2017年04月29日

abstract pictures ( mountains)


abstract pictures ( mountains)


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変化させて作るからどうしても著作違反の恐れがある。
山でも千変万化である。
山をどう現すかは見えるから人によって違う、芸術家によって違ってくる
それで山を見る目が養われるのである。

Because I change it and make it, there might be the writing violation by all means.
It is ever-changing in the mountain.
Because I see it how you show a mountain, eyes watching a mountain in it which is wrong are fed by a person by a different artist.
タグ:Mountain

春の雷(コモドイン(小池)から牛越城へ)


春の雷(コモドイン(小池)から牛越城へ)

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鹿島区横手の老木


春の日や老木ここになお生きる

家の前タンポポにスミレなごむかな

道草や少女手にする八重桜

菜の花を手にし畑におばあさん

コンビニに新緑映える小池かな

牛越城空打ち曇り春の雷


小池なれ桜は散りぬその後の墓地の静けさ誰が眠るかな

山桜残れる花の我が帰る道に一ひら散るあわれかな

山桜風にゆれにき牛越城五年ほどして移る城かな


小池のコモドインでまたカレーを食べた、エビフライを頼むと三〇〇円になるが今は百円割引している、入っているのはやはり二人くらいだった
あそこで食事するとなんか不思議である。あんなところにレストランがあることはイメージもできなかったし現実にそこで食事する経験がまた変化だった
この辺はとにかく変化の連続だったのである。それは全部悪いとはならなかった
津浪の被害などはそこで家族を失った人からみると最悪だった
原発事故もいいものではなかった、これも実際は最悪だった
ただあそこにレストランができたのはこうした事情で復興のホテルになったからである。鹿島区は前より街が良くなったのである。
ただ駅前とは前の通りとかはそのままであり何も新しいものはできていない

小池にあるコンビニによるとそこに小池は自然は豊富だから新緑が見える桜も見える
すると何か新鮮な感覚になる、都会的なものと自然がマッチした風景になる
今までは田舎的風景しかなかったからである。
景観を重んじる自分は自然の風景の中にレストランなどがあれば憩いの場ともなる
ただコモドインの向かい側は何か倉庫なのか工場なのかいいものではない
コモドインの近くにあったのはあとは墓地だった、でも桜が咲いていた
その桜も散っていた、何かこの辺に名所というのがともしい
だから墓地が目立ち自分はその墓地を見て回っていたとなる
そこから郷土史に興味をもったとういことがある

牛越城は五年で移った城である。でも一応そこに城としてあったことが歴史となっているから違っている、低い山でもそれが要害の山であり城となっていた
人間はやはりそこに城があったとなると見方が違ってくるのである。
単なる山とは見ないからである。今日は春の雷がまた鳴った、春の雷は夏の雷とは違い一回か二回しか雷鳴がならないことで春の雷なのである。

あの老木は天然記念物のようなろ老木である。あれは本当に生きているのだろうか?
大原にも老木がある、どこにもこうした老木はある
それは何を意味しているのか?その土地に根付いた老人をイメージするのである。
古木より老木となると老人をイメージするのである。
つまりどこの村でも昔は老人がいてそれが何かしらその土地にあって生きていたのである老人は昔を語りその土地のことを語ることなど何か意味あるものとしてあった
ただその時老人は少ない、もう60くらいで相当な老人になっていたかもしれない
あとは死ぬ人が多かったからかえって貴重だったということもあったろう。
そういうのが自然村であり人間も自然的に生きるということがあった。
今はなんでも不自然なものとして生きるのが文明なのである。

俳句というときこれは写生であるがなんかただ記録しているということもある
写真がない時代だとそういうことがあった
ともかく人間は忘れやすいからた、だから書くということは記録することなのである。
プログは日々感じたことを記録するということが基本にある
今日何をしたか、何を感じたかなどである。
それをあとで深化して詩にしたりするのである。

駅の前は小学生がいつも通る、八重桜が咲いていて少女が手にしていた、そういうこは少女しかできない、極自然なものなのだがそこになごむものがある
ばあさんではないが50代くらいの女性かな、手にしていたのは菜の花だった
これもあっていたとはなる、いろいろな花が咲きだす季節である。

近くの神社で祭りがあった、踊り手の少女がいた、この辺にあんな子供がいたのか?
なんか今は隣近所でも関係が希薄である。すると神社なども関心がなくなっているのだ。自分は介護十年していてその間に社会から遠ざかった
介護していると何かその関心が狭い範囲に閉ざされのである
常に介護している人に注意を向けねばならないからだ
介護なくなったとき回りのことに注意を向けることができるようになった
介護というのはそれだけ負担が重く人間を異常化させていたのである。





原発事故の再検証 (原発大崩壊ー武田邦彦の本を読む)


原発事故の再検証

(原発大崩壊ー武田邦彦の本を読む)


●30キロ圏内避難は科学的にも根拠がなかった

科学に弱いと原発事故について理解できない、自分は科学に弱いからとてもたちうちできなと見ていた、でもなんか自分が言っていたことがまともな面もあったなとこの本を読んで思った
素人の常識でも原発に対抗できるものがあったのかとなる

自分は30キロ圏内で区切ったことがこの辺の混乱をもたらした。
素人的にも小高の線量は30キロ外でも相馬市とかでも変わりなかったからである。
でもそれは30キロ圏内でも何か科学的根拠があるのかと思っていたのである。

