2016年11月25日

銀行員も今はブラックなのか? 若い人の会社や仕事で形成される人格は将来どうなるのか?


銀行員も今はブラックなのか?

若い人の会社や仕事で形成される人格は将来どうなるのか ?

身内の知り合いが大和証券に就職決まったと報告受けたが、
その後彼が言った言葉、客にはいい情報教えないw
とペラペラ喋っていたことを絶対忘れない。面接などで植え付けられる
汚い思想であると思われるが、証券会社社員という人種は通常の商売のような
顧客満足を目指す仕事をしてはおらず、客を食い物にするために仕事をするクズで
あると実地でわかった。


顧客満足を目指す仕事をしてはおらず........

ユニットバスを百万で作ってもらったけどいいものである。自分が顧客だとすると満足したとなる。安くていいものでなかったら顧客は満足しない。
たいがいの仕事はいかに顧客を満足するか努力している、そうしないと仕事が成り立たないからだ。仕事の注文もなくなり物も売れなくなり病院のようなところでも患者の扱いが悪ければ患者も来ない、それはどこでも同じである。

証券会社とか銀行とかなると顧客満足となると株や投資信託でもうけされることだけど実際はそうなっていない、客をだますことが多いというとき株とか投資信託の仕組みが複雑すぎてわからないからである。
だから素人はだましやすいのである。
カナダの国債は素人考えて安全だと思っていたが為替差益で大損した。それもわからないうちにそうなっていたのである。
管理がずさんなのである。それは逐一報告されていない、その収支決算は素人が見ても全くわからないものだったのである。
売り買いするのもめんどうである。だから自分はたいして損しないと思ってまかせていたのである。
国債でも投資信託でも外国になるとより危険になる。それは為替差益がありさらに世界情勢などのリスクがありわからないから危険なのである。
だから知らないことには手を出すなというのは本当だったとなる

一番わかりやすいのは円高とか円安の差益でもうけるものである。
110円の時買ったが今はあがっているからもうかる、下がれば損するのである。
これは何も考える必要がないのである。こういうふうにわかりやすいものは素人でも得するにしろ損するにしろいいのである。
株とか投資信託はプロでもわからないからリスクが大きいとなる。

自分を担当した人は証券の取引場にいて経験しているからわかっているというがカナダ国債では全部裏目にでた。
今になると円安になり売るとしたら高かっのかもしれない、そんなに損するまでなぜ売らなかったのか?
それはずさんな管理なのである。良く見ていないし連絡もしないのである。
最後に急に配当金が下がったから売った方がいいと売ったら大損になったことがその時はじめて知ったのである。

人まかせにしたら株も投資信託も必ず損する

投資というのはわからなかったらその頼む人がどんな人なのか最大の問題になる。
なぜなら知らないのだからまかせてしまうからである。
でもずさんな管理しかしない、手数料とればいいとかしか思っていないとなると必ず損する
はっきりいって地方の銀行などは投資信託についてほとんど素人なみである。
だからやらない方がいいとなる。
もうける方法はあっても証券会社の人は知っていてもそれを頼む人は知らないからである
そして経験から銀行は信用できないということにもなる。
一時は郵便局でも客が損してその恨みをかったことがあった。
もともとリスクがあるものですと言っているから客も悪いことは確かである。
だから頼んだ以上文句いうなともなる
だから泣き寝入りであり得するのは手数料でもうける証券会社とか銀行なのである。

あなたにもうけさせてやりますよ、私を信頼してください

こういっても株や投資信託はそもそもがそんな約束などできないものである。
ユニットバスを作るとしたらこういうものができますよといえば確実にそういうものができて顧客満足させる
医者でもあてたの病気は直せますと言って直すように努力する、株とか投資信託はそんなことはない、言ってみれば時のなりゆきでもうけることも損することもあります
いろいろリスクがありますからしかたないです
でも銀行員や証券会社は損しません
手数料だけはしっかりもらっておきます、損はしない商売です

銀行はもともとこんな仕事じゃなかったろう、ただ投資先がないとか金余りとかもうける方法がなくて株とか投資信託の窓口になったのである。
だかから銀行についてのイメージが悪くなった。そんなギャンブルの馬券などを売り出す窓口になったともなる
何か会社に投資して会社を育てるなどという仕事とはそれはまるっきり違ったものである
世界的にグローバル経済がマネーゲームになったというときそのことがやはり世界を人間を狂わせたのである。
例えはドル紙幣はアメリカでは銀行が発行するとかドルで世界を支配する、石油もドルで買う他ないというときドルが世界の貨幣となりアメリカが得するような仕組みになっている。その仕組みも複雑でありとてもわからないから陰謀論になるのである。
金を右から左に流して巨利を得ているという現代のグローバル金融資本主義が本当に世界を狂わせたのである。
あなたもそれでもうけようとしたではないかというときそうである。
でもそのギャンブルに勝てるのは胴元である大銀行とか大財閥とかであり普通の人はそのギャンブルに勝てない仕組みになっているのがグローバル金融資本主義なのである。

