2017年07月07日

夏の月(木蔭の道と家の畑)



夏の月(木蔭の道と家の畑)


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どっちもクリック拡大

夏菊や少女等走る土手の道

畑仕事休みてくつろぎ風涼し

街中の家の畑や夏の月

畑仕事終えて眠るや夏の月


田舎の夜静かにふけて夏の月窓にのぞきて安らかなるかな

紫陽花咲き木蔭の深き道の奥石造りの蔵のあるかな


毎日土手の道を中学生が走っている、暑いのに走れるから若いとなる
畑仕事している所で休む、風が涼しい、昨日は雨降って土がしめっていたから涼しいということがあった

今日は暑かった、それで紫外線を計る計測器を買った
いろいろ試してみたが危険領域を越えるのは昼間である。
角度によっても違う、今日はそんなに危険ではなかった
何か計測すると安心になる、それは放射線量でも同じである。
でもこの機械は目安であり役に立たないかもしれない

小池に行く木蔭の道は気持ちがいい、紫陽花が咲いて奥に石造りの蔵の家がある。
石造りの蔵は古い、何かこうした田舎の風景になごむ、それは何でもものだが心が安らぐしかしここではそこはダンプが通るから落ち着く道ではない
ただ木蔭になる道だから気持ちいい道である
田舎は特徴がないようでもそうした自然と織りなした絵のような風景がどこにでもある
ただ発見されていないのである。新地辺りはそういう風景がある
木蔭を感じるのにはやはり車ではできない、自転車ならできる

夕方になり満月が出た、新しい家の庭が畑になっていた
これもなんとも心がなごむ、畑があるということでなごむ
それも家の前にあるからいいのである。手入れする人がいるからできる
何か庭でも何でも手入れするのが手間なのである。
自分は何でも一人だからできないのである。
この辺は街からはずれている、でも街からそれほど離れていない所である

田舎では夜は静かにふける、窓から覗いているのは月だけである。
田舎ではただ人間ものぞいている、それは監視して見張っている目である。
そこに田舎の矛盾がある、その目は相手を思う目ではない
相手のあら探しをする目なのである。
畑でもいつも言っている、じろっとあの人はこっちを見る、あの人は腎臓が悪くて
人工透析している、黒くなると死ぬんだよという。
たしかにじろっとこっちを見ていた
畑でも隣同士でもそうした目があるのが田舎である。
だから人間に関して田舎がいいということはないのである。むしろ田舎の人間は根性が悪いというのも本当である。

ただそういう人間関係を無視すればただ夏の月がかがやき窓からのぞいている平安がある何か月は平安の象徴である、この辺は平安が失われていたのである。
ともかく暑い一日だった、今や熱中症を恐れるようになった
昼間の10時から2時ころは紫外線は強くなるから出ない方がいい
でもその後は計測器では低くなっていた、だからそれほどでもいなのかもしれない
まあ、機械からだけではわからないことがある。
身体が疲れていたりしたらやりやすいからである。

2017年07月08日

今朝の写真二枚(朝日と馬)


今朝の写真二枚(朝日と馬)

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朝早み馬の歩むや陽の昇る

朝早み青田の中を馬の行く


朝日の昇る写真をとった、今日も暑くなる太陽である。
馬が散歩しているのは野馬追いに馴らすためである。
こういう風景はこの辺らしい

何か馬というときなじみがない、馬が生活の中に生きていない
だから実際は馬というのが実感できなくなっている
ただ競馬の中で馬を見るだけだからである。

馬と暮らした生活があったのは戦前まではあった、農耕馬とか荷馬車とか利用していたからである。そういうことがなくなったとき馬は生活から消えた
すると馬というものがわからなくなる、ただ野馬追いの時あれだけの馬が出ると圧巻になる、馬が生きていた時代を彷彿とさせるのである。

世の中なんでも日常として活きないものは死んでゆく、牛はまだ牛肉として乳牛として利用されるから活きている、馬は何か利用価値がなくなりせいぜい野馬追いとか競馬でしか見ないのである。
ただこの辺は野馬追いがあるから馬に関心をもつときがある。


8時9分 地震を感じた、昨日は突き上げるような地震で震度4

その余震らしい、これは気づかない人もいるだろう

やはり突き上げるにきた、震度1にもなっていないだろう。

タグ:馬の写真

2017年07月09日

認知症の最大の謎 (プライドが消えない)


認知症の最大の謎

(プライドが消えない)


認知症に接して最も不思議だったのは死ぬまでプライドが消えないことだった

なぜ認知症の人は怒りとなり暴力となるのか?

