2017年06月03日

駅の燕の巣の問題 (駅の自動化無人化でも問題が起きる)


駅の燕の巣の問題


駅の自動化無人化でも問題が起きる



駅前ツバメの巣駆除、ヒナ落下死…利用者の前で 

 相模原市緑区のJR相模湖駅前で先月27日、バス・タクシー乗り場の屋根にあったツバメの巣を、駅職員が利用者の目の前で棒を使って壊し、落ちたヒナ1羽が死んでいたことが2日、わかった。 

 鳥獣保護管理法違反の可能性もあり、JR東日本は「配慮が足りなかった」と認めている。 

 同社などによると、巣は高さ約3メートルの屋根の下にあり、「フンが汚い」という苦情を受け、職員2人が周辺の蛍光灯や壁の汚れを清掃した際、ツバメを追い払うために巣を壊した。 
 巣は半分ほど残り、今もツバメがやって来るという。 
 
増える無人駅、障害者不安 後絶たぬ転落事故  

2017/2/16 1:11日本経済新聞 電子版

 目の不自由な人が駅のホームから転落する事故が相次ぐなか、各地で進む「駅の無人化」の見直しを求める声が広がっている。鉄道会社はコスト削減のため有人駅の絞り込みを急いでいるが、障害者団体などは「安全性への不安が高まり、移動範囲が制限される」と反発。鉄道会社に改善を求める要望書を提出する動きも出始めた。


 
 完成する前に壊せば別の所に行く 
それは誰からも攻められない

JRは鳥の巣に関しては一番よく知ってる会社 
メンテ関係の仕事してる友人いるがJRから巣をみつけたら 
卵と雛を確認していたら絶対に触るなと周知されてる 
運行に危険な場所の場合は専門の駆除業者に頼みそれ以外は 
巣立つまで待つがスタンス 


うちにもつばめの巣つくってほしいけど 
民家じゃなく商家に作るんだよな 
人の出入りが多いから 
賢いな、つばめ


今駅で困っているのが燕が駅舎の中に巣を作り汚れることである。すでに三つ巣を作り壊した、今日も駅員が来て壊した、それを自分が連絡したのである。
乗客は連絡していない、ただ駅員が見回りにきて壊した時もあった
そこで巣を作れないように網などをかぶせたが監視カメラの上に作ったり今度は壁にまで作った、それを今日壊したらまたその壊した壁の所に作ろうとしていた

駅舎の中は安全である。人が出入りするし建物の中のだから安全なのである。
壊して掃除した駅員はしきりにかわいそうなんですよと言っていたのと燕の巣は害になるからといって壊せない場合があると言っていた。
「鳥獣保護法」で燕は守られているからだ。

燕は巣を作る場所に苦心していることは確かである。あそこに三回巣を作りそれでも巣を作ろうとしていたからである。
この解決方法は戸を閉めることである。でもそれができないと駅員は言っていた。
乗客は開けたままにしておく、駅員がいないので無人駅になると誰も管理する人がいないから困る、だから無人駅とか無人化を何でも目指しているが必ず何か困ることが起きる
だから自動化しても機械化しても人間の労働がなくならないと思えないのである。
労働の質が変わるだけなのである。

こういうニュースはインターネットで読めるからいい、同じことで困っている人が必ずいるから探せる、これはただ偶然に見つけたのである。

ともかく駅というのは公共的な場でもある、人々が集う場であることもわかった。
それが実は子供から老人から男女関係なく集う、行き交う場所である。
障害者も交じる場でもある、現実に盲目の人が通っていて案内したからである。
それから外からくる人とも交わる場でありそのことを書いてきた

今日来たのは新潟の人であり新潟は低い土地が多いから津波が来たら被害が大きいと言っていた。新潟の潟は湿地帯であったところである。そういう地名がついているから低い土地であ。新潟の人はこの辺からも避難した人が世話になり待遇が良かったとみんな言っていた。それは新潟で地震があり被害があったとき助けられたからだと言っていた
そういう経験するとそうなる、この辺もそういうことがあるから経験を積んだから外で災害があったりすると助けるという意識が生まれようになったかもしれない。
でも新潟はそもそも情がある場なのかもしれない、新潟に避難した人が多かったこともある。

