2017年03月11日

シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除” 〜福島でいま何が〜を見て


シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除”

〜福島でいま何が〜を見て


飯館村でもそうだが分断された、それはもう住めないから補償金をもっともらい村には住まないという組と菅野村長は村に住みつづける人を優先的に考える
菅野村長の考え方は原発事故の時、村人が避難すると村が崩壊するということに危機感をもち避難させなかったのである。
ここから酪農の友達だった人とも分断されて合わなくなった。
飯館村には飯館村の事情がある。やはり一番の問題は放射線量が高いことである。
避難困難区域の近くの蕨平でまだ除染しても2シーベルト以上あった。
2以上になると今では高いとなる、山側の森は3以上あるといっていたが自分も計った時そうだった。そもそも庭とか平地を除染しても飯館村は山が7割以上なのだから山や森を除染しないかぎり減らないのである。一時しのぎに除染しているだけなのである。

だから反村長派の言い分もわかる、そんな無駄な除染するより一億円でもいいから補償金をもらった方がいいという意見である。
実際に除染するだけで一億円の金がかかっていた、家の裏の木を切ったりするとそうなった。
飯館村でも補償金が高い処とで額が違ってもめた分断された、これも国の方針であり国がむしろ村民を分断させるためだったのかともなる、それは南相馬市でも小高のことで分断された。飯館村全体で一つになるより国が分断させたのである。
それは南相馬市でもあったことであり飯館村でもあった。それは国によって成されたともなる。
飯館村の問題は放射線量がもともと高かった、佐須ではホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルとあったのだ。それには自分も恐怖した。
なぜならその泥がやがて真野ダムに流れて真野川から下流の南相馬市でも鹿島区でも流れてくる、そのダムの水は相馬市でも利用しているからだ。

だから飯館村の問題は飯館村だけではない、南相馬市にも影響しているし相馬市にも影響しているのである。
だからもう住めないのだから一億円でも補償金をもらって他に移り住んだ方がいいという意見もわかるがまたそうなると人が住まないとそこが荒地になり今度は何に利用するかとなるとすでにソーラーパネルが作られ景観は破壊され森が破壊されて災害が起きるとそこに住む人が反対していることでもわかる。
それは飯館村だけの問題ではないのである。現実にフレコンバックから放射性物質をふくんだ泥が川に流れだしていたからである。
そしてそうして荒地になる、人が住まないとどうなるのか?
そこは国の管理化になり放射性物質の処理場などにされるのである。
住民はそうして補償金をもらえばいいとかなる、それもまた問題なのである。

NHKでは飯館村の問題を飯館村に限ったものとしてしか報道していなかった。
実は南相馬市とも相馬市とも密接に関係していた問題である。
その視点が欠けていたのである。ただ今回は公平に報道していた感じはする
どっちに味方しているとも見えてない
南相馬市などの原発避難者については明らかに原発避難者側にたつ報道だった。
要するに飯館村が二つに分断されたように南相馬市でも補償金で分断された事実があるし他にもある。その分断されたことを隠して原発避難者側にのみ立って報道していた。
原発避難者に文句は言うな、かわいそうのだから言うなという方針をもち放送していたのである。

いづれにしろ復興というとき市町村の復興というとき津浪被害地なら津浪の被害を受けた市町村の復興である。
原発事故の場合は何か違っている、もう放射線の被害で住めないから戻れないとなる。
だから復興を飯館村のような酪農とか牛を飼う村では仕事もできないからあきらめて補償金をもらって他に移り住む組と村に残り生活する人とに分断されたのである。
村長はなんとか村にひきとどめようと学校を新しく作ったり住宅を作ったりインフラを整備している。でも村長の孫自体がその学校に入らないと批判されているのである。
前は村長は福島市にマンションを買ったなどということを言う人がいたが夫婦で普通の住宅に住んでいる、ただそれがどういうものなのかわからない。
福島市に拠点をもち飯館村に帰れというのも矛盾したと思っていたが今はどうなるのかわからない、NHKではマスコミでは何か裏のことは報道しないからである。

飯館村だけではない、なぜ避難区域となり一旦避難した人は避難解除になっても他でも楢葉でも富岡でも南相馬市なら小高でも帰るのは一割程度でありそれも老人だけなのである小高はまだ南相馬市のガバナンスがあり他とはまた違っている、他では水道とかインフラも補償金が払われないと維持できなくなる、人口が極端に減ったから水道料金も一割に減ったらもう維持できない、それはまさに限界集落化しているのである。
インフラを維持できなくなるのだ。それで水道料金が一万になるとか馬鹿高くなりる公共サービスも受けられなくなる、ただこういうときもし自給自足の生活だったら別に山の清水を飲み山の木を燃料としたり炭を使って自給できたのである。
今はそうはいかいならかもう限界集落化するとその地域は消滅する

