2017年08月15日

人間の評価は生前の評価である (死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


人間の評価は生前の評価である

(死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


親を看取ったが人間の評価は生きている内はわかりにくい,でも人間の評価は死後にもつづいている,死後にかえって冷静に判断できる
それは肉親でもそうである。親子でも他人でもそうである。
親子だと介護から看取りから葬式からその後の供養とつづく,そして死後何年かして冷静に死者をみる,人間は死んで終わりではない,ここで言うのは死後の世界がどうのこうのというのではない,生前その人がどうあったのか生きたのかという問題である。


そもそも死後のことを考えてもわからない,スピリチャルでも勝手に死後の世界を想像して言っているのである。聖書だとあくまでも約束のことであり様々なことをイメージしてはいない,その天国も実際はこの世の延長としての天国なのである。
全くこの世と違った世界を人間が想像できるのか?それはできない

例えば花園の中にあるのは天国である。その花園を別にこの世でもあるから花に囲まれた神の庭園をイメージできる,そこが天国なのである。
この世と全く違った世界を人間はイメージできないのである。
もちろん地獄も同じなのなのである。この世でまさに人間がみんな地獄を経験しているから地獄がどういうところかイメージできるのである。

人間が死後に裁かれと聖書で言われているがすでに生前に裁かれてはいないか?
人間の死にざまをみればわかる,たいがい断末魔の様相を帯びて死ぬのである。
成仏するとかしないとかこだわるけどカルト宗教団体などでもその死にざまは同じである

人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。
(マタイ7)

常に日本は悪者としてアメリカでも裁いているけどアメリカも原爆など落としたことで裁かれる,神によって裁かれる国なのである。
個々人でも国でも人間には裁く力がないのである。
人間は他者評価するとき必ず自分も評価される運命にある
お前はそんなこと良く言えるなとなる,自らの不正を正さないで他者をとがめているのである。


死ぬ前に何か後悔してとりもどせない恐怖におののいている姿を見た
ある人はママ母でいじめていたので死ぬ前に悪かったとして悔いていたのである。
その人は目が見えなくなりいじめた子供に看取られて死んだ
すでに生前に裁かれていたのである。

ただ人は人を裁くことは不可能である。裁く力は人間にはない,だから裁くなと神は言ったのである。それは国と国の争いでもそうなのである。
どちらが悪いかなど裁く力は国にない,アメリカにもない,裁く力は神にしかないのである。

果たして人間は死後に特別評価されることがあるのか?
すでに生前に評価されてはいないか?夭逝する天才は別にして一般的にはそうである。
自分が言っているのは特別に功績がある人のことではない
ノーベル賞などをもらうような人のことではない

普通の家族のなかでも功績がある人はない人がいる
普通にふしだらな親というのがいてそういう人は肉親でも子供がどう評価するかである。そうなると子供すら供養の心もなくなっているのである。
さんざん親にひどい目にあったからそうなってしまったのである。
だから肉親だからといって必ずしも親だからとして何でも是認されることはないし尊ぶこともないのである。
ふしだらな一生を送った人を肉親すら敬うことはないのである。

人間が死んだからといって死者を見るとき常に生前のことを見ているのである。
死後のことはわからないからである。ふしだらな一生を送った人が死んで特別な人に変わるわけがないのである。
人間を作るのは死後ではないということである。
生きているときに作られる,人間の評価は生きている時にすでに成されているのである。すでに老人になっていればもうすでにあらゆる面で評価されているのである。

自分にとっては家族は自分が正当に評価している,結局自分に尽くしてくれたということで評価して感謝している,最後は一人は確かに悲惨な死だったが生きているときは家に尽くした人だから功績があったのである。
自分が自由に生きられたのは家族があったからだとなる
過酷な社会に放り出されたら自分は何の才能も伸ばせず終わりだった
それだけ生き抜く力がないからである。
何か家族に守られて自由に生きていたのである。
その結果として代償として介護と自分の病気で十年間塗炭の苦しみを味わったのである。
だから必ず苦あれば楽がありであり楽なだけの人生などこの世にないのである。
どんな裕福な家に生れてもどこかで苦しむことになる
それが人間の定めなのである。
ともかく人間の死後というけど実際は生前の延長として死後がある
生前と死後は切り離せないのである。
死後全く別な世界に生きることなどありえないのである。