それはプライドが消えない、人間としてのプライドが最後まで残っている
だから「馬鹿にされた」ということに敏感に反応する

でも日常生活にも支障をきたすし現実に直前のことを忘れるなどまた痴呆の傾向もでてくる、とすると馬鹿にされてもしかたない状態になる
銀行に行って自分の金をおろせない、それで笑われた
それが笑い話ですまされているのならいい、当人はそれではすまない

馬鹿にされた

そのことが感情的なものとして残りそれがやがて怒りとなり暴力となる

自分が認知症になるまえは社会的にも家族的にも指導的な役にあった人はとくに不満が大きくなる、自分の姉は優秀であり一家の長の役割を果たしてきた、社会的にも活躍していた、それが一転して認知症になるとと馬鹿扱いになる、そうでなくても実際に普通の人のように生活できないのだからそう見られてもしょうがいなとなる

その不満が大きい、自分は社会的にも家族でも役割をもち働いてきたという自負がある。それが根こそぎ認知症になり無視され否定されることに耐えられなくなる
その不満が怒りとなり暴力となる

だから認知症の人を扱う時、このプライドが一番問題になる
プライドをそこねるような扱いをすると危険になる

あなたは社会にも家族に尽くしてきました、立派な人です

そういうふうに接しないと相手は満足しない、不満が爆発する
普通の知的障害者はこんなプライドをもたないだろう。
ただ盲人と聴覚障害者とか精神の病気でない人はそれなりにプライドをもっている
人間は誰でもプライドをもっているのである。
だからこれが認知症特有の問題ではない

でも認知症になるとそうしたプライドが根こそぎ否定される
最初親戚の所に行ってまだらぼけになったと言われたことを異常に気にして怒っていた
実際まだらぼけになっていたのである。でもそこでプライドが傷つけられたから怒ったのである。そうなると感情的にしこりができてしまう
それで演技でも元社長だった人は部下としてふるまうと喜ぶとなる

認知症を扱うのに一番の問題がここにあった、だからどう扱うは家族によっても違ってくる、自分の場合は姉は一家の長であり家を支えてきたのだから認知症になってももちあげていたのである。だからあとからは穏やかになったのである。
でもみんなそうできるかとなると家族の事情により違ってくるのである

認知症はそもそせ謎である。精神的狂気になって人間として通じなくなったのかと言えばそうでもない、確かに直前のことは忘れる、ただ忘れるという病気ならいいが痴呆になったのかということもある
ただ二人介護して認知症は時々正気にもどることを体験した
とすると人間として全くわからなくなったとも言えないのである。
その辺は生まれつきの知的障害者とは違うし扱いも違ったものとなる

認知症の最大の謎は人間としてのプライドが消えない、だからそのプライドを尊重しないといい介護はできない、でもそれが他人がするとなるとむずかしくなる
この人は痴呆となって馬鹿になっている人とだけ見られるといい介護はできないのであるでもそこまで介護するとなると介護する方も苦しくなり犠牲となる
現実に自分も鬱状態になっていたのである。

ただ認知症の症状は人によって違っている、激情的な人は激情的になるから介護しにくくなる、暴力にもなるからだ
ともかく認知症で一番気をつけねばならないのはフライドをそこねるようなことをしないことなのである。でもそれは非常にむずかしいのである。

changes of mountains(山の変容)


changes of mountains(山の変容)

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一つの絵から多様に変化するのがコンピュターのソフトで操作する絵である
その変化がコンピュターだとしやすいのである。

こういう芸術は今までなかった、できなかっ、コンピュターが生まれてできたのである。この絵は三つのソフトを使っている

山を高くするソフトがありそれを覚えた、するとまた多様な変化の山ができる
その一つのやり方を覚えると大量生産できる
ただ抽象画というより山という具象画を作ろうとしている
元は抽象画でも山という具象画を作ろうとしているのである


When the change that is the picture which it operates by software of computer
from one picture to change variously is computer, it is easy to do it.

