2016年10月14日

抽象画 ( abstract picture) (夜の川ーnight river)


抽象画 ( abstract picture)


 (夜の川ーnight river)

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タグ:夜の川

2016年10月15日

大学の劣化とエリートの劣化ー慶応大学レイプ事件 (それは明治維新から始まっていた)


大学の劣化とエリートの劣化ー慶応大学レイプ事件


(それは明治維新から始まっていた)


大学というとき大衆化したのは団塊の世代からである。でも自分の時代は地方だとクラスで4、5人しか大学に行っていない、中卒で集団就職の時代だったのである。クラスの三分の一くらいが中卒であり高校すら入れない時代だった。
団塊の世代はだから中卒が本当に多いのである。それが普通だとなる。
だから自分は相当に恵まれていたともなる、自分は高校に入るとき受験勉強してそれが何か後々に影響した。それは受験のための暗記だけの勉強だったからである。
本当に学問をしていないのである、そしてなぜそうなったのかというとしきりにその時人数が多いから高校にも入れないと大騒ぎだったのである。
そこからして出発点からして良くなかった。

受験戦争とか騒がれて仲間も蹴落としても上の学校にあがるということが強いられたのである。一方で集団就職と中卒の時代であり自分の入った大学は三流でありマンモス大学だった。それで講堂に3000人が入り授業したとかなると何か授業にも学問にも興味がなくなることがあった。大学は実際は遊びの場だったのである。文系では特にそうだった。
何か勉強をやる気にならなくなる場だった。

学生数10万人の日本一のマンモス大学となっており、いわゆるマスプロ教育を推し進めていた。これが日大闘争の発端となった。

学生運動の原因がこのマスフロ大学化したことにあった。戦前の大学生は真のエリートであり社会の指導的立場につくことか約束されていたのである。

旧制高校の卒業生数とほぼ同じだったので、卒業生は学科を選り好みしなければほとんど無試験で各地の帝大に進学できる特権がありました。従って受験勉強に青春時代を費やす必要が無く、有り余る時間とエネルギーを全て精神的・肉体的成長の為に注ぎ込む事ができました。旧制高校生は白線帽・高ゲタ・黒マント・手拭いの弊衣破帽スタイルに身を包んで街を闊歩し、「デカンショ」と略されたデカルト・カント・ショーペンハウヘルの必読哲学書を読んでは思索を深め議論を好み、酩酊し友と肩を組んでは各校に伝わる寮歌を高歌放吟し、

戦前の大学と戦後の大学、団塊の世代の大学生は全然違ったものになっていた。
ともかく受験勉強に追われる毎日でありそれで精神を消耗していたのである。
現代のエリートを作っているのはこうした東大生でも受験勉強した人たちであり何か人間的にモラル的に優れた人たちではない、そこにあるのは利の教育だけなのである。
出世して社会的な有力な地位を得て楽をするということしかない、それが社会を腐敗させてしまったのである。
それは福沢諭吉の学問をすれば立身出世するという思想が慶応大学が作られたのとにている。ただ戦前の大学は本当のエリートだからもう社会をリードする地位につくことが約束された人たちだから戦後の大学生とは全然違っていたのである。
要するに学問が出世き手段でしかなくなった。大企業でも官僚であれそうした得する地位につくことが目的となったのである。そうなればそもそもモラルなど何もないとなる

歴史をさかのぼれば実は明治維新になったとき日本人のモラルは喪失していたのである。江戸時代三百年で培われた日本人の文明文化が明治維新で喪失した。
その継続として現代がある。なぜなら江戸時代はモラルが高かった。侍はそのモラルの範を示すもきとしてあった。だから責任をとるというとき切腹までしていたのである。
それだけ上に立つものの責任を自覚していたのである。
それは江戸時代三百年で培われたものでありそれは地方の藩でも同じである。藩校がありそこで侍はただ学問だけではない、その土地で生活することでモラルが養成されたのである、地方地方にそれなりの教育があった。
それもまた明治維新で全く変更させられた。教育は中央集権の全国一律の教育になり標準語が採用されたことでもわかる、これも大きな変化であり日本を根本的に変えたのであるその時西欧文明はキリスト教だと内村鑑三が言ってキリスト教を採用しない日本文明は滅びるとか言った。つまり西欧文明を日本では技術を便利な機械とかを採用するものだとして受け入れたのである。
その最たるものが福沢諭吉であり功利的なものしかそこにはないのである。

そのことで最近明治維新が見直されというとき、江戸時代の侍のもっていたものが見直される、それは幕臣からなされている、内村鑑三も幕臣だったから薩摩長州の政府を批判していたのである。
侍とはなにかというとき高度なモラルを具現化した模範として社会は見ていたのである。それがエリートだったわけである。それが喪失したとき代わりとしてのモラルが日本にはなかった。それで今日の頽廃の原因となっていた。
戦前と戦後ではまたそのモラルにしても戦前はまだ日本的モラルが庶民でも義理人情とかがあった。今は全くモラルはない、もうければいい、金になればいい、得すればいいとかしかない、それはエリートであれ庶民であれ同じである。
カルト宗教もまったく肝心の要となるモラルはゼロである。経済原理に金をもうけて地位を得て得すればいいしかないのは同じなのである。

第一現代は民主主義でありエリート自体を否定している社会だからである。
真のエリートを養成するものがない社会なのである。たからエリートは現代ではない、庶民も江戸時代の侍のように尊敬したりしない、現代で偉いのは金をもっている人が一番偉いとしかなっていないのである。それは上から下まで同じなのである。
だから「金をくれ」と家にきて本当に家捜して大金を失った、そんな人が近くにいるしそれが普通の社会になったのである。
庶民でも貧乏でも事情があってもここまで庶民でも劣化しない、なにか義理人情とかまだあったが今はない索漠とした社会である。
だから大学生にしてもすでに団塊の世代から劣化していた、今は少子化で誰でも入れると余計にそうなる。団塊の世代から大学生は戦前の大学生とは間で違ったものになっていたのである。エリートといっても社会的有利な地位について自分は得する金持ちになる、それしか動機がなくなっているのである。
世界的にもグローバル経済になると経済原理が生きるプリシンパルになる。
そうなると金だけが唯一の価値になってしまうのである。グローバル経済にはモラルがないのである。多国籍企業でももうければいいということであり何か規制するモラルがないのである。それで後進国の貧乏な人たちをこき使うともなる。

最近起きている大学の異常なレイプ事件とかはやはりいくら東大であれ慶応であれエリートの自負もなにもなくった、モラルもないからである。それは歴史をさかのぼれば明治になったときから起きていたことなのである。
日本のモラルというとき戦争でも上官はだめで下士官は優秀だったというときそういう社会でもある。

19世紀英国の黄金時代当時は、よく言われる「ノブリス・オブリージュ」といった、英国紳士の社会全体に対する責任意識を説明する

これは江戸時代の侍に通じていたのである。それは300年の江戸時代で培われたものなのである。ヨーロッパでも貴族の歴史は長いからである。
結局人間は歴史的継続性が大事なのである、江戸時代300年で培われたものをすべて否定することが日本人を劣化させたのである。だから明治維新が今見直されるのである。
日本的ないいものをすべて否定するということが起きたからである。

いづれにしろ若いというとき自分でもそうだが何か必ず問題を起こす、そのありあまるエネルギーの捌け口を見いだすことで暴走が起きるのである。
それはくりかえされているのが人間である。
高校から大学へなると急に大人扱いになるけどそういう準備もない、何でも自分の自由にするというときその自由は危険なものとなる
自分でもそうだったが大学で起きているのは

