2016年10月03日

抽象画(山の千姿万態) mountains present an endless variety.

抽象画(山の千姿万態)  


mountains present an endless variety.

golggggg123.jpg

icemmmmmmttttt111.jpg

rokyyyyymmmm1234.jpg

mmmmrrrrddd111.jpg

hinoyamaaa111.jpg

山は山に登っても山の姿を見ているだろうか?
山に登っても疲れて山を良く見れなかった
山の姿は実際は無限である。
これはとても表現しきれない、何か抽象画でイメージ化すると川でも流れでもそうだったが無限である。
ただ現実の川では見ていてもそうは見ていない、何か同じなように見ているのである。
かえって芸術化したとき見ているという不思議があった。
ただそれはハソコンのソフトで発見したものであり絵を描いて見てわかったのではないし見てわかったわけでもなかった。

人間は自然でもその多様なものを見ていないのである。
まず山となったら無数である、ヒマラヤ辺りに登ってみればわかる
信じられない山を見ることができるからだ。
山の問題は上ることに体力が必要でありもう年取ると登れないのである。
でも登ったからといって山のこの多様なものを知ることはできないし表現することはできない、山のほんの一部しか知ることができないのである。 
ただ本当に山に感応するとしたら山に登るほかないのである。
それが難儀であり山の姿をとらえられないのである。

Even if the mountain climbs the mountain, will you watch the figure of the mountain?
Actually, the figure of the mountain which I am tired even if I climb the mountain, and was not able to watch mountains well is infinite.
When this makes it an image in some abstract picture which I can hardly express, flowing out was so, but even a river is infinite.
I only watch so it even if I look in the real river to be what which I do not watch, or to be the same.
There was rather the wonder that I looked at when I became art.
I discovered it by software of ハソコン and pictured a picture and watched it and did not know it and watched it and did not only know it.

The human being does not watch a variety of things in nature either.
At first this is because it can watch the mountain where it is unbelievable to know if I climb the innumerable Himalayas areas if it becomes the mountain.
When physical strength is necessary for getting nervous and already gets old, I cannot climb the problem of the mountain.
But it is the one which can know only just one copy of the mountain which I cannot know these a variety of things of the mountain because I climbed it and cannot express. 
I only cannot help climbing the mountain if I really respond to the mountain.
It is hardship, and the figure of the mountain is not caught.
タグ:山の抽象画

原発避難民は避難した先の回りのことを無視した (政府やマスコミやその他の外部が助長した影響)


原発避難民は避難した先の回りのことを無視した


(政府やマスコミやその他の外部が助長した影響)


不動産の方に「避難民よりもこっちが狭い思いしてるよね、結婚したいけど住む所がないから結婚出来ない人や結婚したけど住む所がなくて別居してる人もたくさん来るんだけど、1年経っても未だに紹介出来ないんだよね」

福島中通りです。避難民でも地震津波での被災者には同情しますが原発事故での被災者には同情しません。理由はみなさんの意見と同じです。ただ、一番問題なのは原発避難民を過剰なまでに擁護している政府や福島県知事県議会市町村長やテレビ局新聞社の体質なんですね。擁護する理由は〜原発避難民はお金を生むからです。

頂いた補償金一人一人出して皆で一から町や村つくればいいのに。自分の金は使いたくない。村や町は国が用意して…。いつまで待っても元になど戻ることなどできないと思います。

私達避難民には着の身着のまま避難し大切なもの全てを置いて来ました取りに行けても線量が高くて持っていられないかもしれない。
お金でなんとかなる物じゃないですよ。

なかには震災前に自己破産しているにも関わらず高級車を現金一括で購入し!なかには他県に家を建て暮らしていますが住民票は変えてません、住民票を変えると補償がもらえなくなりますからね!




原発避難民の問題は故郷を喪失した思い出も失ったとか被害が大きいことはわかるしそのことを自分も書いてきた、それはそれとして問題は避難した結果、その回りに様々な軋轢が生じたことである。
それでもすべてが避難民は優遇されたし外部からも同情されて補償金ももらえた
小高の人で遊び人のような人やニートは喜んでいた。
そういう人は原発事故は恩恵をもたらしたのである。
今でもぶらぶらしてパチンコ屋に堂々といりびたっている、それは悪いことでもない、その遊び人が言っているようにみんなバチンコ屋だからどうにもならないと・・・
みんな遊び人のレベルになったのである。

原発避難民の問題は故郷を失ったとか被害はわかるしそれは取り戻せないとかもわかるしそのことを自分もわかるから書いてきた。
ただそれと現実問題として避難した先で生じたことは別に考えざるを得ないのである。
「俺たちがどれだけひどい目にあっているのか、お前は人としての情がないのか」
とか「お前は人の傷に塩ぬって楽しいか」とかそのことでその避難先の土地の人を責めてくる、なぜここまで傲慢になったのだろうか?
「俺たちは金もっているんだ、お前らは金はねえだろう」とか今までもてない金をもった人が避難先で言っている人さえある、それでつきあわなくなったとか言っていた。
それは全部ではないにしろいろいろな人がいるにしろそういう人もいたら確実に嫌われる

自分もそういう経験をしたから腹ただしくなったのである。それは原発避難民だけの問題ではなかったが関係していたのである。
自分は自分自身が病気で苦しんでいるとき原発事故が起こりその時事業に失敗した親戚が来てその人はパチンコ屋で働いていた
それは事故からすぐであり何もすることがない人たちがパチンコ屋におしかけたのであるそういう特別の事情があったにしろこれは何なのだと思い腹ただしくなった
なぜパチンコ屋でそんなに働き自分の苦しいことを見ないのである。
何かその時異常事態であり混乱したことは確かである。
別にパチンコ屋に行って遊んでいてもいいじゃないかということも主張はできる
でも問題は回りの人たちに迷惑をかけているということをその時原発避難民は思わなかったのである。
自分たちが特別苦しいのであり同情されるべきだとなり外部の人も同情した。
すると原発避難民も俺たちを同情しない奴は何なのだとなる
「傷に塩塗って楽しいか」という原発避難民の自分のプログの批判のように誰も公然と批判できなくなったのである。

