2017年05月26日

県庁を廃止して市が直接国と対話する ( 廃藩置は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった)


県庁を廃止して市が直接国と対話する

廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった

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インターネットでは本とかの解説が多くなり映画でも誰かが解説しているからその時その映画をアマゾンで注文して見たりする「アレキサンドリア」という映画をアマゾンで見たアレキサンドリアには自分も行ったことがある、エジフト文明の最後の場所でクレオパトラの時代でありローマにより滅ぼされた
関連したものでアレキサンドリアの映画が即座に見れた

今回の解説する雑誌はサピオと中央公論である。

中央公論で30万都市を日本全国に(村上誠一郎)

県庁を廃止して市が直接国と対話する

今議論されている道州制より、30万、40万の市を日本に300くらい作る、国と直接対話した方がよほど効率的である

県庁、道州制の「州庁」は必要ない、市が直接国と対話してこれがたりないから予算くれなどとやったほうがよっぽど早いんですよ

台風で被害を受けた伊豆大島でお年寄りに避難を呼びかけても応じない人が多い
そういう人たちに国や地方自治体が移れといえますか?
民主主義の国である限りそこに住みたい人は住ませてあげるほかないのです


このことで原発がなぜ建てられたのか?
それが双葉とか大熊の土地所有者と県の許可で決められたと言われる
県が介在した結果として変な方向にもっていかれた
そこに最も身近になる南相馬市とかいわき市はかかわられなかったということである。
国と県が結びついて肝心のその周辺都市の意向は省かれたのである。
おそらく県で決めたというとき福島市は距離的に50qから60qと離れているから原発事故になっても関係ないと思っていたのである。
それは自分の町も30q離れているから関係ないのかと思っていたからだ。
それか意外と福島市は放射線量が浜通りの海側より高かかったのである。
これも何かの罰だったのか、カルマだったのか因縁だったのかとなる

というのは福島市も放射性物質は風でどこに流れるかわからない、危険なんだよとなれば簡単に許可しないからである。福島市の人たちもかかわり原発を建てさせないとなっていたからである。そういう危機感は全くないから県で許可したのである。

そもそも明治維新の廃藩置県は無理な行政単位でありそれが弊害を生んだ、だから自分は江戸時代のことを良くとりあげるけどその江戸時代が遅れた前近代的なものとしてみる
でもよくよく比べてみると江戸時代に現代に失われたものがかえってそこにあり現代がおかしいなと言うとき江戸時代と比べると見えてくるものがある。
近代化とは様々な弊害を生んだ、その大元が廃藩置県にもあったのである。
それは無理な線引きで日本全国を分割したからである。

だからむしろ江戸時代の藩こそが自然を基にして歴史を作ってきたからそこにこそ自治体のよるべき習うべき継続すべきものがあった。県にはそうした歴史が積み重ねられていないのだ。県というのは単位が大きすぎから政治でも行政でも地域密着型になりにくいのである。何か本当に不自然なのである。

福島県は最初は会津県とか二本松県とか磐城県とかの構想があった。それは江戸時代の藩の継続としての県だったのである。だから福島県というのは不自然である。それは日本全国の県というのは不自然である、それは自然としてもアイディンティティをもてない広さである。会津とかは気候でも地勢とか浜通りとはまるで違ったものだからである。
文化形成も違ったものとなるし歴史の継続としてもそうである。

福島県は会津県、二本松県、磐城県とかなった方がわかりやすいし歴史的継続もあったのである。それは風土的にも一体感がもてる地域だったのである。
そして選挙区でも福島一区が相馬の方までありそこは阿武隈山脈でさえぎられているから地理的一体感がないのである。福島市と仙台より交通の便でも遠くなるのである。

地方自治というとき今は30万くらいの単位だとその土地に密着した政治でも行政でも文化面だってできる、県単位では県の歌を作るにしても会津も中通りも浜通りもあればそれらをふくんだ地域として作れないのである。
人間が身体と感じる範囲はやはりめんなに広くてはできない、ちょうど相馬藩くらいが範囲としては適当だとなる、会津は広いが一つの山国として地理的一体感がある。

原発は浜通りにとって一番身近なものだった、いわき市と南相馬市と相馬市でもそうだし浪江町とか双葉町とかは相馬藩内だからその辺も合併して広域化した市がかかわり決めるべきものだったのであ。その時は県ではなく国と直接交渉すべきだったのである。
県というのは自治体ではないから地に足をつけていない、だから簡単に離れているという感覚で許可したともなる、自治体とは市町村はその土地に継続して生きるものによって作られる、それは自然でも歴史でも継続したものとしてある

