2016年09月22日

石原慎太郎はなぜ批判されなかったのか? (巨大権力は必ず闇が生れる-原発の闇、都議会の闇、ゼネコンの闇、銀行の闇、カルト宗教団の闇・・・・)


原慎太郎はなぜ批判されなかったのか?

(巨大権力は必ず闇が生れる-

原発の闇、都議会の闇、ゼネコンの闇、銀行の闇、カルト宗教団の闇・・・・)

慎太郎が秘書の栗原と組んで、秋葉原再開発、築地市場の移転、東京オリンピックの招致と、大型工事を必要とする政策が次々と生み出され、その工事の多くを受注した鹿島はおいしい思いをした。もちろん、栗原の仲介で慎太郎にもキックバックが回っているに違いない。 もうひとつ、鹿島との関係で深いのが、石原が副知事に招聘した右翼活動家の浜渦武生。彼は、石原とどちらが親分でどちらが子分か分からないくらいの関係で、石原の極右体質は浜渦の影響も大きい。浜渦は、弱者(障害者、高齢者、女性、外国人、貧しい人、失業者)といわれる者すべてが嫌い。週に2・3回しか登庁しない石原知事に代わって都庁を支配した。しかし、当時からマスコミは、このような石原・浜渦の強権的な体質に恐れをなして、批判的な記事を一切書こうとしなかったのです


石原慎太郎はなぜあれだけ力をもったのか?あれだけの横暴なことも許されたのか?
マスコミさえ恐れて何も言えない、そんな力を石原一家だけで財力でも何でももてるのだろうか?何か背後に組織ももっていないのになぜだろうとなる
ただいろいろな組織とは団体は関係していてその力を利用していた。
良くテレビで普通だったら視聴者からも顰蹙をかうことを堂々と言うのにマスコミからは批判されない、苦情も来ないというのも不思議だとなる。
何か石原慎太郎だけは特別扱いだったのである。そういうことを回りでも許していたのである。
石原慎太郎のしたことは前々からいろなことで批判されていた。別に批判されないわけではなかった。

東京銀行の無駄使い

尖閣での寄付はなんだったのか

いろいろあっても批判されないのはなぜだったのか?

公明党と一緒になって財布代わりに使った「新銀行東京」ともありここではう創価とも関係していた。
石原慎太郎は巨悪だったのである。でもその巨悪がなぜ許されていたのだろうか?
マスコミのほとんどは今も恐れていて同じである。
それほどの力をなぜ大きな組織に属してもいないのにもてるのだろうか?

ただ今回話題になった都議会のドンの内田とかはなぜまたそんな力を持てたのだろうか?
これもまた謎だから闇のドンとされる、これは闇であり石原慎太郎は常に表に出てその力を誇示していたのは違っている、特にネットウヨとかにとっては祭り上げられる存在だったのである。小気味よくはっきりと在日であれ何であれ左をこきおろしていたから人気だった。でも尖閣の金はどこにいったのだろうか?そういうことも今は問われている
東京銀行にしても巨額でありそれは創価とも公明ともかかわっているがあいまいであり何も問われない、これも検察が入っていいような問題でもあった。
でも検察も今は力がなくなんの働きもしない、無用化しているのである。
検察は何のためにあるのか?もう東電の事故でも誰も責任が問われないように検察や官僚はただ自分の利得を追求する天下り先を確保するためにだけの存在に成り果てたのだろうか?そこに巨悪はのさばりやがて原発事故のような甚大な被害を国民に与えることになる

結局戦後七〇年すぎて日本はあらゆることで曲がり角に来ている、これまでの組織も何か機能しない、それでそうした官僚機構であれマスコミであれこれまで権力をもっていたものが批判される、何らかのそうした規制の権力が弱体化してゆく
マスコミの信頼は地におちた、芸能人の馬鹿騒ぎを提供するだけだとかなっている
肝心なことはもう追求されない、マスコミを信用している人は減っているしインターネットの方に情報は移っている
「原発の闇」「東京都議会の闇」・・・・の闇がなぜ生じるのだろうか?
やはりそこが巨大な権力が欲が動く場だからである。
権力が何かといったら人間の欲望のことである。それが巨大な組織が関与するから闇になる
創価にしてもなぜあれほど権力追求なのだろうか?それは権力が人間の欲から生れるし欲をかなえるから宗教でも装い実際は欲を追求しているのである。
公明党がなぜ東京銀行にかかわったのか?そこには巨額な金が動くからである。
そこにかかわれば金が入る自由にできるという思惑があったとなる

つくづく権力とか金とかは怖い、一個人でも多少の金でも怖い、自分の経験でも遺産が多少入ってもそこにその金を目当てに事業に失敗した親戚が自分が病気にもかかわらず損なこと関係なく恐喝してきたから怖い。その時自分は弱者になっていたからどうにもならなかった。自分の弱点をついてきたのである。一人は金目あてに実際に盗みとなった。
「金をくれ」ときてそれを実際実行したのだから驚く、こんな人が近くにいるのか?
田舎にいるのかと驚いた、その人たちは金に追い詰められていたからそうなった
相手も金を得るために必死だからそうなった。
銀行もまたにていたのである。これも自分の失敗だった、投資信託などに手を出したが結局手数料が入り証券会社でも銀行でも損はしない、損をするのはそれ信託した人なのである。銀行も実際は金が動くから今はなかなか金を貸してもうけられないからそういうことでもうけることに必死なのである。だから何か勧誘するにしても一旦金をそういう場にあづけるとやめにくくなる。ヤクザまがいになりやめさせないというかそういうこともあるそれもやはりもうける場が銀行に少なくなっているからである。
投資信託の手数料が大きいのである。金をあづかっていても貯金されていても銀行は今はそれでもうけることがむずかしいからそういう方に力を入れているのだ。

原発だって東電は国並の権力を金をもっていた。三兆円の資産があるとか驚きだった。
するとそこに政治家であれ官僚であれ検察であれマスコミであれ地元の人たちであれ群がるのである。マスコミに流れた金も巨額なのである。
だから「安全神話」が作られたのである。何かここでも石原慎太郎のような力を得ていたのである。確かに原発批判している人は左翼系でいたがそれも何かSF小説のように架空のことのように危険性をされていた。
何か大きな声として国民には届かないのである。出版はされていてもそうである。
要するに情報は権力によって操作される、権力というとき政治家であれ官僚であれ検察であれマスコミであれもっている、記者クラブでもそういう権力をもつ人の許可がなければ得られない、だから一個人など何の力もないのである。
そうすると大きな声になるのは権力をもつものによって決められことになるのである。
原発が今でもなぜやめさせることができないのか?それもやはり今度はさらに大きな背後のアメリカの命令でそうなっているとかなる、アメリカ実質上の日本の政府を動かしているとなる。原発がアメリカの政策だからやめさせることができないのである。
日本は敗戦国だからアメリカに対抗できない、逆らえないのである。
それも日本が敗戦から七〇年過ぎて国家の変革期になったのである。
そして日本がこれから真に独立国になるとしたらこれは戦争になったときのように相当な覚悟が必要になる。アメリカに守られていたことから脱することは相当な危険にさらされるからである。そういう日本国家自体の曲がり角にきて津波や原発事故や都議会の闇なども暴かれたのかとなる、なんか時代の節目にきていることは確かなのである。