小人閑居して不善をなす

まずこれは必ずあてはまる、大学を毎日マージャンで過ごして終わった人もいる、カルトにはまって終わる自分のようなものもいる、何かそうして無駄なエネルギーをぽ費やして青春が終わっているのである。
青春は誰でも何らかの狂気になってゆく時である。それはエネルギーが肉体的にも噴出するからとめられないとなるのだ。抑制がきかないからそうなるのである。
いつの時代でも青春は危険ととなりあわせである。
ただ人間は青春時代が大事だというとき何か青春時代で人生が決まるというときその方向が決まってしまうからである。青春時代に悪に染まったり利だけをもとめて真の求道をしないものはもう真理にも信仰もない、そういう人たちがエリートとなってモラルもないとしたら社会は今のように全体が上から下まで腐ってゆく

ただエリートエリートというけど社会がその養成ができないことが問題なのである。
大学は別にそうしたエリート養成の場でもない、やはり利を追求する場であり学閥などがあるのも利権集団としての大学がある、有名大学になるとそうなる
三流大学だとどうしても社会的に地位も得る人は少ないから学閥でも弱いのである。
慶応大学というとそういう学閥があり東大でもそうだが社会を支配するということがあるそれで警察も手を出せないとか議論されている、本当は権力をもつものには相当なモラルが必要になる。だから侍が責任をとり切腹までしたのはそのためである。
そういう責任感をもっている人は社会の指導者に官僚でも政治家でも企業でも大学でもどこでも今はないのである。カルト宗教団体とか何かそんなものしか今はないのである。
だから何かを誰かを模範にするということかない社会なのである。
ただ自助努力があるだけだから人格形成とかなると現代は一番むずかしいものとなる

尊敬するにしても先生だって今は尊敬しないし、政治家だって別に自分の力というより民衆に選挙で選ばれたものにすぎない、現代で尊敬されるのは科学者であり医者とかであるここだけはやはりみんな尊敬している、命にかかわこともあくから医者は一番尊敬されているのである。あとは尊敬する人など社会的にいない、金持ちだとしてもそんな人を尊敬しない、うらやむことがあっても尊敬などしないのである。
では医者がモラル的に優れているかというとそんなことはない、医者も金が優先されるからである。医は実際算術になっているからである。
エリートとといっても民主主義社会はみんな平等を目指しているのだから真のエリートなど養成できない社会なのである。地の塩というけどそういうものを否定したのが民主主義なのである。だから民主主義というのも何でもいいわけでもないのである。



タグ:慶応大学
posted by 老鶯 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

午後6時交通事故発生



午後6時交通事故発生

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相馬市に行ったら旧街道の細い道で車にテールライトつけろとどなられた。
自転車は車にとって嫌なものである。
突如横切ったりもするからである。今日は暗くなっていたのでそうなった。

そして六号線のサテライト鹿島から八沢浦に入る道を越えた
坂を下る所で交通事故が起きていた。
重症だと言っていた。

あそこは坂を上り下る場所である。それで前の車と衝突したのか?
どこで交通事故が起きるかわからない、意外なところで起きるからである。
あそこは坂を上り下りる所で危険だったのか?

すぐに写真をとった、前がめちゃくちゃに壊れているから相当に激しくぶつかったのである。
自分は自転車は歩道を普通は行っている、街中だとそうはいかないのでやはりテールライトが必要なるようだ。




今回の事故はダンプにぶつかった、何でもヘリで運ばれたという、南相馬市病院のヘリが発着できる、停止できる場がビルの上に作られたからである。
でも救急車でも近いから運ばれたのかと思った。
この辺はダンフが多いから危険なのである。
ダンプの事故は相当にこの辺では起きている
ダンプにぶつかったら本当に危険である。それで前はメチャクチャに壊されたのである。へたすると死んでいたかもしれない事故である。

そして今日はもう一つ鹿島区の千倉でもバイクと車がぶつかる事故があった。
そんなに遠くないところで今日は二つも同時に事故があった。
交通事故はこの辺は増えているから危険である。
なにしろダンプが多すぎるのである。

自転車も夜は危険である。知っている道でも危険である。
歩道を走ればいいが旧道は道が細すぎるのである。
テールライトはすぐにアマゾンで注文した。


タグ:交通事故

2016年10月16日

月影の魅力(相馬市の城跡周辺の不思議)


月影の魅力(相馬市の城跡周辺の不思議)

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我が街の細道行きて秋の薔薇一輪あわれ菓子屋のありぬ

満月や平野に実り喜びを分かちあわなむ故郷に住む



秋の城跡

長々と秋の柳のしだれにつ
城跡に秋の日ざしかな
その残れる石垣に偲ぶ昔や
相馬六万石の何か淋しき
その街の細道行きてあわれかな
何か営みのあるべし
街を出て微かに鳴きぬ虫の声
その音に我は耳を傾けしも
芒はなびき所々稲は刈られぬ
五本松に月影の道我は帰りぬ
昔あれ月影に浮かびし城や
そも幻となれやただ石垣のみあり


(城にさす月影あわれ夢の跡)


山本八重(新島八重)が会津鶴ヶ城の開城前夜に詠んだとされる短歌がある。


明日の夜は何国(いづく)の誰かながむらんなれにし御城(みしろ)に残す月影

この歌が月影に浮かんでいる城をイメージしたのか?
会津の城は新しく建てられたからかえって無常観がなくなったのである。
城で昔のままに残っているのは5つつくらいしかないようだ。
新しく建てると何かそれが現実味がなくなる、中が博物館になっていたりしてこれは博物館なのかと思ってしまう。

かえって城もない石垣だけが残っているとそこに無常観を感じる
相馬藩はそうである。天守閣もあったが雷落ちてなくなったとか、何かどういう城があったかもイメージできない、六万石だから大きな城ではないが城があった

何度も書いているけど相馬市の不思議は特に城の周辺の不思議は何なのか?
何かそこが淋しいものとなっている。特に静かになっている
しんみりとしてくる、それが原町では感じない、全く原町では昔を感じないのである。
ただ相馬市でもかえって六号線とか松川浦に行く方になると昔を感じない
新しい街という感じになる。田町辺りまでが城下町の範囲だから昔があったのはその辺までである。

相馬藩だと城跡があってもそこにどういう城があったのかイメージできない、ただ石垣だけが無常に残っているというだけである。
城の魅力は新しく建てられた所にあるとは限らない、石垣だけが残っていてもそこに無常観を感じるとき歴史も感じる
城は常に中心的存在として象徴としてあった。それが明治の時侍はいなくなり城は無用化したからである。この変化も大きかったのである。

昨夜は満月が美しく輝いていた。この辺では浜の方でも今年は実りがあった。
ただ米は飼料米になる、いろいろ風評被害があり売れないからである
でも今年はこの辺は実りの面積はかなり増えた、それで全体的に復興したのかともみる

ともかく月影というとき何か神秘的なのである。月影を感じるには暗ければ暗いほどいいのである。
それで小高辺りは相当に暗いから月影の中に街が浮かぶともなる
何か不思議に感じるだろう。影絵のように街が浮かぶともなる
そんな詩的な幻想どころではないというのもわかるがそういう廃墟とかこの辺をただ面白いから見に来る人も結構いるのである。
現実に廃墟の魅力はそこに人が住んでいたから何か自然そのものとは違うものを感じる

しかしもともと戦前でも大正時代でもランプだった。相当に今より暗かった。
すると月影がさして家の灯であれ街の灯であれともしいものとなる
ただ月影にたよりに歩くことはできる、電気の光りではなく月影の光りで歩いていた。

湯原王(ゆはらのおほきみ)の歌一首

月読(つくよみ)の光に来(き)ませあしひきの山経隔(きへな)りて遠(とほ)からなくに

万葉時代にこういう経験していた。それはさらに暗い時代である。これほど電気の光があり明るいところで暮らしたのはまだ百年くらいなのである。
それまで月の光が頼りだったともなる、都会ではまず月影を頼り歩むなどありえなくなった。すると自然の神秘を感じないで生活している、人工的な電気の光の中で暮らしているのである。これも考えると異常なことなのかもしれないのである。

タグ:月影

2016年10月17日

佐藤栄佐久元知事の有罪判決は何だったのか? (事故後に見えてくる原発の政府の検察の権力の圧力)


佐藤栄佐久元知事の有罪判決は何だったのか?

