2017年07月23日

カルマとは責任のことでもあった (カルマは責任をとらされること)


カルマとは責任のことでもあった

(カルマは責任をとらされること)


カルマというとき人間がもっている業のことだけどそれは責任のことである
人間は生まれたときから責任を課せられている、子供のときはその責任がない軽いだけなのである、だんだん成長するにつれてすでに責任が課せられている
なぜ子供が泣いて生まれてくるのか、笑って生まれてきてもいいはずである。
泣いて生まれるのはカルマを背負って生まれてきたから泣いているともなる
この世に生まれて来たことの重みを感じて泣いているともなる
最後には老人になると人生の結果としての責任を否応なくとらされる
そのカルマから責任から逃れることができないようになっている

健康というのも生まれつきのものではなく作られたものという側面もある
30代は20代の運動量で体力が決まるとかその頃から運動が大事になってくる
運動しないものは心臓でも筋肉でも衰えてゆく
生まれながらに体力ある人でも運動しないと衰えるという
自分は体力がないけどずっとデスクワークもしないで運動してきた
登山もしたしあとは自転車で運動していた
それで今に影響しているのかもしれない、ただ自分は実際は今でも体力はない
何か暑さでも寒さでも前もそうだったが弱いのである。
だから今回の暑さでぐったりして衰弱した

ただ自分が30頃登山して死ぬほど疲れた、そして一週間くらい眠りつづけたのである。
そうして疲れたら寝ていたというのも良かった、それでやっと体力が回復していたのである。その後登山はきついからやめた、自転車は今でも乗っているのは疲れたら休むとか激しい運動ではないからできているのである。

人間はなまけているとそれもカルマになる、何でも自己責任だというときそれはやはり
そうしてなまけていた者は貧乏でもそれは本人のせいだとなる
それには問題があるにしろ何か人生も積み重ねだからそうなりやすい
なまけるということの怖さは退職後なまけていると認知症になる割合が大きくなる
体も頭も働かせないと認知症になりやすいことは確かなのである。
何をしても何をしなくてもカルマとなりその結果があとで否応なく現れるのである。
あの人は才能があるからできたのでありそれは生まれつきだとか言う
でも人間の才能はわずかであり何かしら普通は積み重ねがないとできない
天才は例外なのである。だから手本にはできないのである。

雑学などくだらないとなるがそれも知識の積み重ねでありそれを集積していけばプロにもなる、あることを継続して追及していれば素人でもそのことについては詳しくなる
第一人間はあらゆることに詳しくはなれない、天才でもなれないからだ
時間が限られているからそうなっているのだ、特別時間をもたされる人はいない
時間は平等に与えられている、それも活かすも活かさないも本人の責任なのである。
ただ高齢化社会はその時間が伸びたから有利だとはなっている
時間は何か金のように意識できない、だから一番浪費するものなのである。

人間はカルマから責任から逃れられない、何かしらカルマを積み後に責任をとらされる
これは個人的にもそうであり社会的にもそうである。
原発事故でもやはり人間のカルマであり業であり危険な原子力に手をだして責任をとらされた。人間は原子力をあつかう能力がなかったのである。

人間の健康も暴飲暴食したり何か健康に悪いことをしているとあとでそのツケが必ず回ってくる、それはそういうことをしているときは気づかないのである。
気づかないからこそそういうことができる
10代20代なら無理をしてもいいにしろ30代頃になるとそうした無理はあとで健康をそこなうものとてし現れる

自由な方がいいから結婚もしない子供も育てないとなるときあとで老人になって世話するものもいなくなる、親でも楽していると子供はそれを見ているから世話になったとも思わない、その母親は子供の世話は5才くらいまでしかしなかった、実の親でもそういう人は子供は世話しないから頼っても悲惨な結果になっている
ただ金だけも求めているだけなのである。その女性は育ての親にも非情だから異常なことは確かだが楽した親は最後に悲惨なのである。
それもカルマだったとなる、カルマはその時はわからないのである。
ただ親となるのもカルマであり子もないのもカルマである。
結婚するのもカルマでありしないものもカルマである
カルマはどこにでもつきまとっているのである。
楽だなと思っていいなと過ごしていると後でそれがカルマとなりひどい目にあうのである親が苦労して育てるとそれを子がみているから親を世話する気持ちが湧いてくるのである

ただ人間はカルマを積まない人はいないのである。カルマは欲望でもありその欲望は老人になっても消えないである。だから色恋沙汰の争いが老人ホームで起きて殺人まで起きている、そういう本能的業は死ぬまでも消えないということである。
結果的にそれが災いをもたらすのである
罪障消滅など死なない限りないのかもしれない、人間は生きている限り業をつむ
そして責任をとらされる、カルト教団などは罪障とかそんなものは何の関係もない
みんな業のかたまりであり同じように責任をとらされる

