歩登る
たゆまず励め
遂に倒れしも
彼はなお登っている
そして天に召される
彼が欲したのは
強い体と強い心
真直なる大和心
あわれみを望まず
病にも弱気にならず
一歩一歩上りつめる
その高みへ
青雲の心よ
高みを目指す
汝は遂に倒れしも
汝の心は生きむ

「心に青雲」の都築詠一氏が死んだことは不思議だった,それはなぜなのか?
フログに書きつづけていてそれを自分が長い間,7年間くらい毎日の読んでいたことにあった,それは本を読むのとは違っていたのである。
こういう経験は今までしていないように思う

本を読むことはある,でもプログを読むのとは違っている,プログは毎日書くものであり読むものだからである。その内容も濃いものがありそれで感じるものがあった
何か空手でも刻苦して自らの身を責めるようにして励んでいた
なぜそうしていたのか?それは都築氏は天才でもないからである。
そんなに努力しなければならなかったというのは天才ではないからである。
だからかえってそういう普通の人に普通の人は共感する,天才だとそんなに努力しなくても簡単にでいるのである。スポーツの世界でもそうである。

都築氏の場合は生来弱かったとかあり家庭に恵まれたとかあり何か自分とにていた
自分も強くなりたいという気持ちが強かった,自分も家庭には恵まれていたからだ
成蹊大学となると今の阿部首相の出た大学であり富裕な坊ちゃん大学だったのだろう。
自分は地方の田舎から三流大学に出て大学の合気道部に一年くらいいた
だから自分はその後もまともに就職もできず底辺をさまよっていた
若いとき相当に苦しんだとなる,集団就職した人と比べると学生生活など楽じゃないかというが自分にとっては結構楽というものでもなかった
カルト教団に入ったりしたのもそうだった,ともかく親元を地方を離れたということが一人前になるのには良かったのである。それまではわがままだったからである。

都築氏については実際は合ってもいないので良くわからない,その著作だってないしプログがだけがその人を知るものだったのである。
ただ死んだというときその人が命をかけて書いていたのかとも思うようになった
17年間透析であり苦しいが弱さを見せず最後まで強気で書き続けていたことを知ったのである。そんなふうにして懸命に書いているとは思わなかったのである。
だいたいネットに書いているのは軽く見られていたからである。
匿名とかも多いし軽く見れることが多い,でもこんなふうにして書いている人もでてきたということである。
プログは毎日書いているからその人の生活の息づかいようなものが感じることがある。
本とは違う,日々の生きる体感のようなものを感じる

この人は空手でこんなに努力しているのだとは感じていた,ただ17年間透析でそんな気力が出せるものなのかと死んだことによって思うようになった。
ともかく彼が最後にプログで自分の人生を命の限り語ったともなる
となるとそれは貴重なものとなった,でも残ったプログの記録は一部である。
ただ毎日読んでいたから何かそうした生きる息づかいのようなものを感じていたのである

同世代でありそれで共感したとういこともあった,同世代で死んでいる人は確かに身近にいる,病気の人もいる,でも都築氏の場合死ぬとは思ってもいなかったのである。
突然死んだとなる,そして永遠に帰らざる人となったのである。
自分は別に深い関係でもなんでもない,ただやはり7年間くらいプログを読み続けていたことが影響していたのである。
プログは毎日読めるものを書ける人はまれである。時々読んだりするが毎日は読まない
それで毎日読んでいたことはやはり知らず影響していたのである。
文芸とかに深い鑑賞力があったのは実際に編集の仕事をしていたことでもわかった
有名な作家でも編集するとなるとそれそうおうの理解力が必要になる
それは相当なハイレベルのものをもっていないとできないからだ

つまり編集というのは鑑賞というのは客観的に見ることでありかえってその本人より作家より深い見方をする場合があるのだ,そして評論は一段上か対等の力量がないとできないのである。だから若い人はまず評論はできないのである。
ただ都築氏の場合その資料となるのものがプログしかないから残念だったとなるのである

高みを目指すというときそれは超人を目指したニーチェが有名である。

生そのものが柱を建ててゆこうとする,生ははるかな遠方に目をそそぎ至福の美を望み見ようとする,そのために生は高みを必要とするのだ
生は登ろうとする,登りながらおのれを乗り越えようとする

われわれはもうあまりに疲れて,死ぬことさえできない,それでわれわれは目覚めたまま生きつづける,---墓穴のなかで
(ツアラストラ-ニーチェ)