現代に欠けているのはこうしてあらゆる世代の人とか外部の人とか障害者でも集まる場がない、子供が年代で学校に隔離されるし老人も老人ホームに隔離される、障害者は障害者で隔離される、何かみんな別々に分類されてあらゆる人が集まる行き交う場所がないのである。何かそれが現代的非人間的ものを産み出している。
駅では燕であれ動物まで関係していたということである。

無人駅でも自動ドア化すれば燕が入れないようにできるかもしれない、今は夏であり開けたままにすることが多いからである。それで半開きくらいにしておいた。
でもまた開けるから同じである。
無人駅でもこうして何かかにかやることがあり問題が起きる、だからこれは何でも自動化できないことなのである。そこに人間の手が加わり人間の愛が加わり活きてくる
だからAI化で仕事を失うことはありえないと思う、人間の仕事の質が変わってくる
それはより人間的な仕事になる

野村総合研究所によると、「芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など抽象的な概念を整理創出するための知識が要求される職業」や「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業」は、人工知能やロボットで置き換えるのが難しい職業になる

この辺はどうしても人間でしかできないのである。自分のやっていることはとても機械ではコンピューターではできない、ただ抽象画はコンピューターがしているから芸術の分野でもAI化は影響するのである。

「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業」

この部分は人間の仕事として残る、例えば医者でもコンーピューが診断すにしても患者とのコミニケーションとか大事になるし看護師にしてもいたわる心が必要とされるからその仕事の質が変わっても残る、別にAI化は悪いことだけとはならないのである。
情報はこうした卑近なものでも拡大している、このニュースに関心をもった人が多かったということである。

盲人の人が通っていて自分が乗車するのを助けた、自分で案内してみて電車にのことは盲人にとって危険なことを知った、だから盲人団体から無人駅の見直しを求めるというのもわかる、ただ盲人はこの辺では本当に少ない、自分が目にしたのは一人だけである。
人一人駅員として置くだけでもコストがかかる、だからJRでもコスト削減するから無人駅が増えるのである。
でもこれでわかるように人間は何でも自動化無人化できないのである。



原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ (福島民報は県が50パーセント出資している官報だった)


原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ

福島民報は県が50パーセント出資している官報だった


日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ

日本は戦争に負ける

原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない

原発事故は起きる

ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ

トランプは勝つ


人間の心理として何か常に洗脳されることがある、それはメデアを通じて成される
カルト宗教団体でも洗脳が常に行われている、それは宗教とは関係ない、洗脳なのである嘘も百回言えば真実になるとか洗脳として行われる
それでナチスがゲッベルスがその洗脳を担当したのである。

洗脳というときむずかしいことは言わないことである。大衆を洗脳するにはむずかしいことを言っても通じないからである。
戦争が悪いとか戦争がしていいのかとかそうした疑いをもたせない
ただ戦争は勝つと唱えさせていればいいのである。

原発で安全神話が形成されたのもその安全の中味については問わせない洗脳だったのである。
それはマスメデアを通じて成されていたのである。

福島民報が県で50パーセント出資しているとかでもわかる、県は国と結びつきその安全神話を作った側だったのである。福島民報は聖教新聞も刷っているから全く権力側につくから国とか県側につく洗脳メデアなのである。
なんか自主避難でも福島民友は同調しているが福島民報は県の方針に国の方針にそって帰還するべきだと言うだけだとなっている
別に自分は自主避難は何なのか?放射線量がそれほど高くないのになぜ避難するのかのみこめないことがあった、だから自主避難には疑問をもっている
ただそれでも自主避難はだめだということがあってもそれ一方になることがメデアの問題なのである。だから福島民報と福島民友で違った意見になることはいいことなのである。それが常に民主主義なのである。必ず賛成するものと反対するものがある
その両方を取り上げることが民主主義だからである。

