2017年07月09日

空間認識から時間的認識へ (二つは不可分に結びついて人間は存在する)


空間認識から時間的認識へ


(二つは不可分に結びついて人間は存在する)


人間が出会うとき遠くになるとどこの出身かとまずきく、外国でもそうである。
Where are you from?と必ず聞く、外国だと国の名前になる
それは地理的空間的認識なのである。
一方地元だとその人を知るとき親の代からさらに祖父の代からさらに歴史をさかのぼる
それは時間的認識なのである。時間というときそれは一代だけではないのである。
野馬追いとかなると四〇〇年前までさかのぼり野馬追いに出る人をたどる
それは時間の認識である。

外部から遠くから来た人をたずねるとき空間的なものからはじまる、長崎か遠いなとかなる、今では外国からも来るからスリランカか、ネパールか、ベトナムかとかなる
ベトナムで面白かったのは川だったのかそれが海に通じていて日本まで通じているとか土地の人が言うとき海はつながっているからそうなる
もちろん陸もつながっているのだがベトナムから海を通じて日本が近いと感じる
陸だと相当に遠く感じるだろう。その距離感覚は陸と海では違っているのである。
世界となると空間認識をすること自体が相当にむずかしい
それは地図を見てもわからないからだ、中国だと距離感覚は日本とは違っている
常に移動している距離が違う、青森が東京から遠いというとき中国人の感覚では近いのである、日常的な距離感覚が違うのである。

この遠さの感覚は乗り物とかにも影響する、歩いて行けば本当に近くでも遠くなる
芭蕉の旅でもみちのくは遠い所だった、ところが平泉まで二時間とかなると距離感覚がなくなる、すぐ近くだとなってしまうのである。
それは新幹線で青森まで行き津軽鉄道で終点の中里まで行ったとき感じた
そこでタクシーに乗って十三湊を見て帰ったがそこが遠い感じもしなかったのである。
それは新幹線だったからそうなったのである。
もちろん飛行機だと中国でも東南アジアでも日本国内より近いという感じになる
でも飛行機など途中が眼前に省かれているから地理はわからないのである。
船で行くと地理的感覚は身につく、沖縄は中国と近く中国文化の影響を受けていたことでもわかる

国内でも遠くなると外国とかでも地理的空間認識が先になる、なかなか時間的認識はできない、遺跡などは古いがそれは時間で作られたものだから認識しにくいのである。
それは日本だってそうである。城などがあるとそこから過去への記憶をさかのぼる
でもその時代がどういうものだったかを知ることは容易ではなくなる
空間の中に城があるということは誰でも認識できる、ではその城があったときの時代を生きていた人をイメージすることは簡単にできないのである。
城もほとんど新しくなっているからそこに時間を感じることがなくなる
何か真新しくて博物館のようになっているし実際そうなっている
だから廃墟趣味があるとき廃墟の方が時間を感じて人間の無常を感じる
石垣だけになっていたりするとかえってそこに時間の経過を感じる

夏草や兵どもが夢の跡    五月雨のふりのこしてや光堂   芭蕉

この芭蕉の句は空間的認識としてのみちのくがありそれより時間的認識からこの句ができた、昔の栄えたみちのくの武士の都は夏草に埋もれたというとき時間がそれだけ経過したということである。五月雨の句もそうである。金色堂が自然の風化にもめげず残っていたというのは時間感覚なのである。
一方で

荒海や佐渡に横たふ天の川

これは空間的に認識から生まれたのである。佐渡島を天の川が結ぶというときまさにそうである。
どちらかというと芭蕉の句は時間的認識の句が多いだろう。江戸時代は閉鎖された世界だから時間的認識に生きていたからである。
職人でも十何代とかつづいたとかあり代々技も受け継がれて変わらなかったのである。
それなりに世の中は常に変化しても現代のようには変わらなかった
その変わらないことが人心を安定させていたのである。
狭い地域でもソトとウチは明確に分かれていたのである。

現代は常にソトととの交流がありウチとの交流はかえって希薄になる、それは空間的拡大化した世界に生きているからである。
「福は内、鬼は外」というとき現代では逆である。外から福がきて内から福が来ることは少ない、豊かになるには外に絶えず視線を向けねばならないのである。
それはグローバルに世界的にそうなっているのである。

時間的認識もむずかしいが地理的空間的認識だってむずかしい
相当に旅をしないと実感できない、北海道を地理的空間的に理解するとなるとむずかしいそれだけ広いからである。おおよそ自分はその空間を認識している
人間は世界まで広がると空間認識だけで一生はたちまち終わる
それだけの時間が人間には与えられていないのである。

いづれにしろ駅にいてこの辺ではいろんな所から全国から労働者が来る
するとまず出身地を聞く、そこで地理的にイメージする
でも横浜の人が今日来ていて野馬追いのことを説明した。
では野馬追いの歴史となると平将門が相馬氏の系統なのですよと説明するとそれは時間的認識のなのである。その人は知識人でも何でも普通の労務者である
でも平将門は知っていたのである。そうなるとそこで時間的認識が生まれる、歴史をさかのぼることは時間的認識だからである。