彼はやはり一つの超人を目指していたのかもしれない,ただニーチェとかの天才とは違う普通の人であるからそれで普通の自分も共感しているとなる
ただ本当に人間の醜悪さがツアストラによって断罪されたのである。
都築氏もそういうことで有名人でも容赦なく批判していた,でも死んでしまったのである
彼がニーチェとかとは違う,絶えず社会性とかを言っていた,ニーチェとかなると社会から完全に逸脱した人間である。だから狂気にもなったのは当然だとなる
天才だからこそ超人を目指す,しかし超人にはなれず狂気にいたり死んだのである。

ただ人間というものが一体何者なのか?人間を生きるというはどういうことなのか?
それはツアストラの世界となるとそれに合った人間など今は皆無である。
でも詩人がこの地球を歌うとき,詩にするとき雄大なものだからその心も雄大にならないと詩にできないのである。とても弱いものではこの地球を歌いなのである。
そうなるとどうしても社会的なものから逸脱してくるのである。
都築氏にはそういうものはなかった,普通の社会人として生きてきたし生きることを望んだのである。それは天才ではないからである。
天才はやはり巨大なエネルギーがあり社会から逸脱してしまうからである。

2017年10月10日

老人は田舎など狭い所で住むのがいい (なぜ江戸時代の盲人が旅できたのか?)


老人は田舎など狭い所で住むのがいい

(なぜ江戸時代の盲人が旅できたのか?)


昨日はサイフを忘れた,でもたいがいサイフはもどってくる,もう10回くらい忘れているどうしてもスーパーとかで忘れやすい,今回もコンビニによってそこではサイフがあった次にスーパーによった,あの時忘れたなと思っていたらそうだった
狭い場所だと行った径路も覚えている,だからその記憶をたどりやすいのである。

それで認知症の人は狭い一室に住まわせてそこで暮らせば忘れ物してもすぐに見つけやすい,必ずなくしてパニック状態になりすぐに見つける必要があるだ
狭い一室で暮らしていればすぐに見つけやすいからである。
二階に忘れたとき,物がなくなったと泣いて騒いでいたからである。
一階と二階で暮らすとそうなりやすいし大きな家は認知症の人には向いていないのだ
徘徊するときも田舎のような狭い場所だと発見されやすいが都会だとまずそこで生活すること自体が複雑になり向いていないのだ

老人というのも都会になると生活しにくいだろう。ただそこで暮らしてきた人にとってはそうでもないかもしれない,かえって便利だということもある
ただ今回のようにサイフを忘れるとかあると探しにくいだろう。
田舎だと狭い所だからどこに寄ったかなどその径路を覚えているからである。

老人だと特に認知症とかなると狭い範囲でわかりやすい,人でも知っている人がいるといい,それが今では田舎でもない,江戸時代のような村だったら認知症の人でも住みやすいとなる,不思議なのは座頭市でも盲目の人が江戸時代には多かった,人口の一割近くいたでもそういう場所で良く歩いて旅などできたと思う
それはやはり江戸時代がそういう環境にあったためだろう。
道なども狭い危険なものがある,琵琶転がしとか座頭転がしとか狭い道だから転がり落ちることがあった
でも車などがないのだからなんとかたどって歩けたということがある
今は盲人用のブロックとかあるが盲人がとても隣町までも歩けないだろう。
そこが何か不思議なのである。

盲人が車社会では危険である。電車にのるのにも危険になる
でも江戸時代なら意外と安全だったのかとなる,盲人は旅することができたということである。盲人を助ける人もいたのかもしれない,そういう親切な情ある社会だったのかもしれない
現代は福祉は進んでいてもとても盲人が一人で旅はできないからだ

老人は今の社会には向いていない,認知症になるとリモコンのボタンを押してテレビも見ることができなくなる,機械が苦手になる,一般的に老人は機械が苦手である。
ただ60代でも今はスマホでも何でもしている,自分もしているのパソコンをしていたからその延長としてしている,みんながパソコンを使っているわげではないから使えない人も多い

そして現代は情報過多でありその情報を理解することがむずかしくなる,変化が激しい社会は老人に向いていない,江戸時代はみんないい顔をしていたというとき意外と貧乏でもストレスがなかった,都会の長屋でもそこに長く住んでいた,突然見知らぬ人が引っ越してきたりしないのである。すると人間関係も安定するということがある。
今は人間関係でも広域化しているからいつも同じ人と生活することがない
すると精神的にも安定しなくなる
やはり同じ村でいつも変わらない親しい人と暮らしていれば心も安定する
会社でも変われば安定しない,派遣とかの暮らしは安定しない,経済的にも精神的にも安定しないのである。