タグ:権力の闇
posted by 老鶯 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年09月23日

抽象画(山々ーリアリティを作り出す)


抽象画(山々ーリアリティを作り出す)

I create the reality such as the representational painting in an abstract picture

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赤岳


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山でもこれは抽象画にしても具象画でありリアリティがある
なんかアートは現実よりリアリティがあるものを作りで場合がある
自然では感じないものを芸術で現す

第一この自然は現実よ見たものではない、でも現実にありうるものとして見ている
そもそも自然を人間はいつも見ているものでも見ていないのである。
だからこういう場面も作り出したものがありうる
あまりにも多様な自然を人間は見ようがないからである。

山々のひきしまった感じがこの抽象画にはでている、これもインターネットに原画があるが変化させてわからなくなっている、つまりまるで別なものになっているから著作権にふれるかもしれないものもあるがもう全く別個の作品になっているものもあるのである。

Even if this makes an abstract picture in the mountain, it is a representational painting, and some art with the reality shows the thing which does not feel a thing with the reality in nature with the case in making it than reality by art

This the first nature does not watch even the thing that in the first place human beings always watch nature which but I watch as a thing possible practically which is not the thing which I watched reality.
Therefore such a scene is because the human being cannot watch too a variety of nature which may have the thing which I created.

This which the compact feeling of the mountains is reflected on to this abstract picture has original picture in the Internet, but because I change it and lose it that is it becomes different at all, there is the thing which may touch the copyright, but there is the thing that it is in a work already different at all.

2016年09月24日

高倉村の老夫婦から山村を考える (生業があってこそ田舎だったー限界集落のことなど)


高倉村の老夫婦から山村を考える


(生業があってこそ田舎だったー限界集落のことなど)


高倉村の老夫婦


国見山の麓高倉村押釜村
押釜村に紙漉き一六戸
個数数十軒相共に暮らしぬ
水清らかにその生業厳しも
高倉村社も古りぬ碑も古りぬ
草刈りする老人あり
今草茫々と草に埋もれぬ
ここに共に暮らす日の長しも
街より離れて遠く
秋の蝉鳴く声ひびきあわれも
この山里に長くも暮らし
やがてここに死すや
岩のごとくここにとどまれや
その裔も見守りてあれや
しかし悲しも里は荒れにけるかな
虫かすかに鳴きて老夫婦
ここにありしもあわれかな


大同元年(806年)4月20日に社殿を造営し、文安年間(1444年〜1449年)に藩主相馬氏から神田一環十八文の寄進を受けた。

福島県南相馬市原町区押釜前田

、伊弉冊尊、熊野高倉下命、武甕槌神を祀る

押釜村に高座(たかくら)神社があり高倉村はこの押釜村から分村したものなのか?
押釜村の方が古く一六軒も紙漉きしていた家があった。野馬追いにも14騎もでているが高倉村は4騎しかない、押釜村は相当に大きい村だった。
ただ地元に住んでも押釜村というのがなじみがない、地理的にどれくらいの広さなのかわかりにくい。ただ山際にあり水に恵まれていたし紙漉きの材料となる木もあったから盛んになった。石神村も新田川があり紙漉きしていたという家を知っている
江戸時代は結構紙漉きをしている家が多かった。相馬の山上にも紙漉き沢という地名が残っているし全国的に紙漉きは大きな産業になっていたのである。
ただ紙漉きの仕事は冬に冷たい水を利用するから相当に辛い仕事でありそれで醜い女性を養女にもらい仕事をさせたというのも今だと想像もできないことだった。
税を納めるとき米でたりない分は紙で納めてもいたのである。

押釜(おしかま)という地名も変わっている。

「カミ」「カメ」「カマ」「カモ」などの読みを持つ「上」「紙」「神」「亀」「釜」「鎌」「鴨」「加茂」などは古語の「噛む」「削れて土地がなくなる」の意味を持ち、浸食・崩壊地域、洪水や津波などの自然災害が起きた場所を示している場合があります

釜というと原釜とかあり海側のものかと思うがそうでもない、鎌田などはよくある地名である。カマは噛むからきていて噛まれたような場所、押すは押されだから何か山側の土砂崩れとか崩壊しやすい所から名付けられたのか?
押釜村の前田という所は村の中心地にあることが多い、大原村の前田もそうでありそこに住んでいる人を知っていた、そこも山側にあった
なぜ山側の方が村の中心地だったのか?何かそこにも理由がある。

自分が高倉村であった草刈りしていた老人は高倉でも奥でありおそらく明治以降開墾に入った武士の裔かもしれない、綿津見神社がありこれにも社名がないのも不思議である。
ただ屋根に妙見の星印があるからこれは八沢浦にも明治以降武士が土着して社を建てた
何しろ四〇〇人以上の武士が職を失い各地に農業するために土着した。
北海道にも移住したことは知られている

自分はこうして山の村であれ海の村であれそこに人間の生活の原点がありひかれる、
ただそこには代々暮らしが生業があった。もしその生業がなくなりただ会社が街にあり通うだけだとなると何か村として活きていなともみる
高倉村であった老人はあそこで長く暮らしていた人である。
でも明治以降移った人の裔かもしれない、かえって奥地は開墾に入った人が多いからだ。それより押釜村は古いのである。ただあの辺の地理が把握しにくいのである。
江戸時代は村が生活の単位でありその村の数も多いのである。
村というとき何か一軒一軒が存在感がある、それは大都会とは違う。
確かに貧しかったのだが何か村には人間としての暮らしの重みを感じるのである。
だから限界集落とか山村が消失してゆくことはそうした人間の原点の暮らしが消失してゆくことであり何か大きなものを失うことにもなる
もちろん自分もそういうところで暮らすのは厳しいしできない、ただ何がそういう村に愛着を外から見ても感じるのである。街と山の暮らしは違っているからである。
相馬藩では海と山の暮らしが江戸時代からあった。その前からもあった、それが多様性を作り出していたのである。