As for such art,which there was not, computer were born so far and were able to do it. This picture uses three software

As for the cause that is going to only make the representational painting called the mountain rather than an abstract picture that I can produce in large quantities when the mountain of changes various again learns one way that it is possible for when I do it that there is software raising a mountain, and learned it, even an abstract picture is going to make the representational painting called the mountain
タグ:山の変化

空間認識から時間的認識へ (二つは不可分に結びついて人間は存在する)


空間認識から時間的認識へ


(二つは不可分に結びついて人間は存在する)


人間が出会うとき遠くになるとどこの出身かとまずきく、外国でもそうである。
Where are you from?と必ず聞く、外国だと国の名前になる
それは地理的空間的認識なのである。
一方地元だとその人を知るとき親の代からさらに祖父の代からさらに歴史をさかのぼる
それは時間的認識なのである。時間というときそれは一代だけではないのである。
野馬追いとかなると四〇〇年前までさかのぼり野馬追いに出る人をたどる
それは時間の認識である。

外部から遠くから来た人をたずねるとき空間的なものからはじまる、長崎か遠いなとかなる、今では外国からも来るからスリランカか、ネパールか、ベトナムかとかなる
ベトナムで面白かったのは川だったのかそれが海に通じていて日本まで通じているとか土地の人が言うとき海はつながっているからそうなる
もちろん陸もつながっているのだがベトナムから海を通じて日本が近いと感じる
陸だと相当に遠く感じるだろう。その距離感覚は陸と海では違っているのである。
世界となると空間認識をすること自体が相当にむずかしい
それは地図を見てもわからないからだ、中国だと距離感覚は日本とは違っている
常に移動している距離が違う、青森が東京から遠いというとき中国人の感覚では近いのである、日常的な距離感覚が違うのである。

この遠さの感覚は乗り物とかにも影響する、歩いて行けば本当に近くでも遠くなる
芭蕉の旅でもみちのくは遠い所だった、ところが平泉まで二時間とかなると距離感覚がなくなる、すぐ近くだとなってしまうのである。
それは新幹線で青森まで行き津軽鉄道で終点の中里まで行ったとき感じた
そこでタクシーに乗って十三湊を見て帰ったがそこが遠い感じもしなかったのである。
それは新幹線だったからそうなったのである。
もちろん飛行機だと中国でも東南アジアでも日本国内より近いという感じになる
でも飛行機など途中が眼前に省かれているから地理はわからないのである。
船で行くと地理的感覚は身につく、沖縄は中国と近く中国文化の影響を受けていたことでもわかる

国内でも遠くなると外国とかでも地理的空間認識が先になる、なかなか時間的認識はできない、遺跡などは古いがそれは時間で作られたものだから認識しにくいのである。
それは日本だってそうである。城などがあるとそこから過去への記憶をさかのぼる
でもその時代がどういうものだったかを知ることは容易ではなくなる
空間の中に城があるということは誰でも認識できる、ではその城があったときの時代を生きていた人をイメージすることは簡単にできないのである。
城もほとんど新しくなっているからそこに時間を感じることがなくなる
何か真新しくて博物館のようになっているし実際そうなっている
だから廃墟趣味があるとき廃墟の方が時間を感じて人間の無常を感じる
石垣だけになっていたりするとかえってそこに時間の経過を感じる

夏草や兵どもが夢の跡    五月雨のふりのこしてや光堂   芭蕉

この芭蕉の句は空間的認識としてのみちのくがありそれより時間的認識からこの句ができた、昔の栄えたみちのくの武士の都は夏草に埋もれたというとき時間がそれだけ経過したということである。五月雨の句もそうである。金色堂が自然の風化にもめげず残っていたというのは時間感覚なのである。
一方で

荒海や佐渡に横たふ天の川

これは空間的に認識から生まれたのである。佐渡島を天の川が結ぶというときまさにそうである。
どちらかというと芭蕉の句は時間的認識の句が多いだろう。江戸時代は閉鎖された世界だから時間的認識に生きていたからである。
職人でも十何代とかつづいたとかあり代々技も受け継がれて変わらなかったのである。
それなりに世の中は常に変化しても現代のようには変わらなかった
その変わらないことが人心を安定させていたのである。
狭い地域でもソトとウチは明確に分かれていたのである。

現代は常にソトととの交流がありウチとの交流はかえって希薄になる、それは空間的拡大化した世界に生きているからである。
「福は内、鬼は外」というとき現代では逆である。外から福がきて内から福が来ることは少ない、豊かになるには外に絶えず視線を向けねばならないのである。
それはグローバルに世界的にそうなっているのである。

時間的認識もむずかしいが地理的空間的認識だってむずかしい
相当に旅をしないと実感できない、北海道を地理的空間的に理解するとなるとむずかしいそれだけ広いからである。おおよそ自分はその空間を認識している
人間は世界まで広がると空間認識だけで一生はたちまち終わる
それだけの時間が人間には与えられていないのである。

