2017年09月05日

「心に青雲」の都築氏のプログの記事はログは残っていました


「心に青雲」の都築氏のプログの記事はログは残っていました


ここに「心の青雲」のURLを入れると2011年からでてきます
カレンダーの日付の一つ押すとその月の分が全部出ます
あとはそこから月ごとにログが読めます

「心に青雲」


自分のプログも試してみましたがここに記録されています
これは便利です,意外とインターネットに出すと記録はログは消えない
消えるようで消えないのもインターネットである。
ただかえって個人のパソコンは管理できないし技術がない人は消してしまうことがある。ハードデスクが故障すると一瞬で消える
だからかえってインターネットに出していた方がいいともなる

これでインターネットの再検討ができるようです

みなさんもここから読んでください

「心に青雲」の都築詠一氏の文体 (歩くことの効用から抜粋)


「心に青雲」の都築詠一氏の文体

(歩くことの効用から抜粋)


文章診断

これだと読みやすいとか適切だとかやや硬いとかあるから合っているのだろう。

刑事たちが歩くということにはどんな効用があるか。それは歩くことで刑事のカンが発達することである。
 犯人が辿ったあとを歩くことで、犯人の像ができてくる。犯人の感情がわかってくる。そうやって認識が創られるとともに、足を使うことによって頭が良くなるという二重構造があるのだ。
つまりカンとは実体的ありかた(歩く)で創ったもので、それは二重構造になっている。

松尾芭蕉も歩きに歩いたから、俳句の認識が創られるとともに、足を使ったころで頭が良くなり、前人未到の俳句を芸術の域にまで高めたのだった。
カントもヘーゲルも歩いたことがプラスになったはずである。

「心の青雲」旧プログ

こういうことを常に言っていた,頭ではなく身体で考える,推理ドラマを犯罪にあってから良く見ていた,確かに現場に行けというとき歩いてその状況を体で知るとなる
歩くというとき今は車だから歩かない時代である。
その歩かないということは現代人に相当に影響している
ものの見方から認識のしかたに相当影響している

街でも歩いていると街の認識の仕方が違う,通りを歩けば一軒一軒の家を店でも見る
車で自転車だって通りすぎることが多いので歩くことは原始時代にもどり認識を高めたり深めたりする,そのことを自分はこれまで書いてきた,自転車で旅するのと車で旅することも相当に違う,特に峠を越えるとなると全く違った認識が生れる
それは歩いていると同じになる。自分は坂を上る力がないから歩いて自転車をひいて上っていたからである。
旅は歩いてするのと自転車でするのと電車でするのとバスでするのでもみんな違ったものになるのである。

文章でもパソコンで書くのと墨で筆で書くのとまたペンで書いたり鉛筆で書いたりボールペンで書いたりといろいろあるが違ったものとなる
最近は全くペンなどで書いていない,パソコンばかりである。
だから文章を書くにしてもそれが影響しているし横文字になるのも影響している
だからどちかというと話し言葉になりやすいのである。
現実に文でもって話し合っているのがバソコンのインターネットのメデアである。
それで短い文が多いのである。

プログになると長い文が書ける,自分にとっては合っていた,長く書けるので深いものを追及できるからである。
「心の青雲」都築氏の不思議の一つに明らかに文体があったのではないか?
それが現代のインターネットの電子空間にもマッチしたものとしてあった
話し言葉と硬質な旧来の文章の混成がありそれがわかりやすいものとなり読みやすいものとなっていた,でも硬質であり深いものがあり独特の表現となっていた

日本語自体が第一大和言葉がありこれは何か女性的なものを感じている,そして漢語とかなの混成語になったのが日本の文章だから日本語は相当に複雑である。
話し言葉だと柔らかくなり漢語だと硬い表現になる,それがミックスした文章になるのが日本語である。
もともとそういう性質があったのだけどそういうものが「心の青雲」の著者にはあり
それがプログで表現されたこともあり今までにない文体が作られたのかもしれない

自分の文体を診断したら読み安さとか適切さとかはない,だから読みやすい文ではないとなる,何か話し言葉だけだとたるんだものになるが本来の文章を書くとひきしまり重厚なものにもなる
そういうものが「心の青雲」都築氏の文体にはあった
そもそもこれだけの内容と文を書ける人はあまり見当たらないのである。
ただそういう硬質なものだからまたそれに答えることはむずかしかった
絶えず有名人でも批判していたから普通の人は批判するのがむずかしかった

