2016年12月15日

想像もしないものに変化する抽象画の芸術 Art of an abstract picture changing to the thing which I do not imagine


想像もしないものに変化する抽象画の芸術

Art of an abstract picture changing to the thing which I do not imagine

インターネットの画像を変化させる

I change images of the Internet


この画像から変化

It is changed by this image

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自分のしてきたことは何なのか?
ただインターネットにある画像を変化させてきただけである。
でもそれが著作権違反となるかというとならない
なぜならまるで違ったものになっているからだ。

ただ今回の立体的なアーチの抽象画は著作権に違反するかもしれない
あとは違反しない、想像もつかない、にてもにつかないものになっているからだ。
だからこれは新しい芸術なのかとも思う
自分でしていて良くわからないのである。

何かイスラムの宮殿のようになっている、イスラムというと抽象画の世界である。
だからコンピュターでパターン化するハターン化するのに向いているのである。


What is it to have had oneself?
I  only changed an image in the Internet.
But this is because it is to a thing different at all which there is not when it is said whether it becomes the copyright What is it to have had oneself?
I  only changed an image in the Internet.
But this is because it is to a thing different at all which there is not when it is said whether it becomes the copyright violation.

It may be oneself who think whether therefore this is new art who is not accompanied by the imagination not to violate, and the abstract picture of this three-dimensional arch does not only know it after having possibilities to violate a copyright.

It is the world of the abstract picture when I say Islam becoming like a palace of some Islam.
Therefore I turn to patternize it in computer
It may be oneself who think whether therefore this is new art who is not accompanied by the imagination not to violate, and the abstract picture of this three-dimensional arch does not only know it after having possibilities to violate a copyright.

It is the world of the abstract picture when I say Islam becoming like a palace of some Islam.
Therefore I turn to patternize it in computer

五年六カ月ぶりに仙台まで電車で行く (バスで行くのとは全く違った感覚だった)


五年六カ月ぶりに仙台まで電車で行く

(バスで行くのとは全く違った感覚だった)


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クリック拡大  端に船が見える

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新しい駅、都会風である

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亘理の城が見える

長町でおりる


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定禅寺通りの喫茶店

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なぜか三本の木の絵が





新地駅沖に船見え冬の海

沖を行く船の遅しも冬の海

海見えて駅新しき師走かな

松一本電車に見ゆや枯野かな

長町の通り新しはや落葉

復興の電車に帰る冬満月


船一艘沖に見えつつ冬の海復興の電車高架橋行く

三本の欅の枯木見えにつつ定禅寺通りの喫茶店かな

仙台の通りを行きて骨董店しげじけと見て冬のくれかな

仙台の通りを行きて街灯や雪の舞いきて夕暮るるかも

仙台の通り歩み人ごみにまじりて帰る師走なるかな

五年ぶり電車にのりて年月のいつしかすぎて師走なりしも

なお生きて電車にのりて仙台に行く老人や年のくれかな

我を待つ人とてなしも冬の灯を我が家に帰りともしけるかな


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なんか今日仙台まで電車で行ったことが不思議だった。バスよりずっと楽だし仙台を身近に感じた。
行くとき自分よりふけた老人がやはり乗ってみたいと仙台まで乗った。
何か自分は津波とか原発だけではない、一〇年間介護して近くにもゆっくりでかけられない、旅もできなかった。だから本当にも旅ができないのかと思った。
仙台に行くのもこれで終わりなのかとさえ思うこともあった。
なぜなら本当はまだ長い時間がかかったかもしれないからだ。
80才くらいになったら本当に乗れないと思う人もいた、それだけ五年六ケ月となると長いのである。
人間は本当にこれが最後だなとなんでもつくづく思うようになる。
そのことが老人と若い人との大きな差なのである。
何にしろこれが最後なのかと感じてしまうのである。

車窓からの景色はまるっきり変わった、海が広く見えていた。一艘の船も見えた。
高架橋だから振動が少ないとか踏み切りがないとか今までは違っている
多少早くもなっているのかもしれない、時間は一時間二十分だからたいして変わりないみたいだ。
でもバスと較べると本当に楽だし気持ち的にも楽である。仙台がずっと近くなった感じである。それは結局五年六カ月も電車に乗っていないからである。
何か電車のありがたみを感じた一日だった。
北海道辺りだとこん津波が来たら復興はできない、乗る人が少ないから復興はできない。ここは少なくなってもまだまだ乗る人が多い、山下とか坂本でも仙台の通勤圏内になからだ。今日は結構乗っていたみたいだ。

今日は長町でおりた、ここも変わっていた、大きな家具店ができて高いマンションができて新しい広い通りができていた。これも何か不思議だった。すでに落葉の道となっていたそこから地下鉄で勾当台公園に出て定禅寺通りの喫茶店に入った。
あそこから三本の欅の枯木が見えて落ち着く、壁にその三本の樹の抽象画が飾ってあったのも不思議である。あの場所にふさわしいとなる

仙台では定禅寺通りの欅の木を喫茶店から見ていた。あそこは落ち着く場所である。
それも何か不思議である。ええ、まだ自分はここにまだいるのかというふうに感じたのである。
そういう感覚をもったのは介護十年とか津波原発とか大変化にさらされたからである。
家族二人を失ったことも自分にとって本当に辛い大きなことだった。
人間はこういう大変化になると感覚的に変わってしまう。
戦争など経験した人もそうだろう。まだ生きているんだなとかなってしまう。
例えば津波で流されて助かったような人もまだ生きていたなとか不思議な感覚になるだろう。そういう経験をした人がこの辺には多いのである。

骨董店などをのぞいたがいいものがあった、買いたいなと思ったが今回はやめた、それから古本屋に行き古い詩集などを買った。仙台にはずいぶん通った。それは二〇年前とかは本を買うためだった。まず専門的な本は仙台で買う他ない、でも仙台でも実際は本は相当にたりなかった。それで知識的には田舎は相当にハンディがあったのである。
本がなければ勉強しようがないからだ。インターネットもないのだから田舎はそれでハンディが大きかったのである。ネットで買えるようになったときなぜこんなに本があるのかと本当に驚いたのである。それでまた本の蒐集をはじめたのである。
何か専門的に知るには量を集めないとできないことがわかったからだ。
詩集を今では集めているのである。詩集はなかなか集められない、どこにあるのか良く未だにわからないからである。
仙台にはそうしたなかなかないものがまだあったりする

それから骨董品を二軒ばかり見て歩いた、好みのものがあったが今回は買わなかった。
やはりじかに見れるのかがいい、さわれるのがいい、ネットでは茶碗でも買ったが触ったり大きさなどがわからないのである。
確かに今までバスでも来ていたが今回はまるで違った感じを受けた。
来るにも帰るにも余裕があった。この感覚は本当に失っていたのである。
なぜならバスになると余裕がないし疲れるのである。
別に電車に乗れないということがなければこんな感覚にはならなかった。
五年六カ月も電車に乗れないことがそういう感覚にしたのである。
これは故郷を離れて仮設に五年住んだとかこの辺では変則的な生活になってこういう当り前のことが実は恵まれたことだと意識したのである。

帰りは地平線に大きな月がでていた。冬の満月だった。何か復興の電車が通るにはふさわしかった。
ただ帰っても待っている人もいないので淋しいとなる。なんか一人暮らしというのはこれもまたはじめての経験なのである。
これも経験しない人はにはそうならない人にはわからないということがある。
どうせ家に帰っても家族が待ってもないなとしたら自分の帰ってゆくべきところはどこなのか?
家があっても家族がいなかったら家なのかということになるのである。
まさに根なし草のようになってしまうのである。
ともかくここ十年は一身上でも次々に変化に見舞われたのである。
そのうちにまた年とったのである、確かにポーの大渦にのみこまれて急激に老いたともなる。人生にはこういうことがあるのだと思う
何か荒波にもまれて漂流している感じである。実際に津波では本当に波にさらわれて急死に一生を得た人もいたからである。

ともかく復興の大きな節目となったのが今回の仙台までの開通である。
バスは電車では全く感覚的に違うのである。電車がなくなることはそれだけ痛手が大きいことを実感したのである。

2016年12月16日

俺たちが一番苦しいんだ (原発避難者も自分のかかわった人もみなそうだった)


俺たちが一番苦しいんだ


(原発避難者も自分のかかわった人もみなそうだった)


今ふりかえると「俺たちが一番苦しいんだ」というのは津波の被害者には言えるだろう。家族も失い家も失ったのだからわかる
では原発避難者には全部は言えない、確かに住み慣れた家を追われたり狭い仮設に住まわせられたりとその苦しみはあったしなかなか外から計り得ないものがある
でも別に回りでも苦しい人はいたのである。
その人は65にもなるまで市営住宅にしか住んでいない、するとその女性はしきりに狭い所に住んでみればわかるんだよと言うのである。
つまり狭いところに住んでいた人は回りでもいたのである。
だからそれが「俺たちが一番苦しいんだ」とはならないのである。
それより回りの人は補償金を一杯もらって遊んで暮らしているからいいなとうらやましがっていたのである。

