2017年07月15日

市役所の人が防犯のために駅に来る


市役所の人が防犯のために駅に来る

summerclouddd111.jpg

今日の夏の雲 雷鳴が一回くらい鳴った
でも雨がふらないのはなぜか?
何かこの辺は雨がふらない、干ばつ気味なのか?
水不足が心配される

nemunohanaaa111.jpg
クリック拡大-合歓の花が川に咲いている




合歓の花かぜにそよゆれ駅に待つ

鹿狼山遠くに夏の日電車来る


昨日は電気系統のJRの下請け関係の人が二人来ていた、それから市役所で防犯ということでアンケートをとっていた、無人化しても鹿島駅に三つの防犯カメラがある
無人化した駅が落書きで荒らされたとういことがある
でも鹿島駅は人の出入りが結構多いからそういうことはありえない
高校生などが夏休みに入ることなどで市から防犯のために来ていた

駅は鉄道は自治体もかかわらないと維持できないと言われる
まず駅舎関係でも古くなりトタン屋根を新しくする、トイレも新装してきれいになり掃除を障害者施設に頼んでいる、それも金がかかる
でも鹿島には道の駅がないから車の人たちも利用している
駅には街の中心と思い車の人もくる
街の広場的機能がある

ともかく駅は駅として鉄道として電車を利用するだけではない機能がある
だから自治体でかかわらないと維持できないともいわれる
予算的にもそうである。いろいろ手間と金がかかるからJRでは無人駅化をすすめている
人件費を節約したいからである。
無人駅化しても困らないということもあるが何か街がさびれた感じにもなる
無人駅化に反対しているのは盲人団体である
一人盲人が電車にのる、その人を助けてのせたが電車は止まる時間が短いし危険である。それで実際に東京とかで盲人が死んでいる、東京のような大都会だと盲人は暮らしにくいだろう。あれだけの電車が来るなかでは危険がますからだ

今日は写真をとった、合歓の花は終わっていたのが残念、今年は合歓の花を見ないで散った、鉄道のような動く物体をとることはむずかしい
位置をきめてシャッターチャンスを逃さないことが大事だからである。
地元だとそういう場所を選べるが他にゆくとなかなか選べない
だから写真というのも地元だといい写真がとれる
いろんな角度から見れるしいつも見ているからだ。

タグ:駅にくる人

原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩 (わたしは故郷で待っている)



原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩


(わたしは故郷で待っている)

yabukkkkk1111.jpg

わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・

なぜこの詩ができたのか?それは結局自分は常に故郷が嫌なことがあり出て旅していた
それも待つ人がいた家族がいたからできたことを知った
なぜなら家族はみんな死んで誰もいない、今になると旅に出ても待つ人がいないのであるそのことは本当に悲しいことだった
旅に出ても故郷に帰ってきても待つ人がいないのである。
そうなると故郷すらないのかもしれない、故郷は基本的に家族がいて家族の愛のある場としてあった、子供のときから家族の愛に育まれてあった
ただそうして家族に恵まれない人もいた、すべての人が家族に恵まれてはいない
自分は恵まれていた、だからその家族を失ったとき本当に悲しい
待つ人がいない、毎日それで駅にゆく
すると娘を待つ母親とか妻を待つ夫とか待つ人がいる
するとうらやましいとなる、自分は誰を待っているのか?
来ない人を死んだ人を待っているともなる

この待つというのは女性的である。女性は常に待っている存在だった、息子でも娘でも外に出しても故郷で待っている存在だった、愛をもって迎えるのが家族である。
それがこの辺では原発避難区域では家族はばらばらになってしまった
それは悲劇だった、なぜそうなったのか?
それはすべて原発事故だけのせいではないことも自分は考察して書いてきた
原発事故だけでそんなに簡単に家族とか故郷とか捨てられるものなのか疑問だからであるもちろん放射能が怖いとかなれば理由になる、でもそれだけでこんなに家族がばらばらになり故郷も簡単に捨てられるものなのか?それが疑問なのである。
故郷がすべていいとかではない、でも故郷自体が捨てられるものなのかという疑問である故郷とは何かとなればこれもわからない、ただ家族の愛あるホームがあった場所である。そういうものが簡単に捨てられるのか?それが疑問なのである。

この詩は女性の心情にも通じている、これは簡単な歌にもソングにもできるかもしれない自分は一本の樹でもみると石でもそうだがそれが人間化したものとして書いてきた
それは単なる樹ではない、人間化した樹であり石なのである。
だから人の住まない原発事故の避難区域の樹を見たときなんとも不思議であり
その樹がいかにも淋しく人が帰ってくるの待っているように見えたのである。
森の中の樹々にはそういうことは感じない、いつも人が通る田舎の道端の古い樹とか一本の樹とかにそういうことを感じる、それが人間に見えるからだ
それは自然の森の中の樹とは違う、庭の樹とか石になっていたのだ
長い歴史のある村だとそういうふうに人間化したものとして自然もなっている
だから石とかにも名前がついているし伝説も残っている

故郷というときそこが生まれた場所でもない、長く住んでいるそこは故郷になる
それは人間も生物だから樹や石のようになってゆくからである。
そこに根付くものが生まれる、そしてそこが終の住処になりその土地に果ててゆく
その土地の土になるという感覚になる、それは人間も生物の一種だからそういう感覚は自然なことなのである。

ともかく小高でも帰ったの二三〇〇人いる、結構多いとなるのか?
でもその半分は六五歳以上でありさらに六〇以上となるさらに多くなる
そういう人口構成で町が成り立つのかとという疑問がある。
でもどうしても老人は故郷に帰りたいというのが心情なのである。
そして故郷で死にたいとなる、土に還る、山に還る、森に還るとなるのが生物の本能であり自然なのことなのである。
ただそのためには若い人も帰ってこないとだめなのである。

この詩は別に原発避難民というのではなく自分がそういう立場になったから書いた
でもその心情は原発避難民と共通していることに気づいたのである。
posted by 老鶯 at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連