2017年03月12日

南相馬市のユッサで会ったのはネパール人 (人手不足で増える外国人労働者)



南相馬市のユッサで会ったのはネパール人


(人手不足で増える外国人労働者)


ベトナム、ネパール、台湾が急増


国籍別では、中国が最多の約66万6000人で、以下韓国、フィリピン、ブラジル、ベトナムの順(下表)。特にベトナムはこの1年で4万以上も日本在留者が増加した。ネパール、台湾も在留者の伸びが高かった。

    (1)中国     665,847人   (構成比29.8%) (+ 1.7%)
  (2)韓国     457,772人   (構成比20.5%) (− 1.7%)
  (3)フィリピン  229,595人   (構成比10.3%) (+ 5.5%)
  (4)ブ ラ ジル  173,437人   (構成比 7.8%) (− 1.1%)
  (5)ベ ト ナム  146,956人  (構成比 6.6%) (+47.2%)
  (6)ネ パ ール   54,775人  (構成比 2.5%) (+29.4%)
  (7)米国      52,271人  (構成比 2.3%) (+ 2.0%)
  (8)台湾      48,723人  (構成比 2.2%) (+21.2%)
  (9)ペルー     47,721人  (構成比 2.1%) (− 0.5%)
  (10)タイ       45,379人  (構成比 2.0%) (+ 5.3%)

今日ユッサであったのはネパール人だった、色が黒いのでどこの人かと思った。
そしたらネパールだと英語で答えた、ネパール人は英語をしゃべれる、ガイドするときも英語で案内してくれた。
英語がしゃべるというときその国はイギリス帝国に支配されたからである。
マレーシアとかビルマでも今のミャンマーでもそうである。インドとかもそうである。
エジプトでも紙幣がポンドである。だから世界では未だに英語とか通じることでイギリスの支配を感じるのである。
フィリピン人が英語を話すというときアメリカが支配していたからでありイギリスとは関係ない、そしてスペインとかポルトガルが南米を支配した、だからメキシコはスペイン語でありブラジルはポルトガル語である。

今外国人が日本に来てるというときベトナムとネパールが増えたいるというとき本当だと実感した。なぜなら鹿島駅であったのは中国人が連れてきたベトナム人だったのである。連れて来た中国人は日本語をしゃべれるから案内した
今回会ったネパール人は英語をしゃべれる、カトマンズの出身だった。
ということはカトマンズは一番の大都会であり必ずそこから奥地に入る
だからその人は都会人でもある、ただネパールは山の国であり3000メートル級の高地にも人が住んでいて貧しいのである。牛を飼っていたりジャガイモがとれたとかあったがまずあの高い山で何を食べているのかとなる、もう何もできないという感じなのだ。
そんなところで良く生きているなという感じになる。
だから卵までインドから輸入したりしている、リンゴも小さいものを食べたがそれがリンゴなのかとなる、ともかくネパールは最貧国なのである。

その人は所沢からレンタカーで日本の会社の人に連れられて来た人だった、聞いてみると会社は川崎にあり所沢からレンタカーでここまできた、エネルギー館の仕事できた。
そしてその会社ではネパール人を20人くらい雇っているという
その訳はその会社の社長の娘がネパール人と結婚したとか言っていた、それで縁故がありネパール人を雇っている
そしてなぜベトナム人であれネパール人などが今日本で増えているのか?
それは人手不足がそれだけ深刻なのである。
ここではまだ建築関係で人手が必要でありその人手がたりない、それで外国人が入ってくる。

そして注意しなければならないのは中国人が一番多いことはわかる、ここの裁縫関係の会社でもいつも中国人の女性が働いている、でも中国は豊かになっている、まず北京となると日本と物価でもさほどかわりないのである。ある面で日本より中国が豊かになっているのが現実である。
なぜなら満州里とかあんな果てでもトヨタの車をもっているという人がいて裕福な人がいるからだ。だから10年前とか20年前の中国とは余りにも違っているのである。
その時物価は十分の一だったからである。今や新幹線まで走っている時代である。
だからこそ中国は賃金も高くなったから日本の会社でも東南アジアに移している
つまりベトナム人とかネパール人が増えたというとき中国人だけには頼れなくなったからである。
低賃金で雇えるのは東南アジアである、タイも豊かになっているからベトナムとかネパールとかパキスタンとかになる、その辺はまだまだ貧乏であり物価が安いからである。
今度増えてくるのはミャンマー人とかかもしれない