(事故後に見えてくる原発の政府の検察の権力の圧力)


佐藤栄佐久元知事が有罪に検察にされたのは何であったのか?
それも良くわからないし報道されていない、


( 1)佐藤栄佐久元知事ゼロ円贈収賄で有罪→→→棄民党は白紙領収書260枚でも閣僚(2)佐藤知事の弟は冤罪で、刑務所に5年間も入れられた。
(3)裁判所は、ZDF「福島のウソ」に佐藤元知事が出たので、退職金返済命令の嫌がらせ
(4)反対キャンペーン県庁課長4人がなぞの自殺、3人死亡、1人は植物人間に

佐藤氏は弟の土地売買時に、知事として「天の声」を出し便宜を図ったとして逮捕され、関係者の尋問は過酷を極めた。当時の県土木部長が、佐藤氏が「天の声」を出したと証言し、それが直接の証拠となった。佐藤氏はこの部長を偽証罪で告訴したが、悉く却下された。この元土木部長には、検察の捜査で自宅の机に出所不明の多額のお金があったとされたが、検察は不問に伏したと佐藤氏は訴えている。この意味するところは、検察が部長の罪を不問にすることにより、「天の声」を出したと言わせたというのが佐藤氏の主張である。 

二審では一審で佐藤前知事が弟の土地取引を通じて得ていたと認定されていた賄賂の存在が否定されたにもかかわらず、「無形の賄賂」があったとして、裁判所が有罪判決に踏み切ったことだ。


佐藤氏は、参院2期を経て、知事に就任2年目のこの事故で、原発が抱える根源的問題を直観、原発や原子力行政を学び、その在り方に批判的になっていく。

 それが頂点に達したのが、2002年8月29日、経済産業省原子力安全・保安院から県に送られてきた18枚のFAXだった。

 そこには、「福島第一・第二原発で、原発の故障やひび割れなどの損傷を隠すため、長年にわたって点検記録をごまかしてきた」と、書かれていた。

 炉心を支えるシュラウドと呼ばれる重要部分の損傷まで隠ぺいしていた事態に、国民は驚き呆れ、東電は平岩外四、那須翔、荒木浩、南直哉の歴代社長が総退陣、恭順の意を示した。だが、佐藤氏が怒ったのはむしろ国の対応である。

 改ざん隠蔽の事実は、内部告発によって明らかとなったが、それを原子力安全・保安院が受け取ったのは00年7月である。


●西村〈「動燃・総務部」次長〉
  
「もんじゅ」事故のビデオ隠しが発覚。この調査を命じられた翌日、
  ホテルから飛び降り死亡。自殺と断定した警察に疑問を呈した遺族は訴訟提起も敗訴。

●大竹雄児〈kk「ダイニチ」役員〉

『週刊現代』08年3月29日号掲載の記事↓
=「天下の関電幹部から、ワシラが請け負わされた仕事は、“町長暗殺”でした」
こう語るのは、高浜原発の警備を請け負っていた矢竹雄児氏。
彼が暗殺を命じられたのは、高浜原発がある福井県大飯郡高浜町の今井理一町長=

 04年、美浜原発で死者5人を出す事故発生。
 これまでプルサマール計画見直しを求めてきた今井町長の声を無視してきた関電もやむなく白紙決定。

プルサーマルを17基で実施するとしても年間使用量は0.3トン×17基=5.1トンで、六ヶ所再処理工場から生じる分を消費するだけで精一杯である。大間フルMOX炉が稼動すれば、年間1.1トン使用量が増加するが、40トン消費するのには数十年かかるのではないか。

原子炉級プルトニウムの核兵器を、敢えて製造し、保有するメリットを誰が認めるかという点である。インド、パキスタン、或いは北朝鮮(DPRK)ですら核兵器には兵器級プルトニウム或いは高濃縮ウランを開発している。原子炉級プルトニウムで核爆発装置を作る以外に手段のない国、或いは集団にとっては、この核爆発装置の作成は技術的に難しく、技術的に可能な国にとっては、兵器としての信頼度に欠けるというのが実体であろう。つまり「作れるかどうか」ではなくて「作る意味があるかどうか」の問題であり、答えは「ノー」である。

プルトニウム239も中性子を吸収して高次の同位体プルトニウム240へと核変換する(図1)。そのため、プルトニウム239の濃度が94%以上であるように原子炉内の滞在時間を考えて取り出し、再処理して原爆用プルトニウムを生成する




原発問題は日本全体でもどうして導入されたのか?読売新聞の正力松太郎によって導入された。その理由は読売新聞を発展させるための自分の私的な利益追求のためだった。
アメリカの援助があるからCIAのスバイでありコード番号で呼ばれていた。
それから自民党の中曽根氏首相に受け継がれて50基以上に増えたのである。

そして福島県ではなぜ前の佐藤栄佐久知事が原発のことで失脚させられて検察で有罪にまでされた。これもまた不可解なのである。
フルサーマルに反対していた知事である。そのフルサーマルというのがわかりにくい、
フルトニウムに関連していたことは確かである。
フルトニウムは国内で余っているのだから別にフクシマの原発で作る必要がないということで反対した。
ではなぜフルサーマルなのか?フルトニウムなのかそれはアメリカと関係して核兵器に利用するためだともされる、その辺の科学的知識がないし理解がむずかしいが核兵器に使うものとして準備されるということがある。

ともかくフルトニウムが余っているというとき日本でなぜまた福島で作る必要があったのか?そのことに反対したとき佐藤栄佐久知事は失脚した。
でも別に佐藤栄佐久知事が原発そのものに反対したわけではないのである。
共産党でも原発がいらないということに反対していない、ただ安全を計ってくれということを要望していたのである。
その安全を計る点で政府でも東電でもいい加減だったのである。
原発は常に隠蔽体質になっていて追求できない、配管のことなどでもその安全と不備を追求しても取り上げられない、それはなぜか?
政府と東電とかマスコミも一体となっているからなかなか真実が報道されないからである
ただ原発は核が関係していて一般の人にはわかりにくいから関心が薄いとなっていた。
つまり理解できないということが障壁となり関心がもていないとなる
そしてマスコミでも政府と東電側につくから真実が明らかにされない。
フクシマ財界とか政経東北とかあってもこれらも政府と東電よりでありそこから金が回ってくるから信頼できないし福島民報でも民友でも同じである。
それは全国でもそうであり宣伝費で半分もっているのだからそうなる
福島財界が最初原発を批判していたのに途中でやめたというのは東電から金が入ってきたためだろうとも言われる。

その後佐藤栄佐久知事については不正があったと追求を厳しくしている
このことも不可解でありもしこれが検察が原発に関して逆らうものは戦争中の特高のようになっていたら怖い、そうなると法律もなにもない、政府に逆らうものは捕まえろとなってしまうからである。そうなると法治国家でもない、民主主義国家でもない、独裁強権国家になる。
この頃東京の豊州問題でも検察が動いていない、東電でも検察は動かない、検察は無力化しているのである。その反動として週刊誌がその代わりになっているのである。
国民の世論が週刊誌で代表されるというのももう日本国家自体正義を追求するものがなくなったということでもあるのか?
それほど腐敗したとき根本的な改革が迫られる、革命でも起こさないともう日本は腐敗するだけで刷新できず衰退してゆくか滅びてゆくとなる