でも原発避難者は「俺たちが一番苦しいんだ」と思っていた。
それを助長したのは外部から常にボランティアであれマスコミであれかわいそうな人たちとして応援してきたからである。
すると「俺たちは援助されるべきである」というお墨付きをもらったことになる
だから回りで不満があっても何も言えなくなった。
そして何か言うと「お前は傷口に塩ぬって楽しいか」とか怒り責めてくるのである。
この人の言葉は本当に原発避難者の気持ち代表していたのである。
みんなそう思っていた、小高と鹿島の人が対立したときもそうである

「なぜ鹿島の人たちは同情しないのだ、不満なのだ、俺たちが補償金をもらうのは当然だ、家に住めなくなったんだぞ、一番の被害者なんだ、俺たちが一番苦しんでいるんだ」

そういう気持ちになっていたのである。

普通は人が苦しんでいるときそんなによその人が援助したりしない,同情もしない、別に原発避難者だけが苦しんでいたわけではない、自分も一身上で十年間介護で苦しんでいたのである。
そして自分の所に来た人も原発避難者同じだったのである。

「私の方が一番苦しんでいるのよ、どうして助けるの、こっちが助けてもらいたいのよ」
みんなそうだった。ある者は金に苦しんでいるから実際に泥棒になり大金を失ったとか自分は経験している。あなたは金があるから恵まれているのよ,あんたは楽なんだよとなるでもその時自分は病気で苦しんでいたのである。実際に入院もした。そして介護もしていたのである。自分一人しかいないから苦しんでいたのである。

もう一人の親戚も人も助けるところではなかった。

「私は夫が事業で失敗して毎日パチンコ屋で働いたり窮々しているのよ、私は一番苦しんでいるのよ」

そんな人が自分が苦しんでいるとしても相手の苦しみなどわかりえようがない、ただ金が欲しいしかなかったのである。
なぜなら私の方が助けてもらいたいのになぜあんたを助けるのとなっていたからである普通だったらみんなそうして同情もしないし助けないのである。

それは別に原発避難者だけではない、普通でも障害者をもった女性は延々と不満を言っている、私は一番苦しいのよということを訴える、確かにその女性は他にも金でも苦しんでいるからそうなることは言える
でもみなんわたしが一番苦しいのよと訴える人が多いのである。
それが今回のように集団化すると圧力団体化するからもう何か言うと「傷口に塩塗って楽しいか、お前は人間の情もないのか」となるのである。
それにお墨付きを与えたのがマスコミでありボランティアでもそうである。
過剰な補償金を与えたこともそうである。

自主避難者がいじめにあったけどそれも考えてみると今は貧乏な人が多くなったこともあるのかもしれない。

相対的貧困率が最も高かったのはメキシコ(約18.5%)、次いで2番目がトルコ(約17.5%)、3番目が米国(約17%)で、4番目に日本(約15%)が続いた。

今日本も貧困化している、するとなぜ自主避難者の子供がいじめにあったのか?
自主避難者は別に家賃くらいしか援助されていない
でももしこれだけ子供すら貧困化しているとするとどうなるのか?
まず東京辺りだと家賃自体が最低でも六万から七万とか高い、そういう貧困化した家庭ではその家賃を払うことが相当な重荷になる、それで自主避難者でも家賃が無料だとうらちやましいとなったのかもしれない、そんなにうらやまれる人たちとも思えないからである。億とか補償金をもらっている原発避難者とは違っているからである。
何かこの背景には日本の貧困化が関係したそうなったのかともなる

「私たちの方が苦しいのよ、自主避難者は家賃が無料なのがうらやましい」

そういう背景があったのかもしれない、ともかくみんなそうだった

「私たちが俺たちが一番苦しいんだ、同情されるべきなんだ」

これが原発避難者の場合、集団化して訴えるから今度はちょっとでも不満を言うと集団でマスコミもそれに同調するから誰も何もいえなくなる
国民でも原発事故では途方もない賠償金とか廃炉資金を税金でまかなうことになるから不満なのである。
それが公に言えないからいじめのようなことが起きてくる

そして復興などできない、小高でも帰らないというとき俺たちは一番苦しいんだ、だから南相馬市民でも福島県でも国でも同情されるべきだ、援助されるべきだ、それは延々とそうなる、いつまでたっても被害者なのである。
でもおかしなのは小高の人でも原発避難者は故郷には帰らない、若い人は帰らないのである。復興すべき中心となる若い人がそこで苦労したくないから故郷を捨てたのである。
そして残った人たちは老人であり俺たちは一番苦しいんだ被害者なんだと言い続けているだけである。みんながそうでないにしろ全体的にはそうである。
ボランティアなら一時的でいい人として迎えられ帰ってゆきあとはかかわらないからいいのである。でもそこに住む人は南相馬市だと小高の人たちよなんとかしてくれとなる
なぜなら税金でも何でも負担になるからである。
それで桜井市長も小高の人に苦言を言うようになったのである。
でも小高の人はそう思わない、俺たちは被害者なのだから同情されて援助されつづけるのが当然だとなるからである。

復興できないとするとき俺たちは被害者なんだ、みんなが援助しないから復興できないんだ

こうまでなっているのである。たから被害者特権のようになってしまっている。
そうしたのはやはり回りの影響もある、別にボランティアが悪いとかではない、
ただ助長したことはいえる。
自分もボランティアに援助してもらいたかったが普通誰も個々人のことに同情はしない、みんなそんな余裕はない

「俺たちが私たちが一番苦しいんだ」

みんなこう思っているからである。人間はそういうものなのだろう。
だからそれをとりだてていうこともないがこの辺では集団化して主張するからやっかいになっているのである。

援助の問題として後進国では援助すると援助が当たり前になり自助努力をしなくなることが問題になっている
援助に頼ってしまう体質ができてしまうことで自助努力をしなくなるのである。
援助されて当たり前になり自分たちが努力しなくなる、自分たちで努力することもなくなることが問題になっている
それはここでも起きたことである。
ただそれを言えばお前は情もなにもていのか、苦しむ人間を見て楽しんでいるのか

俺たちが一番苦しんでいるだぞ

こうして集団的に責めてくるしマスコミがお墨付きを与えているから何も言えなくなりその鬱積した不満がいじめになっているかもしれない。
ここの内部の対立だけでなくそれは国民全体でもそうなっているのである。



タグ:原発避難者
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2016年12月17日

ボランティアすべきは原発避難者の方でもあった (ボランティアがすべていいものとしで働かなかった)


ボランティアすべきは原発避難者の方でもあった

(ボランティアがすべていいものとしで働かなかった)


この辺ではともかくいろんなことが問題になった。あらゆる問題の場所になったのであるその一つにボランティア問題もあった。
津波もあり原発事故もありその被害があまりに大きく目立つからそれだけボランティアがかけつけた。
近くの津波の被害にあった所では京都ナンバーとか関西の方からも来ていたしありがたいことだった。その時はみんな感謝していた。
二年くらいはそういうボランティアでも必要だった。

ところが何かボランティアとはその後も来ていた。
それも何か自転車旅行のついでにとか寄っていた若者もいた。
そういう人たちは遊んでいるからと普通は地元でも受け入れられない
だから普通は通りすぎてゆくだけなのである。
でもここでは被災地では人手が必要としたので受け入れたのである。

でもボランティアでも疑問なのは日頃何かボランティアしているのか?
全然していないけどこういう特別な被災地だから来たという人が多かった。
地元の人もそれで助かるし受け入れたからである。
それは別に批判はできない、助くれているのだからとやかく言えない

でも原発避難者が仮設にいてボランティアが来ていたときボランティアの人が働いているのに地元の人たちが仮設に住んでパチンコだとか遊んでいたので働けと怒っていたのである。ボランティアがいいように使われたという問題もあった。
実際復興とか除染とか何でも地元の人はほとんどなにもしていない、外部の人たちが来てしたのである。
地元の人たちはほとんど何もせず仮設に移り住んだ人たちもギャンブルに興じるとかしている人たちも多かった。そのことも何か変だったのである。
だからボランティアに来た人たちが馬鹿らしいと思うのも当然だった

それから何かボランティアというとき実際はいろんな人たちがいた
NPOでも詐欺があったようにいかがわしい人たちも入ってきたのである。
ここでは何かマスコミで報道するようないい面だけではなかった
人間の悪い面も被災地ではあったのである。ただそういうことはあまり報道しない
ただボランティアというと何かみんないい人たちでありと思うのもまた疑問なのである。

例えばこういう際に宗教団体とかも来て宣伝する、何か自分たちのエゴのために活動する人たちもいたのである。近くの原発避難者の仮設には入れ代わり立ち代わり援助する人たちが来ていたのである。
ただ外から見ていたからどういう援助かはわかりにくくかった。
でもそういう人たちが絶えず来ていたことは最初の内は確かだった。
そういうボランティアがくることでまたマスコミでもいろいろ原発避難者の立場にたって報道していた、それは最初のうちはしょうがないといえる