いづれにしろ日本は人手不足が深刻になってきている、この辺でも若い人が流出して人手不足でありもう跡継ぎがいないとか補償金をもらって店をやめたとはいう人もいる
人手不足は医者でも看護師でもそうであり介護士でもそうである。
特にこの辺は原発事故で若い人が流出しているから深刻である、津浪の被災地でも最大の問題は若い人が働き手が流出したから復興できない、いくら防潮堤とか嵩上げの土地を作っても肝心の住む人がいないとなると復興はありえないのである。

ともかくこの辺は沖縄から九州から北海道の人がくるのがめずらしくないのだが外国人もこれだけ多様化して増えているのは田舎では驚きである。
まず今や外国人の旅行者も都会だとあふれているし驚くことではない
ただNHKのテレビで白馬では日本人でスキーする人が集まらないと外国人相手になった。
それはどこでも起きていることである。
そのために女性の主人が英語をしゃべりコミニケーションしていた、その人は別に英語が話せるわけではないがコミニケーションするために覚えたという
そして習字とか外人に教えて好評なのである。
要するに英語でもあくまでも言葉でありコミニケーションの手段である。
だからそういう必要性があれば英語も覚える
ただ高校生がしゃべれないというとき何か外人を特別に意識するからである。
高校生くらいの英語で十分ある程度は通じるのである
ただ自分もそうだったがそういう機会がないしなれていないだけなのである。

これだけ外人が増えてくるとまた英語が重要性を帯びてくる、英語がどうしても共通語になりやすい、何か英語をしゃべるとステータスが高くなる、スペイン語とかだとそうは感じない、だからフィリピン人が英語を話したときフィリピン人は貧乏なんだけど一目置かれるというのも奇妙なのである。
英語をしゃべれる人としゃべれない人で差別ができているのだ。
英語がしゃべれる人はステータスが高くなるのはイギリスが七つの海を支配した時期があったからである。それとアメリカが英語をしゃべるということが大きいのである。
スペインとかポルトガルは小国になっている、英語をしゃべるアメリカは大国だから違っているのだ。

観光でも白馬では高校に国際観光科ができたりするときそれだけ外国人が多いからいかにコミニケーションをするか大事になり英語も実践的に学ばざるを得なくなっている
ただ日本人は英語が苦手である。日本語と英語には何か構造的に根本的に違っていて脳が働かないのだと思う、ただ結局言葉もあくまで人間と人間がコミニケーションするツールでありそれは英語だけとは限らないのである。
英語が優れているからではなく英語がイギリス帝国によって普及したからそうなっているにすぎないのである。
でも英語しゃべれることは損得で考えればグローバル化した世界でますます必要になり得だとなる、だからどうしても英語教育が小学生からやるとかなる

ただ言葉にしても事前に知識があったりすると通じる、どうもわからなかったがカトマンズがハートなんとか言ったときカトマンズがヒンズー教の聖地とかの意味でありヒンズーの寺院が多いからそのことを言ったのかもしれない,つまりそういう知識があれば経験があれば察しがつくことがある。
言葉の前にそうした知識とか経験があることも大事なのである。
ただしゃべるとなると場数を踏むことでありなれなのである。
日本人は相当に英語を学んでいるのだからなれれば話せる
自分も外国にアメリカでも一年でも住んでいたら相当にしゃべれるようになったと思う
その基礎ができていたからである。それを逃したのが失敗だったとなる
もう遂にそれを取り戻す時間がなくなったのである。

結局そうして貴重な機会を取り逃がしているのが人間であり老人になってみんな後悔しているのである。
ヒマラヤだってもっと登ることができた、十回も上ったという人に出会ったからである。だからこれも今や行けないというとき残念だとなる
人間はすぐに年とる、だから何かすべきことをしないとあとで後悔するのである。
だから自分は50歳から外国旅行して本当に良かった、60代になったら介護でどこにも十年間行けなくなったからである。
だからそういうことを考慮していないと後悔することになる
退職してからやりたいことをやると思っても病気になったり介護になったりすることが多いのである、その予定は狂い安いのである、人間は本当に貴重な時間を無駄にしている
これはみなん老人になったとき痛切に否が応でも知るのである。


  
posted by 老鶯 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

原発避難者の長期補償の主張の問題 地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


原発避難者の長期補償の主張の問題


地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


「地方創生の正体」を書いた山下氏の主張はすぐには帰れといっても帰れない、時間をかけて帰還をすすめるべきだという、だから二重の住民票をもち権利をもたせるべきだとか社会的弱者に陥らないために長期に補償すべきだという
この本には自分は共感したが地元の現実になるとまた違っている

