2017年05月04日

ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎 除染しても放射線量が減らないから困る


ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎


除染しても放射線量が減らないから困る

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溜池の除染作業

よほど郡山の市街地にある某公園の方が高いね。 
そこは池の水位が下がると3マイクロまで上がるし。

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

湖は森林とは違うよ。 
キミは福島の森林が年々セシウム濃度が下がって、湖等が上がってること知らないのか?

日本は世界でも最も降雨の多い地域で、通過する温帯性低気圧(台風等含む)で、放射性セシウムが洗い流されて土壌に染み込んだり、懸濁流水となって、湖沼河川へと集積されている。 
樹木植物に蓄積されている放射性セシウムは主に根茎に集まるので、火災にさらされることの方が希。 
土中には酸素が無いので根茎は燃えない。 


ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう


環境省はダムは管轄外。 
国土交通省はダムの汚染状況を調査中。 
小型のダムである農業用ため池は、農水省と福島県で調査した汚染状況の結果をHPで公表している。 
この結果を踏まえて、2017年度から本格的な除染を既に始めている。 
それまでは各地で実証実験を行い、湖沼の除染技術の確立していた。

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている。

ベラルーシ国立土壌研究所グループの調査で粘土分が少ない土の場合、 
土壌汚染の15倍もの放射性物質が牧草に蓄積されることが分かっていた。


科学に弱くてもこの辺では放射能のことを考えざるを得ない、文系でも理解しようとする的外れなことあるが事故周辺に住んでいると実際に回りの放射線量を計測しているから他の人より理解するということはある
これは2ちゃんねるの論議だからいいかげんなことはあるだろう。
ただあれでもヒントにはなる、あまり専門的になると手も足もでないとなるからだ

浪江で火事があってあそこは避難困難区域だから相当に放射線量が高い、飯館村で木の樹皮は3マイクロシーベルト4年前頃はあった。今は減っているただ山林の中も今も3マイクロシーベルある。
この辺で一番気にしているのは真野ダムの放射線の汚染である。水を利用しているからそうなる、だから飲み水はペットボトルになる、相馬市でもそうである。
するとペットボトル代くらいの補償は継続的にしてくれともなる

自分は溜池で除染しているのを見た、泥と水を分けている作業をしていた

ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている

実験してダムや溜池や湖の除染をはじめている、小池で見たからそれがそうである。
でもこのようにまた回りからセシウムのついた泥が流れてくるから同じだとなると何か除染も徒労だという感じになる
そしてその回りの森の領域が広いからその泥の流出をとめることができないのである。
だからダムでも溜池でも湖でもセシウムが泥が堆積されているから放射線量は上がっている、それは上が水で覆われているから放射線量を水でさえぎるから上がらないだけであるそれは原子炉を冷やしているのと同じ理屈である。

水を取り除いたらセシウムのついた泥の放射線量が高くなっている

家根から流れだしたセシウムは樋で高くなったと同じ

溜池とか湖でもダムでも泥は計れない、でもその水が取り除かれたときかえって放射線量は上がっているというのは怖いことである。
その溜池でもダムでも湖でも除染してもまた回りから泥が流れてくるのだから無駄というときそんなことに金かけて除染していいのかともなる
つまり除染は何か森や山林地帯では効果がないのではないか?
そこには常に泥が流れてきてたまりやすいからである。

浪江で火事では確かに樹皮は飯館村の佐須で3マイクロシーベルとあった、一部にホットスポットがあり20マイクロをこえていたところがあったので驚いた
その泥は確実に真野ダムに流れているのである。

これから政府で溜池とか沼とかダムとかの除染をしようにもできるのかとなる
確かにそうはいっても森自体が広すぎて汚染できないときセシウムのついた泥を取り除けば山林の放射線量は減ってゆくことは確かである。
でもそれは果てしない労役を課されることになる、そのカルマをとりのぞくには半減する30年とかともなり嫌になるだろう。
それが放射能被害の過酷さだったのである。

浪江の火事では樹皮は汚染されたが

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

樹皮は4年前頃3マイクロシーベル汚染されていた、これは自分で計測したから覚えている放射性物質が拡散するかしないかは議論されている
たいした影響もないのかあるのかまたわからなくなるのである。



posted by 老鶯 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

駅員の仕事 人は勤める場所に愛着をもつ


駅員の仕事

人は勤める場所に愛着をもつ


昨日は原町から来た駅員が反吐をはいたのを掃除していた。
ということはこの人は迷惑をかけたのである。
しかし謝ってもいないだろう。
迷惑かけたということを意識しないだろう。
それは掃除している人を見ないからである。
ゴミを駅になげていた人もいた、自分はそれをかたづけた
ゴミをなげる人はそのことを知らない
世の中はそういうことが多いかもしれない
誰かがその後始末をしている