だから合併を考えているというのもわかま、一つの町や村でももうガバナンスが機能しない、自治体が成り立たなくなっているからだ。
小高はまだ南相馬市としてのガバナンスが機能しているので救われている
でも南相馬市でも小高は負担になっているからみんな帰って仕事をして村を復興させてくれとしているが帰るのは一割にもみたないし老人がほとんどなのである。
ただ4月に小高工業とかが再開すると多少活気がもどってくる、300人くらい生徒がいるし原町とか鹿島や相馬市からも工業専門だから通う人がいるからである。300人は結構多いなと思ったからだ。それも若い人たちだから老人とは違うから活気が多少もどると思ったのである。

津浪でも原発事故でも人口流出が一番の問題だった。やはり市町村というのは一定の人口がないと成り立たなくなる、そして少子高齢化も打撃に拍車をかけた、何かNHKのメッセージをよせていたのは若くても40代でありほとんど60以上の人たちである。
60代になると将来のことを考えるどうせ後何年か生きるだけだとかなるからである。
そして仮設に暮らして6年間すぎたら津浪の被害地では原発事故の被害地と違って補償金がでないから家を建てる気力もなくなったというのもわかる
仮設でもいいとかなる、そういうものだとかともなってくる
その気持ちも老人だとわかる、自分ももうかえって大きな家が負担になっていることでもわかる、老人はいろいろなものをもつことでも負担になるのである。
だから金ものないに家を建てるというのは容易ではないとなる

そういう少子高齢化の影響は今回は相当復興の足かせになったことは確かである。
なぜなら戦後焼け野原になったとき子供が多かった、それが今の団塊の世代なのである。その子供の多いということが日本にとって復興となったのである。
集団就職とかでも田舎から東京に労働力を供給できたからである。
それで高度成長となり日本は復興したからである。
でも今はその団塊の世代も老人となり負の存在となり社会の負担となってゆくとき日本社自体が衰退になってゆくのである。
この少子高齢化が今回の津浪であれ原発事故であれ復興がすすまない最大の要因だともなる

ともかく飯館村でも避難解除するというとき国ではこれ以上を補償金を出したくないから避難解除する、国民でもこんな莫大な補償金を廃炉の金を使うことに賛成したくないからである。ただ国民にしてもこれだけの金が税金が廃炉にはかかる、原発事故が起きたら致命的となり国さえ傾くのだということを自覚すべきである。
原発それだけ他の事業とは違った国家さえ傾けさせるものだったということを自覚すべきだったのである。


今日の南相馬市鹿島区(薪ストーブの家)


今日の南相馬市鹿島区(薪ストーブの家) 

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ここが五六軒が空家になり空き地化している、街の真ん中なのである。



今日の鹿島駅ではない、鹿島区である。自分は毎日鹿島区内を行ったり来たりしている、前から注目していたのが薪を積んである家である。
街中にどうして薪を積んでストーブに使用しているのか?
それが今日薪を積んだ軽トラックの人がいたので聞いてみた

「これも燃やしているんですか」
「そうです」
「いろいろな木があるみたいですね」
「ナラとかケヤキとかあります」
「木によって燃え方は違うでしょう」
「そうですね、杉の木は燃えやすくてだめです」
「燃やしても長持ちしないとやはり薪の場合はまずい」
「堅いのいいです」
「これだけのものを集めるのは大変でしょう」
「これはもらったものでありいらなくなったものです、家の柱などには使わないものですこれは象の置物です、外材も多いです、何か燃やしてくれと頼まれることがあります」
「自分も子供の頃゛バタをとりにいってて鉄砲風呂で風呂たくのが仕事でした」
「そういう時代もありましたね」
「薪でストーブはあたたかさが違うでしょう」
「そうですね、部屋全体があたたまります」
「それにしてもこれだけの薪を割ったりそろえるのは大変だな」
「あそこにも薪を貯える場所を作ったんですよ」
「そんなに薪が必要になるのか」

現代生活に合った薪ストーブ選び

何軒か街中でも薪ストーブをしている家がある。これも今では相当な贅沢である。
これをしているのは倉庫になったような所であり暮らしているのは別な所だった。
薪ストーブというとき冬を楽しむにはいい、エアコンよりぽかぽか体全体が家全体があたたまる感じだからである。
田舎では囲炉裏があり一日燃やしていた、その囲炉裏の側で寝ていたのである。

