2017年05月10日

原発事故が現代に問うたもの (苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)


原発事故が現代に問うたもの

(苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)

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そもそも自分は農民でもないしまずそうした戦前のどん底の貧乏の農民を理解できない
また戦争で死んだ人たちの苦しみも理解できない、何か理解するというとき同じような体験をしたとき理解できる
ある人は10年夫を介護していた、その時自分も介護していた
でも話したこともないから自分も相手のことは知らないからその苦労も知らない
だから相手も無関心だったし自分も無関心だったのである。
ただ互いにそのことを知ったとき同情しあわたのである。

貧乏でも貧乏を体験しない人はいくら本を読んだとしても理解できないのである。
何かをそのことをイメージしようとしても甘いものとなりできない
だから昔でも歴史でも常に人間は今の生活からしかイメージできないのである。
そこに錯覚が生れる、過去は何か今の生活からみるといい面だけを見るようになる
今からすると自然環境は良かったから昔の方がいいとかなる
でも現実にそこに暮らす人は食うや食わずだったとなりこんな所嫌だとなる
タイムマシンに乗って過去にさかのぼればそうなってしまう
そこは今から比べるとあまりにも過酷な世界なのである。

北海道の開拓にしてもあまりにも過酷でありだから
火のような呪いがあると満直が詩にした、そういうことばぎりぎりの生きる死ぬかのなかで生れた言葉である。普通呪うなどあからさまに言わないからである。
そこまで厳しい生活だったということである。
それは観念的には全く理解できない世界である。

戦争というのも何か美化するようになるけどあまりにも過酷な経験である。
だから姉は従軍看護婦として赤紙一枚で戦地に送られた
四年間シンガポールに今のマレーシアのジョホールバルで過ごした
死ぬときまで何かうなされるようにしてそのことを語りつづけていたのである。
それだけ忘れられない過酷な経験だったからそうなった
そういう過酷さをもう楽な生活をしている現代人には理解できないのである。
もちろん現代には現代の苦しさがありそのことを訴える
でもその時代の過酷さはとても現代では理解できないのである。

だからそういう人たちのことを書くとなると体験がないから書けないとなる
ただ原発事故でそういう農民であれそのことが何を今に語るのかと問われた
今は農業は辛いし金にならないからと常に否定的になり誰も跡も継ぎたくないとなった
親から農業だけはやるなと殴られたとしてその人は原発や建築現場で働いた
猪狩満直の時代はそもそも農業しか仕事がなかった
わざわざ北海道のような所に開拓には入らないが戦前までみんな農業しか仕事がない
そのことが戦争の原因にもなっていたのである。
満州に日本が進出したのは広大な土地を得て農業するためだったのである。
それであの寒い地で米まで作ろうとしていたのである。
農業には土地が必要だから満州に進出したのである。
その後も戦争が終わってもブラジルとかに移民したのも農業するためだった

ところが日本が工業化してゆくと農業に従事する人はどんどん減っていった、今や一割にもみたないし全体の生産額でもそうである。
そういう時代になると誰でも金になる仕事につきたいとなり会社勤めになる
田舎でもほとんど会社員であり農業だけで暮らしている人は一割にも満たないのである。だから人間は時代に適合して生きざるをえない
だから奇妙なのは山尾三省のようになるとパンも食べないとかなるとそれは何なのだ
テレビで良くやる貧乏を見せるための演技なのかとなる
この豊かな時代にパンも食べないとか食べるなとか何なのだとかかえって批判される
そんなことを受け入れる人は今の時代にはいないからである。

山尾三省と猪狩満直とか三野混沌などと昔の農民と比べるとまるで違ったものである。
それはまず観念的に自然と共生する思想があってそういう貧乏な生活を試みたのである。一方で猪狩満直とか三野混沌などはただぎりぎりで必死に貧乏を生きざるをえなかったのである。だからその貧乏を呪うとまでなっていた
それほど過酷だったからである。
自分もまた自然とか農業でも観念的に見ているのである。

