2017年08月01日

相馬野馬追い終わる (祭りの意義とは何か?)


相馬野馬追い終わる

(祭りの意義とは何か?)

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旗取りで同じような旗が集まっている
これは同じ村の人なのだろう。
偶然ではこうはならないだろう
青色なのは宇多郷なのか?

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地域社会の人間同士のつながりの希薄化から、地域の力の減衰が叫ばれる昨今、
そのコミュニティを再構築するための絶好の機会に、ねぷた祭りは成り得る
のではないか、


祭りの意義というとき何なのか?野馬追いではその意義は何なのか?
それは相馬藩が一体となる祭りである。それと馬の祭りなのである。
馬を偲ぶ祭りなのである。馬はもう忘れられているからだ

相馬藩が一体となるというのは相馬市では市長が相馬市で出陣式が行うことで誇りをもてとか訓示した,その相馬市(宇多郷)と北郷(鹿島)が合流する儀式がある
野馬追いは地域地域が村々が一体化する祭りである。

でもそれは侍が戦争のために一体化するということが起こりである。
土地の農民はどうかとなると参加できないから一体化を感じるのかともなる
野馬追いは戦争が終わって江戸時代でもつづけられていた
その時戦争とは関係していない,戦争は終わっていたからである。
それでは何のためにしていたのか?

その時も相馬藩の侍が雲雀が原に集結して相馬藩の一体感をもつためということもあったその他に馬を放牧していたから馬を飼い馴らすためにしていた
戦争は終わったのだから馬を飼い馴らすためのものとしての方が役割として大きくなっていた

祭りというとき祀るは死者を祀ることであり供養することである。
だから何回忌とか家ごとにしているのは家の祭りなのである。
そして祭りはどこでも神社があり日本では無数にある。
すると神社ごとに祭りがある,そもそもなぜこんなに神社が建てられたのか?
それは神様を祭りその地域に根を下ろして生活したからだろう。
だから神社は先祖と関係している
先祖が移住してきて神も移ってきた

相馬氏なら千葉氏の系統であり千葉県から移ってきた
その神は妙見信仰である。これは北斗七星であり北極星なのである。
それは遊牧民がもたらした信仰である。遊牧民にとって北極星は移動するときの目印になるからだ
だからイスラム圏とか砂漠の民とかは国でも星印の国旗になっているのある。
最近では天皇にも妙見信仰があり遊牧民とか騎馬民族とかの信仰と関係していたという説がでている

野馬追いの見方としては宇多郷(相馬市)と北郷(鹿島)と合流する儀式があるように相馬藩が戦争のために一体化する祭りだった
だから野馬追いの見方としては5つの郷が雲雀が原に結集する祭りなのである。
飯館村も山中郷であり標葉郷は浪江とか双葉と大熊も入っていたのであり実際に出ていた
相馬藩の主な侍は城勤めではなく農業をしていた郷士でありそこに旗も残りほとんど農家から出ているのである。
つまり野馬追いは侍の祭りであり農民とかの祭りとも違うのである。
ただ相馬氏が土地土地に土着して先祖になったので村々とも関係している
村の代表ともなっているのが相馬氏の侍だったとなる

ただ歴史をたどれば霊山城が南北の争いで炎上して落ち延びたのが今の玉野で鹿島と中村(相馬市)に分かれて落ち延びた,山上に山王神社などがあるのはそのためである。
山王の神が霊山城炎上して落ち延びた武士によってもたらされたからである。
こういうのは由来がはっきりしている,只野姓も郡山近くの多田野村に由来していることは書いた,落ち延びた人たちが真野の中館に住んだからである。

ともかくこうして相馬藩が一体化する祭りであるとき津浪や原発事故では野馬追いが復興の行事としてみなおされた,だから相馬市長も南相馬市長もその旨を言っていたのである相馬藩が大熊,双葉,浪江とか小高でも避難区域になりばらばらになってしまった
それで今回小高から60騎くらい7年ぶりに出たということで話題になった
仮設からではなく帰還した農家からも出ていたからである。
それが小高の復興を推進するものとして小高の人たちも見ていたのである。

つまり小高でも北郷でもそれぞれの地域が一体化する祭りが野馬追いにはあった
ただ今になると社会が複雑化して人口も増えたしみんな会社員になったとき
相馬地域の一体感は希薄化したのである。
だから祭りとして地域の一体化を計ることがあるのだが今は成っていない
それで地元でも盛り上がらないとなる

ただ祭りの意義としたら歴史の伝統の保持でありその意義はある
ただ地元の人がみんな参加できないしみんなで盛り上がることはない
だから歴史と伝統の保持も欠かせないがみんなが参加できる祭りとしての工夫もひつようである。
ただそうなると歴史の保存としての祭りが乱されることもある
ただ前からそうだったが野馬追いは一回見て終わりとなっている
地元の人も参加できないから相馬地域がみんなで盛り上がるという祭りではない
その辺の兼ね合いだむずかしいが何らか新しいものも取り入れないとやがては祭り自体が維持できないとまでなる

そもそも祭りは限界集落では跡を継ぐ若い人がいなくなって維持できなくなっている
祭りとは次代の若者がになうものだろう。
威勢良く神輿をかつぐのは若者である。それはその地域をになう意気込みを示すものである。でも現実はみんな会社員なのだから地域の一員という感覚が今では希薄なのである。だから実際に雲雀が原の本陣山を神輿を担いでのぼるのは氏子ではなく会社員に頼んでいるのである。そういう時代に現実になっているのである。
posted by 老鶯 at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