でもボランティアというとき何か突然にこういうことがあったからと助ける人になれるのか?
第一日頃近くで困って苦しんでいる人がいてもボランティアして助けているかというとほとんど近くではないだろう
でも常に隣近所であれどこであれいろいろと今では介護とか苦しんでいる人たちはいるがほとんど無関心なのである。
あたかも被災地にかけつけたボランティアの人たちをみると善意の人たちのように見えるまた地元でもボランティアを歓迎するからボランティアの人たちも気分いいし助けられる人たちも気分いいとなる

ただそれはこの辺では津波の被害者もいたが原発避難者だけであり普通の人たちは何の援助もなかったのである。
自分も別に被災地区域であり介護とか病気で苦しんでいたけどボランティアなどは関係ない、仮設住宅地に入っただけだからである。
いづれにしろ普通は近くに苦しんでいる人たちがいても助けない、無関心である。
都会だったらさらにそうなる,田舎だと他人の苦しみが楽しみにもなるのが刺激を与えるものさえになっているのだ。
苦しんでいてもそれを助けたりしないのである。

だからボランティアは全面的に肯定されるものだが何かそれだけではない、自分の売名のためにボランティアになる人もいた、福島県の詩人とかでそういう人がいた。
一躍有名になったのである。
そういう人はここにきても原発避難者は遊んでばかりいないで働けとか言わないのであるかわいそうだから援助する、そして援助される方もいい人だとなり援助する人も有名になったりしていいことなにる。

でも地元に住んでいる人たちにすると一体ボランティアは何なのか?
ただかわいそうだかわいそうだとして汚い現実を見ないのである。
ギャンブルで毎日遊んでいるならもっと働けと言ってもいいはずである。
そういうことは言わない、どっちにとっても都合のいいようにしかつきあわないのであるでも地元の人にすればボランティアでも今になると来なくなったが本当は長くボランティアしてもらうのがいい、それよりもう真剣に考える人は援助ではない、もうその被災地にすみつく人だとなる。
そういう若者が女川にいたから感心したのである。
一時的にいい格好して歓迎されてあとは来ない、そういうボランティアはただいい格好したくてそうしたのかともなる
有名になった詩人などはそうだろう。一見応援しているように見えても自分の売名のためにしているのである。
マスコミはまたそういうものをとりあげるからである。

なんかもし本当にボランティアでも助けるとなると犠牲が強いられる、そうなるとそんなことは嫌だとなる、一時的に歓迎されてあとは知らないというのが多い、それが無益だとは言わないがボランティアはそういう人が多いことは確かである。
そういものだからそれはそれで必要だとも言える
ただなにか本当に助けるというのではない、自分たちエゴのために来ている人たちもいるのである。

マザーテレサがまずは近くの人たちを助けなさいというときそうだろう。
アフリカの奥地まで行って助けようとするよりまず隣近所で苦しんでいる人たちはいくらでもいる。なにもアフリカくんだりまでゆく必要がないのである。
何かそういうことがボランティアにも疑問をもつということがある。
自分が助けられたらこんなこといわないが自分が苦しんでいるとき全く助けてくれないからそう思うようになったともなる
ただ自分の場合はこれまでの苦しみは自分のカルマだった。あまりにも楽した結果として苦しめられたのである。そういう自覚が自分にはあった。

そのカルマというときも原発事故避難者に関しては原発の一〇キロ圏とか二十キロ圏とか三〇キロ圏内とか区切られたけどそれ相応の責任、カルマもあったのかとなる
それだけ原発に近ければ近いほど恩恵を受けていたとなるからだ。
現実に浪江町と小高町の中間点に東北電力の原発の工事がはじまるところだったからである。もしそこで事故が起きたらもう南相馬市でも相馬市でも壊滅状態になった恐怖であるその時はまだ合併していない時だったから知らない人が多かったのである。

ボランティアでもみんな善意だけの人ではない、売名の人も結構多いし別な目的もある場合もある。
本当の慈善となると犠牲を強いられるかもしれない、そうなると誰でもできるものではないという自覚をもつべきである。
ただ被災地でも耳に痛いことを言う人は拒否される、なんでもかわいそうだからとなんでも楽にしてくれる人たちがボランティアが歓迎されるのである。

それより飯館村の人が相馬市のトマト農家で働きたいというとき断られたのはなぜか?
津波の被害者が補償金ももらえないからそっちが優先にした。
では働けないのか?そうでもないかもしれない、つまりそうなら

ボランティアで働かせてください 無料でいいです

そうしたら働けたかもしれない、なかなかこういうことは事情があるから簡単にはいかないことはわかる

それから浪江の工場経営の人が仲間が仕事をくれないと訴えるとき工場経営者だったら補償金の額が大きくなる、すると金があるんだから仕事を頼まなくてもいいだろう。
こっちは金を稼ぐために必死だとかなる
でもこれも

なんとかボランティアで働かせてくれ、協力したいんだ

なんかそんなふうになれば前のように協力関係ができるかもしれない、他でもギャンブルばかりしていんたらその土地の人はどう思うのか?
それを考えたら介護の仕事でもさせろとか言うのもわかる
ボランティアになるのは原発避難者の方にも言えたのである。
どんなに見たって毎日ギャンブルに興じているのが苦しいのかとなるからだ。
だからボランティアというけどそうできるように外からは見られていたのである。

現実に最初自分の所に知っている人が働かせてくれと頼みに来た人がいた。
一〇万でもらえばいいとか言ってきたのである。
その時は補償金のことがわからなかったからである。
でもこれも今になるとむしろ働かせてもらいたいのは原発避難者ではなかった。
その回りの人たちでもあった。なぜなら最底辺層になると生活がぎりぎたであり苦しいからである。
それで同級生だったか仮設に住んでいる小高の人の所に行き何か仕事にならないかと行った人がいた。
その人はフィリンピンの女性といた。そして小高の人たちに何かと言われ行かなくなったその人は何かしてくれるのにも金をとるとは思わなかったのかもしれない。
なぜなら原発避難者でもボランティアが来て無料で奉仕したり何かと援助も補償金も入ってきたからである。

だから鹿島の人もそういうふうに援助してくれるのかと思っていたのかもしれない
つまりそういうふうに常に援助されるものだと思っていたからである。
でもその人は生活に困っていたのである。
だからむしろボランティアする方が原発避難者だったということもあったのである。
原発避難者にとってそんなことは微塵も考えないことだったのである。
ただ自分たちは援助されるべきであり援助するなど考えもしないことだったのある。
でも毎日ギャンブルしているような人たちがかわいそうだとか援助すべき人たちとは見えない、むしろ回りの人たちにボランティアでも援助するということはできないことではなかった。
でも常に自分たちは援助されるべきものであり援助するなど微塵も考えないことだった。だからボランティアでも全面的にいいものだったとは限らない、ただボランティアでも
ギャンブルでパチンコなどで遊んでいるのを見て怒った人もいたのである。
なんで働かないんだと馬鹿らしくなったのである。
そして一番働いたのは自衛隊だったという人もいる
なぜなら泥をかきわけて津波の死体を探していたり瓦礫のかたづけをしたのは自衛隊だったからである。それでトラウマになったり自殺した人まで出たからである。







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震災から五年八カ月すぎてふりかえる


震災から五年八カ月すぎてふりかえる


●五年八カ月の間に何をしていたのか?

津波原発事故から五年六カ月はすでに過ぎた。
その五年八カ月を何をしていたのか?
常磐線は開通した
電車にのって快適でありバスよりずっと楽だった。
当たり前にあったものだったが五年六カ月も乗らないから
その感覚を失っていた。
でも電車は本当に楽で仙台が身近になった
駅は近くすぐに乗れるからだ,バスのように乗り換えもなく行ける
五年八カ月の間に着々と工事はすすめられていたのだ
無為に時は流れてはいなかった。
そして高架橋の新しい鉄道が開通した
その喜びをみんなが味わった


五年八カ月というと長い、でもこれもたちまち過ぎ去った。
でもふりかえるとこの五年六カ月は何だったのだろう?
仮設に住んだ人はどんな気持ちだろうとなる
でも原発避難者はその五年八カ月の間何をしただろうか?
彼らに植えつけられたのは絶えず被害者として援助されるべき者として
あったことである。まわりもそうさせたのである。

そのことがわかったのは自分が原発避難者を批判したとき「お前は被災者の傷口に塩ぬって楽しいか」と責めてきたからである。
それは若い人だろう、若い人ですらその人は何をしていたのか?
それは全くわからないにしろともかく自分たちは被害者であり同情され援助されるべきものであるということがこの五年六カ月で会得したのである。
だから今でもそう思っているからこそこんな言葉で責めてきたのである。
「お前には人間の情がないのか、良くかわいそうな被害者を責められるものだ」となったのである。
それはずっとそう思い続けているから五年八カ月の間に何もしない人が多かったろう
やったことはギャンブルなのが多かったのである。無駄に時間は過ぎたのである。
ただいろいろ混乱してわけもわからずに過ぎたということもある
何かしようとしても何もできないということもあったろう。
ただ何であれ時間は容赦なくすぎてゆくのである