いづれにしろ駅にいてこの辺ではいろんな所から全国から労働者が来る
するとまず出身地を聞く、そこで地理的にイメージする
でも横浜の人が今日来ていて野馬追いのことを説明した。
では野馬追いの歴史となると平将門が相馬氏の系統なのですよと説明するとそれは時間的認識のなのである。その人は知識人でも何でも普通の労務者である
でも平将門は知っていたのである。そうなるとそこで時間的認識が生まれる、歴史をさかのぼることは時間的認識だからである。

人間はこうして常に空間的認識と時間的認識をしているのである。
外国になると時間的認識がむずかしくなるのは城があったとして私の家はこの城と関係していました、その王の子孫なのですなどと知れば時間的認識になる
そういうことは外国だとわかりにくいのである。
ただヨーロッパとかは石の遺跡がローマ時代のものが残っているから時間的認識がしやすい、日本だと木の文化であり二〇〇〇年前となると縄文時代であり柱の跡としか残っていないからである。日本では連続した歴史感覚時間感覚が磨かれないのである。

文明というとき距離を空間を征服する、現代だと蒸気機関車からはじまり飛行機になり車になりとモバイル時代になった、でも文明というときやはり時間の中で作られてきた
エジプト文明でもそうでありピラミッドには時間を感じる、ローマ帝国でも石造り煉瓦造りの建物に時間を感じる、中世のキリスト教の聖堂でもそうである
マヤ文明でも石造りの天文台のような遺跡が残る、そして異常に暦に時間にこだわる文明だったのである。こうした文明は寿命が長いのである。
千年とかもつづいているのだ、一方で遊牧民は移動することであり定着しないから文明が築かないのである。モンゴルでもそうである。
農耕文明は時間の文明だから長い寿命を保ち継続して文明を作る
遊牧民は一過性に空間を地理を拡大しても文明は残さないのである。

ただイスラム文明はそれなりにモスクとかを残している、そこは地理的空間的な商業都市として栄えたのが多い、オワシスとして貿易するのに都市が必要となり生まれた
だからそれも地理的空間的なものとして結ぶものとして作られた
だからエジプトとかマヤ文明のようなものとは違う、寿命としても短かったとなる
ISでもイスラム帝国でも過去の時間認識歴史の再興だと宣言したのは時間的認識があったでも空間的認識としてカリフ帝国の再現を夢見た
だから遊牧民地帯でも空間認識と時間認識がありそれは人間である限りどこにでもある
この二つは一体であり切り離せないからである。


結ばれる世界

すでにはるかな遠き日
フェニキア人は言葉で結ばれる
ギリシャ人はコインで結ばれる
植民都市は地中海沿岸に
ギリシャの壺のその海に沈む
点々と島々は結ばれる
オデッサの冒険の島
仙女の棲む秘められし島
魅せられて故郷への帰還は遅れる
ローマは道で結ばれる
アルプス山脈をも越えて
ヨーロッパは河で結ばれる
ハンザ同盟の商人都市
封建領主に反抗す
否が応でも空間は拡大する
それをとめることはできない
そこに新たな血が混入して活性化する
それが自然の法則である
この世は常に交じり合い生成発展する
文明の生き延びる道なり
変化しないもの交わらないものは滅びる
「挑戦」と「応戦」の中に生成発展する


現代とは二〇世紀はグローバル化して地球が地理的空間的に一体化した
ただ実際は地理的空間的認識は容易ではない、これまでは大航海時代までは世界の認識は狭かった、そこで中世的閉鎖的世界観しかなかった、それは時間的認識の世界である。
大航海時代から世界的認識が拡大したのである。
それはアメリカに波及して西部開拓となりフロンティア精神になりさらにアメリカは空間的拡大としてアジアに侵攻したのである。それは暴力的侵攻だったのである。
アジアはもともと古い、インドでも中国でもそうである。そこで培われたのは時間的認識である。地理的空間的拡大はモンゴルのジンギスハーンがあったがその後はない
それは一過性の拡大だったのである。
二〇世紀はこうして地理的空間的グローバル化の世界を作った、それも限界にきた
資本主義がゆきづまったというときもう投資するフロンティアがなくなりゆぎ詰まったのである。地理的空間的拡大のグローバル化は限界に来て終焉する
次は時間的認識の文明の再興になる、それはアジアで起こるのである
日本なら奈良時代から平安時代ような国風文化の再興なのである。