原発事故の酷いのはそうした飯館村を中心にして山側が被害をが大きかった。
原町区でも山側は大原村でも半分が避難区域になったからである。高倉村辺りも放射線量は高かったし国見山でも7マイクロも山ではあったから高かったのである。
ともかく原発事故前からこうした山村とか農村地域は農業は金にならないとか跡継ぎがいないとか老人だけがしているとか言われてきた。
それは時代でありどうにもなちらないことでも何か農村でも山村でもそこに他にない都会にないものがあり価値があるものがあった。
ただどうしても金の世界になると金にならないことは価値がないとされるのである。
そして現実は農業はもともと厳しいものだから跡を継がないというのもわかる
その時綿々とつづいた山村であれ農村の暮らしは失われるのである。

一方で農業に魅力を感じ山村に移り住む人もいる、紙漉きをしている人もいる。
それは何なのか?やはりそこに山村でも生業があり人間の暮らしの原点があり魅力を感じる、草むしりに魅力を感じている人がいたのも不思議である。
草むしりが癒しとなるとしてそれで草むしりをさせて金もらっているというから時代である。農業とか山村でもそこには都会にはない人間の生物の原点の暮らしがあったからそうなる。都会で暮らせば便利でも人間が自然の中の一生物であるという感覚すらなくなってくる。一種の機械の部品のようになってしまうからである。
つまり価値は必ずしも金だけでは計れない、でもその金の価値があまりにも大きくなったことで農村や山村は捨てられてゆく、農業は自然とかかわることでありそこから実感としての自然を知るのである。それは花鳥風月として自然に接するのとは違うのである。
ただ自分の場合は農業をしていないから本当の自然とコンタクトしていないのである。
それだけの体力もないとなる、農業でもそれだけするのにも相当な体力を消耗する
すると知的な方面には働く余裕がなくなのが現実なのである。
お前は外から農業を見ているからそんなことが言えるのだ、実際に草をむしり畑で田んぼで働いて見ろとなる。
それでもなんか農業は逆に金がないとやれないとまでなる、知っている人は農業していても種とか肥料代がないと援助したからである。
農機具を利用するとなるとさらに金がかかるのである。意外と金のかかる仕事なのであるだから農業で利益を出すということは相当な苦労なのである。
梨農家とかはこの辺で多いがそういうものは現金収入になるが他はかなりむずかしいのである。

いづれにしろ都会の人はインフラとか金がかかりすぎるから限界集落のような所はなくすべきだという。でも何か田舎に来てもそこに田舎を感じなくなるだろう
すると何か都会の人でも失ったもの感じるかもしれない、農業もない田舎が田んぼも畑もない田舎が田舎なのか?ただ別荘のようなものがあったら田舎ではないのである。
代々の暮らしがあり生業があったとき田舎なのである。
それが原発事故などで失われたことはやはり日本の損失なのである。
でももともと農業とかは常に金にならないから地元でもやりたくないとなっていた。
そこに原発事故が起きて一挙に若い人も山村から田舎から流出したのである。

posted by 老鶯 at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2016年09月25日

福島第1原発事故 ダム底に高濃度セシウム たまる汚染、募る不安


福島第1原発事故


ダム底に高濃度セシウム たまる汚染、募る不安


この辺で一番心配なのは水である。だから真野ダムの水を飲んでいるとなると不安だったただこの辺では飲料水は水道水のは飲んでいない、買って飲んでいる
その分金がかかるとなる、こういう点で被害は広範囲であり一地域に特定されないものだった。
飯館村は南相馬市でないから別だとはならなかった。
飯館村から泥として真野ダムなどにセシウムなどが堆積された
しかし泥に付着しているから水があれば水にまじらないのである。
それで安全だとしているが渇水時にはその泥がむきだしになるし泥が流れるから危険になる。
なぜ泥をとらないのかというとこれも大変な作業となるからである。
第一泥は飯館の森から絶え間なく流れてきているしその泥をとめようがないのである。
除染が効果がないというとき放射性物質の位置を変えているだけだというのが現実なのである。だから金をかけても徒労だとなる
気休め程度にしかならないともなる
そしてセシウムだけではない他のプルトニウムとかストロンチウム何か危険なものも堆積していることの不安なのである。
そしてそうしたものを微量でも吸い込むと癌になるとか言われるのも不安をあおる
微量でもというのがどれくらいなのかわからないからである。

セシウムが泥に付着してたまるというのは前から言われていた。
飯館村のホットスポットがあり佐須辺りで泥に20マイクロシ-ベルもあったのには驚いた
これだけの放射線量がある泥が流れだして真野ダムとかにたまっているのである。
それは継続して流れだしてたまっているのである。
だからこの辺では真野ダムの水を利用しているから不安になっていた。

セシウムなどの放射性物質は川を通じて泥となり流れて河口に堆積するから河口では阿武隈川でも放射線量が異常に高かったのである。
その泥が海に流れだすから今度は海に影響して魚や貝にも影響するのである。
川でも飯館村でとぎれるわけではなくつながっているからその影響は広域的だったのである。
だから何か放射線量で区別して補償金をそれに応じて払うということが問題だったのである。
隣がもらっているのに三〇キロで線引きされてもらえないとかあって泣いて訴えている女性がいた。
地図を見ると松が房ダムは相馬市でも放射線量が同じように高い、でも相馬市には何ら補償金が支払われていないのである。
相馬市でも市内でも南相馬市と同じく高かったのである。
ただ相馬市は全く無視されて数万もらって終わりだったのである。

だから飯館村が南相馬市と合併しなくて良かったというのも何か疑問なのである。
飯館村は特別被害が大きかったからしかたないにしても放射能汚染は南相馬市にも影響が大きかったのである。土地を切り離しては考えられないものだったのである。
広域的に考えるべきものであり飯館村は飯館村でやればいいとはならないのである。
土地を売って金をもらって外に出た方がいいと言う人もいる、でもその土地が今度はどう利用されるのか?放射性廃棄物の処理場になる
それも困ったことなのである。

広域的問題だというとき双葉であれ大熊であれ浪江であれその個々の地域の問題ではない、広域的な問題として対処することがなかった
現実に今度できた原町の復興住宅には大熊であれ浪江の人も入っているからである。
いわきでもそうだが南相馬市でも入ってきていることはすでに広域的な問題として対策をたてるべきものだった。それが放射線量とかで区別して補償金でも分断されて協力できないものになった。
最初から補償金をもらえるならもらえるだけもらへとなっていた。
広域的視点で考えることはなかった、そこで互いに協力でなない分断されたものになったのである。
なんらか被害地の市町村の代表が町長でも市長でも集まり対策を考えることもなかった。
だから互いに反目しあうような状態になったことは不幸だったのである。
金を多くもらった人にしてもそれで幸福とはならなかった
事業している人が「仕事をまわしてくれないか」と仕事仲間に言ったら「あなたは何億の補償金もらたんだ、仕事しなくてもいいだろう、いい身分だよな」
こんなふうに言われるのは補償金のために分断されたからである。
南相馬市でも三つの地域に分断されて協力できなものにした。

