2017年06月22日

変わらぬ石(詩)-橲原(じさばら)への道 (写真からよみとれるもの)


変わらぬ石(詩)-橲原(じさばら)への道

(写真からよみとれるもの)

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今日はここに小さな石があった、これは孫石となづけた

そして一方の道は家に通じているのがいい

ここに人が住んでいるのがなんともいえぬ人間的なものを生みだしている

道が曲がっているのもいいのである。

人間が住んでこの石も生きているのである

それは写真を見て発見したのである。

だから写真には奥深いものがある

デジタル時代は写真の時代であり写真の芸術の時代である。

人間はなんでもない普通の場所に何か深いものがある

それがなかなか住んでいて発見できないのである。

これは英語にするとこうなるかもしれない

The stone on the way at home

在宅して、在宅日で、自国で、本国で、気楽に、くつろいで、(…に)慣れて、精通して、熟達して、ホームグラウンドで

この家に通じる道はそういう感じなのである。なんでもないがこれは人が住んでいるからなのだ
前に八木沢峠の下の大葦とかに住んでいた家の道も空家になったが
人が住んでいたということで at homeに感じたのである。
人のぬくもりを感じた道になっていたのである。
それはなんともいえぬ不思議な感覚である。


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立目石から菖蒲が咲いているのが見える

写真で見ると大きな石に見えるから不思議である。

違った表情の石に見える

そこに写真の不思議がある

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浪江の高瀬川近くの石-皺のように表面がなっている
それで皺石と名付けた
これは一回しか見てないけどいい石である。
これも人が住んでいないと活きないのである。

変わらぬ石

木陰の道が通じている
山の奥の村に
そこに一つの石がある
その石は変わらずある
確かに変わらずある
そこに安らぎがある
奥の村に変わらず
その石はある
どっしりと動かずある
そこに留まり安らぐ
菖蒲が木隠れに咲いている
昔のままにある村
そこに老いれば安らぐ
そこに石のように眠りたい
変わることに疲れる
変わらぬものに安心がある
深い安らぎがある


橲原の方に行った、木陰の道がつづいていて気持ちいい、ただあそこも変わった、高速ができたことが一番変わった、その影響も大きい、前の感覚は高速ができて相当に変わった隠された村のようにあったがそういう感じではない
一つの道路ができたりソーラーパネルとかできると相当に感覚的に変わる

最近この辺では変わることに疲れていないだろうか?
特に避難解除になった小高とか浪江とか変わりすぎたのである。
今まであったものがなくなる、街すらなくなる、村もなくなるということが信じられない想像すらできないことだった
津浪と原発事故はあまりもにも大きな変化であり対処できないのである。
特に老人は変化に弱いから対処できない

要するに変わらない石のように安らぎたいとなる
そこに変わらない石があることが救いなのである。
自分がテーマとしたの石が多い、だから石の詩は百くらいすでに書いているのである。

道でも木陰が反映される道は安らぐ、道が広いとまた違ってくる、木陰が反映しにくいのである。だから小池の道は脇道の方が木陰があり涼しい
でもあそこはダンプが通るから危険なのである。
道一杯にダンプが通る、この辺はいつになったら元の平穏な世界にもどるのかと思う

ただそれで小池のコモドインのホテルで今日もランチのカレーライスを食べたのである。橲原の立目石は鹿島区では象徴的な石である。
浪江では一回だけ見た石は「皺石」となづけたけどあれもいい石だった
でも浪江には人は住んでいないからその石も活きないのである。
自然でも人が住むと人間化した石になるのである。
それは庭の石がそうである。今避難解除された区域でも空家が多い
すると庭の石を見ると淋しい感じになる、なんともいえぬ寂寥感がある
それは近くの空家の庭の石でもそうなのである。
一端人が住む石まで人間化していたからそう感じたのである。

浪江の皺石(詩) (一つの石の存在感についての考察)

入国管理局に携帯で連絡 (外国人労働者が入ってきている)


入国管理局に携帯で連絡

(外国人労働者が入ってきている)

携帯でしきりに入管と言っていた人がいたので聞いてみた
入国管理局のことであり外人を労働者として斡旋している人だった
この辺には外国人がかなり入ってきているという、それはわかっていた。

ネバール人とベトナム人とスリランカ人とはこの辺であった。
スリランカ人は色が黒い、イスラム教徒らしい。
スリランカにはヒンドー教徒とイスラム教とキリスト教徒がいる
外国に行くと宗教で色分けすることになる
だから無宗教とは書けないのである。
宗教がアイディンティティになるからそうなる

スリランカは相当にすでに発展している、十数年前とは違っている
現代は十年たつとめまぐるしく変わる
中国でもそうだし遅れいてると思っているが中国では富裕層が日本より多いのである。
日本が貧困化しているのである。スリランカでは内戦が終わりGDPはタイの次になっている観光業も伸びている、英語が通じるので行き安いからである。