男性と女性の認識も違う、女性は定着的時間的認識になり男性は地理的空間的認識になる女性が地理が不得意だというとき道に迷うというときそうである。
男は絶えず空間を拡大してゆく、そのために大航海時代のような冒険になる
女性は土地に定着して子供産み育てるということで時間認識に生きる
だから双方の認識がずれるのだが両方の認識が必要なのである。
そういうふうに男女も作ったとなる、脳も根本的に違っているからである。
奈良時代は日本全国統一の地理的空間的拡大の世界でありその後はコ御殿にとじこるも女性文化の国風文化になったのである。
アジアは女性でありヨーロッパは欧米人はアングロサクソンは男性的文化で地理的空間的に拡大する征服文明だったのである。
だから次はアジアの時代であり女性的平和的文明が創出されるとなる
ただカルト宗教団体とか今の宗教には一切そういうものはない、政治化した物質化したかえって西欧化したものであり
キリスト教すらそうである。征服的イスラム的宗教になっていたのである
欧米文明は暴虐的文明であり特にアメリカはそうである。征服することが第一とする暴虐的文明でありそれに習ったのが日本でありそれがマイナスとして作用したのである。
ただ日本も地理的空間的拡大として太平洋戦争があったことは確かである。


2017年07月10日

駅で感じた全国との連帯感 (必ず外から来た人がいて話して感じた)


駅で感じた全国との連帯感

(必ず外から来た人がいて話して感じた)


今回の津浪や震災でいろいろあったがプラスの効果としては全国の人が仕事であれボランティアであれ集まったことであった
昨日も駅で横浜から来た人と話した、野馬追いのことを聞いたので答えた
その人は野馬追いの期間にいるから見る
野馬追いはみんなに知られて見ているわけでもない
でもここに来たらそれを意識する、宣伝にはなる

こういうことは今までなかなかなかった、全国の人が集まるということはなかった
一旦これだけの災害とかなると全国から人が集まる
その時感じるのは人間が全国的につながっているという感覚である。
駅にいると必ず外部の人がいてそのことを感じる
それはどう影響するかというと全国的につながっている、日本を意識する
外国人も来れば外国も意識する

とにかく日本人といっても何をもって日本人と感じるのか?
それを感じるのは戦争やこうした大災害のとき感じる
それは国難であり国をあげて全国から人が集まりとりくむからそうなる
ここに日本人というか日本国というかそういう大きなものを意識する

これは別に知識人だけではない、現場で働いている人も全国から来ているのだからそういうものを感じる、もともとそういうふうに広域化社会にグローバル化社会に生きていても物が入っているだけでは感じない、人間が入ってくると違ったものになる
外国人でも一人の人間がくるとその国を意識する、それが物が入るのと人が入るのとは違うものとなる

小高辺りとか他でもいろいろな人が全国から来てかかわりかえって外部の人と話して面白いと感じた書いている人がいたがそれも今までは閉鎖的な内部だけで生活していたからである。ただ外部のもの拒否する傾向が田舎には強い
でもこういう状態になるとそういう意識が変えられたとこともある
全国の人が来るし南相馬市の桜井市長が世界的に有名になったように世界的にも影響したのである
全国的にも世界的にも交流が活発化したのである。
するとこの辺の閉鎖的なマインドが心が解放して全国に目をむけるという効果はあった

自分の場合は駅でそれを経験したのである
もともと駅はそうした外部との接点の場所であり交流の場でもあった
それまではあまり意識しなかった、第一外部の人がそれほど入って来なかったからである今もまだ外部の人が来ている

そして自分が外部へ興味をもつというとき全国を隈なく旅してある地域のことをイメージできる、どこから来たかを知るとその場所がイメージできる
外国でも全部ではないにしろある程度イメージできる
やはり一回外国に行ってその地を踏むのと踏まないとの差は大きい
ネバールでも一回行ったからどういう所か実感しているからだ

いづれにし全国意識、日本意識、グローバル意識でもこの辺は大災害によって養われた
それはプラスの効果だった、マイナスとして作用することもあったがプラスの効果もあった、これだけ外部からの人が流入するということはこの辺では経験していないからであるそれで精神的に開かれた地域になったということもある
まず物だけが入ってきても世界でも日本でも目を向けることはあまりないだろう。
人間が入ってくると別なのである。