一方で復興住宅を建てていたとか、そこで暑い盛りに働いている人を自分は見ていた。
そして復興住宅はできてまた人がすでに住みはじめいてる
常磐線の仙台までの開通も成った。これも五年八カ月の間に働いていた人がいたからこそである。
でも原発避難者はこの五年六カ月の間何をしたのか?
ただかわいそうであり被害者の意識が植えつけられて補償金のことのみに追われていたのかもしれない,その間も常に援助があり援助されるべきものとして被害者として訴えることが仕事になったのかもしれない
また援助されるということは権利にまでなっていった。
だから自分が批判したとき若者でも責めてきた,ではその若者は何をしていたのか?
おそらくやはり遊んでいたのだろう、そして強固に被害者意識だけは植えつけられたのである。

俺たちは被害者なんだ、被害者様なんだ、なんでお前は批判するんだ、そんなことしている人は誰もいない、お前だけだ

こういう意識にこりかたまったのである。過剰な援助でこういう腐った人間が作られたともなる、だから必ずしも援助がいい方に働くとは限らない、自立の精神が失われるのである。これからも延々と放射能被害を言い訴え被害者意識は消えないだろう。
二万年プルトニウムが消えないように訴え続けるかもしれない
それも一面は必要でも自立の精神は失われ他者頼みになる、自分たちは被害者だからなにもしなくてもいい援助されるべきでありそれに文句言うやつは非人間だとかなり集団で責めてくる、そういう悪い根性ができあがった五年六カ月でもあった。
だからこうして被害者意識にこりかたまってしまうと自立して何かするということはなくなる
何かしてもらう援助されるべきだとなっているから自らは何か努力することもなくなるからだ。
それは中国の戦争被害を訴え続ける反日とか韓国の反日ともにている
その被害を延々と訴えて自分たちの国を有利にする、賠償金を未だに払わせることともにている
そのためにいつまでたっても対等の関係にならないのである。

●マスコミが一方的に原発避難者側についたのも問題

その一つに意外とそれが良くわからない、気づかないがマスコミの影響もあった。
特にNHKは影響力が大きいから原発避難者であれ国民にもその報道が大きく影響したのである。

何回も取り上げるがちょっと気づかないがNHKは原発避難者の側に常に立って取材していたのである。

飯館村の人が相馬市のトマト農家に仕事をしたいといったとき断られたと飯館村の人に言わせた、それがなんでもないようでもそれを見た人は相馬市の農家の人は冷たいなと見たのである。
飯館村だけの人の言い分を言わせたからそうなったのである。

それからいわきに避難した団地でも原発避難者が仲間に入れてくれとか言わせていたがなぜいわきの人は仲間に入れてくれないのだ、差別するのだと主張させていたのである。
それを見るといわきの人たちは冷たいなとやはりなる
それは一方的なことであり常に原発避難者の側に立って報道していたのである。
そのいわきでも津波の被害者がいたりしているから複雑になる。
でも原発避難者の不満だけが何か見ていた人たちの心に残るのである。

浪江の工場経営の人も「一緒に仕事していた人が仕事をくれない」というときそれも冷たいなと見ている人は感じる、それは常に被害者としてかわいそうな人たちとして原発避難者を見ているしNHKでもそう見ていてその側に立つからそうなる
つまりNHKは中立ではない、裁判官のようになっていたのである。
それはマスコミでは他の報道でも常にそうである。ただそれが良くかわらないのである。今回は自分が当事者になっていたからあれおかしいなと気づいたのである。
こういうNHKの報道などでも原発避難者の被害者意識を強固にして内部でも外でも批判できないタブーにしたのである。
マスコミは報道者は裁判官になってはいけないのである。
ところが実際はそうなっていることが多い、それでマスコミはネットから゛批判されるようになったことはいいことなのである。
報道することは自由にしても裁判官として報道するべきではないのである。
NHKだとその影響が大きすぎる、それがかえって悪い方向に働くこともある。
おそらくNHKでは原発避難者側に立ったたとが正しいしそれが原発避難者をかえって悪い方向にもってゆくなど考えていなかったのである。
実際にそれは和解にはつながらない、双方の対立を生み地元がさらに分断されたともなるからだ。
もし地元のことを考えるならそういう報道は危険だったのである。

もちろん原発避難者にも言い分はあるしそういうことを自分は想像してその側からも書いてきた。住み慣れた故郷とか家族が分散したとか老人だけが取り残されたとか同情して書いてきた。そうしたアイディンティティを失うことがどれだけ大きな被害だったかということも外からはわかりにくいのである。
おそらく原発避難者自体もそういう経験をしていないからはじめて経験したから気づかないとういこともあったのだ。
それは電車に五年六カ月ぶりに乗ったことでも気づいたことでわかる
当たり前にあったもののありがたさを気づかないのである。
なぜなら当たり前にあるものだからである。それは親でもそうである。それがいるのが当たり前であり食事を作ってくれるのも当たり前だったからである。
それが死んでいなくなったら全部自分でやるようになりそれも介護となる自分がその代わりをするようなった。その時はじめて親のあゃがたさがわかったとなる

いづれにしろ震災から五年八カ月すぎて今何か冷静にふりかえる時が来たとなる
ただいくら反省しても人生と同じで時は決して帰ってくることはないのである。
あの時こうしていれば良かったとか言っても帰ってこないのである。
貴重な五年六カ月はすぎてしまったのである。

今年もいろいろあったがだいたいもう終わりである。だから一年をまた震災から五年六カ月をふりかえるのにはいい時期なので書いた








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2016年12月18日

戦争と同じ国家的大事業だった原発 (そして第二の敗戦になった)


戦争と同じ国家的大事業だった原発


(そして第二の敗戦になった)


原発は何かというとかかわらない人はあまり意識しない、自分でも確かに三〇キロ圏内からははずれていたし遠いと思っていたのである。
でもこの辺では飯館村のひそでさえ原発で働いていたのである。
川内村は近いから三分の一は原発で働いていた。
つまりあのような辺鄙な村が成り立っていたのは原発で働いていたからである。
原発での給料は他より高いからそうなっていた。

そして原発というのは何か良くかかわらない人には理解されていない
それは国家的大事業であった。国家的大事業ということは国家の命運もになうものとなるそれで原発を指揮するものはそうした自覚をもち戦艦ヤマトのような艦長のような意識をもたないとできないとも言う人がいた。
それは一会社を運営するものとは違う国家的大事業だからそうなっていた。
ただ原発にかかわった人たちも必ずしもそういう自覚がなかったのである。
なぜなら東電という一会社がやはりになっていたからである。
その人たちがどれだけ国家的大事業の意識をもっていたのか?
ただもうければいいとしか思っていなかったとしたらそれが事故になる要因にもなる
一会社ならコストが一番大事でありコストカッターと言われた清水社長が一番上に立ったのはそのためである。
もし国家的大事業だとしたらコストだけではやっていけないからだ

戦争がそうである。戦争は三〇〇百万人死んだようにコストではない、人命がそれだけ犠牲になったからだ。
戦争というのが何か今になると自覚できない、今は自分の利益となる会社のことは絶えず意識している。でも国家のことは意識しなくなった。
国家を意識することは戦争で敗北した結果悪いこととされるようになったからである。
だから戦後は自己や会社の利益のみを追求したのである。
それで高度成長があり日本は経済的には復興したとなる

ただこの国家的大事業だと原発を自覚したのはそれが今回のように事故になったからである。その廃炉費用でも賠償でも二〇兆円もかかるとか途方もない税金がかかることに驚いた。そして自分は東電があんな大きな会社だったということも知らなかった。
市町村さえ買えるような大会社だったことがわからなかった。
だからそういうものに対抗することは容易ではなかった。

ともかく人間は国家とか大きなものとなると自覚しにくいのである。
だから具体的に国家とは何かとかわかりにくいのである、観念的に国家を考える
でも戦争や今回の原発事故では国家を意識したとなる
戦争だったら国家のために戦争しているし命をかけているし現に三百万人死んだのだから国家を否が応でも意識させられていた
その国家とは世界での日本、アジアでの日本という国家になっていたのである。

だからこそ原発事故は第二の敗戦とは言うときまさに国家的事業に失敗したからだとなるその敗戦処理に途方もない費用がかかる、それは日本が戦争に負けたとき三百万人も死に犠牲になりまた財産を失ったのとにていたのである。
その廃炉のために二〇兆円もかかるとか賠償金でもそうである。
その労力も莫大なものとなる、現実にすでに原発作業員が八人死んでいるとか町村が壊滅状態になったのも戦争とにているのだ。津波もまたそういう国家的被害であった。
つまり津波でも原発でも国家的に大事業として立ち向かわねばならないものだったのである。

