2016年08月31日

夏の暮(栃窪から飯館村へ) 飯館村の塩の道の旧家の人に話しを聞く


夏の暮(栃窪から飯館村へ)

飯館村の塩の道の旧家の人に話しを聞く

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飯館村へ

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あいの沢

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秋薊

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なんか淋しそう

草野の塩の道


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養蚕した兜作りの家

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斉藤家の蔵

ここは昔旅館だったという、9代つづく古い家

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飛んでいた蝶

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屋敷林木陰の長く田舎道

栃窪に実りもどりぬ古碑一つ

上流の木陰の深く黒揚羽

秋出水激流轟き動かぬ岩

朝の蝉ひびくや清水流れ落つ

飯館に入るやあまたソバナかな

秋めきぬ雲や峠を越えるかな

一歩一歩峠越えるや山の蟻

峠越え遠山望む夏の暮

紋様のめずらし蝶二つ夏の暮

夕暮れや石の五つや秋薊

飯館に木の実あまたや夕暮れぬ


一本の松の変わらずここに立ち道の徴(しるし)や夏の日にゆく

飯館の塩の道来て九代をつづくと蔵あり夏のくれかな

一本の樹のここにし年輪を刻むや長く夏のくれかな

塩の道穂芒あわれ我が帰る斉藤家の蔵我があとにして


今日は涼しいので一年ぶりとかで飯館村に自転車で行ってきた。これまでは日差しが強く行けなかった、今日は日差しがさほど強くないから楽だった
YAMAHA ヤマハ ロードバイク YPJ-Rは坂が急だと役にたたない、馬力が出ない、だから歩く他なかった。なだらかな坂ならいいが急な坂、長い坂はほとんど役にたたない、すぐに電池が切れる、だから坂がつづく長距離では役にたたない
帰りは電池は切れても下り坂だから良かった。

栃窪では実りがもどっていた。栃窪は古い碑の村である。奥州栃窪村と金比羅に碑を奉納したらしい。金比羅参りしてその碑が多いのである。
ここの碑は古峰の碑だろう。とにかく実りが回復したときこの古い碑も生きるし村も生きてくるなと見た。村は全体としてあり田んぼがあって実りがると全体が生きていることを感じる、workingしていると感じる、全体としてトータルなものとして村が生き返る回復したと感じる

飯館村に入るところでソバナの花があまた咲いていた。何かこんな素朴な花が飯館村にはあっていた。秋めいていて涼しいのが良かった。電池がきれるしさほど働かないので歩くほかなかった。まさに山の蟻である。前は坂は自転車を押して歩いていた。
この自転車はまず坂には弱い、坂を上る馬力がないのである。
あそこの峠道は長いから苦しくなる。

飯館村の状況がどうなっているのかたまたま家の前にいた人に聞いた。
そしたらそこは塩の道でありその家は九代つづいている古い家だったのである。
飯館村で草野は古く今でもこの近くで四騎くらい出ているという。
江戸時代からの歴史がある村なのである。
塩の道は作見の井戸の所を通る道でもあった。草野の自動車道路はあとからできた道なのである。それは六号線ともにている。
意外とこの道の新旧とか村の新旧もわかりにくいのである。飯館村でも開墾に戦後入った人たちも多いからわかりにくくなるのである。ただ草野は古いしその家は古い、その辺りの家も古いことがわかった。
そこで今の状況などの話を聞いたがそれはあとにしよう。
その塩の道をたどり帰ってきたが暗くなってしまった。

金は万能ではないし何でも解決できない (原発マネーはブラックなものになった)


金は万能ではないし何でも解決できない


(原発マネーはブラックなものになった)