鹿島駅のトイレは市で作り運営していた (駅には常に点検とか修理とか見に来る人がいる)


鹿島駅のトイレは市で作り運営していた

(駅には常に点検とか修理とか見に来る人がいる)

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今日もいわき市の方からユニオンが来ていた,ここは前にも来ていた
盲人用のプロックが壊れていたので直していた
そこは改札口から離れている,一人盲人が通っているがそこまではこない,改札口くらすぐに乗るからだ

それからまた隣の原町駅の人がスプレーで蜘蛛の巣のあったところに吹きかけた
蜘蛛が来ないようにした,あとはポスターをはりかえた
時刻表はもうなくなっていた

駅前のトイレは市で作ったものだった,あそこのトイレは立派なのである。
掃除は近くの身障者の団体の「あさがお」の人たちが掃除している
市の方で金を払って頼んでいるのである。
要するに市の税金で維持しているのである。
建てたのも税金だし掃除して維持管理しているのも市だったのである。

誰かがあそこはJRで作ったものであさがおに掃除を頼んでいると自分は聞いた
だからてっきりJRで作り掃除も頼んでいるのかと思った
この間違いは大きな間違いだった
知らないのにそういう人がいてっきり自分もそう思っていたのである。

あそこは外から車で来る人も利用しているし農協の人も利用している
市で作ったものなら市民も外部の人も利用できる
公園のトイレのようなものになる,あそこのトイレは身障用もあるからいい
何か身障用のは広いのである。
隣の健常者用のトイレは狭いし窮屈なのである。
それは身障用は車椅子で入るから広くしている
ただあそこは別に健常者も使っている

ただ手を触れると押すとドアは開かないのである。
外から来た人はそれがわからない
外からはじめてくる人は無人駅だとわからないことがある
確かに無人駅でもわかるようにしてはいるがそれでもわかりにくくなる

そこに駅員がいれば聞けばわかる,それができないので困ることがある
だから無人駅は問題がある,鹿島駅はそれなりに乗り降りがあるからだ
新地駅より乗客数は多い,新地駅は無人駅になっていない
駅は新しくなりエレベーターもあるし冷房付きの待合室になった
駅前は広く駐車場や乗り場がもうけられた
これは津浪で流されたがかえって前より良くなったのである。

ともかく何か一つの駅でも知ることは蒸すかしいと思った
あそこのトイレが市で作り運営しているとは思わなかったからである。
それは誰かがそう言ったのをそのまま信じていたのである。
こういうことは人間にある
知らないのに適当に言う人が結構いるからだ
だからそれを鵜呑みにしないでJRであれ市の方に聞けばよかった
でもそんなことで嘘を言うとは思わなかった
嘘というよりそう言った人は確認もないのに言っていたのである。

情報は身近でもこういうことがある
噂話なんかそうである。そういうものでも信じる
そして嘘が広まってしまう
そこに悪意がなくてもそうなるのである。

今日市の方に聞いたら地域振興課とか産業企画課とかなんとかで扱うと言っていた
別に苦情ではない,そこまでは必要ないだろう。
ただ身障用トイレの開け方が問題なだけである。
これも別にそれほどの問題でもない
ただ現代はほとんど使わない盲人用のブロックとか身障用のトイレを整備するから金がかかる,それも法律で決まっている,そういう点でも福祉には金がかかる世の中になっている。それで反発する人もいるのもわかる
あそこの身障者用トイレを利用する人を見たことがないからである。
盲人は一人駅を利用してもこれだってこの辺ではほとんど利用しないのてある。

いづれにしろ駅は維持するのに手間もかかるし金もかかる
しょっちゅう来てみる人がいるからだ,管理するのに手間暇がかかり金もかかるのである第一ホーム自体広いから雪などふると雪かきだけでも大変になる
ここては雪は降らないからいいけど雪がふる駅では雪かきだけでも負担になる

いづれにしろ無人駅には問題がある,でもJRでは金をかけたくないから自動化して無人駅をふやしてゆく,収入がないのだからそうならざるをえないのである。
ただ鉄道や駅はJRだけがかかわるものではない,今回のように市でトイレを作り掃除を頼みそこが街の中心,ランドマークの役割を果たしている
街にはランドマークが必要だと訴えている人もいるのもわかった
つまり街には中心となるものが必要なのである。

それが駅となりトイレも利用するとなっていたのである。
駅は街の案内する場である,駅の場所がわかりやすいからである。
商工会が近くにあり観光案内していても場所がわかりにくいのである。
観光案内は駅が一番いいのである。ただ商工会は駅のすぐ近くにある
でも駅の方がいいのである。

2017年08月02日

駅のトイレから考える福祉の問題


駅のトイレから考える福祉の問題


鹿島駅の市で作ったトイレは立派である。特に身障者用のトイレは広いしきれいになっている,車椅子で入れるようになっているから広いのである。
一方隣の男女用のトイレは狭い,窮屈なのである。
でも車椅子で利用した人を駅にいて見たことがないのである。
ただそこは別に身障者でなくても利用できる,でも身障者用より健常者用を使っているみたいだ