薪を積んだ家というとき栃窪村などにもあり場所としてはいかにも山の村としてあっている。

栃窪に薪積む家や冬籠もり

こんな感覚になるが街中だとなにかそういう感じはないしこの辺は特別寒い所ではないから必要でもない、やはり寒い山国だとあっている。

この薪積む家の人と話して次ぎに知っている人の畑を見に行った。イヌフグリの根っこをとっていたた。その根っこが細かく張っている、だからそれをとるのが苦労なのである。荒地になったところにイヌフグリが一面に咲いてきれいだと思ったがこれが畑として作物を植えるのには苦労なのである。
その畑に毎日行っている人は畑の話をする、でもイヌフグリが花であり春の季語でありその花の名前も知らないのである。
花を活けるのだが畑でとれた地元の花は長持ちする、でも一旦冷蔵庫に入れた花は長持ちしないという、そういうことに詳しい、野菜作りと花は植物だからにている。
土作りも花の場合も必要なのである。

自分の場合はイヌフグリというとき春を告げる花としてしか見ていなかったのである。
農業するものにとってこうしたものが実際は草にすぎず邪魔者になっているだけだとなるその近くに畑まで歩いてもこれない老人が畑で作業している。もう歩くのもやっとなのである。それで娘が車で迎えに帰るのである。それほどまでして畑をやるのかとなる。
この辺は回りが荒地化しているのだ。それが何か影響してくる
前はこういうことがなかった。その知っている人は一年で千円で土地を借りて野菜作りしている。
ただほんのわずかのものしかとれない、一回トマト数個もらっただけである。
そして苦労話は百倍しているだけなのである。
鳥に食われた、盗まれたなんだかんだと苦労話だけなのである。

その次は買い物でスーパーに行った、新しいのが一軒できたので便利になった。
そこに売っていたのがイスラエル産の果物である。
イスラエルからも果物が来ているのか?それがいぶかったが自分はイスラエルに行ったことがありキリストの生まれたナザレにも行った、イスラエルで誤解しているのはあそこは砂漠であり土地が肥えていない、それで入植して人工的に潅漑などして果物などを作ってたいる、グレープフレーツの品種改良したものである。


スウィーティーはアメリカではオロブロンコ(Oroblanco)と呼ばれているもので、1958年にカリフォルニア州のカリフォルニア大学リバーサイド校柑橘類研究所においてグレープフルーツ とポメロ(文旦の一種)を交配し生まれた品種です。この時に姉妹品種の「メロゴールド」も生まれています。

オロブロンコというのも売っていた。ただイスラエルから輸入されているとういのは意外だったのである。それだけ本当に田舎でも国際化したグローバル化経済の中にある。
田舎といっても昔の田舎とは違うのである。田舎的なものは残っていても自給自足の田舎などどこにもない、どこでも山の中でもグローバル化経済の中にあるから金がないと生活できないのである。

なんか自分は母を介護したときは淋しさを感じなかった、絶えず母に注意していなければならなかった、だから精神的余裕がなかった。外に注意を向けることができなかった。
そして大きな家に一人になったとき感じたことは何かからんとした所に一人いることが普通ではない、淋しいと感じるようになった
それで人恋しくなる、それで駅とかに言って話しかけたりする、今までは家に人がいれば淋しいとういことは感じなかったのである。
それで一人暮らしになった人がお前は介護していても家に人がいるからいいと言っていたその人も妻を失い大きな家に一人でいるようになったからである。
だから一人暮らしになるということがどういうことなのかこれも経験しないとわからない
もう一カ所は街中に空家が四五軒まとまってあり空き地化したところを毎日通る、そこには公園もあるが老人が出てきたので聞いてみた。

「ここには空家が多いな、どこに行ったんですか」
「町内に移動しただけです」
「町からでたわけではなかった」
「あそこも空家なんです」
「あそこは空家に見えないな」
「私も一人で暮らしているんです」
「自分もそうですが・・そういう人が増えたよ」

あそこは別に他の市町村に出た人ではない、そういうことが多いから聞いてみたがかえって金があるから新し場所に家を建てたとなると余裕があったとなる
この辺では震災以後新しい街が三つくらいできたくらい新しい家ができたからである。
鹿島区は人口は減らないのである。人口が減るとやはり全体の影響が大きくなる