金が万能の時代になっているけど金で万事解決できない、それが原発事故の補償金でもめて分断されたことでもわかる。
みんな補償金をできるだけ多くもらいたい、それで解決する、国や東電でも補償金で事故の責任を果たすとして多額の補償金を出した
でもその補償金にも限度がありみんなが納得するようにはならない
その一部のものだけが多額の補償金を受け取ったのはいいがその金のために回りからねたまれるとか文句を言われることになった。
例えば船主だった人は事故前も事故後も漁業権を売り渡しているから補償金をもらって
原発御殿といわれる家を建てていて回りから良く思われていなかった。
そもそもなぜそうなったのか?
その金の出所が問題になっていたのだ。

金があるからといって金持ちがみんな悪いとはならない、金を生み出すものはそれなりに才覚があるからだとなる、ビルゲイツとか何か発明して社会に貢献するものはとてつもない富を手に入れた。でもその人を誰もそんなに悪いとはしない、あまりに巨額な金だから寄付しろとは言うがビルゲイツが別に不正でもうけたわけではないからそんな金持ちでも別に回りでは批判しないし許されている
金持ちがみんな批判されるとは限らない、江戸時代でも庄屋が金持ちでもそれは役所みたいなものでありそれなりの格式が必要だから家も立派でも文句は言わないのである。
金持ちでも社会に公認されたとういうか認められる存在の人に対しては文句は言わないのである。

要するにどこでも金がどうして生れたのか?金の出所が問題になる
金は普通だったら時給いくらだとかなかなか稼げない、いくら働いても簡単に稼げない
それで資本主義社会では企業家にならない限り経営者にならない限り金持ちにはなれないとなる、ところが起業して成功しているのは20人一人くらいしかいない、成功率が極端に低いのである。だからどうしてみんな成功することがこれほど低い率なのに起業するのかそれも不思議だった、そして一旦失敗すると多額の借金を背負い地獄になる
もしそれだけ失敗する人が多いとしたら簡単には起業などしないはずなのだけどしているそれは資本主義では金持ちになる方法は起業して成功するしかないからだともなる
そうしなければ時給いくらとか月給いくらとかで決められとても金持ちになれないからだ
金の出所というときその金がブラックなところから出る金だとやはり問題になる
それが近くで障害者を雇い仕事している所がある、その賃金は極端に安い
正常な人も働いているが障害者として働いていて援助があるとか得している
一番得しているのはその経営者なのである。それで障害者をもっている家族は汚いというそうして金持ちになっていたらそれが回りからどうみられるのか?
それは老人ホームとかでもなぜ介護士が給料が安いのかというとそうした経営者に回ってゆくからである。建築土木関係の労働者でも下の現場で働く人には金が回らない、途中でピンハネされる、除染関係で一人十万出るといっても一万しか現場で働く人には出なかったとかなる、途中で金はぬかれて他の人に回っているからである。

経営者になるためにというyoutubeを見ていたらどうしたら金持ちになれるかと説いている、金の入る立場になることだというとき社長とかに経営者になればそういう金の入る立場になるから自ずと金は定期的に入ってくる
障害者を極端に安い賃金で働かせていれば国の支援もあり定期的に金の入る立場になっているから労せずして金は入るとなる、それはブラックな金だとなるがそういう立場になっているから金持ちになれるとなる
そういうことは株主とかにも言える,優良会社の株主になっていれば労せずして定期的に配当金が得られるともなる、ただ株の場合はリスクがあるから安定しているとは言えないでも社会はそういう立場にいれば金が入るともなる
官僚とか公務員なんかも社長とも経営者とも違うが何かと便宜が計られて得する立場にあるから金が入ってくる、天下り先も用意されて何もしなくても大金が入るとなる
要するにそういう金の入る立場にいるということが大事だとその人は説くのである。

そういう立場を得られない人はそんな役割を引き受け一生底辺で終わる、金持ちというとき遺産があるなしも大きく左右する、資産は第一一代ではもちえない、親から引き継がないと一代では無理なのである。
だから親に恵まれないと財産家にはなれない、なぜあの人はたいして努力もしないのに親からの遺産を受け継いで金持ちなのだとかうらやまれる、でもそれを否定することはできない、それが人間の営みだからである。農民でも最初は草分けというところに入りそこから出発する、相馬藩では移民がそうだった。第一草分けというように最初にその土地で豊かになった人は草分けであり草を分けるようにして豊かになった、開墾して豊かになった最初から外から来た人が豊かになることはすぐにはできないのである。
そのあとに移民は努力して豊かになって定着したのである。

