2017年04月22日

情報とは何なのか? (インターネットで郷土密着の報道が可能になった)


情報とは何なのか?

(インターネットで郷土密着の報道が可能になった)

kookeeee1.jpg

南相馬市鹿島区の小池のホテルでランチ (コモドイン南相馬ー都会化した鹿島)


人間は生活するために知りたいということが常にある、それは簡単なのでは旅したらその土地のことを知りたいので地図を持ってゆく、今ならスマホが地図代わりになり、みんなスマホを見ている、だから何か話しかけても答えないというか対話がなくなっている
自分がボランティアの駅員として案内しても答えない、必要ないよとなる人も多い
うざいんだよなとかもなる、でもその土地に来てスマホばかり見ているのは何か情報を得るのに問題がある

そもそも情報とは何かとなったらこれも広範囲なものになる、原始時代から情報は必要だった。獲物がどこにいるのかとか、狩猟生活だったらそうだし食べるものでも毒になるものがありそれを見分けねばならない、キノコなどでもそうである。
つまり人間は長い年月でそうした情報を蓄積してきたのである。
その情報は膨大なものでありもうそれを知り得ようがない
原始時代の部族で暮らしていたらその情報は限られている、だから理解しやすい、江戸時代のような自給自足のような村の生活での情報も限られているのである。
そこで暮らす情報は得るのは知識でも限られているから混乱することはない
日々の生活でそうした知識は実践的に身についているからである。

そもそも情報というと実に広範囲であり限りないのである。それは自分がプログで書いているのも情報である、では自分で書いてみて報道のようなことをしてみて一つの小さな一万くらいの町でもその情報がいかに多様かを知るのである
もう報告しきれないくらい情報があるのだ
それは過去にさかのぼれば縄文時代があり現代まで知るとしたらもう小さな町でも無限に情報はある、伝えるものがある。

それで今日のプログでは小池のことを書いたが過去にさかのぼればなぜあそこに古墳が多いのかとなる、古墳だらけになってしまうだろう。なぜそんなに古墳を作ったのかともなる、古墳とは墓なのである。墓がそれだけ増えたとういことである。
人間は次々に死ぬとしたら大きな古墳のような墓を作っていたら墓だらけになり人間の住む所がなくなってしまう、ただ墓は生きた人間が埋められているものだから簡単にそれを取り去ることができないということもある
ただ古墳があまりに多く作られたので古代に禁止されたこともあった


大化の改新(645)の翌年、孝徳天皇の2年1月1日、賀正の礼が行なわれたあと、改新の詔が発せられた。同じ年の3月22日、厚葬と旧俗の廃止が告げられた。
「この頃我が国の人民が貧しいのは、むやみに立派な墓を作ることに費やしているため」として、墓の制度を決め、尊卑の別を設けることになった。次がその時に決められた墓制である。

こういうことが古代からあったのも今でも納得する、明治以降庶民が墓を作りすぎて墓ばかりがふえてきた、死者は増えてゆくばかりなのだからいちいち墓を新しく作っていたら土地利用でもできない、墓が今生きている人の生活を圧迫するのである。
例えば宗教団体の墓があるとする、創価などでも山村の一画が墓地にされたとき、墓地により公害までになる、でもそれが檀家の戒名商売と同じであり墓は金になるからしている人間は宗教でも何でも金儲けになるのである。


 学会や工事担当の大成建設側は激しい巻き返しを図りましたが、地権者の間にも「反対」の声が強くなり、断念に追い込まれました。学会側は町への撤回申し出のなかで「開発用地取得が困難になった」としています。


創価学会の巨大墓地は全国に13ヵ所44万基(建設中含む)。どこも完成前に完売、推定収入3千億円ともされる超高収益事業です。新潟県では1997年、小国町で議会の同意を取りつけたものの、議会解散請求の住民投票に阻まれて断念

こういうことも起きている、大成建設と創価は密接な関係があり大成建設は工事を請け負うためにそうしている、創価関係の工事は大成建設が請け負うからである。
富士山にあった正本堂もそうだったが僧侶との争いで壊されたのもなんなのだとなる
カルト宗教団体は組織化集団化して権力化しているから宗教とは関係ない圧力団体となるその数が多いからそれは小さな町とかコミニュティまで破壊するともなる
そういことは別に大企業でも起きてくる、今回の東電は巨大企業であり市町村がそれによって甚大な被害を受けて町や村が消失の危機になったことでもわかる
そういう巨大な権力化したものは小さな村とか町でも市すら買収してコミニュティも破壊してしまうのである。小池にはエホバの小さな会館もあり違和感を覚える
あれもカルトだからである。アメリカの後ろ楯があり金が回ってきているともなるからだ

