2017年04月30日

駅で飯館村の蕨平の人に会い話を聞く (菅野村長の不満を言っていた)


駅で飯館村の蕨平の人に会い話を聞く


(菅野村長の不満を言っていた)


飯館村の人が駅にいた、原町に住んでいる、浪江の人とは良くあうが飯館村の人とは合わない、はじめてあった。
競輪場の券の売り場にきていた、あそこに来る人は原町からも来る
その人の格好はとても飯館村で牛飼っているようには見えない
サングラスかけて白髪だけどそっち系統のものかのように見えた
でも確かに蕨平に住んでいる、避難困難区域に指定された長泥の隣であるから放射線量は高い、何でも40町の山を所有して賠償金はもらったというがそれほどでもていのか?
何か菅野村長はだめだとしきり言っていた

まず蕨平では40軒あっても一軒しか帰らない、その人はやはり牛を飼って暮らす、飯館村は広いからまず草野中心に中核の街を作りそこから離れた人はもう生活できない状態のようだ、草野から20キロ離れているとか言っていた、蕨平とか何度か通った
でも長泥というと通ったことがあるのか一回くらいある。
飯館を全部回ることは近くてもできない、それだけ広いのである。
この前も佐須でも山津見神社にしてもあそこの道は通っていなかった

あの人は別に椎茸でもキノコでも山菜でも事故後も食べていたという、それは危険だと思うが年取っているから気にしない人はしない、あの人の不満は何なのか?
飯館村では残って暮らす人と補償金をもらって外に暮らす人とで分かれている
NHKでその対立を放送していたがどっちにかたよることはなかった
外に出たいという人は放射線量が高いということがあり住めないと判断しているからだ。それなら補償金もらって外で再出発したほうがいいとしている

菅野町長派は残って生活再建するを望んでいる、草野の中心部にはメガソーラーを作り
住宅地を作り何か大きな施設なのか作っている
そこに菊地製作所もありそこが働き場となる、他にも製作所がありそこで人が働いていた農業は土が削られてできない、そして荒地になり木が伸びたとかイノシシにやられたとかネズミがでたからネズミのよりつかない薬をまいているとか言っていた
イノシシの害は浪江でもある、浪江の人も復興住宅に移り住んでいるからだ。

浪江の人は28年に補償金が打ち切られるとか言っていた、あの人も昼間から酒飲んでいた前にもそういう人をみかけた、昼間から酒を飲みギャンブルしていのは小高でもそうだが他も同じなのである。何もすることがないからそうなる
それもこの辺の問題だった、飯館村の人がギャンブラーになったというときもそうである今は飯館村の人でもみんな素朴な人とは限らないのである。
前から馬券売り場などはあったしそういうことはしていたからである。
金が入って暇になりギャンブルする人が増えたのである。それは田舎でも普通にどこでもあることでもあった。

ともかく飯館村の人は少ないから合わなかった、鹿島でも会っていない、浪江の人にはあっていた。浪江は2万人だから多いからそうなる
ただ最近遠くの仮設から南相馬市とかに復興住宅などに移住していることは確かである。その人は前にもみかけたけど競輪場の券の売り場に来ていたのである。
だからその人とはまた会う、飯館村の人にあわないから事情がわかりにい、ただ一人一人でもいろいろな考え方があるからその人の言うことだけをうみのみにはできない

結局飯館村でも草野中心にコンパクトビィレッジになり浪江もコンパクトタウンになるのだろう。
農業とか畜産になるとそれはむずかしくなる、その人は牛を五頭くらいしか飼っていないみたいだ
最近できた放射性物質のふくんだ廃棄物の処理場で働いているみたいだ
故障してなんだとか言っていたが良く言うことがのみこめなかった。
その人も白髪だから相当な年なのだろう。ただその見た感じがとても牛を飼っている人とかそんな人には見えない、そっち系の人なのかと見えた
次男であって料理が好きとかでそういう仕事をしたかったとかも言っていた

飯館村の問題は土地が広いのである。ただ原町より広いとしても平地が少ないし森が多いのだから山が多いのだからその土地を活かすにしても牛を飼うのには向いていてもそれもしにくいとなるとどうするのか?
除染しても結局無駄だったとかその人も言っていた。
土地をもっていてもそれが何にもならない、荒地になるだけだとなるとそれを誰かに何でもいいから売りたいともなる、貸したいともなるときどうしてもソーラパネルになりやすいのである。そうなると飯館村の良さは失われる
前とはまるで違った世界となる、別に飯館村だからといって素朴な人たちが住んでいるわけではない、ただそこが隠されている場所でありそれで人も隠されていたからいいとなっていたのだ、飯館村でもあのような人がいるということは何かそぐわないとも感じたからである。ただ自分の見方だからそういう感じでも違った人でもあるかもしれない。