なぜ原発マネーが巨額でもそれが回りから容認されなかったのか?
これも事故を起こさない限り別に回りでとやかく言われることはなかった。
第一漁業者がそんな金もらっていたことも地元知らない人が多かったのである。
事故が起きてこれだけの大被害を受けたことで問題になったのである。
事後で大迷惑になったのになぜ政府や東電から漁業者は金をもらっていたのかとなった
回りの人は港に住んでいても全部はもらっていないからである。
その漁業権を売り渡したことで原発も建てられたからである。
それはブラックなマネーになったのである。

ブラックというとき巨大企業や組織はなんらかブラックなものになっている、カルト宗教団体でも創価でも莫大な金が集まる、そんな金を集めてどうするんだとなるがそれで権力をもち得るから集めている、巨大企業でも多国籍企業でも外国で低賃金で働かせてもうけるとかブラックな所がある。兵器産業なども戦争でもうけるのだからブラックになる
何か金儲けというときブラックな所があるから嫌うという面はある
そもそも銀行などでも真面目な硬い職業のように見えても実際は消費者金融に融資してもうけたりしている、直接に消費者金融を経営しなくても金をだしてもうけている、銀行業より消費者金融の方がもうかっているというのもそのためである。
社会そのものがそうしてブラックなものでありただ巨大なものになるとそれは見えなくなるし暴かれることができない、つまりこの世自体がブラックだからどうにもならないとまでなる。

いづれにしろこの辺で原発マネーが補償金が得られてもそれがかえって地区が分断されていがみあうようなったりしているのはなぜなのか?
つまりその金の出所がブラックになったためではないか?
この辺では原発事故のために大被害を受けた、それは誰のためかとか責任論になったとき地元の人にも責任があっとなりそれなのに避難区域など一部のものに多額の補償金を得、他の人は全くもらっていないからである。
もちろん被害を受けた避難区域などは故郷にすら住めなくなったのだから当然だというのはわかる。でも回りの人から見るとまたそうは見えないのである。
飯館村などは別に避難区域になっても原発とは関係ない村だった
それでも補償金をもらったというとき回りからは良く思われない
毎日補償金もらってパチンコ屋通いだとか批判されるのである。
すべてが金で解決されることではなかった。ではどうすればいいのかいい知恵があるのかとなる

自分の所に来た親戚は介護していたが「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみてもらへ」と血相変えて去って行った
これが現代を象徴していたのである。みんな何でも金で解決しろ金でめんどうみてもらへとなる、極端だがそれが現代社会の現実だとなる。
もう一人の親戚は自分が苦しんでいるとき借金しているからただただ金をとることしか考えていない、何の同情もないのである。弱い立場にあったから何も言うこともできない
それをいいことに借金をせまってきたのである。
確かに金が万能化した世界であるけどすべてが金が解決はしない、金を否定できないけど金で人間の問題はすべて解決できない、その一つの事例がこの辺なのである。
遺産相続のように金でもって人々は分断されいがみあうようになったからである。
もしこんなに補償金が出なかったら回りの人も同情して助けたりしたかもしれない
浪江の工場経営者でも「金もないし困っているから仕事まわしてくれないか」「いいよ、同じ仲間だしこういうときこそ助け合うべきだ」とかなっていたかもしれない
でも億とか金を補償金でもらったら
「お前は金でめんどうみてもらへ、うらやましいよな」となるだけだったのである。
金がかえって徒(あだ)になったのである。そうはいっても金の力は大きいからどうにもならなかったとは言える。でも金は万能ではないし金だけでは人間の問題は解決しないのである。かといって金を否定することもできないのである。



posted by 老鶯 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連