2017年03月08日

資本主義社会は資本蓄積がない人は豊かになれない (今はそれができないから貧困社会になった)



資本主義社会は資本蓄積がない人は豊かになれない


(今はそれができないから貧困社会になった)


資本主義は何かというときそれを学問的に定義しても普通はわからない、資本主義だから資本を中心にした制度であり主義だともなる。
資本というのには実際は社会の中で多様である。土地というのも大きな資本である。
土地をもっている人は日本では得に金持ちに成りやすかった。
今でもそうである。農業はまず土地がなければ土地という資本をもたなければなりたたない、土地という資本があり労働がそこにつぎこまれて生産があり収穫があり実りがあり
富をもたらす。

資本主社会は土地であれなんであれ資本をもたないものは豊かになれない、土地と家をもつとそれも資本となり資本蓄積が生れて豊かになる基礎が生れる
でも土地と家を買ってもローンになると資本蓄積はまだ成らないとなる
土地と家が財産となるとき資本蓄積が起こりそれを受け継ぐ人は豊かになる
ただ今はかえって土地でも家でも空家からするとそれが資本として有効なものにはならない。豊かな家は先祖からの資本蓄積がある場合が多い、一代で豊かになることはむずかしいからである、だから先祖が悪いと豊かになれないとなる
あいつは遺産をもらってたいしたことしなくても豊かになっているというとき妬む時、それはその人の先祖が悪いともなる

共産主義はこの先祖からの資本蓄積を否定する思想だった、元から土地をもっているとか金持ちとなっている人は不公平だという思想である。
先祖からの資本蓄積を否定する思想なのである。
伝統的な考え方でば聖書でも豊かなにるのは先祖のおかげだという思想がある。
つまり共産主義の考え方はそうした歴史の否定なのである。
だから中国では文革革命でそうした歴史的なもの文化的なものでも破壊したのである。
つまり先祖を無視して一から平等にしてやり直すことだったのである。


ともかく何か基礎としての資本蓄積があると豊かになりやすい、何もないところから資本がないところから始めるのは相当な努力が必要になるからだ。
自分の家では店を始めるとき50万くらいの金がないとできなかった。駄菓子屋のようなものをするにしてもそれだかけの金が必要だったがその金が用意できなかったが自分の姉はしっかりものだからその金を用意したがその苦労を語っていた。
つまり自分がこうして楽していられるのは親のおかげなのである。
親に恵まれたから楽していられるとなるのだ。

資本蓄積が成されたからである。自分の母親も60歳の時、一カ月三万もらった。
60から100歳まで生きたのだからその額も大きくなったのである。
3万×12×40=14400000となった、1400万になった、その金を全然使わないからそうなったただその金も全部ではないにしろ盗まれたからなんのためにためていたのかわからない。でもよくよく考えてみるとその金は国から支給されたものである。その時は国民年金のように全然積み立てをしていないからである。
経済的に60以上の人が貯金の8割をもっているというとき30年前頃で貯金していると金利が高いから20年とか貯金していると倍になったからである。
貯金していた金利は当時のままであり下がらないからそうなった。
今の老人はそうして資本蓄積して金を持っている人はもっている、もっていない人はもっていない。

いづれにしろ金も資本主義社会では大きな資本であり株でも債権化されて資本主義市場で金が働くのである。人が労働しなくても資本が金が働く仕組みになっている
そういうシステムがない時代があった。土地とかでも売り買いがあっても今のように債権化して世界市場で売買されることはなかったのである。
だから資本主義社会とは資本が何でも金でも金を生むシステムである。
株をするにしても元金が大きければギャンブルのように大きな金が入り格差社会になったのである。もともと元金が資本がない人は豊かになれないシステムなのである。
株でも一億円とかあればそれが元金となり金持ちになれる、でもその一億円の元金を作ること自体が普通の人にはできないから株の世界には入れないのである。

資本主義の特徴としてはどうして豊かになれのか?それは土地とか資源の豊かな国は豊かになれる、それが前は地主でありグローバル経済になると石油をもつ国は豊かになれる、でも石油を精製する技術が中東ではないから豊かになれない、技術力が関係してくる。
それからイノベーションがないと発明がない資本主義では豊かになれない、常に発明を求める技術力を求める社会である。
そもそもヨーロッパが豊かなになったのは世界貿易の結果である。それは大航海時代からはじまる、最新式の船を造りアジアに進出して貿易で富を得たのである。
その時航海は危険だからみんなで金を出し合ったのも資本主義のはじまりという人もいる一方で勤勉に働いてマックスウェバーの宗教が勤勉を生み資本蓄積が行われたからだという説がある。この二つは資本主義の基本にある。

技術力というとき発明というときコンピューターの発明は大きかった。
それがスマホとかになり世界的革命となり普及した。そのITの技術力でアメリカが優れていたから世界をリードするようになり豊かになった。
パソコンの発明は実際画期的なものだった。自分が抽象画を作ってつくづく不思議だと思うからだ。全く絵の才能がないものが絵を作り楽しむことができる不思議である。
そういう芸術の分野でも精神の分野にも技術は影響していたのである。
そういう発明をするものは資本主義では世界をリードして金持ちになる
アメリカがエジソンを生んだようにアメリカが豊かになれたのはそういう発明があったからだとなる、医療分野でもガンの薬が百万とかで新しいものが効果あるものができているそれが馬鹿高いにしてもそれがガンに効くとなると買う人もいる、それよりそんな薬が発明される手いることに驚くのである。

とにかく今はいろいろ不満があっても資本主義社会にグローバル化経済の中で生きているするとそういうなかで生きることを否定しても否定できない、それが現実だからである。それでdarkness duaではそのことを説いているのである。
どうしたら資本主義社会で生きぬくかという知恵である。
でも明らかなことは資本蓄積がないと豊かにはなれない、金持ちにはなれない
一千万をためるのに一万貯金して30年とかなると嫌になるだろう。
自分の母親はそういうことをしてきたが使う必要もなかったからそうなっただけなのである。

なんかそのこと自体がいかに今の社会が貧困化しているかの証明である。
高度成長時代だったら貯金が倍になったのだから容易にできたことだからである。
その時の金の価値は二倍三倍だった、なぜなら一千万貯金したら二千万になったからである。今の一千万は一千万の価値もないのである。
高度成長時代だったらこんな金の計算はしていないからである。
非正規雇用者とかなるとじり貧であり貯金もできない、日本も貧困化社会になっているからどうして生きるかとなると節約とか働きつづける意外道がないとなる
老人になっても働き続けるほかない社会だとなってしまったのである。





posted by 老鶯 at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

今日の鹿島駅 (名取の空港から大阪へ行く人)


