2016年12月30日

今年起きたことで反省すべきこと (マスコミ報道に操作されなかったトランプの勝利など)


今年起きたことで反省すべきこと

(マスコミ報道に操作されなかったトランプの勝利など)

イギリスのEU離脱でも意外だったとみんなが言う、そのみんなとは誰のことなのか?
それはマスコミでそう言っていたからみんなが言っているとなっていたのである。
第一なかなか一般の人が外国の事情に詳しくないからマスコミで報道すればイギリスの
EU離脱はないと見るのである。

トランプの勝利でもそうだった、最初は泡沫候補と言われていたから良く都知事などでもそういう人が発明王のなんとかとか出てきては消えてゆくだけである。
そんな人なのかなと一般の人はみる、特に外国のことだから余計にそうなるのである。

でもこういうことは別に日本でも常に起きていたことなのである。
それはここで追求してきた原発の安全神話がマスコミと一体化して作られていたとういことである。多額の宣伝費をみんなもらっていたから東電の批判も原発の批判はどこもしていない、結果的には事故などおこるわけがないとなっていた。
それはマスコミと権力が一体となり作られたものであった
それがもろくも崩れ去ったのである。

だからマスコミの報道で世論が形成されたように見える、でもマスコミはまずマスコミで自社で判断しているのである。つまりイギリスはEUを離脱しないと判断している
何か正確な情報でまたは正確な世論調査でもない、マスコミで判断して報道している
この辺のことで原発避難者のことを自分は批判したがそれはNHKでまず避難者側につくということで番組を編集していたのである。
補償金で地元でも不満な人たちがいても避難者側についてかえってそういう不満を言う人を放送の中で批判させていたのである。
ただなかなかわかりにくいものがあり気づかないとういこともあった。
自分は地元だから変だなとしてプログに書いたのである。

要するにその土地の実情というのは外から見るとわかりにくいのである。そのことから全国に放送するときなんだ原発避難者が仕事を求めたのに断ったり仲間に入れないとか冷たいとみんな見る、不満に思っている人には何も言わせないからである。
だからマスコミでも報道は中立というのはありえないのである。
なぜならマスコミ自体がまず方針を決めてどっちの味方になるか決めて取材をして放送しているのである。

イラク戦争でも石油まみれの海鳥を写して世界中に放映した結果、イラクはひどいと世界で思うようになった。それはやらせでありその報道は事実でもなかった
アメリカのプロパガンダでありそのために海鳥が使われたのである。
そういう放送が意外と多いのである。自分たちの有利なようにプロパガンダとして海鳥が使われたように人間すら使われる、現実にシリアの戦争でもどれだけフランスでも飛行機で爆撃して子供まで死なせているかなどは報道しないという批判があった。
戦争なんだからフランス自国でも殺されてもしかたないという意見の人もいたのである。つまり放送は中立はなく常に一方的になるのである。
世界だとアメリカ寄りになるしヨーロッパ寄りになる、ロシア寄りにはならないのである中立の報道などないのである。

本当になぜ泡沫候補のトランプが大統領になったのか信じられないとなる
そうさせたのはマスコミだったのである。アメリカ国民の実情は違っていた。
その実情をみていた人はわずかだがトランプが大統領になることを予言していた。
でもアメリカの実情はどうなんだというとき外国だとわかりにくいのである。

いづれにしろ為替でも急に年末に上がったりしたのも予想しえなかった。トランプが大統領になれば円高になるとか株が下がるとか言われていた。
クリントンならそうはならないとクリトンの価値を予想していた。
ところがそうすでにマスコミがクリントンに大統領になってほしいからクリントン有利と報道していたのである。
「トランプ」あれは何なのだとか外から見るとなっていた。
そう思わせたのはマスコミの報道だった。
ただ今回はSNSのインターネットが底辺層にも普及してその影響があったとも言われる
でも英語など普通は読めないからその実情を知ることは容易ではない
たから外国だと余計にマスコミのかたよった報道を信じることになる

原発の安全神話もそうである。まず原発は安全だということしか報道しないようになっていたのである。それは権力と一体化してなっていたから一般の人も安全だと思い込まされていたのである。日本の技術は優秀だからチェルノブエリのようにはならないとかそういう安全神話を信じさせられていたのである。
だから原発が危険だという情報は極力出てこなかったのである。それはタブー化していたともなる、まず報道できないのである。

ともかく報道でも何を信じて何をみるべきかわからないのである。
情報がマスコミでかたよっているからそのかたよった情報の量が多いから自ずと今回はトランプでもそんな人がなぜ大統領になったのかという驚きになる。
要するにアメリカ国民も多様でありその多様なものをは報道しえない、マスコミの意向でクリントンが大統領になってほしいからその側について報道していたのである。