原発が国家的大事業とするとき右翼からみれば国威高揚の手段となるから原発推進派になっている、それは日本の技術の発展でも原発は欠かせない、世界に遅れをとってはならない、そして右翼は核武装派だから余計に原発はやめることができないのである。
つまり原発は国家的大事業と位置づけているからそうなっていた。
でも戦争のように敗北すると国家的大損失になる、戦争で三百万人死んだようになる。
だからこそ国家的大事業を指揮するもののせ帰任は重大だったのである。
国民の生命をあずかるものとさえなっていたのである。
国家的使命感ももたねばならなかった。
でも東電が原発を運営していたというときその自覚があまりなかった
自分の会社がもうければいいくらいにしか考えなかったろう
利益さえあげればいいとしてコストカッターと言われた人が社長になったのである。
それはやはり一私企業としての自覚しかなかったからともなる

でも企業でも巨大化すると国家なみになる、東電はそうだった。国家に匹敵する力をもっていたのである。ある意味で東電が国家となり政治家でも官僚でもマスコミでも従えたとなる、検察から警察まで東電に天下りしていたのである。
だから国家を運営するとは何なのか?何かそのことが問われた。
それは観念的にはではなく具体的なものとして原発から問われたのである。
だから一面わかりやすく具体的に国家を感じるものとなったのである。
つまり東電だけでは運営できない、国家がかかわったから東電も原発を運営できた。
補償は国家がすることになでいたからである。

「原発の父」と呼ばれる読売新聞社の社長の正力松太郎は、独占的な通信網欲しさから原発を日本に持ち込み、田中角栄は利権目的で原発を利用した。こうして日本の原発は、その本来の目的とは乖離した、いわば不純な動機によって増殖を続け、そしていつしかそれは誰も止めることができないものとなっていた。

原発は一個人の私的な利益追求からはじまったのである。それも不純なものだったのである。国家的事業という自覚など全くなかったのである。福島県では原発を建てる一私人の土地を買ってそれを県で許可して建てられたともなっていたのである。
一会社が工場を建てると同じようなものとして原発は建てられたのである

だから国家が何かというとき、国家の指導的立場にある人も東電とか一企業に利益を得るだけのものとしてあってはならなかった。
なぜなら国家の命運がかかわっいていることは国民を戦争のように犠牲にする、三百万人も死なせるともなるからだ。そういう自覚が国家を指導するものにもまた東電にもなかったし国民にも地元の人たちにもなかった。
ただ利益を得ればいいとしかみんな思っていなかったのである。
それが事故になってみてこれば何なのだ、こんな大被害になるのかと驚いたのである。
それは科学者などは事故が起きたらどうなるかある程度は予測できていた。
ただそれを隠していたのである。その罪も大きいとなる
原発が国家の命運にかかわるというとき戦争と同じよう国家が滅びるとまでなることなのだ。現実にこの辺では町村が存亡の危機になっているからだ。
これだけの事故が起きても未だに原発がどういうものか国民も自覚していないのである。





タグ:原発と戦争
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夜の小高でNHKの取材の人にあう (真っ暗な街にイルミネーションだけが光っていた)


夜の小高でNHKの取材の人にあう

(真っ暗な街にイルミネーションだけが光っていた)

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夜の小高に来てみた。二カ所でイルミネーションを派手にしていた。
何人か子供が見て喜んでいた。
そして街灯に雪の結晶のイルミネーションがきれいだった。
今の時期にあっていいなと思って見てきた。

そこでNHKの取材する人にあった。それで聞いてみた。

「原発避難者にはパチンコで遊んでいるとか地元でも非難があるんですが
NHKの放送では原発避難者側の言い分を聞きすぎるのではないか
地元でも別に苦しんでいる人はいるんですけど」
「私は海老を津波のことを取材しているんです、そういうことがあっても私にはどうにもなりません、上の人が決めることですから・・・」

何でも聞くと必ず上の人がしなさいというからしているだけですとなる。でも上の人が決めるというときな確実に一つの方針を決めて取材して編集して放送しているとなるだろうそれを決めるのは上の人だとなり下はただ従うだけだとなる

これも変なのだけどともかく何かというと上の人が決めることですからと言う、その上の人とは誰なのだろうか?
上の人がそういうなら何でも従うのが下の人なのか?
おそらく上の人に聞いたらまた上の人がいて上の人に従うだけですからとなる
そして結局上の人は決めるのは誰なのかわからない
ただ上の人が決めることで私にはわかりませんとか責任はないですとなる
まず普通の人は第一その上の人に決める人には絶対に会えないとなる
合せてくださいといっても会えないのである。

下の人は

上の人が決めたことですからわたしは知りません、責任はないです

さらに上の人に聞くと

上の人が決めたことですからわたしはしりません、責任はないです

こんなことが延々とつづくのが社会になる。

そして最後は戦争でも誰が決めたのかわからない、上の人が決めたことですから私には責任はないですという無責任体制になる

原発などでもそうだろう、一体誰が決めて誰が責任を負うのかとなると戦争と同じようにない、上の人が決めたことですからとなってしまう
原発で作業している東電の社員でもみなんそうだろう。
私は上の人に従ってしているだけです、私にはわかりませんとなっている
東電の社員はみんなそうだろう。私は上の人に従って原発であれなんであれ仕事するだけです、電気を作り送ることが仕事なんです、事故が起きても私は上の人に従うだけですから責任はないですとなる

戦争でも私は敵を殺したのは上の人の命令でありそうしなければ自分も危険になり命も危ないからそうしたまでです、上の人の命令に逆らうことはできないです

でもこのこともおかしいといえばおかしい、取材というのは放送というのはただ上の人の命令のままに放送する、取材する人はただ命令に従うだけだとなる
何か取材する人の主体性はないとなる、上の人の言われるままにしているだけだとなる

NHKで、籾井勝人会長が熊本大地震の原発への影響について、"政府の公式発表以外は報道しないように"と指示していたことが判明したのだ。

上の人とはこの籾井会長のことだったのだろうか?この人がそう言ったので報道管制がしかれたからである。上の人に最後に決める人は会長なのか、社長なのか、全責任はそこにあるのか?でもその会長にしても政府の圧力があったとなると会長だけでは決められないとういこともある。報道とはこのように常に権力の圧力があり操作されるのである。


そもそも報道というのが何なのか?これも良くわからないのである。
自分でもプログで書いていることが報道であることを自覚したから報道は何かと追求する結果になったのである。
つまり今までも一個人は報道などできなかったのである。報道の権利はマスコミのみがもっていたのである。だからマスコミは第三の権力になっていたのである。

上の人が決めるというときその上の人に普通の人は関係できない、聞くこともできない、ただ権力があればできるとなる、権力がないかぎり何もできないともなる
だから重要な情報は隠されているし普通の人は知ることができないのである。

NHKだと報道することで大きな力をもっている、だからこそ原発避難者側について取材して報道したから誰も原発避難者を責めることができなくなったのである。
マスコミの言うことが世論であり体勢を決めているのでありそれに文句言うのかとなる
でも実際の問題は複雑なのである。原発避難者に反発している人も相当いたのである。
そういう声はNHKでも出さない、そもそも上の人がそういう方針で放送することを決めていたからである。それがどうも小高にいたNHKの取材する人はわかっていたみたいだ。

自分は何も特別小高の人に恨みがあるのでもない、小高の人とも良く話したからである。地元に生活しているのだから協力するのがいい、でもその対立の原因となっているものをないものにする、隠すことはできないのである。
そうしたとしても結局表に現れないでも対立することになる、子供のいじめにもなる
何らか和解の方策を模索することが必要なのである。
でもNHKで一方的な報道をすればかえって対立をあおることになるのである。
そこに慎重さが要求されたのである。

つまりそうした一方的な報道するとかえって地元にとっても困ることになるのである。
別に地元では争いたいということではない、協力してやっていきたいのである。
なぜならボランティアのようにそうして取材するマスコミのようにここに住む人とは違うからである。
地元の人になると争いがあると住みにくくなるからだ。
だから原発避難者でも対立はしたくないのである。
自分はそういう立場でプログに書いてきたのである。

ともかく小高まで電車に乗っていたのは行きは二人であり帰りも二人だった。
一人はボランティアだった。山林の仕事とか小高に帰る人のために働いているとか言っていた。東京から来たという。
千人は帰っているというけど実際は六〇〇人くらいで千人というのは帰ると役所に登録した人でありまだ帰っていない、ただ来年の三月で帰る人が千人なのかもしれない。
街の中は本当に真っ暗である。人の気配がない、田舎はもともとそうして静かなんだけどやはりその暗さが違っている。だから知り合いの女性は暗いから嫌だというのがわかる
灯がともっているのは本当にわずかであり真っ暗だという感じになる。
もしかしたら江戸時代だとあんなに暗かったかもしれない、それでも行灯の灯などがともっていたのだろう。この辺は一時江戸時代にもどったようにもなった。
街灯だけは華やかなことは違っていたのである。
タグ:原発とNHK
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2016年12月19日

報道とは何なのか? (原発事故で問題になった報道、マスコミ)


報道とは何なのか?