今日の鹿島駅

(名取の空港から大阪へ行く人)


今日は風もないから電車は遅れない、ここ三日くらいは風がなくおだやかなので遅れがない。今日であった人はどうも記者らしい、どこかで見た顔でもあった。

「名取から大阪に行くんです」
「大坂まで飛行機で、いくらかかります」
「8000円です」
「それは安いな、新幹線だったら大坂まで3万以上かかる、そんなに安かったのか」
「常磐線が仙台まで通じたので名取の空港に行き安くなったんです」
「でも最近毎日のように風で遅れているから困る人もいた、新幹線に乗り遅れたとかいう仕事の人がいましたよ」
「名取まで直通だし何便かは大阪に行きます」
「大阪城の桜は見物だったな、西を旅すらなら大阪へ飛行機で行った方がいいな」

仙台空港から大阪への飛行機代が8000円というのは安い、沖縄に仙台空港から行ったけど3万だった、帰りも3万だった、往復6万となると高い、そんなに安いのかという驚きだった。
これはいろんな航空会社があり選び予約するのが結構むずかしいかもしれない、ただこれだけ安いものがあるのか?
普通は2万5千円くらいになっているからだ。
つまり常磐線が仙台まで開通し結果として名取へ行くのが便利になったから利用する人も増えるとなる
でも大阪も外国人だらけというとき何か泊まるホテルさえ確保できない、カプセルホテルには泊まれるのか?自分が泊まっていたのは東京ではカプセルホテルだった。
今になると外国人でホテルは泊まれない、何か外国人が増えて窮屈になっている
だから日本人が日本を旅行するのに向いていないともなった。
東北辺りはまだ空いているから旅行はしやすいだろう。

もう一人であった人は地元の人であり東北サッシの人だった

「あの人は社長なんですよ」
「ええ、あの人がですか」
「神奈川の人なんです」
「東北サッシというと桜田山にありずいぶん古い」
「50年たちました」
「その頃からあったのは知っています」
「今は人手不足で困っています」
「なかなか熟練しないとやれない仕事でしょう」
「70人くらい従業員がいますが人手がたりないんです」
「この辺は仕事が復興事業で増えましたから」

社長は神奈川の人でありその人を駅に見送りに来ていたのである。自分も一緒に見送ったのである。無人駅になりホームに出入り自由だからできる
その社長はこの土地の人と縁故ある人であそこに会社ができた。
駅にいると意外とそこが人の出入りする場所、情報を得る場所交換する場だということがわかった、今日は会社員と見ていたが征服が背広のような黒だったからそう見た
その女性は相馬高校だった、その制服だった、前は紫色の縞模様だった、だから征服も変わった、何か会社員のような制服に見えた
何でも吹奏楽部に所属していてその関係で来ていたらしい。

ともかく駅は意外といろんな人が出入りする、若い人でも年寄りでもそうである。
なかなか若い人と話す機会がないがあそこでは話せる
つまり駅では同世代の人とか年寄りとかばかりいるむけではない、世代だけではない、いろんな人が職業も様々な人が出入りしている場である。
今はまだこの辺は工事関係者も外部から来る人が多い、だからソ連時代にミシンを売るためにガサフスタンまで行っていた人に出会ったことは驚いた。
その人はこの町に住んでいるのである。

自分にとっては駅は面白い場所だと気づいた、いろいろ話できるし情報も得ることができる、大坂間で飛行機で8000円で行けるのは意外だった、特別安い切符を手に入れたからかもしれない、飛行機代も季節により変わってくるからである。

そして無人駅でも困ることがあると利用している人も言っている、何かとまどうことがあるからだ。最近は風で遅れることが最大の問題だったのである。
遅れると新幹線に間に合わないとか飛行機だともう乗れないとかまでなるから怖いのである。

ともかく自分は旅をしてきたから乗り物には興味がある。飛行機でもかなり乗ったからだただ飛行機のことについては良くわからない、だから8000円で大阪に行けるとなるとそこから瀬戸内海と九州に行った方が得だと思った
ただ春になれば外国人も増えて日本は旅しずらくなった。自分が旅したとききは一番いい時期だったともなる、これ時代なのである。
何かするにもいい時代と悪い時代があり時代の影響をまねがれないのである。



東北サッシ工業株式会社

本社工場
〒243-0401
神奈川県海老名市東柏ヶ谷6丁目20番32号
TEL 046-231-4021 FAX 046-231-4026

・東北サッシ販売株式会社
南相馬市鹿島区寺内字迎田39
TEL 0244-46-5291(代) FAX 0244-46-5292

・東和工業株式会社
南相馬市鹿島区江垂字桜平41
TEL 0244-46-2131(代) FAX 0244-46-2125

・東北精工株式会社
南相馬市鹿島区南柚木字仲板282

東北サッシの本社は神奈川県にあり鹿島区にこれだけ会社がある。
東北サッシはこの辺では大きな就職する場になっている
ただ人手不足なのは全国的にもそうだがここは特にそうなっているのである。

50年あった東北サッシを思い(詩) (工場も郷土史になる)


50年あった東北サッシを思い(詩)


(工場も郷土史になる)


桜田山に
東北サッシありて
50年は過ぎしも
今日神奈川の社長を
鹿島駅に見送りぬ
そこに働く人も老いにけり
春なれどもなお寒しも
風花の舞いにつつ
東北の風の冷たし
我は今日も見送り
駅に電車を待ちぬ
同輩もみな老いゆくや
すでに死す人も病になる人も
この駅の建てられしは明治30年
歴史をここに刻むかな

東北サッシは桜田山にあったからなじみがある。他に工場があったがつぶれた。
それを長い間見ていた、ただつくづく50年とかあること自体が何であれ歴史になったと思う、会社でもやはり長くあればそれが歴史となる、郷土史にもなる
人生50年となるからそれだけの長い間故郷にあったことが歴史になる

すでにその人も退職する年齢だというときそうである。白髪も多いから同じである。
その工場にその歳まで働いていたということが重みになる
工事でも人間はそこで働いているということは愛着が生れる
50以上の人が癌になり死ぬということを意識したとき工場で一緒に働いていた人とまた会いたいとか働きたいというのもわかる
工場でも長くいればそこの人でも仲間となり愛着が生れるのである。