これはまた観光ではない、仕事を通じて入ってきていたから違っていた
外国の人でもそうである。観光だとただ表面だけを見て通りすぎる傾向がある
仕事となるとその土地と深くかかわることにもなる
ともかく災害が日本は本当に多い、その時必ずボランティアとか来たり自衛隊が活躍したり外部からの援助が必要になる、その時日本全国との一体感を感じるのである。
それは不幸でもプラスの面として働くのである
原発事故は別にして日本は災害が多いからそういう助け合う意識が全国的に必要な国なのである。

涼しさ(ロードが気持ちいい)


涼しさ(ロードが気持ちいい)

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涼しさやロードに走る早朝に

涼しさや夕べロードに走るかな

六号線夕日の赤く夏雲雀

五六輪薔薇に映えにき夏の月

黙(もだ)深く花に月影死者眠る



暑くて昼間ぐったりして眠くなる、早朝が涼しい、ロードに走ると気持ちいい
やはり自転車はロードに乗らないと醍醐味がわからない
それが自分の失敗だった、自転車のことがわからなかったのである。
ただロードは遠距離ようだと思ったがそうではなかった
ヤマハの電動のロード(YPJ-R)は坂を上る馬力がない、だから遠距離になるとかえって苦しい、ただ近くでスピード感を楽しむのには良かった

今は遠くに行かないから買って損はしなかった、遠くに行くと坂が多いから前の馬力がある方が役に立つ
ともかく早朝と夕方走ると涼しさを感じる、あとは暑くてぐったりして寝ていたりする
何か体に答える、この辺は涼しいにしても暑いと感じる、梅雨はどうなったのか?

墓地の前をいつも通るから花をさしていないと淋しいとなる
造花は何か嫌なのである。造花は死んだ花なのだからなんとなく嫌になる
でもそんなに花はさせないから造花にしておくのである。
それは墓とは彼岸にかかわるだけで日頃はかかわっていないのである。
それも手間になるからだ、ただ常日頃墓地が近くにある人は時々花を挿すのである。
だから墓も近くにないと活きていないということはある
ともかく死者は眠るだけである。一旦死ねばもう騒がない、語ることもない
語るのは生者だけになるのだ。

真野川の夕日の写真はいかにも暑い感じである。コンクリートだから情緒はないが木の橋だったら絵になる、浮世絵に橋の絵が多いのはそのためである。


2017年07月11日

震災原発事故の反省 (外部との絆は生まれ内部では断絶した)


震災原発事故の反省

(外部との絆は生まれ内部では断絶した)


津浪原発事故では外部からの力が大きかった、そこに絆が生まれた、原発でも避難した人たちは新潟などでは特に親切にされたとかある、ボランティアも来たり外部の人との接触があり日本という国を意識した
日本はつくづく災害列島であり天皇の役目がこうした災害を鎮める被災者を慰める役目としてあった。その災害を通じて日本人としての絆や連帯感が生まれた
ただ江戸時代辺りだと交通が発達していないのだから藩が違えば協力しえようがない
相馬藩では飯館村が飢饉になったとき藩全体で援助している
そういう歴史があり藩内だと助け合うということはあった
藩が違うと敵対関係にもなるから助け合わないのである。

交通が発達したとき関所がなくなったとき自由に日本を行き来できるようになってもそれで日本人という意識が生まれたのかとなると疑問である。
日本人として意識するようになったのは明治維新のとき西南戦争で政府軍が武士と戦ったとき国民軍となり国民意識を庶民がもつようになったという。
平民が戦って旧来の支配層の武士に勝ったからである。
その時日本国民としての軍隊が生まれたのである。それまで藩の軍であったからだ

つまり日本でもただそこに住んでいても必ずしも連帯が生まれる訳ではない
戦争は否定されるが戦争によって日本人としての意識が生まれた
それは古代では朝鮮半島をめぐっての争いがありその時日本人としての意識が生まれる
何かそうした絆とか連帯が生まれるのは戦争であれ災害であれ一致協力するときである。家族でも夫婦でも困難を共にするとき連帯が生まれる、家族でもそういう経過を経て本当の家族となる、いくら血縁でも夫婦でも親子でも家族とはなるとは限らないのである。

村でも何か連帯する、村として成立するには共同の歴史があり村が成り立つ
浪江の津島辺りは街から遠く離れているけど共同で戦後入植して切り開いたから連帯感が強いというときそうである、それは苦難をともにして連帯が生まれたのである。
連帯とか絆はそうして苦労を共にしたとかなるとき生まれる
戦国時代とかなると生きるか死ぬかの戦いでありそうなる臣従関係が強いものとなる
会社でもそうした利益だけを得るというとき強い連帯が生まれない
連帯は何かあってその過程で作られるものである。
それが歴史であり日本人としての連帯が生まれてくる

