ゼネンコンの正社員は除染で3万円
下請け除染員は7000円の不満
除染などの費用 今年度までだけで3兆円以上の試算
2016年分だけでこれだけかかっている、途方もない金である
よくわからなかったけど山梨の人はの不満はこのことだった
大成建設とかの正社員は除染作業で一日3万もらっているという
それで一カ月75万になっているという
下請けの作業員は7000円だからその差が大きいのである。
その人は7000円しかもらえないから不満を言っていたのだ
なぜそうなるかというとゼネコンで除染の責任をとりたくないから中間業者をへて下請けにまわる、その中には暴力団関係が人を連れてきて働かせて金がそっちにまわってゆく、責任とは除染をしてそのことで住民からクレームが来るとき困るからだという。つまり自分たちの責任ではない、下請け業者の責任にする
政治家が秘書に責任にしたりするの構造が同じである
そして除染は手抜きでありただ草刈っただげで終わっているのもあるという
実際にモニタリングポストの下の土をとっているからそこは低いけど回りはその倍はあるだからモニタリングポストの数字の倍はみないと放射線量の正確なところはわからない
だから飯館の佐須で0・7が計測されていたけどその倍となると1・4だから高いとなる
今は1以上だと何か高いとみるからである。飯館は全般的に高いのである
その飯館で大成建設が除染作業をしていたのを見ている
除染には国から兆の金がでている、その金がどこにいったのか?
それはゼネコンの大成建設とか清水建設とか大手の正社員に主に流れた
その下請けにも流れたが下請けだと7000円だったから安い
何かここに大きな悪が生れていた、この構造は今だけではない、前からあったことであるその原因はゼネンコに金が回りその金が今度は自民党に献金として回ってゆく構造にあったという。自民党員になっていれば献金はいくらでも可能だとか言っていた
そういう構造は前から言われてきた
よく格差社会のことを言うけどここに大きな格差を産むものがあった
大企業と政府とか大きな権力は結託して利益を得る利権構造があった
その下で苦しむものがいる、その人の不満はそこにあった
3万と7千円の差は大きい
その人は事業を失敗して家族を失ったとか苦しんでいることもあった
だから事業については詳しい、人を使うこともしてきたからそういうことを知っている
ただその人はまだ南相馬市にいて仕事を探すという
でも精神的ショックで病んだから仕事でも何でもできるわけではない
しかし何らか仕事を得ないとまずいということはある
山梨に帰れない事情ができているのかもしれないからだ
いづれにしろ兆もの金が自治体に回らずゼネコンとかその中間業者とか暴力団とかにまわって自治体の復興につながらなかった
つまりその人が言うように自治体で除染をすればそんなに金もかからないしその兆もの金を復興資金として使えば良かったとなる
なぜ自治体は市町村は何もしなかったのかとなる
二本松だったかほんの一部で地元で除染を請け負ってしていたところはあった
でもほんとんどは大手のゼネコン経由でしきられて除染したのである。
結局ふりかえるとまず原発を建てるときから自治体というのはその市町村は何の働きかけもなかった、そこに国の大きな権力が働き県と国でも一体化して原発は建てられたのである。
自治体というとき地元密着であり地元のことを優先する、そこに生活するのだからそうなる、ところが大手のゼネコンはここで生活するわけではないから除染にしても楽してごまかし金だけもらおうとする
もし自分が住んでいる場所だったら動機も違ってくる、放射線でも日々影響するとなるとなるべく減らして生活しようとなる
それは東電が建てた原発でも言えたのである。
東京の電気を供給するなら東京に原発を建てればいい、そしたら真剣に自分たちが危険にさらされるから管理することになる
それが東京から離れてフクシマに作ったのは自分たちの安全を計るためだったのである。東電の社員でも地元に住んでいれば意識が変わっていた
一部はそうだった、だから浪江の津島に放射線のことを知らずに逃げた
その時東電の社員もいて街の方に引き返した方がいいとしてそれに従い住民も引き返したのである。それはその人がここに地元に住んでいたからそうなったのである。
自分も被害者になったからそうなった,そして東電では東京本社から事故のとき指令を出していたのである。ここにも意思疎通がうまくいかなことがあった