ただ飯館村の良さはあれだけ広い所に牛を飼って暮らしている所にあった、それが草野中心に菊地製作所とか工場で働くとかになると飯館村の特徴は失われる
多々あの人は別に放射能のことなど全く気にしていない、それも意外だった
キノコとかシイタケは一番放射線量が高いから食べるなと警告されていたからである。
それを食べていてなんか鼻血をだしたという、その鼻血では騒いだことが一時あったから本当にあったことなのだろうか?
第一その人は事故後もいてキノコなど普通に食べていたのである。
そういう人が飯館村にはいた,知らないからそうなる

軽度の被曝によって鼻血がでたのは事実であり、小学校でも記録されている---。原発事故直後、子供も大人も鼻血で悩まされた。
50歳の男性が今まで人生で一度-も-鼻-血を出さなかったのが、大量の鼻血が突然出たのでびっくりした人など、枚挙に-いと-まが-ない

この真偽はわからない、枚挙にいとまがないというほど出たのだろうか?
何かこういうとき噂が噂を呼びありもしないことフェクニュースとなって拡散しやすいからである。この事実を確かめることはできないだろう。
ただ飯館村の蕨平といったら長泥の隣であり相当に放射線量が高かったからありえないことではない。そこで前と同じような生活をしていればキノコなどを普通に食べていれば内部被爆したりする、あそこだったら本当だったのかともなる

自分も爆発したとき外を出てあるっていたのである。ただ助かったのはこの辺では20マイクロシーベルトになったの二回くらいであとは低くなっていたのである。
ところが飯館村では一カ月くらい避難しなかった。それでかなりその時被爆したと言われる、つまりキノコを食べていれば内部被爆したことは確かである。
それで鼻血になったのか?それはわからない。
菅野村長は避難するなとは言わなかったが全員に避難命令を出さなかったから残った人が多いのである。
葛尾村では即座に村長の命令で避難したことで評価された

その人が菅野村長の不満を言っていたが何か不満なのか良くわからなかった、話してもわからないとかは言っていた、ここに来るのは下っぱばかりで話にならない、何もしてくれないとかは言っていた。
何かどこでも官庁でも役所でも会社でも良く伝えておきますとは言うが何もしてくれないことが普通にある、そのことで不満だったのかもしれない。
ただ具体的にどういうことが不満なのかわからなかったのである。




ふるさとの老木(詩) 原発事故で奪われた故郷


ふるさとの老木(詩)


原発事故で奪われた故郷


aroubokyuuuuuu1.JPG

ふるさとの老木

ふるさとの一本の老木
春の日をあびてなお生きぬ
春の花々に飾られ
広々とした田畑を見て
ここに根付きて長くもあれ
ここにやがて朽ちなむ
この土地に生まれ育ち老いしもの
そが朽ちてもなおここにあれ
在りし日を語りつつ
ここを愛しみつつありしかな


この老木は本当に生きているのか?どこの村でもこういう老木はある
原町区の大原にもあった、そして前田という所に農家があった
そこが空家になっている、その人と病院で一緒になったがまもなく死んでいた
それで死んだ後のことをしきりに息子に伝えていた
でも息子は街に出て働き帰り農業をするつもりはなかった
農業を継いでくれということがあったのだろう
それが悔しいということがあっのだろう。

その農家は相当に古い、前田という地名のある所は草分けの農家である。
前田からその村が拡大したのである。
老木という時、農民とか農家があるとふさわしい
農民とはその土地に根付き生きているからだ
商人とか工業に従事するとかなるといくら故郷に生きていてもその土地と密接に関係しないからである。
たでから農家は三代で農家として認められるというのはそのためである。

ただ一般的に人間は生物の一種だからやはり木や石のようになってゆく
年をとるとなにか動きたくない、定着志向になる
なんか自分も旅し続けたけど疲れて行きたくないとかなる
そして老人は生まれ育った所で死ぬのが幸いだともなる

その自然の生を奪ったのが原発事故だったのである。
そうして長く住んだ土地を離れざるを得ない、住めなくなったからである。
老人が故郷に帰りたいというときそういう自然な心情からそうなっている

ただ老人が帰りたいとしても若い人が帰らないと町も村も成り立たない
春の花々に飾られているというときそれは子供たちとか孫たちなのかもしれない、
老人がその土地で死ぬためにはやはり次世代の人が跡を継ぎその土地での生活の継続が必要になる、それが奪ってしまったのが原発だったのである。
それは酷いことだったのである。
それは金をもらっても補償しきれない問題である。

ただ農業というとき今は誰もやりたくないものになっていた、それで子供のとき親に農業だけはするなと殴られたと語った老人がいた、それは極端にしても親がそういうことを言っていたら子供が継ぐはずがない
その子供は原発で働くようになり避難させられたのである。
だから原発を誘致したというときその前の世代の親にも問題があったとなる
金になるなら原発を歓迎したとなるからだ。未来は原発とともにあるという標語まで双葉町ではかかげていたからである。

posted by 老鶯 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連