フルサーマル問題でもわからないにしても原発事故後見えてきたものがある。
「安全神話」が政府と官僚と東電とマスコミなどによって強力に作られてきたことである佐藤栄佐久知事が失脚されたというときもそうである。
その後に原発推進派の渡辺恒三の甥の佐藤雄平が知事になったことでもわかる
それから渡辺恒三の息子はアメリカのGEの社員だったということもわかりやすい
そういう利益関係で結ばれていたからである。

(4)反対キャンペーン県庁課長4人がなぞの自殺、3人死亡、1人は植物人間に

これは事実なのか?ネットでは事実がわからないことがある、マスコミで事実が報道されないことがある。
ニュースはただ事実を伝えればいいという、そこにそれぞれの解釈が入るとそれぞれの解釈ができにくくなる、マスコミではそうした解釈を勝手にするから事実のみを報道しろといわれる。それは科学者も言っている。事実が報道の基幹なのでありそれにいろいろ色をつるべきではない、その事実を各自が解釈すればいいとなる。

ネットだと自分なりに編集してゆくと各自でそれなりの見解は出せる、マスコミの一方的な報道とか解釈ばかり見ていると事実もわからないし真実もわからなくなるのである。
インターネットの特徴は各自が報道の主体となっていることである。
ただ数も多いしそれらを全部読むこともできないしマスコミのように訴える力が弱いのである。

新潟県の知事では原発に反対する候補が当選した。そこには常に原発に反対するものには権力の圧力がかかりそれで殺されるとか危険なものがあった。
要するにその圧力は背後にアメリカがいてそうなっているのか?何か大きな権力の圧力がかかるからそうなる。だから検察も警察も信用できないとなるから怖い。
つまり国家権力にかかわる問題になっていたのが原発だったのである。


★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK214 > 461.html    

原発天王山選挙 新潟県知事選最終情勢はまさかの展開(日刊ゲンダイ)

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2016年10月18日

広域化グローバル資本主義の限界 (原発事故から考えるー離散解体しやすい社会)


広域化グローバル資本主義の限界


(原発事故から考えるー離散解体しやすい社会)


「われわれのだれもが、面識のない人びと、その存在についてさえ知らない人びとの役に立っており、ひるがえって、まったく知らない他の人びとのサービスのうえに生きているのである。


人間を経済学的な面からみると最近考えたことはこの辺でも地元の人が作った果物とか野菜とか花を売る市がたつ、そこで最初に買ってもらったリンゴがなんともうまかったのである。
今までは二種類しか紅玉リンゴとフジリンゴしかスーパーでは売っていないので食べていない、それは地元産にしては甘いし不思議な味だった。これなら高くてもいいと思った
スーパーの二倍はしていた。
ところが次に買ってもらったのは小粒であり紅玉リンゴでありスーパーでいつも安く売られいるものである。それは三倍の値段だった。
地元の市の方がなんでも高い、でもその時感じたことは「なんでこんな安いリンゴが三倍の値段なのだ」という怒りにすらなる
人間は値段に敏感だからだ。ただこういうことは現代の経済の矛盾である。
地元産を買うのは地元の人を優先している、地元のものを買うことは地元が経済的に豊かになれば回り回って自分も豊かになる。そういうのが今までの経済だったのである。

現代の経済では何が起きているのか?

金ゝ物ゝ人

人間がいるとしてもその人間より物が価値がある、物を通して人間の価値が計られる
「なんだ、こんな普通の安いリンゴを三倍の値段で売るのか、こんなのしかここでは作れないのか?」となりその人間の価値が計られその人間自体の価値の低下につながっているのである。
でも地元になると地元で生きるのだから地元のことを大事にするということはあるが現実問題として広域化グローバル経済になるとそうはならない

この辺でつくづく考えさせられたことはそのことである。今でも復興住宅を建てる人は九州から北海道からも来ている。それがなぜなのかよくわからない。
建売住宅の場合は仙台の人が来て作っているからである。復興住宅は政府が関係しているから全国から来ているのかもしれない、その会社では熊本でも地震の被害がありこれと同じような復興住宅を建てているというからだ。
その会社の説明ではこうした復興住宅を広めるためだとも言っていたからである。
ともかち除染関係でも全国から来ている
そして地元で働いている人は少ないのである。9割くらいは外部の者によって復興事業が成されているのである。ボランティアもそうである。
そして地元の人は毎日パチンコ屋通いだとか遊んでいたのである。
これもおかしな現代の矛盾なのである。

一方で地元の人でも仙台に車で朝早く通って建築関係で働いている人もいる
また広域的に仕事をしないともうからないとかで建築関係では全国に仕事を展開した人はそもそも個人では無理であり事業に失敗した。
今の経済はこうしして広域的でありグローバル経済になっているとき地元に土着するという感覚がない、それで地元に愛着する愛郷心も希薄化したともなる
普通家を建てるときたいだい地元の大工とかでしていた。するとこの家は自分達が建てたとかわかる、建ててもらった人も地元の大工に世話になったとかなる

でも建売住宅だとそういうことが全くない、自分がこの家を建てた、仕事したけどその家に入る人とは何の関係もない、別にその家建てたからといってその家の人に感謝もなにもない、第一建てたらあとは遠くから来ているのだから関係しない、ただ復興住宅は地元の大工もかかわっているからその人たちはかかわるがほとんどは外部の人で建てたのであるそこで報酬は金しかない、会社からもらう金が仕事の報酬でありその他はないのである。一般的に今の経済はみなそうである。地球の裏側から食料でも物が入ってきたからと言ってその人のことはわからないのである。
ただいいものだったら買う、すべては値段で決まる、いいもので高いとしても買う人はいる、金のある人は買う、ない人はいくらいいものでも買えないというのが現代の経済である。
すると金ゝ物ゝ人の原理が働いてくる、人間の価値は金で計られる、三倍もして小粒の味の良くないリンゴをいくら地元産だからと買わない,それよりそのことによって地元の価値の低下と人間の価値の低下が起きているのである。
「この土地ではこんなものしかとれないのか、この土地に住んでいる人間は価値がない、劣っている」とまでなる。

現代とは文明とは物の価値でもそうだが人間の価値が低下したのである。
機械によっても人間の価値は低下する、機械の方が仕事ができることがあるからそうなるロボットが仕事するようにるなと人間自体がいらない、人間はもう雇う方にとっていらないとなってしまう。それはとりもなおさず人間の価値が極端に低下したことなのである。本一冊作るにも今までだったら活字を拾っていた仕事があり様々な行程で作られてきた。でも電子本とかなるとその行程もない、人間の手はほとんどなく簡単に作られてしまうのである。そこで人間はいらなくなり失業者が増えるともなる
そしてもう人間の仕事がなくなる、機械が人間の代わりに仕事するからとなり人間はどうするのかとなると、ベーシックインカムで金を提供するということが現実に外国では行われたのである。

この辺で起きたこと原発事故で放射能で人が住めなくなったこともあるが何かそこにはまた別な要因があった。広域化グローバル経済というのは昔のように80パーセントが農業していたという世界とはあまりにも違うのである。
第一次産業の割合一割にみたないのである。だからこそ原発の比重がこの辺では大きくなっていたのである。東電に地元が買い取られていた、東電の社員化していたともなる
東京の東電の社員寮に入ったりしたものもいるから社員と同じであった。
それだけ東電にしめる経済の比重が大きくなっていたからそうなる。
つまり米とか野菜とか魚でも木材でも東電の電気が価値があるという世界である。
そうだからこそ原発は電気を産み出すのだから一番価値があるとなっていたのである。
東電社員もそのために原発事故前は威張っていたとかうらやましがられていたのてある