鹿島駅は明治30年に建てられたのである。それは相当に古い、蒸気機関車の時代もありそれを自分は経験している、その前からも走っていた、ただ戦前はどうだったのかとかその歴史が今一つわかりにくい、原町駅には蒸気機関車の方向を転換する場があった。
原ノ町駅は明治になりできて原町が相馬市より発展したのである。
その原動力となったのが蒸気機関車であり駅だったのである。
その時森林鉄道も全国にあり東京に木材などを運んだからである。
常磐線は常磐炭鉱があり石炭を運んだ、小樽なども石炭を運ぶために作られた。
石炭を運ぶために作られたのが鉄道である。貨物列車の方が先にあったとなる

いづれにしろ何でも歴史がある、明治からの歴史もある、ただ身近なものでもそうした歴史があっても忘れられる、注目しない、駅に人間模様があった。
なんか戦後まもなくは仙台に買い出しに行ったということを姉から聞いた
そんな時代もあったが忘れられる、集団就職でも駅から上野に向かった
それも自分は大学に行ったのだからその時は関心がなかった
ただ常磐線はそうして行き来したから思い出となる

いづれにしろ郷土史の範囲となると本当に広いのである。一人一人の人間が郷土史になるからである。すでに老人になればそういう歴史を一人一人刻んできたのである
現代史も歴史になる、なぜならすでに団塊の世代でももう70とかなり歴史となる
そういう歳になったということである。

a 基本給(月額平均)又は時間額138,000円〜160,000円

でも東北サッシは月給が安い、田舎ではこんなものなのか?
こんなんで生活できるのか?もらっている人はもらっているだろうが安い
田舎は公務員とか医者などが高いが後は安いのが多いのである。
これが初任給なるわかるが安いと思った。
これでは人手不足でも人が来ない,そもそも若い人も少ないのだからそうなる
人手不足といっても誰でもいいわけではない、つまり誰でも人がいないからと補充できないからますます人手不足になるのである。
お手伝いさんであろうが掃除するだけでも誰でもいいというにはならないのである。
それは相手が人間だからそうなっているのである。


2017年03月09日

地方創生の正体(山下祐介、金井利之)を読む (国家と科学技術の編の解読)


地方創生の正体(山下祐介、金井利之)を読む

(国家と科学技術の編の解読)


この本はかなり原発事故で起きたことを深く考察して書いている。
ここで起きたことは本当に様々な問題がありだから地方自治体とかが何なのかとか故郷はなにのかとか問われた。
市町村の関係と県との関係や国との関係、東電の関係である。
これが複雑にからみあった問題だったのである。
そして科学技術というのも問題になった。それを多角的に検討している
だから自分が追求してきたものと同じだと共感した。
ただいろいろあるのでこれは検討に値する

科学技術と政治権力とかの関係を説いていることも興味深い
それは自分も追求してきたことである。
基本的にはいろいろあっても科学技術と政治権力が結びついて一体化して原発が建てられ事故を起こしたのである。
要するにテクノクラート支配の崩壊だったのである。
事故が絶対に起きないとしてテクノクラートが原発を建てて事故を起こしたからである。

権力志向の技術者は科学技術を脱ぎ捨てられません、すると結局、すべての人は科学技術に縛られるわけです,科学技術はあたかも自身が権力体のように為政者や技術者も制御し為政者や技術者も制御し、゛為政者や技術者は科学技術を制御できなくなってきます
(国家と科学技術)

科学技術は現代文明を作った、科学技術は現代の信仰であり宗教なのである。
科学技術者が現代の信仰でありそれにたずさわる学者や技術者が神官なのである。
専門家が現代の神官でありリーダーである。でもそこに落とし穴があった。
科学技術を操作するのは人間でありその人間が万能でないから事故も起きる
巨大な複雑な原発のようなものの操作しているが操作しきれずに自壊してゆく
そもそも原発を操作する能力が人間には科学の専門家にもなかった

でも科学技術は信仰であり大衆も核のことなどわからない、そのわからないことをいいことに科学技術で大衆を支配するものとなる
今になると以前として福島産の食品が売れていない、安全だと言っても信用されないのは科学技術者も嘘をつくといことで信用できなくなったのである。
あれほど安全だといっていたのに事故が起きたからである。
科学技術は信用をなくしてしまったのである。学者も技術者も信用をなくしてしまったのである。その影響は計りしれないものがあった。
いくら検査していても安全だといっても信用されないのである。

つまりバベルの塔のように人間の業は崩壊する、原発事故ではそうだった。天まで達するようなバベルの塔の奢りは砕かれたのである。
結局人間の成すこと科学技術には限界があることを知るべきなのである。
絶対に事故が起きないということは絶対に言えないことなのである。
人間は自然でも何でも神のように知ることができないからである。
もし知ったならまさに人間は神となる、でもそれはできないから限界がある
その人間の限界をわきまえないと今回のようなとりかえしのつかない事故になる

文明自体はそういう科学技術の限界で崩壊する、マヤ文明も高度な科学技術の知識をもっていた、天文学の知識をもっていた。それも最後にはその知もゆきづまり世界が何年に滅びるとかカルト的なものとなり崩壊した、
人間の知の限界から滅びたのである。科学技術も極端に押し進めるとカルト的なもの怪しい宗教になってしまう。そこに科学の限界がある。
世界が崩壊する日にちまでマヤ文明では割り出していてそれが現代人がおびえたというのもまた同じである。
世界が滅びるとしてもいつ滅びるからは神のみぞ知るからである。

要するに政府とか東電とかが絶対に事故は起きない、数学の確率で計算したら百万年に一回し事故が起こる確率だと真面目に科学者が言っていたのである。
どんな計算をしたのかわからないがそれを真に受けた人もいるだろう。
その科学自体がカルト宗教のようになっていたのである。
安全神話でもそうである。日本では事故は起きないという神話まで形成されたのである。それがもろくも一挙に崩壊した、科学技術者の専門家は信用できないとなったのである。
この本は原発事故とか原発避難者とか国家とか地方自治体の関係とかを追求しているので自分が追求したことと一致するので順次検討してゆきます

posted by 老鶯 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年03月10日

抽象画(京都の紋様) pattern in Kyoto city


抽象画(京都の紋様)


pattern in Kyoto city


日本の京都をイメージした紋様です、京都は日本で千年つづいた都です

Kyoto that is the pattern which imaged Kyoto, Japan is the capital which followed in Japan for 1,000 years


kkkkyyyl1.jpg

kkkkyyyl122.jpg

old capital of kyoto

patternnn12222.jpg

patternnn1.jpg

patternnn12222333.jpg


lakesunnn1.jpg
Style of painting of Monet

クリック拡大 enlarge

タグ:京都の紋様

今日の鹿島駅 (カナダに住んでいるフィリンピン人の若者?)