この辺の問題は外部との連帯は絆は生まれた、でも内部では絆とか連帯が生まれなかったむしろ原発事故では補償金などでもめてかえって分断されたのである。
そして内部のものはパチンコとかギャンブルで遊び外部の人が働いて復興していったのである。実際に建築土木関係は外部の力でできた、もちろんもう内部だげでは復興はできなかった。でもその時地元で復興して協力して連帯することはなかった
ただ補償金でもめて分断したのである。
苦しいときだったが協力するということもなく連帯もつちかわれなかった
ただ避難民は仮設などでそれなりに連帯感をもったことは確かである。
でもその回りのものとは連帯感をもつことはなかった

自分の一身上でも自分の病気や介護で苦しんでいたとき何の助けもなかった。だから一身上でも連帯は生まれなかった、これは自業自得だといえばそうである。
ただこの時助けられていたらやはり一身上でも連帯が生まれた
仮設の人たちには外部から常に来て援助があったがその回りには無関心だった
そしてギャンブルに興じているだけであり腹正しかった
内部の連帯というとき避難民化した人たちの内部でも補償金でもめたり故郷に残る人と残らない人の分断が生まれた
そこでは困難に一致協力するという絆や連帯がそこなわれていたのである。
その内部でも連帯は生まれなかったともなる

ただ小高の人でも外部からの人が来てその人たちは話するのが面白いというとき外部とはうまくいっていたのである。そうした矛盾は今も継続しているのである。
ともかく南相馬市として合併したがそこで津浪原発事故が起きてもしその困難に一致協力するなら市民としての連帯とか絆が生まれた、それがないから南相馬市の歴史は築かれなかったとなる、負の歴史として記されたともなる
南相馬市とか市町村の連帯でもそれは歴史的に作られるものだった
何もなくて市民としての連帯は生まれないのである。
それは家族でも困難なときに協力しなければ家族でないと同じなのである。
プラス面とマイナス面はあるゆることに生じる、マイナスと思えることもやりようによってプラスになる、困難でも一致協力して乗り越えれば強い絆が連帯感が生まれる
それはプラスとして作用する、それが内部でなかったことが反省されるのである。

内部の分断は実際は相当深刻である、順序としては内部で協力して連帯して外部の援助を受ける、そうでなければ外部の援助も有効にならないだろう。
内部で分断すれば敵にだって勝てない、だから内部の分断は戦略的に最大の効果を発する右寄りの人がしきりに左は中国韓国のスバイであり分断工作をしている
マスコミがその最大の日本分断の手先だというのもそうである。
マスコミには在日や中国のスパイが入り日本の分断工作をしている
確かにマスコミは一方的に報道が多いのである。
そして日本が分断されるとき危険なのは内戦状態になり国が滅びかねないということである。
いづれにしろこの辺でもそうした分断されてしこりが残った
それが南相馬市全体に波及する、するといくら外部からの援助があっても内部で協力関係が築かれなければ復興はできない、そもそもそこに住んでいる人が争っているのでは内部の援助には限界があるからそうなる

posted by 老鶯 at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

最近の地震頻発には法則性がある (大地震の予兆としての地震なのか?)


最近の地震頻発には法則性がある


(大地震の予兆としての地震なのか?)

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最近一カ月の地震発生の分布


ここの図がわかりやすい。

南海トラフより、先に、相模トラフ、北海道東方、あと鹿児島あたりだと思います。
2016/11/19



全国的に地震が頻発している、今日鹿児島で起きた、最近の地震は日本列島全体で起きている、九州から長野県への中央構造線と北海道から太平洋プレートにそって起きている
一昨日は福島県の沖、相馬の海が震源地で震度5弱とか起きた

確かなことは中央構造線と太平洋プレートに沿って起きていて関連があるのか?
それは東日本大震災の影響で中央構造線を刺激して熊本で大地震があり今度は今日鹿児島で震度5強があった、長野県での震度5強はやはり中央構造線沿いである。

日本列島は北海道から九州まで地殻変動が影響する、沖縄まで連続している


(最近一カ月の地震)