いづれにしろ現代の職業が何かいかがわしいものが増えたというときそこにモラルの荒廃が生じる
資本主義が修道院から生まれて神に奉仕するものとして生まれたというとき今のグローバル金融資本主義は悪魔の資本主義になってしまったのである。
悪魔が世界金融を操作しているのでてある。それがユダヤ人だとか言うがそれもわからないのである。ユダヤ人ももともと真面目な商売人だったのである。
だからこのグローバル金融資本主義は操作しているのは誰なのか?
それは何か悪魔的なものであり誰もわからない謎になるのである。

結局徳川幕府が為替差益で崩壊したいうとき明治維新から日本もまるで変わったものとなってしまった。
江戸時代はモラル的には世界で一番優れていたかもしれない、貧乏だったけど悪いことをする人は本当に少なかった。だからみんな幸せそうな顔ししていたというとき貧乏なのだけど素朴な人が正直な人が多かったからである。
暴利をむさぼるような人はほとんどいない、こつこつ農民でも職人でも商人ですら棒ふりとか小商いであり何かそういヴ職業は大きな利益は得られない、でも正直な商売をしていたとなる、そういう人が多いというとき社会もモラル的には安定していたし江戸時代はかかって住みやすい時代だったとなる。
ただ常に過去は理想化しやすいからそこには様々な暗黒があった。
女性は貧乏で身売りされたとかいろいろあったが総じてあまり悪い人はいなかった。
それは仕事が今のように複雑でない、農民が八割とかなるとそういう人たちは素朴な人たちが多いからである。それは戦前までもそうだった。
それで義理人情に厚いとかあったが現代ではそういう人を見るのは希少動物をみるのと同じであり絶滅したのである。

それで考えたことはそうした証券など銀行でもそうだがそんな仕事をしている人が将来的にどんな人格が形成されるのか?
口先だけの嘘も平気でつく、人をだますことにだけたけてくる、何かそんな人格が形成されるとなると将来的にそんな仕事はもうかってもすすめられないともなる
銀行は堅いイメージがありもともとそんな仕事ではなかったと思っていたからである。
地方では公務員と銀行員はエリートである。まず倒産することがないし安定しているからである。

親戚で事業で失敗した人もて何か人格的におかしくなった。もう頭が金のことしかなくなっていた。借金しているからそうなった。
若いときはいい人だったというからもともとあんな人ではなかったのだろう。
その人は会社で技術系の仕事をこつこつしていればそうはならなかったのだろう。
事業をして事業に失敗しておかしくなった。
自分が苦しんでいるときその弱みにつけこんで商売してきたからである。
いちいちなにかするにも金を要求してきたのである。
何かもらわなければただでは何もしないとなっていたのである。
ちょっとした物でも運ぶのさえ嫌がっていた。
つまり何であれ人間は仕事が人生になるからその仕事で人格が形成されやすいとなるときその仕事がいいかげんなものだったらその人は将来人格的にどうなるのか?
それを考えると怖いなと思った。
ただ若いから利益をあげるためにノルマを達成するために駆けずり回っていてそんなこたとを考えることもないのである。
でも自分の仕事が何なのだろうとちょっと立ち止まって考えると矛盾や良心の痛みを感じるかもしれない、そういうことがあるならいいがそんなことを全く無視しているのが普通である。

とにかく何かそういう疑問が生まれることはある。でもそんなこと深く考えないでた利益をあげることだけに夢中になり他はかえりみない、それは自分でもカルト宗教団体に入り活動していたときあった。
なんでただ票集めだけに必死になっているのか?これは何なのだ宗教なのかというと疑問をもちやめた。
何か人生の中でそういう疑問をもつがそれをあいましいにしてつきすすむ、会社でもやめるのは簡単にできない、会社のために猛進する
それで会社なんかやめろとかいう作家がいるのもわかる、でも会社をやめるとなると自由人を目指すとフリーターとか派遣とかになってしまう
それも厳しいとなる。自分は家庭環境に恵まれていてたまたま自由人だったとなる。
でも自由人というけど社会経験がないものはあとでまた困るのである。
それで介護とか自分の病気で苦労したことを書いたのである。

自由人でまともでいることもむずかしいのである。
例えば芸能人とか芸術かでも変なのが多いだろう。社会常識がない、だからこういう仕事も何か人格形成にはいいものではない、そうなるとどんな仕事がいいのかそんな仕事があるのかとまでなる。
自由人といってもよほど優れている人でないと
「小人閑居して不善を成す」ということに必ずなるのである。
ニートなどはだから相当に危険なものとなる、今といいくても必ず苦難がありそれを乗り越えられなくなる、社会経験がない浮世離れになっても人間はまともになれないのであるでも一方で会社に人生をすべてあづけるのもまた危険だなと思ったのである。

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posted by 老鶯 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題