人間はこうして常に空間的認識と時間的認識をしているのである。
外国になると時間的認識がむずかしくなるのは城があったとして私の家はこの城と関係していました、その王の子孫なのですなどと知れば時間的認識になる
そういうことは外国だとわかりにくいのである。
ただヨーロッパとかは石の遺跡がローマ時代のものが残っているから時間的認識がしやすい、日本だと木の文化であり二〇〇〇年前となると縄文時代であり柱の跡としか残っていないからである。日本では連続した歴史感覚時間感覚が磨かれないのである。

文明というとき距離を空間を征服する、現代だと蒸気機関車からはじまり飛行機になり車になりとモバイル時代になった、でも文明というときやはり時間の中で作られてきた
エジプト文明でもそうでありピラミッドには時間を感じる、ローマ帝国でも石造り煉瓦造りの建物に時間を感じる、中世のキリスト教の聖堂でもそうである
マヤ文明でも石造りの天文台のような遺跡が残る、そして異常に暦に時間にこだわる文明だったのである。こうした文明は寿命が長いのである。
千年とかもつづいているのだ、一方で遊牧民は移動することであり定着しないから文明が築かないのである。モンゴルでもそうである。
農耕文明は時間の文明だから長い寿命を保ち継続して文明を作る
遊牧民は一過性に空間を地理を拡大しても文明は残さないのである。

ただイスラム文明はそれなりにモスクとかを残している、そこは地理的空間的な商業都市として栄えたのが多い、オワシスとして貿易するのに都市が必要となり生まれた
だからそれも地理的空間的なものとして結ぶものとして作られた
だからエジプトとかマヤ文明のようなものとは違う、寿命としても短かったとなる
ISでもイスラム帝国でも過去の時間認識歴史の再興だと宣言したのは時間的認識があったでも空間的認識としてカリフ帝国の再現を夢見た
だから遊牧民地帯でも空間認識と時間認識がありそれは人間である限りどこにでもある
この二つは一体であり切り離せないからである。


結ばれる世界

すでにはるかな遠き日
フェニキア人は言葉で結ばれる
ギリシャ人はコインで結ばれる
植民都市は地中海沿岸に
ギリシャの壺のその海に沈む
点々と島々は結ばれる
オデッサの冒険の島
仙女の棲む秘められし島
魅せられて故郷への帰還は遅れる
ローマは道で結ばれる
アルプス山脈をも越えて
ヨーロッパは河で結ばれる
ハンザ同盟の商人都市
封建領主に反抗す
否が応でも空間は拡大する
それをとめることはできない
そこに新たな血が混入して活性化する
それが自然の法則である
この世は常に交じり合い生成発展する
文明の生き延びる道なり
変化しないもの交わらないものは滅びる
「挑戦」と「応戦」の中に生成発展する


現代とは二〇世紀はグローバル化して地球が地理的空間的に一体化した
ただ実際は地理的空間的認識は容易ではない、これまでは大航海時代までは世界の認識は狭かった、そこで中世的閉鎖的世界観しかなかった、それは時間的認識の世界である。
大航海時代から世界的認識が拡大したのである。
それはアメリカに波及して西部開拓となりフロンティア精神になりさらにアメリカは空間的拡大としてアジアに侵攻したのである。それは暴力的侵攻だったのである。
アジアはもともと古い、インドでも中国でもそうである。そこで培われたのは時間的認識である。地理的空間的拡大はモンゴルのジンギスハーンがあったがその後はない
それは一過性の拡大だったのである。
二〇世紀はこうして地理的空間的グローバル化の世界を作った、それも限界にきた
資本主義がゆきづまったというときもう投資するフロンティアがなくなりゆぎ詰まったのである。地理的空間的拡大のグローバル化は限界に来て終焉する
次は時間的認識の文明の再興になる、それはアジアで起こるのである
日本なら奈良時代から平安時代ような国風文化の再興なのである。

男性と女性の認識も違う、女性は定着的時間的認識になり男性は地理的空間的認識になる女性が地理が不得意だというとき道に迷うというときそうである。
男は絶えず空間を拡大してゆく、そのために大航海時代のような冒険になる
女性は土地に定着して子供産み育てるということで時間認識に生きる
だから双方の認識がずれるのだが両方の認識が必要なのである。
そういうふうに男女も作ったとなる、脳も根本的に違っているからである。
奈良時代は日本全国統一の地理的空間的拡大の世界でありその後はコ御殿にとじこるも女性文化の国風文化になったのである。
アジアは女性でありヨーロッパは欧米人はアングロサクソンは男性的文化で地理的空間的に拡大する征服文明だったのである。
だから次はアジアの時代であり女性的平和的文明が創出されるとなる
ただカルト宗教団体とか今の宗教には一切そういうものはない、政治化した物質化したかえって西欧化したものであり
キリスト教すらそうである。征服的イスラム的宗教になっていたのである
欧米文明は暴虐的文明であり特にアメリカはそうである。征服することが第一とする暴虐的文明でありそれに習ったのが日本でありそれがマイナスとして作用したのである。
ただ日本も地理的空間的拡大として太平洋戦争があったことは確かである。


changes of mountains(山の変容)


changes of mountains(山の変容)