今日の鹿島駅

(カナダに住んでいるフィリンピン人の若者?)


今日あった若者はなんかわかりにくかった、フィリピン人であり母親が鹿島に住んでいるという。
父親というとわからない、母親が住んでいるからカナダから来た。
でもその若者は15年間カナダに住んでいてカナダで育った、国籍はフィリピンなのかもしれない。カナダに住んでいるという

カナダのどこと聞いたらアトランタだという、でもアトランタはカナダだと思ったがアメリカだった。ただアトランタ航空でカナダに入ることがある
その航空の利用を言ったの?でも何度も自分はカナダに住んでいると言ったのである。
なんかこの辺が不可解になる。
どうもアトランタをトロントと間違いたらしい

ただ間違いなく鹿島区に母親が住んでいて来たことは確かである。
名取にビリヤードに行くと言っていた、これも何なのだろうと思う
なぜカナダに住んでいるとい言ったのか?
やはりアトランタとトロントを間違えたとしか思えない

英語がしゃべれるからアメリカでもカナダでも住める、この人は良くわからなかった。
前にはアメリカの英語の先生がいた、一番感心したのは日本語を流暢に話す中国人だった元の満州の吉林省から来た人だった、三年間いて流暢に日本語を話すようになっていたから驚きである。

田舎でも今や広域化して国際化しているのだ、まず中国人はどこにでもいて働いている
それから出稼ぎ者がこの辺では来ている、この前はベトナム人は中国人に連れられて工事現場に日本人が車で連れて行った。その中国人は日本語を話すことできたのである。
中国人はどこにでもこうしている

東北サッシの社長が神奈川に住んでいて見送りしたとかいかに田舎でも広域社会で国際化社会になっている、その若者の母親がフィリピン人だということは農家に嫁いだのとも違う、水商売関係の人なのか?フィリピン人関係は多いからである。
仮設に住んでいる小高の人がフィリピン人の女性を連れ込んでいたとか聞いた
なんかこれももしかしたらつながりがあったら奇妙だとなる

毎日駅に行っているがここ三日くらいは風で遅れていない、でも風は多少吹いている
本当に田舎の小さな駅でもこれだけの多様な人が出入りしていることには驚いた。
レンタカーで駅に来た人は鹿島から仙台に嫁いだ女性がいて実家に帰ってきた
子供もいた。この人は別に鉄道を利用して来たのではない
駅を駐車場として利用していたのである。そういう人に何人かあった
福島市から仕事に来た人もいた、レンタカーを利用していた。
タクシーで来た人もいた、つまり駅は車の人も駐車場として利用しているのである。
ただ鹿島の駅の駐車場は狭い、駐車場を広くしていればもっと人が集まる場所になる
新地とか山下駅前は駐車場を広く作ったから鉄道利用しない人でも集まり安くなったのである。
特に山下駅はすでにキクチスーパーができたから余計に集まり安くなった。

フィリピン人の若者はセブンエレブンがないとか聞いたから近くにあると教えた、橋をわたってすぐだと教えた、途中のキクチスーパに寄って買物した。
待ち合わせ時間が一時間くらいあったからである。
鹿島駅前には何もないことが問題なのである。前にもそういうことがあった。
お土産は六号線の香の蔵で買う人がいたが駅からは遠いのが問題なのである。
まあ、キクチスーパまではそれほど遠くないといえばそうだが電車の待ち合わせ時間はそんなに長くはない、するとどうしても何か買う店が必要になるのである。
でも鹿島は小さいから何もないのである。相馬市と原町駅前にはある
ただ毎日行っていると待ち合わせする時間をもてあます人がいる
何か買いたい人もいるがそれがないのである。

来日フィリピン人の変遷と現状

フィリピン人は人口の約一割が海外で働いている、移民の国である。
アメリカとかカナダにも多い、英語がしゃべれる国だと移民しやすいのである。
ただフィリピン人でも英語をしゃべるれ人は少ないという。

フィリピン人が英語をしゃべれこる訳

英語が身につく環境が実際の生活の中であるからである。
日本だといくら英語を習ってもそれを使う環境がないから英語ができないのである。
自分も日本にいたらほとんど英語はしゃべらない
必要ないからそうなっている、旅行で使う英語は限られている
だから海外旅行したくらいで英語を使うとしても深くコミニケーションする英語は使えないのである

2017年03月11日

国と地方の歴史を見直す (原発は国策であり地域を破壊した)


国と地方の歴史を見直す


(原発は国策であり地域を破壊した)


● 国と地方の歴史

国と地方の問題は人間の歴史がはじまってからある問題である。
もともとクニというのが一つのアイディンティティを育む単位になっていた
それは自然発生的なものでありだから自然と深く関係してアイディンティティ化したのがクニである。

会津嶺の国をさ遠み逢はな はば思ひにせもと紐結ばさね

この万葉集の歌の会津はクニでありこれはすでに大きなクニの感覚である。クニの前にサトとかムラとかがある。ムラは群れるからきてきるから人が群れるだけではクニにはならない、何か一つの連合体ができたときクニになる。
それは外国でも同じである。countryはクニのことだからである。

ここで注意しなければならないのはクニと国家は別物なのである。クニは自然発生的に生れたアイディンティティをもつものである。だからこそ文化的歴史的なものに根ざしている、歴史より文化に根ざしている、cultureはcultivate(耕す)から来ているからである。その土地に根付いて耕したものが文化だからである。

だから自然発生的に生れたのがクニであり何か親しみがある。方言では訛りでクニがわかるというとき方言はやはり文化的なものでありその土地に根ざして生れたものだからそうなる、だからクニに根ざしてこそ文化があり人間的なものとなる
国家というときそれはクニとは別物である。国家には非人間的なものがありまた仰々しいとういか威厳あるものとなる、英語だとstateなのである。
それは威厳あるものでありcountryとは全然違う、countryは田舎でもあるからだ。

ただ国家でも日本ならもともとヤマト朝廷というときヤマトという山戸という一地域のことである。それが拡大して日本になったのである。
だから奈良という地域に最初の国家をが形成されたとき