ともかく地元に故郷に帰らないというとき何か原発事故とか放射能被害とかそれだけでとはない現代の社会が影響してそうなったともみれる。
広域化グローバル経済になれば一地域の経済で生きているのではないから解体しやすいとうことがある。極端なのは日本だけに留まらないで金持ちは外国に住むとか世界的にも起きる、金さえあればどこでも暮らせるとなるとそうなってしまうのある。
そこでは人間が物に金にのみ換算される、計られる世界だからそうなる
それがマルクスが指摘した物神化のことである
またそれに反発して市場原理の働かない、ハイエクの経済観である。

資本主義が限界だとういうときグローバル経済でも限界になる。その矛盾も大きくなっている。そして新しい世界が求められている
それが何なのかというとき人間が人間的に暮らせる社会である。
シェアリング経済というのもそうかもしれない、シェアするというのは新しい共同をコミニュティを作ることの模索なのかもしれない、現代経済は極端化した金ゝ物ゝ人になってしまったのである。

番町皿屋敷のように大事な皿を割ったからと下女を責めてしなせたというのもまた別に今だからではなく人より物が大事だということはあった。
自分も経験しているがそういうことは常にあるし家の中で働く人は何か家族的な関係になる、下女はロボットではないからである。
物の方だ人間より大事だということは昔もあった。だから現代の金ゝ物ゝ人が昔にもなかったのかということではない、ただそれが世界的になり何か地元が故郷すら消失してゆく要因ともなっていた、それはどうしても原発事故だけが原因になっているようにも見えないのである。

要するに資本主義の限界とかグローバル経済の矛盾とか広域社会による人間の離散化とかは何か現代の文明社会の行き詰まりとして現れた。
もう経済成長は無理だとか経済もゼロ成長でありそれに見合った社会にするとかもそうである。それは金ゝ物ゝ人が極端化した反動としてそうなっているのである。
何かグローバル経済でも非人間化するものがある、そもそも全然知らない地球の裏側の人に働くこと自体が非人間的だともなる
そうなると金しかないし抽象的なものとてしの人間しかない、具体的な生々しい人間はそこになくなる、物と金に還元された関係でしかありえないのである。
そういう矛盾が原発事故が原因になっていてもそれだけではない、そういう社会状況が拍車をかけて離散したとも見れる


posted by 老鶯 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

文化が育成される場所 (土着する場と外部との交流がある場所)


文化が育成される場所


(土着する場と外部との交流がある場所)


一つの民族をそれぞれの氏族および身分の中で有機的に組織だてこれらを一定の狭い郷土に永住させること、すなわち高度の土着が必要である。

何らの異系支配も行われず永い間同系内で交配された種族、あるいは民族は非常に有能な民であっても天才を生むことは驚くほど少ない
スパルタなどがそうである。
ところがこれらの種族が開港都市など占領したり、貿易の目的でその中に入り込んだり、彼らに適合する同じく才能ある他種族と強く混交すると何百年か後に全く突然に天才が輩出する。
(天才の心理学ークレッチュマー)


文化はculture-cultivateであり耕す場がそもそもないと育成されない、歴史をふりかえっても奈良時代に文化が華咲いたというときそこは狭い場所である。
土着的なものが養われた場所である。それは万葉集に結晶した。
一方で中国と唐と交流があったときであり外国の文化をとりいれたことにより文化が華咲く場所となった。最近平城宮の役人にイラン人がいたとか木簡に名前が発見され話題になった。奈良は国際都市の様相を帯びていたのである。
つまり日本の土着的なものと唐の文化が混交して文化が華開いたのである。

土着的な場をもたないと文化は華開かない、それはなぜなのか?
土着するということは自然と深くアイディンティティ化することである。
人間の霊感は自然から受けるからである。
だから海には海の文化が生まれ山に山の文化が生まれる
日本にないのは川の文化である。大陸では長い大きな川がどこでもありそれは運河にもなり交通路になっていたのである。
インドのヒンズー教がガンジス川から生まれというときもそうであり中国でも黄河や揚子江から生まれエジプト文明はナイル川から生まれドイツの文化は父なるライン川から生まれたとかなる。

ドイツをみるとドイツの文化が音楽と哲学とか思索とかに優れているのはなぜか?
それは北方的風土であり暗いゲルマンの森であり霧が多い暗い風土にある。
それがゴシックの教会となり荘重な深い哲学と音楽が生まれた風土なのである。
プロテスタントになるのもそういう北方の風土の影響なのである。
人種的アングロサクソンとかゲルマンとなり体格が良くて背が高い、でもローマとか南方系が背が低いとかあり人種的にかなり異なっていたのである。

日本の文化も縄文人がいて外来の弥生人と交配して作られたのだから日本は島国でも外国との交わりはありそれで文化は形成されてきた。
ただヨーロッパの強みは様々な人種でも文化でも交配して交わってきたことである。
ヨーロッパに都市が一つの国となり栄えた、フィレンツのように都市国家が形成されたのもそのためである。都市国家とは外来のものと土着的なものとが一体化した社会である。そういう都市国家ができたのは川が交通路になり貿易が行われ人の交流があったからとなるヨーロッパの多様性が多くの天才を輩出したのである。

経済力は、新植民地の成長によって力をつけていきました。商業と貿易は、主要ルート、地理的位置と水路のおかげで繁栄しました。ピサから戻った商人たちによって、東方の商人や、イリス神話、2世紀はキリスト教について伝えられもしました。

そもそもヨーロッパは実際は世界の辺境であった。文明が最初に生まれたのはユーフラテス川のメソホタミアでありここが最古の文明でありエジプト文明があった。
そしてイスラム文明が起こり科学とか数学でも代数学とかはイスラム文明からヨーロッパに入ってきたのである。その前は紙でも羅針盤でも火薬など技術は中国などから入ってきた。その時ヨーロッパは先進国ではなかったのである。
ヨーロッパ文明はそういう回りの先進文化を吸収して発展したのである。
異種交配が文化を生むというのは世界史的にもそうなのである。
同じ系統のものが交配をくりかえして同じ所にいれば文化でも経済でも停滞してくる
一方で同じ場所で自然との深い交流がありアイディンティティを作ってゆく場所がなければ文化は生まれないのである。
日本のアイディンティティが奈良とか大阪京都で作られてきたのはそのためである。

現代の問題がグローバル化社会というとき外部に拡散する社会である。
でも欠けているのが内部への土着性なのである。どこでも土着的なものが失われて地方が経済的にも文化的にも衰退しているのである。
だからこうしたグローバル経済の反動はして里山資本主義とかなんとか地方に根ざすことも志向されてゆく、東京は土着性が全くない、ただ肥大化した経済のみがある場所であるそこからは文化は生まれないのである。奈良とか京都ととなるとそこにはまだ日本的土着性があり文化が生まれたのである。

現代は日本でも明治以降強圧的な中央集権となり地方がないがしろにされた。
封建時代の方が城があり独自の地域の文化を形成してきたのである。
だから江戸時代は見直されるべき時代なのである。
300年の鎖国時代でもそこに日本的土着性が養われていたからである。
それで明治維新が成功したのはそういう基盤があり近代化にそれほど抵抗がなく移れたという説もある。鎖国であっても外国の文化をとりいれる素地をもっていたとなる
明治というとき日本的土着的なものが強く残存していたからその時文化が華開いたとなるその後は日本の土着性が失われて文化が衰退して戦争になり疲弊してまた戦後は高度成長などで経済的には復興したが停滞するようになった。
その間に地方の土着性は失われ地方は衰退したのである。
その象徴としてこの辺で原発事故が起きたともなる