これももしかしたら江戸時代ならかえってうまくいっていたかもしれない、相馬藩の問題として取り仕切ることができた。
なぜなら被害があった地域は相馬藩内が主だったからである。
相馬藩の問題として役所でも対処できたかもしれない、その時強力な指導力を発揮すれば互いに反目しあうということもなかっか。相馬藩の天明の飢饉のときはそういうことがあった。ともかく原発には広域的視点が欠けていたのである。事故が起きてそれを知ったのである。
まさか福島市とか郡山市とか白河まで影響するとは思わなかったからである。
そこが原発事故の盲点だったのである。
posted by 老鶯 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年09月26日

NHKの「縮小ニッポン」を見て (原発事故周辺と同じ状況)


NHKの「縮小ニッポン」を見て

(原発事故周辺と同じ状況)

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この辺でも山側はこんな状態になっている



NHKの「縮小ニッポン」でもう行政サービスはできない、限界だ、ということで住民自身がなんとかしてくれと住民が行政サービスを肩代わりする自体になった。
そこでまた問題なのがその住民が高齢化していることである。
でもその高齢化でも村を消滅させるなり何なり住民が考えてくれ、住民が決めてくれとなった

現実に荒地化した領域が広い、もう老人が多く田畑は放置されているし跡を継ぐ若い人もいないからだ。
それがこの辺と原発事故の結果として起きた状態とにている、一旦は耕作できないから全体が荒地になった、その後回復して言ったが山の方になると荒地化している領域が広いのである。
前々から言っていたけど何かこの辺の状態は未来を先取りした極端な現象として現れた
それは原発事故があったにしろ何か農村地帯はそういうことになる状態が全国的にあったのである。

そして夕張では市長の月給が手取り一五万だというのも厳しい、それは何を意味しているのか?公務員でももうそれしか払われないということになる
公務員は恵まれていると盛んに言われて今はうらやましがられているけど人口が減り少子高齢化してゆくとどこでもそうなってゆくのでてある。

なぜこういうことが原発事故周辺とにているのか?
最近南相馬市の市長も避難区域になった小高区の人たちに自分たちが自助努力して復興してくれと言っている、つまり行政でもやはり限界集落のようにもう援助できないということなのである。
限界集落というとき何事も限界になるということである。行政サービスも限界になるしその他のことでも限界になる。もう村でも町でも維持するのにぎりぎりになる
縮小してコンパクトにすることも強いられる、村だと山村だと奥の方に家が点在しているから行政サービスするにしても能率が悪いしインフラを整備するのにも手間とか金がかかる、それで住民が水道の点検サービスをしていた。メーターを見て歩いていた。

何か農村だと家が点在していて成り立っていた。それは農業中心だから土地があって農業がありうるからだ。それで小さな村も成り立っていたのである。
でもそれが荒地が増えるともう土地利用ができない、点々と家があることがかえってもう農村を維持できない状態になった
跡継ぎもいない老人だけがそうして孤島のようになった家に取り残されたのである。

だからこの辺でも避難区域になった小高辺りでも他でもそうした旧来の農業というのを変えざるをえない、コンパクト化というのは集約化なのだろう
それは飯館村辺りでは学校も小中一貫校として村の中心地の草野に作りそこに復興住宅も作る、何かそうした集約化が必要になる
小高辺りでも街があるけどその回りの広い地域が荒地になっている、それを今までのように点在している農家で維持できないのである。
帰るのは二割くらいとなると維持できない、農家では草刈りとか共同でしていたし共同の作業が強いられるからである
だから集約化した農業というとき会社組織のようにして運営するとかなる
個々に点在した農家ではもう維持できないからである。

少子高齢化というのは田舎だけの問題ではない、東京辺りでもそうである。財政的にも区が運営できなくなる、また年収が二〇〇万くらいの若者が多くなりその人たちは結婚できないから子供をもてない、それも影響して高齢化してゆくから福祉でも財政負担が増えてくるからである。
要するに今までのように行政で福祉関係でもサービスができなくなる
それが極端化したのは夕張である。高校すら維持できない、それで未来がないと外にでてゆく、学校すら維持できなくなるのが少子高齢化社会だとなる

こうした少子高齢化とかによる問題では国土利用をどうするのかということもある。
国土が全国的に荒廃してしまうことである。森に還えればいいじゃないかというけど一旦人が住んだ地域は自然の森に還ることはない、荒廃した地域になるのである。
ただ村でも消滅させるのもしかたない、それも住民の判断にまかせるというときそこまで追い詰められている、村がもう自分たちの代で終わってもしょうがないという決断も迫られているのである。
それでもできるだけ縮小してこじんまりとしてまとまって残る村は残るとなる
それは何かこの辺の原発事故周辺とにている、町や村がもう維持できるのか?
二割くらいしか帰らないとしたらもう維持できるのか?回りは荒地化して放置される
行政でも何でもできるわけではないから住民で自助努力して決断してくれとなる
南相馬市だったら小高は負担になるからだ。

原発事故周辺では確かに補償金をもらったとしてもそれは一時的なものである。
それが財政的に寄与するとしてもそうである。いつまでも補償金は払えないからである。するといづれは財政的に苦しくなり限界集落のような問題に直面する
でもこの辺では個々にもらう補償金に今のところは潤っていた。
それがまた地域の分断になった。つまり原発事故は広域的な問題であった、でも個々にすれば補償金をもらえばいいとなってしまった。
要するに市町村の未来を考えるとき全体の広域的視点が必要だった。
でも人間は市町村全体を考えて生活する人は行政の人ならいるだろうが普通は私的利益を求めて生活している

でもその私的利益追求すら市町村が立ち行かなくなったら追求できないのである。
何でも私的利益の追求になった時代がかえって全体的なものを志向する視点が共同性が失われた、その矛盾が社会に現れたともなる
全体的なものを志向しても個々の利益を追求するときそれと対立するからである。
個々人にすればともかく補償金を多くもらえばいいとなる、それを共同的に利用するとなりにくい、土地にしても自分の土地だから自分の土地から利益を得たいとなる
でも小高の街を見ればわかるけど空家だらけでありそれには所有者がいても街は成り立たない、だれも利用しない空家としてあっても町としては何の役に立たないとなってしまっている。でも所有権があるから市の方では何もできないということもある。
だから何か上からの改革を強制的にしないともう市町村でも成り立たなくなる
このうよに激変化した世界では今までの旧来のように発想していたのではできないのである。
こういう激変化した世界では明治維新のように若者が活躍できるということはある
老人はどうしても保守的でありそうした激変化した社会についていけないのである。
それで女川では老人は何も言うな、口だすな、若い世代にまかせろとして新しい街作りをはじめたのである。それはあまりの激変でそうせざるをえなかったのである。

タグ:限界集落
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抽象画(山々の無限の変容) an abstract picture (infinite transformation of the mountains)


抽象画(山々の無限の変容)

an abstract picture (infinite transformation of the mountains)

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太陽の沈んだ後

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road leading to the recesses of these mountains?