駅はいろいろと機械類とかも整備しているしこの前は盲人用の歩くブロックを直していたいろいろみるべきもきがある。雪かきも冬にはしていた
駅を整備することにはそれだけまた労力がそそがれているということでもある
自分はつばめが糞をしたので窓を掃除した
掃除というのが仕事として家と同じようにある

昨日は連休で遠くから来た人がいた、一人は車できて見送りしたのか、鉄道は利用しなかった。それでも駅前は車でも利用されている
何でも駅員が言うには仙台まで乗車客が3倍に増えたという
それはいつも駅で行く先を聞くと仙台を行き来している人が必ずいるのである。
この辺では外部から来る人がまだいる、それで仙台まで行く人が増えている

駅は鉄道だけではない、駅前とか街とも密接に関係している
駅が街の玄関口だというとき駅からその街に入るから玄関の印象は大事だとなる
だから美観も大事になる、花とか木でも植えてあると憩いの場所になる
だから八重桜を虫が来るとか駅前の住民がJRの職員に切らせたことは納得できないのである

無人駅になる小説

駅への愛着をライトノーベルにしている、掃除することはその駅に愛着ができる。
人間はその勤め先には愛着を持つ、ただ不思議なのは自動化して無人駅になるとそこには人がいないから愛着をもつ人がいなとかなる
そういう駅は人間的なものが消失して無味乾燥になってしまうだろう。
確かに人がいなくても困らないかもしれない、でもそこには人間的なものが人間臭さがなくなる、そういう駅に来た人も何か淋しとかなるかもしれない、無人駅だとこの街は寂れていると感じるというのもそうかもしれない

駅は何か人間的な場所だった、その一つの原因として駅は待つことにあった
待っているからこそ短い時間でも自然な会話が生まれる、話したくない人もいる
撮り鉄とかはそうである。写真とることだけを目的にしているから話しかけても会話はない、そういうネクラな人が多いということである。
もちろん自分もそうだったから人のことは言えない
何か自分は家族がなくなって一人になったとき淋しいから常に会話を求めるようになった家族がいないということは心境ががらりと変わる
妻が死んでがらんとした大きな家に一人いる人は二階には行かないというとき淋しくなるからだろう。こういう気持も一人になってみないとわからないのだ
なんか一人ということは人間にとって異常なことなのかもしれない、特に大きな家に住む人はそうなる

人間の生活は仕事はいろいろあるが駅員とか鉄道員という仕事もただ乗客になるのと鉄道員として働く勤めるのは全然違ったものである。
人間は仕事のことは実際に仕事してみないと理解できない、農民のことでも何でもそうである。仕事とは何なのか?それはただ月給ももらうことだけではない、仕事をもつことで得るものがある、だから豊になり働かなくてもいいとなっても人間は働くことを求める
生きがいを求めて働きたいとなる、それでシニアの大きな問題が生まれる
退職してから先が長いとなると暇になるからだ
今シニアで相当に暇に困っている人がいる、それでパークゴルフ場が繁盛しているのである。

何か高等な趣味はもちにくい、それは巣てに若いときからしていないと趣味でもてきない自分はこれまで鉄道の旅をずいぶんしたからJRには世話になったともなる
その時そんなことを考えもしなかった、何かしてもらっても感謝の気持もなかった
金やればいいじゃないかとしか思わなかったのである。
でも社会はそういうものじゃない、そこに勤める人がいて世話になっていたのである。

ともかく人間は農民でも何でもそうだけどその仕事をしてみないとその仕事から実感する見えるものがわからないのである。
もし本当に自然がなにか知りたかったら農業をしてみないとわからない。
それをしたのが山尾三省だったがパンも食べられない過酷なもので妻も自分も早死にしたのである。そこまではやりたくないのが自分であった。
体力がなくても長生きしているのは楽をしたからである。

駅の面白さはそこが外部と内部の接点になっているということもある。
内部の人ばかりとつきあっていると監視状態になる、四六時中見張られていると嘆く人が近くにいる、飯館村でもそういう監視状態が嫌で都会に出てそっちの方がいいと帰ってこない若い人がいるというのもわかるのだ。
駅だと外部への出口でもあることである。何かそこから自由になるという感覚になる
旅立つときはそうである。でもまた帰る場所でもある
東京辺りに出て故郷に帰ってくる人も多い、それはなつかしい家族との再会になる
ただ家族がなくなるとき待つ人がいないから淋しいとなるのだ。
だから今自分が旅しても帰ってきても誰も待つものがいないから嫌だなとなる
待つ人がいて自由に旅立つことができていたのである。
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