まず文化というとき土着性がないと生まれない、詩にしても絵にしても芸術となるとそうである。ヘルダーリンの詩はドイツという国の土着性2から生まれていた。
それが愛国心の高揚にもなっていた。そういう土着性が喪失してゆくのを嘆いたのが後のシュヘングラーとかニーチエとかである。それは世界的なものであるが土着性が失われ文化を失われることを嘆いたのである。
グローバル経済とか多国籍企業社会は車であれカメラであれ一部品を作るのであり文化は総体的なものトータルにかかわるものだからそれが文化の普及にはならない
でもコンピュターとかデジタルカメラとかは新しい文化を生んだことは言える
自分がしているソフトに変化させる抽象画がそうだった。それは新しい文化の創造でもあったからである。インターネットから生まれた文化創造だとは言える

ともかく旅行して面白いのはヨーロッパにあるが歴史が複雑であり錯綜しているからもっと歴史がわかればもっと興味深いものとなる、それは一度くらい行っても理解できないとなる。ただ地理的にフィレンツとピサまで電車で一時間くらいで行ったようだから距離的に近いなと感じる、それでまず歴史の理解が地理にあるということなのである。
旅をして現地を実際踏めばその地理が具体的に五感でわかるから理解が深まるのである。いづれにしろ場所から生まれる場所の精神がある。
日本でもその場所を神聖化したのが社であり鎮守の杜なのである。

私は、人間というものを理解する上で、民族というものを理解する上で、或いは文化というものを理解する上で、「場所」とか「風土」というものが 何よりも大切であると考えている。この場合、人びとにとって、実際的には、その場所を理解するといっても容易ではなく、何はともあれそこに行くこと、そこ で楽しむこと、そこで実際に人々や歴史や自然と響き合うことである

共同体や無意識は、固有環境とちがって、ふつういう意味での空間的な場所を形づくるものではない。が、それらは、意識的自我がそこにおいて成り立 つ場あるいは場所を形づくっている。つまり、共同体、無意識、固有環境のいずれにもいえることは、それらが人間的自己にとって、基体としての場所、場所 (基体) だということである。

つまり人間はアイディンティティを作る場所がないとき根なし草になり文化のないただ経済だけの産業だけの労働機械になる。グローバル経済とか多国籍企業社会もそうである。現代人はすでに金ゝ物ゝ人という関係になっている。マルクスもまたそうした人間が人間でなくなるということを経済的に理論化したものだったのである。
その底辺は人間の危機を訴えた現代のアウトサイダーの思想家と一致するのである。
全然違ったように見えても同じものが底辺にある

日本でも物(もの)はものが憑くとか物心とかもの思うとかものは心と一体のものとしてとらえていたのである。ものと心は分離してはならないものだったのである。
それは例えば医療でも心と物は分離しているのである。
医者が薬を飲ませるとき看護師でもいいが何かこの薬を飲むと良くなりますよはいうときその人の病気が直ってほしいとか何かその人に対して愛の心をもたないとその薬に物も生きてこないのかもしれない、食べ物でも人に与えるときこれ食べると体にいいですよというときそこに心を込めて与えると本当に体に良いと感じる
ところが現代はそうした家族的関係から離れた金ゝ物ゝ人になっているからそうして物と心は分離しているのである。
地球の裏側から物が食べ物でも入ってきても物だけが入ってきて心がそれに感じることができないのである。

病院でも高価な最新式の機械が備えている、でもその機械は冷たいものでありその道具にも心が入らないと活きてこないものかもしれない、今では機械がコンピュターが人間の病気を診断するとまでなる、でも機械とかコンピュターには人間の心がないのである。
コンピュターを利用するにしても人間の心は機械化したりコンピュター化できないのである。現代ではそうして物と心の分離があり病院はもう人間をみる所ではない、人間が物としてみられてかたづけられる場所である。病院で死んでもその死者は物であり供養もない、早くかたづけて下さいしかない冷たい場所なのである。
そして金の計算だけしている冷酷な場所だともなる。それは現代社会全般的に言えることである。金がすべてだというときそうであり人間の価値はすべて金で計られものとなっているからだ。
だからそううい経済がグローバル経済は何か限界にきている、非人間的なものとなっている、何か世界的に無理があるかこらこそもう資本主義は限界だ機能しないとか盛んに言われるようになった。極端な格差社会を作りだしことでもそうである。


タグ:土着の思想

2016年10月19日

南相馬市の65歳以上35バーセント (看護師不足などー地域で育ったものは地域に貢献する時代)


南相馬市の65歳以上35バーセント


(看護師不足などー地域で育ったものは地域に貢献する時代)


高齢者人口は3384万人、総人口に占める割合は26.7%と共に過去最高
80歳以上人口が初めて1000万人を超える

南相馬市は35バーセント 相馬市も30パーセント

福島県では25パーセント

百歳以上も増えつづける

平成22年68744,449
平成23年76247,756
平成24年80751,376
平成25年81354,397
平成26年86258,820
平成27年97061,568
平成28年1,04665,692

高齢化社会というとき南相馬市は原発事故などで急速にすすんだ。35パーセントが65歳以上なのである。10人いるとすると3,5人となるこれは全国平均で26パーセントとするとき
かなりの多さである。何か街を歩いても目立つのは老人なのである。
この辺では人口が流動した。だから今でも除染であり工事関係者であれ5000人くらいまだ入ってきているという、だから実質の人口は増えているのである。
そして小高は住民票があり南相馬市に入っていても浪江であれ大熊であれ飯館であれそういう所から入ってきた人は南相馬市の人口になっていない、住民票が以前として前の町にあるからである。それでいわきでは税金を納めないとか問題になった。
家を建てても税金を納めないとすると住民でもないとなるからだ。
でもジレンマは住民票を移せば原発事故の補償金がもらえなくなる、だから移った先に住民票を移さないのである

だから南相馬市でも相馬市でも他でも原発事故の関係で福島県は実際そこに生活している人が増えても増えていない、住民票を移していないので移った先の住民になっていないのである。
だから例えば鹿島区の復興住宅に80所帯が買い上げで入るとしてその人たちは南相馬市の住人になるのだろうか?
補償金がもらえなくなれば打ち切られればそうなるのかもしれない、ただ以前として前の町や村に住民票を置くということも行政などでまた何かあるかもしれない。
この辺はそういうことでも混乱しているし原発事故は福島県全体をまきこんだものだったのである。

高齢化というとき百歳以上を毎年3000人から5000人規模で増えているのも驚きである。
この調子で増えてゆくとするとどうなるのかとなる
自分の母親も百歳で死んだ、百歳で死ぬことはどういうことなのか?
楽に死ねることは確かだろう。自分の母親は老衰でありほとんど苦しまずに死んだ。
約一週間前に水も飲まなくなっていたがホータブルトイレには行っていたし手がかからなかったのである。それで自分のような不器用な人間でも介護できたとなる
百歳まで生きることで得なことは楽に死ねることなのである。
その他は病気で死ぬから苦しむことになる

高齢化社会は日本全国でも影響が大きい、この辺は特に35パーセントになっているから先取りして高齢化になった。
復興といっても高齢化の影響でできないというのが現実なのである。
小高は避難解除しても帰ったのは90パーセントは65歳以上だろう。
老人だけが帰って町が成り立つのかという深刻な問題になっている
もともとこういうことは予測されていたのである。
たから高倉の老人は時期が早まっただけだとも言っていた。
子供は外に出て跡を継がないし老夫婦だけが取り残されたのである。