盲人用の黄色のブロックを駅で直していた,そこはほとんど一人通っている盲人でも利用しない,第一駅の渡りの通路は階段が上り下りあるのだから使えない,危険である。
誰かが導かない限り使えない,そもそもそんなに黄色のブロックが必要なのかという疑問がある,通っている盲人も車で送り迎えさせられている
ただ乗る時は本当に危険である。他では死んだ人もいた
だから盲人団体では駅の無人化に反対している
実際に駅に通っている盲人が隣の原町駅の駅員を呼び出していたことでもわかる
盲人自身が危険を感じているからである。
駅員が常駐していれば安全であることは確かである。

でも何かトイレから福祉を考えると一度も車椅子で利用したこともない身障者用が広くとってあって健常者が狭く窮屈になっているというのも変だなととも思う
それは法律的に決まっているしそういうふうに社会がなったのだから仕方がないともなる
でも現代は福祉が弱者に対してあまりにも過剰化したのかもしれない
その不満が底辺にあること確かである。
要するに何か弱者化して集団化するとそれにたてつくことはできない
それで言葉狩りが生れた,盲人団体ならその団体から苦言がくる,だから何も言うこともできなくなる
カルト宗教団体でもそうである。団体組織化するとそれが権力化するから何も言えなくなる

原発避難者でも特権化したことがあった,いたりつくせりの補償があり金が支払われた
かわいそうな被害者だとなると特権化した,それが必要でも過剰化していたのではないか?
津浪の被害者と原発避難者はまた違っていた
でもこの辺でももめたけど自分もその時自分の病気とか介護で苦しんでいたけど普通なら個々人のことなど何があろうとほうっておかれるだけであてる。かえって弱者化したら金をとることしか考えない非情な人達しか来なかった
それは津浪でも原発避難者にもあった,火事場泥棒のようなことが実際にあったからである。
ただ一般的に手厚い援助があった,でももしそのことに文句を言うとものすごい反発があったのである。
現代は弱者でも集団化すると特権化するのである。

なぜこれを問題にしたかというと別に盲人のことではない,何か社会に本当はそうした不満が鬱屈しているのだ。それで障害者の大量殺人した人に共感する人さえでてきている
要するにその負担が社会で大きくなりすぎたからではないか?
健常者がかえって障害者より窮屈にしている,障害者のご機嫌をうかかって小さくなっている,そういう不満が鬱屈してそうなっている

自分が言いたいことはそれは老人に対してこそ一番不満が鬱屈している
福祉の費用が膨大化しているからだ,もう国がつぶれるという過剰な福祉の限界が来ている,そうなると自分も老人だからいいにくいとなる
それは結局自分自身が障害者側にたっているからだ
だから身障者のトイレがどうだこうだとは言えない立場なのである。
誰でも自分の損するようなことは言わない,そして老人が多いから圧力になる
障害者は全体からすれば数が少ない,だからそれほどの圧力にはならないのかもしれない老人は確実に票をもち政治を左右している,それは自分でも自分に不利なこと損なことはしないからである。そういう利己的なのが人間である。
いくらきれいごとを言ってもそうなのである。

ただ豊かな時代であれば福祉も手厚しても良かった,余裕があったからである。
それが社会になくなるとやはり福祉は厳しくなる
第一健常者の方が窮屈なトイレになるということがどうしてだともなるからだ
健常者が遠慮して生活しなければならないことの不満が大きくなる
別にそれは冷たいともいえない,なぜなら健常者の生活があって障害者の生活も成り立っているからである。福祉は必要でも過剰な福祉が限界になっている

それは医療でも延命治療はもうできないとかあまりにもそのコストが大きすぎるからだ。
ただ老人の場合は数が多いからいくら政治でどうにかしようとしても民主主義は数だから数できまるから矛盾が生れている
ともかく老人は老人で自己利益優先するから福祉のサービスを減らされることには抵抗する,でも限界にもなっている
鉄道を維持するにも金がかかる,それは福祉ではないのである。
収入がなければ無人駅にもするしサービスも減らされる
それはどうしようもないのである。
ただ駅は街全体が自治体がかかわっているからJRだけの問題ではなく市民全体の問題なのである。

駅からいろいろなことが見えてくる場だった,そこは鉄道だけではない,街全体とか外部でもかかわる場だったからである。そこから社会が見えてくる場でもあったのである。
それは世代を越えてかかわる場でもあった
必ず孫とか娘とか息子でも迎えに来たり見送りに来る場でもあるからだ
まず自分は駅をこんなふうに見たことがないのである。
ただ切符を買って電車に乗るということしかない
駅がどうして維持されているのかなど見ていなかったのである。

だから人間の問題はサービスする側にならないとわからないことが多い
サービスして働く側になると見えてくるものがある。
それはどこでもそうである,だからサービスする側にたたないと社会性が養われない
金持ちでサービスばかりされていたら社会のことがわからなくなるのである
それで退職した人がボランティアに精出すことがわかる
サービスするよりもサービスする側の方が社会を実際は生きているからである
そこに充実感がある,生きがいがあるとなるからだ
親の気持ちがわかるのには子供を育ててみないとわからないということがあるのと同じである。

ただキャリーバッグとか通路を運ぶのは無料ではやる気がしない,有料でもやる気がしない,荷物が重いし階段を上り下りするのが結構な労働になるからだ
乳母車をもちあげて来る女性もいた,だからエレベーターが必要なのだかそれも金がかかるからできない,JRではコストを減らすことをしているからだ
ただ新地とか山下駅は津浪があってエレベーターまでつくようになったのである。
それで良くこの辺に小高の人の引っ越しを手伝いにボランティアに来た人がいた
それは結構な労働であり力仕事なのである。それを74才の人がしていたのである。
自分だったらしない,そこまでやる力もないからだ
そこにボランティアの限界があるともなる