墓で不思議なのは海老の人が駅に来て墓地に墓参りに行くから花を買いたいというので花屋に案内した、海老の不思議は高台に墓地だけが残り村は津浪で消失したのである。
あの風景は不思議だった、墓地だけ残って村が消えた、その残った墓地に墓参りしに来たというのも奇妙になる,墓だけが村の形見として残ったのである。

こうしてその土地の情報をさかのぼれば原始時代から古代から江戸時代とあり地層のように積み重なっていて現代の問題として現れるのである。
ただその古墳に春の日がさしているときここに眠っている人は安らいでいるとか感じてしまうのである。都会だともう墓は作れない、その土地もない、だから地下に骨壺だけを収める狭い部屋を作りお参りする,それも嫌だなとなる、そこで死者が安らぐのだろうかともなる
いづれにしろ墓を語るだけでこれ際限がないのである。

そしてなぜ今度は小池に新しい簡易宿泊所ができたのか?百人も収容できるものができたのか?それだけの工事などがまだあるのかとなる、除染はこの辺は終わっているからだ。
それも需要を望めるから作っている、右田の人たちが集まり家を建てた所で老人がその新しい家に入ってまもなく死んだというのも聞いた。
それも一つの情報である。ニュースである、そのニュースにしても限りないのである。
全国ニュースになると北朝鮮とか何か大きなことでありみんなどこのテレビ局でも報道している

でも情報の基本は実際はそこに生活している場の情報が大事なのである。ただそれは今までは報道されない、福島県でもテレビでも新聞でも報道するとしてもとても報道しきれないのである。
そして情報は多様だから一万の町でもそうであり古代からさかのぼり現代までとなると無限にある、でも意外とそうしてその土地の歴史を知りそして現代を知ることが必要になるそれが津浪とか原発事故でわかった、郷土史とかはそうした地域全体のことを知ることでありそれが今回の津浪や原発事故と深く関係していたことを書いてきた
郷土史とは過去の歴史だけではない、現代につながるものとしてみるのである。
郷土を知るといってもまず地形とかから知る必要がある、それが近くてもなかなかわかりにくい場合がある、地理を知るには体で知るというのが本当に知ることである。
峠をのぼれば体で地理を知ることになる、それが地図からだけではわからないからであるそれは日本全国でもそうである。だから地理を知ることは基本にありそれがむずかしいのである。

それからコモドインというホテルでランチを食べた、こんな山の方にホテルができたのも震災以後の外部から人が流入してきたからである。
その変化は鹿島区でも大きかった、今でも復興住宅ができて今度は浪江の人たちが移り住んでいる、だから鹿島区は人口が減っていないのである。
ともかく狭い地域でも知ることは容易ではない、ただ小さい町だと俯瞰的に知る、全体を把握して知ることができる、それも時間軸と空間軸でできる
これが南相馬市の原町区となるともともと5万人くらい住んでいたから全体を知ることは不可能になるのだ。

とにかく情報は限りがない、グローバル社会になったら情報は際限のないものになりもうしりえようがないのである。そこで情報操作されやすいのである。
なぜなら外国となると知り得ようがないからだ。フェクニュースでも信じてしまうのである。ただ狭い範囲の町や村とかなるとフェクニュースは通じにくくなる
みんなその土地に生きていて土地と密着しているから嘘がつきにくいのである。
すぐばれてしまうといこともある。外国だと実際は確かめる方法もないからフェクニュースでも信じてしまうのである。