ともかく大衆を操作するには洗脳が効果的なのである。だからナチスがラジオによって洗脳されたという時もそうである。ラジオがそんなに効果があったのかと今では思う
テレビはそれより効果的だからである。
テレビで原発が安全でないとか放送されていただろうか?
例えば本は原発は安全ではない、危険だと警告する人がいた、原発は東京に作るべきだという本を出した人がいた、なんかその時自分は近くに原発があるのに関心がなかった
関心をもたされなかったともなる
その本をなぜ自分はSF小説のように見ていた、空想の世界だと思っていたのである
それもそういうふうに洗脳されていたからだともなる
原発が危険だと言う人はいたし本も出されていても関心がない注目されなかった
それは科学的にも科学者でも原発の安全性に疑問をもつ学者はいたのである。
でも「安全神話」は権力で持って強固に作られていたから洗脳されていたから疑問をもつことさえゆるされなかったのである。

マスメデアは全部左寄りでも朝日新聞でも東電に事故が起きたとき幹部が招待されていたように安全神話に加担していた、福島民報も民友もそうである。
ジャーナリズムとは何か?そのことも原発事故で問われた
ジャーナリズムは本当は権力を監視するものがベースにある
常に本当は反権力の立場にたたなければならない、なぜなら権力をもつものを監視するものとして三権分立が生まれた、マスコミもまたその権力を監視するものとしてあらねばならない、権力は危険なものだからそうなる、権力をもつと人間はその権力に魅せられる
なぜなら権力によって人を支配できるからだ、それで裏で金を操作しでこの世を支配しているのがロスチャイルドとかロックフェラーだとかユダヤ人とかなんとか陰謀論になる
それは現代の最大の権力が金になっているからである。

例えば反権力というときカルト宗教団体も実際は監視しなければならないものである。
なぜなら創価でもそうだが政治家して権力を追求しているだけだからである。
会員を増やすのも権力をえるためでありそれ意外なにもない、宗教的改心とかそんなことを言っていたら誰も入らないだろう。そんなめんどうなことではない、ただ得しますよ、ご利益がありますよという利益を説くだけだから入るのである。
だから宗教団体はみんなうさん臭いのである。政治にかかわりそこで権力を操作する側になり利益を得ようとするだけなのである。政治家もただそこが票になるから利用するだけなのである。

マスメデアにしてもそうした巨大な権力側につく、監視する側ではない、国とか県側につき大衆を洗脳する操作する側につくのである。だからそこにもうジャーナリズムとして期待するものは何もない、ただの官報にすぎないのである。
実際に県が50パーセント出資しているのだし聖教新聞も刷っているし東電などからの宣伝費も入っているとなるとそれは何なのだとなる
だから県民でもそんな新聞に何を期待するのか?
原発事故を起こした原因はマスメデアにもあった、そのマスメデアはもともと大衆洗脳のためのマスメデアだったのである。

まずニュースとしてもとりあげるものととりあげないものがある。
原発では度々小さな事故があってもその報道は小さいものとなり何か危険を喚起しない
みんなもの関心をひかないのである。
要するに原子力のことがわからなくても

原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ

こういうふうに見出しでも目立つようにしていれば大衆でも危険を感じるようになったかもしれない、そういうこが心理的にあるのだ
それがただ安全だ安全だというものしか目にしないし危険だということはおさえられていたのである
マスメデアが宣伝費が成り立つとき出資者が県が50パーセンとなのだから当然だとなる
だからみんなのための報道というとき何なのかとなる
そんなものを作り出せるのかとなる、でもそういう報道がないとするとどうなるのか?
前の戦争のように300百万人死んだとか、今回のようなとりかえしつかないものとなる
その被害が民衆に及ぶ、それを今みんな実際に被害者となっているからこの辺ではなぜ原発事故が起きたのかを真剣に考えて反省せざるをえなくなっているのである。

その責任の大きなものがマスメデアにもあったからだ
マスメデア側にしても自分たちはただの民間の一会社でしかない、だから利益をあげて穏便であればいいともなる
つまりマスメデアでもメデアは民衆の側でそうした権力の監視を真実の報道を望まなければ生まれないとなる、だから民主主義でも民衆側が賢くならなければ機能しないのである
技術的にインターネットなどが生まれてそういう反権力の報道も可能になっているが洗脳メデアとしてまだマスコミは力をもっているのである。
だからトランプがどうであれマスコミがあれだけ批判していたのに大統領に当選したことは画期的なことだったのである。
何かその後のトランプ大統領を弾劾するとかのニュースでもアメリカの方が権力を監視するということではその機能を発揮している、日本では非常にそうしたマスメデアの自立性がないのである。