そういうことで死んだということログが消えていることが残念である。
何かこうして書いているとあの世から電子空間で読んでいるのかとなる
自分は別に交流もないし自分のことは注目してもいなかった
自分はずっと読んで注目していたのである。

ただなぜ都築氏は自分がせっかく書いたものを消そうとしたのか?
また残そうとしてかっのか?それも謎である。
何か自分の記念になるものを人間は残したい,それが普通である。
なぜ消そうとしたのか,それも謎である。
もしたいした文でもない雑文ならそういうのが山ほどあるから消されてもどうでもいいとなる
しかしこれだけの内容あるものを書き独特の文体で表現したものをなぜ自ら消そうとしたのか?自ら書いたものをどう思っていたかのかも不思議である。

いづれにしろ都築氏の死は何を意味しているのか?
それはやはりインターネットの中の電子空間で死んだということが何なのか問うている
そもそも人間が死んだというとき知らなければその死が本当に確認できるのか?
例えば死んだ俳優が今でもテレビにいくらでも出ている不思議がある
すると死んだように思えないのである。
死んだというニュースを知らないとしたらまだ生きて演技しているだけだとなる
死は感じられないのである。それと電子空間の死はにている

死は看取りから焼き場で灰になるという残酷な過程の中で認識する
そういう認識が別にインターネットの電子空間だけではない,知らない人の死など認識できないのである。近くでも死ぬ人などいくらでもいる
昨日あってしゃっべていたなと思った人すら死んでいる
でもすぐに忘れてしまうのである。

ただその人の残したものが意味あるものだとするとその記録から死者を思うのである。
家族とかなると死んでも何も残さなくても不思議なのは自分は声を出して死者と語っている,そしたら本当に死者が生きているように感じたのも奇妙だった
だから家族のような場合,死者は家族として生きつづけているのである。
他の人は何か特別意味あるものを残さないとすぐに忘れ去られるのである。



核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む (すでに原発の危険は予見されていた)


核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む

(すでに原発の危険は予見されていた)

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福島原発の歴史
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この本は1979年発行でありすでにほぼ40年前のことにもなる
ただその時から事故がありフクシマと同じようなことが起きていたのである。
それはスリーマイルとかでもない,それ意外にも事故がありそれは火災事故だったのである。

この統計は1978年である。フクシマの第一原発は1971年3月に1号機の営業運転を開始しである。

図を見ても日本は原発を作るの早かったしその時すでに世界で3番目の原発国になっていたのだ,それはやはり人の技術力が高いから受け入れることができたのか?
アメリカの強引なおしつけがあったのか?その辺はわかりにくい。

この本の題名が核文明の恐怖とあるとき現代の文明が核文明になるということを予想して書いていたのである。
この時東ドイツとあるからまだ東西ドイツが統一されていない,その時ドイツも原発が多かった,その後はやめた,フランスが日本より原発が少なかったというのも意外である。やはり日本はアメリカの影響があって原発が多くなったのではないか?

原子力産業は比較的歴史が浅いことを心にとめておく必要がある。
アメリカでは商業利用がはじまってからわずか25年であり,核兵器生産がはじめられてからも35年しかたっていない,癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがあるから私たちはやっと放射線の影響を経験したばかりなのである

様々に放射線の影響が言われる,

癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがある

こういうことがあるとする母親などは異常に心配するからもう故郷には原発避難区域には帰らないとなる,最も危険なのはプルトニウムだとこの本で著者は言っている
要するに核のことは人間はわかっていないしその危険性を無視して原発は造られたのである。歴史が浅いというとき未熟な知識ではじまり今でも放射線がどういうふうに人間の身体に環境に影響するのか正確にわからない,だからこの辺はモルモットにされているのである。放射線の影響は長期的なもの次の代とかその次の代にも影響するとなるから深刻なのである。

原子力発電所の設計は著しくこみいっていて自分の専門分野以外の人の仕事を理解しない-お互いに話し合おうともしない-実際原子炉を建設したり運転したりするのにその全体の過程を統合するような役割の個人やグループは全く存在しない