(原発事故で問題になった報道、マスコミ)


報道というとき何なのか?報道は別に今だけでなく人間が存在したときからあった。何か知るということであり知らせることである、それは人間の基本的営みとしてあった。
井戸端会議でもそうだし噂話でも報道の役割をしていた。
何かそこで情報の伝達をしていたからである。
今でもそういうことが日常的にある、噂話がみんな嘘といえばそうではない、かえってそれが本当のことであり公にならないから噂となっているということもある
それで意外と田舎では噂話が広がりそれが大きな影響をする場合がある
ただ江戸時代は報道の自由もなにもないから今とは違っている
みざる、きかざる、いわざるとして自由の報道もなにもない時代だった。
第一庶民は政治に口だしできなかったからである。

明治以降に新聞ができて変わったのである。その時新聞の力が大きかったのである。
次にラジオでありテレビになったのである。今はインターネットがある程度の力をもつようになった。そしてラジオの時代を子供のとき経験しているけどあれがそんなに力があったのかと思う、でもナチスはラジオの宣伝で生れたといわれる、それだけメデアというのはメデア自体が力をもつのである。

ミディアム(medium)は形容詞で「中間の」、名詞で「中間、媒体、媒介者」などという意味になります。生でもなく、よく焼くでもない「中間」がミディアム。発信者を取材して大衆に伝える、その「中間」にいて伝達するのがミディアムで、たくさんの人が携わっているからミディアムを複数にすると英語ではミディア(メディア)。

メデアはここで複数形だということを強調している。複数の人が伝えるのがメデアであるするといろいろな人の意見を情報を伝えるのがメデアなのか?
情報はそもそも原発のことを取材するにも複数の人がかかわり複数の人の情報をとりあげることになるからそうなる。

だから原発避難者側だけの言い分を聞くことはおかしいとNHKの取材する人に言ったが上の人が決めることですから私にはわかりませんとなる
そして不快感を自分に対してもった。何か今やインターネット時代になるとマスコミがNHKでも批判の対象になる、プログだと簡単にできるしマスコミ自体が批判の対象になっている

むしろ報道の公平さを言うならNHKとか朝日新聞とか地方新聞でも会社に属していない人がその人の感じたことをそのまま伝えればそれが真実だとなる
そのNHKの取材する人がその地に行って聞いたことを感じたことをそのまま書けばかえって真実を伝えることになる。
でも会社の上の人が報道する指針を決めていてそれに従うだけだとなる真実は報道されない。

そういうことは会社とか団体に属していると何でも自由がなくなる、上の人の命令に従わなければならないとなるからた
いづれにし報道というときある地域に行ってみてそこで感じたことをそのまま伝える、会社の命令ではなくその人自身の感じたことを正直に伝えることが報道の基本としてある
でもそもそも原発のことでもその地域のことを良く知らないと報道できないということもある
だから外国になると複雑だから報道することはさらにむずかしくなる
シリアの難民のことを報道するとなるとイスラム国だをどうだ、クルド族がどうだ、トルコはどうだとか何がなんだかわからなくなるだろう。
そういうふうに実際はその土地で起こっていることは複雑なのである。
この辺だって津波の被害者がいるし原発避難民もいる両方の被害者もいるから複雑なのである。
だからそれを外に報道するときそういう事情を報道するべきなのだがNHKではしていない
原発避難者側にかたよった報道をしている
それは上の人の方針でそうなったとなる。だからその方針に沿って取材しているとなっているのだ。とすると真実は報道されないとなる

原発避難者の場合は一部でパチンコとかギャンブルで遊んでいる人はいるようです」

これは事実でありこれくらい報道してもいい、しかしそういう原発避難者にとって都合の悪いことは一切報道していないのである。
そして前にも書いたように原発避難者に対して回りの人が冷たいと暗にNHK自体が同調して非難する結果になっているのである。

ただ人間は今やグローバル化すると報道に影響されるのが多い、まず外国となると何が真実なのかもわからないからである。それでイラク戦争の時、海鳥が石油まみれになった写真を報道した。それが全世界で反響を呼びイラクはひどいとなったのである。
でもそれは真実ではない、作られた映像だったのである。
外国になると真実はわからないからそうなりやすいのである。
アメリカが権力をもっているというときアメリカの有利な情報だけが伝えられるのである
ロシアがシリアを支配していたときがかえってシリアにとってはいいことだった。なぜならトルコからシリアに入った人がしきりにシリアの人は素朴でいい人たちと言っていたからである。つまり社会主義政権で資本主義ではない国だから金がそれほど力がないからか素朴さが残る人たちとなっていたのかとなる
それでなぜあんなふうになったのかというとそれはアメリカのイラク戦争がイスラム国を作り出したからそれが原因だったともなる
自分はトルコにいたときそういう人にあったからそう判断したとなる
情報はメデアは複数のことであり複数の人の情報を伝えることなのである。
でもたいがい一方的に伝えているのが多いのである。

だから本当はテレビでも新聞社でも雑誌でも何でも報道というときそれぞれに感じたことを伝えればいいのだが何か一様になってしまう。
会社の方針で伝えるべきことも伝えられない、それで原発の安全神話も作られた
何かおかしいなと思っても上の人が原発は安全だと報道するべきだとなっていたからである。それは宣伝費を東電からもらっていたからである。
そしてほとんどの報道にかかわるものが新聞社でも福島民報でも民友でも安全神話に加担していたのである。それは多額の宣伝費が東電からばらまかれていたからである。
東電だけではない電事連盟からも出ている。その額が大きいからそれで報道機関の収入となり成り立つからそうなった。
テレビでも新聞でも報道するだけで金がかかりすぎるからである。
プログなどは金など全くかからないからそこにそれぞれの真実が報道されるとうことがかえってあるとなる、ただまだテレビなどからすれば影響力は弱いのである。

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情報は権力によって操作される (トップダウン型とボトムアップ型の情報)


情報は権力によって操作される

(トップダウン型とボトムアップ型の情報)

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●トップダウン型情報操作

情報摂取の方法はこれまではトップダウンしかない、マスコミのみが報道する権利をもっていたからである。
だから大衆はマスコミに操作される、権力者はマスコミをおさえればいいいとなる
それで東電と政府は安全神話を形成しやすかったのである。
マスコミ金さえつかましておけばいいとなっていたからである。
それで安全神話は強固に作られていたのである。

つまり情報はトップダウン型になる、権力者がいてその方針に従わせるように情報を操作するのである。
安全神話でもそうである。原発を危険だと言わせないように情報操作する
ほとんどのマスコミがそうなっていたのである。
福島県でも民報でも民友でも原発安全神話に加担して安全だと宣伝して金をもらっていたのである。

権力者がいて情報は操作され民衆は知らされない、知ることもできないのである。
言わざる、聞くざる、見ざるになっていた
これだけの情報社会になっていてもそうだった。かえってテレビ時代とかなると百万人も見ているというときその効果は絶大なのである。
大衆は本などは読まない、テレビだと楽だしわかりやすいから洗脳されるのである。
大衆を操作するというときナチスの手法がいいのである。
大衆にむずかしいことをいっても通じない、簡単に単純化することである。
それが最後にはハイルヒットラーになるし題目を唱えればいいとかなり大衆化する
その時ラジオを百万人以上が聞いていたとするとその効果も絶大だとなっていたのであるラジオよりテレビはその十倍も効果あるものとなった。

それはトップダウン型であり大本営型である。一方的上からの権力側からの情報操作である。戦争に負けていても勝った勝ったとなり原爆落とされるまで日本が勝つと思っていたのと同じである。
原発でもその前にいろいろ事故があっても隠されて安全だ安全だと情報操作していたのである。強力なトップダウン型の情報捜査である。
なぜならそれに逆らうものは疑うものは特高につかまったからである。
トップダウン型は権力をもっているから情報操作できるのである。

今回のNHKでの原発避難者側に一貫して立つというのは上の人が決めたからである。
トップダウンで決めるのがマスコミなのである。
NHKは別に他にも原発避難民でも小高の家具職人とか復興に役立つようなことを放送している
だからNHKの報道をすべて否定はできないし復興にも寄与しているのである。
ただ原発避難者に関してはかたよっていたのである。

