2016年09月22日

石原慎太郎はなぜ批判されなかったのか? (巨大権力は必ず闇が生れる-原発の闇、都議会の闇、ゼネコンの闇、銀行の闇、カルト宗教団の闇・・・・)


原慎太郎はなぜ批判されなかったのか?

(巨大権力は必ず闇が生れる-

原発の闇、都議会の闇、ゼネコンの闇、銀行の闇、カルト宗教団の闇・・・・)

慎太郎が秘書の栗原と組んで、秋葉原再開発、築地市場の移転、東京オリンピックの招致と、大型工事を必要とする政策が次々と生み出され、その工事の多くを受注した鹿島はおいしい思いをした。もちろん、栗原の仲介で慎太郎にもキックバックが回っているに違いない。 もうひとつ、鹿島との関係で深いのが、石原が副知事に招聘した右翼活動家の浜渦武生。彼は、石原とどちらが親分でどちらが子分か分からないくらいの関係で、石原の極右体質は浜渦の影響も大きい。浜渦は、弱者(障害者、高齢者、女性、外国人、貧しい人、失業者)といわれる者すべてが嫌い。週に2・3回しか登庁しない石原知事に代わって都庁を支配した。しかし、当時からマスコミは、このような石原・浜渦の強権的な体質に恐れをなして、批判的な記事を一切書こうとしなかったのです


石原慎太郎はなぜあれだけ力をもったのか?あれだけの横暴なことも許されたのか?
マスコミさえ恐れて何も言えない、そんな力を石原一家だけで財力でも何でももてるのだろうか?何か背後に組織ももっていないのになぜだろうとなる
ただいろいろな組織とは団体は関係していてその力を利用していた。
良くテレビで普通だったら視聴者からも顰蹙をかうことを堂々と言うのにマスコミからは批判されない、苦情も来ないというのも不思議だとなる。
何か石原慎太郎だけは特別扱いだったのである。そういうことを回りでも許していたのである。
石原慎太郎のしたことは前々からいろなことで批判されていた。別に批判されないわけではなかった。

東京銀行の無駄使い

尖閣での寄付はなんだったのか

いろいろあっても批判されないのはなぜだったのか?

公明党と一緒になって財布代わりに使った「新銀行東京」ともありここではう創価とも関係していた。
石原慎太郎は巨悪だったのである。でもその巨悪がなぜ許されていたのだろうか?
マスコミのほとんどは今も恐れていて同じである。
それほどの力をなぜ大きな組織に属してもいないのにもてるのだろうか?

ただ今回話題になった都議会のドンの内田とかはなぜまたそんな力を持てたのだろうか?
これもまた謎だから闇のドンとされる、これは闇であり石原慎太郎は常に表に出てその力を誇示していたのは違っている、特にネットウヨとかにとっては祭り上げられる存在だったのである。小気味よくはっきりと在日であれ何であれ左をこきおろしていたから人気だった。でも尖閣の金はどこにいったのだろうか?そういうことも今は問われている
東京銀行にしても巨額でありそれは創価とも公明ともかかわっているがあいまいであり何も問われない、これも検察が入っていいような問題でもあった。
でも検察も今は力がなくなんの働きもしない、無用化しているのである。
検察は何のためにあるのか?もう東電の事故でも誰も責任が問われないように検察や官僚はただ自分の利得を追求する天下り先を確保するためにだけの存在に成り果てたのだろうか?そこに巨悪はのさばりやがて原発事故のような甚大な被害を国民に与えることになる

結局戦後七〇年すぎて日本はあらゆることで曲がり角に来ている、これまでの組織も何か機能しない、それでそうした官僚機構であれマスコミであれこれまで権力をもっていたものが批判される、何らかのそうした規制の権力が弱体化してゆく
マスコミの信頼は地におちた、芸能人の馬鹿騒ぎを提供するだけだとかなっている
肝心なことはもう追求されない、マスコミを信用している人は減っているしインターネットの方に情報は移っている
「原発の闇」「東京都議会の闇」・・・・の闇がなぜ生じるのだろうか?
やはりそこが巨大な権力が欲が動く場だからである。
権力が何かといったら人間の欲望のことである。それが巨大な組織が関与するから闇になる
創価にしてもなぜあれほど権力追求なのだろうか?それは権力が人間の欲から生れるし欲をかなえるから宗教でも装い実際は欲を追求しているのである。
公明党がなぜ東京銀行にかかわったのか?そこには巨額な金が動くからである。
そこにかかわれば金が入る自由にできるという思惑があったとなる