だから実際は死後のことより今生きていることそのことが大事なのである。
死後のことをとやかく言ってわからない,今を生きることこそが大事なのである。
その今の時間を人間は常に無駄にしているのである。
そして老人になりみんな後悔しているのである。
死後は生前の延長であり生前に刻印されたものが死後にも刻印されているのである。
人間の一生を見る場合必ずそうなるからである。
人間の評価は生前の評価であり死後になると冷静に判断できるというだけなのである。

日本だけが戦争で悪者にされるのか? (戦争は喧嘩両成敗にするべき)


日本だけが戦争で悪者にされるのか?

(戦争は喧嘩両成敗にするべき)


戦争とは何かというとき戦争は対外的に起こり国を意識する,敵が存在して国家を意識する,それは国内でも同じである。常に回りが敵であり戦国時代になった
相馬藩だと常に伊達藩を意識して軍事訓練していた,それが野馬追い祭りとなっていった日本全体で見ると

百済の援軍として戦ったのは、唐−新羅連合軍です。飛鳥時代だと思います。
白村江の戦いが最初の外国との戦いである。

戦争がなければ日本でも日本という国家を意識しない,それが証明しているのは鎖国となった江戸時代である。対外的に関係を閉ざしたから外国を意識しないのである。
だから日本人だという意識もない,敵も存在しないから300年間平和だった
こういうことは世界史ではまれであり島国だったからできたとなる

そして明治維新になり外国を過度に意識させられるようになった,すでに太平洋戦争の種はこの時まかれていたのである。
吉田松陰はアジアを侵略せよと公言していたからである。
そういう過激な思想がどうして生れたのか?
それが過度に今度は鎖国状態から外国を意識させられるようになったからである。

その意識した外国とは欧米列強だった,その時アジアは中国をはじめ植民地にされていたからその恐怖感があり戦争をはじめた,それが最初はアメリカではなくイギリスだったのてある。その時イギリスが七つの海を支配していたからである。

アジアの拠点がシンガポールであり自分の姉はそこで4年間従軍看護婦として勤めた。
実際はシンガポールの向かい側のジョホールバルでありマレー戦争だった
その赤十字病院だった,つまりイギリスとの戦いでイギリスを追い出してその病院を使っていたのである。それはアジアの国が欧米列強に勝ったということで快挙だったのであるただその後はアメリカが参戦して形勢がたちまち悪化して敗戦になった

日本の明治維新はまず日本がアジアの中国でも植民地にならないために独立した国だったその時日本人は強烈に国家を意識するようになり西南戦争で武士の集団との戦いで形成された国民軍が平民の軍隊が国民の軍隊が勝った,これによって日本軍が形成されたのである。

日本は江戸時代の鎖国から明治維新になり過度に外国を意識させられるようになった
アジアが植民地化されたことの恐怖から明治維新が起こり日本はアジアに先駆けて欧米列強と戦うことになったのである。
だからすでに欧米列強によって明治維新のときから戦争がしかけられていたともなる
しかし日本だけは植民地にできなかったのである。

戦争のきっかけがアジアの植民地解放戦争だったということも一理ある
中国と戦争になったのも中国が欧米列強側に立っていからそうなった
中国は欧米列強の植民地だったからである。
だから日本が中国戦争したときなぜ独立できたのか?
日本が欧米列強と戦ったから中国人が植民地にされていた隷属を破り共産党により独立国家を形成できたとなる,日本が欧米列強と戦争しなかったら中国は独立国家になれなかったともなる