2017年07月11日12 : 26鹿児島湾1マグニチュード2.310km
2017年07月11日11 : 56鹿児島湾5強マグニチュード5.210km
2017年07月11日07 : 57長野県南部1マグニチュード2.410km
2017年07月10日17 : 04岩手県沖1マグニチュード3.350km
2017年07月10日02 : 02大隅半島東方沖2マグニチュード3.560km
2017年07月09日06 : 22長野県南部2マグニチュード2.510km
2017年07月09日03 : 36福島県沖2マグニチュード4.120km
2017年07月09日02 : 42択捉島南東沖1マグニチュード4.390km
2017年07月08日23 : 45トカラ列島近海

(中央構造線沿い)

2017年07月11日12 : 26鹿児島湾1マグニチュード2.310km
2017年07月11日11 : 56鹿児島湾5強マグニチュード5.210km
2017年07月11日07 : 57長野県南部1マグニチュード2.410km
2017年07月10日02 : 02大隅半島東方沖2マグニチュード3.560km
2017年07月09日06 : 22長野県南部2マグニチュード2.510km
2017年07月08日23 : 45トカラ列島近海

(太平洋プレート沿い)

2017年07月10日17 : 04岩手県沖1マグニチュード3.350km
2017年07月09日03 : 36福島県沖2マグニチュード4.120km
2017年07月09日02 : 42択捉島南東沖1マグニチュード4.390km

何かこれらの一連の地震は素人にもわかりやすい、法則性があるのか?
地震の予知はできないとなっている、プロでもわからない
でも最近頻発する地震は何か法則性があるのか?
それは次の大地震の予兆なのか?

東北の太平洋岸にも大きな余震が来る可能性がある、それは頻発する地震が予兆なのか?
そして暑いということも地震が起こり安くしている
3・11の東北の地震の前の年の時も異常に暑かったのである。
関東大震災の前も異常な暑さがあった、するとその暑さが近くに影響することはありうる大地があたためられて動きやすくなるのか?

ともかく地震は予知できないとしても最近の地震の頻発はやはり大地震の前兆として起きているのかもしれない、地震が多すぎるしそれが素人でもわかりやすい分布があり
その予測する所に起きているからである。

posted by 老鶯 at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2017年07月12日

今日10時56分に宮城県で震度3の地震 (頻発する地震は次の大地震の予兆)


今日10時56分に宮城県で震度3の地震


頻発する地震は次の大地震の予兆



相馬地域も一瞬ゆれた、でも気づかれないほど、震度1にもなっていないだろう。

ともかく地震が頻発している、この地震の起こる頻度が多すぎる

だからこれらの地震が大地震の前兆なのかとなる

弱い地震でも頻発するのは絶えず地下で地殻変動が起きているからなのか?


東北の太平洋岸と中央構造線にそって頻発している

今情報は気象庁のサイトで見た、テレビではなかった

これだけ地震が多いということをあまり経験していない


地震が起きる間隔が短すぎる!


慶長時代もこうして地震が連続した

大きな地殻変動が東日本大震災で起こり継続している

ただそこで綿密な計測はなかっため予兆できなかった

やはり大地震の前兆なのか?


小さな揺れでもそれが頻発するときは危険になる

東日本大震災でも震源地は小さな地震が頻発していた

それが見逃されていたのだ

これだけ地震が頻発することは警戒しなければならない

ただどこで大地震が起きるかわからない

でも近々か起きるかもしれない

巨大なエネルギーを放出する時が来ている

その後にまたおさまる

今はそういう時期なのだろう


地球的スケールで、地質活動が活発化しているのか?

 地質活動が活発化することがあっても、それは現象としては百年、二百年の単位の内に活発化が顕在してくるものであって、普通の人間生活の中では通常捉えられないものである。それが人間の皮膚感覚で明確に捉えられるような、数日の内に活発化してくるというのは、常識を遥かに超えている

 東北は今、余震も頻発し非常に困難な状況だが、今後、非常に長期間にわたって同規模の地震が発生することはない。余震が収まれば、安定した時期に入るので、安心して通常の経済活動が行える状態になる。

東北地方はあれだけの地震が起きたのだから大きな地震や津浪は起きないとしている
それでかえって安心することがある

一番危険なのは三浦半島辺りだとしている、中央構造線と東北き太平洋岸沿いに地震が頻発しているからだ、南海トラフも危険だとしている
つまりこの次の大地震は南海トラフとか東京近辺が危険だとしている
何かそれが規則的に起きているから当たるのかとも思う

今回はこんなに地震が頻発することは素人でも予測される、それほど地震が多すぎるからだ。  

posted by 老鶯 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係