2017年09月18日

原町の道の駅で山口県の人と会う (自転車で日本一周四〇日目)


原町の道の駅で山口県の人と会う

(自転車で日本一周四〇日目)


原町の道の駅では自転車旅行している人と会う,その人は学生であり日本一周四〇日目だという,これから帰るが四国の方にもよるからまた三〇日くらいかかるとか言っていた。自分も30日くらい自転車で旅したらくらくらしてきた。
これから飯館の方に行くと行ったが坂を上るのが大変である。
その坂は予想もしないような坂がある,それが自転車旅行では怖いのである。
若い人はまだそうういことができる,でも若い人でもみんなが日本一周しているとは限らないのである。それがどのくらいの冒険になるのかわからないがそれなりの冒険にはなる
その学生が山口の宇部だというとき山口県というときまず萩とかをみる,そこから明治維新が起きたからである。
そして下関からは韓国への船がでている,自分も行ったことがある。
その時ははじめてで滋賀県の大津の人に助けてもらったのである。
そのお礼も言わないままになっていた。

山口県をみるときつくづくそれもわかりにくいのである。
萩は日本海の方であり何か繁華な所には見えなかった
ただ山口県は長州だがなぜそこから明治維新が起きたのか?
それはやはり地の利だったのである。

下関から韓国への船が出ているようにそもそも韓国も外国であり外国が身近なのである。九州でも古代から密接な関係が韓国とあった
それが東北辺りの地理感覚とは相当に違っているのである。
会津と比べればわかる,歴史はだから地理が基になっているのだ

なぜ薩摩と長州が手を組んだのか?
それもなぜ高知から出た坂本竜馬によって薩長同盟ができたのか?
それも地理からみればわかりやすい
薩摩も中国とかの貿易があり外国が身近なのである。
長崎も出島があり鎖国していても外国に開いていたのである。

外国がそれだけみじかになるときいち早く時代を感じた
それは江戸幕府があった江戸や会津よりもその外国が身近だったのである。
歴史が地理が基だというとき地理がわからないと見当はずれの見方をするのである。
そしてなぜ坂本竜馬が薩長同盟の担い手になったのか?
それも四国の高知だということでわかる
薩摩があり長州がありそれを結ぶものとして四国があったとなる

四国がそういう位置にありそこから担い手の人物が生れたとなる
地理と密接に結びついて人物も生れているのである。
だから地理がわからないと歴史もわからないのである。
だから自分は外部の人と駅でも道の駅で話するときそこがどういう場所なのか
全国を行っているから考える

では山口県というときこの山口県全体を知ることはむずかしい
それは福島県全体を知るのがむずかしいと同じなのである。
宇部というと何かなじみがないからである。
でもそうして全国の人とあって話するとき自分は全国に実際にその土地を踏んでいるので旅したことを思い出してイメージするのである。
一回も行っていなかったらイメージもできないのである。
山口県の像をイメージできないのである。

原町の道の駅は車でとまる人も多い,あそこに自転車旅行でテントを張る人もいる
道の駅は外部の人のたまり場になっている,特に原町の道の駅は便利なのである。
スーパーも近いしホテルの湯も入れるよと言った
その学生は入ることはなかった

原町の道の駅で案内のボランティアをするのもいい,あそこでは自転車旅行の人と会うからである。そういう人とは話しやすいとなる
ただ学生が多いからあまり相手から話は聞けない
ただ山口県の宇部から来たというだけで宇部はどこなのだろう,何なのだろうと考える
地理からまずイメージするのである。

原町の道の駅は外部から来る人が多いから鹿島の駅より話できるということはあるかもしれない。そこで道案内のボランティアをする
あそこではあやしいと通報されることはないかもしれない
いろいろな人が出入りするところではかえってそういうことがないのである。
あまり人が出入りしない本当の田舎になると変わったことをすると目立つのである。
ただ原町の道の駅が近いとしてもそんなには行けないから困るとなる

原町でいいのはマルマツとか簡単に食事する所があることなのである。
食事を用意するのが一人だとめんどうになるからだ
あそこでは納豆定食など安いものも出しているからである。
一人暮らしはある程度,都会の方がしやすいことがある
食事関係ではそうである。鹿島にはマルマツとか外食する所が少なすぎるのである。
二三軒しかないからである。

ともかく一人で家にいると誰かとしゃべりたくなる,それで駅で気晴らしに話したりしていた,道の駅でも原町辺りは外から来る人が多いから話できるということはある。
ただ自転車旅行の人などは話やすいが車の人となると別である。
車の人は車の中にいるからわからないのである。
車は開かれた場ではなく閉鎖された空間なのである。
車は外部との交流も遮断している感覚になるのである。

だからテントを張ったときそこに止まっている車に人がいたことがわからなかったのである。だから旅では車の人との交流はあまりないとなる
ただ別に自分は旅してそんなに話したりはしなかった
それはなぜかというと疲れて話する気にもなれないということもあった
自転車旅行はぐったりと疲れるからである。

話するにもやはり余裕がないとできないのである。
地元にいるからこっちは疲れていないから話ができる,相手は疲れているのだから話たくないということもある,駅のような所は別に相手も疲れていないのである。
駅で休む人は車で来たりしている人だから疲れないないから話しやすいとはなる。
ただ道の駅に車を止めている人は疲れてはいない,だから話はできるがしにくいとなる
ともかく駅でも道の駅でも外部との接点になる場である
そういう場所は自分にとって見聞を広める場だともなる
内部だと同じような話になるが外部だと広い世界の話になるから面白いとなる