タグ:過剰な福祉

蝉の声(はらまちユッサに行く) (話しかけることは心にかけること)


蝉の声(はらまちユッサに行く)

(話しかけることは心にかけること)

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一の旗使いの走る朝の蝉

原町になお巣を作る夏燕

合歓の花月のほのかに夕べかな


五六つ庭に石かな蝉の声ここにひびきつ夕暮れぬかも

のうぜんの熱くもも散りてそのうあとに鬼百合咲きて燃えにけるかな

藪甘草咲きにしあとに月見草さきてあわれも月のいずかな



話かけることは心をかけること」

ユッサの玄関にあったこの言葉は面白い,なぜこの言葉がいいと感じたのか?
それは駅で常に自分は話しかけるようになったからである。
駅だけではない,自分は何か一人になってから人に話しかけるようになった
家族がいるときは人に話しかけたりしない,家族がいたから淋しいということはなかったでも家族がいなくなると家でも一人でがらんとしている
それで家にいたくなくなり外に出る,そして話しかける
そればこでもいいということはない,話しかける場所がある
駅とかユッサとかくつろいでいるから話しかけやすいことがあった
でも誰でも話しかけることはできない,嫌がる人がいるし話たくない人もいるし
怒る人もいるからだ:その辺のタイミングとかがむずかしい

今日は山形の人であり山形では雪かきなどが大変だと言っていた,山形は相当雪が降るところだった,それは春になっても山形に入る面白山トンネルをぬけるといつも山に雪が残っているからやはり雪がふる場だった
それから盆地のようになっているから夏は暑いと言っていた。
ただこのユッサは七五〇円とか湯でとるのは高いと言ったら山形では温泉がどこにでもあり三〇〇円くらいで入れると言っていた
この辺は温泉はないからここは一応温泉だから高いのかもと答えた
この辺では温泉は貴重なのである。

山形でも前から常に言っているように地理がわからないと話が合わせられないのである。全国を隈なく自分は行っているから外部の人とと話を合わせられる,外部の人と話すときはまず地理を知らないとできないのである。

今日はユッサは野馬追いも終わり休みでもないのですいていた,あそこに食堂があり日替わりで出しているしオカズも出しているからいい,オカズの手作りがあるから自分にとってはいい,まずオカスが一人で作るのがめんどうだしまずいのである。
外の料理の方がうまいのである。ただ最近暑くて行けなかった
車がないから暑いと行けない,今日は秋のように涼しいから行けた

ともかく「話かけることは心をかけること」それは自分のことを思うときぴったりだった
人間が話かけるときは心をかけるのである,ただ単に話かける,機械とは違う,相手のことを察して心にかけて話するのである。
つまり人間が話かけることは相手のことを気にかけて思って話するのである。
話しかけることは単に話すのではない,人間の場合は心を通いあわすことなのである。
それは二言三言でもそうかもしれない,そで触れ合うも他生の縁となるの話しかけることなのである。
ただ話しかけられることを嫌う人がいる,それは自分もそうだったが駅でも話かけるのは何か役に立ちたいと思ってしているだけなのである。
別にプライバシーがあるから答えなくてもいい,第一あまり普通駅など話しかけない
大きな駅だったらそうなる,田舎の小さな駅だからこんなことができている
だから小さいことは人間的になるのである。

ただ日立木駅とか本当に一人くらいしかのりおりがない,まず外部から来る人かない
そうなると話しかける人もいないとなる
そういう駅も淋しいとなる,あそこは自転車でそう遠くはないから食事するにはいい
オカズが日替わりで変わっているからである。
水曜日はテンプラのあげたてを安く一五〇円でサービスしている
あれは本当にサービスとしてしているのである。
だから今日は得したとなる

野馬追いは終わった,原町で燕がなお巣を作っていたのも原町にふさわしいと思った
原町は街としてもともと大きいからなお燕が巣作りしている,それは人が多いから
何か大きな街だとふさわしい,まだ燕は巣を作っている,燕はまだ増えるとなる

藪甘草のあとは月見草がしっとりと咲き月がでていたのもふさわしい
なんか今日はすでに秋めいていた

2017年08月03日

原初の山々(mountains in the beginning)


原初の山々(mountains in the beginning)


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water and fire cool and hot

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moon and cliff



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 私の抽象画はソフトの操作による偶然の結果なのである。
 だから何が生れるかわからないのである。
 こんなものが生れたなと自分で驚いているのである。
 その元はインターネット上にいくらでもある
 その種が尽きないからいくらでもできるとなる


 My abstract picture is an accidental result by the operation of the software.
 Therefore I do not know what is created
When l such thing was born, I am surprised at oneself.
 When it is possible as many as one likes because the cause does not run out of the kind that is how much on the Internet, it is

月見草(霧雨にぬれて咲く)


月見草(霧雨にぬれて咲く)


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霧雨や夕暮れの道月見草

霧雨やしとやかに咲く月見草

藪甘草咲きにしあとに月見草

数人の行き来す道や月見草


お伝えしたように月見草は、夕方から徐々に花が開き始めて夜になる頃には全開で咲き誇ります。
このように夜に開花することが由来となり、「月見草」と名付けられました。

月見草は夜開くから月見草になった,夜に月を見ている花となる
普通に見るのは待宵草である。宵を待つようにして咲くとあるからやはりにている
でもこの花は開いているのを見るより群生しているのを見る
田舎だと群生している,特にこの辺は荒地が増えた結果待宵草が一面に咲く