いづれにしろ自分は小さな範囲で介護以来生活している、でもそこからも世界は見える
つまり田舎でもいかにグローバル化経済の中にありまねがれないということである。
だからとても昔の自給自足の田舎とは余りにも違いすぎる
イスラエルの果物が輸入されているというのもそうである。そういうことは外人が入ってこなくてもそうでありそういう世界に田舎でも組み入れられているのである。
カナダのトロントから鹿島区に住んでいるフィリピン人の母親を頼りきた息子がいたりとそういう世界に田舎もなっているのである。
そして自分がカナダの国債を買って損したというのもそうである。
そういうことは田舎だってあるしグローバル化経済からどこでもまねがれない社会に生活しているのである。アフリカの奥地でもドルが通用するとなるとそうである。
そこで「ワンドーラー」をくれとかロバに乗った子供が叫んでいるのが現代のグローバル化経済社会なのである。
原発事故だってグローバル化経済とか社会とか世界的なものでありそれが事故となり問題化したのである。原発の是非は世界的な問題でありそれでフクシマが有名になったのである。

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国と地方の歴史を見直す (原発は国策であり地域を破壊した)


国と地方の歴史を見直す


(原発は国策であり地域を破壊した)


● 国と地方の歴史

国と地方の問題は人間の歴史がはじまってからある問題である。
もともとクニというのが一つのアイディンティティを育む単位になっていた
それは自然発生的なものでありだから自然と深く関係してアイディンティティ化したのがクニである。

会津嶺の国をさ遠み逢はな はば思ひにせもと紐結ばさね

この万葉集の歌の会津はクニでありこれはすでに大きなクニの感覚である。クニの前にサトとかムラとかがある。ムラは群れるからきてきるから人が群れるだけではクニにはならない、何か一つの連合体ができたときクニになる。
それは外国でも同じである。countryはクニのことだからである。

ここで注意しなければならないのはクニと国家は別物なのである。クニは自然発生的に生れたアイディンティティをもつものである。だからこそ文化的歴史的なものに根ざしている、歴史より文化に根ざしている、cultureはcultivate(耕す)から来ているからである。その土地に根付いて耕したものが文化だからである。

だから自然発生的に生れたのがクニであり何か親しみがある。方言では訛りでクニがわかるというとき方言はやはり文化的なものでありその土地に根ざして生れたものだからそうなる、だからクニに根ざしてこそ文化があり人間的なものとなる
国家というときそれはクニとは別物である。国家には非人間的なものがありまた仰々しいとういか威厳あるものとなる、英語だとstateなのである。
それは威厳あるものでありcountryとは全然違う、countryは田舎でもあるからだ。

ただ国家でも日本ならもともとヤマト朝廷というときヤマトという山戸という一地域のことである。それが拡大して日本になったのである。
だから奈良という地域に最初の国家をが形成されたとき

大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し

青垣山とはまさね山が垣根としてある、山に区切られたものとしてクニのまほろばがあるとなる。日本は山国だから山で区切られる、盆地のような処をクニとして意識していたのである。
このクニの感覚は封建時代まで江戸時代までつづいたしその後もつづいている。
封建時代もその土地に根ざしているから自然発生的国の意識になる。
だから江戸時代までは多様なクニがあった、それは自然条件でもそうなったのである。

●原発は国家と地方自治の問題を浮き彫りにした

原発というのはこれはクニとしてあるもののなかに地方の自治体に国家が深く関与していた。なぜなら原発は国策でありそれはまたアメリカの強制としても日本に押しつけられたという側面があるからだ。
核戦略として原発を維持しなければならないとか日本の技術力を維持するために原発が必要だとかあったからである。
クニというより国家的意識が強く打ち出されたものだった。
東電でもあれだけ巨大な会社でも国の支援がなければ原発は建てられなかったからであるだからこれだけの20兆円もその後始末にかかるということに驚いた。その補償金の額にも驚いたのである。そんなに補償できるのかともなる
それは国策だったからできたのである。国家的事業としての原発だったのである。
国家がかかわるからこそこれだけの巨大事業が成される、補償もされたということである

でもそれだからこそクニという一つの自然発生的アイディンティティ化されたものは大規模に破壊されたのである。国家が対外的に生れた、外国の驚異、外国に攻められるという驚異から生れたというとき戦争になり戦争は最大の国家的事業でありそのためにこそ300百万人も国家のために死んだのである。
国家なければ家族もない地方もない、クニもない、ムラもないとなる、国家がなければ国の存亡がかかるときそれだけの人が国家のために死なねばならなかったのである
原発は確かにエネルギー政策としてある。でも火力発電所でもいいのだし他にもエネルギーが求められる、でも核戦略がありアメリカの意向もあり原発が作られたのである。
それは国家の政策であり一企業が利益を出すというのでもなかった
そこに原発の特殊性があったのである。