それにしても金山町とかは50パーセントが65歳以上である。二人に一人が65歳なのであるこうなるともう町でも村でも成り立つのかとなる、会津の高齢化は深刻である。
浜通りはそうではなかったが原発事故後急速に高齢化したのである。

それから南相馬市では看護師不足が以前としてつづている。それで市では奨学金制度で生活費まで援助するが南相馬市の病院に勤めればその資金は払わなくてもいいということでいくらかの看護師を確保した。それでも20パーセントがたりないとかなっている
というのは中通りでは200人とか看護師が増えた、双葉や浪江など相馬地域から原発事故で放射能を怖がって看護師が流出したのである。
子供をもっている看護婦も多いからそうなる。
何かだからこれからはそれぞれの市町村では今までのような考え方ではやっていけなくる今までは地元からどこにでも就職してもいいということがあった。
東京で人手不足なら東京に就職してもしかたないとなる

でも時代が変わった、別に東京と地方を比べるとき生活の水準が今はそれほど変わらない、通販やインターネットとかで情報的にも遅れるということもない社会である。
ただ就職先がないということで東京に大都会に出るという若者が多かった。
でも時代が変わり地元で育てたものは地元に貢献するというのが筋になる。
だからなぜ放射能汚染があっても子供が親を捨てて出て行くのか?
苦労して育てたのに何にもならないとなる、それは看護師の流出や不足に象徴されていたのである。放射能は低い所もありそれが即子供に影響するとはならないのである。
その影響はまだわからないからである。


高齢化社会というときマイナス面が強調されるがそれだけではない、社会に影響するというとき高齢化はスロー社会になるからなにか急がないゆったりとした社会にもなる
どうしても団塊の世代が活躍した時代は高度成長時代でありがつがつしていた、欲望でぎらぎらしていた時代である。
それが今はない、何か全体的に活力というものがないのだがスロー社会であり落ち着いた生活をよしとするようにもなる
高度成長時代の企業戦士とかなると獰猛な肉食系の人が活躍した。
今は草食系とかいわれるのもそのためである。老人になればどうしてもその土地に根ざした生き方になる。植物的に根を張る生活であり農業的なものになってゆく

自分でも若いときは世界へ羽ばたくというか拡大化してゆく旅である。新しいものを貪欲に吸収する、それで旅ばかりしていたとなる。
でも旅したことでも今度はその意味を深化させる、旅だけではなくこれまで経験したことをその意味を深化させるのが老人に向いているのである。
ただ新しいことはもう吸収できない、これまで吸収したもので花咲かすのである。

何か老人だと誰でもその人の経験した話が面白い、札幌から来た自転車旅行の67歳の人は冬山にも上り一緒に登った人が死んだというときそこに驚きがある。
そんな経験はなかなかできないからだ。山は自分も登ったが一番疲れるし危険でもある。自転車旅行では交通事故があっても遭難などはないのである。
何かそういう人の体験しない話を聞くのが面白いのである。
そうなると平々凡々の生活をしてきた人の話は面白くないとなるかもしれない、公務員とかはそうなるかもしれない、冒険がないからである。
一般の社会人でも企業でも冒険があると話も興味深いものになるかもしれない
漁師とか農民の話も実際は興味深い、それは自然と深く結びついたものだからである。
札幌で暮らしているとかなるとそれは大都会であり都会人だから興味ないともなる
本当の北海道人だったらやはり牛を飼っているとか農業をしている人とかになる。
他に漁師もいるからそういう仕事の人の話を興味深いものとなる

老人の価値を若い人は金だけだと思っている、金だけを求めているがその人の経験があり特別な経験をした人の話は面白いのである。
要するに老人は経験したことから芸術でも学問でも何でも創作しているのである。
若い人はそういう経験がないから書くものでも浅薄になる。
若い時は何か芸術でも深く見れない、鑑賞できない、思想でも哲学でも深く本でも読めないのである。理解できないのである。
老人になると理解力であれ鑑賞力であれ何かを深くみる創作するということに向いているのである。
創作する人にとっては芸術とかなると長生きした方がいいのである。
長生きすればするほどその芸術が深いものとなるからだ。
ただ人間の価値はいろいろであり芸術だけではない、何かしら老人でも価値をもとめればある。

しかしただ長生きしただけで人間の価値が生れるかとなるとそうはならないだろう。
人間は何かの価値に生きる、それがただ長生きだったら価値あるとははならないのであるこの人に何の価値があるのか?それはそれぞれに違っているからなかなかわかりにくい。
それはこの人は長く生きたから価値あるとも言えない、百歳生きた人が価値あるかどうかはわからない、みんなが果たして価値あるものになるかどうかわからない。
自分の母親は家族のなかでは価値があった、自分も支えられたから価値があったが家族外では価値があるものなのかどうかはわからなかった。
社会的に価値ある存在というときそれがどういうものなのか見極めるのはむずかしいとなる。
社会的にはこれだけ高齢者が多いというときただ社会にとって重荷であり迷惑であるということも高齢化社会では顕著になるからである。

南相馬市の65歳以上35バーセント (看護師不足などー地域で育ったものは地域に貢献する時代)


南相馬市の65歳以上35バーセント


(看護師不足などー地域で育ったものは地域に貢献する時代)


高齢者人口は3384万人、総人口に占める割合は26.7%と共に過去最高
80歳以上人口が初めて1000万人を超える

南相馬市は35バーセント 相馬市も30パーセント

福島県では25パーセント

百歳以上も増えつづける

平成22年68744,449
平成23年76247,756
平成24年80751,376
平成25年81354,397
平成26年86258,820
平成27年97061,568
平成28年1,04665,692

高齢化社会というとき南相馬市は原発事故などで急速にすすんだ。35パーセントが65歳以上なのである。10人いるとすると3,5人となるこれは全国平均で26パーセントとするとき
かなりの多さである。何か街を歩いても目立つのは老人なのである。
この辺では人口が流動した。だから今でも除染であり工事関係者であれ5000人くらいまだ入ってきているという、だから実質の人口は増えているのである。
そして小高は住民票があり南相馬市に入っていても浪江であれ大熊であれ飯館であれそういう所から入ってきた人は南相馬市の人口になっていない、住民票が以前として前の町にあるからである。それでいわきでは税金を納めないとか問題になった。
家を建てても税金を納めないとすると住民でもないとなるからだ。
でもジレンマは住民票を移せば原発事故の補償金がもらえなくなる、だから移った先に住民票を移さないのである

だから南相馬市でも相馬市でも他でも原発事故の関係で福島県は実際そこに生活している人が増えても増えていない、住民票を移していないので移った先の住民になっていないのである。
だから例えば鹿島区の復興住宅に80所帯が買い上げで入るとしてその人たちは南相馬市の住人になるのだろうか?
補償金がもらえなくなれば打ち切られればそうなるのかもしれない、ただ以前として前の町や村に住民票を置くということも行政などでまた何かあるかもしれない。
この辺はそういうことでも混乱しているし原発事故は福島県全体をまきこんだものだったのである。

高齢化というとき百歳以上を毎年3000人から5000人規模で増えているのも驚きである。
この調子で増えてゆくとするとどうなるのかとなる
自分の母親も百歳で死んだ、百歳で死ぬことはどういうことなのか?
楽に死ねることは確かだろう。自分の母親は老衰でありほとんど苦しまずに死んだ。
約一週間前に水も飲まなくなっていたがホータブルトイレには行っていたし手がかからなかったのである。それで自分のような不器用な人間でも介護できたとなる
百歳まで生きることで得なことは楽に死ねることなのである。
その他は病気で死ぬから苦しむことになる