いつも行く道には最初藪甘草が咲いていた,次にしっとりと月見草が咲いた
この順序がいい,最初に赤い藪甘草が咲く,人生では青春は赤である
だんだん年取るとしっとりした月見草がふさわしいとなる

月見草には霧雨があっていた,今日は霧雨だった,日本では雨の種類も多い,
小雨となれば霧雨とは違う,霧雨はしっとりとぬれる
ふっているのかふっていないのかもわからない,音はしない,何かそれが待宵草,月見草にふさわしい

人間の性質にはいろいろある,激情的な人もいるしおとなしいおだやかな人もいる
激情的な熱情的な外交的な人は鬼百合とかにふさわしい,月見草の性格はおとなしく穏やかである。自分の母親はそうだった,だから自分も性格的にはそうである。

日本語のしとやかにというのがぴったりなのである。人間の性格はやはり親から受け継がれるのだろう。月見草の花言葉が無言の恋とかなっているのもそうである。
母も無口でありおとなしい性格である。自分も何かにている
じっとしていてあまり人とは接したくない,これは猫ににている,猫の性分があるとなる
田舎の道は数人しか歩まない道がいくらでもある,ほとんどそうかもしれない,今は車だから余計に歩く人を見ないのである。車には情緒がないのである。
そうしてただ歩いていることに情緒が生れているのも不思議なのである。
人間はそもそも歩くことで自然と一体となることがあったからだろう
それで浮世絵は歩くことで情緒をかもしだしているのである。

この辺は震災以後混乱状態になったけどそれまではどこにでもある静かな田舎だったのである。それは一身上でも介護や自らの病気などで乱されてしまった
後は静かに穏やかに過ごして死んでゆきたいというのが願いとなる


タグ:霧雨 月見草

2017年08月04日

秘境駅の詩(秘境駅は行くのが大変だ)


秘境駅の詩(秘境駅は行くのが大変だ)


秘境駅(詩)

その駅はどこにあるのか
そんなところをまだ電車が走っているのか
暗いトンネルをぬけると
駅舎もない駅がある
そんな駅から誰が乗るのか?
家があるのか
一体電車は来るのか?
待っても待っても来ない
忘れられたような駅
誰を一体乗せるのか?
まさか幽霊なのか?
誰も乗らない駅なら
それもありうる
何か草むらにひっそりと花が咲いている
一両の電車が来て去る
誰が乗っているのか?
電車は暗いトンネルぬけて遠くへ去ってゆく


秘境駅とは

列車到達難易度 は、列車本数が少なく、普通列車でも停車が少ない場合に高いポイントを得ます。

外部到達難易度は、駅までの道が無い、登山道、未舗装路など、外部からのアクセスが困難な場合に高いポイントを得ます


宗谷本線に多いことはわかる,そういう駅におりたことがあるからだ
常磐線とか東北本線とかにはない,秘境駅はあるようでないかもしれない
常磐線は一時間おきにでているから秘境駅はないことになる
でも人が一人しかのりおりないとかなる無人駅は結構ある
日立木駅などがそうである。でもこれは秘境駅ではない

秘境駅にはなかなか行けない,そこに行っても何時間も待たないと電車が来なくなる
すると相当暇な人しか行けないとなる,かつで自分は暇でそういう秘境駅におりたことがあった,小海線の山間の無人駅である。そこには郭公の声だけが木霊していた
駅の前には二三軒家があった,あんなとこに駅があること自体不思議だった
ただそういう駅にはなかなか下りることができない,帰りが何時間も待つことになるからだ。現代人は待つことが苦手になっているのだ

東京とかなる二三分おきに電車がでる,常磐線でもこの辺だと必ず待つ時間が生れる
その待つ時間が何か人間的な時間を生み出していた,話する時間が生れていたのである。普通駅では話などしない,ただ人が行き来するだけのものだと思っていた。
駅のボランティアをしていていろいな人が行き交う場所が駅だとわかった
ただ鹿島駅は無人駅でもそれなりに人が乗り降りしている
仙台と東京からも結構来ている
常磐線には秘境駅はない,末続駅がもしかしたら秘境駅ににている
崖があり海がのぞけるが山深い感じになるからだ
常磐線でも原町からいわき市の間はたいがい二両であり行き来が少ない
乗客も少ないのである。

ただ秘境駅となるともっと淋しい駅である。本当に電車が来るのかという感覚の駅であるだから全国でも少ないのである。自分も全国を電車で隈なく旅しても秘境駅には三つくらいしか行っていないのである。
奥羽本線の峠駅がそうなのか?あそこは新幹線も走っている,ただ回りをみれば警告がありそういう雰囲気がある,北海道が一番多いことは確かである。
もう廃線寸前の線があり駅が多いからだ,本州になると秘境駅となるとなかなかないだろう。

ともかく鉄道の旅が長いから鉄道にはいろいろ興味がある。ただ駅のボランティアを駅員のようなまねごとをしてみたことで鉄道とか駅とかの理解を深めた
鉄道とか駅を維持すること自体が結構手間とか金もかかるものだったのである。
そういう裏方の労働があって成り立っていたのである。
例えば待合室のホームの椅子があるがそこが蜘蛛の糞とかで汚れていて掃除していた
そんなことがあったのかとなる,掃除する人がいてその椅子がきれいになって利用できていたのである。ただそこまで駅を鉄道を利用する人は思わないのである。
自分でもそんなこと微塵も思わなかった,他でも何かサービスを受けるときはそうして働いている人がいるのである。
ただそれがそうして裏方でも働いてみないとわからないのである。
タグ:秘境駅