大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し

青垣山とはまさね山が垣根としてある、山に区切られたものとしてクニのまほろばがあるとなる。日本は山国だから山で区切られる、盆地のような処をクニとして意識していたのである。
このクニの感覚は封建時代まで江戸時代までつづいたしその後もつづいている。
封建時代もその土地に根ざしているから自然発生的国の意識になる。
だから江戸時代までは多様なクニがあった、それは自然条件でもそうなったのである。

●原発は国家と地方自治の問題を浮き彫りにした

原発というのはこれはクニとしてあるもののなかに地方の自治体に国家が深く関与していた。なぜなら原発は国策でありそれはまたアメリカの強制としても日本に押しつけられたという側面があるからだ。
核戦略として原発を維持しなければならないとか日本の技術力を維持するために原発が必要だとかあったからである。
クニというより国家的意識が強く打ち出されたものだった。
東電でもあれだけ巨大な会社でも国の支援がなければ原発は建てられなかったからであるだからこれだけの20兆円もその後始末にかかるということに驚いた。その補償金の額にも驚いたのである。そんなに補償できるのかともなる
それは国策だったからできたのである。国家的事業としての原発だったのである。
国家がかかわるからこそこれだけの巨大事業が成される、補償もされたということである

でもそれだからこそクニという一つの自然発生的アイディンティティ化されたものは大規模に破壊されたのである。国家が対外的に生れた、外国の驚異、外国に攻められるという驚異から生れたというとき戦争になり戦争は最大の国家的事業でありそのためにこそ300百万人も国家のために死んだのである。
国家なければ家族もない地方もない、クニもない、ムラもないとなる、国家がなければ国の存亡がかかるときそれだけの人が国家のために死なねばならなかったのである
原発は確かにエネルギー政策としてある。でも火力発電所でもいいのだし他にもエネルギーが求められる、でも核戦略がありアメリカの意向もあり原発が作られたのである。
それは国家の政策であり一企業が利益を出すというのでもなかった
そこに原発の特殊性があったのである。

地方と国の関係はそれは人間の歴史がはじまってからある。原始時代になればクマ族だとサル族だとかイヌ族だとかトーテムがあり種族がありやがてそうした種族の統一の象徴としてトーテムポールが生れた。クニとクニの争いはどこでも常にあった。
それを統合するのがまた大きなクニである。会津はそうした大きなクニとして意識された領域だったのである。それは江戸時代でもそうであり今にも継続されるクニなのである。クニは自然と風土と一体化しているから文化的なものとしてアイディンティティ化している、国家は必ずしもそうはならない、だからアメリカとか中国とかロシアとかになるとその国が巨大になるから法治国家とか主義の国家とかなる。
民主主義と社会主義が違うようでもやはり一つのイデオロギーで国家を作るのはにている自然発生的国家ではない、だから何か人間的なものを逸脱してくる、それは戦争になることでわかる。戦争のとき一番国家を意識するからである。

●国策の原発により破壊された地方自治体

結局この国策により地方自治体は破壊された、復興でも防潮堤とか道路とかソーラーパネル事業でもそれが住民にとっていいものというよりは公共事業のようになされていて実際の住民の復興にはつながっていない、住民の自主性がないやはり国策としての押しつけだと「地方創生の正体」では指摘している。
この本では昔のなつかしいクニという意識を基本的にベースにしているのである。
そこが自分も共感するのである。自分も相馬藩というクニの中でも自然発生的クニとしてのアイディンティティを追求してきたからである。
それはその土地の山でも樹でも石でも川でも海でも一体化したものとしてのアイディンティティの形成なのである。

そういうものが国策によりやはり原発事故のあとも破壊されているのである。
もちろん白砂松原の景観は人工的なものだと津浪で意識した。景観を破壊したのは自然自身でもあったという驚きである。
ただ松原も人工的なものだったから自然が破壊したともなる
元の自然にもどったともなる、それが馬鹿高い防潮堤を建てたり何か巨大な公共事業で景観が破壊されたし不自然なものとなる、ソーラーパネル事業でも景観が破壊されるだけではない、飯館村で反対運動が起きたように災害の要因にもなる
自分は何か景観にこだわる、なぜかというと日々そこに生活しているからそうなる
それで屋形の処が土をとってむきだしになったのを毎日見ていると嫌になった。
それは馬鹿高い防潮堤を見ていたら嫌になるだろう。本当にそんなものが必要だったのかともなる、それは不必要な国策による公共事業だったのかともなる
それで女川は防潮堤を作らない街作りをしたのである。
それでも人口流出が大きいからいかに復興が困難なのかわかる

この辺でも人口流出があり小高でも浪江でももう避難した人は10パーセントくらいしか帰らないのである。浪江でも廃炉事業のための宿泊施設の街として復興させるというときそれが町なのか?廃炉事業が終われば生活の糧がなくなり町が消滅する
廃炉事業だけに特化されたものが町なのかとなる。
町であれ村であれ千年とか継続してきたし継続するのが町であれ村であり市なのである。だから昔のクニの復興が問題である。それはやはり漁業でも農業でも林業でも総合的な場としてのクニの復活が必要になる。
国家からのおしつけとしての事業には問題があるとしたとき自分もそう思う
またガバナンスがなくなったというとき小さいコミニュティなど村とか部落でもその上の町とかのガバナンスが自治体が喪失すると維持できないとも言うのもわかる
小高はまだ南相馬市のガバナンスがあるが浪江とか双葉とか大熊や富岡でももう失っている

これも結局現代の社会が広域化しているグローバル化している、田舎でもそうである
村が自給自足していた時代とは余りにも違うのである。
その結果として国家とか巨大会社とかが田舎にもかかわっている
炭焼きでエネルギーを供給していたとき中央の国家にも頼らない自給自足の生活していたから都会でどういう生活をしようと自分たちには関係ないとしていたのである。
そういう生活ができていたのである。

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

富んでいる都会のことなど知らないことだ、炭焼きの煙は絶えずのぼりここに自足した生活があるとなっていた。
この時代とあまりにも違う社会になったからこそこういう問題が起きた。
でも人間は過去には戻れない、過去は参考になってもでは未来はやはり別な未来を志向する、だからエネルギーだとソーラーパネルとかなったり風力とか志向したりする
でもそれもまた自然破壊であり同じことの繰り返しだなともなる
いづれにしろその土地から自主的にわきあがるものがないと復興はできない、国家頼りではできないというときそもそもクニの形成とは何なのか?
そういう根源的な問題も問われているからむずかしいとなる


タグ:国と地方
posted by 老鶯 at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

今日の南相馬市鹿島区(薪ストーブの家)