報道というとき情報を集めるがその情報と関係なくトップダウン型はなる、まず上の人が方針を決めてそれにそって情報を集め編集して操作するからである。
「地元には補償金などでもめていて原発避難民がギャンブルで遊んでいる不満もありますが」とか知っていしても方針が原発避難民側に立つと決めているのだから一切原発避難民のことは非難しないのである。
トップダウン型の情報操作や発信はそうなる
マスコミの情報はみんなそうである。トップダウン型である。
上の人が原発にも危険があるんじゅないですかと疑問をもつ社員がいても上の人が方針を決める、宣伝費の額が多いので東電にはさからえないとかなるのである。
そしてトップが方針を決めてトップダウンに情報を操作するのである。
そこでは事実もねじまげられる、事実があってもないとされるのである。
報道するにしても報道されないことも無数にあるからだ。
ニュースは一人一人が実際はニュースとなりうるから膨大なのである。

●新潟県巻町は新潟日報の報道で原発をとめた

インターネットは下からの様々な情報が発信される、それがあまりに多すぎるのでギブアップになる。網の目のように情報がつながるのだが多すぎるから選ぶことだけで苦労だともなる、その点トップダウン型の情報に接することは楽なのである。
だからこそ洗脳されやすいのである。
情報はやはりボトムアップ型が本来は民主的である。トップダウン型には権力側のほしいままになってしまうからである。
それで戦争のときも大本営発表でありそれとにていたのが原発の安全神話だったのである

本来情報は事実を報道することでにあった、その事実を解説したりすると事実より解説の方に左右される、コメテーターの言うことに左右される、そのコメテーターも主体性はない、マスコミの局の上の人によってすでに方針が決められていてそれに沿って発言しているだけなのである。マスコミを見ばみんなそうである。
そこで自由な発言が許されているようで許されていないのである。
そこには確実にタブーがありそれにはふれてはならないのである。

読売新聞社の正力松太郎が最初に原発を誘致したというの事実である。それで原発の父とも呼ばれている、でも読売新聞社の日本テレビがそのことを言ったら拒否されるし日本テレビには出れない、でも日本テレビでも原発被害者を応援しているのである。
だから自分たちのことは棚にあげて原発を推進させたのに応援しているというのも矛盾なのである、一般にマスコミは安全神話を作った仲間だったが反省していない
福島県でも民報でも民友でもそうである。最初から安全神話に加担して東電などから宣伝費をもらっていたのである。それも多額になっていたと思う
だから地元の新聞社とか地元にある会社などは何のためにあるのかとなる
地元に貢献するためにあるはずだがそうなっていなかった。
自分たちの会社が第一であり県民とかのことは二の次なのである。
要するに宣伝費が入らなかったら会社自体が成り立たなくなるからである。

読売新聞もテレビ局も正力松太郎本人もCIAからコードネームまで貰っている、とんでもない売国人なんですね。その精神は現会長の渡邊恒夫まで引き継がれており、読売グループ全体がアメリカの思惑通りに動いていると見られます。そんなテレビや新聞が信じられるでしょうか?日本国民のためになるようなことをするはずがありませんよね。読売りグループも電通も同じ穴のムジナです。もちろん他の新聞社やテレビ局も似たり寄ったりで、今日も嘘八百の情報を垂れ流しています。

マスコミはみんなにたりよったりなのである。金に支配されているのである。
もしインターネットのように無料で放送できたらそんなことはない、取材する力は格段に劣るし広報力も劣るが別に東電でも政府でも批判しても宣伝費とは関係ないからつづけられるということはある。
ただインターネットにしても個人になると非力でありどこまで原発の問題を追求できるのかとなるとまたむずかいしとなる
ただ報道がマスコミがいかに民主主義社会では重要な役割を果たしているか

それはなぜ新潟の巻町で原発を拒否して建てさせなかったか疑問だったがそれがわかった「原発プロパガンダ」という本を読んでわかった。
新潟日報が新聞社が原発の危険性を指摘してそれをゆずらなかったからだと書いてある。巻町とか小さな町で巨大な安全神話を作ったものに抵抗できるとは思えなかったからだ。つまりそれだけマスコミの影響が大きかったともなる
福島県でもむしろ積極的に安全神話に加担して東電などから金をもらっていたからであるその相違は大きかったともなる。それは本当にまれなことだと書いてあった。
するといくら新聞社でも宣伝費に左右されるとしてもそれだけの抵抗もできたということにもなる

そもそも報道はなんのためにするのか?娯楽の提供ということすらある、時間潰しにテレビを見ている人も多いからである。
今回の原発避難者の報道は三回自分は見た。どれも原発避難者側についた報道だった。
では何を言いたかったのか?

原発避難者を受け入れた側が責めるな、仲間に入れろ

そういうことなのか?それを目的にして指針にして番組を上の人が編成したのだろうか?
そうするとその報道が必ずしも地元の人たちに有効に働くとは限らない
なぜなら原発避難者に不満に思っている人たちがいるからである。
その原因に補償金問題があるからである。
だからそういう放送して原発避難者のためになるかというとそうでもないのである。
原発避難者はそれでいいと思ってもそうでもないのである。
ますます原発避難者に反発する結果になったともなるからだ。
そうした一方的な放送をすることによって原発避難者にも思いあがる人たちがでてくる

NHKではマスコミでは原発避難者に同情して放送しているのにお前は責めている
そんなこと良くできるな、楽しいかとか自分を批判する人がいた。
もしそうして原発避難者のことをマスコミでも多少は批判していたらはそういうことはなかったかもしれない、何だあいつは俺たちのことを原発避難者様のことを批判するんだ、そういうふうに思い上がった人間に仕向けたということもあるからだ。
そういうことがすでにあり反発していた人たちも地元にいたので火に油を注ぐ結果ともなる

●報道は事実を報道することが基本

つまり報道というのはまず事実を報道することである。原発避難者が団地ができてそこに住んでいるということは事実である。そして大熊であれ双葉であれ浪江であれそういう人たちが住んでいるのも事実である。
他に津波の被害者も住んでいたとかいうのは事実である。
そういう事実だけを報道していたら問題はない、そこで起きた対立がある、その対立している一方について報道することが問題だった。
別にそういう混在した人たちの間でうまくいかないとか対立もあるようですと言えばそれは事実だからしょうがない、でも回りの人が受け入れてくれないとかということを一方的に原発避難者に言わせるとなぜなのだ、冷たいなとか見ている人はなる
それは全国放送になるから影響がNHKの場合大きくなるのである。

むしろ報道してもいいが対立があれば地元の人たちが融和するような報道がふさわしいとなる、何かそれがなかったのである。だからその報道が地元の人たちにとっていいものとはならなかったのである
別に何かの被害を惨状を訴えるのは必要である。それを知りたいからである
でもその現場から事実を伝えることだけでも誤解を生むのが報道だと思う

熊本がいつまでも震災当時のままなのは、あまりにも、広いし、 
数多いし、実際車で走ると、延々とどこまでもブルーシート続くし、 
近所も、空き家だらけになるし、見た目よりダメージでかい。 
あのマンションも空き家になったか、この通りも住めんのか、 
一見街並みは普通なのだが、住んでいないし、 
じきに廃屋になるし、 
以前は、プールにもよく行ってたが、ほとんど休止してるし 
しかし、文句は言えん。大変な人たちがたくさんいるし 
まだまだ全体が集中治療室にいるようなものだ。 
ほんとに、来たんだな大地震が・・・・いまだに 
なじめん。まさか、ね、あの大地震がほんとに来たとは・・・・・ 


こういうふうに文章で読むのとまたテレビで見るのとは違う。この文章から熊本地震の影響は広範囲だと想像すると感じる
でもテレビだけだと何か一部分の惨状は見ているけど全体には感じないのである。
テレビの画面は何か一部分しか写しにくい、テレビは小さい箱にすぎないのである。
でも実態は空間は限りなく広いのである、その広い空間をテレビに写すとき狭い箱に写すことになるのも誤解を生む、だから全体の被害が見えないということはある
報道というのはそもそも実際に自分で見たものでもないし聞いたものでもないから常に誤解が生じているのである。
だからそもそも情報は操作されやすいのである。映像ですら今は簡単に素人でも作られる、それで勝手にテレビ局が作った映像を流して問題になったのである。
テレビの映像でも本当の映像なのかどうかもわからない場合がある

実際に見たものとは違うからである。自分もプログに写真をずいぶん出してもやはり実際に見たものとして感じることはむずかしいだろう。
それは他の人の写真でもそうである。写真だけの映像ではすべての情報ではなく一部の情報なのである。その写真をとったとしてもそこの空間であれ天候であれ暑さであれ寒さであれ風なども表現できないのである。
そこにどんな情報でもテレビでも映像でも伝えるには限界があることは確かなのである。
事実を報道するにもその事実を現場にいないのだからそこから誤った見方が生れるのが報道なのである。映像でも必ずしも真実は伝えられない、文章の方が真実を伝えることはありうるのである。だから本当は複合的に見る、文章でも映像でも人から直接聞くでもいい、複合的に見て聞いて判断するのが一番いいのである。

でもそんな暇ある人はいない、それこそ情報に追われて一日が終わってしまう。
だからインターネットは便利なのだけどみんなに読まれないから影響力が出ないのである検索するにしてもめんどうだからそうなる。
情報にしても同じ情報でもいろいろに比べると真実が見えてくるということもある
でもそういうふうに情報の真実を探るとういだけで手間になりすぎるのである。
第一自分のこんな長い文章を読むのも手間だとなる、疲れるともなる
でも2ちゃんねるにはボトムアップした発言があってもそれを深化する、深く読むことが欠けている、なぜなら短い文しかだせない、貴重な発言があってもそれが価値あるものとできないのである。
いづれにしろトップダウン型かボトムアップ型へ移行してゆるのが民主主義にとっていいい、進歩である。そのメデアとしてインターネットの普及がありマスコミを監視してゆくことは必要なのである。

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タグ:情報操作
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2016年12月20日

なぜ原発避難者を批判するのか? (全国民が注視していることを知るべき)


なぜ原発避難者を批判するのか?


