2016年10月05日

秋の蝶(近辺の秋の短歌十首)


秋の蝶(近辺の秋の短歌十首)

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秋の蝶通りに一羽あわれかな


白と黄の菊さす壺に赤き花さして一段と映えにけるかな

真野川の岸辺に今日もちらほらと秋の蝶舞い暮れにけるかな

いつしかに母となりにしその女の落ち着き見ゆも秋の蝶舞ふ

雨しとと秋の蝶舞ふ女一人ここを歩みて去りにけるかな

街の中空家のありぬ誰住むと気にかかるかな秋の夕暮

たまさかに空家にもどる人みかく秋の白薔薇咲くを見ゆるも

我が家の墓そありなめここにしも眠る父姉母や今日も暮る

今なれば災いなきを石二つ庭に静まり秋となるかな

鹿島駅駅舎の古しと駅前の自転車屋語り秋となるかな

我が家も古りにけるかな我が一人もの書く夕べ秋の灯のともる

我が家に一人し住みて猫一匹我を待つかな秋の暮れにき


毎日ほとんど近く行ったり来たりしているだけである。それはすでに介護がはじまって十年はつづいている。
でも介護が終わり死んで楽になったなと思う、だいたい60年も一緒にいた家族がいなくなるということはどういうことなのかわからない、ただ介護は苦しかったから楽になった
毎日一人来る人はいる、何か淋しいということもそれほど感じない
妻を亡くしたよほど一人でいるのが淋しい゛答えるらしい、だから介護する人でもいた方がいいと言っていた。がらんとした大きな家にいるのが淋しいとなる
自分も一時は感じたがそれほど感じない、自分はもともと孤独でありそれほど一人でも淋しさを感じないのかもしれない。
それ以上に介護というのは楽じゃないとふりかえる

同じ場所を毎日通っていてもそれなりに季節が変わる感じるものがある。
今は秋の蝶がちらほらと飛んでいる、通りはほとんど人が通らない、だからその蝶も心に残るのである。都会ではこういうふうに感じることはないのである。
女性でも春の蝶から夏の蝶から秋の蝶、そして冬の蝶とまで変わってゆく
母となった女性は何か違う、落ち着いているので好感をもったりする
短歌は何か女性的な感覚、女性から見た感覚にいい歌がある。
それは何か男性的な感じ方ではないからである。
だから文学面では女性が活躍したのである。

空家が結構多い、街中の空家は売りに出しているものである。
あとは別に空家でも売りに出してはいない、最近は娘の所に移り住んだ人が死んで残された空家で葬式をしたがその家は別に売りに出していない
白い薔薇が咲いている空家はたまに人が来て掃除などしている
だからこういう家は持ち主がいないわけではないから荒れてはいないのである。
たまにきていて掃除などしていれば草茫々にはならないのである。
でもなんか空家に咲いている花というのも不思議だとなる

ともかく自分の家も50年近くたつ、今はこの大きな家にゆったりと住んでいる
自分はこれまで6畳の部屋にいたからこの家でも意外と狭い所に住んでいたなとふりかえる、やはり部屋は広い所がないと圧迫されるのである。

駅前の自転車屋が言っていたけど鹿島駅の駅舎は古い、最初建てられたときから変わっていないという、となると明治から変わっていない、あういう駅舎は今でも多い
とするとそれらは建て替えられない古いものだとなる
自転車屋が駅前にあったのは必ず貨物のため引き込み線が駅にあり荷物として自転車を受け取るに便利だったからである。
その当時車はまだそんなに利用されていなかったからである。車自体がないとういことがあった。それで長々と貨物列車が走っていたのである。

今日は昨日とは違い、涼しい、秋を感じたので短歌も作れた、やはり季節感がないと日本では狂ってくる、感覚的にもおかしくなるのである。

タグ:秋の蝶

なぜ原発はやめることができないのか? アメリカに逆らうことができない、日本は独立国ではないから


なぜ原発はやめることができないのか?


メリカに逆らうことができない、日本は独立国ではないから


原発事故の問題を考えるとき今は地元では補償金がもらえる人たちともらえない人たちでももめているけどその淵源をたどってゆくとその問題の根は今ではないすでにその種をまいた人にあった、それは読売新聞社の正力松太郎が自社の発展のために私的利益のために原発を安全なものとして宣伝して導入した。
正力松太郎はアメリカのCIAのスパイでありコード番号で呼ばれていた
つまり何か問題の根が今にあるのではなくそれをたどってゆくと百年前にも二百年前とかにもなるし千年前にも二千年前にもさらには人類がはじまってからの問題にもなる
例えば明治維新が見直されているけど明らかに太平洋戦争と明治維新は一連のものとして歴史の継続として起きたのである。
太平洋戦争の起きることは明治維新ですでに予言されていたし富国強兵で戦争に向かっていたとなる。