いづれにしろ郷土密着型の報道はインターネットで報道するのが簡単になりできたことである。それで自分でも報道してみて報道とは何かとか情報とは何かと考えるようになった記者とは何かとかも考える、こういうことは報道できないなら考えもしない、ただ報道されるものを一方的に受け入れるほかないのである。
つくづく一人一人の人間が情報なのである。
今日駅であった人も情報である。今まで福島市からバスで帰ってきたとか若い女性だった東京から故郷に帰ってくる人がいるからだ。
今日この女性は故郷に帰ってきたのだなと思う、迎えの車が来て去った。
駅にはいろんな人が行き来していることがわかった。それだけでも多様なのである。
活きた人間が血流のように社会に回っていることを感じた
駅は特に多様な人が交わる場所だったのである。


posted by 老鶯 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

南相馬市鹿島区の小池のホテルでランチ (コモドイン南相馬ー都会化した鹿島)


南相馬市鹿島区の小池のホテルでランチ

(コモドイン南相馬ー都会化した鹿島)

kookeeee1.jpg


hotellllk1.JPG


kookeeee122.jpg

koikessss11.JPG

kookeeee122333.jpg
ボランティアのバスが二台とまっていた

クリック拡大すると東日本震災ボランティアと書いてある

chirrrrrrr111.JPG
もう一部屋がありそこも広いのである。

daysssss1234.JPG

これで800円は安い、牡蠣もついていたからである。(日替わり定食)


春日さし石あたたかく動かざり

春の日や死者安らかに故郷に


今日も小池のホテルにランチが食べられと知ったのでランチを食べに行った
途中に家の前古墳があるのは目だつ、寺内と小池は古墳が多いのである。
なぜあそこに古墳なのかとなると高台であったからだろう。
平地は湿地帯が多いからあのような高台が住みやすいとなる
そこに眠っている人は安らかだなと春の日だから思う

石でも春の日がさしてここがいいと動かないともなる、だから老人になって住居を移すことは酷にな、それで小池の人に聞いたのだが右田の人たちが小池に移り家を建てた、でもその一人の老人がその新居に入ってからまもなく死んだという、そうした関連死がこの辺には多いことは確かである。老人は変化に弱いからである。

そして小池にまた百人は入れる簡易宿泊所がまたできた、なぜまたこんなに外から人が入ってくるのかと思う、一部はすでに簡易宿泊所は壊されているからだ。
ここの簡易宿泊所は部屋数が多いからまだそんなに外部から人が入ってくるのかとなる
この辺ではすでに除染は終わっているからである。
ただもしかたら鹿島からでも原発事故のあった所に双葉や大熊の方にここから行くということはある。そのための宿泊所になるということはある。

ここから近いところにできたホテルは前からあるのは知っていたがランチをするようになったのは知らなかった、去年からすでにはじめていた。近くでもわからないことがある。この辺はまだ変化があり変わってゆく、原町まで行けばレストランなどが多くランチには困らない、でも遠いからなかなか行けない、自転車だと散歩がてらに来れるから便利である。何かホテルというとき都会的である。あんなところにできるとは思わなかった。

そしてボランティアをのせてきたのか?二台のバスが駐車していた。そんなにまだボランティアが団体できているのかとなる
その後ろは青森ナンバーのダンプが十台くらいあった。これも何なのかわからない。
青森の会社が来ているのだろう。

それにしてもそのホテルの食堂には50人くらい収容できる感じの広さがあった、本当に普通のホテル並みである。そんなに人が来るのかと思った。
11時30分で入ったのは自分一人だったからである。ボランティアなど団体がくれば確かにそれだけの人数分が必要である。もちろん泊まっている人も食事するから用意した。
他にも会社がそうしたホテルになった所がある
でもそんなに外部から人が入りつづけるのかとなる、すでに一段落しているからである。その辺がわからないが鹿島区は何か震災以後外部の人が大量に入ってきて変化した
あのようなホテルのランチが食べられるとは鹿島ではおもいもよらなかった。

鹿島区は都会化しているというのも家が次々に建ったからである。新しい街が三つ四つできたと思う、そして大東建託のアパート15棟は建っている、二つは建設中である。
いわきナンバーだから浪江とか双葉や大熊とかからも人が入ってきているのだろう
だから鹿島区のの人口は減らないのである。
だから都会化して便利になるということがあった
それに比べると小高とかの差はあまりに大きいから小高に住みたくなくなる気持はわかるそうなると余計に住みたくないとなり残っているのは老人がほとんどである。
それは老人は石のようにその土地に定着して動けなくなるからである。
人間も生物だから植物のようにもなるのである。

codommmm11.JPG

コモドイン南相馬市