つくづく権力とか金とかは怖い、一個人でも多少の金でも怖い、自分の経験でも遺産が多少入ってもそこにその金を目当てに事業に失敗した親戚が自分が病気にもかかわらず損なこと関係なく恐喝してきたから怖い。その時自分は弱者になっていたからどうにもならなかった。自分の弱点をついてきたのである。一人は金目あてに実際に盗みとなった。
「金をくれ」ときてそれを実際実行したのだから驚く、こんな人が近くにいるのか?
田舎にいるのかと驚いた、その人たちは金に追い詰められていたからそうなった
相手も金を得るために必死だからそうなった。
銀行もまたにていたのである。これも自分の失敗だった、投資信託などに手を出したが結局手数料が入り証券会社でも銀行でも損はしない、損をするのはそれ信託した人なのである。銀行も実際は金が動くから今はなかなか金を貸してもうけられないからそういうことでもうけることに必死なのである。だから何か勧誘するにしても一旦金をそういう場にあづけるとやめにくくなる。ヤクザまがいになりやめさせないというかそういうこともあるそれもやはりもうける場が銀行に少なくなっているからである。
投資信託の手数料が大きいのである。金をあづかっていても貯金されていても銀行は今はそれでもうけることがむずかしいからそういう方に力を入れているのだ。

原発だって東電は国並の権力を金をもっていた。三兆円の資産があるとか驚きだった。
するとそこに政治家であれ官僚であれ検察であれマスコミであれ地元の人たちであれ群がるのである。マスコミに流れた金も巨額なのである。
だから「安全神話」が作られたのである。何かここでも石原慎太郎のような力を得ていたのである。確かに原発批判している人は左翼系でいたがそれも何かSF小説のように架空のことのように危険性をされていた。
何か大きな声として国民には届かないのである。出版はされていてもそうである。
要するに情報は権力によって操作される、権力というとき政治家であれ官僚であれ検察であれマスコミであれもっている、記者クラブでもそういう権力をもつ人の許可がなければ得られない、だから一個人など何の力もないのである。
そうすると大きな声になるのは権力をもつものによって決められことになるのである。
原発が今でもなぜやめさせることができないのか?それもやはり今度はさらに大きな背後のアメリカの命令でそうなっているとかなる、アメリカ実質上の日本の政府を動かしているとなる。原発がアメリカの政策だからやめさせることができないのである。
日本は敗戦国だからアメリカに対抗できない、逆らえないのである。
それも日本が敗戦から七〇年過ぎて国家の変革期になったのである。
そして日本がこれから真に独立国になるとしたらこれは戦争になったときのように相当な覚悟が必要になる。アメリカに守られていたことから脱することは相当な危険にさらされるからである。そういう日本国家自体の曲がり角にきて津波や原発事故や都議会の闇なども暴かれたのかとなる、なんか時代の節目にきていることは確かなのである。

タグ:権力の闇
posted by 老鶯 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

限界集落化した津波や原発被害地 (将来のモデルケースになる場所なのか?)


限界集落化した津波や原発被害地


(将来のモデルケースになる場所なのか?)



自給自足ってよくリタイアする人間とかも言うけど 
はっきり言って若者以外出来ないんだよ実際 
畑や田んぼ耕すのも体力勝負だし井戸水や川の水だって安定的ともいえない 
病院のお世話にならない頑丈な体に自給自足のための食料を作る体力に 
さらに知識まで必要なのに年寄りが見よう見まねで出来るようなことじゃない 
死に物狂いで若者がやって何とか出来るレベル 
言い換えたら年寄りは本来そう言う自然界においては動物の餌になる存在だからな

経済基盤が田畠だった中世ならまだしも 
主軸が生産流通に移ってしまって 
今はそういった「過去人が住んでいた」だけの土地は、存続させる価値がない 

自然に溶け込むってんなら病気になってもその辺の薬草食ってそれでも治らないなら 
そのまま死んでいくのが自然の摂理だからな 
病気は病院行きたいとか行政サービス受けたいとか 
遊ぶ場所も欲しいとかそんな話は通るわけがない