こういう芸術があるのか?他人の写真とか絵を変化させる芸術である。
おそらくこれはパソコンだからインターネットだからできたことである
まずインターネットだとコピーしやすいし変化させやすい、それは文章でもそうである。他人の文章を自分の文章にとりこめるのである。
それは他者が読んでもわからなくなるからだ。
なんかこれもそれとにている、ただ山を描いているのは無数にあるけど自分のように変化させたのがリアリティがあるというのも不思議である。

この山の変化は写真でもまた別なものとして山を現す
この変化はソフトでパターン化しているから一回コツがわかれば大量生産できるのであるだからこれは科学実験とにていたのである。
芸術を創作しているという感じでもないのである。
要するにパソコンから生れた新しい芸術なのである。



It is art to change a photograph and a picture of another person whether there is such an art.
Probably, as for it which it is easy to copy it when at first it is the Internet and is easy to change which is to have been made the Internet because this is a PC, even a sentence is so. I can take a sentence of another person in one's sentence.
This is because it loses it even if others read it.
It is mysterious that what I changed like oneself though there is innumerable it is in reality as for merely picturing a mountain in that there is some this in it.

If know an art once because this change to show a mountain as another thing again is soft, and the change of this mountain patternizes even a photograph, can produce it in large quantities; therefore this was by a scientific experiment.
It is not a feeling to create art.
In brief, it is new art born from a PC.

2016年09月27日

障害者の大量殺人の次はに老人の大量殺人?ー看護師による殺人 思いは必ず実行されるから怖い


障害者の大量殺人の次はに老人の大量殺人?ー看護師による殺人

思いは必ず実行されるから怖い

9月20日、横浜市神奈川区で死亡した八巻信雄さん(88)の体内からは、消毒液の成分が検出されているが、18日に亡くなった別の入院患者、西川惣蔵さん(88)の体内からも、八巻さんと同様、界面活性剤の成分が検出され、死因も中毒死だった。 
一方、この病院で勤務する看護師が、FNNの取材に応じた。 
病院に勤務する看護師は「結構、立て続けに亡くなっているので、珍しいですね。(病院の)4階はおかしいという話が。呪われているんじゃないかとか」と話した。 
看護師によると、病院では、7月から9月に、およそ50人の高齢者が、同じ4階で死亡しているという。 



みんなが「障害者はお荷物」「障害者を長生きさせることはない」「障害者は産まれなくても良い」と障害者を罵り続ければ、 
障害者を殺しまわる人が出てきた 

みんなが「老人はお荷物」「老人を長生きさせることはない」と老人を罵り続けていたら 
老人を殺しまわる人が出てきた 

犯人はみんなの意見に感化されたのか、みんなの意見は世間の代弁だったのか… 

とにかくみんなの意見が犯罪者の考えと連動している…ということは明らかだと思う 

犯罪者は2ちゃんねるに集まるということなのか?


人間の思いは念は怖い、一見ただ思っているだけだから害がないとみんな思っているし別に思っただけで犯罪にもならない、すでに心で殺意でもわけば犯罪だと宗教だとなる

思ったことは必ず行為となる

そして思いの怖いのはその本人が思った時、それが関係ない他者に影響するというのだ。誰かが殺したい、殺したいと思っていると誰かが意志の弱い人間に伝播してその人が代わって実行されるという。だから思いは現実のエネルギーとして他者に伝播されるから怖いのである。
思いが思いとしてととまることなくなんらかエネルギーが伝播して行為として現れる

障害者なんか生きているだけで負担だ、家族も負担だ、死んだらどれだけ楽になるか
何であんなのが生きているんだ、死ぬのが一番本人にとっても家族にとって社会にとってもいいことだ

老人はなんで国民の税金をあんなに使っていきているんだ、なんでそんなに活かそうとしているんだ、延命治療なんか無駄なんだよ、税金の無駄使いなんだよ
安楽死させろよ、それが当人にもいいし家族も楽になるし社会にもいいんだよ
もう老人のために金は使うな、若い者の未来が老人によって奪われているんだよ

老人は死ね、早く死ね、死ね、死ね、なぜこんなに老人ばかりなんだ、早く死ね、死ね・・・・・・・


こんな声があふれている、特にインターネットになるとそうした本音がいたるところに出てくる、それが意外とまた相乗効果になって思いが増幅されて社会に拡散して誰かが本当に行動する
そこに確かにネットの危険性があった、インターネットによって憎悪もグローバルに拡大したというのもそうである。ネットだと発言が自由だから必ず何事でも対立がある。
その対立が日常的になるのである。たいがいは今まではそうした対立があってもおさえられていたのである。ネットがなければなかなか拡散することはできなかったのである。
その反面マスコミによって一方的情報で洗脳されていたのである。
今やマスコミさえマスゴミとしてこきおろされているし絶えず批判の対象になっている

ともかく人間の思いは必ず行動として実行されるから怖いのである。
借金している人はもう頭の中が借金を返すことしかない、ともかく何であれ金が欲しいとなるだけである、こういう人は本当に怖い、そういう人が自分の病気の時苦しいときに来たから最悪だったのである。
もう殺人者が来たと同じだった、最初は事情がのみこめなかったがあとは家族ぐるみで自分に借金の要求、金の要求になったのである。
だから借金自体が大罪でありもう犯罪者なのである。殺人犯が自分の病気のとき苦しいとき来たと同じだったのである。
もう自分が死ねば金が入るとまで思うようにもなっていた。そういうことは遺産争いで普通にある。金をめぐってはそれだけ人間が恐ろしいものとなる
何十万の金でも人は殺されているからである。

現代社会は豊かになっても人の思いが乱れている、欲はかえって豊かな生活でも増大している。金があれば欲望をかなえるものがある社会だからである。
そうなると常に金が欲しい金が欲しいという思いにみんな占領されているのである。
金持ちすら金があってももっと金が欲しいとなっているのが今の社会である。
要するに人間の欲はきりないということである。

今世の中に満ちている思いは異常な状態かもしれない、そうした思いが世界をおおうようになったらとをなるのか?それは目に見えないにしても地球を宇宙を作った神にも伝わり影響する、それで地震や津波や大災害が起きてくる
ノワの洪水も起きてくる、そういう末世に今や来ている