この辺でも実際は津波の被害者もいるし原発の被害でも避難民と化した人とそうでない人の左が大きいのである。まず補償金にすると格段の差があるから不満になったのである。そういう複雑な事情は外からわかりにくいのである。
だからNHKではそうした複雑な事情を報道するよりまず避難者側についた報道することを決めて取材していたのである。

トランプの勝利でもマスコミの報道する側の意向でトランプなどとるにたらない人だとされていたのである。それは原発神話と同じである。
事故なんか起こりえよがない、そんなことを言う奴は許せないとまでなっていた。
原発で働いている人は上の人から常に安全だと言わせられていたし地元の人にもそう言っていた。だから原発で働く人が多いのだから地元でも安全ではないとは言えなくなっていたのである。そんなことを言うと地元で村八分にもなりいずらくなっていた。
原発で給料をもらっているのだからどうしても東電側につくからである。

だから報道にはマスコミの意向であり国民の意向が世論がどうかはわからなかった。
いかにもマスコミが世論のようになっていたからである。それは操作されたものであり国民は別な意向をもっていてそれが現実の選挙の結果となったのである。
それでマスコミの報道でも一旦疑問にもつということが必要になる。
様々な見方や知識が判断するには必要になる

でも情報量が多いと人間は今度は判断するできなくなる
インターネットのように無限に情報が噴出するともうとても読めないのである。
ジャムでも種類が何十種類とあるとどれを選んでいいかわからず買う人がへるという。
もしその中の5つつくらから選べとなるとき買う人が増えたという
種類が多すぎると買うことすらできなくなるのだ。
スーパーでは種類が多いと本当に買うのに一苦労するのである。
だから情報にどう対処するのかは本当にむずかしい。
それで結局一方的洗脳によるナチスとかカルト宗教団体などが世間を席巻する。
題目や念仏を唱えればいいというのが一番簡単だからである。
ハイルーットラーが一番わかりやすいからそれによって煽動されて国まで滅亡するとまでなる。

情報というのは噂話でもそれが大きな影響を及ぼす時があるから怖いのである。
流言蜚語も怖いのである。情報の取り扱いを誤るとそれが致命的にもなる。
それは国単位だけでなく個々人の単位でも起きている、様々な情報の嘘に惑わされる
でも国際情勢とかなると自分だけで判断するのは本当にむずかしい、専門家でもはずれている。そうなると何に頼り判断すればいいのかとなってしまうのである。
ただ全面的にマスコミとか人の言うことでも信じないということが防衛になるかもしれない、ネットでは常にマスコミで報道したことをそんなことはないと否定するのが多い、事実でもないということを言うのである。
するとそうなのかなと考える、それだけでも何か一方的にマスコミとかの他の判断に頼らないことにはなるのである。
でも今回のトランプの勝利というのは誰も予想しえなかったというときいかに専門家ですらわからないのだから一般の人が知ることはできなかった。
裁判でもそうだが双方の言い分を良く聞くということが大事になる。
そしてわからないことは簡単に判断しないことだともなる。
簡単に白黒をつけるとういことが危険だとなることは確かであったのだ。





posted by 老鶯 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

一億総ひきこもり時代 (ネットがそうさせたのか、内面化文化志向の時代へ)


一億総ひきこもり時代

(ネットがそうさせたのか、内面化文化志向の時代へ)


仕事や買い物などで外出する人の割合はこの30年間で最も低くなったことが国土交通省が行った調査でわかりました。国土交通省は高齢化に加えて、インターネットの普及などで20代をはじめとする若年層が外出しなくなっていることが影響していると見ていますhttp://saigaijyouhou.com/blog-entry-14852.html


交通渋滞とかほとんど遭遇しなくなった 
クルマ自体少ないんだろな

買い物で外行くとろくなことが無いからな 
目当ての商品がない店とバカな店員、クソみたいな客 
通販で買うのが一番良い

まあ近場なら出るけどそれ以外はネットの方が楽だからね

観光地はそれで避けるようになった 
この前、沖縄本島に寄ったら中国人だらけで駄目だと思った 
観光客だけでなく店員も中国人になってしまった 
場所によるけど旅行はオワコンだね

外出ても金が減るだけで、つまらないしいいことないし。 
ネットしてるほうが金使わないし楽しいし 


外出しないとかなら旅行でもそうだが老人ならわかる、でも若者もそうなっている、それはなぜか?
インターネットの影響が大きい、買物でもコミニケーションでもネットでする
ネット通販は便利すぎる。この前も掃除機買った。
1014年型だけど十年前以上の使っていたからいいものだったし安かった。
量販店で見ても最新式で高くなる、それと自分が一番困っているのは車がないから配達になると有料になる、それで通販がほとんどである。
まずレビュー便利である。レビュー見て買えばほとんどまちがいない
量販店で買ったレンジは3万したけど一万で良かった、いろいな機能は使えなかったからである。
これも店員が売りたいものをすすめるからこうなる。
使った人が一番親切だし正直だし知っている