これはフクシマ原発でも同じであった,肝心の吉田所長が復水器のことを知らなかった,それは自分の専門分野ではないからだったと言っている
そして東京の本部との意思疎通もできなくなっていたのである。
要するに誰ももう原発を制御できるものがなくなっていたのである。
最後は自動化しているから機械が暴走して破綻するとなるのである。
人間の力では制御できない代物になっているのが原発だったのである。
それは現代文明全体に言えることである。その全容を知るものはいない,何か巨大な事故があったらもう何もできないのである。

ブランズ・フェリー原子力発電所はいまだかつて火災に対する安全検査をやったことがない,この事故で誰も地域の役所に事故を知らせなかった,実際緊急避難措置はいっさいとられなかった

「安全装置は絶えず工夫が施されているが莫大な金がかかったり原子力産業のスケジュールに都合があったり政治的圧力がかかったりするために安全装置の効果について評価を正しく行うことはほとんど不可能になっています」

これもこの辺の事故と同じだった,浪江の人達は津島の山側に避難した,そこは一番放射線量が高い地域だった,町民には自治体には何も知らせられなかったのである。
ただ東電の社員がいて山より街の方が安全だとそれに従って街にもどった人達がいた
それが正しい判断だったのである。放射線のことを知っていればそうなる
実際はスピーディでそれがわかっていても知らせなかったのである。
アメリカにいち早く知らせていて自治体には知らせなかったのである。

安全装置にしても原子力村とかが形成されて政府の安全委員会など何もできない飾りだったのである。要するに何もしないで多額の金をもらっていた人達が原発には多いのであるそういう人達にとっては原発はいいものだったのである。
東電から巨額の宣伝費が電事連からは800億もの宣伝費が流れていた
そしてそまマスコミの幹部が東電によって中国に招待されていたとき事故が起きたのである。朝日新聞社加わっていたからマスコミで原発に反対するものはなかったのである。
創価系の雑誌でも東電から宣伝費を二番目くらいにもらっていた
原発は金のなる木だったのである。地元でも金がばらまかれた,特に漁業権のある船主は原発御殿が建っていたとかあとでわかったのである。
それも今になると罪深いものだったとなる

原発はまだ歴史が浅く未熟な技術だけでその効果が大きいから安全を無視して作られてきた,それがまた核兵器と結びつき軍事力としての相乗効果があり作られてきた
電気を作るだけではない軍事力として欠かせないものとして作られていたのである。
だからこそこの本では核文明としているのである。
そしてこの辺の事故では核文明の崩壊したと自分が書いたのである。
土や水や空気や人間の基本になるものが汚染されたら住めないしそして放射線の影響はどうでるのか何代も見なければわからないという恐ろしいものだったのである。

なぜそれだけ危険なものを作ったのか?それは核の魅力が大きいからそうなる
北朝鮮を見ればわかるだろう。あのような小国でも核をもてばアメリカと対等に戦えるからである。だから実際は人間は核を操作できないものでも無理して操作していたのであるそれが大事故で核文明そのもの崩壊となりこの辺は住めなくなったのである。
湯川秀樹博士が原発を作るのはまだ早いとして作るべきではないとしていた
つまりまだ日本でも原発を作り操作できる技術はなかった
原子力の歴史は浅いしまだまだ操作できる状態にはなかったのである。

でも無理やり作ったのは政治的な圧力とかアメリカの圧力とかいろいろ科学的技術的問題ではないものがあり作られてきた,
文明の崩壊までになるようなものをなぜ作ったのか?
文明が崩壊したらもとこうもない,終わりだとなるからだ
それなら人間は極端になるが炭をエネルギーとして細々して生き延びる方がいいともなるからだ,文明が滅び水も土も空気も汚染されたら住めないからである
そして遺伝子が損傷して何代にもわたり影響するとなると種の滅亡ともなる
人間はもう絶滅するということである。

そんな恐ろしいものを科学者もとめられなかったしそれ突き進んで行ったのはなぜなのか?
何かそこに人間の業(カルマ)があり人間滅亡,文明滅亡の宿命を核によってもたらされるだからさけられないのか?何かそういう人類史の最後に核が現れ文明は崩壊するのかとなる
posted by 老鶯 at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連