今日の南相馬市鹿島区(薪ストーブの家) 

makihhhh1.JPG

akichiiiiiii11.JPG
ここが五六軒が空家になり空き地化している、街の真ん中なのである。



今日の鹿島駅ではない、鹿島区である。自分は毎日鹿島区内を行ったり来たりしている、前から注目していたのが薪を積んである家である。
街中にどうして薪を積んでストーブに使用しているのか?
それが今日薪を積んだ軽トラックの人がいたので聞いてみた

「これも燃やしているんですか」
「そうです」
「いろいろな木があるみたいですね」
「ナラとかケヤキとかあります」
「木によって燃え方は違うでしょう」
「そうですね、杉の木は燃えやすくてだめです」
「燃やしても長持ちしないとやはり薪の場合はまずい」
「堅いのいいです」
「これだけのものを集めるのは大変でしょう」
「これはもらったものでありいらなくなったものです、家の柱などには使わないものですこれは象の置物です、外材も多いです、何か燃やしてくれと頼まれることがあります」
「自分も子供の頃゛バタをとりにいってて鉄砲風呂で風呂たくのが仕事でした」
「そういう時代もありましたね」
「薪でストーブはあたたかさが違うでしょう」
「そうですね、部屋全体があたたまります」
「それにしてもこれだけの薪を割ったりそろえるのは大変だな」
「あそこにも薪を貯える場所を作ったんですよ」
「そんなに薪が必要になるのか」

現代生活に合った薪ストーブ選び

何軒か街中でも薪ストーブをしている家がある。これも今では相当な贅沢である。
これをしているのは倉庫になったような所であり暮らしているのは別な所だった。
薪ストーブというとき冬を楽しむにはいい、エアコンよりぽかぽか体全体が家全体があたたまる感じだからである。
田舎では囲炉裏があり一日燃やしていた、その囲炉裏の側で寝ていたのである。

薪を積んだ家というとき栃窪村などにもあり場所としてはいかにも山の村としてあっている。

栃窪に薪積む家や冬籠もり

こんな感覚になるが街中だとなにかそういう感じはないしこの辺は特別寒い所ではないから必要でもない、やはり寒い山国だとあっている。

この薪積む家の人と話して次ぎに知っている人の畑を見に行った。イヌフグリの根っこをとっていたた。その根っこが細かく張っている、だからそれをとるのが苦労なのである。荒地になったところにイヌフグリが一面に咲いてきれいだと思ったがこれが畑として作物を植えるのには苦労なのである。
その畑に毎日行っている人は畑の話をする、でもイヌフグリが花であり春の季語でありその花の名前も知らないのである。
花を活けるのだが畑でとれた地元の花は長持ちする、でも一旦冷蔵庫に入れた花は長持ちしないという、そういうことに詳しい、野菜作りと花は植物だからにている。
土作りも花の場合も必要なのである。

自分の場合はイヌフグリというとき春を告げる花としてしか見ていなかったのである。
農業するものにとってこうしたものが実際は草にすぎず邪魔者になっているだけだとなるその近くに畑まで歩いてもこれない老人が畑で作業している。もう歩くのもやっとなのである。それで娘が車で迎えに帰るのである。それほどまでして畑をやるのかとなる。
この辺は回りが荒地化しているのだ。それが何か影響してくる
前はこういうことがなかった。その知っている人は一年で千円で土地を借りて野菜作りしている。
ただほんのわずかのものしかとれない、一回トマト数個もらっただけである。
そして苦労話は百倍しているだけなのである。
鳥に食われた、盗まれたなんだかんだと苦労話だけなのである。

その次は買い物でスーパーに行った、新しいのが一軒できたので便利になった。
そこに売っていたのがイスラエル産の果物である。
イスラエルからも果物が来ているのか?それがいぶかったが自分はイスラエルに行ったことがありキリストの生まれたナザレにも行った、イスラエルで誤解しているのはあそこは砂漠であり土地が肥えていない、それで入植して人工的に潅漑などして果物などを作ってたいる、グレープフレーツの品種改良したものである。


スウィーティーはアメリカではオロブロンコ(Oroblanco)と呼ばれているもので、1958年にカリフォルニア州のカリフォルニア大学リバーサイド校柑橘類研究所においてグレープフルーツ とポメロ(文旦の一種)を交配し生まれた品種です。この時に姉妹品種の「メロゴールド」も生まれています。

オロブロンコというのも売っていた。ただイスラエルから輸入されているとういのは意外だったのである。それだけ本当に田舎でも国際化したグローバル化経済の中にある。
田舎といっても昔の田舎とは違うのである。田舎的なものは残っていても自給自足の田舎などどこにもない、どこでも山の中でもグローバル化経済の中にあるから金がないと生活できないのである。

なんか自分は母を介護したときは淋しさを感じなかった、絶えず母に注意していなければならなかった、だから精神的余裕がなかった。外に注意を向けることができなかった。
そして大きな家に一人になったとき感じたことは何かからんとした所に一人いることが普通ではない、淋しいと感じるようになった
それで人恋しくなる、それで駅とかに言って話しかけたりする、今までは家に人がいれば淋しいとういことは感じなかったのである。
それで一人暮らしになった人がお前は介護していても家に人がいるからいいと言っていたその人も妻を失い大きな家に一人でいるようになったからである。
だから一人暮らしになるということがどういうことなのかこれも経験しないとわからない
もう一カ所は街中に空家が四五軒まとまってあり空き地化したところを毎日通る、そこには公園もあるが老人が出てきたので聞いてみた。

「ここには空家が多いな、どこに行ったんですか」
「町内に移動しただけです」
「町からでたわけではなかった」
「あそこも空家なんです」
「あそこは空家に見えないな」
「私も一人で暮らしているんです」
「自分もそうですが・・そういう人が増えたよ」

あそこは別に他の市町村に出た人ではない、そういうことが多いから聞いてみたがかえって金があるから新し場所に家を建てたとなると余裕があったとなる
この辺では震災以後新しい街が三つくらいできたくらい新しい家ができたからである。
鹿島区は人口は減らないのである。人口が減るとやはり全体の影響が大きくなる