インターネットは確かに操作するのがめんどうで若者向きだと思っていたがネット通販とかなると老人向きなのである。ボタン一つで何でも配達されるからである。
本でもないものがない、電子本ならこれはまさボタン一つで即座に読める
だから情報的に昔のように都会も田舎もないのである。
だから今は老人にとってはいい時代である。もちろん老人は死ねとか若者が言っているけど老人は大切にされないけど何でも便利だから老人は部屋を出なくても用がたせる
遠くに行かなくてもいいから老人にとっては今の社会は過ごしやすい

第一老人は消費しようにもできないのである。消費が実は投資であると考察したとき遊ぶのだってそうである。遠くに行くのが億劫になるのだ。それは老人であれば当然なのだけどそれが若者でもそうなっていることが現代的でありこれは社会にとっては活気のないものとなりいいものではない、ネットだけでこもっていると本当の自然でも社会でもふれられないということがある。このままゆくと日本は発達障害の人間であふれるかもしれない何かもっと若者はバイタリティあるものだからである。それはとてもインターネットだけでは発散できないだろう。

ただ時代としては若者は金がないとか車にも乗らないとか何か内向きにならざるをえない状況が作り出されているのだ。それはまさに若者の老人化なのである。
老人はたいがい内向きになる,だから外向きの消費はへる、内向きというとき家で過ごしやすくするためにリホームするとかバリアフリーにするとかに金は使う
でも外向きには金を使わないのが普通の老人である。
でも逆に現代では60代で元気だからかえって山は老人に占拠されているとかにもなっている
そういう所でも老人が主役になっているのも高齢化社会である。

自分はもう旅行をしたくない、何か介護とかで消耗して疲れたのである。
日本は若者ですら外出や旅行を嫌うというとき人が多すぎるし今や外国人の観光客も多くなると嫌だとなる、それは普通は若者だったら障害にはならない
でも東京のような人ごみに行くのは今は嫌である、あれだけの人を見るだけ疲れる
もともと自分にはそういう性格だった、でも旅行だけは全国でも外国でも60までしていたのである。
これからもしようと新しいザックを買ったりビデオカメラ機器を買ったりしたがそれも消化できない、使いこなせなくなったのである。
つまり老人は物を買っても消化できない、使いこなせなくなるのである。

どっちかというと知的なもの本を読んだりするのはまだ向いている、老人は内面的なもの内省するのが向いているからだ。老人は引きこもりが向いている。
でも若者がそうなることはやはり社会的に活力が衰退してゆくだろう。
それは若者が老人化していることなのである。
ともかく家の中で何でも用せるとういことは老人にはいいが若者までそうなると社会全体の活力は喪失してゆく、ただ現代は内面化してゆく中世化してゆく時代ともいわれる
江戸時代のようにヨーロッパの中世のようになってゆくとも言われる
だから時代の流れなのかとも思う、ただ日本は活気がなくなり衰退してゆくというときそれは日本の未来にとっていいものではないだろう。

ふりかえると団塊の世代は恵まれていた。自分でも旅行したときは外国人などほとんどいない、旅行しやすい時代だったのである。それが今は日本人が日本を旅行しにくい時代になったのである。これもいいようで日本が観光客で稼ぐという三流国になってゆく兆候なのだろう。
ただ高度成長は活動の時代でありそれが終わり内面化する内省化する時代は宗教でも哲学でも芸術でも興隆する時代になる、宗教といってもカルト宗教は実は高度成長時代の貪欲なもの現世利益追求したものであり時代的なものだった。
これからはそうした物欲とかぎらぎらした欲望の宗教ではなく内面化した宗教になる
だからあんな徒党を組んで活動して政治化はしないだろう。

つまり戦後は何か団塊の世代とともに社会もあった、高度成長もそうであったし老人になると今度はやはり高齢化社会で内面化に適した社会となっているのである。
だから若者までそうした団塊の世代の調子に合わせているともなる
何か欲望むき出しのぎらぎらしたものはないが精神的に成熟した価値を求める
それは結局日本だったら江戸時代への回帰でありヨーロッパだったら中世への回帰になる老人化ということはまた成熟化した内面的価値を求める社会なのである。
戦後は何か騒々しすぎたのである。これから落ち着いて真の価値あるものを求める、作り出す社会になる。文化や哲学や宗教の時代になる、それは江戸時代に回帰したように落ち着いて老人にはいいとかなる、若者にとっても落ち着いて真の価値を追求できる社会になればいいとなる、経済成長だけを求める時代はすでに終わっているからだ。


posted by 老鶯 at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題