(全国民が注視していることを知るべき)


お前はなぜ地元なのに原発避難者を批判するのか?そういう疑問も自分にもあった。
そんなことあえて言う必要もない、事をめんどうにするだけだ。
お前も補償金をもっともらいただけだろう。それで不満でそんなにこだわるのだろう。
自分は補償金にはそれほどこだわらない、地元で相当にこだわっている人たちがいる
貧乏な人はこだわる、でも自分が追求しているのは金のためではない

今回批判したNHKの放送など誰も自分のように見ていないかもしれない、原発避難者は被害者でありそれは当然だと見ている人が地元でも全国民でもそうかもしれない、国民といっても見方は意見はいろいろあるからだ。
人間意見を言ったらきりがない、意見は百人百様あるからだ。
それより事実とかその物事に問題があればその知識だという人もいる
何か事件でも問題は事実を知ることが先だとなる、その肝心の事実関係がわからないのである。それでマスコミではその事実とか知識を深めるよりマスコミの意見を言うからその意見に左右される
右でも左でも意見を言う、その時事実がないがしろにされる

この辺で事実というとき何か事実なのか?一番重要な事実なのか?
それは地元でもそうだが常に話題になるのは補償金の額である。
それは避難区域になって避難した人たちもそうであり放射線量で細かく分けられたので複雑になった。
自分の事実として一人七〇万であり二人だからその他で一五〇万はもらっている。
これは事実なのである。この額をどう判断するかは国民にまかされる、高いと思う人もいるしそれくらいかと思う人もいる。
南相馬市は小高区では避難区域で住めなくなったから高い、原町も三〇キロ圏内たから高いのである。その額がどうなっているかと事実はどうなるかというともう一つはっきりしない。
原町の人にいくらもらっていると聞いても教える人はいないからだ。

ただ避難者の額はそもそも桁違いである。医者は無料介護は優先高速は無料とか避難区域に帰宅する度に何万とか金が支払われていた。
ある人は小高だがどうも請戸の船主であり八人とか家族がいて着きに一五〇万もらっていたとかなる。船主は事故前も事故後も漁業権を東電に売り渡したからもらっていたのである。船主が五〇〇〇万で舟子が三〇〇〇万とかは事実だろう。
だからたいだい船主はすぐに新しい立派な家を建てたのである。
それもいいじゃないかとか意見はそれぞれにある。ただそういう事実があるということをまず知る必要がある、そのあとに意見がある。
要するにまず事実の重みを知ることである。国民でも金には関心があるからだ。

「事実は小説より奇なり」というとき本当にそうである。今回の津波でこんなことが起こるのかという事実に驚いたのである。事実こそ驚くべき事なのである。
歴史だって事実が驚くべきものなのである。戦争で三〇〇万人死んだというのは事実なのである。だからまず事実を知り事実の知識を深めることが大事になる
その事実を知ってそれぞれの理解があり意見がある、その判断はマスコミでするべきものではなく明確な事実を提供するのがマスコミの役割なのでありマスコミの意見は言うべきではとないのである。
だからまずニュースなら事実を知らせるべきでありマスコミは意見言いつ判断するべきではない、でも実際はマスコミで判断して国民はそれに従う、マスコミが世論を形成するのである。

原発避難者に対しても実際はいろんな見方がある、あれだけの被害があったから一億円もらってもたりないからいいじゃないかという人もいるしなんであんなにもらっているんだ、あいつらは原発で得していたのに事故後ももらっているから勝ち組だなと言う人もいるしいろいろなのである。
でも今回問題にしたNHKの放送は原発避難者寄りになっていた。それは上の人がNHKで方針を決めて作ったからそうなった。
それを見て気づかない人もいるしそれはそれでいいじゃないかと見ている人もいる
ただNHKは最初から事実を伝えるのではなく意見をもっていて番組を制作していた。
「最初に事実ありき」ではなく「最初に意見、判断、評価ありき」だったのである。
だから最初に自分たちの意見、判断、評価があって番組は作られていたのである。

ではなぜ自分が原発避難者を責めるのか?それは原発は国民全員の問題であり世界的な問題ですらあった。たから全国民が福島県であれその被害地を注視しているからである。
例えば原発避難民が多額の補償金で毎日ギャンブルでパチンコで遊んでいるとか報道される、それは嘘ではない事実なのである。
そうすると国民はどうみるのか?あいつらは原発を誘致していい思いしてきたのにその後もいくらでも補償金をもらうおうとしている、それは俺たち国民の税金なんだよ、腹正しいとなるからだ。そう思っている人の方が多いが公にはなかなか言わないということがあった。でも腹の中ではそう思っているから子供のいじめとかになった。

だからNHKでも避難者側にたつとそれが国民の世論なのだと錯覚しやすいのである。NHKの影響はそれだけ大きいのである。すると原発避難者は思いあがるのである。
もちろんNHKがすべて悪いのではない、NHKの報道もいろいろあり復興に寄与する報道や番組作りをしているし原発の危険性を言っている
では自分が原発避難者をなぜ批判するのだ、地元なのになぜ批判するのだとかなる
でも全国民が注視しているということを知るべきなのである。
一方でもしさほど補償金ももらえず何か一生懸命復興に勤めているとすると苦しんでいるとすると国民も原発事故はひどいな、こんなに苦しめるのかとかなる
そして原発はない方がいいとなる、でも今の被害者をみたらどう思うのか?
原発は結構地元の人にとっては事故前も後もいいものだったじゃないかとなる

うがった見方をすれば何兆円も補償金をばらまき原発を作った上の人たちの責任をあいまいにするその責任の矛先を馬鹿高い補償金をもらう原発の被害者に避難民に向けさせる魂胆があるのかともなる、実際そうなっているからだ。何か肝心の責任者のことは国民が追求しないのである。そのことは避難民に問題があったからである。
原発避難者でも被害者でも福島県でもただ賠償金を要求するだけでも良くなかった。
それは国民の税金の負担となりそれで国民が不満になるからだ。
ただこんなに20兆円もかかる原発なんてやめろという世論にもなった。
だから実際は補償金問題も複雑なのである。

だから原発の問題は全国民が注視している、世界的にも影響している、そういうことを感じないといけないが実際は補償金をもらったんだから別にギャンブルしようがなにしようが勝手だとはならないのである。そういう自覚がないのが困るのである。
そのことを言うとまたお前は冷たい奴だとかなり地元の人でも嫌がられる
でもこれは地元だけの問題ではなかった。全国民の問題であり世界的でもあった問題なのである。原発は世界中にあるからそうなる。
だから何かこの辺は政治としても具体的に関心をもつし世界的にもなり国際的にもなるというのもそうである。それだけ原発事故の影響は大きかったのである。

地元の問題でも被害者側でももともと原発は大熊とか双葉とか富岡とか立地した所だけの問題ではない、広い範囲がかかわる問題だった。
狭い範囲で決めたことにそもそもの問題があった。それが今の補償金とか事故後の処理に影響している。なぜなら今度は復興住宅に仮設から大熊であれ浪江であれ移ってきているからである。
原町の雲雀が原にある、復興のビルは五階建てでありこの辺では驚く高さである。
それも並び立っているから威容である。そんなに住む人がいるのか移る人がいるのかとなる、それは県営住宅であり県で建てたものである。
原町のスーパキクチの隣の三階建ての団地は浪江の人が多い。
今になると南相馬市でも原発事故もこんなに影響するのかとみる、事故前も飯館村の
比曽の人も原発で働いていた。それだけ事故前も原発の影響がこの辺では大きかったのである。 だから狭い地域で考えるものではなかった。
いわき市では二万人が移住して家を建てたというときその影響はあまりにも大きく避難者への嫌がらせがあった。
二万人も移住すればどうなるのか、もともとの自治体は混乱状態になる。
だからそもそも原発はいわき市でもそうだが三〇キロはずれていても一旦事故になれば広い範囲をまきこむのである。そしてその責任もその広い範囲にかかってくる問題だったのである。
だからこそそれは福島県だけの問題でもないし全国的な問題であり全国民が注視しているから自分は地元だけとあえて原発避難民を批判したのである。
posted by 老鶯 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連