それで吉田所長が独自の判断をして失敗したということもとりざたされた
結局自分たちが安全ならばいいということでフクシマに原発が作られたことがそもそも事故にもつながった、離れているから自分たちには被害がないという前提で建てられていたからである。
一方で地元というとそうした国と東電という大きな権力の圧力のもとで自治体でもなんら抵抗するものがなかった
肝心の自治体が自分たちの住んでいる住民を守らない、また住んでいる人たちも自分たちの住んでいる土地を守る意識がなかったのである。
事故後もそうである。ゼネンコの大手に除染をまかせる、そこで手抜きがされるのは外から来た人はそこに住まないから金をもらって適当にやりごまかしして楽したいとなるからだ、地元に住んでいる人とは違った意識になるからそうなる
今回のことで国と県と自治体の関係が問われた、それより自治体が市町村が何ら国とか県のなすままであった、復興するにしてもそうである。
自治体というときそこの住民も自治体の一員だったがその人たちもやはりよそ事のようにして原発が建てられたし事故後も自治体は有効に国からの金を活かせなかった
例えば補償金でも実は兆もの除染費用があるなら自治体主導すれば復興にまわせるし補償金にも回せたのである。南相馬市だったら鹿島区は百億円を支給した
それ以上の金はまわせた、そうなれば小高と鹿島区の対立もなかったともなる
これはいい悪いでないにしろ例えばでありそういうこともできる金が実はあったが活かせなかったのである。
それは自治体でもその住民でももっと一体となり働きかける力がなかったともなる
地元というときそこに住んで生活して死ぬ場所でもある、その土地と一体化してある場でありそれは今の世代だけではない代々受け継がれたものとしてある土地である
そこが汚染されて住めなくなるとかそういうことは地元の人にとっては耐えられないたことでてある。
でも地元の人にしてもそういう強いここが掛け替えのない土地だという意識もなっかのである。そういう危機感もなかった
自分たちで自分たちの住む場所を守らないとしたら誰が守るのか?
もしそういう意識がないとしたら自治体の住民なのかともなる
そんな人は住民としての資格があるのかとまでなる
そういう人は別に一億もらってどこにでも去ってゆくとなる
実際にそうなった面もあった、金の社会であり移動が自由であるときどこでもそうなりやすいのである。
ただそういう人は本当にここに住む自治体の一員としての資格があったのかとまでなる
話は変わるがベトナムではなぜアメリカに抵抗できたのか?アメリカが征服できなかったのか?
それはベトコンがその土地に愛着がありアメリカが外国人が侵略して支配されることに根強い抵抗があった、だから穴を堀り地下にもぐり抵抗したという。
南国だから芋がすぐに成長するから食料になったという。
そのパトリシズム(愛郷心)が根強くあったからあれだけの抵抗がありアメリカは敗北したのである。
それだけの愛郷心があったということ、そういう愛郷心がその土地土地に住む人にあったただ現代では便利なものを求めてそうした愛郷心が希薄化してきたことも事実である。
だからこそ不便になったらこれだけ荒廃したら流出してゆく、不便な所には住みたくないとなって流出したのである。
ともかくこの辺ではいろいろなものが問われた場所になったのである。
あの人の不満は大きいからその捌け口がどこになるのか?それが今度は共産党とかの支持につながる
共産党もまた幹部は贅沢しているし実際は同じ構造があるが刷毛口がないからそうなりやすい
こういう構造はアメリカでもある、大企業が刑務所に入っている人を安い労働力して使っていたのである。
これもブラックジョークとなるが一体悪い奴らは誰なのか?
ゼネコンの正社員なのか大企業なのかとなる
その大企業と結託した政府なのかともなる
正社員と非正規の格差問題でも同じである。
こういうことは歴史上常にあったことである。支配するものと支配されるものがいて支配されるものは悲しむ者となる
この世のとはそういうところであり何か変わらない、正直者は馬鹿を見るということでもある
ただ自分でもそうした得をしている方なのかもしれない、そういう人はやはりいつまでも得をするかとなるとならない
そういうカルマをもったからそのカルマを受ける時がくる
自分が苦しんだのはそのカルマが家族でも積み重なっていかからかもしれないからだ。
そういう社会がいつまでもつづくとは思えないのである。