スリランカの人は外国人でもみんなスマホをもっているのが違っている
なぜスマホをもっているのか?それはアジアでは最初に携帯が普及してスマホになったのである。
こうして発展しているとなるとなぜ日本に来ているきかとなる
日本がそんなに稼げる場所にならなくなっているからだ
ベトナムとかネバールはまだ所得が低いから来るのはわかるが発展した国から日本に来て稼げるのかとなると今は疑問である。

つくづくこの世の中は変化している、「三日見ぬ間の桜かな」である
介護十年していたら一昔になった。その間に変化したのである。
介護しているとき介護している人に注意が向くので外に関心がもてなくっていたのだ。
インドには行ったがスリランカには行っていない
英語をしゃべれると外国人でもコミニケーションが多少とれるから楽になる
中国語は全く発音がわからないからしゃべることができないのである。
中学英語のレベルでも英語が通じると通じない差が大きいのである。
ただ英語の勉強するのには留学したからといってすぐに上達はしないというのもわかる
その前に英語の実力をつけていると相当に上達していただろう。

自分は暑いところが苦手だったから今になると行きたくない、何か暑い所にいると体が弱る、胃が必ず悪くなるのである。それでタイではひどい目にあった
だから暑い所には行きたくないのである。
なんか旅行もしたくなくなった、人ごみの中にいるのが嫌になった
介護十年して急に老けたとなる

最近駅ではあまり仕事がない、乗車証明書というのをとるのをわからない人がいたので案内していたがそれも地元の人は覚えた
盲人を導く仕事があったがその盲人とも会わない、昨日二時ころ行ったが来てなかった。毎日来るというわてではないらしい。
ただ盲人が東京辺りでホームに転倒して何人か死んでいる
東京だったら混んでいるから余計に危険になる

電車に乗るのに急ぐため危険になるのだ。もし五分くらいとまればゆっくり行ける
すると安全だとなる、早く乗らねばならないとなると盲人には危険になるのだ。
日本は時刻に正確だけど一分一秒も遅れないけどそれが盲人にとってはいいものではなかった。外国では時間にルーズだからである。
高齢化社会になるとスロー社会がいいというけどまさに日本の社会はスピード社会になっているから高齢者には住みずらいのである。

また認知症の人にも日本では本当に住みにくい、機械類が全く操作できないとか近くで迷うとかになり空間認識でとないというとき慣れ親しんだ世界にいるのがいいからだ
いつも見慣れた人とか見慣れた場だとわかるし迷わないからである。
認知症の人にとって変わることが一番苦手になるからだ
認知症になっても江戸時代だったらいつも見慣れた狭い世界で生きているから楽だったろう。盲人も都会では苦しくなる、棒をついて点として認識しているらしい
そういう世界に生きていることは健常者にはイメージできないのである。
試しに目隠して歩くとなると本当に恐怖になるだろう。頼りになるのがブロックを杖でついて点として認識してゆく、それを想像したら本当に怖いとなる

ともかくなんらか駅に行っても仕事がないとつまらないとなる、なぜボランティアが仕事も求めてもないのかとなると仕事をするとなるとやはり社員のように常時勤めていなければならない、時たまきまぐれに来るようでは仕事する仲間とならないからである。
ボランティアを受け入れる方でもめんどうだとなるからだ
それでただ祭りを見に歩いている猫背になて歩いている女性はボランティアを断れたというのもわかる、そもそもその人は何もできない女性だったのである

抽象画(山の千態万様)


抽象画(山の千態万様)

I am surprised at a mountain changing variously, the transforming mountain


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flaming mountain

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未踏の山-demon mountain   Untrodden mountain

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The mountain which shines in the setting sun after rain

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noble mountains

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twilight mountains



実際の山はこんなふうにいろいろあるものとして見ていない、考えてみれば実際の山は本当はどこの山でも違っている、山だけで地球上でも見れるものではない
ヒマラヤなどは一回見ただけあるし日本だって山が多くたって見れない
だから抽象画にするとこんな山があるのかと自分で作っていても不思議になる

これは一つのソフトから作ったものでありその行程は決まったものである。
ただこのソフトから一番抽象画が作りやすいのである。
だからこのフソトから技術から大量の抽象画が生まれるのである。
これはだからコンピュターが作り出した芸術なのである。


It becomes mysterious even if I make it with whether there is such a mountain when I do it to an abstract picture because the real mountain watched the Himalayas which are not the thing which can watch even the face of the Earth only in the mountain which even what mountain is actually different in once if I think, and there is it and cannot watch even Japan even if there are many mountains oneself who does not watch it as the thing that there is the real mountain in various ways in this way

This made it from one software, and the trip was decided.
It is easy to only make an abstract picture from this software most.
Therefore a large quantity of abstract pictures come out of a technique from this software.
Therefore this is the art that computer created