JR無人化基準は、1日の利用者が700人。  (この基準だと相馬市とか原町,亘理以外は無人駅になる)


 JR無人化基準は、1日の利用者が700人。


 (この基準だと相馬市とか原町,亘理以外は無人駅になる)


   鹿島駅
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この数字は2017年度は6年ぶりに常磐線が開通したので変わっている
2017年度の乗客数はかなり増えているようだ
なぜなら3倍に増えたと言っていたからである。
ただ震災前から乗客数は減っていたのである。

JR九州や北海道では、無人駅を大量創出することを決定している。九州では大幅に安価となったセキュリティドアが開発され、採用も決定している。
一方で、JRのホームから転落する事故も相次いでいる。上場したJR九州では、利益最優先政策から、現在の駅数566駅のうち、既に無人駅が281駅に達しており、さらに今後、最大で100駅弱も無人化する計画を有している。

国交省は14日、JR京浜東北線の蕨駅で、盲導犬を連れた男性がホームから転落し、電車と接触して死亡した事故を受け、鉄道各社に対し、1人でいる視覚障害者を見かけた際は声をかけることを駅員に徹底するよう指示する方針


JR九州

筑豊線7駅無人化 反対要望書提出へ 14日に直方市と鞍手町 /福岡


別の無人駅では、外国人が券売機の前で困っていました。片言英語で声をかけると、500円玉入れて290円のボタンおしても切符が出てこないようです。画面をよく見ると、10円が釣銭切れのようです。幸い私の財布に小銭が多く入っていたので、両替してあげたのですが、

名鉄瀬戸線を使っている友人は、向かいに座った客がおう吐したので車掌を呼んだところ、すぐ汚物を片付けたことや、その道具を持っていたことに驚いていました。
また、急病人発生で無人の清水駅に臨時停車して、駅員もいない中運転士と車掌で救急隊まで引き継いだことに対し、乗務員の対応に感心するとともに、もっとひどい心臓発作とかだったらどうするのか、

年配の方など、機械に弱い人にとって、券売機の操作が分からなければ、使いにくい鉄道になります。私のように機械の不備で待たされるような場合も同様です。ましてや国際化、高齢化が進む中、ソフト面のサービスも重要と考えます。

鉄道会社はワンマンや無人化で取りこぼす運賃よりも、人件費の方が高いのは分かってますからね

筑豊本線の無人化に反対するよりも、北九州市や自治会などで簡易委託駅として維持管理する方向に努力はできないんだろうか?
JR九州の駅員配置駅でも業務委託駅は多く、むしろ直営駅(その鉄道会社の従業員が駅員であるところ)は少ないでしょう。

一応の基準は、一日あたりの利用客数が700人以下であるということです


福岡)駅無人化計画に反対 視覚障害者ら1万人超の署名

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あすからJR吾妻線 2駅を無人化 利用者から不満の声 
更新日時:2017年3月31日(金)

昨年度の1日平均の乗車数は群馬原町が488人、万座・鹿沢口が205人で、記録が残る2000年度の3、4割程度。無人化は「駅の利用状況などを総合的に判断した」(同支社)という。 

美幌駅を無人化とする計画の撤回を求めた要望(北海道)

どの程度利用者数に減ると無人駅になるのか?
という点である。これまで散々、利用者数などの数値を出してきたが
利用者数だけでは無人駅化する、しないの目安にはならないのではないかと思う。
なぜなら、これらの駅よりも利用者が少ないのに有人の駅も日本中、あちこちにあるからである。
逆に、なぜ利用者が少ない駅なのに有人駅が存在するのか?


100段近い階段のある福吉駅は、無人になったら高齢者や障がい者は乗り降りできず、観光や親せきも来られなくなる。
 対応は?

福吉駅と一貴山駅の無人化   中止して下さい!


車イス等は、(乗る時も降りる時も)深江駅に連絡あれば、係員が出向いて対応する。
 車イス利用者には、JRが説明をする。

九州が無人駅化を押し進めている,その数も200以上とか多い,もうローカル線を維持できない状態になっているだろう。危機的状態なのかもしれない。
ワンマン化も進んでいる,そこでも車内で突然の自己とか事件があって困った
無人化は何か突然の事故の時に対応できない,人がいないのだから安全がない
確かに自動化の技術は進んでいるが安全が計れない

鹿島駅が自動化したことで乗車証明書をとることが意外とわからない,外から来た人はわからない。自動化しても何か必ずわからないことがあり駅員がいれば聞きたいことがある盲人の問題もある。一人の盲人が通っているが前は隣の駅員を呼んでいた,危険を感じていた,今日は補佐したら別にいいという,何か遠慮を感じたのと障害者でも自力でしたいということがあのかもしれない,自分は駅員でないから遠慮するということもある
駅員だったらこき使ういうことがある。ボランティアだと遠慮することがある
ボランティアと何かあいまいな存在なのである。
善意でやるのはいいがサービスを受ける方は嫌がることもある

いづれにしろ無人化に反対するのは全国的にある。それがインターネットでわかった
こういうときインターネットが力を発揮する
相互にリンクすれば無人駅化反対の運動が全国的に拡大するということがある。
ただその解決方法は自治体がかかわるべきだとも言う
つまりそれは市町村の問題でありJRだけの問題としては解決しないからである。