高齢化社会は日本全国でも影響が大きい、この辺は特に35パーセントになっているから先取りして高齢化になった。
復興といっても高齢化の影響でできないというのが現実なのである。
小高は避難解除しても帰ったのは90パーセントは65歳以上だろう。
老人だけが帰って町が成り立つのかという深刻な問題になっている
もともとこういうことは予測されていたのである。
たから高倉の老人は時期が早まっただけだとも言っていた。
子供は外に出て跡を継がないし老夫婦だけが取り残されたのである。

それにしても金山町とかは50パーセントが65歳以上である。二人に一人が65歳なのであるこうなるともう町でも村でも成り立つのかとなる、会津の高齢化は深刻である。
浜通りはそうではなかったが原発事故後急速に高齢化したのである。

それから南相馬市では看護師不足が以前としてつづている。それで市では奨学金制度で生活費まで援助するが南相馬市の病院に勤めればその資金は払わなくてもいいということでいくらかの看護師を確保した。それでも20パーセントがたりないとかなっている
というのは中通りでは200人とか看護師が増えた、双葉や浪江など相馬地域から原発事故で放射能を怖がって看護師が流出したのである。
子供をもっている看護婦も多いからそうなる。
何かだからこれからはそれぞれの市町村では今までのような考え方ではやっていけなくる今までは地元からどこにでも就職してもいいということがあった。
東京で人手不足なら東京に就職してもしかたないとなる

でも時代が変わった、別に東京と地方を比べるとき生活の水準が今はそれほど変わらない、通販やインターネットとかで情報的にも遅れるということもない社会である。
ただ就職先がないということで東京に大都会に出るという若者が多かった。
でも時代が変わり地元で育てたものは地元に貢献するというのが筋になる。
だからなぜ放射能汚染があっても子供が親を捨てて出て行くのか?
苦労して育てたのに何にもならないとなる、それは看護師の流出や不足に象徴されていたのである。放射能は低い所もありそれが即子供に影響するとはならないのである。
その影響はまだわからないからである。


これも広域社会だから起きたことである。看護師となるとどこでも就職できるからであるかえって給料がいいからと東京の方でもひっぱりだこになって移っている人もいる。
でも何かこういう広域社会グローバル経済社会の矛盾がでてきている
放射能汚染があった、何か困難が生じると他に移ればいいとなるとそれでいいのか?
家族すら離散していく、そんなに頼りないのか?何かそこに疑問が生れている
他で移り親がいるのに親のめんどうを見ないで他の病院で他の親のめんどうをみている。子供を育てた親は馬鹿らしい、なんのために育てたのかともなるだろう。
地域にしてもそうである。地域でその子供を世話しても外にでていくだけだとなれば
世話しても何にもならないということにもなる

「遠くの親戚より近くの他人」となる、それは隣の村でも歩いてきたら遠いから看病などでもできないのである。車でも通うとなるとめんどうになるのである。
だから娘がいたとか東京だとかなるといくら親孝行したくてもできないのである。
一方で血縁だらか遺産があれば遺産だけはもらうとなるとそんなら自分を助けてくれる近くの人にやっ他方がいいとなる。
何か老人になると近くが大事になるのである。若いときは健康だし人に頼る必要があまりないからそういうことを考えないのである。
ただ近くだから助けてくれるとは限らない、自分は全く助けてもらえなかったからであ
る、かえって弱者化したときこれ幸いと火事場泥棒とか脅迫されたりしたからである。
それでも近くの人を助ければ近いのだから助けられることはありうる
その確率の方がずっと高いのである。遠くになれば助けようにも助けられないからである。

高齢化社会というときマイナス面が強調されるがそれだけではない、社会に影響するというとき高齢化はスロー社会になるからなにか急がないゆったりとした社会にもなる
どうしても団塊の世代が活躍した時代は高度成長時代でありがつがつしていた、欲望でぎらぎらしていた時代である。
それが今はない、何か全体的に活力というものがないのだがスロー社会であり落ち着いた生活をよしとするようにもなる
高度成長時代の企業戦士とかなると獰猛な肉食系の人が活躍した。
今は草食系とかいわれるのもそのためである。老人になればどうしてもその土地に根ざした生き方になる。植物的に根を張る生活であり農業的なものになってゆく

自分でも若いときは世界へ羽ばたくというか拡大化してゆく旅である。新しいものを貪欲に吸収する、それで旅ばかりしていたとなる。
でも旅したことでも今度はその意味を深化させる、旅だけではなくこれまで経験したことをその意味を深化させるのが老人に向いているのである。
ただ新しいことはもう吸収できない、これまで吸収したもので花咲かすのである。

何か老人だと誰でもその人の経験した話が面白い、札幌から来た自転車旅行の67歳の人は冬山にも上り一緒に登った人が死んだというときそこに驚きがある。
そんな経験はなかなかできないからだ。山は自分も登ったが一番疲れるし危険でもある。自転車旅行では交通事故があっても遭難などはないのである。
何かそういう人の体験しない話を聞くのが面白いのである。
そうなると平々凡々の生活をしてきた人の話は面白くないとなるかもしれない、公務員とかはそうなるかもしれない、冒険がないからである。
一般の社会人でも企業でも冒険があると話も興味深いものになるかもしれない
漁師とか農民の話も実際は興味深い、それは自然と深く結びついたものだからである。
札幌で暮らしているとかなるとそれは大都会であり都会人だから興味ないともなる
本当の北海道人だったらやはり牛を飼っているとか農業をしている人とかになる。
他に漁師もいるからそういう仕事の人の話を興味深いものとなる

老人の価値を若い人は金だけだと思っている、金だけを求めているがその人の経験があり特別な経験をした人の話は面白いのである。
要するに老人は経験したことから芸術でも学問でも何でも創作しているのである。
若い人はそういう経験がないから書くものでも浅薄になる。
若い時は何か芸術でも深く見れない、鑑賞できない、思想でも哲学でも深く本でも読めないのである。理解できないのである。
老人になると理解力であれ鑑賞力であれ何かを深くみる創作するということに向いているのである。
創作する人にとっては芸術とかなると長生きした方がいいのである。
長生きすればするほどその芸術が深いものとなるからだ。
ただ人間の価値はいろいろであり芸術だけではない、何かしら老人でも価値をもとめればある。

しかしただ長生きしただけで人間の価値が生れるかとなるとそうはならないだろう。
人間は何かの価値に生きる、それがただ長生きだったら価値あるとははならないのであるこの人に何の価値があるのか?それはそれぞれに違っているからなかなかわかりにくい。
それはこの人は長く生きたから価値あるとも言えない、百歳生きた人が価値あるかどうかはわからない、みんなが果たして価値あるものになるかどうかわからない。
自分の母親は家族のなかでは価値があった、自分も支えられたから価値があったが家族外では価値があるものなのかどうかはわからなかった。
社会的に価値ある存在というときそれがどういうものなのか見極めるのはむずかしいとなる。
社会的にはこれだけ高齢者が多いというときただ社会にとって重荷であり迷惑であるということも高齢化社会では顕著になるからである。

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抽象画(abstract pictureーcolours of summer)


抽象画(abstract pictureーcolours of summer)

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sea in summer

summmercoloour111.jpg

colours of summer
monnypuuuu12356.jpg

kilt
waterflame4567end.jpg
splash and flame
hhhhhhh456.jpg
hhhhhhhhhh111.bmp

The town where Hakodate city floated in the sea
waterpppppp1234.jpg
hidden  water into a planet