2016年12月20日

なぜ原発避難者を批判するのか? (全国民が注視していることを知るべき)


なぜ原発避難者を批判するのか?


(全国民が注視していることを知るべき)


お前はなぜ地元なのに原発避難者を批判するのか?そういう疑問も自分にもあった。
そんなことあえて言う必要もない、事をめんどうにするだけだ。
お前も補償金をもっともらいただけだろう。それで不満でそんなにこだわるのだろう。
自分は補償金にはそれほどこだわらない、地元で相当にこだわっている人たちがいる
貧乏な人はこだわる、でも自分が追求しているのは金のためではない

今回批判したNHKの放送など誰も自分のように見ていないかもしれない、原発避難者は被害者でありそれは当然だと見ている人が地元でも全国民でもそうかもしれない、国民といっても見方は意見はいろいろあるからだ。
人間意見を言ったらきりがない、意見は百人百様あるからだ。
それより事実とかその物事に問題があればその知識だという人もいる
何か事件でも問題は事実を知ることが先だとなる、その肝心の事実関係がわからないのである。それでマスコミではその事実とか知識を深めるよりマスコミの意見を言うからその意見に左右される
右でも左でも意見を言う、その時事実がないがしろにされる

この辺で事実というとき何か事実なのか?一番重要な事実なのか?
それは地元でもそうだが常に話題になるのは補償金の額である。
それは避難区域になって避難した人たちもそうであり放射線量で細かく分けられたので複雑になった。
自分の事実として一人七〇万であり二人だからその他で一五〇万はもらっている。
これは事実なのである。この額をどう判断するかは国民にまかされる、高いと思う人もいるしそれくらいかと思う人もいる。
南相馬市は小高区では避難区域で住めなくなったから高い、原町も三〇キロ圏内たから高いのである。その額がどうなっているかと事実はどうなるかというともう一つはっきりしない。
原町の人にいくらもらっていると聞いても教える人はいないからだ。

ただ避難者の額はそもそも桁違いである。医者は無料介護は優先高速は無料とか避難区域に帰宅する度に何万とか金が支払われていた。
ある人は小高だがどうも請戸の船主であり八人とか家族がいて着きに一五〇万もらっていたとかなる。船主は事故前も事故後も漁業権を東電に売り渡したからもらっていたのである。船主が五〇〇〇万で舟子が三〇〇〇万とかは事実だろう。
だからたいだい船主はすぐに新しい立派な家を建てたのである。
それもいいじゃないかとか意見はそれぞれにある。ただそういう事実があるということをまず知る必要がある、そのあとに意見がある。
要するにまず事実の重みを知ることである。国民でも金には関心があるからだ。

「事実は小説より奇なり」というとき本当にそうである。今回の津波でこんなことが起こるのかという事実に驚いたのである。事実こそ驚くべき事なのである。
歴史だって事実が驚くべきものなのである。戦争で三〇〇万人死んだというのは事実なのである。だからまず事実を知り事実の知識を深めることが大事になる
その事実を知ってそれぞれの理解があり意見がある、その判断はマスコミでするべきものではなく明確な事実を提供するのがマスコミの役割なのでありマスコミの意見は言うべきではとないのである。
だからまずニュースなら事実を知らせるべきでありマスコミは意見言いつ判断するべきではない、でも実際はマスコミで判断して国民はそれに従う、マスコミが世論を形成するのである。

原発避難者に対しても実際はいろんな見方がある、あれだけの被害があったから一億円もらってもたりないからいいじゃないかという人もいるしなんであんなにもらっているんだ、あいつらは原発で得していたのに事故後ももらっているから勝ち組だなと言う人もいるしいろいろなのである。
でも今回問題にしたNHKの放送は原発避難者寄りになっていた。それは上の人がNHKで方針を決めて作ったからそうなった。
それを見て気づかない人もいるしそれはそれでいいじゃないかと見ている人もいる
ただNHKは最初から事実を伝えるのではなく意見をもっていて番組を制作していた。
「最初に事実ありき」ではなく「最初に意見、判断、評価ありき」だったのである。
だから最初に自分たちの意見、判断、評価があって番組は作られていたのである。