つまりカルトなどはかえって罪障を大きくしているのである。
もしその団体がカルマがないとしたらこの世は天国になっているだろう。
この世のどろどろとしたものがカルト宗教団体に集積しているのである。
それは教会でもどこの宗教でも同じなのである。
団体とかもカルマを積んでいるから団体も歴史的には罰せられのである。
会社とかカルト宗教団体でも他の団体でも組織や団体自体が罰せられる
その団体に所属していただけで罰せられる、そこも罪の団体だからである。
団体組織が権力化して横暴になり社会に害をもたらしていたからである。
カトリックの歴史は暗黒の歴史でもあった、だからそれが今でも問われる
責任を言われるのである。

自分自身もカルマがあり罪障消滅していない、結果としてそのカルマの責任をとらされているのである。それはみんなそうなのである。
人間は生まれたことはカルマを積むことである。またカルマを積んだから生まれてきたともなる、すでに生まれてきたことがカルマを責任を課せられて返すことを要求されているともなる、親は親としてのカルマがあり子は子としてのカルマがあり責任が課せられている、そのカルマから逃れられないのである。
キリスト教では人間に原罪があるというときもそうである。
それはカルマのことなのである。それをとりのぞくことは信仰でしかできないとなる
いづれにしろこの世はカルマから解放されない限り平和はない
それは別に戦争ではなく個々人のカルマがありそれが平和を乱すものとなる
その根本のカルマが消滅しないからこの世に平和がないのである。
それは科学技術でもカルマから解放されない、原発のように人間の技(わざ)がかえって災い(わざわい)となるように科学技術の進歩ではカルマは消滅しないのである。

人間のカルマが最後に激しく燃え上がり焦土のように化したのが戦争なのだろう。
どっちに義があるというものでもない、人間のカルマが戦争を作り出すのである。
そして最終戦争ともなりハルマゲドンとかなり人類は消滅してカルマも消滅するともなるこの世は改革もできないし改善でもできない、一見できたようでもまた新たな問題が生まれる、そもそも人間のカルマは消滅しないから同じような問題が起きてくるのである。
結局プルトニウムの毒が二万年のカルマを作り出したように人間は責任をとらされるのである。

蓮月が経験したことから歴史をふりかえる (津浪や原発事故の動乱ともにていた)


蓮月が経験したことから歴史をふりかえる

(津浪や原発事故の動乱ともにていた)


生後すぐ、京都知恩院の寺士、大田垣伴左衛門光古(みつひさ/てるひさ)の養女となる。。文化四年(1807)、十七歳の時、大田垣家の養子望古(もちひさ)と結婚。一男二女をもうけたが、いずれも夭折した。文政二年(1819)、二十九歳の時、大田垣家に入家した古肥(ひさとし)と再婚し、一女を得たが、四年後夫は病没。養父と共に知恩院で剃髪し、蓮月を称す。二年後、七歳の娘を失い、さらに天保三年(1832)、四十二歳の時、養父を亡くすその後は岡崎・粟田・大原・北白川などを転々とし、急須・茶碗などを焼いて生計を立てた。やがてその名は高まり、自作の和歌を書きつけた彼女の陶器は「蓮月焼」と呼ばれて人気を博するようになる。明治八年(1875)十二月十日、八十五歳で逝去した。


京都の経済が大きな痛手をこうむりました。これ以前から,京都の最先端技術が地方に伝えられ,その地で生産された品が全国に出まわり,京都の産業を圧迫していました。桐生(きりゅう,群馬県)の織物や銚子(ちょうし,千葉県)の醤油はその代表です

この寛政二年に四か所の遊所が公許になる二年前、京都では天明の大火があり、京都の市街の八割を焼き尽くしました。当然京都の財政は逼迫しており、


京都の歴史をふりかえれば戦乱がありこうした大火もあった、鴨長明も京都の大火があって『方丈記』生まれた。
その天明の大火もそうだが天明の飢饉もありその時相馬藩の三分の一人口が減った
その減った分を越中の移民などが来て補って復興した。
この時各地の大名が京都に来て復興のために尽力した、そうして外部から人が流入して花街が賑わい生まれたのが蓮月だったという。
そういう動乱の中に生まれたのである。
津浪や原発事故でもそうだった、外部の人が大量に入ってきたのである。
それで韓国系のバーができたとか水商売の風俗関係の女性も外部から入ってきた。

何か歴史では同じようなことが繰り返される、大火というのは日本では木材の家だからどこでも起きていた、その記録はどこにでもあるからだ、一旦火事になると延焼しやすいから街ごと燃え尽くすのである。京都とか江戸になると凄まじいものとなる
関東大震災でも火事の影響であれだけの被害になった
神戸の地震でも火事になって燃えた時は恐ろしかった、その時アナウンサーがこれは人間の骨ですよとかいって手にもっていて放送していたから異常だった

経済的にも京都で発明されたものが地方に普及してかえって京都が経済的に衰退したというのも興味深い、それはグローバル経済で日本でも起きている、日本の電化製品が売れていたが今はまねられて中国とか韓国の製品が売れて日本の経済が衰退したからである。
何か必ず歴史では同じことが繰り返されているのである。
日本では自然災害が多く繰り返されていることである。
国内でも戦乱がありグローバル化すると世界大戦になる、そして日本では300万人が戦死した。
京都の寺の柱に応仁の乱の刀傷がついているのが残っている
京都は政治の中心だからそうした騒乱にもまきこまれる