海外の先進諸国では人々を都市部に集める政策をむしろ推進しているほど。 
そして都市部では自家用自動車は邪魔で迷惑なので、自動車を減らして自転車と公共交通の為のインフラ整備に取り組んでいるほどだしね。

だからフグスマの汚染地域とか復興させなくていいんだよ 
仙台の近くに集団移転させろ 

いま過疎地言われてる所はほぼ開拓集落で 
しかも昭和入ってからの土地だから農業やるにも条件はかなりきついところが多い 
仕事の選択肢は水田がダメなので実質酪農のみといっていいだろう 
肉牛乳業が羽振り良ければそれでもやりたい人が居るかもだけどまあ現状では無理だな 

これから求められるのは、徒歩回遊性の街作り 
都市間移動は、各種交通機関で事足りる社会へ 

歴史的建造物は保存しつつ、 
郊外宅地は田畑に戻し、限界集落は山野に戻す 

自動車に執着している地域ほど人口減少が激しいというのが皮肉だね。 
人(歩行者自転車)よりも自動車を優先するする地域に未来は無い。

離島や国境付近はしかたがない 
だが、この前の台風10号で被災した岩手の村のように 
集落が2、3軒しかないところに道路を整備したり 
無理やり復興させても、 
未来の子供たちの税負担が圧し掛かるだけだ

あっさり消滅してくれたら楽だけど、一番若いのが78歳とかいう集落でも 
その78が95まで生きたら、たとえ住んでるのが1人しかいなくてもゴミ収集もいるし 
水道管も道路も直すし、ガス、電気もいるし、訪問介護の人も通うし、福祉タクシーも必要になるのがな 

過疎化 ←若者が生まれ育ったふるさとを捨てた地域 

生まれ育った人達が捨てるような地域に都会の人が移住するわけがない

もはやコンビニ完備だし 
ディスカウントストアも沢山 
だから個人の商売は成り立たず 
公務員と病院だけが繁盛してるというね 
過疎地獄しかない

東北の連中 
二言目には大震災の愚痴しかこぼさない 
一生瓦礫の中に埋まってろやって思った

気持ち的に寂しいけど社会的にはいいこと 
限界集落まで何億もかけて道路や電気、水道を維持する余裕は今の日本にはない 

田舎へ戻るのはやめたほうがいいですよ。 
お父さんの代の人が亡くなられたら、 
地域に誰もいなくなります。 
行政や民間サービスの対象外になるでしょう。 
生活していけません。 

地方の過疎地域は、自然に還っていくのです。


戦後の町村合併のとき中学校は人口8000人ないと維持困難と見られてた。 
割ったら強制合併(併合)でよかったんだよ。合併先は原住民の投票で決めさせる配慮温情あればいい。 
ミニ町村にも校長いて教師職員いて議員も教育委員もいる。全く無駄だ。 

人口3,000人くらいの過疎の自治体にも公務員が数十人いて議員が十数人いる。しかも、退職者にはたっぷり年金を払っている。

田畑の手入れ・草刈り等しない人は、自治会長から電話で手入れをしてください!!と注意の連絡があるかと 
草ボーボーだと周りの田畑まで、大量に草の種がとんで、草だらけになる上、害虫の発生、水利問題等が発生します。



原発避難区域になったところはなにか前からも書いてきたけど津波や原発事故だけでそうなったのかという疑問である。
農業では食べていけない、漁業では食べていけない、林業はなきも同然、結局何にに頼るのとなると原発だった。
双葉とか大熊とかなるともう東電の町になっていたのでありそれで町も維持できていた。だから原発事故で一挙に崩壊してしまった。
もし昔のように貧乏でも自給自足的な生活をしていたら町でも村でもこんなに町や村自体がなくなるということなどはありえなかった。