南相馬市内でも小高の原発避難者があまりにも様々な手厚い補償をされたのに鹿島区では補償金がわずかしかもらっていないとか不満が大きかった
それより隣の相馬市では六万くらいしかもらっていないからさらに不満が大きかった
そして避難者は何をしているかというと毎日補償金でパチンコだ競馬だとか東京と仙台まで遊びに行っているというのは本当である。

自分は自分の病気と介護で苦しんでいるとき事業に失敗した遠い親戚の人が来たが借金のためにパチンコ屋で働いていたのである。その時避難者はなにもすることがなくパチンコ屋におしかけた、その後避難者はギャンブルであり仮設にいた6年間もそうした生活をししていただけなのである。

ではさらに長期補償したらどうなるのか?そのまままたギャンブルの生活をつづける、本当にその人たちが帰還して故郷を復興する気持ちがあるのか?
若い人はもう移った先で仕事をもく子供は学校にゆき6年もすぎたのである。
時間はたちまちすぎたのである。その時大きく気持ちで何でも変わってしまったのである
国の方針としてまず放射線量で分断させたことが問題だった。小高と原町と鹿島と相馬市で浜通りならほとんど放射線量は変わらないのである。
だから小高を避難区域にしたことが大きな誤りだったのである。
結果的にもう若い人は流出して帰らなくなったからである。
帰ったのは老人だけでありその負担を南相馬市全体で負うほかなくなったからである。

なぜそうんな放射線量で区分けしたのか?そこに国の算段があった。そうして原発事故の被害者を放射線量で分断して一致して国に反対させないよちうにしたのである。
それは飯館村でも起きていた、飯館村ならほとんど放射線量が同じなのである。
そこでも放射線量で補償金の額の違いがあった、これも国が村として一致させないように放射線量で分断したとなる、分割して治めよという手法だった。

避難解除して無理やり帰らせるのは国では補償金をこれ以上払いたくない、国民の意向でもそうである。そして問題は避難した人がギャンブラーになったとかなっていることである。何もすることがなくそうなった。
それが回りの人の顰蹙をかっているし自分のようにその人だけではないが実害を受けている人もいたのである。
その問題を指摘しないのは山下氏の主張にも問題あるなと議論で感じた

確かに避難解除して一年くらいで補償金を打ち切られることはそうした人たちが社会的弱者となり今度は県とか市町村でそれを引き受けねばならない、すでに南相馬市では小高が負担になる、帰ったのは老人がほんとんどであり病院であれ福祉であれ負担になるだけだとなる、生産的活動をする若い人は流出したからである。
他の津浪の被害地でもインフラの整備はしても肝心の住む人が帰らない、若い人が流出したことが最大の問題だったのである。

ともかくいつまでも補償は国でできない、どこかで時間を決めて打ち切る他ないとういのも国の主張としてわかる、でもだらだらといつまで補償するのだということもまた困る
その反発が実際は大きいのである。
そのことも原発避難者は苦しいとしても自覚するべきだがただそういうと怒るだけでありお前は苦しい人をみて非難して楽しいかとなるだけであり、一体感は失われたのである。
飯館村でも分断されたのは意外だった、結局原発事故は家族でも地域でもばらばらにしたというが本当にそうだった
若い世代と老人世代はばらばらになり地域の連帯もばらばらになりいがみあうようなったそのことが精神的に一体感がなくなり復興できなくさせている要因にもなる

NHKでは影の部分は報道しない、テレビでは影の部分は報道しない
でもそれを報道しないと真実はわからないし誤ったものとして全国でも受け取られるのである。
だから山下氏の意見には共感があったが長期補償とか時間をかけて復興させるとかなるがいつまで補償するのだ、あと何年なのだ、その間避難者はギャンブルで遊ばせるだけなのかともなる
それより原発避難者は老人が多いから国で補償しろとなる、実際に小高の人たちはテレビでそれを主張していたからである。すると原発避難者が特別恵まれた特権を得たとなるのである。別にその人たちにとって故郷の復興より年金とかで補償される方がいいのである長期補償とは死ぬまで補償される方がいいとなるのだ。
長期補償にはそうした危険性がある、復興に結びつくとは限らないのである。

ただこの問題は深刻だから時間をかけねばできないということも言える、急いでやれとしてもできないことがある。でもまたそれが補償金をもらうということと結びつくと問題が生じる、それは南相馬市内でも反発が大きいからである。
国民の反発も大きい、いつまで補償金もらっているんだとかなる
だからその点が議論されなかったのは不満だったのである。

posted by 老鶯 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連