蓮月が経験したことはそういう自己自身でも苦難があり悲劇があった、子供が三人死んだとかもそうである。全員死んだとなる、でもその頃子供は死ぬ子供が多かったのである。それだけの手当てができなかったからである。
それで必ず墓を見ればわかる、生まれてすぐに死ぬ幼児が多かった、童子の名前が記されているのである。子供が死ぬ率が多いから子だくさんになっていたのである。
それは蓮月だけのことではなかったのである。

人間は戦後は平和だったというけど70年生きると必ず動乱が生まれる、それは自然災害だったり昔だったら大火だったりする、現代でも自然災害はこの辺の津浪のように起きてくる、この辺では原発事故になった、その動乱は今でもつづいている
自分も書いてきたように家での介護とか自分の病気とかで惨憺たるものになった
そして外部でも動乱になったのである。
そういうことは何か人生70年の間には必ず起きてくる、平穏に70年を過ごせることはありえないのである。それが人間の歴史だったのである。
だから平和な時は長くつづかないのである。
日本の歴史でも明治維新が大動乱であり70年すぎて太平洋戦争であり大動乱でありそして70年くらいすぎるとまた東日本で津浪や原発事故の大動乱が起きた。
まず70年間平和でありえることはないのが人間の歴史なのである。

蓮月個人のことになると蓮月焼とかはたいした芸術性はなかった、でも売れたのは歌などを茶碗に記したことなど女性が作ったことなど話題性があったからである。
美人だということも影響したという。今でも女性の芸能人は美人を売りにしている
それでマスコミでとりあげる、話題性があるととりあげる、蓮月は美人である故に苦しんでいたというのもある、男が尼になってもいいよる男がいたのでそうなった
だから蓮月の焼き物や短歌はそれほど評価されていない

そして京都というとき京都で有名になると全国的になる、蓮月焼はその品物がたいしたものでなくても売れた、それで地方でもお土産に買っていったのである。
京都ではやるものは地方にも普及する、逆に地方ではやってもそれほど普及しない、京都は日本の都だからなんでも影響力が大きくなる
例えは検索でも京都と入れる人が多い、地方は検索に入らないのである。
俳句とか短歌でも京都とか鎌倉と検索で調べる人が多いが他は少ないのである。
それは京都とか鎌倉は古都であり知られているからである。
この辺はただ津浪や原発事故で世界まで知られたのである。

蓮月は明治維新の動乱にもかかわっていた、それで西郷隆盛に歌を進呈したという

あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へば

このあだみかたというとき日本には敵味方塚とかあり敵味方も同じように葬っている
明治維新でも九州の藩の戦死者の墓が相馬藩でもあり東北にある
日本人にはそうした心情が昔からあった、これが大陸になると敵をそんなふうにはあつかわない、敵の墓を掘り起こしてまで侮辱を加えるのが中国だった
異民族との争いと徹底して過酷なものになる、人種差別などでもそういうことは引き継がれている。国内でも差別が厳しいのである。
逆に日本では異民族との徹底した戦いは太平洋戦争でしか経験していないのである。
世界の歴史では常時異民族との戦いが歴史だったからである。

これが江戸城無血開場に影響したという、そ真意は実際わからない、でも明治維新にもまだ生きていて歴史とかかわっていたのである。
ともかく一人の人間がこれだけの動乱の中に生きたのである
別に蓮月だけではない、大正生まれの人などもまだ90才以上で生きている
その人たちも動乱を生きたのである。戦争も経験しているからである。
何らか動乱を個人の人生でも歴史的なことでも経験しない人はいないのである。
人生の最後にきて自分も経験したしこの辺の人たちはそうである。

自分の母親も家が事業で破産して一家離散になったとか東京に女中にでて夫が事故で死んだ一人の子供交通事故で死んだとかそういうことは蓮月だけのことではない、そういう波乱を生きた女性も多いのである。だから蓮月だけが特別苦しい人生を生きたとはならないそういうことはみんな女性でも経験しているからである。
人間の一生をみれば聞けばそういうことは常にありめずらしいことではないのである。
一生平穏な人生などないのである。

いづれにしろ自分自身もここ十年は介護や病気で来た人が異常な人たちだった、苦しみに苦しみが加えられたのである。人格異常になった女性もいてそういう人が来ることの恐ろしさを味わった、家の中も認知症の人をかかえたら狂乱状態になった
そして外部では津浪や原発事故になったのである。
津浪では自分は被害はないから良かったが他の人は家族も死んでいるからまたこれも苦難だったとなる、この辺では家族が分離するとか地域が分断されるとか様々な混乱状態になったのである。一種の戦争状態にもなったのである。
それはまだ解決していない、混乱はつづいているのである。

そして今望むことは

静けさや窓にのぞきぬ夏の月事もなきしに夜もふけなむ

こんなふうになってしてまう。事もないことが幸福なことだった、30年間くらいは自分もそうだった、異常な家族でも自分にとってはそうだった
それが一転して事がありすぎて不幸になったのである。
それは自分だけではないこの辺ではみんなそうなってしまったのである。

posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連