国際問題でも中国でも韓国でも日本を憎悪することをあおる、それが一三億人の中国人の思いとなったとき怖い、日本なんか滅びてしまいから滅ぼしてしまいとなる
そういう思いが怖いのである。だから反日というのは簡単に見過ごせないだろう。
一方でアメリカはどうなのか?アメリカ人の思いは何なのか?
別にアメリカ人は日本を恨んではいない、中国や韓国のような反日はない、それはアメリカが日本を支配しているから手下になっているからだともなる
だから今度は日本が中国の属国に手下になれば反日はなくなるのである。

いづれにしろこの思いは怖いということをみんなが自覚すべきである。
自分が半年間、金が奪われたことである人を恨み呪いつづけた。
その半年後に地震が来て津波が来たことも不思議だった
その念が影響したのかとも思った。自然に人間のなんらかの思いや念も影響するのである
いづれにしろ老人は死ねとかネットでの若い人の思いがこうした老人の大量殺人につながった、障害者の大量殺人もそうである。それを大規模にしたのがナチスかもしれない、つまり思いが念が現実化するから恐怖なのである。
動物には何か人間のような悪い念はもてないようである。人間の思いとか念は特別強いのである。
動物は人間に殺されて死んで食われてゆくから恨んでいるともみる、それで供養したりもしている、でも動物自体がそれほど恨むという思いがあるのかどうかわからない
ただ動物となるとやはり哺乳類とかなると人間とにているからそういう感情をもっているともなる、猫でもそうだけで飼っていると人間化してゆく,何か人間のことを察するようになる、人間の心をみるようになる、その心に反応するようにもなるからである。

こうした障害者や老人の大量殺人は結局起こるべくした起きたのである。それは世界的に共通である。そういう思いが世界中にあるということである。
それだけ社会に深刻な影響を負担を与えるからそうなる
認知症の介護でもそれを自分は経験している、でも二年半くらいで認知症の介護は終わった、でも障害者となると一生なのである。その長さもあまりにも負担だとなる
認知症の場合、人によって違うが何か介護する動機をもてるのである。
自分の場合、家に尽くした人だから恩返ししなければならないと懸命に介護したのであるでは生まれつきの障害者に知的障害者でも世話するとなるとその動機がもてるのかとなるただ自分が生んだというだけでその負担を一生負わなければならないからだ。
それもあまりにも過酷だとなるのである。

ともかく病院は一番簡単に人を殺せる場所なのである。外国で大量殺人があったしそれでも立証するのがむずかしいという、病院は医療ミスが常にあってもなかなかわからない、高齢者などが死んでもただ寿命で死んだというだけで問われないし家族も問わない人が多いのである。身寄りがない人だと余計に殺しても実験台にされてもわからないのである。家族が何か言うこともないからである。
病院は密室化して非情な場所になりやすい面がある
それと看護師でも医者でも高齢者はこれから故意に殺すということがありうる
それを許す社会状況もあるからそうなる、だから障害者や高齢者の大量殺人はこれからも起きてくる、自分は病院に二回一人で入院したから恐怖を覚えた
南相馬市立病院ではそれほどでもなかったが相馬総合病院では看護師の扱いがひどかったからいい印象をもたなかった。
一人の看護師でもそういう人がいるとその人にとっては悪い評価になる
親切にされた人はまた違った印象をもつのである。
医者は一日二回も回診していたのだから南相馬市立病院よりは良かったのである。
ただ看護師でももうそういう病人とか高齢者にばかり接していると嫌になる
何かストレスがたまり親切にできなくなってくる、そういう過酷な現場でもある。
自分の場合は別に重病でもなかったのだから嫌になるという患者ではない
だから不親切にされたのが今でも心に残っている

そして病院に対しては何か嫌だなという気持ちが大きくなっている
要するに病院という場でも弱者と強者となる場だからそうなるのである。
患者に対して医者や看護師は逆らえない強者になる、すると従わざるを得ないのである。それは自分が病気になり苦しんで介護しているとき借金を要求してきた親戚の人もそうだった、自分が身寄りがないとなんとか弱点をついて責めてきたのである。
相手も金をとるために必死だったからそうなった。
弱者になるとわかるけど弱者とは逆らえないのである。医者や看護師には逆らえない、従わざるを得ないのである。、だから殺されるとしても簡単に殺されてしまう
そうなっても結局殺人なのかどうかも立証するのがむずかしいとなる

それは弱者が相手だからそうなっているのである。
人間はいかに弱者に対して非情になれるかということがある。
弱者になったときその人間の本性が現れるから怖いのである。
そして強者は弱者を支配するようになる、弱者は何も抵抗できないという立場に置かれるそれが患者とか医師、特に病院内ではなりやすいのである。
ただつくづく人間はいつも強者でありえないのだ、必ず一生の間で弱者になる、特に最後に弱者になる、その時弱者となって弱者の気持ちがわかるとなるのである。つまり看護師だって看護される身になるし医者も患者になる、その時弱者になった痛みを理解できるのである。
そうなるのはすでに時遅しともなっているのが人間である。孝行したいときは親はなしとか言われたのもそうである。
親が死んでみないと親のありがたみもわからないのである。

やはりこの事件の解明はなぜ殺したかという動機だろう。何か看護師同士でもめていて恨みがあった形跡もある、とすると動機は何であったのか、殺人の動機というとき犯罪の動機というとき、一つだけではない、いろいろなものが重なって犯罪になる
なんらかそうして犯罪になる動機がかさなっていった。
この動機の解明は大事だろう、それは病院ではまた同じようなことが起こりうる高齢化社会だからである。看護師がそういう状態になる、患者を殺すような状態にある、そういう動機をもつというとき他の人にとって危険になるからである。
犯罪の焦点は動機にある、動機がなければなかなか犯罪者を特定しにくいのである。




posted by 老鶯 at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

実りがもどり秋らしい秋を感じる (日本の美は四季にあることを再確認)


実りがもどり秋らしい秋を感じる


(日本の美は四季にあることを再確認)

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秋あざみ七八輪が同じ場に

外からの来る人へりて燕去る

農家あれ前田に実りもどるかな

萩薄あわれや田舎の道暮れぬ

秋の蝶二羽舞いつつ雨しとと

朝顔や垣根はみだし美しき

図書館の秋や郷土の本並ぶ

図書館に本の手ざわりた秋となる

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南相馬市で贅沢なのは駅前の図書館である、あれには相当な金がかかった、前の市長が建てたことで反対もあった。あのような立派な図書館が必要なのかということもあった。
すでに十何年前とかなるとその時は駅前の活性化のためだった。
駅前はシャーター通りになって淋しくなってしまったからである。
六号線側はレストランが多いし活気がある。喫茶店もあるがコンビニの前るき喫茶店は暗いのである。何か喫茶店は立地が影響する、なぜならただ食べるだけではない、くつろぎたいということがあるからだ。この食べることだけのと喫茶店のような感覚の店とはかなり違ったものなのである。