いづれにしろ自分は小さな範囲で介護以来生活している、でもそこからも世界は見える
つまり田舎でもいかにグローバル化経済の中にありまねがれないということである。
だからとても昔の自給自足の田舎とは余りにも違いすぎる
イスラエルの果物が輸入されているというのもそうである。そういうことは外人が入ってこなくてもそうでありそういう世界に田舎でも組み入れられているのである。
カナダのトロントから鹿島区に住んでいるフィリピン人の母親を頼りきた息子がいたりとそういう世界に田舎もなっているのである。
そして自分がカナダの国債を買って損したというのもそうである。
そういうことは田舎だってあるしグローバル化経済からどこでもまねがれない社会に生活しているのである。アフリカの奥地でもドルが通用するとなるとそうである。
そこで「ワンドーラー」をくれとかロバに乗った子供が叫んでいるのが現代のグローバル化経済社会なのである。
原発事故だってグローバル化経済とか社会とか世界的なものでありそれが事故となり問題化したのである。原発の是非は世界的な問題でありそれでフクシマが有名になったのである。

タグ:薪ストーブ

シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除” 〜福島でいま何が〜を見て


シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除”

〜福島でいま何が〜を見て


飯館村でもそうだが分断された、それはもう住めないから補償金をもっともらい村には住まないという組と菅野村長は村に住みつづける人を優先的に考える
菅野村長の考え方は原発事故の時、村人が避難すると村が崩壊するということに危機感をもち避難させなかったのである。
ここから酪農の友達だった人とも分断されて合わなくなった。
飯館村には飯館村の事情がある。やはり一番の問題は放射線量が高いことである。
避難困難区域の近くの蕨平でまだ除染しても2シーベルト以上あった。
2以上になると今では高いとなる、山側の森は3以上あるといっていたが自分も計った時そうだった。そもそも庭とか平地を除染しても飯館村は山が7割以上なのだから山や森を除染しないかぎり減らないのである。一時しのぎに除染しているだけなのである。

だから反村長派の言い分もわかる、そんな無駄な除染するより一億円でもいいから補償金をもらった方がいいという意見である。
実際に除染するだけで一億円の金がかかっていた、家の裏の木を切ったりするとそうなった。
飯館村でも補償金が高い処とで額が違ってもめた分断された、これも国の方針であり国がむしろ村民を分断させるためだったのかともなる、それは南相馬市でも小高のことで分断された。飯館村全体で一つになるより国が分断させたのである。
それは南相馬市でもあったことであり飯館村でもあった。それは国によって成されたともなる。
飯館村の問題は放射線量がもともと高かった、佐須ではホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルとあったのだ。それには自分も恐怖した。
なぜならその泥がやがて真野ダムに流れて真野川から下流の南相馬市でも鹿島区でも流れてくる、そのダムの水は相馬市でも利用しているからだ。

だから飯館村の問題は飯館村だけではない、南相馬市にも影響しているし相馬市にも影響しているのである。
だからもう住めないのだから一億円でも補償金をもらって他に移り住んだ方がいいという意見もわかるがまたそうなると人が住まないとそこが荒地になり今度は何に利用するかとなるとすでにソーラーパネルが作られ景観は破壊され森が破壊されて災害が起きるとそこに住む人が反対していることでもわかる。
それは飯館村だけの問題ではないのである。現実にフレコンバックから放射性物質をふくんだ泥が川に流れだしていたからである。
そしてそうして荒地になる、人が住まないとどうなるのか?
そこは国の管理化になり放射性物質の処理場などにされるのである。
住民はそうして補償金をもらえばいいとかなる、それもまた問題なのである。

NHKでは飯館村の問題を飯館村に限ったものとしてしか報道していなかった。
実は南相馬市とも相馬市とも密接に関係していた問題である。
その視点が欠けていたのである。ただ今回は公平に報道していた感じはする
どっちに味方しているとも見えてない
南相馬市などの原発避難者については明らかに原発避難者側にたつ報道だった。
要するに飯館村が二つに分断されたように南相馬市でも補償金で分断された事実があるし他にもある。その分断されたことを隠して原発避難者側にのみ立って報道していた。
原発避難者に文句は言うな、かわいそうのだから言うなという方針をもち放送していたのである。

いづれにしろ復興というとき市町村の復興というとき津浪被害地なら津浪の被害を受けた市町村の復興である。
原発事故の場合は何か違っている、もう放射線の被害で住めないから戻れないとなる。
だから復興を飯館村のような酪農とか牛を飼う村では仕事もできないからあきらめて補償金をもらって他に移り住む組と村に残り生活する人とに分断されたのである。
村長はなんとか村にひきとどめようと学校を新しく作ったり住宅を作ったりインフラを整備している。でも村長の孫自体がその学校に入らないと批判されているのである。
前は村長は福島市にマンションを買ったなどということを言う人がいたが夫婦で普通の住宅に住んでいる、ただそれがどういうものなのかわからない。
福島市に拠点をもち飯館村に帰れというのも矛盾したと思っていたが今はどうなるのかわからない、NHKではマスコミでは何か裏のことは報道しないからである。

飯館村だけではない、なぜ避難区域となり一旦避難した人は避難解除になっても他でも楢葉でも富岡でも南相馬市なら小高でも帰るのは一割程度でありそれも老人だけなのである小高はまだ南相馬市のガバナンスがあり他とはまた違っている、他では水道とかインフラも補償金が払われないと維持できなくなる、人口が極端に減ったから水道料金も一割に減ったらもう維持できない、それはまさに限界集落化しているのである。
インフラを維持できなくなるのだ。それで水道料金が一万になるとか馬鹿高くなりる公共サービスも受けられなくなる、ただこういうときもし自給自足の生活だったら別に山の清水を飲み山の木を燃料としたり炭を使って自給できたのである。
今はそうはいかいならかもう限界集落化するとその地域は消滅する

だから合併を考えているというのもわかま、一つの町や村でももうガバナンスが機能しない、自治体が成り立たなくなっているからだ。
小高はまだ南相馬市としてのガバナンスが機能しているので救われている
でも南相馬市でも小高は負担になっているからみんな帰って仕事をして村を復興させてくれとしているが帰るのは一割にもみたないし老人がほとんどなのである。
ただ4月に小高工業とかが再開すると多少活気がもどってくる、300人くらい生徒がいるし原町とか鹿島や相馬市からも工業専門だから通う人がいるからである。300人は結構多いなと思ったからだ。それも若い人たちだから老人とは違うから活気が多少もどると思ったのである。