放射線というのはむずかしくいえば、電磁波、簡単に言えば光そのものですから
直進します、山を越えればフクシマ第一原発は見えなくなりますがフクシマ原発見えない場所では放射線は直接来ることはありません
放射線は薄いものだとつきぬけますが山くらいになるとつきぬけません
距離で計れるのは直接の放射線についてです
半径30キロとかで避難区域を設定するなどほとんど意味のない行為です

ではなぜ30キロに政府では設定したのか?これも無謀なことだったのである。
なぜならそのためにこの辺では南相馬市でも生活が破壊されて住めなくなりもう町ごとゴーストタウンになり回復できなくなったからである。
そして南相馬市では鹿島区と原町区と小高区と補償金で分断されてしまったのである。

小高は避難区域にすべきでなかった

これは科学的にも言えたことなのである。放射能の被害はそこではなかったのである。
ではなぜそうしたのか?それは政府ではその30キロ圏内から20キロ圏内に核兵器のための核廃棄物処理場にする魂胆があったためだという説もある。
人が住まないとなると国のものになり反対するものもいなくなるから好都合になるからだ避難するのは3キロ圏内でも別に放射線量で被害はないという説もある
年間一ミリシヒベルトを守るという武田氏の主張に疑問も多いからだ。
第一そうしたら広範囲に人が住めなくなるからだ。それは科学だけの問題では解決しないからである。

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「現在の「30キロ避難区域」というのは悪例ですが風向き考えていない計画はほとんど意味がありせん

放射線量は風に非常に影響されていた、雲のようなブルームが塊りが流れたのである。
一様に拡散したりしなかったのである。なぜなら浪江では0・5マイクロシーベルなのにバスで双葉に入ったら7になったから驚く、その理由は雲のような塊りが風で流れて放射性物質をばらまいたからである。
赤い帯状の図がそれである。そんなに浪江と双葉が接しているのだから差があるはずがない
それは帯状の雲のようにブルームになって放射性物質が流れたためである。
一様に拡散はしなかったのである。

だからもしその時東風ではなく北風か西風だと海の方に流れて被害が少なくなった
それが不運だったのである。3月11日となると丁度春になり北風から東風が吹き交互に吹くときだったからである。

●ソーラーパネルも自然破壊だった

それからソーラーパネルは自然を破壊しないとして政府で推進したがこれもそうではなかった、水力発電すら自然破壊だった

魚や樹木は川の流れ新しい水が来ることで魚や樹木は生きることができる

ダムというのはやはり自然破壊であった。真野ダムなどもそうである。大倉村の一部、今のダムの底に沈んだのである。

ゆく川の流れは絶えずしてしかも、もとの水にあらず・・・鴨長明

もとの水ではない新しい水の供給がされるとき川は生きていたのである。
そしてあらゆるエネルギーのもとが太陽の光だというときその光を奪うのがソーラーパネルにもなる、

自然エネルギーを使うには山を削って埋め立てる、沿岸部を埋め立てる、平地を広げてゆく、太陽光発電も水力発電も平地が不可欠なのです

日本は森林面積が66ハーセントで世界3位、山地だらけで平地が少ない
日本は自然エネルギーを使うには不適切な国です

何か自然エネルギーがいいようでもこれも自然破壊になる、風力発電でそうである。
自分は科学的なことは弱いからわからないけど自分の判断基準はスタンダードは景観から常に見ているのである。
だから景観が破壊することが一番嫌なのである。
それは別に科学的なこととは関係ない、でも森が削られてソーラーパネルとかになるのは嫌である。風力発電も景観を破壊する、不思議なのは景観破壊からすると原発でも火力でも一部だけだから自然破壊に見えないのである。
ところがソーラーパネルになると広く土地を使うから景観が破壊される、それが飯館村で草野とかでなったのでがっかりした、森につつまれた桃源郷がソーラーパネル工事になってしまったことにがっかりした。
ただ津波で破壊された沿岸部は平地であり土地も使いなくなったからソーラーパネルには向いていたともなる
松原の方が景観的には良かったがしかたがないとかはなった

でも景観がいいということはそこが自然に恵まれたいい場所なのである。景観が破壊されることはだからその場所が本来の自然景観を破壊された悪い場所になったのである。
そういう自然景観を破壊してきたのが人間の文明だったのである。
その最たるものが東京とかの大都会である。自然が全くない人工空間に生きている
そこに自ずと非人間性が生まれてくる、そこには自然の美がないからだ、上野の桜はいいものではない
なんか汚れた感じなのである。大坂城の桜とかとはまるで違ったものである。
それは稲作文明も自然破壊してできたものだったことが津波でわかった。

文明とは自然景観の破壊が必然的に起きていたのである。
海側に開拓したところが津波で破壊されて元の海にもどったから驚いた
白砂松原の風景は実際は稲作のための人工的な景観だったのである。
だから人間の営みは自然破壊がつきものでありさけられないのである。
それがすべて悪いということは言えない、人間は全くの野生とか自然の中で暮らせるのは縄文時代がそうだったがそうなると人口も増やせないからである。
人間の理想は田園的な世界であり全く野生の世界でない、エデンの園も全く自然そのものではない、田園的な人間が手を加えた場所なのである。
posted by 老鶯 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連