だからつくづく廃藩置県は不自然であり今になりまた江戸時代のことを見直すことになるそこに継続されるべきものがなかった、藩の継続というとき30万くらいの都市として市として継続してゆくことであった
そこで住民自治体が形成される、原発でもそうしたら30万の都市の内で検討された
一区画の土地所有者とか双葉とか大熊とかの町だけではない南相馬市でもいわき市でも検討される重大な課題としてとりくむ、事故後に現実にいわき市でも南相馬市でもその後始末をさせられる結果になったからである。
特にいわき市は二万人移住したとなりそこで軋轢が生まれたからである。
南相馬市でも復興住宅が建ち浪江の人でも他でも2000人くらい入ってくるようになった
まさにすでに現実はもう浪江とか双葉とかてはない、広域的な都市の住民となったのである。


posted by 老鶯 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

南相馬市の10年後2030年の恐怖 すでに南相馬市では65歳以上が33パーセント 南相馬市の10年後2030年の恐怖 (すでに南相馬市では65歳以上が33パーセント)


南相馬市の10年後2030年の恐怖


すでに南相馬市では65歳以上が33パーセント

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2030年には約1.8人で1人を扶養することになることを意味している。

首都圏以外の地方経済はますます地盤沈下が続き、行政サービスを維持できない限界集落が急速に増加。車を運転できなくなった高齢者世帯は、買い物難民・通院難民と化している。地方自治体は、経済特区による企業誘致やサービス効率化のためのコンパクトシティなどを推進しているが、税収不足もあって思うように進まない

日本の大企業は年間1200社ペースで減っている。このまま進むと、あと15年程度で大企業はなくなる。これは大企業の税率が高いためで、先日1200億円の資本金を1億円にしようとしたシャープも、税金を何とかやすくしたかったからの奇策だった。


南相馬市の65歳以上人口は29.4%(19072人/64941人)、実人口ベースで33.2% (16485人/49664人)となった。

介護負担が大きい郷里に戻ることを躊躇する若年世代が増えることが予想される。



インターネットで調べたら何か2030年の未来像がイメージできた。

日本の大企業は年間1200社ペースで減っている

10年後にそうなのとなるが現実に東芝やシャープとか電器関係でそうなっている
あんな大企業だったのが消滅するなど考えられなかった
大企業が安泰ではない終身雇用などもうなくなっている
大企業から革新的技術革命がないというのもそれに呼応している
でも今でも大企業信仰があり受験でもそのために勉強している
するとそうした旧来の勉強方法とか安全志向とういうかそういものを目指していても
無駄だとなる、darkness duoでは盛んにそのことを言っている。
ただそれが10年後というのは早いと感じるが現実に大企業が没落しているのを見ているからそうなのかとなる
そもそも年間1200社の大企業が減っている?こうなったら日本社会自体が崩壊してゆくような恐怖になる、統計だけからはわかりにくいものがある。
数字だけが先行して内容がよくつかめないからである。
ただ大企業が日本の屋台骨であったからその影響は計り知れないとなる

南相馬市とか原発事故周辺は何かそうした日本の衰退を先取りした極端化した地域であるただ奇妙なことは補償金で例えば飯館村とか葛尾村でも一般的に倍の所得増加に今はなっているのである。この辺は補償金バブルになっている
それがいつまでつづくのか、5年なのか10年なのか?その頃に補償金の貯えもなくなってくる。すると仕事がこの辺になるのかとなる
浪江町から復興住宅に南相馬市で2000人くらい移住しているかもしれない
南相馬市ではそういう人たちを人口に入れていないから実際は南相馬市の現在住んでいる人は外部の工事関係者も入ってきているので減っていないのである。
鹿島区の人口はそうした浪江とかの移住者がいて増えている、ただ戸籍がないから人口に数えられないだけなのである。

高齢化でもこの辺は極端である、33パーセントとはすでに2030年の日本と同じなのである
車を運転できなくなった高齢者世帯は、買い物難民・通院難民と化している。

今でも80くらいの人が運転している、これも運転するのが危険になる、90歳でも運転しているのが田舎の実情なのである。これもだから危険になる
車社会は高齢化社会に向いていないのである。そこで何らかの対策が必要になる
高齢化社会向きのインフラ整備が必要になる、鉄道などやバスの利用が必要になる
仮設住宅から小型のバスが出ていたり9人乗りのタクシーとかそうしたものの利用を促進する必要がでてくる