つまり欧米列強とアジアの関係で見るとき日本の戦争がだけが悪だったのか?
なぜ日本だけが悪者にされるのか?中国からも韓国からもアジアからも悪者にされるのか?それは日本がアメリカに敗れたからそうなっているだけなのである。
日本だって国内戦争だったら勝った方が負けた方を悪者にするからである。

世界史でも同じなのである。そこに善悪は通用しないのである。だから日本だけが悪者にされるは負けたからだとなる
善悪を言うなら欧米列強が善なのかとなればそうではない,つまり欧米列強がアジアに進出しなければ第二次世界大戦はなかったからである。
西部劇でインディアンか常に悪者にされていたように日本も悪者にされていたのである。
そしてアジアでも中国や韓国が日本が悪いから謝罪せよというとき戦争で負けたからである。日本が悪いわけでなくても謝罪を要求される
謝罪させることによって上位に立つ,日本の謝る姿を見て優越感にひたる
そして韓国になると永遠に謝罪せよとなり日本を下位にする
しかしアメリカに対しては中国やロシアに対してはそういうことにはならない
日本に対しては下位の国家として謝罪を請求するのである。

そしてNHKの放送は中国や韓国の意向に沿ったものとして常に編集報道しているのであるそれで右側からNHKでも朝日新聞でも左翼系は中国とか韓国(在日)の工作員が入り込んで操作しているとなる
そういうことはネットで盛んに言われるようになったのである。
そう言えばNHKは常に戦争を起こした日本人が悪いとして戦争を否定している
日本人は謝罪すべきだとして報道している,それは中国韓国側の圧力の結果だともなる
だからNHKを見ていると知らず洗脳されるのである。
日本人は悪いのだな謝罪すべきなのだなと番組を見ていると自ずとそうなってしまうのである。そしてNHKは良心的な公平な放送局のように国民には見られているから余計にそうなる,テレビは事実を伝えるものではない,放送局の意向でもって編集して伝えているのである。だからテレビを見ていると意識しなくても洗脳されるのである。

確かに人体実験したとかはひどいとなる,でもそれだけを取り上げ日本人は悪いとされるのも問題なのである。そもそも戦争は非道であり戦争そのものがそういう悪を産み出すのである。現実になぜアメリカが原爆を日本に落としたのか?
戦争自体が非道だから人間的なものをはみだして残酷非道になる
戦争は日本だけが悪いとはいえない,戦争そのものが悪いのである。
どの国が悪いとはならない,アメリカも悪いのである。
日本だけが特別悪いものとして糾弾しつづけられるのはおかしいのである。

いづれにしろ国家間の戦争とかなると争いとなると公平に裁く者はいない,勝ったもの強いものが正義となってしまうのである。
だから常に日本人が悪者とされて謝罪を要求され下位に置かれる
アメリカや中国でもロシアならそうはならない,日本だけがそうさせられているのは国が弱いというだけの理由なのである。

ともかく姉は死ぬ間際まで戦争のことを語り死んだ,それだけ戦争のことが忘れられなかったのである。特に20代の青春が戦争だったから余計にそうなったのである。
戦争の興味は自分の場合は姉から聞かされた話が生々しいものとして残る
従軍看護婦の四年間は辛いし普通では勤まらない,特に敗戦になったジャングルに逃げたときは食うや食わずになり苦しんだ
そして死ぬ間際まで認知症になっても同じ従軍看護婦の戦友のことを忘れなかったのである。青春がまさに戦争だったからそうなった,青春時代は一番印象に残りやすいからである。

戦争というときやはりNHKとか左寄りの圧力が強い,すると常に日本は謝罪すべきだということが知らずに思い込まさせられるるのである。
つまりテレビ見ていると知らずに洗脳されるのである。
なんて日本人は悪い奴なんだ,戦争の責任は日本人にあり日本人は謝罪すべきだとなるのである。そういう意図でもってNHKでも他でも番組を作っているからそうなるのである。
posted by 老鶯 at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層