限界集落というときこの辺はそうではなかったが何かこの辺では津波や原発事故でそういう状況になった。津波の被害地では三陸などはもともとこの辺より過疎化していたから
急速に限界集落化して人も住めなくなり町も村も維持できなくなる。
三陸などでももともと漁業にたよる貧しい漁村だったから明治の津波の大被害でもやはり生活しなければならないから漁業をするために海側に住んだのである。
その頃は今のような便利な生活ではない、電気などもまともにないし車もない生活なのである。
ということはインフラ整備に電気であれ水道であれ道であれ漁港にしても粗末なものだろう。だから国に頼ることもそれほどなく前のような生活をつづけたということがいえる
人間はいろいろなものをもちすぎると一旦こんな大災害にあうとそれを再建することが容易でなくなる
逆説的になるけどかえって何もっていないなら最低限のもので間に合うのだから再建するのは楽だとなる

病院もないから医者も看護師もいらない
弱って病気になったら死んでもらうほかない
もちろん介護などはしないから介護士も施設もいらない
水道もないし電気もないとしたら原発などという危険なものもいらない
石油を危険な中東から買う必要もない
道路も車がないのだから作る必要も整備する必要もない
家も掘っ建て小屋のようなものからはじめるとすると金もかからない
水道費もいらない、電気代もいらない、車代もいらない、ガソリン代もかからない
燃料は炭くらでまにあわす、あとは輸送は場所とかリヤカーを引っ張るとかなる
肥料は人糞でまにあわすとか草を肥料にするとかあるものでまにあわす

こういう生活は戦後十年はそうだった、子供のときがそうだった。
自分の家はまず水道もいならか水は近くの井戸水をもらっていたし風呂はバタなどを買って鉄砲風呂で燃やしていた、風呂は父親が手作りしたものだしトイレの便は近くの農家の人が肥料として汲んでいた。
その生活は江戸時代の継続だったのである、今の暮らしからする信じられない簡素なものだったのである。電気を使ってたとしても裸電球一つしかないとしたら電気などいらないから原発など危険なものもいらないとなる。
つまりそういう生活だったら再建するのはかえって楽だとなる
何もないのだから何も新たに作る必要もないのだから楽だとなる
そういうふうに人間は江戸時代の継続として戦後十年まで暮らしていたのである。

もしそんな暮らしだったら別に津波であれ原発避難区域であれすぐに再建できたのであるだから三陸とかでも明治の大津波でもやはり漁業に頼る他ないから危険な海側に住んで元と同じように生活していたのである。
限界集落というところでも別に自給自足の生活だったら村自体が消滅することなどなかったのである。ただその暮らしは厳しい、でも村自体が消滅するようなことはなかった。
村の生活は厳しくても維持されてきたのである。
かえって現代の便利な生活を贅沢を求めてきた結果、原発を誘致してそのために住めなくなった、村や町が消滅する危機に瀕したのである。
ただこれはここだけの問題ではない、限界集落と言われるこれから少子高齢化で日本全国の問題なのである。この辺は極端な現象として早めに現れたのである。
だから高倉の農家の人が時期が早まったというのはそういうことを予測していたのである
いづれにしろ良くコンパクトシティ化するほかないとかも言われる、飯館村なんかは草野辺りを中心にコンパクトシティ化する、でも人口が半減したりするとその維持をどうするのかとなる、もともと飯館村は県でも最低の収入しかなかったからである。
コンパクトシティ化するというとき今は国から援助がありできる、ところが今度はその施設でも維持するのに相当な費用がかかる、その負担するのは村民になるからだ
でもそれだけの税金を村でとれるかというとできなくなる、今は国とか東電とかの援助があるから補償があるからできる、でもこれからを考えるといつまでも援助は出ないから苦しくなる。

ではなぜ車から徒歩だ自転車を足に使いというときそれも時代の流れとして提案することになる、日本が少子高齢化で縮小してゆくときそれにどう対応するのかとなる
人口3000人となると議員に払う給料だってまかなえないから数人で四五人でいいとかなるしあらゆるところで節約縮小になる、そもそも大きなインフラを建物でも建てるとそうした小さな村では飯館村のようなところでは維持費がかさみ、維持できなくなる
今は援助があっていいとしても将来的には問題なのである
飯館村は補償金の問題で南相馬市と合併しなくて良かったと今は言っているが将来的に人口が半減とかするともう村自体を維持てきなくなるから南相馬市と合併するほかないと今度はなるかもしれない、今は財政的に豊かになっているが将来はそうならないからである
ともかく限界集落のことで言われることはこの辺では現実のものとしてあり見本のようになっているのである。だから具体的にどうするかということを真剣に様々なことで問われている場所なのである。

タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連