津浪でも原発事故でも人口流出が一番の問題だった。やはり市町村というのは一定の人口がないと成り立たなくなる、そして少子高齢化も打撃に拍車をかけた、何かNHKのメッセージをよせていたのは若くても40代でありほとんど60以上の人たちである。
60代になると将来のことを考えるどうせ後何年か生きるだけだとかなるからである。
そして仮設に暮らして6年間すぎたら津浪の被害地では原発事故の被害地と違って補償金がでないから家を建てる気力もなくなったというのもわかる
仮設でもいいとかなる、そういうものだとかともなってくる
その気持ちも老人だとわかる、自分ももうかえって大きな家が負担になっていることでもわかる、老人はいろいろなものをもつことでも負担になるのである。
だから金ものないに家を建てるというのは容易ではないとなる

そういう少子高齢化の影響は今回は相当復興の足かせになったことは確かである。
なぜなら戦後焼け野原になったとき子供が多かった、それが今の団塊の世代なのである。その子供の多いということが日本にとって復興となったのである。
集団就職とかでも田舎から東京に労働力を供給できたからである。
それで高度成長となり日本は復興したからである。
でも今はその団塊の世代も老人となり負の存在となり社会の負担となってゆくとき日本社自体が衰退になってゆくのである。
この少子高齢化が今回の津浪であれ原発事故であれ復興がすすまない最大の要因だともなる

ともかく飯館村でも避難解除するというとき国ではこれ以上を補償金を出したくないから避難解除する、国民でもこんな莫大な補償金を廃炉の金を使うことに賛成したくないからである。ただ国民にしてもこれだけの金が税金が廃炉にはかかる、原発事故が起きたら致命的となり国さえ傾くのだということを自覚すべきである。
原発それだけ他の事業とは違った国家さえ傾けさせるものだったということを自覚すべきだったのである。


2017年03月12日

原発避難者の長期補償の主張の問題 地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


原発避難者の長期補償の主張の問題


地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


「地方創生の正体」を書いた山下氏の主張はすぐには帰れといっても帰れない、時間をかけて帰還をすすめるべきだという、だから二重の住民票をもち権利をもたせるべきだとか社会的弱者に陥らないために長期に補償すべきだという
この本には自分は共感したが地元の現実になるとまた違っている

南相馬市内でも小高の原発避難者があまりにも様々な手厚い補償をされたのに鹿島区では補償金がわずかしかもらっていないとか不満が大きかった
それより隣の相馬市では六万くらいしかもらっていないからさらに不満が大きかった
そして避難者は何をしているかというと毎日補償金でパチンコだ競馬だとか東京と仙台まで遊びに行っているというのは本当である。

自分は自分の病気と介護で苦しんでいるとき事業に失敗した遠い親戚の人が来たが借金のためにパチンコ屋で働いていたのである。その時避難者はなにもすることがなくパチンコ屋におしかけた、その後避難者はギャンブルであり仮設にいた6年間もそうした生活をししていただけなのである。

ではさらに長期補償したらどうなるのか?そのまままたギャンブルの生活をつづける、本当にその人たちが帰還して故郷を復興する気持ちがあるのか?
若い人はもう移った先で仕事をもく子供は学校にゆき6年もすぎたのである。
時間はたちまちすぎたのである。その時大きく気持ちで何でも変わってしまったのである
国の方針としてまず放射線量で分断させたことが問題だった。小高と原町と鹿島と相馬市で浜通りならほとんど放射線量は変わらないのである。
だから小高を避難区域にしたことが大きな誤りだったのである。
結果的にもう若い人は流出して帰らなくなったからである。
帰ったのは老人だけでありその負担を南相馬市全体で負うほかなくなったからである。

なぜそうんな放射線量で区分けしたのか?そこに国の算段があった。そうして原発事故の被害者を放射線量で分断して一致して国に反対させないよちうにしたのである。
それは飯館村でも起きていた、飯館村ならほとんど放射線量が同じなのである。
そこでも放射線量で補償金の額の違いがあった、これも国が村として一致させないように放射線量で分断したとなる、分割して治めよという手法だった。

避難解除して無理やり帰らせるのは国では補償金をこれ以上払いたくない、国民の意向でもそうである。そして問題は避難した人がギャンブラーになったとかなっていることである。何もすることがなくそうなった。
それが回りの人の顰蹙をかっているし自分のようにその人だけではないが実害を受けている人もいたのである。
その問題を指摘しないのは山下氏の主張にも問題あるなと議論で感じた

確かに避難解除して一年くらいで補償金を打ち切られることはそうした人たちが社会的弱者となり今度は県とか市町村でそれを引き受けねばならない、すでに南相馬市では小高が負担になる、帰ったのは老人がほんとんどであり病院であれ福祉であれ負担になるだけだとなる、生産的活動をする若い人は流出したからである。
他の津浪の被害地でもインフラの整備はしても肝心の住む人が帰らない、若い人が流出したことが最大の問題だったのである。

ともかくいつまでも補償は国でできない、どこかで時間を決めて打ち切る他ないとういのも国の主張としてわかる、でもだらだらといつまで補償するのだということもまた困る
その反発が実際は大きいのである。
そのことも原発避難者は苦しいとしても自覚するべきだがただそういうと怒るだけでありお前は苦しい人をみて非難して楽しいかとなるだけであり、一体感は失われたのである。
飯館村でも分断されたのは意外だった、結局原発事故は家族でも地域でもばらばらにしたというが本当にそうだった
若い世代と老人世代はばらばらになり地域の連帯もばらばらになりいがみあうようなったそのことが精神的に一体感がなくなり復興できなくさせている要因にもなる

NHKでは影の部分は報道しない、テレビでは影の部分は報道しない
でもそれを報道しないと真実はわからないし誤ったものとして全国でも受け取られるのである。
だから山下氏の意見には共感があったが長期補償とか時間をかけて復興させるとかなるがいつまで補償するのだ、あと何年なのだ、その間避難者はギャンブルで遊ばせるだけなのかともなる
それより原発避難者は老人が多いから国で補償しろとなる、実際に小高の人たちはテレビでそれを主張していたからである。すると原発避難者が特別恵まれた特権を得たとなるのである。別にその人たちにとって故郷の復興より年金とかで補償される方がいいのである長期補償とは死ぬまで補償される方がいいとなるのだ。
長期補償にはそうした危険性がある、復興に結びつくとは限らないのである。

ただこの問題は深刻だから時間をかけねばできないということも言える、急いでやれとしてもできないことがある。でもまたそれが補償金をもらうということと結びつくと問題が生じる、それは南相馬市内でも反発が大きいからである。
国民の反発も大きい、いつまで補償金もらっているんだとかなる
だからその点が議論されなかったのは不満だったのである。

posted by 老鶯 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連