2017年03月06日

コンビニで監視カメラが警備会社とつながる 相互信頼のない殺伐とした社会


コンビニで監視カメラが警備会社とつながる


相互信頼のない殺伐とした社会



近くのコンビニで何かしきりに警告している、何なのかと思ったら監視カメラがカウターの前に二台大きなのがすえつけられていている、そしてそのカメラは警備会社と直通であり盛んにそのことを警告している
そのコンビニは前とは違い警戒を強めている、万引きなどを警戒している
それは前にもあったがその警戒の度合いが強いのである。
何か見て回っていてのだが何か買うのかと店員が言ってくる
何も買わないものは早く出て行きなさいという感じである。
そして立ち読みも禁止していて店に長くいま人を警戒している
すぐに目的のものを買って店を出て行ってくださいという感じである。

自分はオカズなども買ったからそういう客ではない、ただ何があるのか見て回っていた。ともかく買物はどういうものがあるかを知ることが意外とむずかしいのである
ゴンビニによっても売るものが違うからである。
だから何を買うのかが問題になる。それで見て回っていた。
でもそうしていると何かうさんくさい何も買わないで見て回るだけの人だとされる
だから何を買うのか買わないなら出て行ってくれと店員が口には出さなくても強いている
ではなぜこんなふうに変わったのか?やはり万引きなどが多いからなのか?
そこの店はこれまで外部の除染関係とか工事関係者の利用が多かったのである。
何かそういう理由があるのか?そこはセブンエレブンではない。
でもその警戒ぶりは異様にも思えた。
地元でもコンビニに十年通っても今はお得意様とはならない、それはどこでもそうであるコンビニでもスーパーでもお得意にはならない、そして客も信用できないからそうした厳しい監視体制をとる、警備会社にたのみ警察が直結しているともなる
コンビニ強盗にも備えているということがある。

そういう店に入ると何かとげとげしくなる、ゆっくり品物を見ていられないのである。
もちろん立ち読みもできない、そういう余裕がない店になる
何か自分は息抜きに店を利用するということがある
毎日三軒は店を常時回っている、それだけ買うものがあるからである。
あのようになるとあそこの店には行きたくないともなる

もう資本主義社会をつきつめてゆくと金だけの社会になる、人間関係も金しかなくなる
実際には自分はそれを経験した。
要するに「お前のために働いているのではないんだよ、金のために働いているんだ」となっているのが普通である。
労働はすべて金のためでありその人のためではない、お前のために働いているのではない金のためであるのをつきつめてゆくと自分が経験したように相手が介護で困っていようが病気だろうが関係ない、金さえとればいいとなり実際盗まれたり虐待されたのが自分である

その人は借金しているから自分のためには何一つ軽い荷物すらもつのを嫌がっていた。
ただただ金がほしいしかなかったのである。
それが極端になると相手のことなど全くかまわない、金さえもらえばいいとなり強盗にもなる、そういう経験もしてきた。
だから家の中に人を入れるのは今はとても信用できる人がいないから一番危険になる
そこに経済的格差が大きいと本当に危険になる
家で働くものはよほど信用がある人でないと危険極まりないものとなっている
それはみんなその人のために働いているのではない金のために働いている社会だからである。

結局江戸時代の貧乏の暗黒があった、容姿のいいものは遊女にされ不細工な女性は過酷な紙漉きをさせられたとか暗黒があった。
現代もまた相互信頼がない暗黒社会である。それはアメリカとにてくるのである。
アメリカをまねて日本も資本主義社会になったからである。
もちろん金が常に人を支配してきたとういことはある
でも何か現代はそれが異常化している、それはアメリカでは他人は信用しない、玄関に人が来れば銃をかえまているのがアメリカである。
まさにこのコンビニはアメリカと同じになっていた。客が来ても信用しない、銃をかまえている、即警備会社から警察に監視カメラがつながっているのである。

ともかく現代の暗黒もまた江戸時代などの暗黒もあるが変わらないものがある。
貧困社会になれば余計にそうなる、資本主義社会は金がないともう余裕などもてないものになっている、清貧などありえない、基本料金として水道からガスから電気から通信費でもかかるから清貧はありえないのである。
金がないということはそうして精神的余裕がてないのである。
自分は今まではそうだったが金が入った結果精神的余裕がもてるようになったのである。このくらいの金はたいしたことがないとかなった、今まではそうではなかった。

もう日本も貧困社会になるとみんなさらに余裕がなくなる、物があふれていても金がなくて買えないとなるとかえって餓鬼地獄のようになる。そして唯一の頼りが金だけになる
人が働く動機も金しかないというとき殺伐としたものになる
遂に極端になると金をめぐって殺すか殺されるまでなる、メキシコなどは貧困社会でありギャングが横行するから実際にそうなっている
そういう殺伐とした社会では金持ちでも安穏とはしていられない、メキシコでは金持ちが誘拐されるのが多いからである。
いくら個人が余裕があったとしても回りがみんなそうなったらとてものんびりとしてはいられないのである。そういう経験をしてきたから今の世の中はかえって江戸時代よりも貧乏な時代よりも暗黒だとさえなる
結局この世の中から暗黒はdarkness duaではないがなくならない
一見現代はいい面も多々あるが金のないものにとっては地獄なのである。
その傾向は貧困化しているから日本でもますます強まり相互信頼もなくなり殺伐となってくるのである。

タグ:監視カメラ
posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題