原発事故でも何か今が原因でなっているようでもその根は戦後まもなくすでに原発を導入することがアメリカにより決められていたのである。
民主主義はよく国民の合意で決められるというけどコンセンサスで決められるというけど本当なのか?
そうならば誰もみんな合意で決められたことだからみんなに責任があり責めることはできない。
原発はコンセンサスがあって双葉とか大熊に誘致されたのか?
それも疑問なのである。その原発を建てる土地の所有者と県の許可で決めれたとかなるとそこにコンセンサスがあったのか?
もし原発を作るならまず国民的コンセンサスが合意が必要だった。そのためには原発のことを国民が良く知らねばならなかった。
しかし政府ではそういうことはしていない、したのは権力あるものが結託して政治家、官僚、東電、マスコミなどが一体化して「安全神話」を作っただけである。

民主主義というとき言論の自由だとか自由が強調されるが自由がすべてにあるわけではない、報道は権力あるものに寄り誘導され決められる、それはあらそるところで起きている石原慎太郎の不思議なのはなぜあれほどの横暴が許されてマスコミでも何の批判もなかったのか?そうしてあれほど増長させたのかということである。
ただここでも批判していた人はいたし本も出ていた、でも何かこの世のことは大きな声になったものが決めるということである。
小さな声は全く無視されて話題にすらされない、例え本を出していてもそうである。
原発でも別に左翼系統で東京に原発を作るべきだとか批判する人はいたのである。
でもそれは決して大きな声にはならない、何か片隅に追いやられてしまい目立たないのである。また関心も呼ばないのである。

民主主義では小さな声もとりあげ大事にすることである。でも実際はそんなことはない。民主主義にはつくづく限界がある。国民の合意というときそもそもそれが絶対かというとそうではない、国民の合意は権力あるものによって決められるのである。
何が問題なのか?そうしたことも報道がないとわからないし原発となるとむずかしいから国民には理解できない、そのことが権力者には都合いいものとなる
原発は第一日本国民が。必要なものとして検討もされていなかったのである。
権力あるものによって強引におしつけられていたものである。
学者も御用学者にされていたしマスコミでも東電から宣伝費として莫大な金が回っていたのである。創価の聖教新聞社などにも回っていた。だから原発の安全を巧みに宣伝していたのである。共産党でも実は原発には反対ではなかった。ただ安全を追求していたことは確かである。
国民の合意といってもその合意を作られたのは上からの意志だったのである。

ではその最大の意志は力は誰が持っていたのか?それはアメリカだとなる。
なぜ原発が導入されてこれほどの事故があってもやめられないのか?
それは原発は電気だけの問題ではない、軍事上の核武装のためにアメリカの政策として日本に押しつけられた。そのために日本の権力があるものもそれに同調して「安全神話」を作ってきたのである。
国民の合意といっても民主主義といっても結局そうした巨大な権力には対抗できない、大きな声はそうした巨大な権力によって作られる
そこに民主主義の限界があるとなる、ただ核武装というとき別に右翼となると日本人でも望むからアメリカの一方的要望というわけでもない、ただ大きな声になるのはそうした権力によるものであり国民の合意ではないのである。

そもそもなぜ双葉とか大熊とかの狭い範囲で原発を造ることを決められたのか?
事故になってわかったように広範囲でコンセンサスを得て決めるものが原発だった
だからもし広範囲で30キロ範囲内ならそこで合意のもとに決めていたらその範囲内の人は責任があるとなり別に避難した人たちに文句など言わないだろう。
なぜなら30キロ内で合意して決めたことだからである。
それも実際は30キロ外でも広範囲に被害にあった。それだけの広い範囲で浜通りから中通りの範囲で決めるべきものだったのである。
もしそこで合意したなら避難者を責めたりしないのである、みんな合意で決めたのだから共同責任になるからである。
確かに新潟県の巻町では町民の合意で原発を建てさせなかった。そうういこともできたのである。ただフクシマ原発の場合は違う、アメリカの政策として日本に強制されたものである、だから反対することもむずかしいとなる。

いづれにしろ原発は単なる電気の不足のためとかではないことは確かである。
その背後には国防上の大きな問題がありやめることができない、アメリカの命令でもあり敗戦国になっていた日本では従わねばならないとかの事情があった。
つまり国際関係の政治的問題がクローズアップされたことがわかってきたのである。
原発ではフクシマは補償金をもらってずるいとか事故前も事故後もいい思いしているではないかと批判された。
でもそもそも原発というものをどうするのか?国民としてどうするのか?
そういうコンセンサスがないままに50以上も作られてきたのである。
国民一人一人に民主主義では責任があるとなる
フクシマを批判する前に国民として原発をどうするのか?そういうコンセンサス作りをしていないのである。
だから国民投票が必要だとかもなる、それだけ大きな問題だからである。
でも現実はアメリカの政策に従わざるを得ない、そこに国民のコンセンサスは成されないともなるから民主主義といっても限界がある。
日本がまだアメリカから敗戦で70年過ぎても支配されて独立がないというとき真に独立国になるなら国民の合意で意志で原発も廃止できる、また逆もありうる、ただそれがアメリカの意志で決められるとしたら日本は独立国ではないのである。
戦後70年でそういうことが問われてもいるのである。

posted by 老鶯 at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連