地方と国の関係はそれは人間の歴史がはじまってからある。原始時代になればクマ族だとサル族だとかイヌ族だとかトーテムがあり種族がありやがてそうした種族の統一の象徴としてトーテムポールが生れた。クニとクニの争いはどこでも常にあった。
それを統合するのがまた大きなクニである。会津はそうした大きなクニとして意識された領域だったのである。それは江戸時代でもそうであり今にも継続されるクニなのである。クニは自然と風土と一体化しているから文化的なものとしてアイディンティティ化している、国家は必ずしもそうはならない、だからアメリカとか中国とかロシアとかになるとその国が巨大になるから法治国家とか主義の国家とかなる。
民主主義と社会主義が違うようでもやはり一つのイデオロギーで国家を作るのはにている自然発生的国家ではない、だから何か人間的なものを逸脱してくる、それは戦争になることでわかる。戦争のとき一番国家を意識するからである。

●国策の原発により破壊された地方自治体

結局この国策により地方自治体は破壊された、復興でも防潮堤とか道路とかソーラーパネル事業でもそれが住民にとっていいものというよりは公共事業のようになされていて実際の住民の復興にはつながっていない、住民の自主性がないやはり国策としての押しつけだと「地方創生の正体」では指摘している。
この本では昔のなつかしいクニという意識を基本的にベースにしているのである。
そこが自分も共感するのである。自分も相馬藩というクニの中でも自然発生的クニとしてのアイディンティティを追求してきたからである。
それはその土地の山でも樹でも石でも川でも海でも一体化したものとしてのアイディンティティの形成なのである。

そういうものが国策によりやはり原発事故のあとも破壊されているのである。
もちろん白砂松原の景観は人工的なものだと津浪で意識した。景観を破壊したのは自然自身でもあったという驚きである。
ただ松原も人工的なものだったから自然が破壊したともなる
元の自然にもどったともなる、それが馬鹿高い防潮堤を建てたり何か巨大な公共事業で景観が破壊されたし不自然なものとなる、ソーラーパネル事業でも景観が破壊されるだけではない、飯館村で反対運動が起きたように災害の要因にもなる
自分は何か景観にこだわる、なぜかというと日々そこに生活しているからそうなる
それで屋形の処が土をとってむきだしになったのを毎日見ていると嫌になった。
それは馬鹿高い防潮堤を見ていたら嫌になるだろう。本当にそんなものが必要だったのかともなる、それは不必要な国策による公共事業だったのかともなる
それで女川は防潮堤を作らない街作りをしたのである。
それでも人口流出が大きいからいかに復興が困難なのかわかる

この辺でも人口流出があり小高でも浪江でももう避難した人は10パーセントくらいしか帰らないのである。浪江でも廃炉事業のための宿泊施設の街として復興させるというときそれが町なのか?廃炉事業が終われば生活の糧がなくなり町が消滅する
廃炉事業だけに特化されたものが町なのかとなる。
町であれ村であれ千年とか継続してきたし継続するのが町であれ村であり市なのである。だから昔のクニの復興が問題である。それはやはり漁業でも農業でも林業でも総合的な場としてのクニの復活が必要になる。
国家からのおしつけとしての事業には問題があるとしたとき自分もそう思う
またガバナンスがなくなったというとき小さいコミニュティなど村とか部落でもその上の町とかのガバナンスが自治体が喪失すると維持できないとも言うのもわかる
小高はまだ南相馬市のガバナンスがあるが浪江とか双葉とか大熊や富岡でももう失っている

これも結局現代の社会が広域化しているグローバル化している、田舎でもそうである
村が自給自足していた時代とは余りにも違うのである。
その結果として国家とか巨大会社とかが田舎にもかかわっている
炭焼きでエネルギーを供給していたとき中央の国家にも頼らない自給自足の生活していたから都会でどういう生活をしようと自分たちには関係ないとしていたのである。
そういう生活ができていたのである。

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

富んでいる都会のことなど知らないことだ、炭焼きの煙は絶えずのぼりここに自足した生活があるとなっていた。
この時代とあまりにも違う社会になったからこそこういう問題が起きた。
でも人間は過去には戻れない、過去は参考になってもでは未来はやはり別な未来を志向する、だからエネルギーだとソーラーパネルとかなったり風力とか志向したりする
でもそれもまた自然破壊であり同じことの繰り返しだなともなる
いづれにしろその土地から自主的にわきあがるものがないと復興はできない、国家頼りではできないというときそもそもクニの形成とは何なのか?
そういう根源的な問題も問われているからむずかしいとなる


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posted by 老鶯 at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連