ただ一日平均の乗客数が700人以下が無人化の対象になるとき相当に厳しい
JR九州だと半分が無人化する,常磐線でも相馬市と原町と亘理をのぞいて無人化してしまうのである。それだけローカル線の状況は厳しいのである。
そういうことを市町村でみんな自覚している人は少ない
みんな車を利用しているから鉄道のことに関心をもたないからである。
それでますますJRでも無人化をすすめることになる
市町村の問題として問題意識をもつ人も少ないからますます無人化が増えるし
鉄道はこれからも危機的状態が加速してくる
ただ高齢化社会で高齢者が車に乗れなくなるとき鉄道が見直されるかもしれない
それより少子高齢化で人口が全国的に減るときもうローカル線はどこも維持できなくなる廃線になると予測している,インフラの整備に手間も金もかかるからである。

業務委託駅とかにして無人化を防ぐということはありその方向に向かうのか?
これもやはり住民が要望したり自治体がかかわらないとやはり無人化はすすむ
JRだけにまかせていればそうならざるをえないのである。
タグ:無人駅反対

2017年08月05日

福島県は地理的に隔絶されて一体感がもてない


福島県は地理的に隔絶されて一体感がもてない


昨日は仕事できた郡山市の人が駅にいた,車を運んできたらしい,帰りは電車で岩沼を回り帰るという,そうなると結構遠い,直通だから途中乗り継ぎがないからいい
あとは墓参りにきた福島市のばあちゃんだった,墓参りに来る人は増える
お盆だから増える

駅には人の流れがある,郡山市は30万都市で福島県では一番大きい,だからここから仕事に来る人は多い,福島市はそれほどでもないのは県庁があり公務員の市だからとなる
経済活動を一番しているのは郡山市である。
だから郡山市を県庁にするということでもめている

福島県は大きすぎる,だから実際はいわき地域と郡山地域とか福島市地域とか会津とか相馬地域とかに別れいてる,郡山市と福島市は交通の便がいいからつながる
でも福島市は仙台福島区とか言われるのは新幹線で20分くらいで行き来できるからである交通の便がいいからそうなった。

相馬地方は仙台とのつながり深い,高速でもつながったからますますつながりが深くなる電車でも仙台を行き来する人が一番多いのである。
仙台の方の人と結婚する人も多いのである。仙台市相馬区のようにもなる

ただもし福島市と鉄道ができて30分くらいで結ばれれば福島市も近くなるのである。
会津でもそうである,交通の便が悪いから交流がないのである。
新幹線のようなもので結ばれたらそうした地理的障壁はなくなるのである。

郡山市が発展したのは原野であり何もないところから発展した,安積疎水で猪苗代湖の水を利用した結果として発展した,三春の方が城があるから古いのである。
でも三春は山の中であり発展しなかった。二本松は中世の山城から発展した。
ただ平地があるのは福島市と郡山市と会津若松市である。
やは明治以降は平地があると発展しやすいとなる

福島県は地理的に統一感がない,地理的一体感がないのである。
浜通りと中通りは阿武隈高原でさえぎられていて障壁となり遠い感覚になる
中通りと会津はやはり遠い感じになる
前にも書いたけど廃藩置県は地理とか歴史とかを無視して無理やり作られたことでそうなったのである。

だからそもそも福島県のアイディンティティなど作り得ようがないのである。
会津なら会津のアイディンティティは地理的歴史的に作りやすい
福島県になると作りえようがないのである。

福島県の地理は本当に複雑である,会津などで山が多くて深いからそこを知るだけで容易ではないとなる,そこに魅力もあるのだが福島県は地理的歴史的に一体化することは無理になる,福島県の特徴は地理的に断絶された県だとなる
例えば山形県だと最上川で一体感をもてるかもしれない,ドイツのライン川が父なる川としたように地理的に川で結ばれて歴史も作られてきたからそうなる

福島県に阿武隈川があったとしても確かに郡山市から福島市から宮城県の亘理まで流れている,その川から一体感を感じるということもない,相馬地方とは関係ないからである。会津磐梯山が福島県の象徴的山のように見えても相馬地方からは全く見えない
むしろ霊山からは吾妻山が見えるから吾妻山の方が親しいとはなる

会津県とか二本松県とか磐城県とかになる構想があったがその方がわかりやかったとなるでもそうなると磐城太田駅があるように磐城として相馬地方は組み入れられる
相馬だけでは小さいからそうなる
相馬地域は独自性を保てないとなる,何か仙台市相馬区であり磐城相馬区とかなってしまう,相馬地域が何かそうした中途半端な地域なのである。
ただ相馬藩としてあるときそれはそれで独自性を保っていた歴史があったのである。

ただ原発事故で相馬藩だった所が一番被害を受けたから全体的に縮小した。
そして衝撃的なのは少子高齢化で将来を見ると阿武隈高原地帯には人がいなくなる
今も飯館村などでも原発事故で極端に人口減少が起きているが別に原発事故がなくても
将来的に阿武隈高原地帯には人が住めなくなるような状態になることが予想されていたのである。