食べるだけになると何か騒々しくなるのである。軽い食事ならいいが腹を満たす食事になるとうるさくもなるから嫌なのである。
この二つのものはもともと一緒にできないものだったが喫茶店だけではやっていけなくなり喫茶店はどこでも激減したのである。
コーヒー一杯で安いチエーン店の喫茶店は都会にある。
原町のモスバーガーは軽食と喫茶店が融合しているからいい、あそこは本当にわからなかったのが大失敗だった、近くでもこういうことはある

例えばこの辺では医者が少ないがそうした情報も結構わからないのである。
医者となると原町と相馬市になる、それから新地の新しい渡辺病院ができた
でもなかなか病院の情報もわかりにくいのである。
生まれたときから住んでいる場所でもわからないのである。
まず郷土史を興味ない人は故郷の歴史も知らない、石神の人は深野の生まれでも隣が押釜村であることも良く知らない、その名すら良くわからないとかともなる
今の時代は何か外国のことはニュースでも流すから知っていても肝心の隣の村のことは知らないとかなっているのだ。

結局それも広域社会にグローバル社会になったからだとなる、仕事でも復興事業にたずさわったのはほとんど外部の人である。
復興住宅を建てた人は九州から北海道までの会社から来ている、除染関係ならわかるが建物を建てるのになぜそんなに全国の人がわざわざ来ているのかわかりにくいのである
建て売り住宅は仙台の会社の人がきていればわかりやすいし納得する、仙台は仕事でも交流があるからだ。
ユニットバスの工事をするのは仙台の会社である
瓦を直したのはいわきの会社である。その時地元で仕事をしていたが忙しくてできなかった。
ともかくこういうふうに広域化する社会は何か今までの社会とは大きく変わっているのである。
広域化することはやはり地元でもそうであり広域的に働くとなると仕事を求めるとなる地元から故郷から出てゆくということは普通にある

そういう社会であるときどうしても今回のような原発事故のようなものが起きれば離散しやすい、外に出やすくなる、それは津波の被害地でもそうであり人口が流出して離散してゆくのはそういう社会だからでもあった。
なぜなら三陸では明治の大津波でも今回と同じような被害があっても漁業するために人はとどまり住んだからである。要するに漁業を生業としているからその土地を離れられないのである。今なら広域的に仕事を求めるからそうはならない。
ただこの辺で漁業関係者が成り立っていたのは補償金を事後前も事故後ももらっていたからである。あれだけの被害でも経済的には以前として恵まれたものだったのである。

ただ人間は生物の一種だからやはり樹や石のように定着して生を深めることができる
文明はエジフトのピラミッドのように定着しないと生まれないのである。
遊牧民から生まれない、なぜなら一つの場所に長く留まらないと何でも構築できないのである。
つまり何かを作るにしても時間がかかるし何かを自然を理解するにも時間がかかるからである。


俳句にすると秋あざみは同じ場所に七八輪咲いているというだけで何が芸術なのかとなるでも地元に定着してみるとき何か味わい深いものを感じるようになる
秋あざみが今年も同じ場所に咲いているなとなる、それは人間を見ている、同じ場所にやはり人間が住んでいるなともなる
あまりにも変わりすぎたらそういう感覚がなくなるのである。旅は変わりすぎて深く見ないのである。特に現代は早すぎるから事物を良く深く見ないのである。
だから記憶に残るものも少なくなる、今からするとせっかく旅してもったいないとなった
ともかく今日も蒸し暑いけど秋にはなっている、萩薄というとき秋の七草であるが女郎花は見かけない、この辺は荒地になったこともある。七草はみんな咲いている所は田舎でもなかなかないだろう。これはやはり日本的美的感覚なのである。

薄というとき何か老人の白髪に見えるのである。そして萩というときは優雅な花であり宮廷にもにあう花である。
そして垣根からはみだして咲く朝顔が美しい、それは木とマッチしているからである。
外国だとこういう風景はなかなかない、塀は完全に外界から見えない防壁になっているからだ。的に侵入を防ぐものだからである。日本では垣根だというときそれほどの外敵に備えなくてもいいということがあった。外国のように絶えず異民族と戦うということがなかったからである。垣根からはみだして咲く朝顔には何か日本的なもの感じる
日本の自然の美しいのは四季があるからである。それは都会では味わえないのである。
ただ一時この辺は原野化したから実りの稲穂がなくなったから秋の感覚も消えたようになった。今は実りもかなりもどったので日本の秋らしい秋を感じたのである。
タグ:日本の秋

2016年09月28日

広域社会の暗部、貧困日本の家族離散生活 (青森から沖縄からトヨタで派遣労働ー原発は出稼ぎしないために誘致された))


広域社会の暗部、貧困日本の家族離散生活


(青森から沖縄からトヨタで派遣労働ー原発は出稼ぎしないために誘致された)


過酷な工場型派遣労働者の現実
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最近youtubuを見るようになった。NHKスペシャルなど過去に放送したものを見れるのがいい。これはNHKではない、名古屋のトヨタで働く派遣労働者である。
一人は青森県の子供三人ももつ42歳の人である。
バスの運転手していたが15万くらいしかもらえずにやめた。派遣労働者用の団地があり住まいは提供されている、でもわびしい一人暮らしであり栄養もあまりとれない、二五万くらいもらってほとんど仕送りしているという、四万くらいがそこでの生活費にあてている妻子がいるのだからそのために苦しいけど働いている
本当は青森で家の近くで働きたいというが職がないので派遣で働いている

もう一人は沖縄からきた青年である。この人は働き方が上司から認められて正社員になることをすすめられた。でもその青年は沖縄で恋人と居酒屋をすることが夢であり迷ったが決断して沖縄に帰ることにした、三〇万ももらっていたので豆腐を売っている父親に五万とか仕送りしている、その青年は父親が苦労して働いていることを知っているのでそうしている、何かうらやましくなった。今の時代そこまで子供がしてくれるというのはなくなっているからだ。貧乏な国では親に仕送りする、親のために働くというのは普通である。それはそうせざるを得ないからである。

日本でも戦前とかはみんなそうだった。子供は親のために働いたのである。
今は親は子供のために働かされているというのが現実である。
その差も大きいから親は子ども生むのを育てるのを嫌がるのである。
でも子は親の背を見てそだつというとき親が貧しくても懸命に働いていれば子はその親のことをわかっていて仕送りしてくれる、これが金持ちの家とかなるとかえって親が苦労して育てていないから親孝行はない、親は介護になったら高額な老人ホームに入れるだけである。親のために子も苦労しないとなる、だからつくづく人間は何がいいのかわからないのである。金持ちになることをみんな求めて必死に働いていてもそれがすべていいとは限らない。一方で貧困の厳しい現実もある。