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original picture


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一つの絵から多様に変化するのがコンピュターのソフトで操作する絵である
その変化がコンピュターだとしやすいのである。

こういう芸術は今までなかった、できなかっ、コンピュターが生まれてできたのである。この絵は三つのソフトを使っている

山を高くするソフトがありそれを覚えた、するとまた多様な変化の山ができる
その一つのやり方を覚えると大量生産できる
ただ抽象画というより山という具象画を作ろうとしている
元は抽象画でも山という具象画を作ろうとしているのである


When the change that is the picture which it operates by software of computer
from one picture to change variously is computer, it is easy to do it.

As for such art,which there was not, computer were born so far and were able to do it. This picture uses three software

As for the cause that is going to only make the representational painting called the mountain rather than an abstract picture that I can produce in large quantities when the mountain of changes various again learns one way that it is possible for when I do it that there is software raising a mountain, and learned it, even an abstract picture is going to make the representational painting called the mountain
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認知症の最大の謎 (プライドが消えない)


認知症の最大の謎

(プライドが消えない)


認知症に接して最も不思議だったのは死ぬまでプライドが消えないことだった

なぜ認知症の人は怒りとなり暴力となるのか?

それはプライドが消えない、人間としてのプライドが最後まで残っている
だから「馬鹿にされた」ということに敏感に反応する

でも日常生活にも支障をきたすし現実に直前のことを忘れるなどまた痴呆の傾向もでてくる、とすると馬鹿にされてもしかたない状態になる
銀行に行って自分の金をおろせない、それで笑われた
それが笑い話ですまされているのならいい、当人はそれではすまない

馬鹿にされた

そのことが感情的なものとして残りそれがやがて怒りとなり暴力となる

自分が認知症になるまえは社会的にも家族的にも指導的な役にあった人はとくに不満が大きくなる、自分の姉は優秀であり一家の長の役割を果たしてきた、社会的にも活躍していた、それが一転して認知症になるとと馬鹿扱いになる、そうでなくても実際に普通の人のように生活できないのだからそう見られてもしょうがいなとなる

その不満が大きい、自分は社会的にも家族でも役割をもち働いてきたという自負がある。それが根こそぎ認知症になり無視され否定されることに耐えられなくなる
その不満が怒りとなり暴力となる

だから認知症の人を扱う時、このプライドが一番問題になる
プライドをそこねるような扱いをすると危険になる

あなたは社会にも家族に尽くしてきました、立派な人です

そういうふうに接しないと相手は満足しない、不満が爆発する
普通の知的障害者はこんなプライドをもたないだろう。
ただ盲人と聴覚障害者とか精神の病気でない人はそれなりにプライドをもっている
人間は誰でもプライドをもっているのである。
だからこれが認知症特有の問題ではない

でも認知症になるとそうしたプライドが根こそぎ否定される
最初親戚の所に行ってまだらぼけになったと言われたことを異常に気にして怒っていた
実際まだらぼけになっていたのである。でもそこでプライドが傷つけられたから怒ったのである。そうなると感情的にしこりができてしまう
それで演技でも元社長だった人は部下としてふるまうと喜ぶとなる

認知症を扱うのに一番の問題がここにあった、だからどう扱うは家族によっても違ってくる、自分の場合は姉は一家の長であり家を支えてきたのだから認知症になってももちあげていたのである。だからあとからは穏やかになったのである。
でもみんなそうできるかとなると家族の事情により違ってくるのである

認知症はそもそせ謎である。精神的狂気になって人間として通じなくなったのかと言えばそうでもない、確かに直前のことは忘れる、ただ忘れるという病気ならいいが痴呆になったのかということもある
ただ二人介護して認知症は時々正気にもどることを体験した
とすると人間として全くわからなくなったとも言えないのである。
その辺は生まれつきの知的障害者とは違うし扱いも違ったものとなる

認知症の最大の謎は人間としてのプライドが消えない、だからそのプライドを尊重しないといい介護はできない、でもそれが他人がするとなるとむずかしくなる
この人は痴呆となって馬鹿になっている人とだけ見られるといい介護はできないのであるでもそこまで介護するとなると介護する方も苦しくなり犠牲となる
現実に自分も鬱状態になっていたのである。

ただ認知症の症状は人によって違っている、激情的な人は激情的になるから介護しにくくなる、暴力にもなるからだ
ともかく認知症で一番気をつけねばならないのはフライドをそこねるようなことをしないことなのである。でもそれは非常にむずかしいのである。