では現代にそういう過酷な過去を生きた人たちは何を問うのかとなる
原発周辺はあまりにもその逆だったのである。
漁師は漁師で海を漁業権を売り渡して原発御殿を建てて贅沢していたし
飽くことなく現代の贅沢を求めていた、その欲は限りないものとなっていた
それはもう手段を問わないのである。原発が金になるならいい、それで景気が良くなるならいいとしかないのである。
借金して家を立派な家を建てる人が本当に多い時代である。
借金してまで贅沢したいのが現代である。猪狩満直は粗末な小屋に住んでいた
食うや食わずの生活だった、そういう農民が多いのが戦前だった
その生活の差があまりにも大きいものだった

だからそういう昔の人たちは現代の生活をみてどう思うのかとなる
この生活は何なのだと思うだろう、俺は食うや食わずで最後は病気で死んだ
ここの暮らしは何なのだ、こんな世界がありうるのかとなってしまう。
今から過去へイメージすることは現実にあったことだし一応記録もあるからイメージはできる、でもまた未来となるとこれはイメージできないのである。
ただ農業というのが楽ではないことは変わっていないのである

でも趣味でやっている人がいくら苦労を言ってもそれで生活するわけでもいな、みんなスーパーで買って暮らしている、野菜でもそうである。
だから金なくしては野菜も買えないし暮らしていけないのである。
それにしても人間の不思議はそんなぎりぎりの生活でも希望をもっていたということである。
余りにも満たされた生活では人間は自堕落になり希望すら失うというのも逆説なのか?

原発事故で避難した人たちが苦しいというけども毎日パチンコとかギャンブルしている人がどこが苦しいのかとなる、その人たちに言い分があってもそうである。
6年間はほとんど遊び暮らす楽な暮らしだったなと見るのである。
それは過去の過酷な生活を比べることやシリア難民とかと比べることはできない
それにしても自分は介護していたしその回りでも苦労していた人たちはいる
それを自分たちのみが苦しいと訴えていたのも納得いかなかったのである。
そしてなぜ同情しないのかと怒りになっているのも納得いかなかったのである。

その前にそもそも原発を誘致して贅沢をしたいということがありそれが事故となり漁業でも農業そのものもを破壊されてしまったとなる
その農業などでも飯館村などでは回復不可能にもなっている
水さえ飲めないとまでなっている、それは何なのだろうとなる
そして若い人が流出してもう町も村も維持できない状態になっている
飯館村ではこのままでは1000人くらいになるという、それも老人の割合が半分以上だからどうして村が維持できるのかという深刻な状態に将来なる
そこには希望もなにもなくなってしまうのである。

どんな時でも 仲間よ
俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう
どんなときでも 仲間よ
俺たちは新しい地を継ぐ子供のあることを忘れはしないんだ
(仲間よ、俺たちは戦っている)

俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう

これは何か生きる子供の純粋な気持ちをもちつづけることであり
そして新しい地を受け継ぐ子供のあることとは何なのか?
そういうふうに親が苦労して生きていたときそのことを子供は知っていて受け継ぐ
だからそういう過酷な状態でも人間は希望だけは持ち続ける

一方で農業だけはやるなと親に殴られた人は親になり原発で働いて豊かになってもその地を受け継ぐ人がいなくなったのである。
双葉町では原発と未来を築く町としてあった、その未来は無惨に破壊されたのである。
だから過度な豊かさを求めてそれを得たとしてもそれが未来の希望になるとは限らないのである。
現実に子供たちはその地を受け継がないで去ってしまったということである。
子供が受け継ぐというときカルト宗教団体のうよなものも受け継がないだろう。
いづれその偽善にきづくからである。

だから不思議なのはそうした過酷な貧乏の中ででも人間は未来に希望をもっていたということである。その昔の過酷さと比べると原発事故はまた違った被害だけど楽だとはなる
でも若い人たちは次代を継ぐ人たちは去って行ってしまったのである。

どんな時でも 仲間よ

その仲間もみんなばらばらになって帰ってこなくなったのである。
どんなときという時というとき苦しい時でもとういことである。
それが家族ですらばらばらになり老人だけが故郷に取り残されたのである。
仲間といっても会社員の時代になると違うからそうなったともなる


参考にした本

猪狩満直と「移住民」-佐藤久弥著
posted by 老鶯 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連