この二つのyoutubeを見て思ったのは広域社会グローバル社会から生れた問題があった。
昔も出稼ぎ労働はあった。双葉とか大熊辺りでも出稼ぎ労働がありなんとか地元で働きたいということで実は原発が作られたのである。政治家が誘致して作られた。
あの辺には仕事がなかったのである。浜通りのチベットとか言われた。
原町市とか前の平市(今はいわき)からも離れていたからである。
ただ出稼ぎ労働があり高度成長時代であり農家でも金が入り子供を大学に入れることもできるようなっていたのである。
でも皮肉なのはこうして出稼ぎではなく地元で働きたいとして原発を誘致したがそれが裏目となり地元にも住めなくなり家族が離散したことである。

だからこういうことが起きるのは本来の人間の生活が破壊されているからではないか?
本来の生活とは家族がいてその土地に働く場所があって生活する
それができないということが家族離散の生活になり本来の生活が奪われているのである。ただ金を仕送りするために派遣で一時的に働くとかなる、働くことと生活が一体化しないのである。
それが沖縄と青森という両極端に離れた地域から来ているということも何か現代を象徴しているのである。
それは原発事故を起こした大熊とか双葉などの地域で思っていたことと同じだったのである。地元で家族と共に生活したい働く場所がないからできない、では地元で働く場所となった原発は事故を起こして地元に住むことすらできなくなったというのもまた現代を象徴している

戦前辺りまでだと農業が中心だからその土地で土着して生活する人が多かった。
でもそこに生活する人は限られていた、人数が限られていたのである。
土地も限られているから一つの村に生活できる人数は限られていた。
結局人口が増えたら村を出るということはあった。
自分の父親は葛尾村から酒屋に丁稚に出たのもそのためである。
そういうことは江戸時代からすでにあったのである。丁稚奉公は遠くから子供をあづかって働かせていたからである。
集団就職ともにている、それは農業中心だと養える人間が限られてくるからである。

ただ青森の派遣の人でも家族の元に帰り一緒に生活したいというのが切実なのである。
沖縄の青年も恋人のいる父親のいる沖縄で生活したいと決断した。
いくら沖縄では得られない金をもらってもやはり沖縄で住みたいとなった。
その気持ちはわかる。でもそれをこの辺の原発避難区域となった所と比べてみるとずいぶん違うなとも思う
かえって補償金をもらったからもう親のこともかえりみないで出て行きあとには老いた親だけが残される、ただ青森とか沖縄の派遣と違って家族で出てゆき他で仕事を得たとなると家族離散とも違うのである。親は離散しても若い夫婦は子供と暮らしているから離散しているとは違う。ただ親だけが残されたとなる

現代は広域化グローバル社会である。まず復興住宅のために日本全国から職人が会社の人が来ている。なぜこんなに全国から九州から北海道から来ているのか?
除染はわかるにしても住宅を建てるのにこんなに全国の人が来るのかとなる。
広域社会になると昔の経済生活の感覚とはあまりにも違うのである。
自給自足生活ともかけ離れている、結果的に広域的に人間も分散しやすいのである。
農家のように代々その土地に根付いて生活する感覚とは違うのである。
そういう生活は遊牧民的生活、根無し草的生活にもなる
そこに人間の深い意味ある生活は生れない、当然文化も生れない、cultuteはcultivate(耕す)でありその土地を耕すから生れた言葉だからである。
土地を耕すというときその土地から米の実りを得るということでもある
稲作は自然と融合した文化にもなっていたのである。
根無し草の遊牧民から文化は生れなかった。現代の生活も土地から遊離した生活になるから土着的なものは消失して文化が生れないのである。

文化的生活というとき何か電気製品とか車をもった便利な生活のことを言われてきたけど実際の文化とは家族とともその土地に根付き耕すことだったのである。
そこから文化は生れて来たのである。そこに生活の重みと意味があった
だから現代社会は文化破壊の生活でありなにかこの二つのドキュメントのように人間生活に潤いもいな意味も見いだせない、ただまさに一時的派遣でしかない、人間の労働の切り売りになっているのである。そういう労働が現代には多すぎるのである。
労働というとき全人間的なものとしてあるとき意味と価値がある。
労働するということworkであり自分の作品を仕上げてゆくことでもある。
単なる一時的なjobとか苦労を意味するlaborになっているのが多い
laboruには骨折る苦心する努力するとかありjobよりは労働として意味を探求している。 労働にはどうしても苦労とか努力なしでありえないからである。
ただ派遣労働はただ苦労ということだけが背負わされている、家族と離散して賃金を得るだけのものとなっている、そこに人間の本来の生活が奪われているのである。
広域社会でトヨタの車を作る部品としての労働となってしまっている
それも現代が生み出した非人間的な生活なのである。



posted by 老鶯 at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2016年09月29日

バソコンのソフトによる加工芸術 加工した方が見栄えが良い不思議


バソコンのソフトによる加工芸術


加工した方が見栄えが良い不思議


Processing art by the software of computer

The wonder that machined one has good look

artttt111.jpg

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最初のはなんだろうと思ったが水が勢いよく流れる抽象画に見えた
それで岩をソフトで作り谷間から流れる水にした
これも原画あり加工したものである。
これは著作権違反になるが例として出したのである。
このプログの引用先にこの絵は出ていない

kamikouchiiiiii234.jpg

mmmmmmmm[pppppppperyyu.jpg

これは変わらないようで違っている、加工した方が鋭い感じになっている
見栄えは加工した方がいい、い山家より引き締まって見えるのである。

ともかく山を写真で見てもそれが本当の山なのかも実際わからなくなる
写真と実物は違っているからだ
こんな風に見えたなと写真をとっても何か違うなと思うのはそのためである。

この写真が出ていたプログ

抽象画はパソコンと相性がいいのである。写真も加工すると見栄えが良くなる
だからソフトの使い方がわかればこうした加工芸術は量産できるようになる
ただソフトの使い方がむずかしいことが難点なのである。
簡単なものもあるが高い多機能なものはそもそも全部が使いこなせないのである。

要するにパソコンはソフトでも使いこなすことの方がむずかしい
技術的な習得の方がむずかしいとなる
それができれば絵が描けなくても写真からでも他の人の抽象画であれ加工芸術として別な作品のようにできるのである。

The abstract picture is congenial to a PC. It is a difficult point that how to use mere software that I come to be able to mass-produce such a processing art if therefore I understand how to use software which a look improves when I process the photograph is difficult.
There is the brief thing, but in the first place all cannot manage the thing which is high many functions.

In brief, it is possible like the work which it is the abstract picture of other people, and is different as processing art even from a photograph even if the technical acquisition that it is more difficult to manage it cannot picture a picture even if the PC is soft if it is possible for it that it is if it is difficult.