津浪とか原発事故はここだけではない,何か日本の将来を先取りした地域になったのである。三陸でも高齢化であり漁業だけではやっていけないとかなっていたのである。
後継者もいないとかなっていた,だからそんなところに今さら金をつぎこんでも無駄だと官僚が本音を言ったのである。じじばばしかいなところに金をつぎこんでも無駄だと本音を言ったのである。それはこの辺でも原発避難区域になった所に言える
じじばばしか残らない地域で復興できるのかとなったからだ
そこはうば捨て山になってしまう

自分としては村々が広範囲にありその地域独自の生活をしているとき魅力を感じる
でも今やインフラの維持に都市部の180倍もかかるとかなると無理になる
昔の自給自足だったらいいがそれだけ金がかかるから税金がかかるからその税金が地方交付税とかで東京都民でも払うから不満になってくるのである。
炭焼きしていたような時は違っていた,自分の生活を自分の村でまかなっていたから都会とは関係なかったからである。

そうなるとコンパクトシウティとかコンパクトタウンとかコンパクトビレッジにするほかないとなる,もう原発避難区域になった所はそうなっている
街から離れた周辺部には住めない,それは小高でも浪江でもそうである。
飯館村でもそうである。蕨平などは40軒あっても一軒しか帰らないとか周辺部にはもう人が住めないのである。

福祉でも医療でそういう広い地域は一軒一軒回るだけでも手間なのである。
人が集まり住んでいると回るのも楽だから医療でも福祉でもサービスをする側にとってはその方が手間も金もかからない,少ない人員でやれる
そして人手不足になっているからコンパクト化が必要になっているのである。

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20150年には阿武隈山地には人が住まなくなる
元の森林にもどってしまう

日本ではこの辺でもそうだが原野化するとそこに木が生えて森林化する


阿武隈山地の影(詩) (行政区域としての廃藩置県には無理があった)


阿武隈山地の影(詩)

(行政区域としての廃藩置県には無理があった)
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海があり森があり飯館の阿武隈高原がありかなたに
吾妻連邦が見える




阿武隈山地の影が覆っている
常に阿武隈高原がさえぎる
水鏡の峠を越えれば
安達太良山を望む
川俣はまた別な世界
いわきは東京に近い
通勤列車が東京へ出ている
いわきから複線になっている
相馬地域は仙台圏なのか
常に阿武隈高原地帯がさえぎる
その影が覆っている
中通りは遠い
その地理的障壁は消えることがない
人の心はその地理の中に閉ざされる
浜通りは常に海からの風が吹く
その風が開放的にする
しかし海は津浪のように恐怖をもたらした
阿武隈山地に閉ざされて
海は恐怖をもたらし閉ざされる
人間の運命は自然によって
あらかじめこ定められている
その定めを越えることはできない
その地の宿命の中に生きる

地理というのがいかに人間に影響するかである。人間は地理によって作られるのである。その地理の定めを越えることはできない
福島県は阿武隈山地で浜通りと中通りが分断されて中通りと会津も分断されている
そういう地理的宿命は帰ることができないのである。

人間の心もそうした地理や風土によって作られてゆくのである。
阿武隈川山地の不思議は日本列島が大陸から分離して形成される途上で古くから存在していた,古い山脈なのである。地層が相当に古いのである。
だから地盤が安定しているから飯館村に核廃棄物をの貯蔵庫を地下深く作るとかの意見も出たのである。

浜通りにとってこの阿武隈山脈の影響は相当に大きい
物心両面でさえぎられてしまう,その影が大きくのしかかってくるのである。
なぜ地理がこれほど影響するかというとやはりそこに住み生活していれば地理の影響を一番受けるからである。

日本は結局山国だからどうしても山にさえぎられる,その山の中に閉ざされる傾向が強いそういう地理である。どこまでも広がる大陸的平地はない,必ず山でさえぎられるのである。だから日本という国は本来は意思疎通がむかしい国である。
父なるラインとかドイツのように国土を象徴してまとめるようなものがないのである。

福島県でも広いから新潟県がどこなのかという話題になった
越の国の範囲となるが東北だという意見もある
どうもその新潟が相馬地域ににているのだ

東北開発促進法の中では東北地方の定義として「青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県及び新潟県の区域」と記されている。

福島県と新潟県が一体化してとらえている,相馬地域も福島県でもあり仙台圏の中にも現代では入っているから中途半端な地域だともなる
新潟県は会津地域にも入る,すると東北なのかともなる
結局は北陸となると富山県が中心でありその富山県は越の国であり大伴家持が古代に赴任してたように奈良か京都を向いている,さらに大阪を向いている
新潟県が向いているのは関東でり東京だとなる,それは福島県ににているのだ
つまりどっちつかずの地域になっているのである。

ただ米沢市は上杉家の藩であり上杉謙信の領地としてあった
それで今の玉野村で丸森の森の木材資源をめぐって伊達藩と上杉藩と相馬藩が三つ巴で争ったのである。だから上杉謙信から歴史的に越の国の影響も及んでいたともなる

ともかく廃藩置県は地理を無視したものであり歴史も無視したからそこで何か一体感をもてないものにしたのである。
会津と新潟は一体の県とした方がわかりやすかったかもしれないのである。
そういうことはいくらでもあるのだ
相馬地域が福島県になるのも何か不似合いだった,そういうことは全国でいくらでもありそれでいろいろもめてもいるのである。
行政区域と地理とか歴史とか風土の区分けは別物なのである。
行政区域としての廃藩置県が地理的歴史的文化的風土的区域化したものとは別物である。明治維新からの廃藩置県はそこで無理があったのである。
それは行政区域としての県という単位であったからである。