2017年08月10日

陰(影)なる人間



陰(影)なる人間


日があたれば影ができる,人は陰(影)となり生きる者がある、男の陰は女であり妻である,華々しく注目を集める人の陰に必ず影となる人がいる
政治家でも議員の陰となる者が秘書である,俳優でも主役と脇役がある
注目は主役に集まる,陰は表に出ない,それが定めである。

この世の中に陰となる者が実は多い,多くの普通の労働者は目立たない,陰のような者である,掃除している人は目立たない,陰となり仕事する人は多い
陰の存在は主役が消えたとき意識される
主役を支えた者としての影が浮かび上がる

そして陰は影はいつでもそこにある,それは以前として目立たない,ただ陰は以前として自分を主張しない,それでいいとしている,みんな主役になりたい,目立ちたい,でもなれない,ただ主役になるのはまた風当たりが強くなる,矢面に立つことになる
主役には主役の役があるが主役あり脇役がありこの世は成り立つ

今にして気づく,影のようにいつも寄り添いあったものを,それは目立たない,影でよしとしていた。そういう性格でもあった,その性格に生きた
主役が消えたとき華々しさもまた消えた,でも影はいつまでもそこに残っていた

日があたれば影ができる,それは法則である。人の世もまた同じである。
陰となり働く人は多数である。華々しい主役はまれである。
しかしその陰には陰となり働く人がいる,人間にはまた陽と陰があり調和する
陽は陽の働きがあり陰と陰の働きがあり調和する

内なる人と外なる人がいる,それは人間の性格であり性格に人は生きる
人間にはその両方が必要なのである。
ただ本当に陰なるものは気づきにくい,その存在を意識するのは主役が消えたときであり後になる,でも陰なる存在に気づくときその影はいつまでもやはり寄り添いある感じになる,妻がある時妻は意識しにくい,死んだとき意識される

そういうことはこの世に多い,普通にあるものは当たり前にある者は意識しにくい,それが失われたとき意識する,その存在に気づく,そしてその影はやはりいつも寄り添っている,陰はなかなか消えないのである。主役は華々しいが一旦消えると忘れやすい
ただそれもその人の性格でありその人はそういうふうに生きることを宿命づけられていたのである。

まず陰なる人は主役のようになれない,その能力がないからである。
ただ陰としてのみ生きる,そういう能力しかない,しかしそれもまた不可欠なものとしてこの世にある,主役にはなれないし成りたくない人はいる
みんな社長には向いていない,主役には向いていないからだ

神が男女を造られたのは陽と陰として造られたのである。それは太陽と月のごとくでもある,陰陽の原理がこの世には働いている,太陽は男であり月は女である。
自然にも陰陽の原理が働き世の中にも働く,その定められた宿命を否定することはできない,男には男の役目があり女には女の役目がある,それを越えること否定することはてきない,否定すれば不自然なものとなり世は乱れる

一生陰となり生きた者よ,そなたは今も影としていつまでもある,主役として生きた者があり陰として生きた者がある,その両方によって人は支えられている
この世に生きる者は大方は陰である,目立たない,そう強いられているともなる
しかしそれが世を支えている,目立つ者だけでは世は支えられないのだ
目立つものには目立つもの主役としての責務がありそれを成すからこそ主役なのである。
陰なる者はそれができない,主役のようにできない,だから陰として影となり存在する
でも全く影にすぎないのかというとそうではない,それはいつまでも存在し続ける
それは主役が消えたときその影に気づくのである。
陰になり働いていた者にきづくのである。

ただ人は陰になることは嫌う,でも主役になるにはそれなり技量が必要なのである。
では陰になるものが目立たない者が存在感がないのかというとそうでもない
陰になる人は主役が消えた後々までも存在し続けるのである。
いつも寄り添い陰となり存在しつづける

太陽があり月がある,陰陽がある,それは宿命である。それぞれに補いこの世がある
その原理に逆らうことはできない,陰なるものもまたこの世を支えている
そして大方は陰なるものとして生き陰なるものとして終わるのである。
その存在は影とてし終わるかというとそうでもない,いつまでも陰なる者として支え寄り添いある

台所にたたずみあわれ我が母を思い悲しき一人料理する

この母を妻にしてもいい,毎日自分で家事を全部しているときこのことを感じた
誰も本当に家事をしてくれない,一枚の皿を洗うこともしてくれなかった
今でも実際はそうである。ただ自分が全部を負うようになったのである。

負うべきは我が一人のみ頼れずに日々一人台所に立つ

家とか家事とかは何か全部一人で負うことは容易ではないことを知った
介護の時もそうだけど家は少なくとも二人以上いて家なのである。
なぜなら留守になると誰もいないから不安になるし何か常に不足を感じるからだ
だから一人より集団で生活した方が楽である。
食べ物でも一人だと損である,古くなって食べられなくなるのが多いからである。
だから今の世の中単身で暮らす人や老人が多いことは人間としては異常なのである。
それは社会自体が歪んでしまったからなのである。
自分は自分の特殊な事情でなったのだが他でも同じだったのである。