江戸時代はいろいろと今からみると不思議であり理解できなくなる。
どうして盲人が旅できたのか?それも目の見える補佐役もいないのできたのかとなる
今は福祉関係で必ず補佐役がついていて移動しているからだ
江戸時代にはそうした補佐役なしで旅していたのである。
そういうことができること自体不思議だとなる,また江戸時代にはそういう環境があったともなる,ともかく車にぶつけられないからそういうことができたともなる
それにしても盲人が旅できること自体が今になると理解できないのである。
そこに大きな時代の差があった

こんなことを考えるのは高齢化社会というのは栄養面などでは恵まれているがその他ではかえって江戸時代の方が住みやすかった
老人にとってはいい環境だった,ただうば捨て山とかあり貧乏だから老人を養う経済力がなかった,でも今のように長生きするのはまれだから長生きした老人は敬われたしかえって今より幸福だったとなる
つまり認知症になってもそれほど困らない環境にあったともなる

現代の高齢化社会はその江戸時代とはあまりにも環境が違っている
栄養とかとれるのだが老人はこういう社会では適合しにくいし不幸だともなる
だから江戸時代がすべて悪いとかとはならない,ただ時代は元に戻すことはできない
現代は老人にとってはともかく住みにくい社会である。
posted by 老鶯 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

国と東電に責任 福島地裁が賠償命令 (今なおつづく原発事故の後遺症)


国と東電に責任 福島地裁が賠償命令

(今なおつづく原発事故の後遺症)


原発事故の補償は南相馬市でも避難区域になった所とならない地域30キロ圏内と外ではその差が大きかった,でも実際の放射線量はほとんど変わらないけど線引きされた
放射線量で決めたのではなく政府が勝手に線引きして補償金をおさえたのである。
補償金をそんなに払うことができないからである。

南相馬市でも30キロ圏外とその内でどれほどの放射線量の差があるのか?
ほとんどないのである。だから南相馬市内は一応補償金をもらった
でも相馬市でもほとんど放射線量など街内では変わらなのである。
だからその不満を相馬市で言う人はいた
南相馬市でも30キロ圏外になった鹿島区ではその不満が根強くある
それで小高の人とうまくいかなくなったのである。

そもそも小高は避難させる必要もなかったのである。
避難させたことがいたずらに混乱を招いたのである。
小高が避難しなければ南相馬市全体で一律の補償を要求すれば良かった
30キロとかで区切らないで南相馬市全体が一律に補償金を要求すれば良かったのである。そういうことは市政として市長でも率先してするべきだった
補償金で南相馬市の一体感は失われたのである。

今回の訴訟にかかわった人達は相馬市の魚屋をしている人と福島市の果樹農家だった
相馬市の魚屋さんは松川浦から魚を仕入れていたができなくなって売り上げが落ちた
この被害も大きいから補償してくれというのもわかる
松川浦の魚は新鮮だから高く売れるし前は行商にも来た人がいた
その女性は小高の人だったのである。
この辺での贅沢は松川浦の新鮮な魚が食べられることだった
ただ石鰈などは一匹2000円とかしたがそれでも新鮮だから価値があった
松川浦で漁師をしている人は二三日内にとれた魚しか食べないと言っていた
魚ではこの辺では贅沢していたのである。
それで会津の人に石鰈を送ってやったら喜んでいた
身知らず柿が送られたが石鰈の新鮮な方が価値があった

つまり漁業関係では漁師だけではない,それを売る人と食べる人もこの土地に生きる利点を失ったのである。それも被害だったのである。
ただ松川浦でも磯部でも右田でも烏崎でも請戸でも船主に対する不満が大きい
なぜなら松川浦に住んでいてもみんなが船主ではないから補償がないからである。
それは前から不満だったのである。
東電から補償金が定期的に事故前も入っていたし事故後も一番手厚く定期的に補償されるのである。だからいち早く立派な家を建てたのは船主だったとなる

ただそれでこの辺に生きるメリットは漁師だけではない回りの人も失ったのである。
だから魚では生活できないとかプログに出していた漁師がいたけどそれもなんなのだったとのかとなる
魚は高いから東京の方に出していたりしていた,地元ではそれだけ高いものを買う人がいないからだ,新鮮な魚はここでではない,高価に東京で買い取られて料亭で使われていたのである。
福島市の梨農家もそうである。贈答用の高級な梨で東京とかの方に売っていたのである。広域化グローバル化社会ではそうなるのである