ではなぜ自分が原発避難者を責めるのか?それは原発は国民全員の問題であり世界的な問題ですらあった。たから全国民が福島県であれその被害地を注視しているからである。
例えば原発避難民が多額の補償金で毎日ギャンブルでパチンコで遊んでいるとか報道される、それは嘘ではない事実なのである。
そうすると国民はどうみるのか?あいつらは原発を誘致していい思いしてきたのにその後もいくらでも補償金をもらうおうとしている、それは俺たち国民の税金なんだよ、腹正しいとなるからだ。そう思っている人の方が多いが公にはなかなか言わないということがあった。でも腹の中ではそう思っているから子供のいじめとかになった。

だからNHKでも避難者側にたつとそれが国民の世論なのだと錯覚しやすいのである。NHKの影響はそれだけ大きいのである。すると原発避難者は思いあがるのである。
もちろんNHKがすべて悪いのではない、NHKの報道もいろいろあり復興に寄与する報道や番組作りをしているし原発の危険性を言っている
では自分が原発避難者をなぜ批判するのだ、地元なのになぜ批判するのだとかなる
でも全国民が注視しているということを知るべきなのである。
一方でもしさほど補償金ももらえず何か一生懸命復興に勤めているとすると苦しんでいるとすると国民も原発事故はひどいな、こんなに苦しめるのかとかなる
そして原発はない方がいいとなる、でも今の被害者をみたらどう思うのか?
原発は結構地元の人にとっては事故前も後もいいものだったじゃないかとなる

うがった見方をすれば何兆円も補償金をばらまき原発を作った上の人たちの責任をあいまいにするその責任の矛先を馬鹿高い補償金をもらう原発の被害者に避難民に向けさせる魂胆があるのかともなる、実際そうなっているからだ。何か肝心の責任者のことは国民が追求しないのである。そのことは避難民に問題があったからである。
原発避難者でも被害者でも福島県でもただ賠償金を要求するだけでも良くなかった。
それは国民の税金の負担となりそれで国民が不満になるからだ。
ただこんなに20兆円もかかる原発なんてやめろという世論にもなった。
だから実際は補償金問題も複雑なのである。

だから原発の問題は全国民が注視している、世界的にも影響している、そういうことを感じないといけないが実際は補償金をもらったんだから別にギャンブルしようがなにしようが勝手だとはならないのである。そういう自覚がないのが困るのである。
そのことを言うとまたお前は冷たい奴だとかなり地元の人でも嫌がられる
でもこれは地元だけの問題ではなかった。全国民の問題であり世界的でもあった問題なのである。原発は世界中にあるからそうなる。
だから何かこの辺は政治としても具体的に関心をもつし世界的にもなり国際的にもなるというのもそうである。それだけ原発事故の影響は大きかったのである。

地元の問題でも被害者側でももともと原発は大熊とか双葉とか富岡とか立地した所だけの問題ではない、広い範囲がかかわる問題だった。
狭い範囲で決めたことにそもそもの問題があった。それが今の補償金とか事故後の処理に影響している。なぜなら今度は復興住宅に仮設から大熊であれ浪江であれ移ってきているからである。
原町の雲雀が原にある、復興のビルは五階建てでありこの辺では驚く高さである。
それも並び立っているから威容である。そんなに住む人がいるのか移る人がいるのかとなる、それは県営住宅であり県で建てたものである。
原町のスーパキクチの隣の三階建ての団地は浪江の人が多い。
今になると南相馬市でも原発事故もこんなに影響するのかとみる、事故前も飯館村の
比曽の人も原発で働いていた。それだけ事故前も原発の影響がこの辺では大きかったのである。 だから狭い地域で考えるものではなかった。
いわき市では二万人が移住して家を建てたというときその影響はあまりにも大きく避難者への嫌がらせがあった。
二万人も移住すればどうなるのか、もともとの自治体は混乱状態になる。
だからそもそも原発はいわき市でもそうだが三〇キロはずれていても一旦事故になれば広い範囲をまきこむのである。そしてその責任もその広い範囲にかかってくる問題だったのである。
だからこそそれは福島県だけの問題でもないし全国的な問題であり全国民が注視しているから自分は地元だけとあえて原発避難民を批判したのである。
posted by 老鶯 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連