「今日も俺たちはパチンコ屋ダ、ギャンブルだ」
「ボランティアよ、働けよ、外から来た人たちよ、しっかり除染しろよ、お前らが後始末しろよ、俺たちは被害者だから遊んでいてもいいんだよ」

こんなことになったときボランティアの地元の人が喧嘩になったというのもわかる。
実際今の時代は広域社会だから新築の家が次々に建ったけど復興住宅でも全国の人が来て建てていたのである。内部の人はほとんどなにもしない、それでも成り立つ社会にもなっていたのである。
瓦を直したのはいわきの会社であり風呂を直すのは仙台の会社である。
これは近い方だが全国から九州から北海道から来ているのに驚くのである。
地元でしていることはわずかである。

一番問題なのは原発避難民を過剰なまでに擁護している政府や福島県知事県議会市町村長やテレビ局新聞社の体質なんですね。擁護する理由は〜原発避難民はお金を生むからです

マスコミ特にテレビ局は特にそうだった、NHKは権威があるから全国でも原発避難民に同情しない人たちは何なのだとなる、取材でも原発避難民に同情するように仕向けられていたのである。
この辺の事情は津波の被害者もいて複雑なのである。
何でも原発避難民は優遇されるのか?
現実に自分も病気であり介護であり苦しんでいたがすべて福祉関係でも原発避難民が優先されていたのである。そういうことはいわきでも起きた
何しろ二万人も一挙に移住したらパニックにもなる。でも常に原発避難民は政府からもマスコミからも優遇されていたのである。

政府や福島県知事県議会市町村長やテレビ局新聞社の体質なんですね

南相馬市では小高区の人たちが鹿島区に避難した。そしたら鹿島区の市議会議員が仮設の小高区の人を援助していた。これも別に南相馬市になったのだからあっても不思議ではない、でもなぜ鹿島区の選出の人が小高の人を援助するかというとやはり原発避難民は議にとってもいいことがあるのかもしれない、金になるということはそういうことなのか?
原発が作られたときから南相馬市ではわからないが議員でも町長であり金が回った。
それで富岡町長の津波で流された金庫に5億円が入っていたという噂が流れたのである。
その噂というのは意外と田舎では真実がふくまれているのである。
刑罰がなくても何か噂は広まり残るのである。
そして小高区の人が鹿島区の人の不満を知らなかったのである。
だからこそ自分がその事情を言ったら怒っていたのである。
みんな同情しているのに援助しているのになぜしないのか?
それが当然だと思っていたのである。でも鹿島区の人たちは不満があった、でもそれを全く知らなかったのである。


おそらく政府としては原発事故の被害者を粗末にすると反発されるから恐れたのかもしれない、多額の補償金で手なづける、そうすれば原発事故の被害でも最小限にとどめることができると見込んでそうしたのかもしれない、でも全部には補償できないから避難民に手厚くしたのである。
原発避難民が金を生むというとき被害者特権になり補償金をいくらでも要求できるということかもしれない、それは沖縄や韓国の慰安婦問題とにている
それが事実かどうかなど関係ないのである。被害者として永遠に損害賠償を請求できるからである。それとこの辺の被害者はにている
「もっと補償しろ、俺たちの被害は計り知れない、補償は百年のちもだ」とかなる
そして被害者は外部頼りになった。外部でもも回りでも市でも県でも国でも援助してくれるのが当然だとなった。
内部の人はただ被害を訴えればいいともなったのである。高齢化でもあり自助努力はなくなったこともあった。
それで南相馬市長の桜井市長も最近、小高の人にも文句を言うようになった。自助努力して復興してくれとなった。

現実に国民年金しかもらっていない人が多いのだから補償されるべきだと小高の人がテレビを通じて訴えていた、では南相馬市民だって被害者であり他の人たちもそうである。テレビというのは一方的なのである。誰かそれに文句言うこともできなからその影響が大きくなる。
相馬市の人は全く補償金をもらっていないのである。
放射線量は相馬市の松ヶ房ダムと真野ダムでほとんど変わらないことでもわかる
だから放射線量で区切ること自体が軋轢を生んだのである。
相馬市にも避難民がいるが常にあいつら働かないで贅沢していると不満を言っていたのである。
請戸から避難した船主は病院の特等室に入り家を建てると豪語していたのも回りの人はどう思うのか?何か避難民すべてではないにしろそういう傲慢な人はいたのである。
それを容認したのがマスコミとか何か政府の方針とかがあったともなる

だから前々から自分が言っているように原発事故の被害は広域的だから広域的に対処すべきだった、それは原発自体がとても一地域で建てられるものではなかったのである。広範囲なコンセンサスが必要なものであった。でも一部の人に原発避難民のみにあまりにも手厚くされたことが反発になったのである。それは避難民でも不幸になった。回りの思いというものが意外とひびくのである。歓迎されていないということは何かとひびくのである。
回りがそうだととげとげしくなるから住みにくいとなる。

結局は金というのはいい方にも悪い方にも働く、何であれ金には人間の欲がつきまとうからそこでもめる。遺産相続と同じである。金は自分も経験しているが本当に怖い
金となると目の色を変えるし殺されることもある。
金がすべていいものとして働かないのも現実なのである。
かえって金のためにこの辺は協力できなくなったのである。

タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連