相馬市でも請戸の人が船主だろう,特等室に入り家を建てるとか言っていた
それも相馬市で不満な人がいるのだからそんなことを言うと不満な人がでてくる
その時はそういうことはあまり意識していなかったのかもしれない
みんなが補償金をそんなにもらったわけではない,放射線量がたいして違わないのに
政府によって線引きされたのである。

とにかく原発事故は広範囲に被害があった,それはもう補償しきれない,だからその後でもなぜ除染に何兆円も使ったのか?
今放射線量を計ったらまた上がって同じになったとか報告があり除染はそんなに効果あるものでもなかった,そしたらそういう金を補償金にまわせば良かったとなる
何かそういう事故後の対策が誤っていた,金はゼネコンとか暴力団とかに流れたとされる政府の事故処理が失敗していたともなる
まず双葉大熊はしょうがないとしても浪江だったら全部を避難させたのかいいのか疑問になる,小高は避難させるべきではなかった
それがかえって復興できなくなさせたからである。
避難させた結果もう若い人達は生活は別になり帰らなくなったからである。
これは政府の事故処理の失敗だったのである。

いづれにしろ水は飲めないとかの被害はつづいている,ペットボトルを買うとなると金がかかる,それがいつまでも水が飲めないとなると金がかかる
それは相馬市でも同じでありその分だけでも補償しろとはなる
ただその補償金も国民の税金になるから今度は国民が非難する
そういうジレンマに陥っている
こうして南相馬市でも補償金のために分断されたのは政府で小高を避難区域にしたことや30キロとかで線引きしたことでそうなった
それに対して南相馬市では無策だったとなる
ただ鹿島区は補償金をもらえる地域ではなかったが南相馬市ということで少ないがもらったのである。でも鹿島の人達は不満が根強くある
小高の人達に対して不満が大きいのである。

一応政府と東電が津浪が予測できたということで責任が生じて訴訟で勝った
その文書が出てきたのは最近のことである。
それも隠されていたのである。もしその文書が公にされて問題になったらこの辺にそんな大きな津浪が30年以内に来るかもしれないとなると大騒ぎになったろう
この辺では津浪は来ないとされて関心がなかったからである。
それが隠されたのはなぜなのか?
政府ではその対策をしなかったのはなぜなのか?
金がかかるからであり知らせたくなかった
それが致命的結果になったのである。

科学者はやはり30年以内に8メートルなのか10メートルなのか大きな津浪が来ることを予想していた,だから科学者はやはり今の社会では大きな役目があるからこそ社会の中枢にあり指導者になっていることがわかる
またそれでけ科学者の責任が重い社会だということもわかる
そういうことが科学者にも自覚されていたのか?
核自体があまりにも危険なものだから科学者が扱うから科学者の責任も問われる
ただ政府とか東電とかの命令で何でもしていいのかともなる
湯川秀樹博士がフクシマの原発を作るとき時期が早いと言って反対した
でも技術的に未熟でも最初にフクシマに原発が作られたのである。
それはアメリカの命令でなったというのもあるだろう。
その時はまだ日本に原発を作るのは無理な面があったが強行されたのである。
そして安全性も無視されていたのである。

原発は国策だからどうしても政府の責任が重くなる,現実にその事故のしりぬぐいは税金でしている,国民がその膨大な補償金を支払っているのである。
結局政府の責任は国民の責任となり税金を支払わせられている
だから国民が原発に対して反対すべきなのである。
でも国民が全部反対ではない,電気連合なども核兵器には反対でも原発には賛成していたのである。なぜならそこで働いているから金をもらっているかそうなっていたのである。国民が反対すべきだといっても利害関係がありみんながそうはならないのである。

でも結局人間は必ず誰かが責任をとらされる,戦争では国民が3百万人死んだとか責任をとらされる,この辺では水もまともに飲めないとか住めなくなるとか責任をとらされる
国民は莫大な補償金を税金でとられるとか責任をとらされる
だからそんなに責任をとらされるのなら原発はいらないと国民も言うべきなのだが全部はそうはなっていない,賛否両論がある
原発は一旦事故になったらこの辺のような甚大な被害になるということを知らせた
水も汚染されて飲めなくなる,土も汚染ささて食物もとれなくなる,森林も汚染されて木も利用できなくなる,空気さえ汚染されて住めなくなるのである。
そういうことを国民は知ったのだからそれで原発をまだ必要になるのか?
そのことが理解できないとなる
posted by 老鶯 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連