介護負担が大きい郷里に戻ることを躊躇する若年世代が増えることが予想される。

若い世代の流出というとき何か姑と一緒にいるのが嫁が嫌だから出る、それに文句は言えない、放射能のことをもちだせば何も老人は言えないからだ
すでに若い世代との生活は別になっているのだ
原町の復興団地に入った人は子供世代は東京に出た、多摩地区だとか言っていた
すでに孫は六年がすぎて中学高校をそこで学んでその土地に就職した
妻もそこで暮らしているという、その人たちは帰ってこないのである。
そこは川崎市であり川崎市は人口が増えている
ボランティアで来た人がいたけどこの辺とは全然違った都会である。

武蔵小杉が住みたい街に選ばれるのは訪れた人がみんな街の雰囲気の良さに圧倒されるんだよ。 
住民が若い!! 
日本中で見かける手押し車の婆が武蔵小杉では全部ベビーカーの若い女に変わる。

川崎市とか横浜市は人口が増えるが埼玉とか千葉は減少してゆくことはやはり距離の関係だろう。川崎市は東京に40分とかそれより近いからである。

この辺で乳母車を押している人より手押し車押している老婆が多い
65歳以上が3割ということは三人に一人が65歳以上なのである。
老人と会う確率がそれだけ多いのである。若い人がみかけるのは駅で高校生であり
通学の中学生と小学生が駅前を通る時くらいである。
あとは老人が多いのである。
その相違は大きい、団塊の世代が子供時代は子供であふれていたし若い人の熱気で満ちていたのである。

この辺は何か何でも極端な現象として現れている、ただ東京でも高齢化の増加率を見ると一番高いのである。東京ではだから伊豆に杉並区が老人ホームを作ったようにそこにうば捨て山のようにして入れる、都内だと土地が高いとかで作れないからである。
この東京の高齢化も大きな問題となる。その数が多いからとても東京だけで解決しなくなっているのだ。
でもそうした過疎地域に老人ホームができても活性化するかとなると問題がある。
そもそも老人の介護を若い人がするのが向いていないのである。
なんか死んでゆく人間を若い人が見ているのはそぐわないのである。
もっと別なものにそのエネルギーを費やすべきだと思うからである。

いづれにしろ2030年というとまだ自分も生きている可能性が確率的に大きい、その時のことをこの辺の実情から見ると恐怖になる
今は震災バブルのように補償金とか工事関係者とかで活気がある。でもそれも減ってきているし2030年になったらどうなるのか?
相当にさびれてしまうだろう。
そして今でもそうなように病院でも看護師不足とか介護士不足とかが深刻なのである。
すると救急車も来ないとか病院に入院できない、施設にも入れないとかなる
それは全国的に起きてくるがこの辺は極端でありさらに深刻になる
そして流出した若い世代はもう生活が別になり介護したくないとなり余計に帰ってこなくなる
つまりうば捨て山のようにこの辺がなるかもしれない、それだけ取り残された老人が多いからである。

ただ自分は都会には性格的に向いていない、田舎で精神が安定する、だから別に都会のような便利な生活を特にしたいとは思わない、今は通販などあるから文化的な面でも本でもそれから映画でもアマゾンで安く見れるのには驚いた。一回の視聴だけど安く見れる
こうしてインターネットは東京との文化格差を縮小したのである。
むしろ文化というとき何度も言っているけど地方からしか起こらない、自然から離れて文化はないからである。
ただ又同時に田舎でも都会的なものが必要なのである、活気をもたらすためにはやはりまた老人がこれだけ多いとなるとアンパランスになるのである。

年金30パーセント減額

消費税20パーセント

預金封鎖?

何か経済的にも老人には厳しくなる、物価が上がることは年金とか貯金の人は苦しくなるからだ。
何かいい未来は見えてこない、とういうより老人は未来より過去に生きているのでまた別である。
ただこうした10年後でも予測はどうなるかわからない
もっと深刻になるかもしれないしまた何か別なことが起きて違った未来になっているかもしれない
ただ人口的な面から見る未来はやはり現実をリアルに反映する
避難区域で二割にくらいの人口しかもどっていない、それも半分以上は老人である。
それは町や村が存続できるかどうかの瀬戸際になっているからだ。
だから10年後も生きるとしてその時生きているのはこの辺では相当に厳しいとイメージする
個々人でも肉体的に厳しくなる、それに追い打ちをかけて回りでも老人には厳しい環境になっているからだ